曇りのち雨。午後からぽつぽつと小雨が降っている。
明日も雨とのことでもう「菜種梅雨」なのだろう。
毎朝楽しみにしていた大根の花も今朝は菜種になり掛けていた。
そんな菜種の傍にはエンドウの白い花が沢山咲いていて
まるで白い蝶々が羽根を休めているように見える。
花を咲かせてこその実であり薄緑の実も楽しみなことだろう。
随分と前のことだが姑さんが残してくれた畑で
スナップエンドウを育てたことがある。
生まれて初めての畑仕事だっただけに収穫の何と嬉しかったことか。
毎日わくわくしながら千切りに行ったことが懐かしくてならない。
しかし秋にはもうどんな作物も育たなくなった。
夫が畑に除草剤を撒いてしまって土の質が変わったのだろう。
芽が出た大根は茶色に変色しもう諦めるしかなかった。
あの時の何と悲しかったことだろう。
それ以来畑は荒れ放題となり草が伸びる度に夫が除草剤を撒いている。
夫に云わせれば畑の手入れをしない私が悪いのだそうだ。
今となれば草引きもままならず全て御破算であった。

仕事は今日も順調とは行かず同僚は部品待ちだと云って待機していた。
それでは半日を無駄にしてしまうので次の段取りをしなければならない。
今日の予約だったお客さんには午後まで待ってもらっていたが
予定を変更して大急ぎで車を引き取りに行った。
それが功を奏しお昼前にはほぼ整備が完了し何よりである。
土曜日までずっと予約が入っており何としても遣り遂げねばならない。
義父は午前中に育苗機の苗をハウスへ運ぼうとしていた。
これも一人では手間が掛かる作業であったが
まるでウルトラマンのように友人が登場してくれたのだった。
2台の軽トラックで苗を運べばあっという間である。
おかげで義父はそれから田植え機を洗うことが出来た。
午後には雨が降り始めていたがまた勇ましく田んぼへ出掛けて行く。
工場の仕事のことなどどうして相談出来ようか。
市内に寄らなければいけない所があり少し早目に退社したが
市街地を走っていると昔からあった商店が閉店していた。
布地や端切れを販売していて昔はよく行ったものである。
娘のワンピースは買ったことがなくせっせとミシンで縫った。
今のように西松屋もなく手作りが当たり前の時代である。
ひまわり柄の布地を買ったことを思い出し懐かしくてならない。
看板は取り外され窓にはカーテンもなく
何だか廃屋のように見えて寂しさが込み上げて来る。
ひとつの時代が終わったのだと思う。昔は佳き時代だったのだ。
カーブスとサニーマートへ行き4時過ぎに帰宅した。
夫が胃の調子が悪く昼食も少ししか食べられなかったそうだ。
夕食のビールも半分しか飲めず尋常ではない。
胃薬は飲んでいるようだが心配でならなかった。
いつも食い意地が張っている夫が何も食べたがらないのだ。
おまけに「胃がんかもしれん」と云うので焦りまくった。
しばらく様子を見るのも良いが病院で診てもらうべきだろう。
「いつもと同じ」でなくてはならない。
少しでも変化があってはならないのだ。
私には一本の「線」があり真っ直ぐに引こうとする。
曲がったり途切れてはならないといつも思っているのだった。
真っ直ぐに歩いていても何処に落とし穴があるやもしれない世の中である。
※以下今朝の詩
こでまり
てんてん手まりはどこでつく 里に春の歌声がこだまする 子等は微笑みを交し合い 宝物のようにそれをついた
独りぼっちの子はいない 泣いている子もいない 皆それぞれに白い夢を見ていて きっと叶えようとしている
希は空の一部となり 流れる雲を追いかけていた 降り注ぐ春の陽射しに ほっこりと母をおもう
てんてん手まりはどこでつく
里はもういちめんの春であった
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