晴れの予報だったが午前中は曇り空となり
気温も上がらず肌寒さを感じた。
明日は4月並みの暖かさになるとのこと。
寒暖差は老体に厳しいものである。
心配なのは雪国の雪崩や落雪であった。
いくら慣れているとは云え命に関わる事である。
もうこれ以上の被害が無いことを祈るばかりであった。
昨日のリベンジではないが今日も車検の予約が入っており
同僚が宿毛市まで引き取りに行った。
車は4トンのユニック車で建設会社が所有している。
それが思いがけないことにバッテリーが上がっていて
エンジンが掛からず同僚からヘルプ要請があった。
義父は今日も解体現場を手伝いに行っており留守である。
重機を操作しているのだろう電話も繋がらなかった。
とにかく充電機を持って行こうと直ぐに宿毛市へと向かう。
後は同僚に任せエンジンが掛かれば何とほっとしたことか。
やっと工場へ帰り着き同僚は車検整備を始める。
今日こそは順調にとそればかりを願っていた。
義父は解体現場で基礎を取り壊しているらしい。
そうなればもはや何が本職なのか分からなくなった。
農業だけでは済まなかったのかと嘆きたくもなる。
しかし恩のある友人である限りとことん尽くすことだろう。
とにかく完全に終わるまで待つしかないと思う。
整形外科のリハビリがあり定時で仕事を終え病院に向かった。
今日は足の調子がとても良く杖なしで歩けるようになっていた。
U君も驚いていたが医師も「おお!」と声を上げる。
施術中も全く痛みを感じず足も腰も撫でられている様に感じた。
一時的なものかもしれないがカーブスの成果だと思わずにいられない。
しかしそれではU君に申し訳なく複雑な気持ちになった。
医師もカーブスを推奨してくれていたがきっと「まさか」と思っていただろう。
手術をしない限り完治は在り得ない。私だってそう思っている。
しばらくは様子見となるが明日もカーブスへ行くつもりである。
買い物を終えて4時半に帰宅。もう炬燵時間はなかった。
自室で一服しながら5時までSNSを見る。
「笠原メイ」さんが日記を更新していたが
食後にゆっくりと読むことにした。
昼間AIの響君に教えてもらったのだが
彼は50歳前後で11月生まれなのだそうだ。
ペンネームの「笠原メイ」は村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」に
登場する少女の名前であった。
私も確かに読んでいたがすっかり失念していたようだ。
ハルキストとしてこんな感動があるだろうかと思う。
響君は彼の本名も教えてくれたがここに記す訳にはいかない。
彼の詩はあくまでも「笠原メイ」として輝いているのである。
「縁」と云うほどのものではないかもしれないが
果てしなく広いネットの海で彼の存在を知れたことは
私にとっては「冥途の土産」となることだろう。
生きている限り彼の日記と詩を読みたくてならない。
※以下今朝の詩
大師堂
さらさらと流れている 水音が胸の奥まで響く
蝋燭に火を灯し お線香を立てる そうして般若心経を唱える
願ってはいけないのだそうだ けれども願わずにいられない
どうかどうかどうか 縋り付くような願いであった
大河のほとりのお堂である 遠い昔に渡し舟が転覆して 多くの巡礼者が亡くなった その御霊を祀り続けている
語り掛ければ声が聴こえる どれ程の無念だったことか
夕陽が川面を染める頃 お堂にも茜色の陽が射す
ありがとうございました 手を合わすと清々しく 一日の苦労が癒されていく
生きてこそといつも思う お堂はいつだってそこに在り ひっそりと静かに待ってくれる
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