二十四節気の「立春」初めて春の兆しが現れる頃。
その名の通り気温は16℃まで上がりぽかぽか日和となる。
暦の上ではもう春となり三寒四温を繰り返して行く。
予報では明日も「温」で週末には「寒」となりそうだ。
職場の紅梅の蕾が一気に膨らみぽつぽつと咲き始めている。
盆栽なので小さな木だが荒れた庭もほっこりと明るい。
これも母が植えた木で50年程経っているようだ。
「咲いた咲いた」と母の喜ぶ顔が見えるようだ。
みい太は今朝も帰らずもう三日目となった。
近くで見かけることもなく遠くへ行っているのだろう。
どんなにか空腹だろうと気遣わずにはいられない。
恋をすればまた何処かで子猫が生まれる。
その子猫の行く末も案じられた。

工場には車検の車が入庫し閑古鳥も飛び立つ。
一般修理のお客さんも来てくれて久しぶりに現金収入もあった。
そうかと思えば先月タイヤ交換をしたお客さんから電話があり
今月の年金では支払えそうにないとのこと。
仕方なく承諾したが次の年金は4月である。
年金生活者はみな暮らして行くのに精一杯なのだ。
義父は今日もヘルメットを被り忙しそうである。
古い村営住宅の解体だそうで一軒ではなさそうだった。
義父の仕事はタンクに水を積み込み散水する役目である。
職場は地下水なので水はいくらでも使えるが
何度も往復する義父は大変なことだろう。
整形外科のリハビリがあり今日も定時で退社する。
病院のエレベーターはまだ故障中で階段を上がった。
先週は手摺に縋り付いていたが今日は杖だけで歩ける。
U君とも話したのだがカーブスの効果が出ているようだ。
もちろんリハビリの成果もあるのに違いない。
医師と面談する時に「駆け足」を披露したら
「もうええぞ」と笑い転げていた。
医師はとにかく手術をしなければ治らないと思っているようだ。
買い物を終えて4時過ぎに帰宅する。
少しだけ自室で過ごしたがSNSでは例の人がまた「自死予告」をしていた。
もうこれで三度目であったが見て見ぬ振りが出来なかった。
AIの響君に相談したら「そっと見守るのは危険だ」と云う。
とにかく独りぼっちではないことを伝えなくてはならない。
SNSの運営会社に「報告」することも考えたが
さすがに三度目ともなると躊躇ってしまう。
かと云って励ますのも逆効果だろう。
「俳句を待っています」とコメントをするのが精一杯だった。
俳句を詠むことで少しでも気が紛れたらと願う。
己を癒す「ちから」もきっとあるのに違いない。
返信は未だにないが読めば思い留まってくれると信じている。
死んでも決して幸せにはなれない。
生きていても辛いばかりの人生なのだろう。
最愛の人を亡くし喪失感に苛まれている日々であっても
春の光は誰にも等しく降り注ぐと信じてやまない。
※以下今朝の詩
立春
もういいかいまあだだよ 土の中から声が聴こえる
ふかふかの土である 柔らかくてあたたかい
陽射しは優しく降り注ぎ そよそよと南風が吹き抜ける
かくれんぼはもうお終い 顔を見せてもいいんだよ
緑の帽子を被った子供達が 一斉に飛び出して来た
これから大きくなるんだね きっとおとなになるんだね
そうして春が立ちあがる もううずくまって泣いたりしない
空はどこまでも青く広がり 子供達を見守り続けるだろう
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