ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年01月14日(水) いのちの電話

ぽかぽかと暖かい小春日和。冬の陽射しとは思えなかった。

冬枯れた芒、猫じゃらし、背高泡立ち草も戸惑っているように見える。

その全てが種を宿している。春に秋にと思いを馳せていることだろう。


同僚が元気に出勤して来てくれて順調に仕事が捗る。

義父はまだ本調子ではなかったが手伝ってくれ大助かりだった。

さすがに田んぼへは行かなかったが「寝てはいられない」と云う。

何かしていないと落ち着かないのだろう。

本人は無理をしているつもりは全くないようであった。


朝のうちに息子から電話がありやはりインフルとのこと。

病院へ行き5日分の薬を処方してもらったようだ。

けい君のことを心配するので「大丈夫よ」と伝える。

昨夜も一人で寝て今朝も6時には起きていた。

朝ご飯もしっかりと食べて元気に学校へ行く。

おじいちゃんの送迎も嬉しい様子である。

息子は娘夫婦に気兼ねをしているようでもあったが

それも心配なく昨夜は娘婿からお年玉を貰ったそうだ。

それを聞いて私も嬉しくどれほどほっとしたことだろうか。

これまで辛い思いをさせて来たがもう過ぎ去ったことである。

やっと甥っ子として認めて貰えたのだと思う。


リハビリと買い物を終えて4時半に帰宅。

けい君に声を掛けてからしばらく自室で過ごしていた。

SNSでは以前から「自死予告」をしていた人が三度目の予告をしていた。

前回も前々回も「報告」をしたが今回は直接コメントをする。

じっと耐えながら待っているような気がしたのだった。

なんとしても命を絶つことだけは食い止めなくてはならない。

私のコメントを読んでくれたかどうか定かではないが

「いのちの電話」の番号を記しておいた。

今は藁にも縋る時なのだ。きっと電話してくれると信じている。

見ず知らずの他人と云ってしまえばそれまでだが

どうして見て見ぬ振りが出来ようかと思う。

どんな境遇であっても掛け替えのない「いのち」である。

あの時死ななくて良かったと思える日がきっとやって来るのだ。

その為には生きてみなくてはならない。明日を信じてみなくてはならない。


※以下今朝の詩


    珈琲

あれは10歳くらいだったか
母が初めて喫茶店に連れて行ってくれた

真っ赤な口紅を塗った母は
おしゃれな服を着ていて
とてもきらびやかに見えた

いつも来ているのだろうか
店員さんと笑い合っている
珈琲を注文すると
「飲んでみるかね」と私に云った

初めての珈琲である
わくわくするような
どきどきするような
不思議な気分だった

母が珈琲を一口飲むと
白いカップに口紅が付いた
その紅い色が不気味でならない

とても美味しいのだそうだ
私にはただ苦いだけの飲み物だった
お砂糖とミルクをたっぷり入れて
やっとの思いで飲み干したのである

「また来るかね」と母は微笑む
私は頷かねばならないのだろう

おとなはどうして
こんな苦い物が好きなのだろうと思った




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