霧雨だったのがやがて本降りになる。
気温は朝から殆ど上がらず午後からは肌寒く感じた。
桜の花びらが雪のように舞うのを見ているとやはり切ないものである。
郵便局の桜はもうすっかり葉桜になっておりこれも侘しい。
心にぽっかり穴が空いたように思う。なんとも寂しいものだ。
けれども桜の木は何も失ってなどいないのだ。
嘘だと思うなら桜の木に訊いてみるがいい。
今朝は職場に着くなり大変な忘れ物に気づく。
車から下りようとしたら大切な杖が見当たらなかったのだ。
うっかりではない。おそらく無意識の内のことだろう。
家の玄関を出て車までいったいどうやって歩いたのか記憶になかった。
それだけ痛みが薄れていたのかもしれないがそれも記憶にない。
職場では車から下りて歩くことが出来ず同僚に助けを求めた。
そうしたら家に杖があるからとわざわざ取りに帰ってくれる。
今は老人ホームに入居しているお母さんの杖なのだそうだ。
有難いこと。おかげで一日難儀をせずに済み随分と助かった。
それにしても不思議でならない。今朝はどうしたことだろうか。
義父は早朝から田起こしに行ったらしく留守だった。
車検が3台もう整備は終っており後は検査をするだけである。
ひたすら義父の帰りを待っていたがお昼になっても帰って来なかった。
これは長丁場になるなと察しお昼休みの内に短歌を書いておく。
「しとと雨はらり桜の舞う空は失うことを怖れもせずに」
意味不明かもしれないが分かる人にはきっと伝わるだろう。
何しろ自己満足のうえに自分勝手な者だからこんなもんである。
詩もそうだが短歌も低迷し続けているようだ。
自分では80点だと思っていても現実は厳しく30点としたものだ。
めげるなよ挫けるなよとひたすら自分を励まし続けている日々であった。
義父は2時前にやっと帰って来てくれたが昼食の時間もあり
適合証を書き終えたら3時をとっくに過ぎていた。
同僚と納車を済ませてから4時に退社することが出来る。
今日は娘が家に居てくれたので随分と気が楽だった。
サニーマートへ着いてから娘に電話をする。
残りご飯が多いか少ないかの確認であった。
「いっぱいあるよ」と聞き「鰹のひっつけ寿司」に決める。
鮮魚売り場へ真っ先に行ったら今日も新鮮な鰹があった。
予想に反して少し高く一節で9百円だったが奮発して二節買った。
後は半額の物をあれこれ買ったので総額は予算内で収まる。
我ながら賢い主婦である。半額様々と呟きながら家に帰った。
「鰹のひっつけ寿司」は顎が落ちそうなほど美味しく幸せである。
息子から久しぶりに電話があり明日けい君を預かることになった。
もう5年生になるのでほったらかしでも良いのだけれど
めいちゃんとは遊ばすあやちゃんにべったりのけい君である。
おそるおそるあやちゃんに訊いたら一緒に遊んでくれるとのこと。
それも「おばあちゃんが決めたらえいよ」と言うので意外だった。
友達は居ても誰とも遊ぶことのなかったこの一年である。
けい君とは不思議と気が合いひたすらゲーム三昧をするのだった。
明日はきっと良き気分転換になることだろう。
桜はすっかり散ってしまっても何も失わないと言ったが
樹齢百年を超えた桜の木もあるのだそうだ。
そのほんの一年のことである。桜の季節は永遠に巡って来るのだ。
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