2022年07月24日(日) |
四万十の風は冷たいほうが好き |
おおむね晴れ。夏らしい晴天と云えよう。
今朝は随分と涼しく午前中は過ごしやすかった。
読みかけの本を開く至福のひと時である。
昨日「えんた」に干してあった海苔網がよく乾いた。
ここいらでは堤防の斜面のことを「えんた」と云う。
方言だと思うのだけれど正式名は「堰堤」なのかもしれない。
「えんてい」が訛って「えんた」になったと考えられる。
昔は青さ海苔を干したり切干大根を干している光景も見られた。
そんな風物詩も今ではすっかり廃れてしまったようだ。
乾いた網を軽トラックに山にして積み込む。
その網を5枚づつに重ねて次は人工種付けとなる。
順調に種が付けば漁場に張り後は海苔の生育を待つばかりだった。
保障など何一つない。あるのは一縷の望みだけである。
とにかくやってみなければ分からないことであった。
「四万十の風は冷たいほうが好きもう十年も川漁師の妻」
これは30代の頃に私が詠んだ短歌だけれど
それからもう30年以上の歳月が流れてしまったようだ。
もちろん今でもきりりっと肌を刺すような冷たい風が好きだった。
大河には春夏秋冬の風景がある。空を映し風になびく雄大な流れ。
冬には白波が立つけれど私は特にそんな川が好きでならない。
当時は天然青海苔も豊漁だった。幼い子供達を連れての川仕事も
少しも苦にならずどれほど精を出したことだろう。
立春を前にしての青さ海苔漁もずっと豊漁続きだった。
今思えばまるで夢物語であるかのような過去の栄華である。
「昔は良かったね」と口にすることも多くなったこの頃。
自然の過酷さに打ちひしがれ肩を落とすこともあるのだけれど
最後の最後まで諦めるわけにはいかないのだと思っている。
試練はいくらでも頂こう。試されているうちが花である。
私は四万十の風に逆らうために生きているのではない。
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