昨日から降り続いていた雨がやっとやむ。
午後には少し陽射しもあり暖かさに拍車をかけていた。
お大師堂の桜がぽつぽつと咲き始める。
枝が川面に手を伸ばすようにありやがて水辺を彩ることだろう。
楽しみなことがあるとこころが浮き立つようだった。
昨日整理した衣類を市の資源ごみ回収所へ持って行く。
孫達のサイズダウンした衣類もたくさんあって
娘が普通ごみに出せば良いのにと言ったのだけれど
焼却炉に放り込まれるのかと思うとなんとも嘆かわしいのだった。
以前は隣町のリサイクルショップで引き取ってもらっていた。
状態の良い子供服はまた何処かの子供が着てくれるのが嬉しくて
懐かしさも思い出も引き継がれるようなロマンがあったのだ。
今回はそれを諦めてしまったけれど資源になるのならと思う。
いったい何に再生されるのだろう。生まれ変わった姿を見てみたい。
昔は知り合いやご近所さんから頂いたお下がりの服ばかりで
息子や娘に新品の洋服を着せてあげることが出来なかった。
暮し向きも楽ではなく今のように格安の子供服を売る店もない時代。
ふたりの子供たちはそれを少しも嫌がらず喜んで着てくれたのだ。
ミシンで手作りの服もよく縫った。スモックやパジャマなど
縫製工場で破棄する布を貰って来ては可愛い服がちゃんと出来た。
娘が保育園に入園する時には私のワンピースに型紙を当てていた。
お気に入りのワンピースだったけれど娘のためならと鋏を入れる。
忘れもしないワインレッドの可愛いワンピースで娘は入園した。
その時の写真が今もアルバムにあり見るたびに胸が熱くなる。
そんな昔の記憶のせいもあり私は子供服に異常なほど愛着がある。
簡単には捨てられない。まして「ごみ」などとは思いたくもない。
今はすぐに新しく買えば良い時代になったのだろう。
気に入らない服には手を通さなくても叱ることも出来なくなった。
娘のワンピースは当然のように今の我が家では見つけられない。
いったい何処に行ってしまったのだろうか。
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