おおむね晴れ。少し風が強かったけれど日中は暖かくなる。
すっかり老いてしまったススキはもう枯れススキなのか。
まるで白髪の老人のようになって風に揺れている。
彼女らは風に逆らうことをしない。風に身を任せるように
ゆうらゆうらと冬の歌をうたっているように見えるのだった。
老いることは決して哀しい事でも辛い事でもない。
ただ少しのせつなさを風だけは知っているのかもしれない。
63歳最後の日にふとそんなことを思った。
仕事を終えて帰宅するなり15名の感染者を知らせるニュース。
それは過去最多であり受けとめ難い現実であった。
「驚愕が走る」とはきっとこんなことを言うのだろう。
じいちゃんが「諦めたほうがいいぞ」と言う。
13日に高知市で行われる授賞式のことであった。
一生に一度きりのことかもしれず冥途の土産にと思っていたけれど
このコロナ禍に参加するのはとても危険に思えてならない。
やはり諦めたほうが良いだろう。安全だと言う保障は何処にもない。
もともと自分にはふさわしくない場所だったのだ。
身の程を知る良い機会にもなることだろう。
某SNSでは高知市在住の人が「忘年会が楽しみ」と言い
ライブにも行き居酒屋でビールを飲んでいる写真をアップしていた。
私はそれを見て憤慨する。危機感がまったく感じられないのだ。
けれども何も言えない。言えばきっとトラブルになるだろう。
それが少なからずストレスになっている。
じいちゃんに愚痴ったら「人それぞれなんだよ」と言う。
そんな人もいなければ居酒屋がつぶれるだろうと。
そっか・・と頷く。
何が良くて何が悪いのかなんて決めつけてはいけないのだろう。
|