| 2009年07月20日(月) |
ありのままはむつかしい |
うす曇の空がどんどん重くなりやがて雷雨となった。 久しぶりに大粒の雨。雷の音もなんだか心地よく響く。
そんな月曜日がお休みというのもありがたく。いちにち。 羽根をだらしなく伸ばしきるようにのんびりとくつろぐ。
サチコは仕事に出掛ける。私はなんて贅沢な事だろうと思う。 おまけに暇で退屈などと言ったら怒られてしまいそうだった。
自室にボンボンベットを出してふんぞり返り本を読んでいた。 そのうちに眠くなり。例のごとく夕方近くまで寝入っていた。
本はとある詩人さんの日記。前回はあまりにも批判的文章が多く。 読みながら気が重くとても複雑な気持ちになった。好きだけれど。 なんだか好きではなくなるような不安が襲ってきて悲しくもあった。
ありのままなのだろう。これこそが自然体なのだろうと受け止めて。 好きなひとがどんなことを感じて。それを読者に伝えてくれるのか。 そう思うとやはり私は共感せざるにはいられない。どんな事もすべて。 そのひとだからと受け止めるこころ。なんだかそれは試練にも似ている。
新作はいまのところ批判的文章が見当たらず。ほっとするべきところ。 少し心配になった。「思ったことをそのまま私は書きたい」とそこに。 書いてあったからだ。書けない状況なのだとしたら少なからず心苦しい。
だいじょうぶ。ちゃんと受け止めているよ。声をかけたくてならなくなる。
続きは明日。まだ読み始めたばかりだけれど私はもうとりこになっている。
思ったことをそのまま。嫌な事は嫌と言う。好きな事は好きと言う。 私の日常はどうなのだろうとふと思った。書くことをためらいながら。 嫌な事はそっとしておく。言い換えれば綺麗ごとばかりではないのか。 けれどもそうしながら気持ちよく流れていく。それが私流かもしれない。
ありのままはむつかしい。ありのままはそれじたいつかみきれないこと。
夕食後にはもう雨もあがり。雲の切れ間から夕陽が顔を出していた。 いつもより心持ち元気のないあんずを宥めながら散歩に出掛けてみる。 湿った夏草を除けながら土手の道を歩く。川風はそよともせず汗が出る。
お大師堂は4日ぶりだった。沢蟹がたくさんいてザワザワと音がする。 浜木綿の花もまだ枯れずにいてくれて。やはり人の姿のように見える。 お大師ノートには昨夕見かけたお遍路さんが言葉を残してくれていた。 今日の雷雨は厳しかったことだろう。足摺岬までの遠い道のりを思う。
蝋燭に火を灯し手を合わす。ありがとうございましたと家路についた。
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