| 2009年02月19日(木) |
雨あめふれふれ母さんは |
寒の戻りもあれば。ひと雨ごとにと春に向かう雨もある。 たとえ冷たい雨だとしても。ふくらんだ花のつぼみには。 恵みの雨となり得るのだろう。雨あめふれふれ母さんは。
こんな雨が好きです。静かな雨音に耳をかたむけています。
火曜日の早朝のこと。姑の姉にあたる伯母が息をひきとる。 去年の夏から体調を悪くして入退院を繰り返していたけれど。 暮には帰宅していて親戚の法事があった日に会った。それが。 最後になってしまう。お刺身が好きで美味しそうに食べていた。
その時の笑顔ばかりが目に浮かび。きょうその骨が粉々になり。 みんなが嗚咽をもらし泣きじゃくっているというのに。なぜか。 いったいどうしたわけだろう。わたしは泣けないひとになった。
死ぬんだなって。ひとはみんなこうして最後は粉々になるのだな。
この冷静さがどこからくるのか。じぶんでもよくわからない現実。
ひとの『姿』って『かたち』って確かにあるけれど『無』にもなる。
その無いものがとてもつよく存在しているように思う。不思議な事。
明日からまた日常が始まる。早朝から三日ぶりの川仕事に行こう。 午後からは山里の職場に行こう。久しぶりに峠の道を越えて行こう。
晩御飯もちゃんと作ろう。夜は体育館へ行って仲間達とふれあおう。 帰宅したら焼酎を飲んでぐっすり眠ろう。明日のことはわからない。
というのに。あしたのことばかりかんがえている今夜になった。
雨あめふれふれ母さんは。いまとてもあっけらかんと元気です。
|