曇りのちいつのまにか雨が降っていた。ひそやかに匂いたつ雨が。 あまりに静か過ぎて。まるで時が止まってしまったような午後になる。
午前中は。また整理病にとりつかれてしまい台所で奮闘を続けた。 よほど物持ちが良いのか。ざくざくと古い物がたくさん見つかる。 片方だけのお箸。錆付いた包丁。木製のしゃもじ。味塩の空き瓶。
捨てながらも包丁は捨てられず。砥いでみたら見違えるようになった。 新婚時代の物だけに懐かしくなり。油をひいて紙で包みまたしまい込む。
身体というか手をこんなふうに動かしているのが心地よくてならなかった。 くつろいで座っていなさいと言われても。それほど苦痛なことはないと思う。
そうしてやるだけやってしまうと。やっと寛ぐのが恋しくなってくる。
午後。読み掛けていた本を最後まで読み終える。胸が熱くてならなかった。 このところ新しく本を買う必要はなく。ずっと再読を繰り返してばかりいる。 他の作家の本をどうしても読む気になれない。一年かけて読み尽くしたものを。 また一年かけて読もうともう決めている。今日は『国境の南、太陽の西』 主人公は『僕』だけれど。たまらなく自分と重なる。痛いほどに似ている。
そうして複雑な後遺症が尾をひくのだけれど。また『僕』に会いたくなる。 不確かな自分を手探りで触れているような。そんな彼が私は愛しくてならない。
雨はひそやかなままに日が暮れる。飼い犬に晩御飯を持っていったところ。 なんとなくそわそわしていて。おしっこ?って訊くと「くいん」と応えた。
傘なんかいらないよねと。ふたり小走りで川辺の道まで駆けて行った。 彼女はすぐに用をたすと。お大師堂の方を目指しぐんぐん歩き出した。 薄暗いその先には小さな灯りが見えるけれど。少し心細くなるのが常で。 おまけに。優しいはずの雨が思いがけずに冷たく。身体が震えてしまう。
ねえ帰ろうよ。風邪ひいちゃいそうだよ。「うん」と応えたかどうだか。 諦めたらしく彼女もくるりと踵を返す。さあ早く晩御飯を食べようねと。 今度は家の灯りを目指してふたりで駆けた。灯りはいつだってあたたかい。
明日は晴れるって言ってた。すかっと気持ちよい秋晴れになるんだって。
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