| 2006年10月29日(日) |
夕暮には「ありがとう」 |
なんだかいろんなことがあったいちにちなのだけれど。 空も風も穏やかでいて。ぐるぐると回り始めた風車が。 きゅるっと軋んだ音をさせてのち。ゆっくりと静かになった。
朝は。まだ夜も明けぬ頃で。何かに突かれたようにはっと目覚める。 デジタル時計の薄ぼんやりとした灯りは。まだ午前四時を少し過ぎた頃だった。
日曜なんだって思い。また浅い眠りにつく。そしたらまた怖いような夢を見てしまう。 それはカラダが壁に吸い込まれる夢だった。「おとうさん、おとうさん」と彼を呼ぶ。 壁がザラザラしていてとても気持ちが悪かった。ほっぺのところが痛くてたまらない。
こんな時はいつもお父さんが助けてくれる。それは幼い頃からずっとそうだった。 そのお父さんがいまでは彼で。私が声を限りに呼んでいるのも彼にほかならない。 しかし呻き声らしかった。私はちゃんと「おとうさーん」と呼んでいるのに不思議だなと思う。
そして午前5時。まだ闇の中。家の電話がけたたましく鳴り始めてまたはっとする。 それは。彼の従兄弟が亡くなった知らせだった。四時を少し過ぎた頃だったらしい。
夜明けを待てず。とにかく大急ぎで駆けつけたが。その顔はもう白い布に覆われていた。 悲しみはいうまでもない。けれども漠然と突きあたるのは。またひとが死んだという事実だった。
そしていつもとかわらぬふうにあって夜が明ける。 お通夜は明日で。従兄弟はまだ仏さんではなく病人と同じなのだと皆そう言って。 それぞれが肩を落としつつそれぞれの家へと帰って来たのだった。
少し遅い朝食。食後のコーヒーは変らず。いつもと同じに洗濯機をまわす。 今日は甥っ子がバドミントンの大会に出るので。応援に行く約束をしていた。 毎回欠かさず私も参加している大会だったが。今回はなんとなく躊躇してしまい。 やはりやめておいてよかったのだなと思う。だけどとにかく約束は果たしたいものだ。
そうして出掛けようとしていた矢先のこと。また思いがけない知らせが入る。 甥っ子とペアを組んでいる子が急病で出られなくなったのだという。 このままでは棄権するしかなく。とても楽しみにしていた甥っ子が可哀相でならない。
私が行かなくちゃっと思った。その時大会本部からも助っ人求むの電話が入る。 大急ぎだった。スポーツバックをクルマに放り込んでぐんぐんと走って行った。
甥っ子は中学生なのだけれど。地元の中学校には通ってはいなかった。 不登校の子供達だけの学校があって。この春からずっとそこで勉強をしている。 おとなしく消極的で友達もいなかったのが。今ではその学校の人気者になっているらしい。
自信をつけさせてあげたかった。まだどうみても子供なのが大人ばかりの大会に出る。 初心者クラスとはいえ。対戦相手は地元の専門学校生ばかりで三試合を頑張った。 自分よりもずっと背の高い相手に。甥っ子は怖気もせずバシバシ打ち込んでいく。 全敗だったけれど。なんとも心地良い負け方で。えらいぞっていっぱい褒めてあげた。
夕暮れて。甥っ子が。玄関の戸を開けるでもなく庭先から声がして。
「おばちゃん 今日はありがとう」っておっきな声で叫ぶように言って。
照れくさそうに路地を走って帰って行った。
おばちゃんも「ありがとう」だよ。今日ってなんかすごくいい日になったんだよ。
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