ああ蝉が死んでいる。そう思って手のひらにのせれば。 まだかすかに動いている。羽根をふるわせて飛ぼうとしては。
ぽとんと落ちた。決して哀しみではない。ただ夏がもういく。
夕陽を背に家路につく。落ちるものはいつもせつなくて愛しい。 染まるのは川面。さらさらと流れる紅の水もまたせつないものだ。 どこから?そのせつなさはどこからくるのだろう。とふと思った。
そんな思いをよそに。たんたんと夜が更けていく。 朗らかな談笑や。いつもと変わりない平穏なくうきや。 ほのかに酔い始めた自分自身や。ゆっくりと切り離されていく。 現実が。そこにある。なんだかちっとも不自然ではない場所で。
ぼんやりと静けさを受け入れていると。不思議と心が癒されてくる。
あのひとはどうしているのだろうっと。ふと思うことも許されて。
せつなくもながき夜を。流れにまかせて越えてみるのがいいだろう。
ああ。たったいま。私が落ちた。
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