眠る金

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うまく言えない

●2015年02月27日(金)

後藤浩輝騎手の自殺。前日のFacebookの明るい記事や、「変わった様子はなかった」という周囲の証言から、自殺とは俄に信じられないという声があふれている。
過去に負傷した頚椎を自分で処置しようとした中での何かの間違いじゃないか、というコメントもあって、私もそうだったのではないかと思いたい気持ちがある。
でも、本当のところは亡くなった本人しか判らない。
信じられない、という気持ちが渦巻いているだけだ。

元気に明るく笑顔でいた人がある日突然いなくなる。
「笑顔でいること」という事象自体には、何の担保もないんだろうな。

* * * * * * *

私が某所でずっと出してきたコメントを見て「ほっこりする」(※関東の用法)と言ってくれた人がいるのだが、嬉しいとともに大変申し訳ない気持ちだ。
普段こんなにドロドロしながら、なんとか綺麗な部分を掬い上げて放出しているだけなのです。
多分受け取った人のほっこり(※関東の用法)した部分が、綺麗なフィルターをかけてくれたのだろう。



「く く く  くたばれ」

追記:『レッド 最後の60日 そしてあさま山荘へ』購入。加速度を増している。展開を知っているとはいえ、怖い。

私が私を見失わないために。

●2015年01月12日(月)




1月2日の出勤時に撮影。
元旦は極寒の中勤務だったので、屋内の勤務にひとまずほっとする。

―――――

いつも大体ここはぽつぽつ愚痴を吐き出す場所になっているけど、今日は本格的に他所では言えない愚痴吐き場にする。
新年早々、久しぶりの更新にして。
なので、愚痴を読みたくない人は早々にお引き返しください。
以上、警告終わり。

―――――

私は今ふたつの部署の仕事を掛け持ちしていて、A部署がメイン、B部署がサブ。でも。B部署の新しいプロジェクト投入と共に、仕事が昨年後半くらいからかなり増大してきた。それ自体はいい。B部署の仕事も、私が望んでいたものだから。
ただ、B部署のチーフは新しいプロジェクトにあまり積極的でなく、「何となく」私が舵取りをする形で進んできた。

正月休みなんてどこ吹く風の年末年始の多忙期を終え、プロジェクトをぎりぎりの際際でなんとか進めつつ、今月半ばには冬休みをとろう。何年ぶりかでほんの数日でも実家に帰省し、誕生日を実家で過ごそう。その翌日の父の命日には墓参りしよう。気のおけない友達と食事をしよう。
そんな時、チーフの体調不良。チーフは年始に連休をとっており、その復帰後の告白だった。

チーフも私に気遣ってしばらく様子を見る……、と言うも、その辛い様子に、療養が必要なことは明らかだった。
何せ、新しい命が宿っているのだから。

チーフは躊躇っていたが、私は早々に帰省を諦めた。
何よりも大事なのは新しい命を育むことで、周りはそれをサポートすること。
一方でB部署の運営のためには、1日程度の休みはともかく、連日休みを取ることは難しい。
それに、掛け持ちで、迷惑をかけているA部署の仕事だってあるのだ。

ましてや、プロジェクトは未だ進行中で成功にこぎつけるには程遠い。
まだできることはたくさんあるし、やらなきゃいけないこともたくさんある。
元々、舵取りをしていたのは自分だったので、幸か不幸か、チーフが抜けたとしてもプロジェクトの進行自体には影響はそんなになかった。冬休みも帰省も先延ばしにしよう。
連休が無理なだけで、別に私が不眠不休で働かなきゃいけないわけじゃない。

そんな私の決意を知らないはずだが、チーフからしばらく出勤が難しいと連絡があった。
心づもりして約束も日延べしておいてよかった。連絡をもらってすぐ、「安心して休んでください」そう伝えられた。

周りの、
「今はあなたががんばって」という言葉に頷いた。(いつまで?)
「え、どうして、だって、大変じゃないですか……」という言葉には、まあそうですね、でもおめでたいことだものと。

私は幸い健康で、風邪も怪我もすることもなく、仕事に穴をあけることはなくやっていける。

チーフと私はほとんど同年齢だけども、私は独身で、子供ができることもきっとないので、大丈夫だ。

ここまでが、今の私の状況である。

苦しくて、哀しい。
久々に帰省して、命日に父の墓参りをしようとか、友達と美味しいお酒を呑もうとか、そんなささやかな楽しみも私には許されないんだなあ。
前職にいた頃ならそれなりに給与ももらっていたので、新幹線で帰ってまた新幹線でとんぼ返りみたいな真似もできたけど、今はもう無理だ。
友達には来月帰るよ、と伝えたものの、本当にそれができるのかどうかも判らない。
規定休日を取るのに精一杯で、冬休みも、ましてや有給休暇なんてとらないまま消失しそうだ。

何故こんな状況になっているのか、コントロールする上司は?ってまあそれがいればこうはなっていないわけだ。

お子さんができることは本当におめでたいことで、何よりも何はさておいても大切にしなけりゃ。それは心からそう思える。

一方で、会社がそれを想定したサポートをしているかというと? まあ穴埋めできる人間で穴埋めするしかない。
シングルはどうしたって、お母さん達に比べて融通がききやすい。こんな状況は多かれ少なかれ昔からあった。
そうして、昔も今も、私は子供を持って働く人の肩代わりをずっとする人生で終わるんだなあ。
自分が子供を持つ、という選択肢に時間を使えぬまま。
それが私の人生の使い方、と思えば、まあ何も役に立っていないわけではないと思えるのかなあ。
でも、私が私を大事にできていない、そんな状況で誰が私を大切にするのだろうか。
とても哀しい。手が冷たいまま、縮こまっている。

私が私を見失わないために。
この記事をまた読み直さないといけない。

「わたし」を見失わないために:ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」を読んで」
http://d.hatena.ne.jp/yagian/20141118/1416253778




Raise Your Glass

●2014年11月20日(木)



So if you're too school for cool
And you're treated like a fool
You can choose to let it go
We can always, we can always party on our own

ここから続くくだりが特に好き
あと、ラストの姐さんね

Pinkで思い出した。そういやこれ、格好良かったねえ


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