内側へ、心を開く


自分を不幸だと言う人、嫌いだと言う人を見ると、どうしようもなくイライラする。
ひょっとするとそれはある種の「嫉妬」なのではないか。

先日、エゴグラムによる性格診断をしてみたところ、「苦しみの中に楽しみを、悲しみの中に喜びを見出せる、心境の自由さをもっている稀有な人」という結果が出た。
さもありなん、そのように生きようと幼少の頃から努力してきたのだから。
愛読書は『赤毛のアン』であった。アンに感化されて以来、なにげない日常風景の中に小さな幸せを見つける感性を磨き続けてきた。
わたしにとってネガティブな思考をすることは「悪」だった。
苦しみも悲しみも、いずれ心を養う糧となるのだからと、ポジティブに捉え直して昇華させようとしてきた。
だが、きっと、このやり方では片手落ちなのだ。
いや、一段階、手順を飛ばしてしまっているというべきか。
まずは「苦しい」「悲しい」というネガティブな感情を受け入れる。
自分自身の内なる声を無視しないことだ。
心の中でまで「いい子」でいる必要はない。
思う存分、泣き、叫び、恨みごとを連ねるのだ。
そうした過程を経ないと、わたしの核ともいうべき部分はずっと我慢を強いられたままで、「ほんとうはわたしだってつらいのに、無理して笑顔を浮かべているだけなのに、あなたはこれ見よがしに悲劇の主人公ぶって」と、怒りの矛先がよそへ向いてしまう。

以上を踏まえて、現在わたしの胸に渦巻いているどす黒い感情を浄化させていく。
アナタノトナリニイルヒトハ アナタニアエタノガウレシクテタマラナイトイッタフウニ ハシャイデイルノニ ソレデモジブンノコトガキライダトカ フザケテンノ?

2018年07月22日(日)

雪の女王=ショタコン


改めてアニメ版のハガレンを観ているのですが、エドが可愛くて仕方ないです。

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ほうっておけないの。
もっとわたしに甘えてよ。頼ってよ。
あなたのことを教えてください。


今からでも、うんと勉強すれば、心理カウンセラーになれるかな。
なりたかったんです。
十代のときすでに、わたしが救いたいのは自分自身なのだと気づいていたから、あえてその道は選ばなかったけれど、別に今となっては志望動機なんてどうでもいいんじゃないかなって。
ご立派な思想や理念を掲げた聖人君子よりも、エゴイスティックで欲にまみれた俗物のほうが、むしろ相談相手として「優秀」であるかもしれないとすら思っています。
カウンセリングの基本はクライアントの話に共感を示すことであり、教え導くことではないのですから。

「あなたばかりちやほやされて面白くない」
「あなたの笑顔を私以外の人に向けないで」
「あなたみたいに好かれてないもの、私……」

嫉妬心、独占欲、孤独感、など。
暗く澱んだ感情に自らも振り回されてきた者ほど、深い部分で他者と痛みを分かち合えるのではないでしょうか。
とある有名な精神科医が、患者さんに言われたそうです。
「先生は知識こそ豊富に持っていらっしゃるかもしれませんが、実際に病気になったことがないから本当の苦しみはわからないでしょう」と。
これに反論できる医者がいたら教えてほしいです。


わたしは常に「自分が幸福を感じること」を最優先に行動しています。
物質的にも精神的にも満たされていると、心に余裕が生まれ、恩恵を与えてくれた人々への感謝の気持ちが湧いてくるからです。
自分は不幸だと嘆いている人を見ると、ナルシストうぜーと呆れます。
自分が嫌いだと吐き捨てる人を見ると、性根を叩き直してやりたくなります。
悲しくなるからやめてよね。どんなあなたでもわたしにとって大切な人なのだから。
ほんの少し意識を変えるだけで生きるのが楽になるのに、なぜしない?
方法がわからない?
ではわたしに任せなさい。
とビシッと台詞を決められたらカッコイイのに。
残念ながら、まだそこまでの自信はありません。

2018年06月29日(金)

マッチ売りの少女×タバコ


物語が喉元まで出かかっているのに出てきません。

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思考の整理をするためには文章を書くとよろしいと言われています。
しかしわたしの場合、ただノートに書きつけるだけでは不十分なのです。
読み手ありきで筆を執らないと頭の中の情報処理を適切に行うことができません。
そうやってしたためた文章を、ブログあるいはメルマガ形式で第三者へ向けて発信して、はじめて効力があらわれるのです。
ここ一年ほどは、何かにつけて、友人たちへ雑談メールを一斉送信しています。
ちなみに最新版は「結婚って、望まぬ相手とさせられるネガティブなイメージしかない」というお話でした。
春先の猫のように色ボケしているので恋バナばかり。
メールを送りつけられる側は堪ったものじゃない。きっと反応に困っていらっしゃるでしょう。
書くだけ書いて保存しておくという選択肢もあります。
それなのに送信ボタンを押さずにはいられないのです。
何度もやめようと思いましたがやめられません。
自己顕示欲が強いのでしょうね。
口下手なので、お茶会の席などでは聞き役に回ることが多いのですが、内心意見を述べたくてうずうずしているのですよ。
わたしの声を聴いてください。
わたしをよく見て、知ってほしいの。
骨の髄まで露出狂です。

小説を読んだり書いたりするのが好きな人というのは、普段から感度を高めている分、言葉に重きを置きすぎており、なにげない一言にも傷つきやすいもの。
こう見えて意外とわたしも繊細なのです。
物事を深刻に受け止めてしまい、冗談を冗談としてとらえられないときが、たまにあります。
自分は思ったことをズバズバと言うのに、勝手だなぁと呆れますよ。
相手の気持ちがわからないから曲解してしまう。配慮が足りないからきつい言葉も平気で投げつける。
コミュニケーション能力の中でも、とりわけ想像力が乏しいのでしょう。
もっと他者へ関心を向けなければなりませんね。

肝心なことを言わないで余計なことばかり言ってしまう癖も改めないと。

2018年05月28日(月)

ふせごのひよこ / 砂谷紅緒

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