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プラチナブルー 外伝 第1章【起源】第4話
December,23 2038

プラチナブルー 外伝.4

ルーツィエ・フォン・ローゼンバーグ
Lucie Von Rothenberg

2038年 冬 ロサンゼルス連邦共和国 辰巳邸

「今日はとっても美味しかったね。さすがルーツィエの選んだ店だわ。」
「うんうん。」
「それに、お目当ての彼にも会えたしね。」
「うん。」
「連絡先は伝えた?」
「うん。それでね、さっき、明日のクリスマスイブの夜に会えないかってメールが来たの。」
「よかったね〜。・・・じゃあ、明日の夜はアタシと夜通しパーティにいってることにしておくから、ゆっくり遊んでらっしゃい。」
「え?・・・うん。ありがとう。円香」
「うん、じゃあねルーツィエ。おやすみ。ゆっくり休んで」

 円香が隣の部屋に挨拶を交わして出て行くと、ルーツィエは南側の窓のカーテンを開けた。ビバリーヒルズの高台にある屋敷の2階の窓からは、クリスマスのイルミネーションで散りばめられたカラフルな光の世界が遠く海まで広がっていた。ルーツィエが窓を少し開くと、海からの冷たい風がルーツィエの白銀の長髪を靡かせた。

 翌日、友人たちとのパーティの最中、円香の携帯が鳴った。
「あら、もうこんな時間なのね。」
深夜2時を少し回ったことを左腕の時計で確認した後、円香はハンドバックから携帯端末を取り出し膝の上においた。
「どうしたの?ルーツィエ。こんな時間に。」
「あのね、円香。アタシこのまま彼の部屋で一緒に住もうと思うの。いいかしら・・・」
「・・・良いも悪いも、そんな幸せそうな顔で聞かれたら・・・」
「きゃはは、ありがとう。彼、3ヶ月後の春にはプロイセンに帰国して店を出すんだって。」
「じゃあ、大きな荷物はいらないわね。必要なものがあったら言ってね。届けるわ」

March,30 2039


2039年 春 ロサンゼルス連邦共和国 セントラルメモリアル病院

 18階建ての病棟の最上階にある南向きの一室の入り口には、ルーツィエ・フォン・ローゼンバーグの名札がかけられてあった。ルーツィエがトッティの帰国の途を見送った昨日の夕方、3ヶ月ぶりに戻ってきた辰巳邸で彼女が倒れ、円香はそのまま病院に連れ添った。集中治療室にルーツィエが運ばれてから20時間が経過したが、ドクターから病状の経過は伝えられることもなく、助手からルーツィエの個室に案内され休憩を取っているうちに、円香はベッドの隣に置いてあったソファーで眠っていた。円香が目を覚ますと、前日、円香から連絡を受け取ったルーツィエの父、ローゼンバーグが病院に到着しており白衣姿でベッドの脇に立っていた。円香が起き上がると、ベッドに眠っているルーツィエを見つけた。

「円香君、君には大変な迷惑と心配をかけてしまったね。」
ローゼンバーグは、苦悩に満ちた表情を振り払うように声を押し出した。
「いえ、そんなことは・・・それよりルーツィエは?」
「まだ、意識が戻っていないままだ。」
「そうですか・・・。」
「うむ、円香君は家に帰って休み給え。しばらく状況は小康状態が続きそうだ。」
「・・・わかりました。明日、ルーツィエの着替えを持ってきますね。」
「助かるよ。」

自宅に戻った円香は、ルーツィエの着替えを用意するために部屋に戻った。
デスク横に置かれたルーツィエのバックが小刻みに揺れているのに気づくと、中から携帯端末を取り出した。が、ロックがかかっており着信の相手を確認することはできなかった。

それから数ヶ月が過ぎた。
病院では、円香と女性の看護士がルーツィエの着替えを手伝った。
病院に運ばれて以来、ルーツィエの顔も腕も足も日々ほっそりとしてきた。
が、腹部はむしろ大きくなってきたように円香は感じていた。
円香がルーツィエの腹部に手を当てると、まもなくして内側から手のひらをノックするような感覚を得た。

「まさか・・・」

円香が、ソファーに身を深く沈め、額にあてた両手の手のひらが髪を掬った。

翌日、円香がルーツィエの白銀の髪を梳いていると、耳のピアスがかすかに青白く光った。
円香が左手でそのピアスに触れると、突然円香の脳裏に映像が飛び込んできた。
「これ・・・ルーツィエの記憶だわ!」
「ルーツィエ、ルーツィエ。」
円香は枕元でルーツィエを2度呼んだ。

「円香、驚かせてごめんね。アタシの体は、アタシの意思ではもう動かないの」
「ルーツィエ?ルーツィエなの?」
指先に触れたプラチナブルーのピアスから、ルーツィエの懐かしい声が円香の全身に流れ込んできた。
「うん、そうよ。円香、あなたもプラチナブルーの遺伝子を持ってたなんて・・・驚きだわ」
「・・・アタシ、14歳の時に、旅行中大事故にあって、あなたのお父さんとお爺さんに執刀してもらったの。助からないって言われてたらしいの・・・」
「そうだったの・・・奇跡ね、こうやってまた円香と会話ができるなんて」
「ルーツィエ・・・」
病床の痩せ細ったルーツィエを抱き嗚咽した。
「泣かないで円香。アタシ嬉しいのよ。本当に幸せだったからこの1年。それに彼の命もアタシの中で宿ってるの」
円香はルーツィエと夜を明かして話し続けた。

 翌朝、ドアをノックしたローゼンバーグが部屋に入ってきた。
円香は、ルーツィエのピアスから意思疎通が図れたことを同氏に伝えた。
驚愕したローゼンバーグが、ルーツィエのピアスに触れた。が、ルーツィエからの反応はなく首を横に数回振った。
「にわかには信じがたいが、僕は円香君の話を信じたい・・・いや、信じるよ。是非、話を聞かせてくれないか・・・」

 円香は、目を赤く腫らしたまま、ルーツィエとの会話で記憶したことのすべてをローゼンバーグに伝えた。

「なんということだ・・・。おお、神よ・・・。」
ローゼンバーグは、ベッドの脇にひざまずき、ルーツィエの骨と皮だけになったかのような細い右手の甲に口づけた。

 ルーツィエの出産手術が4日後に決まった朝、円香はルーツィエに微笑みかけピアスに手を触れた。
「円香、アタシが死んだら、このピアスを受け取ってね。」
「うんうん、もちろんよ。」
「それでね、7年後に彼にこのピアスを渡してほしいの。」
「・・・約束するわ。」
「彼ったらね、帰国の時、アタシがいなくなくなったらすぐ浮気するんでしょうっていったら・・・」
「うん。」
「『僕は君だけを愛して、君がいなくなったらオカマになる』って真面目な顔で言うのよ」
「あはは、可笑しいわルーツィエ。」
「ごめんね、円香、最後まであなたには頼みごとばかりで。」
「いいのよ、ルーツィエ。」
「少し疲れたわ。しばらく眠るね・・・ありがとう円香。」

April,5 2039

4日後、帝王切開で3,500gの女の子を無事出産したルーツィエは息を引き取った。

April,23 2045


2045年 春 プロイセン国 フォンデンブルグ教会

荘厳なゴシック様式の装飾に彩られた教会の中庭では、パイプオルガンの音色が緑色の風景を優しく包んでいた。
中庭の芝生の上では、日曜日に教会恒例の、トッティによる昼食会が催されている。
人々の中には、大学で教鞭を振るう傍ら、休日は教会で司祭として過ごすローゼンバーグの姿もある。
いつもの日曜日と変わらぬ姿で、トッティの指示でテキパキと動いている教会出身のスタッフ達の笑い声が聞こえる。


「ふ〜、食った食った・・・トッティの作る美味い飯を日曜日ごとに食べられるなんて、子供たちも幸せだな」

体の3倍もあろうかという太い木の幹にもたれ掛って、とある青年は青い空が正面に見えるくらい寛いでいた。ふと、横に目をやると、7歳位の女の子が隣の木の下で、その青年と同じような格好をして空を眺めている。

「あの雲、キリンに似ているな。首が長いや・・・」

青年は、小さな女の子に聴こえるように大きな声で、空を指差した。

「・・・空に、キリンがいるわけないじゃない」

白銀の髪を靡かせながら、少女はいたずらっぽく微笑み返した。


-----完。


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