ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2021年04月15日(木) 一喜一憂しながら

風もなく穏やかな晴天。真っ青な空を飛び交うつばめ。

春の陽射しをいっぱいに浴びて景色はきらきらと輝く。



同僚がやっと復活してくれて職場に活気が戻る。

あらためてその存在に感謝せずにはいられなかった。

かといってまだ無理は禁物。労わる気持ちを忘れてはいけない。



母の病院から電話があり退院の許可が下りたとのこと。

けれどもすぐに施設に戻ることは困難なのだそうだ。

明日にでもと勝手に思い込んでいたので少し困惑する。

母には帰る家がないのだ。どうかどうか母を受け入れて欲しい。

ケアマネさんに訊いたら早くて来週、再来週になるかもしれないと。

母が憐れでならない。私の気持ちまでも路頭に迷うのだった。

とにかく焦らずにいてその時を待つしかないようだ。



帰宅途中のスーパー内の美容院で鬱陶しかった髪を切る。

チェーン店なので春の異動があったのか初めての美容師さんだった。

穏やかに話しかけてくれてなんとも心が和む。

そうして髪もさっぱりすればすっかり気分一新となる。

「きっかけ」は待つのではなく自分で作っていくものなのだろう。

変わらなければ変えればいい。何事も自分次第なのだ。



午後4時半、「ただいまあ」と元気に孫たちが帰って来る。

ふたりともすぐに宿題をして感心なこと。

あやちゃんのプリントを見てびっくりした。

もうこんな難しい漢字を習っているのかと。

まだ算数もあるよと。3年生になって宿題が一気に増えたようだ。


めいちゃんはプリントをコピーしてまあちゃんと一緒にしていた。

まあちゃんはまだ幼稚園だけれどもう英語を習っているそう。

一年生の宿題なのにすらすら。めいちゃんも負けてはいられない。


ここ数日夕方になると機嫌が悪く泣いてばかりいためいちゃんが

今日はとても機嫌が良く晩ご飯もちゃんと食べてくれて嬉しかった。


みんなみんな頑張っているのだと思う。

私も一喜一憂しながらも日々の事を精一杯に頑張りたいと思った。




2021年04月14日(水) やってみたら出来た

雨あがりの晴天。気温はあまり上がらず風の強い一日。

早いもので4月も中旬になりあらあらという間。

2月は逃げ3月は去り4月はなんと表現すれば良いのか。

日々は駆け足で流れていくばかりだった。

大切なことを疎かにしてはいないかと心に問いかける。



早朝に同僚から電話がありまた発作が起きたとのこと。

とにかく安静にと今日も自宅待機をしてもらうことに。

二日続けての開店休業はとても痛手だけれど仕方ないこと。

頼みの義父も農業の方が忙しく無理を言えない事情があった。


そんな日に限って来客が多く対応に追われる。

訳を話し丁重にお詫びすると「また明日来るけん」と言ってくれて

どんなに救われたことだろう。お客様には本当に感謝しかない。


一人だけ私が見よう見真似でバックミラーを交換した。

お客様が「なかなかやるじゃんか」と褒めてくれて嬉しい。

「出来ることを」といつも思う。ちゃんと出来て本当に良かった。


明日は同僚の体調がどうか落ち着きますように。

今夜はひたすら祈りながら眠ることにしよう。






2021年04月13日(火) あしたはきっと青空

雨の一日。夕方になりやっと降りやむ。

この雨で遅咲きのぼたん桜も散ってしまって

とうとう桜の季節も終わりを告げる。

そうして新緑の季節がもう始まっているようだ。

雨に潤う柿の葉のなんと艶やかなことだろう。



今日は職場で大変なことがあった。

同僚が体調不良を訴え倒れるほどではなかったけれど

念のために掛かりつけの病院に行かせたところ

そこからそのまま県立病院へ救急搬送されたのだった。


高齢のお母さんと二人暮らし。近くに頼れる身内もなく

もう仕事どころではなくなり私が病院へ駆けつけて行った。


不整脈の発作だったようで幸い命に別状はなかったけれど

そのまま無理をさせていたら取り返しのつかない事になっていた。

同僚だけが頼りの職場。それが重荷になっていたのかもしれない。

今更ながら日頃の苦労をねぎらうきっかけにもなった。


応急処置で発作は治まり入院もせずに済み何よりだった。

「今日は休業にしようね」と自宅で安静にするように伝える。


勤続40年が近い。同僚も60歳が近くなっていた。

私が勤め始めた頃はまだ20代の若者だったのだ。

不況の波に煽られながら去って行った同僚も多いのに

彼は最後まで辞めずにいてくれてとうとう私と二人きりになった。


母の事実上の引退。社長の義父も80歳が近くなった。

難破船のような会社は今も波に揉まれながらも海を漂っている。

何処かの島に辿り着くのだろうか。それさえも定かではない。


もしもこの先、最後の日を迎える日が来ても

私は彼と一緒に見届けたいと心からそう思うのだった。


明日はあしたの風が吹く。きっと青空に違いない。





2021年04月12日(月) 笑顔を映す鏡のように

恵みの雨と言って良いのか時おり激しく雨が降る。

植えられたばかりの稲が倒れ水没しているのを見た。

いや大丈夫だろう。しっかりと根を張っているはず。


朝の山道では久しぶりにお遍路さんの姿。

とても背の高い人だったのでもしやと思ったら

やはり外国人のお遍路さんだった。

雨にも負けずしっかりとした足取りでとても頼もしい。

「雨になりましたね。気をつけて下さいね」

その一言が伝えられずなんとももどかしく思った。

言葉が伝わらなくても笑顔は伝わったことだろう。

せめて車を停めて会釈をすれば良かったのだ。





今朝は小雨のなか登校する孫たちを見送っていたら

あやちゃんが振り向いて「おばあちゃん楽になったね」と言ってくれる。

毎朝めいちゃんを保育園に送って行っていたからだろう。

あやちゃんの優しさが伝わって来てほろりと涙が出そうだった。

「めいをたのむよ」と言ったら「うん、わかった」とおっけいポーズ。


確かに楽になった。でもなんだか物足らないような寂しさ。

それも日にち薬ですぐに慣れてくることだろう。


めいちゃんは今日からあやちゃんと一緒に下校。

なんだか気になって仕方なくそわそわと早めに帰宅する。

ふたり揃っての元気な「ただいまあ」の声にとてもほっとしていた。


笑顔には笑顔がきっと返って来る。つくづくとそう思った一日。


佳き一日でした。ありがとうございます。



2021年04月11日(日) だっふんだ

爽やかな晴天。風薫る5月には少し早いけれど心地よい風。

「山が笑う」という季節の言葉もあるけれど

椎の木の花だろうかそれはたくさん咲いていてほんとうに

山が笑っているように見えるのだった。山もきっと嬉しいのだろう。



今日も川仕事に行っていたけれどとうとう限界を感じる。

成育の芳しくない短い海苔をやっとの思いで収穫する。

この先の見通しも暗くあとは自然の成り行きに任せるしかない。

「なるようにしかならない」嘆くことだけはしないでいよう。





昨日から気分の浮き沈みが激しく今日も欝々としていたら

あやちゃんが志村けんの「だっふんだ」の顔をして笑わせてくれた。

そのくせ夕飯時にはまた「おばあちゃんだいきらい」と言う。


あやちゃんの大好きなお友達から「だいきらい」と言われたら

どんな気持ちになるのか考えてみなさいと言って抗戦したのだった。

そうしたら夕食に手を付けず二階に上がりしばらく下りてこない。


めいちゃんは「おじいちゃんといっしょにたべるのはいや」と言う。

たかが子供の気まぐれだとしてもおじいちゃんだって傷つく。

「はいはいわかりましたよ」と笑って席を立ったのだけれど。


しばらくして家族4人の楽しそうな声が聴こえて来てほっとする。

あやちゃんもめいちゃんも「おいしいねえ」と言ってくれていた。


昨夜じいちゃんと語り合ったこともあり

私が暗い顔をしていたせいでもあるのだろう。

子供たちは敏感にそれを感じ取っていたのではないかと思った。


何かが変わったのではない。きっと何も変わってなどいない。

明日の朝は笑顔で「おはよう」と言おう。



2021年04月10日(土) オーマイガット

朝の肌寒さは続いているけれど日中は春の陽気となる。


早朝から川仕事に行っていたけれど収穫はほんのわずか。

嘆こうと思えばいくらでも嘆けるのだけれど

とにかく精一杯にと手を動かしていた。


船着き場の対岸にそれは見事な藤の花を見る。

それは水面ぎりぎりのところまで枝垂れ咲き

まるで水鏡に姿を映すのを楽しんでいるようだった。


誇らしく思うこともなくてはならない。きっと私だって。






今朝からあやちゃんが口を聞いてくれずいささかショックなり。

原因は昨夜私が無理やり髪を乾かそうとしたことらしい。

そのせいで食べようとしていたアイスがとけてしまったのだそうだ。

アイスを食べ終わってから髪を乾かしてあげれば良かった。

それほどまでに気を損ねていたことを今朝まで知らずにいて

「ごめんね」と謝ったけれど「おばあちゃんはだいきらい」と言う。


いつもならそのうち忘れてくれるだろうと思うのだけれど

今日はどうしてか悲しくてならずすっかり落ち込んでしまった。

ふと自分は死んでしまったほうが良いのかもしれない思う。

悲観し始めたらきりがない。とことん落ちるところまで落ちる。


それが顔に出てしまっていたのだろう。夕方になりやっと

あやちゃんが話しかけてくれた。今夜はスシローに行くとのこと。

「おばあちゃんたちも外食したら良いのに」と言ってくれる。

私はすぐに笑顔にはなれなかった。「お金ないけん」と応える。

そうしたらあやちゃんが「オーマイガット」と言って笑った。


じいちゃんと二人きりの寂しい食卓をかこみながら

やっぱり家族ではないのかもしれないねとしみじみと語り合う。

もしもこの先娘たち一家が出て行くと言えば引き止めまいと。

考えれば考えるほど寂しい事だけれど仕方ないねと結論に達する。


あとどれくらいなのかわからないけれど

「おばあちゃんだいすき」と言ってもらえるような自分でありたい。



2021年04月09日(金) 筍とイタドリ

強い寒気が南下とのこと北国では雪が降っていたようだ。

やっと春めいてきて桜も咲き始めていたことだろう。

日本は小さな島国だけれど北と南とではずいぶんと差がある。


幸いなことに南国土佐は陽射しに恵まれた一日だった。

こでまりの花。山吹の花。春爛漫にこころを和ませる。


義父は今日も田植え。昨夜から体調が悪いのを無理して出掛ける。

もう80歳が近いのにそのパワフルさには頭が下がる思いだった。

無理をさせたくはないのに無理をする。何が義父を動かしているのか。





めいちゃん少しずつ慣れては来ているようだけれど

夕方になるとどっと疲れが出るのかすこぶる機嫌が悪い。

かん虫も起こったようで泣きじゃくり大暴れする。


娘が宥めながら抱っこしてやっと夕食を食べ終わった。

それが昨夜の残り物の胡瓜と若芽の酢の物をぺろり。

もう捨てようと思っていただけに思いがけず嬉しかった。


筍の煮物。イタドリの炒め物。食卓には旬の物が並ぶ。

あやちゃんに海老の天ぷらを揚げたので筍も少し天ぷらにした。

筍もイタドリも頂き物でほんとうにありがたいこと。


子供の頃には母とよく山菜取りに出掛けたことを懐かしく思い出す。

生のイタドリは少し塩をつけて食べるのが「おやつ」でもあった。

母もきっと憶えているだろう。懐かしい味を食べさせてあげたい。


昨日の面会ではまだ退院の話は一切聞くことが出来なかった。

医師からの説明もその後まったく無くなんとももどかしい。

せめて経過を知ることが出来れば少しでも安心出来るのにと思う。


月曜日にはまた母に会える。そうだ、筍とイタドリの話をしよう。



※注記:イタドリは全国的には食べられていない山菜かもしれません。

    以前に「ケンミンショー」でも紹介されましたが

    高知では春を代表する美味しい山菜です。


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