ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2020年10月22日(木) 微笑んでも良いのだろうか

朝から降り始めた雨が今もやまずにいる。

それはとてもリズミカルで陽気な雨に感じる。

歌っても良いのだろうか。微笑んでも良いのだろうか。



昼間のこと職場の柿の木にそぼ降る雨。

たわわに実った柿の実をまるで洗うかのように

しっとりと濡れて水滴ごと落ちてしまいそうだった。

柿が好きだと言うお客さんがちょうど来ていて

「晴れたらもらいにくるよ」と少し残念そうにして帰る。


雨にも関わらず来客の多い日だった。

初めてのお客さんに「奥さん」と呼ばれて嫌だった。

「いえ娘です」と言ったら少し不思議そうな顔をする。

義父とは13歳の歳の差なので娘には見えなかったのだろう。

それとも私がよほど老けて見えたのかしれないのだけれど。

不愉快よりも哀しいことが時にはそうして訪れるものだ。

それでも笑顔を保つ。そうでなければ商売が成り立たない。



仕事を終えて帰宅したらいつものようにじいちゃんが居てくれて

ほっと嬉しかった。「私はこの人の奥さん」ですと心で叫ぶ。

昨夜はさすがに眠れなかったとのことでお疲れ気味だったけれど

けい君のお迎えに行ってくれる。俺の役目だと言わんばかりに。

明日は私が迎えに行こう。けい君の笑顔に会えるのが楽しみだ。



予報通り雨脚が強くなってきた。風もあり横殴りの雨のよう。

降りたいだけ降らせてあげよう。空だって叫びたい日もある。






2020年10月21日(水) まるで生きているよう

つかの間の青空。午後から時おり小粒の雨が舞い落ちる。

山道に枯れ葉が落ち始めているのを雀かと見間違う。

一瞬ブレーキを踏んだら枯れ葉だった。まるで生きているよう。


葉っぱが散るのは自分が滅びるためではなく

次の新しいいのちを育てるためなのだそうだ。



かず兄のお通夜が無事に終わり先ほど帰宅したところ。

コロナ禍のこと親族だけの寂しいお通夜であった。

お寺の住職さんも来ておらず読経もない。

お焼香のみと言うのもなんとも侘しいものである。

友人や親しい人達もいただろうにと思うと故人が憐れでもあった。

コロナさえなければと思う。それはどうしようもなく仕方ないこと。


残された家族はたった一人。あまりにも寂しいことと

今夜はじいちゃんが葬儀場に泊まることになった。

かず兄もきっと喜んでくれると思う。そばにいてあげなくては。


明日は友引のため明後日が告別式となる。

火葬場は人数制限があるとのこと。それも仕方ないことなのだろう。

右を向いても左を向いても今はコロナなのだ。


かず兄はとても安らかな顔をしていた。まるで眠っているよう。

薄っすらと赤みを帯びた顔は大好きなお酒のせいだろう。

ちょっと飲み過ぎてひと眠りしているだけだから心配するなよ。

そんな声が聴こえたような気がした。だから少しも悲しくはない。



2020年10月20日(火) ヒトハカナラズシヌノダ

窓からほっとするような三日月が見えている。

日中の暖かさをそのままに夜気のなんと心地よいこと。



昨夜のちょうど今時分だった。

突然の訃報が舞い込み一気に慌ただしい夜となる。

いとこの「かず兄」が亡くなった知らせ。

妹と二人暮らしでその妹からの電話だった。

どんなにか心細い事だろうと大急ぎで駆けつける。


警察官が来ており遺体を署に運ぶと言う。

その事務的な事態に戸惑うばかりだった。

それまでに2時間ほど事情聴取のようなやり取りがあり

悲しみよりも憤りの気持ちが込み上げてくる。

そうしてあっけなくまるで荷物のように運ばれて行く。



検死の結果が今日分かり外傷は無く急性心不全ではないかとのこと。

やっと遺体が家に帰ったのはお昼前だったそうだ。

悲しんだり嘆いたりする暇はない。次は葬儀の準備が待っていた。



私も未だ実感がない。あの穏やかな「かず兄」が死んだとは信じられず

これは悪い夢なのではないかと今もそう思っている。

けれども真実ならば受けとめるしかないのだろう。


死がまた身近になった。ヒトハカナラズシヌノダ。









2020年10月19日(月) 訃報

午後7時。じいちゃんのいとこが急逝しました。



2020年10月18日(日) 命日と誕生日

曇りのち晴れ。陽射しがとてもありがたく感じる。

朝の最低気温が日毎に更新されていて初冬並みの寒さだった。

目覚めるなり靴下を履きベストを羽織り電気ストーブで暖をとる。

少しずつ寒さに慣れなければいけない。苦手な冬であってはならない。



お舅さん義父の命日で午後からお墓参りに。

もう38年もの歳月が流れてしまったのかと感慨深い。

娘が歩き始めたばかりの頃だった。

「おう、歩けるようになったか」と義父の笑顔が懐かしく目に浮かぶ。


おじいちゃん子だった3歳の息子がお棺にすがって泣きじゃくった。

あの悲しい秋の日を息子は今でも微かに憶えているそうだ。



孫が増え今ではひ孫も出来て今日はまた新しい命が生まれる。

まあちゃんに弟が生まれてお姉ちゃんになったのだ。

「ひいじいちゃんにおしえてあげる」と言って一緒にお墓参りに。

それはなんとも微笑ましい光景でふと目頭が熱くなる。

命日が誕生日になるなんてなんだか奇跡のようなこと。



先ほど娘たちが帰宅しいつもの賑やかさが返って来た我が家。

テレビからは「サザエさん」の歌が流れ平和そのものである。

いつもと変わらないことが愛しくてならない夜のこと。










2020年10月17日(土) 明日はきっと晴れるだろう

ぐんと肌寒く雨の一日。朝よりも日中の方が寒さを感じる。

何か羽織る物をと押入れから取り出したのは

姑さんの形見分けにいただいていた毛糸のベストだった。

それがなんとあたたかいこと。懐かしいぬくもりを着て過ごす。



昨夜から娘たちが泊りがけで出掛けており

静まり返った我が家の寂しさもひとしお。

「ふたりきりもたまにはいいじゃないか」と言いつつ

やはり孫たちの声が聴こえないとしんみりと寂しいものだ。


夕食の支度もそこそこに鯵の干物を焼いて食べる。

あと冷凍餃子。スーパーで買ったポテトサラダ。

毎日の目まぐるしい忙しさに比べるとずいぶんと楽。

手抜きが出来るうちにと笑い合うのも愉快であった。



夕方のコンビニでお遍路さんに会って少しだけ会話。

今夜は大橋のたもとで野宿をすると言うので

お大師堂へ泊るようすすめたけれど駄目だった。

コンビニの近くが良くテントを張るから大丈夫と。

おせっかいだったなかと少ししゅんとしていたら

「気遣ってくれてありがとうございます」と笑顔で

なんだか救われたようにほっとして嬉しかった。

やはり声をかけることは大切なことなのだなと思える。


幸い雨も小降りで今夜のうちにやみそうな気配。

明日はきっと晴れるだろう。お遍路さんの旅の無事を祈っている。



2020年10月16日(金) Okay, that's good. It's all right now.

曇り日。少しの肌寒さも秋の深まりかと感慨深く思える。

北国からは初霜の便り。全国的にこの秋一番の冷え込みだったそう。


夜明け前、いつものように心細く短歌と詩を綴るSNS。

その拙いものを英訳してくださる方がいてとても驚いている。

たとえば

Okay, that's good.

It's all right now.

私の詩では

よしよしそうかそうか

もう大丈夫なのだから


これが奇跡でなくてなんだろうと感謝と感動で胸が熱くなるのだった。

これほどの励みがあるのだろうか。これほどの救いがあるだろうか。

今まで日の目など見たことがない老いぼれの私にもかすかに光が射す。

なんとしても生き永らえてこの世に残す「こころ」を記したいものだ。


明日も書けるのだろうか。自信はまったくない。

その自信のなさを言葉にすることはきっと出来るだろう。










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