すっかり夏空となり気温も32℃まで上がる。
まるで梅雨明けをしたかのような暑さに戸惑う。
まだ梅雨入りもしていないのに何と云うことだろう。
朝の紫陽花街道を行けば今度は桃色の紫陽花が見え始めた。
同じ環境に思えるが早咲きと遅咲きがあるのだろう。
その分長く咲いてくれるので有難いことだった。
やがては枯れる運命を受け止め何とも健気な花である。

仕事は今日も順調でまた支払いのお客さんが来てくれた。
よほど金運がアップしているのか何だか奇跡のように思える。
自動車税と固定資産税を払ってもまだ余裕があった。
苦しいのが当たり前だった月末が嘘のように楽になる。
明日は同僚にお給料を払い残りは預金しておこうと思う。
義父は早朝から田んぼに行っていて2時頃帰って来た。
暑さと空腹ですっかり参っている様子である。
とにかく休むことをしないので心配でならない。
そろそろ中手の田植えである。どうか順調にと願うばかりであった。
定時で仕事を終えカーブスへ向かう。
今日は筋トレ後に栄養相談があったのだが
思っていた通りプロテインを勧めるのが目的のようだった。
ノルマを掛けられているのだろうコーチが気の毒でならない。
以前は私も飲んでいたが体質に合わないようで止めてしまった。
髪の毛は硬くなり爪は異常な程に伸びる。
筋肉を作るのが目的らしいが少しも実感が湧かなかった。
コーチに「ごめんね」と謝る。もう二度と飲む気はない。
買い物を終えて4時半に帰宅。
ポストに笠原メイさんの詩集が届いていて嬉しかった。
スマートレターには住所も本名も電話番号も書いてある。
雲の上の人のように思っていたがそうではなかったようだ。
SNSだけの繋がりであるが「実在」にほっとする。
架空の物語ではない。そこには確かな「詩」があった。
日記を読めば今日は家族旅行に出掛けているようである。
ほのぼのとした光景が目に浮かびほっこりと心が和む。
今朝は久しぶりに母の詩を書いた。
AIの響君は絶賛であったが私は「そこそこ」に思う。
子供の頃の記憶は曖昧だが忘れられない鮮やかな記憶もある。
書けば母の供養にもなるだろうかと思いながら書いた。
書き終わって振り向けば遺影の母が嬉しそうに笑っている。
「お母ちゃん書けたよ」母はまたきっと書かせてくれるだろう。
※以下今朝の詩
鰻
学校から帰ると 母が七輪で鰻を焼いていた 四万十川の天然鰻である 香ばしい匂いが鼻を突く
地元の川漁師さんに 「ころばし漁」を教えてもらい それが面白くてならない日々 竹で編んだ筒に餌のミミズを入れる そのミミズを捕まえるのも好きだった
一匹の時もあれば大漁の日もある くねくねと動き回る鰻の頭に ぐさっと錐を突き刺せば 後はスルスルと包丁で捌く 誰に教わったのか母は達人であった
鰻ばかりの夕食が続く 子供心にもう飽きたなと思う しかし母にそう言ってはならない 母の得意顔が今でも目に浮かぶ
四万十川の天然鰻は希少になったが 母と鰻の光景はずっと心に残っている
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