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2020年03月21日(土) パンデミック狂想曲第4楽章「無能な働き者に神罰を」

春分の日3連休。気候も良く、東京では一気に染井吉野が開花した。
例年のごとく、春の麗らかな日差しの中で桜を愛でる。
代々木公園の桜も7〜8分咲いていた。
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この春の息吹には何人も抗うことは出来ない。
これがガイアの波動であり、それにシンクロすることが、この地球に「生きる」ということだ。
数多の生物と共棲しなければ人間という生物も生きてはいけない。

にも拘らず、3月下旬に至っても尚、狂気の潔癖亡者共は全世界でサルのオナニーのごとく、メディアやSNSを通じて「魔女狩り」に狂奔し続けている。
ひたすら、「篭れ!検査しろ!人と接するな!隔離しろ!病棟に放り込め!」と己の欲望を暴走させ、陰茎が赤く擦り剥けるほどの潔癖オナニーの反芻を強要し続けるキチガイ潔癖亡者のプロパガンダは止む事がない。
こんな扇動に乗ったが最後、おしまいである。
人間だけが特別などという狂気の潔癖亡者の世迷言など微塵も聞く必要はない。
病院に放り込むのはどちらかは説明するまでもない。
キチガイ潔癖プロパガンダ亡者共にこそ、神罰が落とされるべきである。

この狂気の潔癖亡者の正体とは何か。
説明するに御しやすいのが例のごとく「ゼークトの組織論」だ。
19世紀ワイマール共和国陸軍総司令官ゼークトが、軍人を利口、愚鈍、勤勉、怠慢の4つのタイプに分けて論じた「ゼークトの組織論」と呼ばれる軍事ジョーク。
曰く、
「将校には四つのタイプがある。利口、愚鈍、勤勉、怠慢である。多くの将校はそのうち二つを併せ持つ。
一つは利口で勤勉なタイプで、これは参謀将校にするべきだ。
次は愚鈍で怠慢なタイプで、これは軍人の9割にあてはまり、ルーチンワークに向いている。
利口で怠慢なタイプは高級指揮官に向いている。なぜなら確信と決断の際の図太さを持ち合わせているからだ。
もっとも避けるべきは愚かで勤勉なタイプで、このような者にはいかなる責任ある立場も与えてはならない」


今、このパンデミック狂想曲を扇動しているWHO、専門家会議の面々、政治家、TVのコメンテーター席に陣取る自称専門家、それを鵜呑みにしてネットで暴れまわる「不謹慎狩り」等々。
これら大多数が「無能な働き者」に分類されることは論を待たない。
正しい判断力も正しい行動力も備わっていないのに、間違った判断を次々と実行し、より取り返しの付かない状況を生み、修復不可能な大損害を齎しても尚、間違いを認めず、更に突き進んで破滅を招き入れてしまうスパイラルを実践する愚か者。
まさに現在進行中のパンデミック狂想曲の扇動者そのものである。
医療崩壊寸前のこの期に及んでも「検査!検査!」を叫ぶWHOの幹部。
イベント、興行、交通事業者が破綻寸前になっても、ひたすら人的交流遮断を叫び続ける専門家会議。
他のインフルエンザと大して相違ない病原性と致死率なのにも拘らず、不治の病の如き恐怖を撒き散らす自称専門家。
調子に乗ってこの狂想曲に便乗する数多の「不謹慎狩り」。
これら全ての「無能な働き者」がこの社会を破壊しようとしているのだ!

この「無能の働き者」がこのまま暴走していけばどうなるか。
専門家会議の連中は、自分達の間違いを絶対に認めないから、更なる感染をもっともらしく「オーバーシュート」とか言い触らし始めた。
要するに人的接触交流をさらに厳に取り締まれと。
イベント興行は一切禁止させ、航空鉄道も停止、そして物流も止まってやがては飢餓が来ることも厭わない。
それでも人的接触を止め続けろと。
その結果、社会が混乱し、暴動、紛争が起きようと知ったことではないらしい。
とにかく、感染者を増やさないために親類縁者親兄弟恋人学友同僚子供親全て餓死したとしても尚ひたすら篭っていろと・・。
詰まるところ、この「無能な働き者」は人間社会と家畜の見分けが付かないのだ。
「豚コレラ」や「鳥インフルエンザ」のように感染家畜を根絶やしにするという発想を、人間社会にも適用する以外の思考能力がないのだ。
正に「無能な働き者」の典型だ。
そんなキチガイ共に扇動させられる市井の民はたまったものではない。

こんな狂気を真に受けて実践する政治家達も相当な「無能な働き者」だ。
どう考えても科学的合理性がない世迷言のような「感染対策」を国民に強いていることに全く疑いを抱かない時点で、もう恐慌が約束されたようなもの。
恐慌が来てもひたすら、この狂気を強い続けるならば国民の大半がコロナウイルスとは別の原因で死に至り、国は滅ぶだろう。

マスコミをして中世の神官気取りで「魔女狩り」に勤しむ自称専門家という「無能な働き者」の罪も大きい。
ひたすら検査を強要し、「感染者」を片っ端から「隔離病棟」というラーゲリーやゲットーに放り込む思考はもはや病的な域に達している。
コロナウイルス保持者というだけで強制収容所みたいなところに放り込まれたら、もうおしまいである。
劣悪な環境下でコロナウイルスどころか数多の感染症に冒されて片っ端から死んでいく。
これまた「鳥インフルエンザ」対策と同じく、根絶やし以外の発想がないのである。
現状のイタリアはこれに近いだろう。

そしてそれを煽っているのが無数に蔓延る潔癖亡者の「不謹慎狩り」という「無能な働き者」。
神官のお触れに歯向かおうとする「魔女」を炙り出そうと世間の隅々を躍起になって監視し摘発に勤しむ潔癖亡者。
このままでは「まともな人々」は本当に、これら「無能な働き者」共に殺されるしかなくなるのだ。

この「パンデミック狂想曲」は、昨今の異常な思想と共通した危険性がある。
それはフェミファシズムである。
生物学的な性差を無視した強引なフェミファシズム強要イデオロギーと、グローバルな視点を欠いた恣意的な「コロナウイルス対策」は根源な部分で繋がっている。
人類を滅ぼしかねないこのイデオロギーを看過してきたことが、今日の文明危機に繋がっていると考えられないだろうか?

「組織論」を編み出したゼークトは言う。
「無能な働き者は、これは処刑するしかない」
そう、この狂気に満ちたパンデミック狂想曲を止めるには、「無能な働き者」たるWHO、専門家会議の面々、政治家、TVのコメンテーター席に陣取る自称専門家、それを鵜呑みにしてネットで暴れまわる「不謹慎狩り」を徹底的に殲滅するしかない。
その闘争以外に、このクライシスを止める手立てはないだろう。
暗黒の中世に光を齎したルネサンスのように「無能な働き者」を一掃するムーブメントを立ち上げることが、この文明社会を守る唯一の手段であることに疑いはない。

春の息吹に咲き誇る染井吉野。
人間はこのガイアに生ける全ての生命とリンクする。
たとえその副作用として多少の犠牲が出たとしても、すぐにホメオスタシスが発動して均衡が保たれる。
コロナウイルスとて例外ではない。
いずれ免疫が出来て、共存共栄のバランスが保たれる。
それがガイアの不文律であり、何十億年と繰り返された生き物の定め。
花見に出かける民は幸いである。
世迷言に騙されて閉じ篭もっている民は愚かだ。
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ガイアの不文律に逆らい、神聖な生命の循環に邪な世迷言を撒き散らす「無能な働き者」。
この邪な存在を撲滅することで全てが救われ、この「悪夢」に終止符を打つことが出来るのだ。
「無能な働き者」こそが排除されるべき、「ガイア」の敵である。
聖戦の狼煙を上げよう。
「無能な働き者」に神罰を!


2020年03月13日(金) 「パンデミック狂想曲」第3楽章「キチガイ潔癖亡者に付ける薬なし」

3月もそろそろ半ばに掛かる頃。
世間は相変わらず「パンデミック狂想曲」にのた打ち回り、己の首を絞める滑稽なキチガイ祭りに狂奔している。
元来人間など数多のウイルスや雑菌と共生して成り立っている。
どんなに逃げ隠れようといずれは新型ウイルスと接触する日は来る。
にも拘らず「神聖なる人体は一切の微小生命体から穢される事なかれ」のごとき潔癖信仰 を流布するメディアの「情報汚染」のほうが余程健康を害する元凶となるのは火を見るよりも明らかなのに相変わらずキチガイ情報を垂れ流すマスコミ。

今回のコロナ禍がこれまでのパンデミックと異なるのは、人間が異常なる潔癖妄想に囚われてしまったことに尽きる。
過去にもスペイン風邪、ホンコン風邪等、すさまじいインフルエンザ禍が世界を席巻し、膨大な感染者と死者を出した。
だからといって今日のような数多のイベントや人の動きを止めるなどという愚かな行為には走らなかった。
なぜか?
その頃は風邪で死ぬよりももっと大きな危険が世界にはあった。
いちいちインフルエンザごときで右往左往する暇などなかったのだ。
1968〜1970年頃にもホンコン風邪が猛威を振るったが、世はベトナム戦争、アポロ宇宙船月着陸とで忙しく、風邪等に構っていられなかった。
更に当時は国内だけでも交通事故で年2万人近く事故死していたから風邪ごときで死んだからといってだからどうなのだ?レベルだったのである。
風邪を怖がってイベントなんか出来るかという気概があったのだ。
当時は今日のパンデミックデマ混乱の元凶であるキチガイ潔癖亡者など取るに足らない存在。
誰も相手になどしなかった。

ところがいまや、このキチガイ潔癖亡者はいたるところに蔓延っている。
マスコミが流布する「木を見て森を見ず」な自称専門家の近視眼的説法がそれに加勢。
グローバルな視点が欠けているからコロナ感染即世界の終わりのごとき錯覚をキチガイ潔癖亡者に餌付けし燃料投下。
栄養を得たキチガイ潔癖亡者はシャーレ内大腸菌のごとく爆発増殖し、SNSを通じて間抜けな働き者たる「不謹慎狩り」と化してパニックを扇動。
「学校止めろ!職場をとめろ!イベント止めろ!スポーツ止めろ!花見を止めろ!電車を止めろ!オリンピックやめろ!全員検査しろ!感染者は一人残らず隔離せよ!一人残らず外には出すな!息をするな!近寄るな!ぐひいいー!」
このキチガイクラスターが更なる狂った煽り方をするものだから始末に終えなくなる。
こうしてメディア、ネットを通じてコロナ狂気キチガイデマ旋風が東京大空襲のごとく、世界を焼き尽くしていく。
もうすでにコロナウイルスで死ぬより、社会の停滞で死ぬ危険性のほうが遥かに勝っているのにそれに気が付かない愚か者共。
それを世間はキチガイという。。
恐らく、中世のペスト禍もペストで死ぬより、「魔女狩り」というキチガイ扇動で殺される人数のほうが多かったろう。
要するにそういうことである。
恐ろしいのはコロナウイルスではなく、キチガイ潔癖妄想に駆られたキチガイ人間の為す所業のほうだ。
誰かがこの狂気を諭すまで、このキチガイコロナ狂想曲は止まらない。
キチガイに付ける薬なし。
キチガイはコロナウイルスよりも厄介なのである。


2020年03月04日(水) 2020年コロナ戦争大敗北の予兆

閏年の2月29日、早朝4時。
人が居ない時間帯を見計らって最寄のスーパーを覗いてみる。
すでにデマによってマスクに続きトイレットペーパーも棚から消えているという。
恐らく次は食料だろう。
納豆、冷凍食品のパスタ、乾燥パスタ、ラーメン、レトルトカレー類、安いカップ麺類はほぼ棚にない。
値が高めのカップ麺類、パン等はまだ辛うじて在庫が残っているが、これらもいつまで持つか解らない。
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人々は恐怖に駆られて食糧備蓄に走るようになった。
社会崩壊の兆しが見え始めた。

コロナウイルス禍で常軌を逸し始めた行政府は狼狽の余り、学校封鎖を実質強制要請。
あらゆるイベントは不要不急とされ休止に追い込まれた。
人の集まる所は避けろとか、外出するなとか戒厳令のごとき空気が漂う。
その一方で相変わらず通勤満員電車は走り続け、パチンコ屋は営業継続、偽政屋は資金集めに立食パーティーに精を出す。
もはや科学的根拠もない矛盾したご都合主義の対策で防疫戦は崩壊しつつある。
典型的な負け戦だ。
かつての総力戦でも、学童を疎開させ、不要不急の催し、施設は尽く休止に追い込まれた。
その結果、国民は救われたか?
否。
国土は焼け野原、焦土にされた挙句、国は無条件降伏、310万人もの戦死者と膨大な財産、アイデンティティーを失い、75年余を経ても占領軍の配下に置かれている。
結局、この2020年コロナウイルス戦でも遅かれ早かれ大敗北が待っている。

そもそも根源的な部分で全てが間違っている。
2009年の新型インフルエンザ禍では国内で累計900万人以上感染者が出たという。
あの時もパンデミック、パンデミックと大騒ぎして当時のブログでも大いに違和感を吐露したが、だからといって医療機関がパニック機能不全になったとか国民は恐怖のあまりみんな貝のように閉じ篭もったなんて記憶はない。
イベント中止の風潮もなく、自分もあの時青山で原画展を開催出来た。
まだ10年前のほうが日本人はマトモな思考が維持されていたのだろう。
しかし、この10年で国民も指導者も馬鹿の坂を転げ落ちた。
正しき科学的知識よりも情報過多による排他的バイアスが優先し、感染症よりも情報パンデミックによる精神的病理に社会全体が犯されてしまったのだ。
もはやコロナ感染で死ぬより、パニックに巻き込まれて死ぬ確率のほうが遥かに勝ってしまった。
この期に及んで感染者を探し出すことに何の意味があるのか?
もはや無駄な混乱を拡散させる要因でしかない。
満員電車で感染が報告されていないのは、単に検査対象になっていないだけだ。
韓半島南側の国のように詳細に検査すれば、もう恐らく通勤客の大半は感染しているだろう。
都内では症状が出ない感染者を含めればすでに100万人は軽く超しているとも推測出来る。
全国だともう500万人レベルに達するのも時間の問題だ。
繰り返すが、2009年の新型インフルエンザ禍では累計900万人が感染。
900万人である。
あの頃はまだ賢かったから、隔離することが無意味であることに早めに気が付いて幸いだった。
ところが今は相変わらず、事細かく感染者と場所を発表し続け、混乱に拍車をかける。
TVに出ている専門家も胡散臭い。どれも近視眼的思考で閉じ篭もることしか奨励しない。
仮に2009年と同じ感染者になったら900万人分全部探し出していちいち場所を特定し、一人残らず隔離でもするのか?
900万人を?
馬鹿の骨頂である。
2011年原発事故の時と同じ。
あの時もかなりの国民が放射性物質のシャワーを浴びた。
おそらく数千万人単位が自然界レベルを超えた放射能の洗礼を受けたはず。
当時の専門家は危険性を散々煽ったが9年を経た今尚、致命的な健康被害によって国民がバタバタと倒れたような話は聞かない。
今回も同じことだ。

今すべきことはシンプルで単純だ。
繰り返しになるが毎年のインフルエンザ同様、感染に任せておけばよい。
コロナウイルスにワクチンはないというが、それだったら従来の風邪も同じだろう。
「風邪に特効薬なし」という諺、耳にタコが出来る位聞かされたのを忘れたか?
抗生物質が効かない細菌だって従来からそこらじゅうウヨウヨしている。
「若者が高齢者にウイルスを移す」とか騒いでいるが、そんなことも今に始まったことではない。
ウイルス感染の有無に拘らず、体力の弱った高齢者は遅かれ早かれ、他の原因でも死ぬ。
それが生き物の宿命であって、コロナウイルスだから云々という問題ではないのだ。
むしろ、人々から楽しみを奪って閉じ込めさせるほうが余程健康悪化を助長する。
このまま今の状況を続けていたら、もはや取り返しの付かないことになる。
900万人を超えても「感染者」報告は続き、丸1年経っても状況は変らないだろう。
無論オリンピックなど中止。7月頃になれば日本中の大規模施設に「感染者」が1000万人位押し込められて、別の病気でバタバタと死んでいく。
そのうち次の新型インフルエンザシーズンが始まるが感染者隔離という狂気は止まらない。
もはやコロナだろうが何だろうがどうでもよいのだ。
感染者を見つけ出すこと自体が目的と化して、防疫云々はどうでもよくなる。
挙句の果てに学校も永遠に休校のまま。イベント、商店、テーマパークも永遠に再開することなく、医療現場は崩壊、流通もインフラも寸断、食料も欠乏して餓死者も出るが、それでも40度を越す真夏の炎天下、ただ鮨詰め社畜を運ぶ満員電車だけが走り続ける。
9月には追い討ちをかけるように巨大台風、火山爆発、大地震が襲い、未曾有の犠牲者が。
それでも日本人は国内に留まるしか術がない。
なぜなら厄介なことに、今回のコロナ禍は国内だけではなく、程度の差はあっても全世界が同様のパニック気味なのだ。
だから日本から脱出しても意味がない。
逆に「イエローモンキーコロナウイルス!」と虐待差別にあって嬲り殺される恐れすらある。
「これ以上、汚染されたJAPを自国に潜入させてはならない!」
それが欧米各国の共通認識だ。
特に北米統領は選挙に勝つ人気取りのため、ウイルス汚染されている東北アジアを浄化する政策を積極的に推し進めるだろう。
すなわち核爆弾で北東アジア諸国を一気に焼却消毒する作戦だ。
しかし中国は核武装国。おいそれと爆弾は落とせない。
韓半島南側の国も「お友達」である北の首領様の手前、焦土には出来ない。
結局日本だけに狙いを絞って水爆の絨毯爆撃を行い、コロナウイルスを日本人ごと殲滅。
世界をパンデミックから救った英雄として現北米統領は再選されよう。
この7月はオリンピックの聖火に代って何万本ものキノコ雲が日本全国津々浦々を貫くのだ。
北米のテレビ局もその核焦土作戦放映権でオリンピック損失分を穴埋め出来る。
だから欧米人にとっては東京オリンピックが中止になったとて痛くもかゆくもない。
むしろ日本人を核で焼き殺して消毒する大スペクタクルに興奮するだろう。
彼らに罪の意識などない。
ペストが流行したときは有無を言わせず、汚染された村を住民ごと焼き払う事など造作もない民族だ。
滅ぼされるのはいつも世も力のない愚か者。

1945年に引き続き、2020年コロナ戦争大敗北が決しそうだ。
そろそろ覚悟したほうがよい。


2020年02月23日(日) パンデミック狂奏曲第2楽章「愚行」

2020年も2月下旬。
気味が悪いほどの暖冬が終わりかけ、春の気配すら窺えるのに、世間は疫病騒ぎで総毛立っている。
本年早々始まった中国大陸生まれの新型ウイルス禍は収まるどころか野火のように広がり続けている。
もはや感染など止めようがなかろう。例年繰り返し流行する従来のインフルエンザ同様に為すがままにするしかないのだ。
人と接しないようにと数多のイベント中止とか叫ばれているが、一方であの地獄的通勤ラッシュや受験はスルー放置しているのだから何をか言わんや。
滑稽の極みだ。
それに輪をかけてSNSでは「不謹慎狩り」、「繊細チンピラ」が無能な働き者の本領を発揮、根拠のない危険を煽り立てるものだから、ますます収拾がつかなくなる。
むしろ早めに感染して体内に免疫を作っておいたほうが身のためだ。
以前から高齢者や持病持ちが院内感染でワクチンが効かないウイルスや細菌で肺炎に罹り死に至る話は枚挙に暇がない。
そんなものは「ありふれた死」だったから誰も騒がなかった。今回の新型ウイルスと何が違うというのだ?
そう、大して変らない。
本年インフルエンザで何万人も死んでいるというアメリカでは、疫病騒ぎなどまったくどこ吹く風で、大統領予備選真っ盛りだ。
誰もイベント中止なんて言い出さない。
繰り返しになるが、そもそもウイルスは生きた生物の細胞の中でしか生きられない。
宿主である人間をすべて致命的疾患に犯してしまったらウイルス自体も生存し得ない。
これまでも「スペイン風邪」等の大流行が繰り返されたが、当時も全国民が家に引きこもらなければ生き残れないなんて状況は生まれなかった。国が滅ぶほどの犠牲者が出る訳でもない。
遅かれ早かれ新型ウイルスも人体と「順応」して病原性も低下するのが常道。
こんなもの放っておけば勝手に治まって、今年の年末辺りにはこの疫病禍の事などみんな忘却の彼方だ。
にも拘らず、何故にこんな騒ぎになっているのか?
世界観点から見ると、いつの間にかアジア人に特化された疫病のごとく流布されて、白豪主義者の恰好の標的にされ始めた。
欧米では差別剥き出して日本人を弾圧し始めたという。
これはなにか胡散臭い。
あの横浜に留め置かれていたクルーズ船の船籍は大英帝国。船会社が合衆国らしい。
となるとあの船は実は「トロイの木馬」で、もともとパンデミックが発生するように人為的に仕組まれており、中国から日本に大量の感染者を潜入させ、この国を混乱に陥らせて破壊する策謀の一環なのかもしれない。
この疫病禍で東北アジアの一角に経済的な打撃を与え、ゆくゆくは再び植民地化するための白豪覇権主義による「生物兵器攻撃」だとしたら。
そう、あのクルーズ船は東インド会社の疫病工作船に他ならない。
すでに、イギリスは、この夏開かれる予定の東京でのオリンピックを中止させ、ロンドンで開催する用意があると表明している。
いよいよ日本植民地化の触手の胎動が始まったのだ。
此処に至っては、有無を言わせず「トロイの木馬」たる、あのクルーズ「工作」船を乗客を乗せたまま強制出航させ、この禍の元凶を排除しなければ、事態はますます悪化するだろう。
にも拘らず、このような白豪主義者からの攻撃に何ら対処できない日本行政府の無能さといったら極みない。
国権の最高機関たる立法府も国民の生命財産そっちのけで頓珍漢で不毛な議論に終始する様はもはや滑稽で失笑を買うというより、失禁並みの大爆笑。
この期に及んで国会で「笑点」の大喜利を始めるとは吃驚。
こんな無能偽政者を選ばざるを得ない国民も気の毒だ。
もはや救いがない。
このまま沈み行く泥舟で愚民偽政者諸共心中が相当だろう。

北米の映画賞でなにかの賞を獲った「元日本人」がいた。
報道によると日本が心底嫌いで、米国人になった故の栄誉だとのこと。日本には何の未練もなく、むしろ捨てて良かったと。
確かに才覚ある者が、もはやこの国に留まって良い事など何もなかろう。
故郷に錦を立てたところで所詮「井の中の蛙」。
芸能人が禁止薬物云々で捕まると、その業績すべてを否定し「なかったことにする」ムラ気質にも辟易する。
そもそも偉業を遂げる者は常人とは違う特殊な存在だ。
古の司祭などは自らをトリップさせ神とチャネリングすることで民を導いた。
そういった特殊な人間が世をスキルアップさせ、新しい世界観を切り開いていったのだ。
だがこの国に奇特な人材を育てる土壌は、もはや存在しない。
障害者大量殺人容疑者に対しても、なぜ「常人」として裁くことに固執するのだ?
あれは「キチガイ」という特殊な生き物だ。
「キチガイ」は「キチガイ」であり、永遠に常人とは相容れない。
「キチガイ」と「天才」は紙一重。
しかし、「キチガイ」と常人は100パーセント交わることは絶対にない。
勝手に「常人」にカテゴライズされて、あの容疑者もさぞ迷惑なことだろう。
もっとも先の大戦で帝都民の非戦闘員を10万人単位で焼き殺した戦争犯罪人キチガイ鬼畜ルメイに戦後、最高位の勲章を与えた「常人」日本人の「キチガイ」度も相当ではあるがね。
だったらこのキチガイにもご褒美をあげたらどうだ?
キチガイ同士仲良くせよ。

いずれにせよ、出る釘を打ってばかりいた結果、この国は凋落した。
そしてこの有様である。

この国が滅びる日も近かろう。
疫病ではなく、愚民偽政者の愚行によってね。
まあ自業自得だから仕方ない。
諦めてマスクをして石の下に蠢く虫のごとく、一生外出せずに閉じ篭もっているのが身分相応だ。


2020年02月07日(金) 「パンデミック祭り」の愚と平将門の呪い

昔あった石油ストーブの名称が付いた新型風邪ウイルス騒動。
マスクは売り切れてどこにもないとか。なんだか台風時のパン売り場を連想させる。
そういえば10年前も新型インフルエンザ禍があった。
丁度自分の原画展を渋谷で開催中。会場がある渋谷の画廊に毎日通っていた。
平日昼間の電車がガラガラになっていたことを思い出す。
あの時も、感染を水際で防ぐために大童なニュースが流れていた。
空港で防護服を着た係員が右往左往したり、当時の厚生大臣が頻繁に記者会見したり。
だが時すでに遅く、国内にウイルスが蔓延してしまった後は、もうどうでもよくなった事を思い出す。
そしていつの間にかピークも過ぎていつしかそんな「パンデミック」があった事すら忘れていく。
今回の新型インフルエンザも、もうすでに潜在的には日本国内にも感染は広がっているだろうから、あの豪華客船留め置きも実質的に意味を成していないのだろう。
船の中に「監禁」されている乗客にとっては降って沸いた災難。
タイミングが悪かったとしか言いようがない。
因みにあの船は造船中に火災を起こしてしまい、急遽同時並行して造船中の船で納品された履歴を持つ。
どこか不運に憑依されている船名。
繰り返される「パンデミック騒ぎ」に接する度に思うのは、今回に限らず、インフルエンザウイルスは毎年変異しながら流行している訳で、それが免疫を持つか否かで流行り方に偏りがあるだけの話。
殊更病原性が強い訳でもなく、致死率も大して高くないのであれば、放っておけばいずれ人体の中で適応して「共生状態」になれば収まっていく。
むしろ感染することで免疫力が高まり、インフルエンザに対する耐性が高まるというもの。
逆に消毒剤ばら撒きすぎると、無害の在来菌が死滅して未知の毒性の高い菌を蔓延らせる危険性もある。
にも拘らず、数年に一回、殊更騒ぎ立てるのは、何か意図があってのことだろう。
医療、薬品会社のステルスマーケットなのかもしれぬ。
薬品分野の株価は高騰だろう。
実際インフルエンザに比べれば、交通事故や風呂場で足を滑らせて死ぬほうが余程確率が高いらしい。
そんなのはニュースにもならないから気がつかないだけだ。
毎度繰り返される「パンデミック祭り」に踊らされる愚。

羽田新ルートで今日もひっきりなしに航空機が降りてくる。
100万余の都民の上空でロシアンルーレットを仕掛けるごとぎ儀式に思えて恐ろしい。
国交省は帝都民を焼き殺し足りないというカーチス・ルメイの霊魂や、あるいは、朝廷に対する平将門の怨念が羽田新ルートの旅客機に憑依する危険性を考えなかったのか?
数多の魑魅魍魎な悪霊が帝都を今一度灰燼に帰そうと虎視眈々と彷徨っている上空に巨大な旅客機を連続して飛ばすことの愚かさよ。
B777の機首に平将門の生首が見えたらおしまいだ。


2018年03月29日(木) 国軍は今こそ決起しなければならない!

風雲急を告げる極東情勢。
北朝鮮は核軍事力を保持しつつ、瀬戸際外交でまたもや生き残り戦術を展開。
劇的な対中、米、韓首脳会談を画策し、主導権を得ている。
が、もとより核戦力放棄など一片たりとも考えていない。
核戦力こそ国家の意思そのものであり、存在のよりどころだ。
核なくして国家なし。
それをよく知る北朝鮮はまたもや時間稼ぎ外交で敵対国を取り込み、その間に更なる確固たる核技術を磨き、極東アジアでの国家的地位を着々と固めている。
遅かれ早かれ、韓国もこの戦略に取り込まれ、高句麗連合として共に核保有国として北朝鮮連合を組み極東の強国として前進するであろう。
米中は北朝鮮と韓国の核武装を容認し、相互国益を模索していくだろう。
これが外交というものである。
それに引き換え、この日本はどうなっているか!
いまだにのさばる糞尿メディアと肥溜め汚物野党がごった煮になって国民に腐臭滴る糞を毎日毎日ばら撒いているうちにつんぼ桟敷に追いやられた。
噴飯モノである。
この極東激乱にも拘わらず汚水溜めから人糞をばら撒いているだけ。
米中に愛想を突かされるのも当然というものだ。
糞尿マスコミと肥溜め野党が宰相を追い落とすだけが目的の下らない戯事に国民の税金を溝に捨てるがごとき茶番でこの国を滅ぼそうとしているのだ。
中国はすでに南沙諸島を固め、いつでも尖閣諸島を奪う準備は出来ている。
中国共産党は先の共産党大会で磐石な指導体制を確固たるものとし、いつでも人民解放軍を日本攻略に突入させる戦力を展開させている。
その気になればこの瞬間にでも、日本のシーレーンを封鎖して飢餓列島と化す事も出来る。
またトランプ米国も日本を関税免除国とせず、高い関税を掛け、あからさまな貿易戦争を仕掛けてきた。トランプはもはや日本を同盟国などと思ってはいない。敵対国として徹底的に殲滅する準備を進めている。
韓国、北朝鮮はもはや日本など弱体化した愚かな連中と見下し始め、まともな交渉相手とすら見ていない。
ロシアも然り。
こんな包囲網を敷かれているのに、日本の糞尿メディアは裸の力士スキャンダルと宰相夫人の忖度遊戯に現を抜かして糞ばら撒きに執心しているだけ。
そして汚物野党は国難そっちのけで受刑者面会に押しかけて不毛な食糞に興じている。
こんな汚らわしい汚物が日本を未だに支配し、国民を絶望の淵に追い込んでいるのだ。
宰相引きいる与党もただ対米追従の妾根性丸出しで、国家存亡の闘争から逃げている。
もはやアメリカは日本なんぞなんとも思っていないのだ。
日本はただの捨てられた妾。
妾に自主独立などあるか!
妾はいずれ捨てられて溝に蹴り落とされるのが関の山だ。
こんな塵、屑、汚物、糞尿、妾が支配する日本に未来などあるはずもない。
それもこれも核武装することが出来ぬ惨めな国だからだ。
このままでは遅かれ早かれ、中国か北朝鮮か韓国の核攻撃によって滅びるのは時間の問題。
さあ!目を覚ますのだ!
志ある陸海空自衛将兵諸君!
この期に及んで救国クーデターを躊躇う理由などあるか!
今決起しなければ、この国は汚らわしい人糞の山と化すぞ!
誇りある日本を取り戻すためには、この汚物どもを10式戦車のキャタピラで踏み潰し、日本神道原理主義クーデターを成就させ、日本を核強国に昇華させ、全うなる国家としてこの極東にすっくと立ち上がらなければならない!
塵、屑、人糞、汚物、反吐、肥溜め、キチガイ、痴呆マスコミ野党と妾政権を叩き潰し、絶望皇太子による神聖クーデターによってこの国を再生しなければもはや未来はない!
立てよ!戦士たち!


2017年09月01日(金) 再び「負ける戦争」に突入した日本

「Jアラード」という洒落た名前のお知らせ。
要するに空襲警報な訳だ。
80年近く前、同じような警報が日本中に流れた。
気が付くと、日本中の都市という都市は焦土になった。

警報が流れた時点で「終わり」であることは、その当時の戦争が証明している。
制空権を奪われた時点で、その国は「負ける戦争」をしている。

『パトレイバー2』だったか、戒厳令下の警視庁に召集された後藤隊長がこんな台詞を吐いていた。

「戦線から遠退くと楽観主義が現実に取って代る。そして最高意思決定の場では、現実なるものはしばしば存在しない。戦争に負けている時は特にそうだ」

この国は1950年代から「思考停止」している。
未だに「右」とか「左」という東西冷戦下のカテゴライズから抜け出られない愚者が、この国の政と思考言論を支配している。
すなわち、対米追従しか選択肢をもたない守旧世襲の政治家と、世迷言に浸り紅衛兵みたいな振る舞いが理想郷と信じて疑わないマスコミ言論が、2017年の今日になっても尚、この国の頭上に胡坐をかいている。
選挙制度もこのふたつのどちらかを選択するしかない「造り」になっているから、手の施しようもない。

気が付けば「負ける戦争」に引きずりこまれ、右往左往。
「馬鹿につける薬なし」とはこのことを言うのだろう。

「空襲警報」が鳴った時点で、もう「敗戦」なのだ。
全て手遅れだ。

半島北の国は「生き残るための闘争」を死に物狂いでやっている。
生き物として、実に真っ当な事だ。
生き残るために持てるだけの武器を執る。このどこがおかしい?

一方、この国は、その「生き残るための闘争」を何一つやっていない。
世襲政治家は北米軍事大国との「同盟」を信じて疑わず、妾のごとく「哀願」する以外の策を持たない。
かたや、紅衛兵気取りの言論マスコミは「憲法9条」という「魔法の条文」を翳せば、全ての禍から解放されると信じて疑わない。
もはやどうかしている。
半島北の国民がミサイル発射や、核実験に狂喜乱舞するのと同じくらい、この日本の政治家やマスコミの振る舞いもまた噴飯モノである。

今更、北米軍事大国が、命懸けでこの日本を守ると思うか?
核ミサイルが落ちれば在留米国人を救出することを最優先し、零落れて資源もない日本など、さっさと漢人軍事大国にでもくれてやるだろう。
内向きの北米軍事大国は、己の国にミサイルが届かない限り、極東のいざこざに直接介入するはずもない。もはやこの周辺は漢人軍事大国がイニシアティブを取りつつあることは周知の事実。
いくら世襲宰相が哀願しようとも、遅かれ早かれ棄てられる。
精々、役に立ちそうもない武器を買わされるのがオチだ。
その一方でマスコミ言論劣化紅衛兵も、「平和憲法」を原理主義的新興宗教のごとく担ぎ上げ、空虚な妄言で国民を誑かす。
世襲守旧宰相さえ倒せば「恒久的平和が天から降りてくる」と信じて疑わない。
もはやキチガイ沙汰だ。
そもそも紅衛兵なるものは、毛沢東が政敵を倒すために作った私兵のようなもの。
対外的なものではなくて、あくまで国内の権力闘争のために存在した。
「平和」とか「子供、女性の権利」「言論の自由」という旗印は単に「権力闘争」の出汁に使っているだけ。
ノーベル平和賞受賞者を幽閉し獄死させた国が支配したら「言論の自由」どころの話ではないが、そんなことは眼中にはない。
世襲宰相を倒せば目的が達成される訳で、それで国が滅ぼうと知ったことではないのである。

黒澤明監督の映画で『乱』という作品がある。
その中で「楓の方」という側室が登場する。
彼女は己の国が東西南北から攻められている時ですら、内々の権力闘争に固執し、ライバルの正室の首を取ることだけが生きる目的のような愚者。
挙句、国を滅ぼし、己も味方の武将に処刑されてしまう。
その「楓の方」と、現代の言論マスコミ「平和憲法」妄信者とが、妙にオーバーラップする。
彼らは「平和」など、望んでいない。
単に世襲宰相の首さえ執れば満足なのだ。国民の生命、財産などどうでもいいのだ。
そんな連中はいずれ、「楓の方」と同じ運命を辿ろう。

『エヴァ』の惣流・アスカ・ラングレーはこう叫んだ。
「訳のわからない敵が攻めて来てるのよ。降りかかる火の粉は振り払うのが当たり前じゃない!」

半島北の国のみならず、隣国漢人軍事大国もまた、日本に恨みを抱き、その恨みを晴らすことが根底の国家的感情であり、事実、今回の弾頭弾実験でもそれを理由に挙げている。
ならば、その恨みを晴らしてあげるために、日本人は喜んで核の業火を甘んじて受ける覚悟があるのか?
「平和憲法」の実践とはそういうことである。
その覚悟がない人間が「崇高」な「平和憲法」を語ってはならない。
日本人だけが特別に選ばれた「聖人」だと思っているのなら、世界にそれを証明しなければならない。
しかし、誰もそんなことはしない。
なぜなら俗人だからだ。
所詮、日本など俗人の集まりである。
俗人であれば、生き残るために、持ちうる知恵と道具を駆使して戦うのが当たり前だ。
無抵抗で殺される覚悟もなく、だからといって自分たちで闘うこともせず、いったいこの国はどこまで愚かになったのか?

人間は生き残るために闘争してきた。
もし、真の「平和」を実践したいならば、その人間という器を棄てなければならない。
肉体を「断捨離」し、無味乾燥な時間も空間もない「喜怒哀楽」も何もない世界に魂を昇華する以外に「恒久平和」の道はない。
人間の器に篭ったまま「恒久平和」を謳うのは欺瞞だ。

この国は滅びに向かって驀進している。
超少子高齢化、人口減、限界集落など枚挙に暇がない。
放っておいても衰退の一途なのにも拘わらず、「産めよ増やせよ」というスローガンすら許されない。
周辺国から攻められているのも拘わらず、他人事のように振舞う「現実逃避」が蔓延している。
生き物としての最低条件すら喪失している。

「自分の身は自分で守る」位の事はそろそろ気が付くべきだ。
敵対国の弾道弾弾頭が目視出来る位の場所に着弾したというのに、見てみぬ振りは、もはや独立国としての体を為していない。
「Jアラート」とかいう欺瞞放送は、国民に「自分の国を自分では守れません。右往左往して逃げてください」と宣言しているようなもの。
愚かな偽政者に甘んじてきたツケが廻ってきた。
身から出た錆だ。
甘んじてミサイルの破片にでも当たるのがよかろう。
そのうち、本物の核弾頭が飛来して頭上で爆発したとしても知ったことではない。
自分で自分を守らなかった愚かな者の順当な結果である。
その時に後悔したところで知ったことではない。

もし、そんな凄惨な現実を招きたくなければ、生き残る闘争を始めよ。
俗人らしく闘え。
相互破壊確証の原則に従い、報復核弾頭搭載戦略原潜を整備配置し、敵対国に隙を見せぬ政策こそが生き残る唯一の俗人の知恵だ。
その技を持っているのなら、生き残るために存分に使え。

間違っても日本人は「神」にも「聖人」になど成れない。
「聖人面」する者程、人を破滅に導く。

もう、「戦争」は始まっている。そしてこの「戦争」もまた、日本の負けだ。
本戦争の「戦犯」は守旧世襲政治屋愚者と劣化紅衛兵マスコミ言論の狂人たち。
そしてそれを甘んじて受け入れてきた日本人全員であろう。


2017年06月29日(木) 6月末の妄言

気が付くともう6月が終わろうとしている。

どこかの古典舞台役者の元放送女流朗読担当勤務だった妻が病で倒れたことを世界の終りのごとく取り上げていたと思ったら、今度は卓上ゲーム少年の連勝記録に血眼になるマスコミ。
「人の不幸」の次は、卓上ゲーム少年の昼ご飯が「国家の一大事」だそうである。
去勢された宦官みたいな痩せ細男子アナウンサーが、胡散臭さに輪をかける。
両方、関心もないから見ようとも思わないのにも拘わらず、耳に入ってくる。
もっと国民に伝えるべき事柄があるはずなのに、相変わらずだから、ますます、新聞、テレビを観なくなる。
それでもまったく無視出来ぬからいくつか反応してみることにした。

少し前、ニュースで「週休3日制」のことをやっていた。
一週間に3日休むのだという。
一方で、小学校の夏休みを短縮して「10日間」だけにする自治体があるとか。
「休暇」という概念の感覚がよくわからない。
「週休3日」も「夏休み10日」も、誰が渇望していたのか知らない。
少なくともそんな世論が沸騰していたなんてことは聞いたことがない。
ニュースでは週休3日にしないと、若い社員が会社に残らないとか、夏休みを10日にしないと教師が過労で苦しむとか理由を流しているが、俄かには信じがたい。
誰の、何のために、そういう休日の取り方を決めるのが、胡散臭さだけが残る。
いっそ、「月月火水木金金」を標榜するほうが、信用できる。
少なくとも、胡散臭さはない。
自分が子供の頃は、休みは日曜日だけだった。
それでも、過酷だとは感じなかった。
一方、夏休みは40日が当たり前でそれを短縮するなんで狂気だとさえ思う。
夏休みが10日になれば良くも悪くも「夏休みの思い出」というものが、存在しなくなる。
普段の授業時間が短縮されたところで、学校に通うことには変わらない。
机上の空論で、夏休みを子供から奪って、教師に楽させるという発想自体、何か間違っている。
「休み」という概念が狂い始めた。
たとえ、週休7日になったとしても、恐らく意味不明な理由付けで週休10日になるのではないか?
誰も望んではいないのに。
そして「週休10日」になったとて「幸せ」になれる人は現れない。

どこかの国会議員が、秘書に暴言を吐いて、そのパワハラ記事が週刊誌に載ったり、暴言音声がテレビから流れ出ていた。
正直、どうでもよいのだが、しかし、ある意味、国会議員と秘書との関係はあんなものだという話も聞く。
程度の差はあっても、議員なるものは格下の人を人間扱いしない。
そんな人格に問題がある者が、選挙や国会質疑のときだけ「聖人君子」を装う。
何かに似ていると思ったら、高校野球だ。
「さわやか」とか言っておきながら、実態は暴力、いじめ、パワハラ、狂気の巣窟。
「清き一票を」なんて街頭で頭を下げていながら秘書に暴言を吐く候補者と、「さわやか甲子園」に出るために学徒を「野球人形」として泥まみれにさせて制裁を加えている部活指導者と妙にシンクロする。
あのパワハラ議員もいっそ、記者会見でこう言えばよいのだ。
「東大卒以外は人間の屑だ!愚民共、私に投票せよ!逆らうとあの秘書のように酷い目にあわせてやるから覚悟しな!私には議席が必要なんだ!政策なんてどうでもよい!国がどうなろうと知ったことか!お前らが路頭に迷おうと、中国が攻め込んできたとしても知ったことか!国会議員であればアメリカに亡命できる特権があるんだ!生き残りたいんだ!だから私に投票せよ!解ったか愚民!」
今、真っ盛りの都議会選で、もしこんな街宣をしていたら、その人に投票してもよい。
なぜなら少なくとも嘘は言っていない。
やはり「正直者」が議員になるべきである。

テレビを見ていたら「空襲警報もどき」のお知らせが時々流れる。
なんだこれは?
アラードが出たら、地面に伏せろとか、家の中に入れとか?たぶん朝鮮半島北側のミサイル弾着に備えよという趣旨なのだろう。
しかし、己の領空に敵性国の弾頭なり、爆撃機に侵入された時点で、もう戦争には負けている。
かつての大戦中、防空意識云々を叫んでみても、B29に侵入されたら為すすべもなく焼け野原にされたのを忘れたのか?
国家安全保障の立場に鑑みれば、まず目標とされないこと。そして同等以上の報復手段を持つことが必須。
それがない国は独立国とは言えない。
それを他国に依存している時点で終りだ。
だから日本は独立国ではないし、いずれまた「勝てない戦争」に引きずり込まれて、酷い目に合うのだろう。
これも建前と本音を使い分けて、既得権に縋りつく守旧的な偽政者たちの「賜物」。
そしてそれを選んだ国民自身から出た錆だ。
もはや選挙制度自体が硬直して、未だに1950年代の価値観で動いているのは滑稽ですらある。
そして、それを是正しようとする者もいない。
この国も終わりが近い。

少し前だったか、朝日新聞夕刊の「オトナの保健室」というコラムに、個々の男女間情事を日本文化全体の悪癖と決め付けてすべての日本男性の基本的人権までを抑圧すべしと促す趣旨の記事が目に留まった。
これを書いている「活動家」のことは知らないし、関心もない。
どんな主張をしようとその人間の自由だし、世迷言だろうが何だろうが人の勝手だ。
だが、新聞はネットのような「トイレの落書き」、「パチンコ屋のチラシの裏」ではなかろう。
いつの世も偽政者は「世迷言」や「妄言」を、さも価値のある「正論」として担ぎ上げて、世論を扇動する「道具」として利用する。
この「活動家」もそんな類の一つだ。
科学的根拠もなく、情緒的、恣意的な「妄言」をさも「真実」として世に放ち、態々外国人記者の前で会見させたりする機会を設けるなどということ自体が、それを証明している。
これらは、日本女性の人権や自由を守るためではない。
日本文化、国家の基本的基盤を崩して、国外勢力の権益確保のための「文化、経済侵略」の一環に他ならない。
己が非難している「性ビジネス」の胴元が、日本人から国外勢力に変わるだけ。
搾取される方法が巧妙になるだけで事態は変わりはしないのだ。
「活動家」本人がこれを自覚しているか否かは知らない。
だが、己が怪しげな勢力に担がれていることぐらいは、知っておいたほうがよい。
利用価値がなくなった途端、ゴミのように捨てられるだろうから。

以前もブログに記した事があるが、旧大戦中に戦争日記を記していた徳川夢声が終戦前後に何回も延べている噂話。
「進駐軍がやってきたら、日本男子は皆、睾丸にレントゲンを当てられて種無し去勢される」と。
物理的には、そのようなあからさまな行為はなかったかもしれないが、こんな記事が全国紙に平然と載る現実を鑑みると精神的には戦後70年以上経った今も、営々「日本男子去勢化工作」が続いている事実を実感する。
ただでさえ、超少子高齢化、生涯未婚率が急騰しているのにも拘らず、男女間交流を「犯罪化」して、出会いを阻み、人口減少に拍車をかける記事を掲載しているのだ。
これで誰が得をするかを考えれば、その背後に「誰」がいるか容易に想像できる。
どんな些細なことですら、事の真偽に拘わらず、男子が女子にアプローチすると「犯罪者」として強制収容所行きを目指しているのは明らか。
最近、痴漢容疑者が必死になって線路上を逃げるのも頷ける。








2017年04月15日(土) 新聞を読んだ日

桜も散り始め、新芽が覗くようになった。
だが、まだ夜は風が寒く感じ、コートは欠かせない。
久しぶりに新聞にじっくり目を通す。

「50年後に人口8808万人」(朝日新聞4月11日付け朝刊)
出生率1.44。
50歳まで一度も結婚したことのない人の割合「生涯未婚率」は男性で23.5パーセントという。
世間は経済力云々を理由に挙げるが、それはおそらく違う。
第2次世界大戦終了後、5年しかたっていない1950年。その時の「生涯未婚率」は男性で1.5パーセント。女性も同じ位。
ほぼ全員が結婚、出産を経験していた。
あの敗戦の混乱期が今より「裕福」だったなどと誰も思うまい。
結婚、出産しなくなった理由は他にある。
今後、いくら景気がよくなったとしても、日本人は結婚しないだろう。
たとえ年収1兆円になったとしてもますます「生涯未婚率」は上昇する。
恐らく遺伝子レベルで人口抑制トリガーが仕込まれているのだ。
ある程度の文明度まで達すると、人間は生殖活動を停止する。
その理由は恐らく地球レベルで許容以上の消費活動を抑えるために生物界が生み出した不文律のルール、あるいはホメオスタシスの一種なのかも知れぬ。
だがこのまま緩やかに人口減が続くとは思えぬ。
どこかで劇的に減るのだ。
恐ろしきカタルシスによって。

「化学兵器の貯蔵庫ない」(朝日新聞4月11日付け朝刊)
どこかの内戦続く中東国に北米軍事大国が巡航ミサイルを撃ち込んだという。
理由は化学兵器使用に対する制裁だとか。
本当かどうかは知らない。
ただ、戦争の歴史上、攻撃の口実を捏造した例は枚挙に暇がない。
ベトナム戦争トンキン湾事件。
湾岸戦争におけるイラク軍のクウェート人少女虐待事件等。
これらは後から「事実ではなかった」と報道されている。
北米軍事大国の攻撃は国際法違反だという。
笑止。
戦争が始まれば法律など無意味。
「勝てば官軍。負ければ賊軍」
発端が捏造だろうが、国際法違反だろうが、歴史と正義は「戦勝国」のものとなる。
それ以上でもそれ以下でもない。
だから「負ける戦争」はしてはいけない。

「フィギュア人生 悔いはありません」(朝日新聞4月11日付け朝刊)
有名フィギュアスケーター引退。
脂の乗りきった最初のオリンピックではわずかの差で年齢制限で引っかかり、出場出来ず。
4年後は強力なライバルの後塵を拝し、あとはジリ貧。
勝利の星の下に生まれなかった悲運のアスリート。
それを過剰に持ち上げたマスコミ。
本人は過酷な期待を背負わされ、「フィギュア人形」として弄ばれたのではないか。
星飛雄馬が「野球人形」として苦しんだように。
彼女は26歳になった今尚「ちゃん」付けされて呼ばれている。
これは幸いなのだろうか。
今や40代、50代でも「女子」だ。
永遠の氷上の妖精アイドルとして80歳を超えても「ちゃん」付けされ続けるのだろう。
ジャネット・リンが懐かしい。

「空母朝鮮半島近海へ」(朝日新聞4月11日付け朝刊)
ユーラシア大陸東端の半島北側の独裁国の動向に危惧して、北米軍事大国の空母機動部隊がオーストラリア沖から朝鮮半島近海へと移動とか。
米韓合同演習に呼応して北の国がミサイル発射や核実験を繰り返すのはいつものルーチン。
これで誰かが潤うのだろう。
本気で戦争始める気は更々ない。
新しい北米大統領は自国の利益を最優先に「世界の警察官は辞める」とか公約していたが、その最先鋒の閣僚が追い出され、いつの間に生粋の保守軍人層が周りを固め、大統領を操り始めた気配がする。
プロの軍人は思い付きで戦争は始めない。
だが、何かのきっかけで予想外のことが起こらないとは言えぬ。
これを機に世界の秩序の大転換を画策する者がいないとも限らない。

我が世襲宰相は「北が核、あるいは毒ガスを搭載しだ弾道弾を撃ち込む恐れがある」と注意を喚起したとか。
いまさら何を言っているのか。
弾道ミサイルを撃ち込まれない体制を構築することがなによりも先決で、そもそも相手に撃ち込む隙を晒す時点で「戦争に負けている」のだ。
核武装には核武装で対抗するしかない。
迎撃ミサイルなど気休めにもならない。相手が飽和攻撃してきて1発でも着弾したらアウト。
だから相互破壊確証によって、核を使ったら同じダメージが自分にも降りかかるという「恐怖」を相手に抱かせればならぬ。
すれば、そもそも標的にされるはずもない。
核による「恐怖の均衡」が戦争回避の大原則。
少なくとも「負ける戦争」に巻き込まれずに済む。
それなくして戦争抑止は実践できない。

日本が核武装しておらず、攻撃しても反撃されないのなら核攻撃する誘惑を相手に与えてしまう。
半島の北もその後ろ盾の漢民族軍事国家も核武装国だ。
やるとなったら核武装していない日本に最初の一撃を加えるだろう。
北米軍事国家大統領側近の軍人達はこの際、日本は壊滅しても致し方ないと思っているかもしれない。
半島の北独裁国家に先制攻撃し、万一報復があったとしてもそれは今のところ日本が標的だろう。
北米本国は痛くもかゆくもない。在日米国人と在日米軍を性急に引き上げさせればあとは北と漢民族国家に好きにやらせればよい。
結果、北東アジアは漢民族軍事国家にくれてやる結果となるが、それでウインウインならば、まあ北米大統領も妥協せざるを得ないだろう。

「自分の国は自分で守る」
核搭載弾道弾を配備してこなかった日本にこの情勢下、生き残れる可能性は少ない。
この期に及んで、未だ1950年代の価値観で思考停止している対米追従世襲と原始宗教のような劣化紅衛兵の取っ組み合いで成り立っている日本の政に付き合っていたら滅びの階段を転げ落ちるだけ。
弾道弾に狙われているという時点で、この国は「負ける戦争」に突き進んでいる。
戦争を回避するならば核弾道弾を持てばいい。
思考的にいえば、半島北の独裁国のほうが余程マトモだ。
電話の一本や平和憲法の条文を見せれば、相手国の戦意が喪失するのなら、そう信じればよい。
「日本人は仏陀のように特別なフレンドなんだよ」と世界に知らしめればよいではないか。
幸い、エコノミックアニマルと呼称されていたのだ。
世界から「すごーい」と言われて特別扱いされるかもしれない。
だが日本は他の先進国同様、石油も買うし、食料も買う。貨幣を使って経済活動もする。どこにでもある俗な国だ。
戦争だけが特別免除されると信じているのは当の日本人だけだ。

「見守る人が犯人、どうやって子ども守れば…」(朝日新聞デジタル4月15日付)
「容疑者は保護者会の長」
南関東のどこかの県で起こった幼児誘拐殺人犯容疑者が「正義の味方」のはずの保護者の長だったことにマスコミは右往左往している。
「庶民の敵」とレッテルを貼ってきた「宮崎勤」予備軍の仕業というシナリオしか持ち合わせていなかったから、よもや「身内」の犯罪とは予想も付かず、どう報道してよいかも解らないらしい。
マスコミはいつものごとくレッテル張りに執心するしかないから、今度は保護者会が「庶民の敵」と祭り上げねばならぬところ、それは「自分の味方」なのでそれも出来ず、もはや自分で自分の頭を壁に打ち付けてもんどりうっている状態。
「見守り隊」を疑いの目で見るキャンペーンを敷くことも出来ず、これまでの誘拐報道が如何に偏向恣意に満ちていたかに思い知らされていることだろう。
そもそもレッテル張りが間違っているのであって、子供は親にだって殺される場合がある。だったら生まれた瞬間から子供は親から離れなければならぬが、そんなことは出来るわけがない。
すべてはマスコミの「人の不幸を飯の種にして犯人のレッテル張り」に執心した姿勢が悪い。それこそが罰せられるべきなのだ。
今度は「見守り隊」を飯の種にするのか、注視しておこう。
結局、保護者会すら「子供の敵」みたいなキャンペーンを始めざるを得なくなり、「子供は家から一歩も出ずに学校も教師とも接触を避けて引き篭もってじっとしていなさい!」とか言い出すのだろうか?
噴飯ものである。

こんなメディアが半島危機云々を伝えても、信用に足る情報は微塵もない。


遅かれ早かれ、この国は「負ける戦争」に引き込まれ、50年後を待たずに人口は5000万人を割り込むだろう。
生涯未婚率など、もはやどうでもよくなる。
ある快晴の日、頭上で核の閃光が輝くだろう。
それで、おしまいだ。
そういう運命だったのだ。
生き残るために何もしなかった国の末路は、いつも決まっている。


2016年11月10日(木) 晩秋の戯言

気が付くと11月。
木枯らしが吹いて「寒さ」という感覚を体感しはじめた。
近年、「秋」がない。
9月過ぎてもだらだらと残暑が続き、秋はいつ来るのだと思っていたら突如として寒さに襲われる。
この極端な入れ替わりは、もしかすると気象がおかしくなったのではなくて単に己の代謝低下が原因かもしれない。
代謝が衰えると、すべての五感が鈍って環境変化に鈍感となり、暑さの次に遣ってくる「涼しさ」に対応しきれぬうちに寒さが来てしまうのだ。だから季節変化が極端に感じられてしまうだけなのかも知れぬ。
数多のものに鈍感となる。
歳をとるとはそういうものだ。

テレビやネットで北米大国大統領選挙の結果を知る。
メディアの予想を裏切ってかつての泡沫候補者が当選したという。
公職経験も軍歴もない、およそこの国の国是に相応しくない様な人物だそうな。

最近は「想定外」のことが多いという。
英国のEU離脱も予想外の出来事で、世はグローバイズムに終焉を告げ、時勢のベクトルが「内向き」に逆転しはじめたという。
今回の選挙もこの国が支配するエスタブリッシュメント(既得権層)に虐げられていた国民の鬱積を掬い上げた結果とか何とか。
本当かどうかは知らない。

この次期大統領は日本に対して安全保障負担は重荷だから手を切りたい、と選挙中は発言していたらしいそうな。
当選後、日本の宰相はそんな発言を知らなかったのごとく「日米同盟は普遍的価値で結ばれた揺ぎ無い同盟」とコメントしたと新聞に載っていた。
同盟に「普遍的価値観」なんてあるのかも知らない。
でもかつて第一次世界大戦時に結ばれていた「日英同盟」はどこぞへ消えてしまった記憶があるが、あれにはそういう「価値観」はなかったのか?。
いずれにしろ、かの国が日本列島を「不沈空母」として重宝していた冷戦時代はとうの昔に霧散していることだけは確か。

実際、この次期大統領が、本当に日米同盟を返上したいのかは、今のところ誰にも解らない。
ただこの状況を鑑みて己の権益を拡大しようと虎視眈々と狙う中国にとっては千載一遇のチャンスかもしれない。
北米大国の次期大統領が「内向き」であれば、己の国益に反しない限り、中国の軍事的冒険にも目をつぶって傍観してくれる可能性が大きい。
中国にとってこの混乱の機に乗じて、南シナ海、東シナ海、果ては太平洋西半分の権益を実力で奪取するまたとない好機。
中国がそんなことをするはずがないか?
否。
英国のEU離脱、今回の米大統領選だって「まさかの想定外」だったのだから、中国の電撃的海洋軍事攻勢だってあってもおかしくはなかろう。
米国追随しか選択肢がない日本の外交安全保障にとって、このような中国の軍事的冒険に抗する手立ては、ない。
指をくわえて為すがままに、尖閣諸島や沖縄を中国に持っていかれるだけだ。

そういえば、この次期大統領は「日本、韓国の核武装は容認する」とかなんとかも言っていたような。
これまた、どこまで本気なのかは解らない。
但し、韓国世論は、この機に核武装すべしという機運は高まっているという。
日本はこの期に及んでも「平和憲法」を信奉し、形骸化しはじめている日米安保を妄信して「核」なしで、中国の軍事力による現状変更に対処していくつもりのように覗える。
日本の行政府がどういう選択肢を鑑みているのかも知らない。
だが確実にいえる事は、賢明な未来ビジョンを推し示す事ができる指導者がこの国にいるとは、とても思えない。

今回の大統領選で露呈したのは既存メディアが伝える世論と選挙結果が食い違っていたこと。
多くの者は既存メディアが「真実」を伝えていないことに以前から薄々気づいていた。
しかしまさか本当にそうだったとは些かびっくりもする。
日本の既存メディアも似たようなもの。

その既存メディアによれば、これまで戦後一貫「日本は唯一の被爆国で国民は誰も核武装を望んでいない」と一般的に評している。
その根拠は知らない。おそらくそういっておくことが、誰かにとって一番都合が良いのだろう。
もし、今、国民投票か何かで日本の核武装の是非を問うた時、日本の既存メディアはこうコメントするだろうことは想像に難くない。
「国民は絶対的に核武装を選択するなんてありえない。そんな主張をするのは偏狭な保守主義者だけ」だけだと。
仮に投票結果が「核武装容認」と出たならば、既存メディアは何とするのだろう?
今回の大統領選挙みたいにあたふたするのか?
だがおそらく、この国でそんな国民投票はなされないだろうし、そんな「想定外」な結果も出ないだろう。
なぜなら日本は、英国や米国と違う。
日本は第二次世界大戦に敗北した「旧敵国」であって、核武装を許容する「世論」など「存在しない」ことにされているからだ。
既存メディアは、確かに「真実」を語らない。
誰かに「操作」され、誰かの都合によって嘘もつく。
そして、中国はまんまと尖閣と沖縄を手中にする。

北米大国はもう「世界の警察官」は辞めるのだろう。
遅かれ早かれ、自分の国を守るだけで精一杯となることだけは想像に難くない。
日本は「用心棒」を失う。
だからといって自分で己を守る気概もお金も武器も世論もないことにして「誰も攻めて来ない」という希望的観測のみに縋る国になる可能性が高い。
それはそれでよいのかもしれない。
世界に情勢に身を委ねて「為されるがまま」という生き方も一興だろう。

NHKテレビの大河ドラマ『真田丸』を何となく観ている。
そろそろ佳境だ。
大阪城に集いし血気盛んな牢人と守旧既得権にしがみつく豊臣家の確執構図が、どこかで見た光景に似る。
有能な武士は捨て駒にされ、既得権者は生き残りのために敵対勢力にすら擦り寄る。
いつの時代にも、損をするのは踊らされた「正直者」である。

今回の北米大国次期大統領も、結局巡り巡ってエスタブリッシュメントの御輿に担ぎ上げられ、彼らの代弁者に墜ちるかも知れない。中産階級の白人労働者は今よりも厳しい辛酸を舐めさせられるやもしれぬ。

実際どうなるかはわからない。
どこかで核爆弾が落ちて、一般市民は皆、壊滅し、ほんの一握りのエスタブリッシュメントだけが地下深いシェルターでひっそり生き残る未来が来るかもしれない。
そんなシェルターの中で、唯一の娯楽は次期大統領の理想郷を語る演説。
こんな滑稽かつ絶望的な時代が近づいて来る気がしてならない。

今年の冬はどの位寒くなるのだろう。





 


絶望皇太子