無責任賛歌
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| 2002年08月14日(水) |
魔性の女/DVD『プカドン交響楽』/『藤子不二雄論』(米沢嘉博)ほか |
朝方、突然、穂稀嬢が訪問。 と言っても当然しげに呼ばれて来たのだが、これまで劇団で上演して来た台本をHPにアップするための打ち込みに来たのだとか。 「別にハカセ呼ばなくても、自分でやればいいじゃん」としげに言ったが、穂稀嬢、「私がやった方が速いからなんですよ」とのこと。 なるほど、確かに穂稀嬢のタイピング、しげの2倍は早い。 けれど、穂稀嬢の雑談もしげの2倍はうるさい(^_^;)。 イヤな男とどうやったら別れられるかとか、その手のどーでもいー話題を振られると私は途端にサドになるので、プライバシー無視で突っ込みまくる。 「前の別れた彼氏ってですね、私が映画館だと息苦しくて堪えられないって言ってるのにぃ、ムリヤリ連れてくんですよぉ」 「男にしてみれば、好きな彼女と一緒に映画見たいって願望、あるんじゃないの? それくらい許してやりゃいいじゃん。で、何を見に行ったの?」 「『千と千尋の神隠し』」 「……あ〜、そりゃヤな男だ。自ら『私を振ってください』って言ってるようなもんだな」 「仕方なく付き合ってあげたんですけどぉ、やっぱり気分が悪くなったら『俺と一緒はそんなにイヤか』って逆ギレされたんでぇ、別れ話切り出したらまたキレてぇ……」 「思い込みの激しい男っているからな。そんな子供みたいな奴じゃ、未練がましくてなかなか別れてくれなかったろ」 「練習中に呼び出されて、暴力振るわれたんですよぉ。それでもうこんなやつど〜でもい〜なって思って」 「別れてよかったじゃん。でも、穂稀さん、男見る目ないんじゃない? そんなガキじゃなくて、もっとオトナな男を相手にしてりゃよかったのに」 「その前の彼氏はずっと年上だったんですよぉ」 「じゃあ、なんで別れたの」 「だって、○○○○○○○○ですもの」 「……あほかあ!」 そういやそんなこと前にも言ってたっけ。ほかにも穂稀嬢、ここには書けないようなムチャクチャなことを言いまくる(^_^;)。アンタそりゃ、自分からトラブル呼びこんでるって。男に弄んで下さいって自ら言ってるようなもんだ。 話を聞いてると笑えるのだが、その間、穂稀嬢の手は止まったままである。 しかもこいつ、台本の漢字が読めなくてやたら引っかかる。 「おまえ、学校で漢字ぐらい習わなかったのかよ」 「成績はよかったんですよぉ」 「ウソだろ? 全然漢字知らないじゃん」 「そんなの、センセーのところに行って、『センセ〜、成績お願い♪』って息吹きかけてあげれば一発ですよぉ」 一発って何が一発なんだよ。こいつホンマモンの外道だな。 しかしこんなのに落とされる教師もいるってかよ。情けないと言うかだらしないというか世も末っつーか。 タイピングがいくら速くても、お喋りでスピードが相殺されて、しげとたいして変わらん進行状況(-_-;)。ったく、何しに来たんだオマエ。
そんなこんなで、しげと穂稀嬢と二人で2台のパソコンを占領されてしまったので、パソコンが全く使えない。盆休みの間こそ、日記を更新しようと思ったのになあ。
結局私は二人のメシスタント。 エビチリ玉を作ってやるが、穂稀嬢の食事のスピードがまたえらく遅い。何でも一食にいつも1時間以上かけないと食べられない難儀な体質らしい。そんなのに付き合うのってめんどくさいだけって気がするが、そこが可愛いと勘違いするバカ男も世の中にはいるんだろうなあ。 エビチリ玉、しげには好評だったらしく、一人だけオカワリする。予想してたので一人分余計に作っておいたのだ。しげ、それもペロリと平らげ、更に3杯目を要求する。「もうないの?」 「材料はあるけど、カニ玉だよ?」 目を輝かせて頷くしげ。 仕方なく、穂稀嬢を送って出て行っている間にかに玉メシを作る。これも好評でしげ、ペロリと食う。けど片づけや食器洗いは全くしないのだ。 ああ、私も外道に引っかかったクチか(-_-;)。
Hくんに貸してたDVD『ファンタジア2000』におまけ映像として『プカドン交響楽』が付いてたことに初めて気付く。実はこの作品自体、見たの初めてなんですわ。こんな超有名な作品なのになのに。すみません私が悪いんです、石を投げないで下さい。 作画・監督は先日亡くなったばかりのウォード・キンボール。 さすがディズニーの異端児だっただけあって、ほかのディズニー作品と一線を画してるね。どっちかというと、ハンナ=バーベラ、テックス・アヴェリーのナンセンスギャグに近いな。 音楽の誕生を原始時代から辿るという、発想は『漫画大学』みたいなもの(たとえが古くてわかんねーって)。短編なので、あっという魔に終っちゃってやや物足りないが、途中、日本人が琴を鳴らすシーンがアニメートされてるんだけれど、その擬音がカタカナで表示されてるんだがこれが謎の文字で全く読めない。まさか神代文字?(^o^)
アニメ『ヒカルの碁』第四十四局「起死回生」。 ここは原作でも難しいところだったよなあ。 ヒカルがプロになるのは間違いないところだから、和谷はどうしたって負けることが決まっちゃってる。その和谷を簡単に負けないように描くのが大変なんだよな。森下先生と和谷とのやりとりを挿入するのは悪い工夫じゃないけれど、効果は今一つ。 結局、和谷には順当に負けてもらうことにして、どちらかと言うと、ヒカルが佐為と同等の力量を身につけつつある描写の方に力点を置いた描き方になったのは、多少「逃げ」の演出ではあるけれども仕方のないところか。
米沢嘉博『藤子不二雄論 FとAの方程式』(河出書房新社・1890円)。 しげが車の中に持ちこんで、日に焼けちゃったせいですっかり本が歪んでしまってる。本好きのクセに全然本を大事にしないんだよな、こいつ。
文芸評論家の手すさびじゃなくて、独立したマンガ評論家として、マンガを見てきたという意味では、米沢さんはまさしくオーソリティーであると言えると思う。 何と言っても、これまで断片的に書かれたことはあっても、総論としては未だに語られることのなかった、「藤子不二雄論」である。本書に関して言えば、米沢さん以外には書けなかったろうな、と思える記述も多い。 しかしながら、たいへんな労作ではあっても、本書を傑作だと評価しにくいのは、結局、「藤子不二雄とはなんだったのか」という肝心な部分が、霧の中に包まれたままだからだ。米沢さんが「藤子不二雄」を通して語ろうとしていることがなんなのかも、読んでも読んでもいっこうに見えて来ない。
藤子不二雄論、特に藤本弘氏の著作について評論がしにくいのは、その初期作品が現在ほとんど読めない状態にあるからである。かつて「全集」と銘打って刊行された中央公論社の「藤子不二雄ランド」は、301巻を数えながら、『海の王子以前の著作は『UTOPIA』を除いてほとんど収録されなかった。そこには藤本氏の「古い作品はもう今の読者には見せたくない」という強い意志があったという話である。 その姿勢は徹底していて、小学館漫画賞を受賞した『すすめロボケット』や『てぶくろてっちゃん』まで単行本化はされていない。いくら私がトシヨリと言っても、これらの作品が連載されていたのは私が0歳のときであり、読みたくっても読めるものではない。九歳年上で、当然学年誌でそれらのマンガを読んでいたであろう米沢さんが羨ましい。 しかし、デビュー当時からリアルタイムで藤子マンガを追いかけていたであろう米沢さんですら、二人の姿を捉えるのに幾度となく誤謬を犯している。安孫子氏の描線が独特であるのに対し、藤本氏の描線が模写を前提としたアニメ向きの線、などと評しているのはいったいどこに目をつけているのか。数限りなく作られたアニメ作品で、藤本氏の描線を忠実に再現出来たアニメはただの一本もない。藤子プロのアシスタントによって描かれた『ドラえもん』は数多いが、ドラえもんは何とかマネできても、人間キャラになれば全く他人の筆になっていることが歴然としている。単純でありながら模写を拒絶しているのは、まさに藤本氏の線がキャラクターの心理表現であるからだ。 F+Aの藤子不二雄という巨人は、米沢さんの実績を以ってしても、論ずるに手に余る存在だったんだなあ、ということを感じざるをえない。 二人はなぜコンビを解消したのか、それを二人の資質の違いが顕在化とたと捉えるのならシロウトでも出来る。膨大な紙数を費やしながら、その真実に迫ることが米沢さんにはできなかった。初期作品の復刻が行われれば、また新たな藤子不二雄論が語られるときも来るように思うが、代表作『オバケのQ太郎』すらつまらん差別問題で絶版になっている現在、それは望み薄のように思える。
2001年08月14日(火) 代打日記 2000年08月14日(月) せっかくいい気分だったのに……/映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』ほか
| 2002年08月13日(火) |
オタクの血/『アンダンテ』2・3巻(小花美穂)/『魔王ダンテ 神略編』1巻(永井豪) |
盆は朝寝。 昼過ぎ、広島に住んでる友人のHくんが里帰りして来たのを、博多駅まで迎えに行く。 それからどこかに出かけたのかというとそうではなくて、なんとゴミタメよりも乱雑な我が家にご案内したのである(^_^;)。 年に1、2回しか会えないのだから、そんなときくらい部屋を片付けておけばいいのに、もう引っ越し以外に本の整理はムリだと諦めちゃってるので、ぐちゃまらにとっ散らかってる部屋にそのまま招き入れてしまったのだ。全く、いい迷惑だったろうなあ、申し訳ない。 「床に敷いてあるフトンは絨毯だと思ってくれ」 と、いきなりムチャを言う。 Hくん、笑って頷くが、これで友達をやめないんだから、彼も相変わらず心が広い。夫婦でケンカひとつしたことないってんだから、全く、世の中に善人ってのはいるものだね。 いつも来てもらうたびに要らなくなった本なんかを頂いてるのだが、今日は大野安之の『That'Sイズミコ』全巻をくれる。……って、それ、持ってんだけど(^_^;)。 お礼がわりにいつもDVDなんかを貸してるんだけど、何しろオタク系のものが圧倒的に多いので、お子さんと一緒に見られるものがほとんどない。 「やっぱりオタク度強いのは、ウチじゃ見られないか?」 「まあな」 Hくんも以前は私以上にオタクだったんだけれども、美人で素敵な奥様と、かわいく聡明なお子さんができてからというもの、自分の趣味をほとんど犠牲にして、ご家族との生活を第一に考えているのだ。煩悩捨て去り難い私には、とてもマネの出来ないことである。 結局、今回貸せたのは『パンダコパンダ』1本きり。正月までにもう少し健全なものを買っとかないとなあ(^o^)。 あまり滅多に見る機会はなかろうと、『DAICONFILM版 帰って来たウルトラマン』を見せる。 「これ見たことある?」 「ないけどアレか? アンノヒデアキが素顔でウルトラマンやったとゆー」 なんだ、知ってるじゃん(^_^;)。Hくんからオタクの血が消えたわけではないのだな。そのことは、武田信廣さんが出演した途端に彼が「のーてんきー!」と叫んだことで確認できたのであった(^o^)。まあ、簡単にやめられないからオタクなんだろうけれども。 帰り際、部屋を一瞥したHくんから痛いツッコミ。 「あそこに置いてある○○○○(エロゲーのタイトル)はいったい何だ?」 「しげのだよ!」 しげよ、頼むから目立つところにエロゲーの空箱並べるのはやめてくれ。私が全部やってると疑われるじゃないか(T.T)。
Hくんを再び駅までお送りしたあと、最近できたばかりのアジアンレストラン「バーミヤン」で食事。 味はまあまあってとこだが、単品が安いのがなかなかいい。 私はカレービーフン、しげはタンタン麺。だったんだけれども、辛いと言って私のと交換させられる。あと、エビマヨネーズを二人で分けるが、私が二個食べてるうちに、気がついたら残り5個くらいあったのを全部食われた。いくら好物だからって、一言くらいあってもいいんじゃないか。
夕方、父のマンションで迎え火。 小さな庭の、土の上で火を焚く。風が少しあって、下火に使った新聞の燃えさしが吹き飛ばされるのをしげが慌てて追いかけるが追いつかない。火事になる心配はないと思うが。 チラチラと燃える火を見ながら、父が呟く。 「もう、最近はこんなことする人も少なくなったってな」 死後の世界を信じるか信じないかは別として、こういうしきたりは忘れずに続けていきたい、というのが父の考え方だ。 しきたりなんて全否定したい私とは180度逆なので、私のことを牽制したつもりなんだろう。ここで私が余計なことを言ったりした日には、盆だってのに母の墓前でケンカをすることになりかねない。オトナになって、黙ってウンウン頷く。 「さあ、これでお母さんが来たたい」 蝋燭に移した火を仏壇に捧げ、少し肩を落として仏壇を拝む父。後ろ頭はすっかりハゲだ。二十年後には私もこういう運命か(^_^;)。 私としげも、父に続いて手を合わせる。父と私は数珠を使うが、しげは使わない。何か意図があるんだろうか。単にめんどくさいだけかもしれないが。 ふと、位牌を見ると、母の戒名の字数が祖母のものより少ないことに気付く。葬式んときにケチったからかなあ(^。^)。さて、オヤジんときにはどうするか。母と字数が違うのも座りが悪い感じだし。 私は戒名なんて要らないけれど、死んだあと勝手に変な名前つけられそうな気がするな。もっとも私がマトモに墓に入れたならって話だが。
母は、しょっちゅう夢の中には来てるように思う。うっすらと、そんな気はしてるのだ。けれど、目が覚めたら忘れてることがほとんど。多分、私のいろんなドジに呆れてるんだろう。 父はもう食事をしていたとかで、火を焚いたらすぐに帰宅する。 なんだか疲れが溜まってたので、そのまま寝る。
マンガ、小花美穂『アンダンテ』2・3巻(完結/集英社/りぼんマスコットコミックス・各410円)。 えーっと、お兄ちゃんは、血のつながった妹と、血のつながってない妹と、どっちを選ぶか迷って、血のつながってる妹を選びました。マル。 って、いーのか? 『りぼん』にそんなマンガ載っけて。私はいいんだけど、世間の反響はいろいろあったんじゃないかなあ。わずか3巻で終わり(と言っても一年以上は連載してるけど)ってのも、もしかして、どこぞから批判があったせい? とか邪推したくなる。 もっとも、前作の『こどものおもちゃ』でも、相当シリアスな設定持ちこんでたから、これくらいなんということもないのかも。 けれど、本当の人間ドラマってのは、ここから始まるんだよね。 恐らくはもう長くは生きられないだろうメルと兄の那都との最後の日々、更にメルを失ったあとの那都の生き方はどうなるのかとか、洲に押し倒されたあと茗はどうなっちゃうのかとか(^o^)。ヘタすりゃドロドロする直前でシメちゃったのが、少女マンガの限界ってことなのかなあ。
マンガ、永井豪『魔王ダンテ 神略編』1巻(講談社/マガジンKCZ・550円)。 永井豪がいったいいつからつまらなくなってしまったのか、ということを真剣に考えてしまうと、それはどうしても『デビルマン』を頂点として、答えるしかない。もちろんそののちも永井氏は『バイオレンスジャック』『手天童子』『凄ノ王』と力作を発表していくのだが、作者本人がどんなに精魂込めて描いていようが、読者にしてみれば、燃え尽きたあとの「残滓」にしか見えなかった。いや、『デビルマン』以前はたとえギャグマンガであろうが、永井氏の若さとエネルギーの爆発が見られていたのに、それ以後は気の抜けたサイダーのような、はっきり「愚作」としか言えない作品ばかりを乱発するようになってしまったのだ。 それは『デビルマン』の原型たる『魔王ダンテ』のリメイク版であるこの『神略編』を読めば特に感じることである。オリジナル版でメドゥーサによって語られた侵略者としての「神=人間」の起源。1巻を費やしてそれを描きながら、それは物語でもマンガでも無く、ただの「説明」にしかなっていない。作者本人は語り口が上手くなっているつもりなようだが、実際にはどんどんヘタになっている。魔獣ゼノンとの戦いの後、メドゥーサの涙とともに語られたからこそ、かつての神略に読者は衝撃を受け、悪魔たちの戦いに感銘を受けもしたのだ。 『マジンガー』や『キューティーハニー』のリメイクもそうだが、どうして永井豪は自作を貶めるような新作ばかり描くようになっちゃったのか。描線が死に、キャラクターに深みがなくなり、アイデアも陳腐、ドラマも作れない、どうにも見るに堪えない状況がもう何年続いているだろう。なのに、どうして誰も永井さんに「つまんねえよ」と言ってやらないのか。本当に永井さんは燃え尽きてしまったのか。 思うに、完全にシリアスに転じてしまって後、永井さんのマンガからは「伸びやかさ」が消えていったのではないか。 『ハレンチ学園』『キッカイくん』『あばしり一家』『馬子っこ金太』『まろ』『ズバ蛮』『ガクエン退屈男』『あにまるケダマン』『ドロロンえん魔くん』『スペオペ宙学』『イヤハヤ南友』『おいら女番』『けっこう仮面』『迷探偵イボ痔小五郎』、かつて驚嘆と歓喜に打ち震えつつ読み耽っていた一連の永井豪ギャグワールド。ギャグかと思えばシリアス、シリアスかと思えばギャグ、その縦横無尽な自由さこそが永井豪の真骨頂だった。しかし、今の永井氏のマンガにはそういった驚きが毫も見受けられない。 今、永井豪は何かに縛られている。 それは、永井氏自身、長年かかって自ら身に付けたと信じているマンガのテクニックだろう。けれど、コマ割り一つ取ってみても、永井氏の技術は昔より後退しているのである。もはや昔に戻ることが出来ないのはしかたがない。けれどせめて、自分の遺産を食いつぶすマネだけはもうしてほしくないのだ。 このままだと、『デビルマン ハルマゲドン編』なんてのを、いつか永井さんが描き始めるんじゃないかと心配で心配で……。
2001年08月13日(月) 代打日記 2000年08月13日(日) 盆がはよ来りゃはよ戻る/『明治快女伝』(森まゆみ)
| 2002年08月12日(月) |
ほしのローカス(笑)/『トライガン・マキシマム』7巻(内藤泰弘)/『コータローまかりとおる!L』4巻(蛭田達也)ほか |
今日も謎の出張(^^)。 全くたいして立派な仕事でもないってのに秘密にしなきゃならんってのも理不尽な話だ。でも、不思議なもので、こうやって職業をボカして書いてると、それはそれで知ってる人には面白く読めるらしいんである。「私だけが知っている」(また古いネタを……)って快感があるってことなんだろうか。 けれど知らない人にはいったいどんな仕事してるように見えてるのかね、私は。そこんとこ聞いてみたい気もするけれど、当たっちゃったら困るしなあ。 世間的に偏見の強い職業でもあるし、この日記書いてる私は、本職の立場を離れて自由に書いてるのだけれど、どうもそこんとこを誤解されることも多い。ネットで知りあった人と親しくなって、つい職業を言っちゃった途端、疎遠になっちゃったって経験もあるしな(^_^;)。全くどんな職業なんだか。
帰りに博多駅を回って、紀伊國屋に寄ったら、ちょうど宮部みゆきの『理由』が文庫化されていた。しげがつい二、三日前に、「『理由』はまだ文庫になっとらんと?」と言ってたので、買おうかと思ったが、うっかりしげも買ってちゃマズイので、念のためしげに電話を入れる。 けれど全く応答がないので、さては寝てるものと思って、安心して『理由』を購入。ところが、帰ったら、しげも昼間本屋に寄っていてちゃっかり買っていたのだった。 「何で電話に出なかったんだよ」 「だってヒョウジケンガイだったから」 携帯の電池が切れていたので公衆電話でかけたんだが、あれって、ナンバーディスプレイだと「ヒョウジケンガイ」って出るのな。うーむ、この行き違いはどうしようもない。 余った一冊はしかたがないからよしひと嬢にあげよう、ということになったが、こんなダブり分を通算したら、多分、これまでで万単位で損してるのだ。これって、すれちがいが多い夫婦ってことになるのかな。
マンガ、内藤泰弘『トライガン・マキシマム』7巻(少年画報社/ヤングキングコミックス・520円)。 掲載誌の休刊で一回中断したときにはここまで続くとは思わなかったけれど、いよいよクライマックスが近いかな。ヴァッシュとナイブスがどうして別々の道を選択しなければならなかったのか、謎がようやく明かされていくんだけれど、ちょっと『エヴァンゲリオン』か『エイリアン4』っぽいな。 考えてみたら、これも延々と続く『フランケンシュタイン』テーマの物語だったわけである。ある意味結末がわかりきっているこのテーマの物語に、なぜ人が惹かれ続けるのかってことも、考えていけば哲学的に面白い研究テーマになるんだろうな。私は面倒だからやらんが。
マンガ、蛭田達也『コータローまかりとおる!L』巻之四(講談社/少年マガジン・コミックス・410円)。 連載、最近は巻末ページに近くなってきてるけど、打ち切りになったりしないだろうかななあ。もっとも、今巻で通巻90巻になる連載が終わったからって、早過ぎるってことはないんだけれども。 それでもこれが大長編の最終章だと考えれば、まだ敵のほんの一旦しか見えていないのに、尻切れトンボで終わってほしくはないなあと思う。もう一度復活してほしいキャラ、腐るほどいるぞ。個人的にはジェイソン(♀)が好きだったしなあ(そういうファンも滅多にいないと思うが)。 コータローの父ちゃんだって出さないとね。
今回新登場のいかにもヤラレ役なマール・スネーク、名前からして「大蛇丸」なわけだけれども、となるとあとは自雷也に綱手姫が出るのかね。自雷也はまんま「G・ライヤー」とかになりそうだよな。綱手姫は「プリンセス・ロープハンド」か?(^o^) ちょっとネーミングはも少し考えてほしいもんだけれども、未だに「シーノ・タッカー」の元ネタがわからない。誰か知らない?
WOWOWで『エースをねらえ!』1〜4話の再放送。 久方ぶりに見たけれど(最近そういうのが多いな)、よくお蝶夫人のキャラデザインなんかがからかわれるけれど、それ以前にセリフ回しがもう聞いてて恥ずかしくてしかたがない。当時ホントにこんな喋りかたしてた少女たちがいたのかね? 大学時代、下宿先の学生が、私以外みんな、原作の『エース』にかぶれちゃって、アニメ版、劇場版を「原作の精神を全く解ってない」と憤慨してたが、いったい原作の『エース』にどんな思想があるというのか。私ゃ妄想しか読み取れなかったんだけれど。向上心も精神修養も、それが規範扱いされて人を縛れば宗教にしかならんと思うんだがねえ。
夜中の3時頃、ペルセウス座流星群が北東の空に見えるとのニュース。 あいにくの空模様なのだが、もしかしたら見えるかもしれない、と思い、仕事帰りのしげを誘って、須恵の岳城という山に向かう。 街中では明る過ぎて見えないことは解りきっていたけれど、どの山に登れば条件がいいかは解らない。ニュースでは「雲が出ていますので、南の方に行かないと」と言ってたが、具体的な山の名前は言わなかった。 岳城は南というより東にある。そこを選んだのは、そこなら道を知ってる、ということでしかない。 山腹に公園があって、乗用車が何10台も並んでいる。てっきり我々と同じ空の観測に来たのかと思ったが、誰も外に出ていない。ただの駐車場がわりにしてるかと思ったが、側を通ると人が乗っているのである。 ……こんなとこまで来てヤってんじゃねえよ(-_-;)。 とてもこんなところで観測はできないので、行きつ戻りつ、山上の広場の側に車を停める。
ずっと昔、中学生の頃、友達とみんなでキャンプをした。 水を汲みに、山間の小道を歩いていて、ふと見上げたら、空一杯に天の川が広がっていた。 そのころも目は悪かったが、まだ今よりはマシだった。どれくらい、そこで空を見上げていたろう。水を持って帰って、「どこまで行ってたんだよ!」と友達に叱られたから、結構な時間、ぼーっとしてたのだ。 「もう、こんな星空は見られないかもしれない」 そのとき、そう思ったのが、当たった。
視力は年々衰えている。右目はときどき血管が切れるようになって、霞むことも多くなった。 何年か前、同僚と雑談していて、「もう星を見ることもないかもって思いますよ」と言ったら、「まあ、そうでしょうね」と笑われたことがある。その同僚とは結構親しくしていたのだが、その一言がその人との絶縁の動機になった。思い返せば青臭い話なのだが、この人には「孤独」の意味ってのがわかんないんだよな、と悟ってしまったのだ。 今日、星が本当に見えると思っていたわけではない。 ただ、しげと一緒に星を見たことがなかったな、と思って、それで衝動的に行きたくなったのだ。 暗い中、私は足元も見ずに広場に上がって行く。どうせ見たって見えないのだから同じことだ。しげの方が心配しているのか自分のほうが怖いのか、懐中電灯で私を照らしながら追って来る。 「そんなん光らせてたら星も見えんよ」 私の側に来て安心したのか、しげ、懐中電灯の光を消す。 しばらく、流星雨が流れるという北の空を見た。 しかし、山の上でも、平野の電気は空をそれとなく照らしている。雲間にチラチラと星が見えなくもないが、そこにもまたうっすらと雲が掛かってはいるのだろう。昔見た、あの星の群れには程遠い。 しげが「何か流れた気はするけど、錯覚かも」と言う。 しげの視力は1.0以上だろう。そんな錯覚すら私には見えない。 もう、見えないな、と諦めたが、まだ帰るわけにはいかなかった。いつの間にか流れ出していた涙が乾いてくれないと困るからだ。 「星が動いてない?」 としげがバカなことを言う。 「星は動かねえよ」 と答える。 「目がおかしいのかな、ほんとに星が動いて見えるんだよ」 多分、雲が動いているので相対的にそう見えているのだろう。 夜目に慣れて、何となく足元も見えるようになってきた。 10分か、20分か、そこにいた。 そして、帰った。
多分、またいつかしげを誘って、星を見にいく。そのときも見えないかもしれないけれど、それでも見にいく。 付き合わされるしげには迷惑かもしれないが、せっかく夫婦になったのだから、これくらいのワガママは許してもらいたい。
2001年08月12日(日) 代打日記 2000年08月12日(土) 地雷炸裂/『スヌーピー26 ぼくはどこへも行かない夜』(チャールズ・シュルツ)ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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