2001年09月30日(日) |
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いつも気になる事だ。 男の人は、いつも何を考えているんだろう。 とは言え、女の人の心の中も解りはしないのだけど、 比較的、男の人の心の中身が気になってしまう。
私の中の『男の人』というのは、結構みんな『男の子』で、 少年漫画に出てくるような、無茶でバカで、勢いがあって、 ボケと突っ込みが大好きだったりするような感じなので、 『男の人』だと、どうなのか、全然想像も付かない。
私くらいの年だと、(21〜25くらいまでが該当か?) 男の子たちも少しずつ『男の人』に変わる年頃だから、 これから一体どうなっちゃうんだろうなぁって思う。
とりわけ今の恋人に関しては、何を考えているのか、結構 (80%くらいは)解らないので、いつも私だけがおしゃべりに 色々聞くのだけど、大抵は今は解んないって言って誤魔化されて しまう。…まぁ、かと言って、聞いたら120%くらいのことを ぺらぺらと話すような人だったら好きにはならないけどね。
今も良く解らないのだけど、何を考えてるのか、気になってないと 私はダメなのだろうと思う。相手について、何にも気にならなくて、 勝手にしろや、って感じだったらやっぱダメじゃん?
そう思うと、まだまだこの人を好きで居られそうだと、 思う。そうして、ずっと私の気を引いてて欲しいなぁって考えてる んだけど。…今はまだもう少し黙っていよう。
今日は友人の赤ん坊を見た。 とても、とても小さいのに、生意気にもちゃんと爪とか まつげとか付いてて、寝ながら、にやりと笑う。
足を触ると怒るし、顔を撫でるとさらさらで、 指が小さくって、見てるだけでも飽きない。
この間まで、彼女のお腹のなかで私の話を聞いてたくせに、 本当に、ぽてりとこちらに産み落とされたって感じで、 自分は何にも知らないって顔で無垢に夢見て笑う。
よく泣くし、すごい声だし、友達はうるさくて眠れないと 言ってるけど、それでも子供が本当に可愛いんだと、 言いながら彼を抱く。すっかり「お母さん」だわ。
…子供と母親は、綺麗につながるものがある。 それに比べて父親と子供って、どうなんだろう。 産科にいると、男の人の匂いが全くしないのに驚かされる。 たまにロビーにおじさんとかが居ると、なんだか変な感じ。
女の人は、優しい。男の人には、多分母性って、一生解らないと 思う。例えどんなに子供を愛していても、子供が好きであっても、 彼らは「女」じゃないからだ。産科の空気はピンクと白。 やんわりとした午後の空気が眠気を誘う。 子供の泣き声も、甘い匂いも、多分そのうち自分にも まとわり付くのだろう。…その時には、ちゃんと側にいて 守ってよね、って、何気に思う。
真っ白な子供の夢。ピンク色の愛情と、頬。 彼女が子供を産んだ事は、私にとっても大事な事だ。 なんにも出来ないけど、私の子供でもないのだけど、大事な大事な 人の子供だからね。…彼女と彼に感謝します。 私に会わせてくれてありがとう。これでまた、世の中に「好きな人」 が増えたでしょ。純真無垢な子供の夢は、人の心も綺麗にする。
なんだかスッキリして、私も救われる。
…大きくなったら遊びにおいで。君のママの話、たくさん聞かせて あげるから。(笑)そう言って、今日は帰ってきた。 彼女、幸せそうで良かった。本当に、そう思った。
私の父は、私が20になる年に亡くなった。 眠ったまま、逝って、帰らぬ人となった。
私は父が好きだった。 一度も私を怒った事のない、優しく甘い人だった。 兄には厳しい人だった。 私は中学1年から高校3年まで、事情があって父とは 別れて暮らしていたが、大学浪人したのをきっかけに、 実家に帰って父と兄と祖父母と暮らしていた。
小さな頃から父を尊敬していたし、大好きだったけど、 19の年に一緒に暮らして、初めて気付いた事がある。
父は、一日たりとも、挨拶を欠かした事が無いのである。 彼は、私が眠っていても、勉強していても、曲を聴いていても、 何をしていても、必ず「行って来ます」と「ただいま」を 言っていく。その頃、店の仕事もちょうど大きくなりかけていて、 ほとんど日付を変わらずには帰らない人だったけど、 それでも挨拶は一日も欠かさず、する人だった。
勿論、私にだけではない。一緒に暮らす人、全員のところへ 必ず挨拶をして行く。それが、父の良いところだと私は思う。
そのくせ、人生最後の時だけは、誰にも何にも言わずに 逝ってしまったのだから、何だか皮肉な話だけど、 本当は、色んな事から開放されて、一人でゆっくりしたかった のかも知れない。いつも、ひとのことばっかり考えて、 自分の体の事などかえりみずに働く人だったから。
いつか、父が私に教えてくれた事がある。 人間にとって一番大事な事は、自分の側に居てくれる人を大切に する事だと。…そう言ってた。家族と心を大切にしなさいって あぐらをかきながら、そう言ってた。だけど、結局は、側に居ない 人の事まで、気にして、色んな所を駆け回ってた。彼は 死ぬほどお人好しで、説教好きで、世話焼きでおせっかい。 いつも余計な他人の悩み事を持ち帰ってきては一人で悩むような、 そういう男。私はそんな父がとても人間っぽくて好きだった。
惚れっぽくて騙されやすいのは、父親譲りの性格だ。 そんなところ、バカっぽくて笑えるけど、だから私は、後悔しない。 きっと、私や父親くらい、バカな人が、私を貰ってくれるだろうって、 そう思うから。
最近、当たり前ののように学校へ行って、バイトに行って、 普通の生活を送っている。これまで、面倒臭がりで 甘ったれで、自分の好きな事しかしなくて、ワガママで不器用で 無愛想で面倒臭がりで、マイナス思考で、とにかくだるい毎日 を送っていたツケでも回ってきたんだろうか、「普通」がツライ。
まるで一週間練習をサボってたあとに入るプールみたい。 競泳は、一日休むと、その分の遅れを取り戻すのに三日かかるという 面倒なスポーツだ。だから、真面目にやってた時は、一応日曜日は 休むものの、とにかく毎日毎日、一日2時間、ニ部練の時は合わせて 四時間、無心に泳いだりしていた。日曜日に休みがあるのは嬉しいけど、 そうすると月曜日の練習がだるい。そんな時、一週間も休んだら、 どうかしら?…普通の練習にもついて行けなくて、ゼエゼエ言う。 腕も足も重たいのに、水を掴む感触も軽くて進まない。 でも、自分の体をバカみたいに使うのが快感で、やめられなくて、 感覚を元に戻す為に、やっぱり、毎日泳いでた。
今までずっと、悲しい事があったのを理由に、私は生きること をサボっていた。…生きることをサボっても、結局そうして 空いた時間にする事も無いくせに、勝手にひねくれて世の中 斜めに見て、何が楽しかったんだろう?楽しくなんて無かった。 ただ、普通に生きてる人を見て、嫉妬して落ち込むだけだった。
私、あなたと付き合ってから、サボるの、少し辞めた。悪い子も 少し返上した。…もうコンビニで傘も盗まないし、煙草も吸わない。 学校もサボらずに、今までより20%増しくらいは頑張ってる。 胃が痛くなるから無理して食べないし、翌日に用事があったら 早く寝るようにしている。…勿論、全部当たり前の事。
当たり前の事なのに。彼はそれを誉めてくれる。 やはり、私は人が居ないと生きて行けない。一人きりで生きても 虚しいだけだもの。一人で生きるのがいやなら、ある程度の 努力は必要不可欠だ。だから、私は少しだけいい子になる事にした。
健康にいい事も、素行がいい事も、善良である事も、それに向って 努力する事も、本当はどれも全然格好悪くなんてない。 男よけに煙草を吸ってみても、何一つ私には得が無かったじゃない。 「私なんてもうどうなったって良かった」…そんな事を考えて 先をつぶしていた自分は、もう要らない。その代わりに自分をいとう 心と、人のために働ける精神を、ちゃんと増やして行かなければ、 と今は思う。いつまた悪い心に埋もれるかは解らないけど、少なくとも 彼がいてくれたら、そうなる前に注意してくれる気がする。
時たま、何かが欲しくて仕方が無くなる事がある。
自分にとって、今は何かが絶対的に足りなくて、 それが欲しくて欲しくて仕方が無くてやきもきする。
だけど、その気持ちを何にぶつけたら良いのか解らなくて 苦しくなってくる。
繊細な、ガラスのような物を、拳で叩き割ったあとに 粉々になるまで足で踏んだら、満足だろうか?
それとも、愛しくて小さなものを、そっと抱きかかえたなら 私は満足するのだろうか?
何かが足りない。けど、それが何なのか、わからない。
ただ、何か、衝動的に落ち着かなくてイライラする。
何かが渇いているのに、それが何か、自分の中が、 暗くて見えない。さぐるとざらざらして、ぞっとする。
ちゃんとした、答えが欲しい。
小さな傷が、パクパク言う。 もうとっくに治ってるはずなのに、どうして 時々血が噴出すのかなぁ。
どくどく。どくどく。
悲しいような、淋しいような。
もう慣れたから、大丈夫だけど、 治ったと思うといつも誰かが何かを言ってきて、 悪気は無いけど、私はそれに敏感で、
自分で勝手に傷ついてる。ああ、うん。バカだね。
血、流れるたびに、ココロの毒も吐き出ると良い。
ずっとそうしてきたんだから。
2001年09月17日(月) |
understood |
これから、ずっと生きて行くのにあたって、 これをされたら嫌だと思う事は何だろうと考えてみた。
決められた物、決められた事、決められた道を 他人に強いられたら、これに勝る苦痛は無いなぁと思った。
平凡なのは退屈だから、価値がないと、そんな思いに捕われてた。
…そう思ったから、わざとひねくれてみたりしていたけど、 ある人に会って、私はこのままで、素直になる努力を して行っても良いんだなぁって思えるようになった。
素直に純粋に、何かに没頭したり頑張ったりする事は 別になにも変な事じゃないんだから、ただ、自分の良いように 頑張ればいいんだと、やっと気付いた。
今まで色んな事に反発していたのは、勝手に自分で卑屈になった 結果だった。それには気付いていたのに、自分で無視してた。
気付いたら、悲しくなるのが解ってたから。
でも、それに気付いても、そういうバカな私を許してくれる人が いれば、なにも悲しいことなんて無かった。
ああ、いつも思うけど、私はバカだ。
この人が居てくれるから、安心してここに居られる。 それだけで、単純な、私の存在理由になる。安心して生きていられる。 ただ居るだけで生きているのが楽しくなるなんて、ははは。
やっぱりこの人はすごいなぁって、今になって、やっと、わかった。
昨晩の事。 静かに寝ようとしていて、ふと、昔のことを想い出していた。 ここ数年の事から、小学生の頃の事、その他色々。
私は、幼稚園の年中くらいから記憶がしっかりある。 他の人の事は見ていなかったが、自分が何を考えていたとか、 何をしたか、という事はかなり鮮明に覚えている。
一番記憶が濃いのは小学校高学年くらいで、この頃が私の 脳みその最盛期だった気がする。今の私は、全てこの頃の「私」 の焼き増しである。…基本はこの頃から全く変わっていない。
昨晩。自分の少し昔の事を思い出していたら、 私はある事に気付いた。
私、去年一年間の記憶がほとんど無いのだ。
なんだか色々とあったような気は、する。楽しい事もたくさん あったような気が、する。海に行ったり、スキーに行ったりしていた 筈なんだけど、そういう記憶の細かい所をほとんど忘れているのだ。
一番楽しくてつらい事があった、一昨年の記憶はある。 忘れられる訳もない。今年に入ってからの記憶もしっかりしている。 なのに、去年一年の記憶は、どうも、もやがかかったようにおぼろげで ハッキリしない。一年間、私は何を考えて、何をしていたのか。
生きていながら、生きてないような感じだった? そうだったのかな。
なんだか真っ白でよく解らない。
そう言ったら、彼が頭を撫でてくれた。少し切なくて、じんと、した。
私は煙草を吸う。 煙草が好きな訳じゃ、多分無い。 「吸う」のが好きなのかも知れない。
最初の一本目は、父の思い出の為。 そのうちそれは彼氏の思い出になった。 それと、失礼な男よけ。
私は“煙草を吸う女が嫌いだ”という男が嫌いだ。 最初からそれを言う人が嫌いだ。 「僕は、煙草が嫌いだ。」 と言う人の前でわざわざ吸うようなことはしないが、 「僕は煙草を吸う女が嫌いだ。」 と言いながら自分は吸ってるような男は嫌だ。
それでも、それを聞く前にその人を私が好きになってしまったら、 私は煙草を辞めるだろうけど、幸いな事に私が好きになる人は 大抵煙草を吸う人だったりもするので、今は助かっている。
でも、もう少ししたら辞めるつもり。
女の人が煙草を吸うのは、あんまりビジュアル的にも いいもんでもないし、それに、どうせプライベートの 時しか吸わないし、わざわざ見せつける為に吸うのも最近 バカらしくなってきてしまった為である。
そうしなくても最近は余計な男は寄り付かないし、 今はもう恋人もいるし、他になにも困ってないからね。今のトコは。
…煙草は、抜けるのに5年かかるらしい。 私は今年で24になる。29には妊娠したいので、まぁ今年が 限界かな、というのもある。それに、就職を機に煙草を辞めるのも 健全っぽくて良いかも知れない。そう言う訳で、喫煙暦4年でそろそろ 卒業させて頂きます!一応合法的にしか吸ってないんですよ。 (20才〜)意外でしょうけど。
私は、私が安心できる家族が欲しい。 出来ればケンカをしない可愛い両親と、 自立してくれてそれなりな子供と、犬と猫と、 普通に幸せに暮らしたい。
まぁ、何事も普通に。幸せになりたい。
今はまだまだ夢物語なのは知っている。 家族が欲しいとごねるより先に、私がまだまだ ダメだからだ。
偉そうな事をいう事はできても、まだ何も1人で出来てない。
1人でもちゃんと自立できるようなったら、 恋人と2人で上手くやれるように努力したい。
2人でもそれぞれが自立して協力できるようになったら、 そのうち犬か猫を飼って、2人と1匹、そのうち2匹で 生きて行きたい。
それがすべてクリアできたら、子供が欲しいと今は思う。
私はいつも物事を焦ってしまって失敗してしまうから、 運命の人とは、じっくりゆっくり先へ進めると良いと思う。
私は、小さな頃にいじめにあってた事がある。 当時私は小学2年生で、相手は小学5年と6年の数人の グループだった。田舎のいじめはコワイ。少しでもみんなの「協調性」 (そう呼んで良いのかどうかは疑問だが。)を乱すものは いじめの格好の餌食になる。
同級生にはいじめられた記憶が無い。よく解らないグループの リーダーらしき人物に絡まれたことは数度あったが、所詮は群れている 事が趣味の、同学年の女の子だから、1対1で対決する。今のところ 無敗。当然の結果だ。(もうケンカなんてしないけどさ)
けど、当時の5、6年生からのいじめは結構根性の入った物で、 ランドセルを雪の中に隠されたり、中履きをトイレに落とされたり、 石を投げられたり、車道に突き飛ばされたり(この時は車にかすられて 頬から血を流しながら帰った記憶がある。)、まぁ色々やられた 気がするが、その時の痛みとか悔しさとか、そういうマイナスの記憶と いうのは不思議と残っていない。
人にいじめられても、あんまりショックは無かった。寧ろ、いい年して、 集団で下級生をいたぶるとは、なんて程度の低い人間だろうと、彼女等の 将来を心配したほどだった。…今思うと、そんな事考えていたのが いじめられる原因だったんだろうと思う。
世の中は弱肉強食だ。少しでも自分を脅かす存在は、早めに狩っておく べきなのは当然だし、全く弱い物に関しては、餌として捕食すれば良い。 だけど、人間は人間だ。他の動物に比べて、それなりに知識がある。 弱いけれど無害な物には「家畜」や「放牧」など、捕食以外の可能性も 見出せなくは無い。それを考えると、当時の私はまだまだバカだった。
大人しく泣いたフリでもして、ごめんなさいだとか、もうしないで、 だとか、負けたようなフリでもかましておけば、彼女たちもすぐに満足して いじめを止めてくれてたかも知れない。…私は、彼女たちからいじめを 受ける度に、「面倒臭いなぁ」と思っていた。そして、出来るだけ無関心 を装ってみた。ああ、バカだったわ。彼女たちは、私のリアクションこそを 求めているというのに。
世の中は弱肉強食だ。確かに、それはそうだ。だけど、別に無理して 強い物に打ち勝とうだとか、彼等に対して一生懸命耐えなくても 良かったのだ。たまには負けたフリをするのも良い。効果を考えて行動を 起こせなければ、真のお利口さんとは言えないのである。それが解らない から、いじめを受ける。ていうか、最初からいじめの目標になった時点で、 自分の非を考え、自己改正に努めるべきである。
ついでに言っとくと、いじめられる人間というのは、どこにでもいる。 いじめなんて、無くならないと思う。世の中そんなに甘くない。 いじめの餌食になるような人は、早く自分の変な所に気付いて、早く 「まとも」を装えるようにならないと危険なのだ。周りの人たちは、それを 教えてくれているのだ。
いじめなんて子供のする事だと言って馬鹿にする人もいるけど、大人に なったら、誰も正面きって全力でぶつかってきてなどくれない。 まして、真実など教えてくれる優しい人は居ない。大人のいじめは許せない けど、子供は陰湿でさえなければ問題ないと思う。…子供が出来たら、 そう言うことをたくさん、教えてあげたい。せめて、私よりはオバカで ないとイイ。
人には二つの能力がある。 人の良い点を見つける能力と、人のアラを探す能力だ。 だいたいの人は、どちらかの能力が発達していて、 発達しているほうの目で、人を見て、判断する。
私の場合、残念ながら後者の方が発達しているようだ。 人を見ると、その人が“大丈夫”かどうか判断しようと してしまう。…出来ればアラの無い、INNOCENTな人だと良いとは 思うのだけど、そんな人はそうそういる訳も無い。
完璧な人などいる訳は無い。頭では解っている。…。
「完璧な人間を見つける努力よりは、自分の中の、良い点を見つける 能力を発達させるほうが楽である。」
という事に気付いたのはずい分と昔だった気がするけど、 数年の間、自分のことだけ考えてた時期があったせいで、そんな 事もすっかり忘れていたみたいだ。
出来れば音便に事を済ませたい。大好きな人以外の人となんて うまく行かなくても構わない。自分がよければいい。 そう言ってしまえば本心だけど、それだけではあまりにも偏りすぎだし、 好きな人たちに依存して寄り掛かって嫌われるから、それがイヤだから やっぱり頑張ってみようと思う。
せめて人並みには。過ごせるようにね。
いつも誰かと居たいとか、そういう事は思わないけど、 いつも側に居てくれる人が居ないと私は「淋しい」と思う。
それと同時に、コワイと思う。
自分がだんだんぼやけて行く気がして、 自分だと思っている輪郭がだんだん溶けて行く気がして、 怖いのだと思う。
誰かが側に居てくれると、安心する。 自分じゃない人を見る事で私は「私」だと確認する。
だから好きだ。
誰でもいい訳じゃない。 接触したいと思える人。 接触しても私を傷つけない人。 一緒に居るのが苦痛でない人と。 ずっと側に居れたらいいと思う。
言葉。 お礼の言葉。慰めの言葉。感謝の言葉。
色々ある。
ネットで色々書けるのは便利だけど、 本当に伝えたい事は、ちゃんと伝えに来てね。
会いに来て。 電話して。 メールして。 手紙書いて。
方法なんてどれでも良いけど、対「私」に来た言葉には 正式にお返事も書くし、私、そういう物は「本物」だと 思う事にしている。
私にとって、私が一番大事にしているのは、 会って、話しているときの言葉。
あなたの言葉も私の言葉も、生きて、使われている時にこそ、 それは最も意味がある物だと、私はそう、思います。
ネット上に吐き出しているものは、ただの溜息でしかないのですから。
彼が電話くれた。
嬉しい。
だけど、ここの文章読まれちゃった。 いやー。 恥ずかしい。
裸で電気付けられてじっくり見られるより恥ずかしい。 だって、あなた、当事者でしょ? やめろー!みるなぁー!なんて、言いつつ、…ひょっとしたら 見るかも知れないから、せめて気持ちが伝わるとイイナ なんて思って書いてたところもあったりして。
嘘つくのは嫌だからね。 でも、わざわざ口に出して言わない事もたくさんあった。 きっと聞かれたら答えることばかりだけど、君はきっと そんな野暮な事、思っても聞かないだろうし。
でも、ここの文章読んでも、私に会いたいと思ってくれたから、 やっぱり嬉しい。そんでもって、やっぱり君が好き。
いやだけど、本当は、いやじゃない。かも知れない。 本当は、色々知っといて欲しい事たくさんある。
9月は嫌い、自分が一番嫌いな月。 秋から冬にかけて、思い出したく無いことを、 死ぬほど思い出す最初の月だからだ。
吐き気が止まらなくなる。 頭がくらくらする。
独りで居るのは恐いです。 本当は夜になると恐くて仕方がなくて、早く眠ってしまえる ようにと、布団の中でビクビクしているのです。
…だから側に居てください。
でも、きっと、朝が来たらこんな弱音は吐けなくなっていて、 こうして文章に書いてるときの、1/3も、私は言う事など 出来ないんだろう。だからこういう時の自分は、さっさと 真っ白な記憶の果てまで、消えてなくなるといいと思う。
白という色は好きだけれど、私には最も不釣合いな色だ。 私は汚れて、罪深いから。
生きているのは、不安でしょうか。 私は寝るのが恐いと思います。
このまま眠って、明日はもう目が覚めないかも知れない。 今あるこの手も、明日になったら無いかも知れない。 もしかしたら、今感じる全てのものが、虚構の物で、もう一度 目が覚めたら、自分は全く違う「物」であるかも知れない。 こんな事は、思い出したら切りの無いもので。 だから、思ってしまうわけで。
私の部屋には、日記がある。ごくごく稀につけている物で、 中学から書き始めて、今ですらようやく二冊目に入ってすぐくらい の、本当に不定期なものだ。これは、私にとっての遺書のような 物で、生きていて辛いと思ったときや、心が深く動いた時に 付けている。だから、遺書のような物だと私も思う。
私が死んでも、私が思った事が残るようにと、 もしくは、私が生きていた証拠になるようにとそう思って、書く。
辛い事帳のようなものだから、辛いなと思ったときに表紙を開いて 中を見る。どんなに辛いと思ったことも、過ぎ去ればこんなふうに 生きていられる、と、少し安心して、少し落胆する。 人生は一生かけて、up&downなのだと、思い知らされるから。
今はこんなふうにネットに感情を吐露しているので 日記の活躍もそんなに頻繁では無いけれど、あの日記…、 いつか人の目に触れてしまうのだろうか…と思うと、少し恐い。
ここに載せるみたいな文ではなくて、文字も文章も整っていないもの。 私の感情がストレートに文字に反映しているもの。ただの書きなぐりだ。 もしも死んだら、あれは私の柩に入れて、宜しかったら一緒に 燃やして欲しいと思います。誰かの、目に触れて欲しいような、 欲しくないような。死んでからも何か残してしまうのは、 何となくやるせなく思うから。
覚えていたら、で良いのだけれど。
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