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me note diary

2013年12月02日(月) 黄金の箱

街は年に一度の祭りで賑わっていた。
辻毎に屋台が立ち並び、喧騒が渦巻いている。
僕がピンク色の兵児帯を揺らして通り過ぎる少女の手の中にあるりんご飴に目を奪われていると、その声が聞こえた。
男女の言い争いの声。


「どこのホテルも満員なのよ」
僕の前を行く彼女が、飽きたように言う。
「こんな日に予約もしないなんて、ダメな男」
だから、女が怒っているのか。
「わたしたちには関係ないけど」
他人の諍いだ。もとよりなんの関係もない。


しばらく僕たちは連れ立って歩いていた。
祭りの喧騒は次第に薄らいで、閑静な住宅街、というところまで来た。
ここは、どこだろう。


ほったらかしの工事現場。
大通り。
公園。
森のような、緑で覆われた場所。


「あそこ」
彼女が指差した先に、四角い箱が見えた。


箱。
といっても、手の中に収まるようなものでもない。
もっと大きな、平屋のアパートのような。
でも、それはまぎれもなく箱と言える。
凹凸のない、横長の直方体。


近づいてみると、正面に扉が。
彼女はためらいもなくそこに手をかけ、中に入った。


ぎぎ・・・・・・


扉は軋んだ音を立てる。
箱自体は真新しそうなのに。


「う、わぁ」
僕は思わず声を上げた。


金(きん)。
金(きん)。
金(きん)。


中はきんきらきんの部屋だった。


そこはまるで、美術館。
すべての壁面は金色で、そこに黒曜の黒、象牙の白がさも高級そうに、それでいていやらしくなく散りばめられている。
ロシアとかフランスとかにありそうだ。
行ったことがないけれど。


長く続く廊下は深紅の絨毯と大理石。左右にいくつもある部屋には、石膏の像や、額縁からして芸術的な絵画なんかが並べられている。
等間隔ではない。
これが「美しい」というものなのだ、という間隔。
黄金率っていうんだっけ?


「ね? 綺麗でしょ?」
先を歩いていた彼女が振り返って笑った。
「綺麗だ。本当に」
「あなたに、見せたかったの」
「きみは来たことがあるの?」
「えぇ、先日」


ふ、と壁に寄りかかってみる。
ひやりとした冷たい感覚を予想していたら、不思議にあたたかみがあった。


「ね、知ってた?」
彼女がひとつの扉に手をかけながら言った。
「なにが?」
かちゃり、と扉が開く。
「この箱はね、入ったら二度と、生きて出られないのよ」
「え?」


「きゃっ!!」


悲鳴は、僕のものでも彼女のものでもなかった。
しどけない格好をした男女がその部屋でもつれ合っていた。
さっきの諍いをしていた男女。
空き場所を求め、こんなところで痴態に興じていたのか。


「出ようとしたら、お仕舞い」
僕には彼女の言葉が聞こえていたけれど、ふたりには、どうか。


先に飛び出したのは女の方だった。
それから、男が追いかける。
女が塞がれた扉に手をかける。


どぉーーーーん


地を震わすような音が。
と、今まで廊下だったところに新たな壁が現れた。


テトリスのように上から降ってくる象牙の壁。
左右から飛び出してくる黒曜の壁。
地から湧き出てくる金色の壁。


「ね? 綺麗でしょう?」


迫り来るたくさんの壁の中で彼女が笑った。
それはそれは、楽しそうに。


「これをあなたに見せたかったの!」


嬌声。
僕のでも、彼女のものでもない悲鳴。


「だから、言ったのに」


出られないのよ。


「きみは、先日来たって言っていた!」


どんどん迫り来るたくさんの美しい壁を避けながら、僕は彼女に向かって叫ぶ。
朱。
赤。
紅。
絨毯の?
そう言えば、彼らは、あのカップルはどうした?


「綺麗だから、僕にこの美しい箱を案内してくれたんだろう?」


そうよ、と彼女は笑う。


「綺麗でしょう? 美しいでしょう? 生を捧げたって、余りあるでしょう?」


壁が、僕から視界を奪う。
彼女が見えない。金色の、暖かい、壁だけ。
僕の、彼女。




・・・・・・彼女って、誰だ?




最後に見たのは、赤だった。


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管理人:サキ
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