back next new index mobile
me note diary

2004年11月11日(木) 縮緬金魚。

 <サロン「garo」スタイリスト、赤羽イサオの話>
 えぇ、garoは通りに面したとこはガラス張りですし、端っこの席で仕事してるとよく見えますよ。あぁ、知ってますよ、傘のひと。……さぁ、上からだと花が咲いたみたいに見えてきれいだなぁって思ったことはありますけど。顔、見たことないんです。うちは三階だから。


 <雑貨屋「ゆるや」バイト、速見亜矢子の話>
 赤髪あんなにきれいなひとってあんまいないよねぇ。結構好きかな。好みじゃないけど。見てて面白い感じ?変っちゃ変だけど……いいひとっぽい気がする。うちにすごーくあのひとに似合いそうなカンザシあるんだけど、一回も来てくれたことないんだ。来てくれたら真っ先に勧めるのに。これ。玉の部分がプラスチックとかガラスとかじゃなくて絹糸のくすだまってのがいいでしょ。


 <服飾専門学校生、紺野晶の話>
 キモノでしょ、かっこいい。縮緬の長襦袢とかでアレンジして……うーん、参考ってゆうか、インスピレーション?貰ってるって感じかな。なんだろ、モデルとかやってんのかなぁって思うんだけど、雑誌とかで見たことないんだよね、誰も。ショウとかもうちの学生結構行くけど見てないって。うちの学生じゃない。どっかの学生かもしんないけど、もしかしたら、インディのデザイナーとかかもね。


 <ビジュアル系バンド「螺子巻蝶番」ドラムス、姫夜の話>
 ナンパされて。あ、でもそれは別に珍しいことじゃなくて、こんな格好してるから結構よく……え?あ、短いスカート好きですよ。てかゴスロリ好きだから。ネジは、あ、ネジマキチョウツガイってバンドやってんですけど、ネジはこうゆうスタイルなんで、はい、普段でもこんな。あ、そう、で、ぼくが女の子じゃないってわかったら、そのまますたすた行っちゃいました。んー、なんも言わなかったかなぁ。でも、無愛想って感じじゃなくて、なんだろ、花にとまってた蝶が飛び立つような感じ?あ、わかんない?


 <女子高校生、あさみの話>
 びっくりした!声かけられたとき。んー、なんか変だった。なんだっけ、変なこと言ってたな、そう「水槽の中で金魚が逆立ちするのはなんで?」って言ってたのかな、確か。変でしょ?で、知らないって言ったら「じゃあ逆立ちしないのはなんで?」って言ったのかな。うーん、怖い感じじゃなかったから。なんか、悲しそうで、知らないって言ったのが悪かったのかなって思ったけど。……あ、うん、そしたら「さよなら」って言ってそのまま行っちゃった。かわいそうだったなぁ、なんか。


 彼はなにをしているのだろう。そして彼の足跡を辿って僕は、どうしようと言うのだ。
「さがしもの、たずねびとかな、すぐ見つかるよ、お兄さん」
 高い声に振り返ると、女の子がにっこり笑っていた。中学生、小学生かもしれない幼い少女。
「悲しそうなお兄さん。そんなに苦しんで欲しくはないのにね……」
「!」
『水槽ノ中デ金魚ガ逆立チスルノハ、ナンデ?』
 僕は知っているはずだった。答えも、この少女も。そのときけれど、少女はもうそこにいなかった。


「水槽の中で金魚が逆立ちするのは、もう浮き上がらない餌を食べるため。逆立ちしないのは、もうそこに金魚がいないから」
 僕の声にゆっくりと振り向いた彼は、欅の下で緑色に見えた。傘は閉じていた。
 彼が身体の向きを変えた。アスファルトに下駄がからころと啼いた。彼は何も言わなかった。緑色の彼はもしかして、蒼褪めているのだろうか?僕は言うべきことばを知らないまま彼に声をかけたことを今更のように思い出した。なぜ今になってとか、納得したんじゃなかったのかとか、疑問はたくさん浮かぶが、それを口には出せない。
「妹は三年前、池で溺れて死んだ。死体が引き上げられたのは酷く遅れたから水の底でずっと、魚に食われてぼろぼろになった。そして去年、池は埋め立てられた。もう、魚もいない」
 彼は言いながら、手の中の傘をさした。
「妹が引き上げられてから俺は、雨が降ればいいと思った。でも、雨に打たれて、水の中の冷たさにぞっとした。それから、雨が怖くなった。どんなに晴れていても。でも、日陰は日陰で、やっぱり暗いから怖い」
 風が吹いて、彼の赤い髪がさわさわと揺れた。黒いワンピースのような、着物のような服の裾が捲れ、赤い縮緬が覗いた。
「なぜ今更と、思うだろ。なぜだろう。狂ったかもしれない」
 彼はくっくっと嗤った。僕もつられて笑おうとした。が、そのときにはすでに彼の嗤いは止んでいた。嘘だよ、と彼は言った。
「駅の窓口の前にでかい水槽があった」
 僕は初めて口を挟んだ。
「池とか、湖とか、海とか、そういうのがないところに引っ越したつもりだったのに、な」
 そして、あの子は今頃本当だったら高校生の女の子になっていたんだと、僕はさっきの少女を思い出して考えた。彼女が高校生になったら、どんな娘になったろう。
「会ったよ」
「なにが、在った?」
「いや……お前に似合いそうなカンザシがさ、あったから」
 言ったところでどうなるというんだ。白日夢のような気もする。
「また、引っ越すわ。今度こそ、住所教えてく。もう蒸発したりしねーから」
 数ヶ月前突然街から消えた友達は、そう言って歩き出していた。


<<   >>


感想等いただけると、励みになります。よろしければ、お願いします。
管理人:サキ
CLICK!→ 
[My追加]




Copyright SADOMASOCHISM all right reserved.