心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
もくじ過去へ未来へ


2004年03月31日(水) エイプリルフール・前夜

エイプリルフールといえば、新聞やラジオのニュースでもジョークが流される・・・と期待していたのですが、そうでもありません。世相が暗いと、冗談も飛ばせないのでしょうか。「心の家路」でも4月1日ネタを用意して待っていたのですが、出来が今一歩だったのと、日本人的横並び意識でやめにしておきました。

実は半日かけて書き上げたPerlプログラムを、バックアップの失敗(古いものを新しいものに上書きしてしまった)で失ってしまいました。そのときの落胆、そのときに失意は、とても言葉では言い表せません。ということはなくて、パソコンと付き合って二十余年、そんなことはしょっちゅうです。
そうは言っても、失ったものは書き直さなくてはならないので、いらいらしながら一晩を過ごしました。

話は変わって血液型の話。血液型が性格を決定付けるという話は、科学的には何の根拠もありません。でも、根拠が無いのは調査したことが無いからかもしれません。例えば疫学的調査をしてみれば、血液型特有の傾向が出てくる可能性は否定できません。
ある仮説では、A型の人は感染症に感染しやすい遺伝的要因があり、身の回りを清潔に保つことによって感染を防いだ(というか、清潔に保てた人は生存競争に勝ち残りやすかった)。だから、A型の人はきれい好きの人が多いんだと言うのです。これは仮説に過ぎないのですが、感染症の罹患率と血液型を調べてみれば、結論が出るかもしれません。

ただ、疫学的調査ってのも信用できないシロモノで、「塩分の取りすぎは高血圧のもと」という調査の結果が一人歩きしてすでに40年余りになります。最近では、塩分の一日最低摂取量も摂っていない人も増えてしまって、塩分不足の人も多いのだとか。

アルコール依存症の疫学的調査ってのもいくつかあるそうですが、依存症になりやすい人は「その人の受けているストレスが社会一般よりとりわけ多い」もしくは「その人はストレスの解消方法がとりわけ下手である」のどちらかだという話もあります。自分が依存症になった理由として「ストレス」を挙げる人は多いのですが、多くは前者ではなく後者であろうと思うのは僕だけでしょうか?


2004年03月30日(火) 水の底の感情

最新式のFOMAの携帯を見せて、これでビッグブック(ただし英語)が読めるんだよと教えてくれた人がいました。僕も5年ほど昔に買ったPDAでいつでも読めるんだと言いたかったのですが、止めておきました。ちなみに僕の今月のパケット代は4円です。

豊田市の自動車メーカーの工場に入れてもらいました。中では優秀そうな人々がきびきび働いていて、完全に気後れしてしまいました。僕は「まじめに働く」ということが、とても苦手な人間なのです。うつ状態も手伝って、「はぁ〜、俺ってつくづくダメ人間だなぁ」と深く深く水の奥底へと沈んでいくのでした。

今度のオープンスピーカーズの予告記事をローカル新聞に載せてもらうことになったのはいいのですが、いつ載るのかは相手の都合しだいです。悪いことに、僕はその新聞をとっていません。妻の父母(僕の義父母)はとっているので、昼に妻に電話して「先週だか今週の記事にないか見てくれないか」と頼んでおきました。
帰って結果を聞くと、「見つからなかったから、まだ載っていないんじゃない」とのことでした。「じゃあ、また今度見に行って、記事を見つけたら貰っておいてくれ」と頼んだら、「ヤダ」と断られました。
理由を聞いたら「頼み方が横柄だから」だそうです。ああそうであるか。

何をやってもうまくいかず、嫌々に取り組んでみても結果が出ず、すっかり嫌になっているこのごろです。


2004年03月28日(日) 出来事の羅列

大阪行きの切符は買ってしまいました。サービス・フォーラムへの参加が、僕にとってはひとつの区切りになりそうな予感です。与えられた役割もだんだん終わっていくなぁという感慨があります。

土曜日、昼のバスで東京へ。大塚のセントラルオフィスに寄って、今度のオープンスピーカーズミーティングのチラシを壁につるしてきました。その予告記事が地元の新聞に載り、問合せ先がオフィスの電話番号になっているので、事情の説明をしておきました。「これからJSOへ行くので場所を教えてください」と言ったら、地図と一緒に、届け物を託されてしまいました。中には現金も含まれていて、そんなに信用してもらっちゃっていいのかなと・・・。
池袋のJSOで、何人かと待ち合わせ。そして、地下鉄で東京の東の端のミーティング場へ。ほとんどの人とは初対面に近かったのですが、ミーティングへの道すがら話す話題に困らないのは、同じAAメンバー同士だからでしょうか。

初めてビッグブックを輪読するミーティングに参加しました。アフターミーティングは「ば〜みあん」で食事をしながら、あるメーリングリストの打ち合わせと、スクリプトミーティングの件について情報交換。夜はそのまま仲間の家に泊めてもらいました。

日曜日は午後から地域委員会。長野がオープンスピーカーズを4月の第3日曜日に設定したおかげで、隣の地区のイベントが中止になってしまったという話をききました。まあ、他にも事情があるんでしょうけど・・・、イベントに良い日取りというのは「早い者勝ち」という側面もあります。

十分寝ているはずなのに、行きも帰りもバスの中でよく眠れました。そして今も眠いです。


2004年03月26日(金) 金銭の正しい使用?

仕事がないなどとほざいていたら、さっそく異国からトラブルを告げるメールが届いてしまいました。電子メールというのは便利なもので、トラブルも届けてくれるけれど、解決方法も届けてくれます。そのかわり、テレックスやFAXの時代だったら、この程度のトラブルは我慢してもらえたのかもしれません。

ある統計によると、携帯電話やPHSが流行りだしたころから、恋人たちが付き合い始めてから別れるまでの期間が、それ以前と比べておよそ半分になったのだとか。「恋人たちは24時間臨戦態勢のストレス下にある」と書かれていました。やっぱり自分だけの時間ていうのは、誰にとっても大切なものなのでしょうね。
便利になればいいというもんじゃないですね。電子メールのシステムを設計した人が、「うまく作ったなー」と関心してしまうのが、メールは相手に届いたかどうか、相手が開封したかどうか、送った側は知るすべがないということです。その点では、郵便メールと同じ機能を持たせたわけで、良い設計だと思います。

4月の大阪のフォーラムへ行くのに高速バスが1万円・参加費(宿泊食事代含む)が1万円。みどりの日に新潟のオープンスピーカーズに行くのに交通費が1万7千円。もっともこっちは、一緒に行ってくれる人がいるかもしれないので、その場合は折半かな。5月のラウンドアップも、交通費が1万5千円で、参加費用が1万円ぐらい・・・。
5月は自動車税の季節だし、7月には生命保険の年払いがあって、しかも夏のボーナスは絶望的とくると、現実問題として二ヶ月で何万も金を使うのは間違っているのは分かっています。「金銭の正しい使用が終わったところから、金銭の誤用が始まる」と書いてあります。

請求書が来るものから優先的に金を使い、余ればイベントに行くのに使っても良しとするのが「正気」のあり方です。僕にとって金銭の正しい使用とはどこまでなのか。どのイベントを諦めるか。少なくとも、サービスフォーラムへ参加するかどうかは、申し込み期限と切符の予約の都合から、今夜じゅうに決めないといけません。

困ったなぁ。


2004年03月25日(木) 1年で倍増

会社に行っても仕事がありません。困ったものであります。仕方ないので、会社のホームページを抜本的に新しくするという仕事をでっち上げてやっておりますが、まったく身が入っておりません。Perlの勉強もホームページのCGIを作るという名目でやっていたのですが、よく調べてみると会社が借りているホスティングサービスではCGIが使えないことが判明しました。(仕事の役に立つという)大義名分を失ってしまうと、やっていることが後ろめたく感じます。

今月は給料をもらえたので感謝なのですが、今後いつまでそれが続くのか怪しい状態です。失業保険について調べてみたのですが、会社都合退職に比べて、自己都合退職は失業保険の受け取り額がかなり不利になることを知りました。給料の遅配が起こったら、その時点で退職しようと考えていたのですが、遅配が2ヶ月以上連続していないと会社都合退職にはならないのだそうです。だから、たとえ給料が払ってもらえなくても、ひと月は我慢して働いていないと、離職後の収入に差が出てしまうのです。
「仕事は苦痛と金銭の等価交換ではない」というのが僕の信念ですが、さすがにただ働きは、職場の雰囲気が殺伐とすることが予想されますので、暗い気分になります。

ホームグループのミーティング。二人だけでした。開始から1年経って、一人が二人に増えたというところでしょうか。なにせ人口7千人の村でやっているのだから、あまり贅沢を言ってはいけないのでしょう。続けてきてくれる人もいるのですが、長くは続きません。少し離れたところに病院があって、そこから患者さんが来てくれることも多いのですが、退院するとその人の地元に帰っちゃうわけです。ここが地元の人もいますが、無力を認めるには時間がかかるものなのでしょう。

「二人で頑張ろうよ」と励ましてくれたのが嬉しかったです。
まあ、淡々と続けていけば、いずれ神様が何とかしてくれますよ。きっと、たぶん。


2004年03月24日(水) 情報の発信についていくつか

それにしても、Googleで「アルコール依存症」で検索しても、200位以内に入っていないのは、なんとなく悔しかったです。最近のGoogleのアルゴリズムは、タイトル<title>タグ重視らしく、そこに「アルコール依存症」の単語が入っていないのが敗因のようです。
わけの分かんない英タイトルなんかをつけておくのは止めて、日本語の副題でもつけようかな。「自助グループとアルコール依存からの回復」とか「アルコール依存症からの回復とスピリチャリティ(霊性)」とか・・・どこらへんがスピリチュアルなのか自分でも分かりませんが。

1月下旬から2月いっぱいまで、アクセス数が3割り増しぐらいになっていた時期がありました。何が原因だったのか、さっぱり分からなかったのですが、とある方面からの情報によると、2ちゃんねるの断酒板にURLが貼り付けてあったそうです。以前だったら、定期的にApacheのログを解析していたのですが、昨年12月にサーバーの管理ソフトが代わって、ログが見にくくなってしまいました。おかげで、人々がどこからやってくるのか把握しにくくなっていたのです。まさか2ちゃんだっとは。
3月に入ってから沈静化したので、「大学が休みになったからかな〜」とか思っていたのです。

1年ぐらい前から「ブログ」とやらが大流行で、ついにNiftyあたりの大手プロバイダーまでブログを作るサービスを始めています。ホームページ作成ソフトを使ってデザインするのは面倒だけど、日記感覚で文字だけ連ねていけばいいブログは、作り手にとっては情報発信が楽なツールなのかも知れません。僕も気に入ったのを三つ四つ読んでいます。多分彼・彼女らはブログがなかったらサイトを作ろうとも思わなかったでしょうね。

「心の家路」も、この雑記をホームページの真ん中に据え、左側に各種情報のインデックス、右側に掲示板がわりのコメント欄をつければ、ブログサイトに大変身ですね。
ついでに、産経・朝日・毎日新聞のサイトには検索機能があるから「アルコール+依存症」で検索したニュースインデックスを下に付け加えれば、面白くていいかもしれません。スクリプトで自動化すれば、手間要らずですし。
でも、落ち着いたサイトが好きなんです。

地元のローカル紙から電話があって、今度やるオープンスピーカーズの予告記事を掲載してもらえることになりました。いつ掲載されるか日にちまでは分かりませんが・・・。普通はイベントの案内は、最後に「問い合わせは○○さんまで。電話番号・・・」となるのですが、どうしましょう? と言われたので、セントラルオフィスの番号にさせていただきました。
そうだ、オフィスに電話しとかなくちゃ。


2004年03月23日(火) 名前の読み(カタカナ)+生年月日

すっかりホワイトディのことを忘れていました。まだ何にも届かないとお怒りの方は、もうしばらくお待ちください。コンビニの店頭からホワイトディ用品が消え、何を買ったものがすっかり困り果てております。別にたくさんの人にお返しするわけじゃありませんから、何でもいいんだけどね。本にしましょうか。

ちなみに、お彼岸であることもすっかり忘れていましたが、こちらは前の週に実家に寄ったときに、仏壇(じゃなくて神道だから神棚か)に線香上げてきました。

とある電話投票システムの申込書を郵送しました。申込書を取り寄せる際に、生年月日を偽ったのですが、それがそのまま印刷されてきちゃいました。生年月日の分かる身分証明書のコピーをよこせと書かれていたので、さて困ってしまいました。
ネットでのアンケートにしても、どこかのショップの登録にしても、僕は生年月日を偽ることにしています。時には5歳若く、ある時には10才もサバを読んで、月日も変えています。名前の読み(カタカナ)+生年月日というのが、個人情報会社が情報を集積する際のキーになります。自分のプライバシーは大切にしたいです。どこでいつ何を買ったか、どんな思想を抱いているか、そんな情報を集積されたくありません。だから、可能な限り誕生日を偽るというのが僕のポリシーです。
しかし、銀行とクレジット会社と電話会社だけは、どうしても正直に答えないといけない仕組みになっています。
オンラインショップで買い物をして、最後にカードで決済をしようとしたとたん、ショップのデータベースの生年月日と、カード会社のデータベースのデータが一致しないというエラーがでて困ることがあります。のろいの言葉を吐きながら、会員情報の訂正をすませて買い物を一からやり直す羽目になります。「住所などの変更はメールでお知らせください」というようなショップとは二度とお付き合いしません(できません)。

それにしても、Photoshopは便利です。


2004年03月22日(月) 神の配慮により

朝から雪でした。そして夕方には積もり始めました。土曜日にノーマルタイヤに変える予定だったのが、すっかり忘れていてラッキーでした。おかげで無事ミーティングに行くことができたからです。

「AAではね、偶然であるとか、○○さんのおかげであるとか、そう考えずに<ハイヤー・パワーの配慮だ>と考えるんだ」

と先行く仲間が言ってくれたことがあります。はたしてそのように「信仰を習慣付ける」ことが正統的なやり方なのかはともかく、当時の僕には役に立った考え方でした。だから、今日無事ミーティングに参加できたのは、やはり神の配慮なのでありましょう。

帰りに吉野家で豚皿を買って帰りました。ご飯と共に味わってみましたが、牛皿の味にはとうてい敵うものではありません。でも、子供たちはそれでもって二度目の晩御飯を食べてました。とほほ、パパを許しておくれ。普段牛肉を食べないものだから、豚肉のほうが美味しいと感じちゃうのだね。

「心の家路」は、コンテンツのほうの更新はすっかり止まっていて、技術的なことで遊んでばかりです。そういえば去年はスタイルシート化をしましたし、その前の年はフレームを止めるという作業をしていました。ともかくこのサイトは、「メッセージを運ぶ」などと大上段に構えず、Just Fun(ただ面白いから)という理由でやっているので、更新が少なくても大目に見てやってください。

田尻のビッグブック・ラウンドアップ中止の知らせが舞い込んで来ました。去年は田植えと重なってしまったので行けず、今年は田植えをサボってでもと思っていただけに残念です。今年はビッグブックの「夏の集い」に行けるのかなぁ。なんか地元のラウンドアップの準備と重なったりしそうで嫌な予感です。
まあ、「全体の福利」が優先で「個人の回復」はその次だそうなので、仕方ありません。

つまり、今日のミーティングのテーマは「伝統1」だったというわけです。


2004年03月21日(日) 自分を裏切らない気持ちよい話し相手

往復とも3時間40分かかりました。新潟県内を走る快速電車の椅子は気持ちが良くて、とてもよく眠れました。文庫本を持っていったのですが、読みませんでした。文字を読むのが面倒になるのは良くない傾向かもしれません。でも、ポータブルビデオプレーヤーが欲しいなぁ。iPod のビデオ版みないな製品が出てくれると嬉しいです。MP3の音楽の代わりにDivXのビデオが見られるやつ・・・。

時々「2ちゃんねる」とか読んでいるのですが、長野県内の精神医療の話題の板とかもあって、今回のオープンスピーカーズミーティングの案内送付先を決めるのに参考にさせてもらいました。

でも読んでいて気になったのは、かなり多くの人が投薬治療だけでなくて、「じっくり話を聞いてくれるカウンセリング」を望んでいることなんです。そもそもカウンセリングを精神科医に求めるのは筋違いだろうと思うのですが、それは置いておきます。じっくり聞いてくれる医者もいるようなのですが、皆がしっくり来ないのは「自分の話に賛同してもらえないから」という理由なんじゃないのかと気になったのです。
自分の苦しさを訴えて、それを理解してもらえて、しかもその正当性を医者という「権威」に是認してもらえれば、「この苦しみも楽になるのじゃないか」という幻想を抱いているのじゃないのかな。もしそんなことをしてもらえても、それだけじゃ決して楽にはなれないでしょうに。

それに良い治療者というのは、その人が目を向けたがらない問題に対して陽を当てるものではないですか。問題の存在を認めてしまうと、今までと同じ生き方はできなくなってしまいますから、適切な助言ではなくて、「現状の是認」を求めるのじゃないかなぁ、と思ってしまったりするわけです。
というか、根本的な自己の是認ができないようならば、病気以前に家族機能の問題とかがあったりするのじゃないのか、と思ってしまうのは受け売りの思考かな。

まあ、人間は「話を最後まで聞いてもらいたい」動物であります。でもね、自分を裏切らない気持ちよい話し相手というのは、欧米では金持ちの老婦人が金を払って雇うぜいたく品なんですよ。たぶん。


2004年03月20日(土) 対環境性

来月のオープンスピーカーズのチラシを病院だとか保健所だとかに送るために、封筒詰めをしていたらこんな時間になってしまいました。明日の朝起きる時間を考えると、睡眠不足決定です。長岡へは自動車ではなく、車で行きたいと思います。電車だと寝ていけますからね。

昨日設置したカウンターですが、やっぱりうまく動いていないですね。一つは「昨日の訪問者」が更新されてないし、「総数」も更新されていません。自分のところだとちゃんと動いているのだけど、環境が違うと動かないってのはプログラムの問題(バグ)の定番です。環境が変わっても問題なく動けるのは「強い」プログラムで、変化の影響を受けやすいのは「弱い」プログラムです。なんか人間に似ていますね。

今の会社を辞めたいとも思わないし、会社員を止めたいとも思いません。りーまんはやっぱ楽ですから。でも、今の会社が完全に傾いてしまったら、同じ程度の収入を確保しつつ転職するのは難しいだろうと思っています。かといって手取り十数万程度では、いくら生活レベルを落としても、家族を養っていくのは難しいです。妻もパートに出られる状態でもありません。彼女ともよく話し合った結果、失職した場合、ともかく就職活動をしてみるものの、給料面ではあまり妥協はしないで探すことにしました。そんなわがままを言っていては再就職はできないでしょうから、必然的に独立してフリーランスで仕事をしていくことになるのでしょう。
仕事にありつくまで営業を頑張んないといけないし、仕事をやり遂げても、手形で支払われると現金化まで時間がかかります。半年か一年は厳しい局面になるでしょう。
困ったものです。

栗本薫の「グインサーガ」を3冊ほど鞄に詰め込んで、明日はゆっくり電車で移動です。


2004年03月19日(金) 2本目のPerlプログラム完成

Perlの勉強も少し成果が出てきています。といっても身近ですぐに必要なプログラムもないので、「心の家路」にアクセスカウンターをつけてみました。200行ほどの短いプログラムが出来上がり、CGIとしてサーバー上で動作しております。ホームページに「本日の訪問者は○人」と表示されるようになりました。

このカウンターは同じ人が一日に二回訪れても二回カウントしないように工夫してあります。普通そのためには、ブラウザー(Internet Explorerとか)にCookieを食わせるのですが、そうすると一番アクセスの多いホームページをcgiにしなくてはならず、サーバー会社から文句を言われるのも嫌なのでやめました。アクセス元のIPアドレスと、ブラウザ情報、それからproxyを使っている場合にはその情報も組み合わせて識別しています。

一日に何回もアクセスしてくれる人がいて、それはそれで嬉しいのですが、いままでのカウンターだとそれもカウントしてしまいます。僕は何回のアクセスがあったかではなく、何人が覗きに来たかを知りたいのでした。まあ、もちろんコンピューターの前に誰が座っているのかは知りようがないし、昼に会社で見て夜に自宅で見る人は2人とカウントされてしまうわけですから、正確に数えることは無理なんです。でも、なるべく自分の望んだとおりになるというのが、プログラミングの楽しみです。

ダイアルアップ接続の人などは毎回IPアドレスが変わるので「別人」と判定されてしまうのですが、最近はダイアルアップ接続は少数派なんだと自分に言い聞かせることにします。

日曜日は新潟(長岡)の予定ですが、まだ電車で行くか、車を運転していくか決めていません。電車で行く場合でも、全工程普通電車なので切符の予約が要りません。だから、決定を先延ばしできてしまうんです。その準備と、オープンスピーカーズのチラシの発送準備は明日済ませてしまわなくては・・・。

僕の人生には10年という区切りが存在するようです。10年フリーランスで仕事をし(フリーターじゃないよ)、その後10年会社員をやって、さてそろそろまた変化の時期が来たようです。そう言えば飲んだくれていたのも10年余りだったですね。


2004年03月18日(木) 暗い側面

刑法39条には単純に「心神喪失者の行為は、罰しない」とだけ決められています。「心神喪失」てのがどんな状態かは法律では決められていないのだそうですが、戦前の判例によって「精神ノ障害ニ因リ物事ノ理非善悪ヲ弁識スル能力ナク、マタハコノ弁識ニシタガッテ行動スルノ能力ナキ状態」となっているのだそうです。

刑事事件の裁判なんかで精神鑑定が話題になりますが、あれは実は全体のごく一部に過ぎません。たいていは検察での簡易鑑定で責任能力なしということになれば、裁判をやってもどうせ無罪になるので、起訴猶予ということになります。以前、市内で殺人と思われる変死体が見つかったニュースがテレビ報道されたことがありましたが、翌朝以降新聞でもテレビでもそれを取り上げないということがありました。無罪の人間の犯罪を報道してしまえば、それは人権侵害ということになるのでしょうか。

普通の人が泥酔して「前の晩やったことを覚えていない」という状態で、心神喪失を理由に罰せられないということは、おそらくあまりないのでしょう。ところが、アルコール依存症の人の場合、病気の進行の具合によっては、少量の飲酒で意識障害に陥ることがあります(いわゆるブラック・アウト)。この状態で重大犯罪を犯しても、罪に問われない場合もままあるのでしょう(と曖昧にする)。
精神鑑定というのは、「今どうであるか」ではなくて「犯罪当時どうであったか」を問われるわけなので、しらふに戻った本人は責任能力ありありでも、罰されないというわけです。こうして、公にならない事件というのは結構あるんじゃないのかなと思ったりします。

ずいぶん前ですが、ある人が精神病院に入院していると聞いたので、面会に行ったのですが窓口で断れてしまいました。院長に許可を願ったのですが、それも返事がもらえません。閉鎖病棟の中にいる本人から伝聞で聞いた話では、あと何年間か出られないそうです。処置入院でも年数の目安が決まっている例は聞いたことがありません。アルコール依存症で何年も入院するなんて変だなぁと思ったことから、39条を思い出してしまいました。

まあ、仮にそんなことがあったとしても、先の変死体の事件とは時期が違いますから関係ないでしょう(念のため)。真相は本人に聞いてみるまでわかりませんが、それもあと何年か先の話です。

精神病院、しかも閉鎖病棟となれば、僕にとっても悪夢のような場所ですが(未体験)、刑務所経験者に言わせると「懲役に比べれば天国のようなもの」だそうです。


2004年03月17日(水) 長女の中耳炎

長女が滲出性中耳炎にかかったのは3年余り前でした。急性中耳炎がそのまま慢性に移行する形になり、中耳殻にたまった膿が鼓膜を圧迫するので、片耳が難聴になった状態が続いていました。耳管がつまっているのが根本的な原因なので、成長とともに収まるかもしれないと経過を見守ってきたのですが、一向に良くなる気配がありません。
耳管のかわりに、鼓膜に穴を開けるという手術を勧められたのですが、本人も嫌がるので保留していました。鼓膜に穴を開けてもすぐに閉じてしまうので、小さなパイプを差し込んで空気の出入り口を確保するわけです。当然水泳などは禁止、入浴も耳栓をしてということになります。
いつも通っている耳鼻科では、「鼓膜が青い色をしている」のが「少し水色に変わってきた」と言われていました。でもそれは医者の言葉であって、実際に耳の穴の中を見せてくれるわけじゃありません。セカンド・オピニオンを求めて別の耳鼻科へ行ってきました。ビデオテープ持参で、ファイバースコープの映像を録画してもらいました。
健康なほうの耳の奥は、「いかにも体内」という感じで真っ赤な表面をしています。中耳炎のほうの耳は「水色」どころではなくて真っ黒であり、内部から圧力がかかったように膨らんでおり、そして全体に変形していました。いかにも病変という映像です。
ともかく大学病院に紹介状を書いてもらうことにしました。

PerlでSSIの実験をしています。今まで使っていた HTTPD は、Apache との互換性に問題があるので、Apache 2.0に乗り換えました。
しかしどうやってもSSIが動いてくれません。参考書どおりに設定しているのに・・・。半日使って突き止めたことは、Apache 1.3だとうまく動くということです。どうやら仕様が変わったらしいです。

まず最初にアクセスカウンターをつくり、次に掲示板システム、最後が雑記の毎日更新システムを作るというところかな。


2004年03月16日(火) おたくとして、そしてプログラマーとして

映画「イノセンス」を見ました。郊外型シネコンというやつに初めて入ってみました。
数十人規模の小さな部屋がいくつか。ゆったりとした大きな椅子。不満があるとすればDTSになっていないことぐらいでしょうか。

画面は美しかったですが、「コンピューターアニメーションも定型化してきたなぁ」とため息が少し出たりしました。ストーリィについては語りませんが、背景情報を語らない進行は「ついて来れるやつだけ、ついて来い」と言わんばかりでした。主人公がどんな人物で、どんな組織に属していて、そして過去愛した女性が今どうなっているのか・・・。10年近く前の前作を見ていないと理解できない部分が多すぎるんじゃないかな。それと世界観は昔の作品「天子の卵」に似ていなくもないか。
十数人の観客の大半が、頭をかしげ、ぶつぶつ言いながら部屋を出て行ったのは、なんだかかわいそうでした。

月曜はとても疲れました。今日は偶然休みをもらっておいてよかったです。すべての悩みから開放されることを願うのは傲慢な態度だとありましたが、悩みの種(仕事の進退)からは一歩離れて客観的に見てみるだけの余裕を与えられたのは幸運でした。
しばらくは自らは動かず、静に構えるといったところかな。

記憶のためのメモ書き:
尊敬とは按摩に似ている。いつもされていると感じなくなるが、たまにされるとくすぐったい。


2004年03月14日(日) スポンサーと再会

睡眠不足のまま病院メッセージへ。8年前のこのときに、僕はこの病院に入院していました。泣きを入れて入院させてもらったはずなのに、もうこの時期には病院から出て行きたくて仕方なかったです。医者と揉めに揉めた末、自宅から車を持ってきて、病院からAAミーティングに通ってもよいことになり、そのために最初の外出日を待っている状態でした。断酒会の人は例会に参加する人を病院まで迎えに来てくれるのですが、僕は「断酒会ではダメなんだ、AAなんだ」と繰り返して、精神病院の入院患者に夜間施錠後に自分で自動車を運転して外出させるという破天荒な要求を押し通したのでした。

僕は「底をついて」いたのかもしれません。でもまだまだ下は深そうでした。僕は「これからどう生きていくか」の決断を迫られていました。それはこれまでと同じ生活を退院後も繰り返していくのか、それとも何かの努力をするのかという選択でした。日々が不安で、イライラしていました。ただ同時に入院していたAAメンバーの話に寄れば、「毎日ベッドに寝転がってマンガを読んでいた」そうですから、客観的に見れば結構気楽に入院生活をしていたのかもしれません。

スポンサーが病院メッセージの応援?に来てくれたおかげで、久しぶりに会うことができました。以前のメンバーの消息などの話をしました。「今年で12年ですか?」とたずねたら、「14年だよ」という返事でした。自分のバースディはなかなかやってこないけれど、人のバースディはどんどんやってきます。不思議なものです。
もう僕がスポンサーに相談の電話をすることもないし、「子供をつれて遊びに行く」という約束が果たされることもないのかもしれません。でも、スポンサーはずっと僕のスポンサーです。僕にとって「先行く仲間」と言えば彼のことです。

そういえば、病院に車を持ち込んで、最初にAAミーティングに行ったときに、まず彼に「スポンサーになってください」と頼んだのでした。あれが人生の転機だったのでしょう。


2004年03月13日(土) プロザック・ネーションはまだ見ない

『私は「うつ依存症」の女』(原題:プロザック・ネーション)という本が出ていて、僕の本棚にもずいぶん前から存在しているのですが、まったく読んでいません。この前、CDレンタルのお店に行ったら、ビデオが出ていました。知らないうちに映画になっていたのですね。押井守の映画「イノセンス」も公開中なのに、ひとりで見に行くのもつまらないので、まだ出かけていません(うつの状態が良くないせいもあるのですが)。

映画が斜陽産業といわれて久しいですが、それでも映画がなくならないのは、ビデオテープやDVDを売ったり貸したり、CS放送で流したりと売ることに余念がないからでしょうか。
出版もすでに斜陽産業なのかもしれません。出版点数ばっかり増えていて、売り上げは減る一方です。本屋の店先にはどんどん新刊が平積みされては、消えていきます。良い本を作ろうという気概がどこかへ消えてしまって、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる式のようです。ベストセラーは今や「マーケティングで作り出すもの」だそうですから。
小学生や中学生が読むマンガ雑誌もなくなってしまいました。アニメも半数は大人が起きている深夜に放送されています。あるアンケートによると今の子供たちは、あまりゲームをやらないらしいです。その理由は「ゲーム機を持っていないから」だそうです。もはやゲームも学生やひきこもりの大人たちの娯楽に変わってしまったのかもしれません。

子供たちの欲しいものの一番は、携帯電話だそうです。まあ、デバイスの向こうに人間がいるだけ良いことかもしれません。大人たちは本を読まずにディスプレイ画面を眺め、さびしい子供たちは話し相手を求める・・・などと時代を嘆くふりをしながら、いまごろ「カードキャプターさくら」をこつこつ見ていたりします。


2004年03月11日(木) 低調その2

かなり長い間AAの病院メッセージで顔をあわせ続けたおじさんがいます。ホームグループのミーティングにも来つづけてきてくれて、すっかりお馴染みさんでした。人間の考え方が変わって行くのも見るのは、いつでも興味深いものです。その人が僕に与えてくれた力もたくさんあるでしょう。
その方が明日で退院し、東京近辺の中間施設の面接に行くという話でした。僕の考えでは、面接で拒まれるということは考えにくいものであります。いずれにせよ、その人の地元は、長野県内のほかの地方なので、僕のホームグループとはこれでお別れであります。
ミーティングが終わって帰ってきてから気がついたのですが、お別れの挨拶をするのを忘れていました。調子の悪いときはこんなものであります。

先行く仲間が「AAメンバー同士、別れの挨拶は不要だよ」と言ってくれたことがあります。AAのキャンパスの中にいれば、(神が望むならば)私たちは再び会うだろうということです。そして、もし実際に会うことがなかったとしても、スピリチュアルな交流の中で、仲間同士常に共にあるだろうということでもあります。

夕方、時間がなかったのでセルフのガソリンスタンドまで寄り道せず、久しぶりにフルサービスのスタンドに寄りました。室内清掃用の雑巾で、シフトノブに染み付いた手の汗をぬぐいました。
こうして稼いだ貴重な時間で、先日も世話になったリソグラフ印刷屋に寄ったのですが、お休みでした。老夫婦が年中無休でやっている店がお休みであるのは珍しいことであります。

Perlの勉強をすること。それから良く寝ること。これが最近のテーマです。


2004年03月10日(水) 低調その1

眠れるときには、少しでも寝るように心がけています。それもなるべく毛布をかぶって、身体の疲れが取れるように。

知らず知らずのうちに、心が緊張しているのでしょう。身体も緊張してしまうらしく、体中の筋肉にうずくような痛みが残ります。きっと全身運動をするなどすれば、かえって筋肉がほぐれて楽になれるのでしょう。でも「運動をしない」言い訳をさせたら、キリがないほど出てくる自分です。

仕事のほうは、小さな山をなんとか越えられそうです(などとここに書くと、決まってもっと大きな山がやってきるのですが・・・)。

先日リソグラフ印刷に放り込んだオープンスピーカーズのチラシ250枚を受け取ってきました。家に帰って気がついたのですが、もちこんだ原稿を間違えてしまいました。内容に大きな間違いがあるというわけではないのですが、飾りのない素の原稿をプリントアウトして持ち込んでしまったのです。実は、その後に飾り枠をつけたり、英文字と和文字のフォントサイズを調整するとか、影をつけるとか、「こぎれいに見えるような」細工をいくつかしたのですが・・・・その前のファイルをプリントアウトした紙を持っていってしまったようです。

確認しなかった僕が悪いのですが・・・。ああ、時間間違ってるとこあるし・・・。
ちくしょー。寝ます。


2004年03月09日(火) 目標は現状維持

隔週で金曜日の夕方に精神科を受診することにしているのですが、先週末はすっかり忘れてカラオケに行ってしまいました。おかげで今朝受診する羽目になりました。

「医者によりますので、少し遅れます」と会社に電話した後、安心して二度寝してしまったため、クリニックに駆け込んだころには診察室が人であふれんばかりでした。週刊朝日をまるまる一冊読んでしまいました。

「低空飛行ですが、とりあえず墜落していません」
と言ったら、医者に笑われました。ノリトレンを一日10mgから、20mgに増やそうか? と言われましたが、僕はノリトレンの副作用で鼻血が出るので、以前25mgから10mgに減らした経緯があります。それを考えると20mgはかなり不安な数字です。
薬を増やさなくても、時間が経てば自然に良くなることはしばしばありますので、「しばらくこのままで様子を見させてください」と答えておきました。

食事はしているし、なんとか仕事にはなっています。身体はとりあえず清潔だし、有意義な人間関係もそれなりにあります。社会の中には、今の僕ぐらいの精神の健康レベルの人はごろごろいるでしょう。でも、僕の場合には、投薬治療をしていて、なおかつこのレベルから転げ落ちていきそうな危機にあるのが問題なのです。

新聞のコラム に偶然書いてあったことですが、「元気出して、頑張って」などと自分を励ましてはいけません。

「元気出さない。がんばらない」

ともかくこのまま墜落をまぬかれるよう切り抜けなくては。

長嶋茂雄さんも、あんまり無理しないで欲しいです。オリンピックの野球なんぞ、野村克也にでも任せておけばいいから、ゆっくり養生して欲しいものです。


2004年03月08日(月) 低空飛行

鬱であります。特に昼間が調子が悪くていけません。
何かをやらなくてはという気持ちばかりが焦って、実はなにも手についていません。
こんなときは気持ちをゆったり持って、調子が悪いなりに目標を低く設定して、それで「やむなし」と開き直れれば楽になれるのでしょうが、もともとそんな性格だったらこんな病気になったりはしません。

夕方からAAミーティング。
「いつも来ている仲間の顔が見えなければ心配になり、心配していた仲間がくれば安心する」
人間の心の動きは、まさにそうだろうなと思います。

なるべく早く寝ることにします。


2004年03月07日(日) 立ち止まって考える

あまりAAのことにコミットしない週末でありました。
とは言うものの、土曜日には地元の新聞社に電話して、今度開くオープンスピーカーズミーティングのことを記事にして欲しいとお願いして、資料を送ってくれと言われたので送ったり、今日はチラシの印刷をリソグラフ印刷屋に持ち込んだりしていたのでした。セントラルオフィスに電話もしたし、スポンシーから久しぶりに電話をもらったりもしました。
でもやっぱり、ミーティングに行かないとAAという気分がしません。

どちらかというと毛布に包まって寝ていた週末でした。
冬が戻ってきたような陽気でした。子供たちが公園に行ってブランコをしたいと言うのに、「寒いじゃーん」と言って、のらりくらりと逃げる悪い父でありました。

久しぶりにNHKスペシャルなどを見て、「やっぱり自分を磨けるのは自分自身しかいないなぁ」というしおらしい気分になりました。Perlを使いこなせるようになろう。Perlですぐに何をする用があるというわけではありませんが、向上心を失ってしまったら、そこでエンジニアとしてのキャリアはお終いになってしまうでしょうから。

生きていくということは大変なことだなと思います。嫌なことからは逃げて回ることはできるけれど、生きていくことからは逃げて回ることはできないですね。


2004年03月06日(土) どよ〜ん

ホームページ下のアクセスカウンターが故障しています。
カウントそのものは動作しているのですが、数値がいつの間にか88万を超えています。この前まで1万7千ぐらいだったのに。いや、その前は2万4千ぐらいだったかな。ともかく、もはや正しい数値は誰にも分からないという状態になってしまったので、そのまま放ってあります。
日々の訪問者数を数えるのには十分役に立っていますから。

3月3日の雑記で、リンクのAタグを書くのに失敗して、大変読みづらい状態になっておりました。が、今日まで気がつきませんでした。書きっぱなしで、結果を自分で見てチェックしていないとうことが「もろバレ」であります(直しておきました)。

結局今週は一回もAAミーティングに行きませんでした。(いや、日曜日も今週だと考えれば、日曜の午前中にはミーティングに出席しましたけど)。


2004年03月05日(金) 会うは別れの始めなり

仕事に空きができたので、Perlを勉強しようと教科書を開いておりました。数ヶ月前に憶えたはずの文法がすっかり頭から抜け落ちており、サンプルコードを読むたびに文法編を開くはめになりました。テキストのあっちこっちを開いているうちに、ついに面倒になって勉強を放り出してしまいました。
四十歳を過ぎてから新しい言語を覚えるのは大変なことです。例えそれが(複雑な自然言語ではなく)簡単なコンピューター言語であっても。年寄りは新しい道具の使い方を憶えるより、使い慣れた古い道具(C++だ)を使いたがるものです。

職場の4人でカラオケに行きました。プロモーションビデオつきの比較的新しい曲を義務付けられたので、hiroと平井堅で勘弁してもらいました。言っておきますが、平井堅は「古時計」でも「夜空の星」でもありません。あと一青窈・広瀬香美・中島みゆき・オフコース・電気グルーブ・SING LIKE TALKING・竹内まりあ。4月からの新しい雇用条件の提示などがあって、みんな心が殺伐としていたところなので、熱がこもってしまいました。
途中からアニメ禁止ルールが解けたので「ちょびっツ」のテーマ。勢いに乗って「歌舞伎町の女王」に挑戦するものの、うろ覚えで玉砕。みんな持ちネタが尽きてきたので解散しました。

女性の曲を男が歌うのは、聞いていてあんまり気持ちの良くないものなんですが、最新のディジタル信号処理の成果なのでしょうか、リモコンで設定すると、スピーカーからは女性の声?が出るようになります。隣からは男の野太い声、スピーカーからはギャル声という状況です。男の声が音程をミスっても、ギャル声のほうはなんとなく補正されてしまっているのは、「すごい技術」なのか「技術の裏が透けて見える」のか?

この職場の連中も、いつかは散り散りばらばらになってしまうのでしょうね。

年年歳歳花相似
歳歳年年人不同


2004年03月04日(木) 名前・名前・名前

最近「アルコール依存症」を扱うWebサイトが増えてきたのは明らかです。
Googleで「アルコール依存症」でサーチ(俗に言うググる)してみると、数百件ヒットします。以前だったら「心の家路」は100位以内に登場していたのですが、最近は200位以内には見かけません(それ以上探す気力はありません)。比較的上位に位置する二郎さんのサイトのリンク集から来る方と、「自助グループ」で検索するとトップに来るあをねこさんのサイトのリンク集からいらっしゃる方が多いです。
サイトが増えることは良いことでしょうね。

本名を名乗る必要が無いAAですが、個人の区別のためにはラベル(名前)が必要です。僕はひいらぎと名乗っています。いわゆる「ニックネーム」です。このニックネームのことを「アノニマス・ネーム」と呼んでいる人々もいますが、僕はその呼び名に違和感しか感じません。「無名の名前」というのは、「牛から落馬」というのと同じぐらいの矛盾を感じます。まあ、なんと呼んでも自由なんだと言われればそうなんですが、それなら「ホーリー・ネーム」とでも呼んだらどうかと言ってみたりします。

人は偽名を名乗るのが好きなようです。文章を書くと筆名というのをつけます。ラジオ番組に投稿するときはラジオ・ネームをつけます。
最初にコンピューターを電話回線を通じて結んだ人たちは、学術研究で携わっていたので本名を使っていたのです。しかし、次に趣味でそれを始めた人たちは、もともと無線を趣味とした人々が多かったのです。免許制のHAMの世界では公式なコールサインを名乗らないといけませんが、CB(市民無線)の場合は不要なので「ハンドルネーム」を名乗ったのだそうです。彼らがコンピューターとコンピューターを接続したときに、「ハンドルネーム」を使うようになったのは自然かもしれません(RCP/Mの頃)。

ネットとネットを結ぶインターネットが出来上がったときに、実名を使う人たちと、ハンドルネームを使う人たちが入り混じったのも面白い現象です。ネット上ではAという名前で、AAの中ではBという名前で、で現実にはCという実名を持つ人もいるわけです。よく混乱しないものですね。


2004年03月03日(水) 広告が復活

さるさる日記のほうに広告が復活してしまいました(お金を払ってないから)。

広告が一行挟まるだけかと思っていたら、実はポップアップウィンドウまで開くようになってしまったという実に凶悪な状態であります。個人的にはポップアップウィンドウは、どんな類のものでも(広告でなくても)嫌いで、ブラウザの設定で「ポップアップ禁止」が可能なものはそうしています。唯一それができないのが、 Windows 標準の Internet Explorer です。
IEのポップアップ抑止の手段はいろいろありますが、Google Toolbar が個人的に気に入っています。(右側のドロップダウンから Japanese を選んでダウンロードです)。抑止時に毎回音がするところも、なかなかよろしいんです。もちろん検索バーとしても役に立ってくれるのですが・・・。

早めに「さるさる」と「えんぴつ」を同時更新するPerlスクリプトを書こうと思いながら、日々がどんどん過ぎていってしまいます。毎日の手間を考えると、面倒でもプログラムを仕上げてしまったほうが、トータルでは労力が少ないことは明確なのですが・・・、なにごとも「面倒くさい」という理由で先延ばしになっています。

少しは余裕が出てきたので、90の道具の続きを書いたり、「女性クローズドは女性限定なのか? 教条主義と現実主義の狭間で」という記事を書いたりするつもりなのですが、なかなか手がつきません。


2004年03月02日(火) 元気ではあるが・・・

二日続けて休むと、いろいろと厄介な問題が起きそうなので、なんとか出社しました。忙しいときには、考えているヒマもありませんが、ヒマになってくると、いろいろと考えてしまうものです。
「はぁ〜、会社辞めたい」
という気持ちが湧き上がってきます。これは「仕事をしたくない」という気持ちとは別で、「仕事はしたいが、この会社ではしたくない」という気持ちであります。また忙しくなってしまえば、そんな気持ちは忘れてしまうのでしょう。

「ぬるま湯」という言葉を思い浮かべることがあります。ぬるま湯は熱くもなければ、冷たくもありません。だからその中に浸っているのは苦痛ではないのです。湯が熱すぎれば飛び出していくでしょうし、ほどほど熱いなら温まって出て行くでしょう。冷たすぎれば入ってなどいられません。
ぬるま湯では体が温まりませんから、湯から上がろうという気にはなれません。そして時間の経過とともに、ゆっくりとぬるま湯は冷えていくのです。すると外に出るのはますます難しくなる・・・。
必要なのは、風邪をひく覚悟で、外へ飛び出す勇気なんだろうけど、世間の風はやっぱり冷たいのです。

子供たちは英会話に並々ならぬ興味を持っているようです。某全国チェーンの英会話教室の子供教室の「お試し」に行ってきた感想は「ぜひやってみたい」だそうです。値段は「目の玉が飛び出るほど」高くはないのですが、やっぱり高いし、第一「一度始めたら止められない(とっても止めにくい)」仕組みじゃないかという疑いも晴れません。バレエやピアノよりは実用的かもしれませんが・・・子供の教育ってお金のかかるものですねぇ。


2004年03月01日(月) 休みました

仕事を休みました。
朝食を食べては寝、昼食を食べては寝、夕食を食べては寝ていました。よくこんなに眠れるものだと自分でも感心するぐらいですが、それだけ疲れていたのでしょう。食事ができることからすると、それほどひどいうつ状態でもなさそうです。
朝は鼻血が出たので、鼻にティッシュを詰め、ぜぇはぁ言いながら会社に電話をしたら、すんなり「お大事に」と言われてしまいました。さすがに「うつで」とは言えないので、「熱が出ました」とかいい加減なことを言っておきましたが。

ここまで弱りきったのには、昨日栄養ドリンクを飲んだせいもあると思います。
体力が有り余っている人には、栄養ドリンクなんて「ちっとも効かない」ものなんでしょうが、僕のように虚弱な人間ですと、あれほどありがたいものはありません。
でも、栄養ドリンクって、「エネルギーを補給してくれるもの」でもなければ「疲労を除去してくれるもの」でもないんですよね。ある種のビタミン類を補って、未来に使うべき体力を前借りするだけのシロモノです。「だるい」「眠い」という時には休むのが一番なんですが、それを先延ばしにするに過ぎません。

借りたものは返さなければならず、容赦の無い体力の取立てにあって寝込んでいたというわけです。やっぱ休めるときに休むのが一番ですね。AAミーティングも休んでしまいましたが。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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