天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

答えを知りたい - 2003年05月29日(木)

夜中の1時半。デイビッドとスーパーマーケットで買い物してると、携帯が鳴る。
そんな時間に携帯にかけてくるのはカダーしかいない。わかってて ID を確かめた。「友だち」って言ったら、「こんな時間に?」って言ったあと「女の子じゃないな」ってデイビッドは言った。「うん、男」って答える。わたしのことを bad girl って言うから「あなたほどじゃないんじゃない?」って笑って言ったら「そうだね」って笑って言われた。


天気予報がはずれて雨は降らなかった。
今日もタンゴを踊りに行って、そのあとデイビッドに会ってた。デイビッドは風邪を引いていて、だからどこにも行かずに、テレビで古い映画を観てた。

今日はひとつ離れた通りに車を停めていて、そこまでナターシャと一緒に送ってくれたデイビッドが「ベーグル買いに行こう、僕の分ときみの分」って言い出した。そのまま車であの NY イチのベーグルやさんに行く。NY イチってことは、世界一のベーグルってことらしい。ほんとに、世界一はどこにでもある。それから、4ブロック先のスーパーマーケットまで行った。そして携帯が鳴った。


デイビッドは明日ナターシャと一緒に食べるローストターキーを買って、それからオレンジとアプリコットを買って、わたしが「イエローマンゴは?」って聞いたら嫌いだって答えて、おおきなペアを見つけたから「このペアは?」って聞いたら要らないって言う。フルーツの好みはあんまり合わないみたい。わたしはオレンジは好きだけど、アプリコットはあんまり好きじゃない。デイビッドは思い立ったようにちょっと奥に歩いてって、ガストーのチョコレートの箱を持って来た。「これはきみに。世界一のチョコレートだよ」って。ほら、また世界一。でもチョコレートの好みは一緒だ。キャドバリーもデイビッドは好きだから。買ったばかりのガストーの箱を開けて、デイビッドはわたしの口にひとつ放り込む。チョコレートがふわふわ口の中で溶けていく。

車を運転しながらわたしは聞いた。
「あなたは悪い男なの?」
「違うさ。僕が悪い男だと思ってるの?」
「さっきあなたがそう言った。」
「僕は悪い男じゃないよ。そういう男じゃない。」
よかった、って思った。


誰とデートしたってかまわない。だけど好きになっちゃだめ。ほかの誰もあなたの true love じゃないから。彼がその人だから。ディーナはずっと前にカダーのことをそう言った。

あなたが好きになったのなら、神さまはあなたのためにその人のことを受け入れてくれる。その人にちゃんと恵みを与えてくれる。そしてそれが true love になる。だから心配しなくていい。神さまはあなたの幸せを叶えてそれを守ってくれるのだから。それからずっとそのあと、結婚のことを言い出したディーナにデイビッドのことを聞いたときには、ディーナはそう言った。

「混乱しちゃだめ。混乱する必要なんかない。今はただ、true love を祈りなさい。神さまが答えをくれるから」。


アパートの前に着いて、デイビッドはわたしのほっぺたにキスをくれた。
両方の頬にひとつずつ、とても優しくあったかく。「風邪がうつるといけないからね」って、それからくちびるの端っこに。そして車を降りるときに笑いながら言った。「彼にこれからコールバックしなよ」。「しないよ。ねえ、友だちなの、ただの」「わかってるよ。信じてる」。


デイビッドのことを、わたしはまだよくわからない。とても好き。だけどわたしは畏れてる。傷つくことを。傷つけることを。神さまはわたしに何をどのように与えてくれるんだろう。わたしは何故まだ答えがわからないんだろう。

うちに帰る道で、怖くて少しドキドキしてた。電話取らなかったこと、カダーに何て言おう。わたしはデイビッドに嘘ついた? わたしはカダーにも嘘をつくの? わたしは何を間違えてるの? 悪い女はわたし?

答えを知りたい。


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世界一のおとぎ話 - 2003年05月27日(火)

今日も何度も電話してみたけど、カダーのルームメイトの携帯は切られてる。
それでカダーに電話したけどカダーも電話を取らないから、一緒に出掛けてるのかなって思ってた。

1時間くらい経って、カダーが電話をくれた。
ルームメイトは、日曜日にもう帰っちゃったって言った。

なんだ。帰っちゃったんだ。
会いたかったな。せめて電話で話したかった。
来週には向こうから電話がかかってくることになってるって言うから、「じゃあそのとき言っといて」って言った。
「何て?」
「何て言おう?」
別に伝言でもいいかって思ったけど、やっぱり話したかった。
「あたしに電話してって」
「わかった」。

なんだ。帰っちゃった。「きみに電話するように僕は言ったんだけどさ。なんでかけなかったんだろ」ってカダーは言ってた。そんなのはいいんだけど。だって、そういうときってほんとに忙しいって知ってるから。でも、ここにもうしばらくいたいって言ってたから、ちょっとだけ心配してた。幸せに帰ってくれてればいい。しばらくいたいって言いながら、自分の国も家族のこともずっととても恋しがってたから、きっと幸せに帰ってった。いつかここに遊びにおいでね。バイバイ、ルームメイト。Thanks a million. See you one day, for sure, okay?


カダーは車の運転してて、それからずっとおしゃべりしてくれた。
今日は雨は降らなかったけど、ずっと曇ってた。明日はまた雨らしい。天気予報は、来週の終わりまでまだこんなのが続く。「ここの気候は最悪だよ」ってカダーは言う。「でも去年はこんなじゃなかったじゃない?」「だけど晴れても夏はじめじめしてるし」「そうだね。ねちゃねちゃして気持ち悪い」。それでわたしがあの街の夏がどんなに素敵か話し出したら、カダーはカダーの国の気候は世界一なんだって自慢する。笑った。「この世には世界一が山のようにあるんだね」って。

笑ったら、「聞けよ。どんなふうに世界一か話してやるから」って、カダーはカダーの国のことを話してくれた。ああ、それは本当にいつもおとぎ話のようで、神秘的で透き通って輝いてるその国を、わたしはカダーの話に聞き入りながら、いつものように思い描いてた。見たこともない国。だけど、世界一好きな国。ほかのどんな国だって、こんなふうには思い描いたり出来ない。天国以外には。

いつか行きたい。それは望み。憧れ。夢。だからお祈りはしない。
ただ、ずっと聞いていたい。世界一のおとぎ話。

うちに着いて、カダーは「またかけるよ」って電話を切った。
いつかなんてもう聞かないし、いつ会えるのかももう聞かない。

わたしはやっぱりカダーの幸せをお祈りして、
そして神さまに今は感謝するだけ。



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happier - 2003年05月26日(月)

相変わらず雨が降って、ヒーターなんか入るわけない5月の終わり、ヒーターなしではうちの中も寒くてしかたない。土曜日、仕事を終えてからは平気だったのに、夜になって喉と頭が痛くなって、夜中に熱を出してしまった。熱は下がって昨日もちゃんと仕事に行ったけど、帰ってからすぐに寝た。今日はメモリアル・デーのお休みだった。

母と妹と3人で暮らしてる夢を見た。
居心地のいい日本風の綺麗なおうちで、昔のまんまの母がわたしに言った。
「今日ヒロさんが遊びに見えたわよ。マジェッドと一緒に」。
ヒロさんってのは、夢の中でカダーのルームメイトのことだった。もちろん実際はそんな名前なわけない。わたしは夢の中で眠ってたらしくて、「なんで起こしてくれなかったの?」って怒る。「もう会えないかもしれないのに」。

カダーのルームメイトは、今月末に自分の国に帰ってしまう。いつだっけ、前のアパートの近くに買い物に行ってマジェッドんちにお手洗いを借りに行ったときに、マジェッドが話してくれた。「僕から聞いたこと、カダーには言うなよ」って、相変わらずマジェッドはわたしと会うことをカダーに内緒にしたがって言った。だからそのあとカダーが電話をくれたときに、ルームメイトのことを「どうしてる?」って聞いて、帰っちゃうことをカダーからも聞き出した。ルームメイトはどうしてだか、まだわたしに話してくれないでいる。

夢の中で、母はマジェッドとカダーのルームメイトといろいろおしゃべりして楽しかったって言った。わたしは本気で怒ってて、母はそんなわたしをただ笑ってて、それも昔のままだった。

子どもみたいになってしまって、もう喚き出すことはなくなったらしいけど、何も出来ずに突然泣き出したりぼんやりしたりで、母はすっかり母じゃなくなってる。もうあんなふうに母とおしゃべりすることも出来ないんだろうかって、起きてから夢の余韻が淋しかった。

カダーのルームメイトに電話したけど、携帯は切られてた。メッセージを残したけど、夜になっても電話は来ない。



神さまがいるのなら、世の中にはどうして哀しいことがこんなにたくさんあるんだろうね。戦争も、残酷な犯罪も、人間同士の諍いも憎み合いも傷つけ合いも、病気も事故も失恋も。どうして神さまはなくしてくれないんだろうね。わたしもそう考えたことがあったよ。だけど今なら少しだけわかる気がする。

間違いを起こすのは人間で、人間がその間違いに気づかなきゃいけないんだ、って。
そして間違いに気づいたときに、本当にそれを正したいと思ったときに、神さまが正しい方向に導いてくれるんだ、って。悲しみに暮れることさえ、それは間違いなのかもしれない。わかんないけど。誰かが教えてくれたわけじゃないから違うかもしれないけど。

だけど泣いて泣いて泣き続けて、やっとそこから抜け出さなきゃいけないって思えたときに、神さまの力を信じて「助けてください」ってお祈りすれば、神さまは助けてくれる。導いてくれる。お祈りはとても苦しいし、信じることは難しいけど。


世の中は間違いだらけだけど、多分みんなやっぱり起こるべくして起こってる。いつもどこかで誰かが間違えてるから。そして気づかないでいるからなくならない。治らない病気があるのだけは不公平だと思う。だけど、治らない病気も、どこかで誰かが間違えたせいのような気がする。本人のせいじゃなくたって。不公平だけど、哀しいけど、そうなのかもしれない。そうだったのかもしれない。

でもそれだって、ちっぽけなことってのはきっとほんとなんだよ。
あんなに小さなからだで、あんなに苦しんで、だけど「なんでもないことだったんだって今は思える」って、あの娘が天国から幸せそうな声でそう言ったから。

天国だけが、憎しみも争いも悲しみも苦しみも痛みもない場所。
それは少しだけやるせないけどね。



カダーのルームメイトに会えるかな。帰っちゃう前に。
ありがとうを言いたい。
あの悲しかったときに、あんなに力になってくれた。
まだお祈りを知らなくて、抜け出すすべがわからなかったあのとき。
最後にカダーと一緒に会ったときには言ってくれた。
「今度会うときには、もっとハッピーになってなね」って。
「もっとハッピー」になったよ、わたし。
カダーのことは、もう大丈夫。いつもパーセンテージ聞いてくれたけど、もう100パーセント大丈夫になった。わたし、失わなかった。もう失わない。ずっと友だちでいられる。
あなたとも、ね。


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恋の始めみたいに - 2003年05月24日(土)

金曜日、また胃が痛くなって朝起きられなかった。
お薬を飲んでしばらく横になってるとおさまったけど、もう病院に電話して休むって言ってしまってた。だから半分ズル休み。かな。

雨。寒かった。でも出掛けた。
うちの近くにミドルイースタンのお店が並んでる通りがあって、カダーがあの CD を買ったって言ってたお店を探しに行った。そういうお店がたくさんあった。素敵そうなレストランやカフェもたくさんあった。サインが全部あの不思議な文字だから、なんて書いてあるのかさっぱりわかんなかったけど。エジプシャン・カフェって英語で書いてあるおしゃれなカフェがあって、ちょっと入ってみたかったけど、お客さんがみんなエジプシャンみたいで気後れして入れなかった。カダーの国のじゃないからまあいいやって諦めた。

何度も車で通ってる通りなのに、知らなかった。こんなにミドルイースタン。

このお店かなって思って入ったお店のレジのそばに、CD が置いてあった。奥に入ってみたら、ショーケースの中にも CD が並んでて、その中にカダーが聴かせてくれたあの CD とおんなじのがあった。

カダーの国の食べ物がたくさんあって、作り方を教えてくれたあの茄子のディップの缶詰も見つけた。「自分で作れるんだよー」って得意になった。カダーの大好きなピタブレッドを一袋手に取って、お店の人にショーケースから CD を出してもらって、それからショーケースに並んだお菓子を選んだ。カダーが教えてくれたから知ってるのとカダーが教えてくれなかったから知らないのと、全部混ぜて一種類ずつ買った。CD は3ドルだった。パイレートだから3ドルだったんだってカダーが言ってた。

カダー。カダー。カダー。なんでもカダー。
まるで恋の始めみたいにこころが踊ってた。
カダーとここ一緒に歩きたい。エジプシャンのカフェにも行ってみたい。
カダーの国のお店で、またおいしいもの教えてもらって食べたい。
冷たい雨の中、傘をさして寒さに震えて歩きながらドキドキしてた。


携帯に restricted の missed log が入ってた。気がつかなかった。
ジェニーだと思って夜になってからかけたら、「ラヒラと映画観に行くことになったから、元気になってたら出て来ないかなと思って病院からかけたの」って。

「ごめん。全然気がつかなかった。何観たの?」
「マトリックス・リローディッド」
「おもしろかった?」
「すっごくおもしろかったよ。1はさっぱり意味わかんなかったんだけどさ、今度のは最高。もう次のが楽しみだよ」。

ジェニーがなんだかとっても嬉しそうで楽しそうで、わたしはますますこころが踊る。


そのあとカダーに電話した。
「あなたが言ってたお店、見つけたよ。左側にデリがあって、レジのところに CD が置いてあるとこでしょ?」
「そうそう、そこそこ」
「あの CD 買ったんだ。値段聞いたら『3ドル』って言われて、絶対ここだって思ったの」。
カダーは可笑しそうに笑った。それからお菓子を買ったこととエジプシャン・カフェが素敵そうだったけど入らなかったことも話した。カダーは何度か行ったことあるって言った。カダーが言ってた通りにカダーの国のレストランやカフェがたくさんあったことも話したけど、今度連れてってね、なんてわたしは言わなかった。ちょっとおしゃべりしたあと、カダーは用事があるらしくて、それから「もう切らなきゃいけないけど、平気?」ってわたしに聞いた。前によくそう聞いてくれてたみたいに。わたしは平気だった。

電話を切ってから、あの CD をずっと聴いてた。
ずっとかけっぱなしで、飽きることなく聴いてた。
ほんとに恋の始めみたいに、胸がときめいた。
だけどもう、ブレーキかける方法知ってる。多分。
デイビッドのせいかもしれない。

ねえ、デイビッドのことどう思う?
誰かに聞いてみたい。




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迷子じゃなくなる日 - 2003年05月23日(金)

昨日は太った大きなおじさんが来てなくて、わたしは先生にまたレッスンを受ける。クロスしたあと足を止めなくちゃいけないとか、かかとをスライドさせちゃいけないとか、そういう細かいところを直されてばっか。太ったおじさんと踊ると上手に踊れてるような気になってるだけで、ほんとは上手くなんかなってない。

柱を両手で持って、フォワード、サイド、バックワード、サイドって、柱の回りをステップで回る練習をひとりでやらされた。「恥ずかしがらずにセクシーにやってみてごらん」って、受付のおにいさんが言ってくれるけど、恥ずかしがってるわけじゃなくて、頭がこんがらがってセクシーどころじゃない。それに、柱相手にセクシーにやれって言われても。

可哀相になったのか、初めて来てた男の人が誘ってくれた。練習の成果がちょっとあったみたいで、きちんと踊ることに集中したらわりと上手くやれた。でもその人に複雑なターンを教えられて、またこんがらがっちゃった。タンゴって、やればやるほど難しくなる。

夢中になってたらメーターパーキングにコインを入れに行くのを忘れて、「ごめんなさい。パーキング!」って曲の途中で気づいて走って表に出た。ウィンドシールドにオレンジ色の紙が見えた。泣きそうになった。これで2回目。

「表の通りじゃなくて、この横の道ならメーターパーキングじゃなくて普通に停められるよ。わりとスポット空いてるし」って、最後に踊った背がめちゃくちゃ高くて踊るときに絶対顔を見られないロシア系の男の子が教えてくれた。


デイビッドに電話したけど、携帯はオフになってた。「どこにいるの? 電話してね、待ってるから」ってメッセージを入れた。とてもとてもとても会いたかった。パーキング・チケット切られちゃったせいもあるけど、それだけじゃなかった。なんでかわかんないけど、カダーのせいだと思った。あんなに満たされた気持ちだったのに。

デイビッドのアパートの前まで行って、車の中で20分待つことに決めた。あと2分になったときに必死でお祈りした。「神さま、どうかデイビッドに電話させてください。とても会いたいです。どうしても会いたいです。会わせてください。どうかデイビッドが電話をくれますように」。そしたら携帯が鳴った。びっくりした。

クライアントのバースデー・パーティに行ってて、9時半に抜け出るつもりだったのが、ちょうどバースデーケーキの時間になってしまって抜け出られなくなったって。「今自転車でうちに向かってるからね。あと10分で着く」。そのあと「ワーッ」って叫んで「ごめん、携帯危ないから切るよ」って切った。

ナターシャがびっこの足でわたしのまわりをジャンプしまくる。しゃがんで抱っこしようとしたら、「No! ハグはいいけどキスはダメ!」ってデイビッドがわたしに言ってナターシャを押さえる。それから顔の傷を見てくれた。痕が残ったらチャームポイントにするどころか、傷は殆どわからない。色白ですべすべのお肌なら目立ったかもしれないけど、ぜんっぜんそういうのじゃないから。「もうわかんないでしょ?」って言ったら、「まだわかる」って心配そうにデイビッドは言った。そして「ナターシャにキス禁止令」が出された。

「ダンスはどうだった?」って聞かれて、「まあまあ」ってだけ答えてから「ハグちょうだい」って言った。笑いながら「欲張りお嬢ちゃん」ってわざと子どもに言うみたいに言って大きく腕を広げてくれた。飛び込んでしがみついて「またパーキング・チケット切られちゃったの」って元気よく言ったら、胸のところがすうっとして、こころがふわーっとなった。

デイビッドが仕事のメールをチェックしてる間に、わたしはリビングルームで CD かけたりナターシャとおしゃべりしたり遊んだり、キッチンでふたり分のお茶を入れたりしてた。ナターシャはわたしの顔に自分の顔を何度もすり寄せて来る。キスをせがんでる。でも禁止令が出たから、ハグはしたけどキスはしなかった。「今日だけね」って言って。

自分の新しいサイトが出来上がったからって、デイビッドが仕事場から呼ぶ。それから一緒にそれを見て、ウェブデザイナーの人との ICQ の漫才みたいなやり取りにわたしも参加して、別々のことしてても一緒に何かしてても、デイビッドといる時間はほんとに楽しい。デイビッドが全部楽しくしてくれる。そしてデイビッドは、「きみが全部楽しくしてくれる」って言う。おしゃべりが絶えなくて、ジョークが絶えなくて、いつでも一緒に笑ってる。


帰り道、わたしはまた満たされた気分だった。
カダーと会って、おんなじように満たされてたはずなのに。
違うことは、カダーに感じるみたいな甘くて息が詰まるような、そんな幸せじゃないってこと。でも体じゃないぬくもりがあること。

自分のこころがわからない。それは今に始まったことじゃなくて、いつもいつもそうやって迷子になってたけど。だけどもうわからなくったっていいやって気がしてる。いつかもう迷子じゃなくなる日が来る。




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お祈りが叶ったのかもしれない - 2003年05月22日(木)

それでもいつのまにか眠ってて、母と一緒にムーン・リバーを聴いてる心地よい夢を見てたら電話が鳴った。「イタズラ電話が来た」ってそこだけはっきりした意識で受話器を取って耳に当てて、でもナンにも聞こえない。「Hello?」って言ってもナンにも聞こえない。あの人じゃないのかなと思ってから、受話器を逆さに持ってることに気づいた。慌てて正しく持ち直したら「もしもしー?」ってあの人が言った。「ごめんー。受話器逆さに持ってた」「アホ。反応がないからハァハァハァハァひとりで言ってる自分が寒くなったじゃん」。イタズラ電話ってそれ? つまんない。「明日の朝もイタズラ電話していい?」って。

時計を見たら、まだ6時だった。アラームを9時に合わせて、眠りに戻る。

9時のはずがお昼前に起き出して、シャワーを浴びようとしたら電話が鳴る。
カダーだった。「なんで今日あたしがお休みってわかったの? 知ってたっけ?」「知らないよ。なんかそう感じただけ」。嬉しいんだか嬉しくないんだかわかんなかった。「遊びに来る?」って言われて「セックスしたいだけなんだったらやだ」って言った。「そんなことないよ」ってカダーは言って、会いに行った。わかってて行った。

今日も雨が降ってて傘を持ってたのに、ドライブウェイから玄関まで傘をささずに走った。スエードのコートを着てたけど、気にならなかった。ドアをノックしたらすぐに出てきてくれた。カダーだった。当たり前だけど、カダーだった。優しい顔したカダーだった。吸い込まれるみたいに胸に抱きついた。少し濡れたコートごと抱き締めてくれた。もしも世の中に完全にぴったり合うハグが誰にもたったひとつしかないとしたら、これがそうなんだって思うほど、わたしは完ぺきにカダーにすっぽりおさまってた。心地よかった。なつかしい胸。なつかしい腕の中。「顔を見せて」ってカダーは言って、「長いこと会ってなかったね」って、まるで恋人みたいに額や頬に柔らかくて優しいキスをたくさんしてくれた。

長いこと会ってなかった。最後に会ったのは1月の終わり頃だったから、4ヶ月会ってなかった。でも、長いこと会ってなかったなんて思わなかった。そんなふうに考えてもいなかったし、待ちわびてもいなかった。今日会えることがちゃんと決まってたんだって思った。


カダーは話してくれた。マスター卒業してから始めてた生活費稼ぎのためだけの仕事を、雇い主と喧嘩したから昨日辞めたこと。笑わなかったけど、笑いそうだった。カダーらしい。カダーはあんなだけど、「世の中ってのはそういうもんだよ」って人が諦めるようなことを許せないで、気が済むまでやり合ったりするとこがある。辞めるって言った途端に雇い主は猫なで声で取りなそうとしたけど、「あなたと働く気はもうありませんから」って言い放って来たらしい。

そういうカダーが嬉しくて「よくやったじゃん」って言ったら、「そうかな。来週からまた生活に困るよ」ってちょっと深刻な顔してから笑ってた。

生活費稼ぎのための仕事じゃなくて、ちゃんとやりたい新しい仕事が待ってるってことだよ、カダー。ほんとにそう思ってる。

わたしはカダーに、カダーの国の音楽をかけて欲しいってお願いした。なぜかとても聴きたかった。前にもアパートで聴いたことあるし、その前には車の中でも何度か聴かせてくれてた。でもこんなにじっくり聴いたことなかった。素敵だった。ほんとに素敵だった。カダーは一緒に口ずさみながら、歌詞がわかんないわたしに意味を教えてくれた。ジャケットを見せてくれながら、そのバンドのことを話してくれて、そんなふうにカダーの国のことを聞くのがやっぱりとても好きだと思った。

「恋しい?」「そりゃあ恋しいよ」「ものすごく?」「ものすごくでもないけど」。
恋しいけど、帰れないことを恨んだり悔やんだりしない人。全てをちゃんと受け入れられる強い人。そんなカダーをやっぱり好きだと思った。

シャワーを使わせてもらった。
それから、「新しい仕事、見つかるから。見つかることになってるから」、そう言ったら、「僕もそう思ってるよ」ってカダーは言った。
「あたしがお祈りしてるから。だからあたしに感謝しなくちゃだめだよ」
「感謝してるよ」
「ほんと? 仕事が見つかったら、それはあたしのおかげだからね」
「そう思ってるよ。きみのおかげだよ。だからそうなるように、きみは僕のためにお祈り続けなきゃいけないんだよ」
笑った。
笑ったあと、「本当に感謝してるよ」って、カダーはあの最初の頃みたいな、優しい優しいキスをくれた。


タンゴ・クラブに行く予定だった。夕方から出掛けるってカダーに言ってあった。「僕も出掛けようかな。おなかが空いた」ってカダーが言うからちょっと迷ったけど、予定通りにタンゴ・クラブに行かなきゃ後悔しそうで、バイバイした。まだ連絡はつかないまんまだったけど、そのあとでデイビッドに会うかもしれなかった。

高速を走り出しながら、また少し混乱しそうになったけど、「混乱しない、混乱しない」って言い聞かせてた。それよりも、ドキドキのようなフワフワのような幸せで満たされていた。満たされてると思ってた。長いことかかって、お祈りがやっと叶ったのかもしれないと思ってた。


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イタズラ電話 - 2003年05月21日(水)

2日間、夏日みたいに暑かったのに、今日はまた雨が降って寒かった。

今日はサルサのクラス。
今日でアドバンスド・ビギナーのレベルはおしまい。習ったステップとターンを全部おさらいして、音楽かけっぱなしで自由に踊る。わたしは J-ターンの一回転半のあときちんと止まれないで、それがちょっとくやしい。でも楽しかった。

終わってから、マンハッタン界隈のダンス・スタジオの情報交換を、先生交えてワイワイやる。夏になるといろんなスタジオでいろんなイベントするらしい。だからこのあいだのこのスタジオのサルサ・パーティにも、上手な人たちがあんなにたくさんあちこちのスタジオから来てたんだってわかった。7月にはリンカーン・センターで、うちの先生主催のメレンゲ・パーティがあるって。屋外だからそこらへん歩いてる人たち誰でも参加出来て、毎年すごい人数になってクレイジーなんだって。おもしろそう。ジェニー誘ってみよう。メレンゲなら簡単ですぐ踊れるし。


駅から電話してみた。デイビッドったら出ない。
たくさん踊ってお腹空いたし、明日はお休みだから晩ごはんに出て来ないかなって思ったのに。

あんまりお腹が空いて、地下鉄降りてから、うちの近所のパキスタン・インディアン・アンド・バングラディッシュ・レストランでテイクアウトすることにした。ブルースが「小汚いけどめちゃくちゃおいしい」って薦めてくれてたとこ。サフランの黄色くて甘いごはんとチキンのカレーを注文したら、チキンのカレーにはこっちのごはんの方が合うよって言われて、ビーンズのはいった白いごはんにする。それからナンを一枚焼いてもらったら、グリーンサラダをつけてくれた。

「電話してね」ってメッセージ入れたのに電話は来ないで、メールが来てた。「African story...」ってタイトルで、なんだろって開けてみたら、長いアーティクルだった。10年以上前に、南アフリカの白人の家庭から、6歳のぼうやがその家で働いてた黒人のワーカーに誘拐されたまま行方不明になってて、18歳になったその子が幼いときのうろ覚えの記憶と育てられた黒人の両親をほんとの親じゃないと思い続けてたことを、奴隷のように扱われてたその家を出て補導されたときに警察官に話したこと。南アフリカの新聞にそのことが記事になって、写真を見た生みの母親が、探し続けた息子がやっと見つかった、信じてたとおりちゃんと生きていてくれた、と名乗り出たこと。今南アフリカの警察で DNA 鑑定が行われてること。それから、黒人と白人の問題。その頃のアパルトヘイトの条例。

なんでそんな記事を送って来たのかわかんないけど、デイビッドがそういうことにセンシティブなことはわかる。何もメッセージがなかったから、返事は書かなかった。明日もう一度電話しようと思う。


あの人の電話の約束の時間になって、かけた。
約束の時間なのにあの人は眠たくてちゃんとしゃべられないって言う。それからわたしが起きる時間を聞いて、わたしが明日はお休みだって言ったら「じゃあ僕が電話で起こしてあげるよ。イタズラ電話していい?」って言った。

「イタズラ電話って何? エッチ電話?」
「それは内緒。それ言ったらイタズラ電話の意味がなくなるだろ?」
「『イタズラ電話していい?』って聞いてる時点でイタズラ電話の意味ないじゃん」
「それはいいんだよ。ねえ、イタズラ電話していい?」
「だから、エッチ電話ならいい」
「だから、それ言ったら意味なくなるって。イタズラ電話していい?」。

だから、それイタズラ電話じゃないって。

早く眠ろう。
明日、あの人がイタズラ電話で起こしてくれる。
わくわくする。わくわくして眠れそうにない。



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夢中になって - 2003年05月19日(月)

出た出た出た。
季節の早変わり。
突然陽差しが眩しくなって、汗ばむくらいに暑くなった。
この早変わりにいつもとまどってたけど、今はなんか好き。手品みたいで思わず笑い出しそうになる。

仕事が少しだけ長引いて、急いで帰ったけど、気候がよくなったら突然道路も混む。
昨日までヒーターつけてたのに、窓を開けてクーラーをかける。
うちに帰ってすぐに着替えて、地下鉄の駅まで走ったら汗をかいた。

今日のベリーダンシング、すごい頑張った。まだまだ下手くそだけど。
腰に巻くシャンシャン鳴らすスカーフを、今日はわたしも貸してもらえたからかもしれない。

新しいステップを習って、ワン・トゥー・スリー、アップ・ダウン・ヒットって言われてゆっくりやると腰が上手く振れないのに、音楽にあわせて普通のテンポで踊るといきなり出来ちゃった。わたしって頭で考えると出来ないみたい。やっぱバカらしい。

ハードウッドのフローリングの踊れるスペースがうちに欲しいなあ、なんて、ついでにバカなこと考える。壁に大きな鏡をつけて。前のアパートなら、床はハードウッドじゃなかったけど、思いっきり踊れるくらい広かった。あの大きな大きな窓の上半分にまっ青な空を見ながら踊れた。デイビッドのアパートはハードウッドの床で、リビングルームのひとつの壁が全面鏡で、だからあそこに行くといつも踊りたくなる。


こんなにダンスに夢中になるなんて思ってなかった。
きちんとしたステップ覚えて汗かいて楽しんで適度にくたびれて、ほんとに気持ちいい。
これを人に言ったら必ず驚かれるけど、ジムにだって生まれて一回も行ったことなくて、ダンスだってクラブで好き勝手に暴れまくってるだけだったし、こんな仕事やってて、患者さんには定期的に続ける運動がいかに大切かなんて話すくせに自分はまるで劣等生だった。

体が動かなくなるまでやり続けたいこと、見つけたような気がする。

夢中になって体を動かして、いろんなこと忘れられる時間を見つけたような気がする。

もしも、もう2度とカダーに会えなくても、
もしも、デイビッドにまで突然会えなくなるような、そんな日がまた来たとしても、

夢中になって夢中になって、悲しみを追いやれる時間を、わたしも見つけたような気がする。


昨日銀行でチェックしたら、国税のタックスリターンが2500ドル入ってた。今年はなぜか州税は900ドル余計に払わなきゃいけなかったけど、払っちゃったものはもう忘れた。だから2500ドルまるまる嬉しい。

毎月これだけ余分にお金が入ったら、余裕で広いアパートに引っ越せるのにな。


でも、そんな日来ない。
夢中になって踊り続けなきゃならない日。
神さまが約束してくれた。だから信じる。


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もしもディーナに会わなかったら - 2003年05月18日(日)

明け方にあの人が電話をくれた。
ゆうべあんまり寒くて、去年父が送ってくれた電気毛布をクローゼットから引っ張り出した。冬の間は一度も使わなかったのに。それがほかほかあったかくてぐっすり眠り込んでたみたいで、いつもにも増して何しゃべったんだかわかんない。「今どこにいるの?」って回らない舌で聞いたら「眠たい? ごめんね。仕事場。仕事場からかけてる」ってあの人が言って、あとはなんにも覚えてない。切るときにまだ声聞いていたいって思ってたこと以外。

あの人の声は、どうしていつもいつもあんなに優しいんだろ。あの人のあの微笑みのまんまに優しい声。


朝起きたらお天気がよかった。
教会が終わってから、ジェニーとお昼ごはんを食べて買い物に行った。
久しぶりにお天気がいいのにまだ風が冷たくて、薄いジャケットにくるまって歩く。もう使い切ったアロマのエセンシャル・オイルの新しいのが欲しかった。ラヴェンダーとココナッツとマンダリン・ピールと、オーシャノンってのを買った。

おしゃべりしながら歩いてると、前から来た女の人にいきなり紙を渡される。またサイキック。「あの人、アンタのとこにまっしぐらに歩いて来たよ。あたしのことなんか見向きもしないで」ってジェニーが言った。紙はほんとにわたしにだけ渡されて、ジェニーは貰わなかった。「ああいう人には見えるんじゃないの?」「何がよ? あたしが弱虫でしっかりしてないでフワフワしてて、ああいう人にすぐついてっちゃうってこと?」「違うって。なんかアンタを覆ってるスピリットみたいのが見えるんだよ」「やめてよ」。まだわたし覆われてるの? スピリットみたいのじゃなくて、ダークネスに。

去年のクリスマスの前ごろ、仕事が終わって急いで帰るわたしに「一体最近どこ行ってんの?」ってジェニーに何度か聞かれて、ディーナのことを少しだけ話したことがある。「コワイこと言い当てられて気になって、お金なんかいらないからって言われてときどき話聞きにいってるの」ってそれだけ。ジェニーがわたしのことを心配するから、それからは何も言ってなかった。


もしもディーナに会わなかったら、わたしはまだあんなふうに痛い痛い日々を送ったままだったんだろうか、って考えてみる。「会わなかったら」なんてのはないんだから、考えたって意味がない。でももしもディーナに会わなくても、デイビッドとは出会ってたかもしれない。カダーがくれた痛みから逃げたくて、あの人がくれる淋しさを紛らわせたくて、デイビッドに夢中で恋してたかもしれない。そしてデイビッドがわたしだけを愛してくれるのを待って、またひとりで痛がってたかもしれない。

もしもディーナに会わなかったら、そうやっておんなじとこばっかグルグル回ってた。バカみたいにおんなじ間違い繰り返しながら。きっと。

多分ほかの人は自分の中にちゃんとディーナがいて、ひとりで一生懸命頑張りながら、悲しみからも痛みからも抜け出せる術を見つけてるんだ。そう思う。みんな強い。


アロマジャーに、ラヴェンダーのオイルを落としてティーライトに火をつける。
ラヴェンダーってなんだっけ。いろんな効力があるんだよね。チビたちがふたり抱き合うようにくっついて、ベッドの上で眠り始めた。

あの人、まだ覚えてるかな。わたしのラヴェンダーのコロン。



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傷跡 - 2003年05月17日(土)

昨日バイブル・スタディーさぼっちゃった。
ジェニーが行ってみるって言ってたから一緒に行く予定だったのに、おなかが空いてコリアン・レストランに行ってしまった。ちょっと罪の意識感じながら、ふたりで最近出掛けたりうんとおしゃべりしたりしてないから、神さまも許してくれるだろうってことにした。

コリアン料理おいしい。コリアンの人たちがキムチって呼ぶ、あの何種類も出てくるアピタイザーの中に、なぜかブリの照り焼きと黒豆と、あれなんだっけ、ちっちゃい鰯の小魚を炒って密でからめたやつ、それが入っててなつかしかった。「これ、日本じゃお正月に食べるんだよ」って言ったら、「ふうん。ニューイヤーズ・デーには甘いもの食べるんだ」ってジェニーが言った。

おなかいっぱい食べた。わたしたち以外はコリアンの人ばっかで、その辺り一帯コリアンのお店ばっかりだけど、その中でも有名なレストランらしい。そのあと、コリアンのベーカリーでコーヒーを飲んだ。そこもなぜか日本のお饅頭が置いてあって、ジェニーが買った。白いあんが入ってて外側が栗饅頭とおんなじやつで、一口食べたジェニーは「おいしくない」ってわたしにくれた。

ジェニーってコリアン・レストランに詳しい。コリアン・アメリカンの教会に行ってたことがあるって言ってたし、昔のボーイフレンドのデイビッドがコリアン系だったのかなって思った。「デイビッドっていい名前だねえ。大クラッシュしたあたしの昔のボーイフレンドがデイビッドって名前だったの。だから好きなの」って、前に言ってた。


今日はサルサ・パーティにひとりで出掛けてみた。
行ってみたら先生以外知らない人ばっかがウヨウヨ飲み物飲んでて、ホールに変身したいつものスタジオはやっぱり知らない人ばっか踊ってるし、いきなり「Do you wanna dance?」って手引っ張られてめちゃくちゃ緊張しちゃった。かかってた音楽はチャチャチャで、「サルサの基本の応用だよ」ってその人が教えてくれて、でもやったことないやり方でぐるぐる回されて途中でわかんなくなって反対回りして笑われて、恥ずかしいなあって思ってたら一緒のクラスの女の子が座ってるのが見えてほっとした。

すごく楽しかった。女は楽チンだ。曲が終わって座ってると、必ず誰かが誘ってくれる。こんなにウヨウヨどっから人が来たんだろって不思議だった。先生も誘ってくれた。「すごい上手に踊ってたじゃん」って、クラスの女の子が言ってくれた。だって先生はわたしのレベル知ってて、ものすごく上手にリードしてくれるから。

最後までいた。それからまたひとりで地下鉄に乗って帰った。夜中の2時でも地下鉄はぎゅうぎゅうで、怖くなかった。でもまたカダーのこと考えたりしてヤな気分になったりしてた。もう電話かかって来ないかもしれない。いいけど。いいけどわたし、カダーのこといつだって大事に思って来たのに。


うちに帰ったら、なんとなくデイビッドにメールを送りたくなった。
「今日ダンス・スタジオでやってたサルサ・パーティに行って来たの。今帰って来たとこ。あなたは今日何してた? Howユs your weekend?」って。

「こんな遅くまでまだ起きて何やってんの? 土曜日の夜は早寝でしょ」ってまたわけわかんない返事が来た。「僕はバーンズ・アンド・ノーベルで本を読んで、それからバイオリンの練習をした。ちょっと淋しいかな。でも平気。明日はピッツバーグに住んでる長年の友だちのデイビッドと久しぶりに会ってヤンキースタジオに野球観に行きます」ってのと一緒に。

Ex- ガールフレンズのひとりと出掛けたりしなかったんだって、ちょっとほっとしたりした。明日もそういう女の子と出掛けるんじゃないんだって、これもほっとしてしまった。


ナターシャに噛まれたところ、傷跡が残りそうだけど平気。
ほっぺたの真ん中の細長い傷はカッコ悪いけど、目の下の四角い傷は、痣になったらチャームポイントにしよ。


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a little bit of everything - 2003年05月15日(木)

もう5月が半分過ぎたっていうのに、冬みたいに寒い。

火曜日にカダーと電話で喧嘩した。喧嘩とも言えないかもしれないけど。
カダーの言ったことが気に障って、それを言葉にしたらカダーの気分を損ねちゃった。カダーはそのまま電話を切った。前ならかけ直したけど、まあいいやと思った。まあいいやと思いながら、少しだけイヤな気分だった。

家の電話を切った途端に携帯が鳴った。
デイビッドだった。
「今日やり残したことふたつを寝る前に済ませようと思って、今やってるとこ」って。
「やり残したことって何?」
「ひとつは食器洗い。これで明日の朝の大惨事がひとつ減る」。水がザーザー流れる音が聞こえてる。
「もうひとつは何?」
「もうひとつはきみに電話すること」。

やり残したことふたつ、いっぺんにやってる。笑った。
イヤな気分が溶けてった。
「晩ごはん何食べた?」とか、そんな他愛ないおしゃべりして、木曜日に会う約束して切った。「カダーなんか」って思った。


今日のタンゴは楽しかった。
あの太ったおじさんが来てて、殆どずっと一緒に踊ってくれた。おじさんが持って来てた CD で。言われたとおりに目をつぶって踊ると、上手く踊れる。あのおじさんと踊るとものすごく上手になったような気分になる。CD はおじさんが好きな曲を集めて自分で作ったヤツだった。すごく素敵だったから、「あたしにもコピー作って」ってお願いしたら、終わってから持って来てたその CD くれた。

それからデイビッドと会って、今日はデイビッドんちの近くの映画館に映画を観に行った。
映画まで時間があったから、デイビッドんちのすぐ裏の公園に行く。大きな大きな岩が山みたいになってるとこがあって、よじ登る。ハイヒールじゃ登れないから裸足になる。てっぺんまで行ったら、「ここはときどき僕の朝食のテーブルになるんだ」ってデイビッドが言った。冷たい岩を裸足の足の裏に感じながら、いいなあそういうのって思った。

「Daddy Day Care」。可愛くて笑って面白くて笑った。笑った笑った。
映画館のカーペットがふかふかで、履き慣れない靴でタンゴ踊りまくって痛くなってた足が、痛くなく歩けた。「あなたんちまでこのカーペットが続いてたらいいのに」って、本気で言ってた。

「だけどなんであのシアター買えたの?」
「リースしたんだよ」
「それだってその前は出来なかったじゃない。ファンドレージング上手く行かなくってさ」
「映画だからさ。あれ、映画だから。きみ、おもしろいねえ」
「あたし、寒い」
「熱いお茶が飲みたい?」
「Yes, yes, yes. Please, Daddy」。

痛い足引きずってアパートに着いたら、ナターシャにキスしてハグして靴を脱いだ。
太ったおじさんがくれた CD を「かけていい?」って聞いたら「タンゴは嫌だよ」って言われた。「違うんだって。これはちょっと違うタンゴなの。ねえ、かけていい?」。裸足の足はが痛くないから、くるくる踊る。熱いミントティーを入れてくれたデイビッドが「それタンゴじゃないじゃん」って笑う。「タンゴじゃないよ。これサルサ」。

ミントティーはおいしかった。わたしが持ってたキャドバリーのフルーツアンドナッツのチョコレートを一緒に食べた。おじさんがくれたタンゴの CD、いいって言ってくれた。「いいでしょ?」「思ったよりずっといい」「「それだけ?」「すごく気に入った」。


帰るとき、ナターシャがちょっと拗ねてた。妬いたのかもしれないし、帰って欲しくなかったのかもしれない。名前を呼んでもこっちを見ようとしないから、無理に引き寄せてキスしたら、ワンッて吼えてほっぺた噛まれちゃった。びっくりした。痛かった。「だから何度も警告しただろ? きみが思ってるほどいい子じゃないんだから」。飛んで来てそう怒るように言いながらわたしの顔を両手でぐいっと上げて、「傷がふたつ出来てる。こことここ」って痛いところをそっと指で撫でた。それからそこにキスしてくれた。

「ごめんよ」
「ううん。あたしがいけなかったの」
「キスしすぎた?」
「うん」
「深い傷じゃないから。血が滲んでるけど流れてないし。1、2週間かかるかもしれないけど」
「うん」。

ヒリヒリしたけど、それよりも、ちょっとだけショックだった。


どんなことも、思い入れしすぎちゃいけない。
少しずつ。みんな少しずつ。
楽しいことも幸せも好きな気持ちも愛情も。
少しずつ、少しずつ、たくさんを少しずつ。

このあいだの日曜日、ブルースがピアに連れてってくれたとき、水の向こうのシティの明かりを見ながらそう言ったのはわたしじゃん。

「A little bit of everything. それが幸せのコツだと思う」。



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卒業式 - 2003年05月12日(月)

「今日、卒業式だったんだよ」って、ゆうべ遅くにカダーが電話をかけてきた。
忘れてた。11日っての知ってたのに、「Motherユs Day の日だね」って言ってたのに。「そうだった。忘れてた」って言ったら、「ひどいヤツ」っていつもの仕返しされちゃった。ほんとは、なぜかその日を火曜日だって思ってた。きっとなんかが火曜日だったんだろうな。なんだろ。まあいいか。

「嬉しい?」って聞いたら、相変わらず「まあ嬉しいかな」って嬉しそうに言わない。
わかってるけどさ。目の前にたくさん不安がぶらさがってるの。でもわたしは嬉しいよ、カダー。仕事しながらちゃんと2年でマスター終了して、ほんとにあなたってえらい。

でも、たくさんたくさんいろんなこと話してくれて、やっぱり嬉しかったんだろうな。


卒業式。
あれは5月の終わりで、しゃくなげと薔薇がいっぱい咲いてた。前日まで大雨だったのに、うそみたいにぽっかり晴れて、卒業式用に買った黒い半袖の夏のドレスが着られたのが嬉しかった。会場の手前で「じゃあ行ってくるね」って夫に手を振って、「卒業生の控え室」に入ったら、ボニーがばっさり髪を切って来てた。みんなでワイワイ騒ぎながら、ガウンにフードをピンで留めっこしたり博士の帽子を頭にヘアピンで留めっこした。長い列になって会場に入って行くとき、ちょっと緊張したっけ。

ひとりずつ名前を呼ばれてステージにあがって、証書をもらってからステージの真ん中で学長の前で少しかがんで頭をこつんとしてもらう。みんなそのあとはステージから手を振ったり投げキッスしたり踊りながら歩いたり、昔観たポリスアカデミーの映画の卒業式みたいだって思ってた。

わたしはステージの真ん中で、日本式のお辞儀をした。ずっと支えてくれた夫に感謝を込めて。

嬉しかった。あの街で、死ぬほど頑張って通った大学を卒業したあの日。

ここでのインターンの卒業式には誰もいなかった。でも、やっぱり嬉しかった。
あの人がアメリカに来てて、遠い反対側の街から、いつもよりずっと近い声の電話でおめでとうを言ってくれた。


カダーもひとりっきりだったんだね。
わたし、お母さんになって行ってあげればよかったね。
それどころか、忘れちゃってたりして。

カダー、卒業おめでとう。

仕事、ちゃんと見つかるからさ、ずっとここにいてよね。



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どんな人にも神さまがいるから - 2003年05月11日(日)

金曜日に、教会のブルースと食事に行った。ブルースはうちから歩いて10分ほどのとこに住んでて、もう半年以上もここに住んでるのにまだこの辺りをよく知らないわたしのために「あちこち連れてってあげるよ」って言ってくれてた。

食事をしながら、わたしはディーナのことを話した。全然知らない人で、突然呼び止められたことから話した。この前話したときには「友だち」って言って誤魔化してた。
ブルースは真剣な顔をして聞いてくれてて、わたしは「不思議でしょ? なんだかちょっと気持ち悪いでしょ?」って言い訳するみたいに言いながら。全部を話したわけじゃない。true love のこととか結婚のこととか、そういうのはバカにされそうで話せなかったけど、ブルースはいろんなことを質問してわたしはそれには正直に答えてた。

「信じてる? そのディーナのこと」
「わかんない。わかんないけど、何かあったら会いに行きたくなる。ディーナのことは、正直言ってほんとによくわかんない。だけど、神さまがあたしを助けてくれるためにディーナに会わせてくれたんだと思ってる。お祈りすることも神さまを信じることもディーナが教えてくれたから」。

それはほんとにそうだと思ってる。
「僕もほんとにそうだと思うよ」ってブルースは言った。


今日は、教会が終わってからアンナのところに行った。聖書のことがよくわかんないって言ってたわたしに、アンナは一緒にバイブルを読んでくれるって言った。ゴスペルの John のところを一緒に読んだ。ちっちゃい子どもみたいにたくさんたくさんアンナに質問して、少し解りかけて来た。ジーザス・クライストの意味が。

アンナは話してくれた。自分にも、何もかもが淋しくて辛くてどうしようもないときがあって、友だちをたくさん作って新しい恋をしてボーイフレンドとたくさん出掛けて、スポーツをたくさんして、一生懸命抜け出そうとしたけど満たされなかった。そして神さまに聞いたの。どうして自分は満たされないのか。どうしてこんなに淋しくて哀しいことばかりなのか。神さまの答えはね、満たしてくれるのはたったひとつ、神さまだけだってこと。神さまに全てを委ねたら、何もかもが変わった。それから、それまで習慣的なクリスチャンでしかなかった自分が本当の信仰を知ったの。


わたしには、自分が今信じようとしてるものが信仰なのかどうか、まだわからない。
ただ、いつか聞こえた天国にいるあの娘の声を今でもときどき思い出してる。
「ママの人生は幸せなんだよ。苦しいことがあったとしても、それはちっぽけなことなの。病気であんなに苦しかったことなんかなんでもないことだったんだって、あたしはとても幸せな人生を生きたんだって、今あたしが本当にそう思えるように」。

いつかカダーのルームメイトが言ってくれた「大したことじゃない」ってのもときどき思い出してる。

ディーナのおかげで神さまの手の中にいることの意味がわかった。神さまの手の中では、わたしの悲しみも苦しみもほんとにちっぽけなものなんだって思えるようになった。そして、確かなことは、神さまを信じてお祈りし続けて痛みが消えたこと。

わたしは弱虫だから、それでもまだちょっとしたことでダメダメになっちゃうけど、神さまを呼ぶといつも返事をしてくれて、優しく包んでくれて、抱き締めてくれて、そしてわたしは赤ちゃんのように安心して眠れる。


神さまは全ての人のことを見てくれてるんだって。
背を向けてればわからない。呼ばれなきゃ神さまも返事のしようがない。
だけどどんな人にも神さまがいるの。たったひとつの神さまがいるの。
たったひとつの神さまが、ひとりひとりのためにいるの。

そんなこと、信じられないと思う。信じたくもないかもしれない。
でもね、騙されたと思って神さまを呼んでみてごらんよ。
そしてお祈りしてみて。「わたしからこの痛みを取り除いてください」って。
一生懸命お祈りするの。きっと取り除いてくれると信じてお祈りするの。
神さまは待ってくれてるんだよ、それを。
それから、信じてみて。
まだ失っていないって。いつもそうだったように。
信じてみて。

大丈夫。絶対大丈夫だから。
神さまが助けてくれるから。

God bless you.




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いつもそばにいてくれなくても - 2003年05月08日(木)

今日もひとりでタンゴに行った。
くるくるターンするのを覚えたら、ターンしなくていいところでまで勝手にくるくる回って叱られる。太ったあのおじさんは今日も来なかった。あのおじさんならくるくるくるくる回してくれて楽しいのに。カップルで来てる人はみんなとっても上手で、早くあんなふうに踊れるようになりたいと思うけど、なかなか上達しない。

終わったら携帯に「まだ踊ってるの?」ってメッセージが入ってた。
昨日デイビッドが電話をくれた。「タンゴに行くならきみが終わってから会おうよ」って。
電話をしてデイビッドをチャイニーズレストランの前で拾って、それからリンカーン・プラザに映画を観に行く。「Nowhere in Africa」。

ポップコーンとチェリーのタルトを買って、晩ごはん食べてないわたしはにくるみとレーズンが入った7グレインバンを余分に買って、デイビッドは相変わらずお店の女の子やチケット切りのおじさんをからかって、「ごめんなさい。この人ホントに失礼なのよ」ってデイビッドのジャケットのそでを引っ張ってシアターに入った。

アフリカが舞台のドイツの映画で、英語のサブタイトルで観る。ナチを逃れてドイツからケニアの僻地のファームに移り住むジューイッシュの家族の話。ナチとジューズとドイツとイギリス。戦争。家族。愛。テーマが分散してどれもなんとなく中途半端な気がしたけど、そういう曖昧さがいいのかもしれない。アフリカの絵が綺麗だった。動物たちもアフリカの人たちもアフリカの言葉も美しかった。音楽が最高に素敵だった。サウンドトラックの CD が欲しくなった。

映画の感想はおんなじだった。「綺麗な映画だったね。音楽がよかった。スクリプトはイマイチだったけど」「うん。彼があのままひとりでドイツに帰った方が自然だったと思わない?」「そう思った。アフリカの言葉は美しいね。神さまの意味のあの単語が好きだなあ」「NG なんとかでしょ? わたしもすごく綺麗な響きだと思った」。

そんな話をしながら、もう1時を回ってる真夜中のシティを歩いて、それからわたしが運転してデイビッドのアパートに行く。デイビッドはいちいちわたしの運転に口出しして、「教習所の先生みたい」ってわたしは怒る。

デイビッドをアパートまで送ったら帰るつもりだったのに、ナターシャに会いたくて帰れない。ナターシャに持って来たクッキーを「これはフラックス・シードで出来たクッキーなんだよ。すごくヘルシーなの。こっちはたまごがたくさん入ったクッキー。黄色いでしょ? たまごの色なの。全部自然の材料で作ったクッキーなんだよ。おいしい?」って、ナターシャに話しながら食べさせる。デイビッドはスイカを切ってくれて、「これはスイカだよ。おいしい?」ってわたしの口に次から次から放り込む。

「ベリーダンス、やってみてよ」って言うから、「手はねえ、こういうふうにするの。それで腰をこういうふうにアップアップアップって振るの」ってちょっと得意になって踊って見せる。「何回行ったの?」「まだ一回だけだよ」「へえ。すごいじゃん。それでそこまで出来るようになったの? きみ、タンゴよりベリーダンスのほうが似合ってるよ」。似合ってるかどうかは別にして、ベリーダンスが楽しくて好き。嬉しくなる。

それから「アフリカの女の子の真似してよ」って変なこと言う。頭にかごを乗っける格好をしてお尻を振って、映画で観たみたいな女の子たちの真似して歩いたらデイビッドが大笑いした。

突然デイビッドがベーグル買いに行こうって言い出す。
夜中の3時。ちょうどベーグルが焼き上がる頃で、焼きたての NY イチのベーグルをきみに食べさせてあげるよって。デイビッドの車で行ってわたしとナターシャが車の中で待ってるあいだに、デイビッドは自分の分の袋と、わたしがリクエストしたセサミシードとシナモンレーズンが入ってる袋を持って戻って来た。

外はまだ寒くて、焼きたてベーグルの袋があったかい。
袋を開けて、セサミシードのを千切って一口ほおばる。外側がカリッとして、中は少し粘りが強いなって思ったけど、デイビッドが NY イチって言うならそういうことにしてあげようって思った。

わたしが車を停めてるとこまで行ってくれて、デイビッドはバイのキスをほっぺたにくれる。わたしはお返しにハグをあげる。それからナターシャに思いっきり抱きついて「I love you」と「またね」のキスをいっぱいした。

自分の車に乗って、窓を開けて腕を伸ばして、車を出しながら後ろのデイビッドの車に手を振る。ルームミラーに、デイビッドの車のテールランプが遠くなってった。

わたし、デイビッドと過ごす時間が好き。
とても好き。
いくつもの愛のひとつでも、愛なんかじゃなくても、なんでもいい。
いつもそばにいてくれる人じゃなくたって、一緒にいるときどきの時間が好き。


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アニバーサリー - 2003年05月07日(水)

夜中に電話したとき聞いてみた。
「今日何の日か知ってる?」
「会った日」
「違うよ。会った日じゃないよ」
「だから知り合った日」
「覚えてなかったでしょ」
「ちゃんと覚えてるよ。日にちは覚えてなかったけどさ、知り合ったのが今頃ってさ」。

あなたが7日でわたしが6日だったんだよ。
なんか去年もおんなじような会話したな。

3年経ったね。
あれからまだずっと会えないままだけどね。

5回目の記念日くらいには会えるかな。もう一度。


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ベリーダンシング - 2003年05月05日(月)

雨が降り出して寒いから、どうしようかなって思ってた。
朝の回診のある日だったから4時半には仕事が終わって、7時からのベリーダンスのクラスに時間がある。一旦うちに帰って、どうしようか迷ってた。

パンツに履き替えてヒールの低めの靴を履いてコートを着て、傘を持って出掛ける。
地下鉄の駅まで歩きながら、どうしようかなってまだ迷ってた。地下鉄に乗ったらやっと行く気になった。っていうより、なんでかわかんないけど「行かなきゃ」って思った。

いつものスタジオなのにちょっとドキドキした。
素敵な女の先生が、始まる前に声かけてくれた。ベリーダンスのクラスはレベル分けがなくて、わたしひとりがビギナーだったから。すっごく緊張しちゃって、わたしらしくもなく笑うことすら出来なかった。

フリンジの先にコインみたいのがいっぱいついてるスカーフを三角にして腰に巻く。腰を降るときにシャンシャン鳴らすためだって。持ってない人がわたしのほかに二人いて、先生が余分に2枚持ってて、当然わたしはあとのふたりに譲る。最初からそんなの巻いたところでサマになるわけない。

クラスは初めから音楽がかかって、先生の声に合わせながら先生について踊る。先生はビギナーのわたしの横について、踊りながら基本の動きを教えてくれた。基本からだんだんいろんなパターンに変わっていって、突然ついていけなくなる。当たり前。ひえ〜って思いながら必死で見よう見まねで踊ってみる。

難しかったー。
でもいきなり大好きになった。
ミドルイースタンの音楽は、マイナーなのにアップビートで明るくて不思議で素敵。
グリークとアラビックの区別もつかないけど、どっちでも大好き。グリーク・バーに踊りに行ったら、「これはグリーク?」「違う。アラビック」「あ、これアラビックだ」「違う。グリーク」って、マジェッドに聞いてはいつもハズレてた。

1時間ひたすら踊りっぱなしだった。最後の方にはなんとなくちょっとサマになってきて、でも自分で吹き出してしまうくらい不格好。みんなお尻も胸もおっきくて、おなかがかわいくポテッと出てて、こんなどこもぺっちゃんこなのなんかいない。ほんとにカダーの言うとおりだ。お尻がなけりゃ踊れないって。お尻だけじゃないよ。胸もおなかもだよ。

汗いっぱいかいた。全身使うダンスだから、エアロビクスしたみたいにものすごく気持ちよくなる。終わってから、全然出来なかったところを先生に教わる。ほかの生徒の人たちも、コツみたいのを教えてくれた。

ほんとに、ものすごく気持ちよくなって帰った。雨の降る、冷たい風の中を歩くのも気持ちよかった。上手になったらカダーに見せてあげたい。ううん、「こういうの習ったんだよ」って、今すぐでも見せてあげたい。絶対大笑いされちゃうけど。

いつか、カダーの国に連れてって欲しいなって思った。
ずっと前にもよく思ってた。カダーがカダーの国のことを、物語を聞かせてくれるみたいに話してくれてたとき。カダーが話してくれると、それは遠い遠い美しい天国のような気さえした。

カダーの国の言葉をまた聞きたくなった。
カダーの好きな詩をまたカダーに読んで聞かせて欲しい。

なんだろうな。なんだろうね、これ。
もう全然痛くないよ。あんなに哀しくて痛かったのにね。
カダー、会いたいな。


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so blessed - 2003年05月04日(日)

こんなに教会に行きたいって思ったことはなかった。
自転車レースのせいであちこちの道路が閉鎖されてて、少し遅れて教会に着く。
クワイアが始まっててみんなが立ってゴスペルを歌ってるから、遅れても目立たなくて済んだ。案内係の人に連れてかれた席にそのまま立って一緒に歌う。アニーの教会のゴスペル・クワイアの方が素敵だと思ってたけど、いつのまにかこの教会のゴスペルがとても好きになってる。口からティラランって花びらが飛び出すマウスウォッシュか歯磨きペーストかガムかなんかのコマーシャルみたいに、まるでみんなの口から歌と一緒に何かが溢れ出してる気がして、思わず天井を見上げたりしてた。

わたしの口からだけ何か汚れたものが飛び出してるような感じがしたけど、吐いちゃえ吐いちゃえ、わけのわからないこの変な気持ち吐いちゃえ、って一生懸命歌ってた。からだの中が空っぽになって、自分の口から出てった不安みたいな怯えみたいな灰色した煙が、みんなの声に紛れて消えてったのが見えたようだった。

Revelation の章の最後の方の節を、今日は聖書を食い入るように読みながら聞いてた。聖書のあとのお話を、身を乗り出して聞いてた。

死ぬときには何もかも失って死ぬ。この世のどんな幸せも愛も肉体の美も全部失う。どんな愛に巡り会ってどんなに幸せな結婚をしてどんなに素晴らしい子どもを育てても、全て一時的なものでしかない。人はそれらを失いながら、何もかもなくなった裸の姿で神さまの前に立つ日の準備をする。それが死ということ。たとえそれが残酷でも神さまはただその真実を教えてくれる。そんなお話だった。それが哀しいとか虚しいとかそういうことではなく、だからどうしなきゃいけないとかそういうことでもなく。

この世で生きていることが一時的なことだとすれば、百年か千年か二千年経ってもう一度出逢えて、それから永遠に永遠に愛し合える天使のことはやっぱり本当だったんだって思った。それから、あの娘が天国の永遠の幸せの中で今生きてることも。


ミサが終わってから今日は「シングルの会」があって、待ってるあいだにヴェロニカに会ってびっくりした。病院の Dr. ライリーのクリニックのクラーク。おしゃべりしてる間にヴェロニカが「結婚しなさいよ」なんて言うからそれもびっくりした。「あたしね、そういうこと誰かに言われたばっかりなの」って笑った。


夕方に帰って、お掃除をしようと思ってたのに、金曜日からの疲れが溜まってたせいか眠ってしまった。電話で目が覚めた。「Hi. How are you?」っていきなり聞こえて「元気よ。あなたは?」って自動的に返事してから、カダーって気がついた。

マスターの卒業試験にパスしたって言ってた。簡単にパスしたのかと思ってたら、24人のうち11人しかパスしなかったって。嬉しかった。カダーは別になんでもないみたいに言っててそれがカダーらしかったけど、わたしはものすごく嬉しかった。授業料がまだ払えないまんまで、だからお金を払うまで成績表も卒業証書も発行してもらえないらしい。だけどそんなことなんでもない。カダーは神さまの恵みを授かってる人なんだ。そう思う。いつか、「僕は神さまと仲のいい友だちだからね」って、お祈りもしないクリスチャンのくせしてそんなこと言ってたけど、カダーは神さまを愛してて、神さまに愛されてる。ほんとにそう思った。

「仕事もきっと見つかるよ。あたし心配してない。あなたは悪い人だけど、神さまに恵まれた人だから。You are blessed, so blessed.  あたし、あなたを誇りに思う」。
そう言ったらすごく幸せな気分になった。カダーは笑ってた。

水曜日にまだもう一つ最後の試験があって、それが終わったらまた電話するって言ってくれた。


もう、結婚したくないなんて思わない。結婚したいともしようとも思わない。
カダーとデイビッドを比べることもどちらか選ばなきゃいけないって思うことも、しない。しなくていい。

生きてることはちっぽけなことだから。それがどんなものだって、なんでもない。怖がる必要なんかない。でも怖くなったってかまわない。このちっぽけな人生を神さまの手の中で生きるだけ。全てを失くして裸になって、あの娘のいるところに導かれて、あの娘に会って、天使と永遠に永遠に結ばれる日まで。


デイビッドにメールを送った。
「電話もないしメールも来ないから心配してるの。生きてる? ナターシャは元気?」って。
「電話したよ。元気だよ」って短い返事が来た。


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早く教会に行きたい - 2003年05月03日(土)

朝、ディーナにもう一度会いに行く。会いに行くことになってた。
昨日の夜考えて考えて、それでもわけがわからないままディーナを頼るしかなかった。

なのにディーナと話してるうちにまた混乱して、とうとう泣き出してしまった。
どうして結婚しなくちゃいけないの?
神さまがあなたにそれを望んでいるから。
結婚なんか考えたくない。
結婚して家族を持つことがあなたを幸せにしてくれるのよ。あなたは今度こそ幸せな結婚をするの。
だって相手が誰だか自分でもわからないのに?
あなたのその混乱を神さまが取り除いてくれる。もしもその人があなたの心に入り込んだことが間違ってるのなら、神さまがそれを正してくれる。

ディーナはデイビッドのことをそう言って、わたしはカダーのことを聞いた。
神さまがすべて決めて答えてくれるからってディーナは言った。それから「私には答えがもうわかるような気がするけど」って。

結婚指輪を渡したことにはもう何も感じなかった。
このまま手放してももうかまわないとさえ思った。


用があってシティに行ったあと、前のアパートの近くのペットフードのお店に行った。チビたちの缶詰めのごはんとナターシャにあげる犬用のクッキーを先週買いに行って、そのままクッキーの袋を忘れて帰ってしまったから。電話をして土曜日に取りに行くって言ってあった。

シティで歩きながら食べたプレッツェルのせいで、喉がカラカラになる。
途中でドラッグストアに寄ってトロピカルフルーツのドリンクを買ってぐびぐび一気に全部飲んだら、ペットフードショップに行ったあとでお手洗いに行きたくてしょうがなくなった。すぐ近くに居るマジェッドに電話したらうちにいた。「お手洗い貸して」って頼んだら、笑いながら「いいよ、来なよ」って言ってくれた。

ジャックんちのふたりのバースデーパーティ以来だった。ドアを開けるなり「走れ走れ」ってマジェッドは言って、わたしはほんとにお手洗いに駆け込んだ。マジェッドはサンドイッチを作ってて、わたしの分も余分に作ってくれた。「例の人とデートしてるの?」ってマジェッドは聞いた。

ずっと前にデイビッドのことを話して、この前電話したときにも同じことを聞いてた。「ほんのときどきだけどね。好きにならないようにしてるの」って言ったら、「だったら・・・」って言ったあと「まあいいけど。きみがそれでいいなら」ってマジェッドは言ってた。「だったら会うなよ」って言いたかったんだと思う。

サンドイッチを食べながら「してる。まだほんのときどき。でも怖くなってきた」ってマジェッドの顔を見ないで答えた。「なんで?」って聞かれたけど、上手く答えられなかった。「好きになっちゃった途端にまたすぐバイバイされるみたいでさ」って誤魔化した。ディーナに言われたことなんか言えるわけない。

1時間ほどおしゃべりして帰った。いつものように、マジェッドに会ったら安心した。高速が渋滞してて言われた時間にうちに戻れなかったけど、帰ってすぐに言われたとおりにソルトバスに浸かる。そしてお祈りした。ただ混乱がなくなることをお祈りした。

早く明日になれって思った。教会に行きたい。早く教会に行きたい。



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結婚指輪 - 2003年05月02日(金)

デイビッドのことが心配で、そんな自分が怖くなる。
好きになってはいけないはずなのに、好きになったのかもしれないって。
あんなにナターシャと想いが通じ合うのは、ほんとにあの娘がナターシャの中に入ってわたしをナターシャに会わせてくれたんじゃないかって思いさえしてた。「きみが来るとナターシャは信じれないくらいハッピーになるんだよ」って、びっこの足を痛がって咳ばかりして苦しいナターシャを「ハッピーにしてくれてありがとう」ってデイビッドはいつも言う。デイビッドに出会ったのは、ナターシャに入ったあの娘に会うためじゃないかって、そんなことすら思ってた。

デイビッドはとても楽しい。カダーと違って、楽しいことをいっぱい一緒にしてくれる。いつもハッピーな人でパワフルでエナジェティックで、わたしにポジティブなパワーをたくさん分けてくれる。ナターシャがわたしに会うたびにハッピーになれるとすれば、わたしはデイビッドに会うたびにハッピーになれる。たくさん ex-ガールフレンドがいて今でも彼女たちと友だちなところを除けば、デイビッドとならきっと何の不安も感じないで愛し合える。セキュアな幸せが見える。

カダーの愛があんなに欲しかったはずなのに、true love を信じられないのはデイビッドのせいのような気がし始めてた。

ディーナに会いに行ったら、信じられないようなことを言われた。わたしは2年のうちに結婚する。それからディーナは突然結婚指輪のことを言い出した。わたしが今でもそれを持ってること。

わたしはまだ持ってる。それは左手の薬指にしか合わないから、ゴールドのチェーンにつけてネックレスにしてときどき使ってる。言い当てたのは自分なのに、ディーナは驚いてた。そしてそれを捨てるように言った。それを持っている限りこの次の結婚が上手く行かないって。

そんなことより、わたしが結婚するなんてことを、信じられないし認めたくなかった。

「神さまがあなたの幸せのためにそれを望んでるの。あなたは結婚して新しい家族と幸せになるの」。

なんで? 相手は誰? カダーが true love って言うなら、それはカダーなの? 
結婚はおろか、カダーと一緒に暮らすことなんて考えたことも望んだこともない。
もしももしもほんとに結婚することになってるのなら、デイビッドなら想像出来る。そんなこと考えちゃいけないのに。

ディーナにデイビッドへの気持ちを話してみる。
もしもわたしが本当にその人を好きになって愛し合えることを望んでいるなら、神さまがちゃんとそれを見てる。そして神さまが導いてくれる。神さまはわたしの幸せのためにわたしを守ってくれてるのだから、わたしの愛する人に恵みを授けてくれる。それが誰であっても、わたしの幸せな結婚のために。ディーナはそう言った。

「だって彼が true love じゃなかったの?」。わたしはカダーのことを聞いた。
「それはあなたが神さまに彼の愛をお祈りし続けたからで、あなたがほかの人の愛を望み始めたとしてもそれを神さまは咎めたりしない。神さまはあなたがほんとに望む人に true love を授けてくれるのだから」。

もう混乱して、わけがわからなくなった。

結婚なんて、望んでなかった。
結婚なんか、もう信じてない。
誰かがいつもそばにいてくれることを望んでるだけ。
セキュアな愛が欲しいだけ。

わたしは結婚指輪を捨てたくもなかった。幸せだったころの証。大切な思い出。
ディーナはそんなこと理解出来ないって言った。ダークネスに覆われたわたしの過去の証でしかないのにって。壊れてしまった過去の結婚を引きずってるだけじゃなくて、そうすることがわたしの将来の結婚まで壊してしまうって。

それでも捨てたくなかった。
そんなにわたしにとって大切なものなのなら返すことを約束するから、せめて教会の祭壇でクレンズしなくちゃいけないってディーナは言った。

それ以上抵抗出来なかった。
いつでもなんでも捨てられないで、ずるずる引きずってる。それはほんとのことだ。

言われたとおりにするしかなかった。

もうディーナに会いたくない。こんなのはイヤだ。
わたしの信じて来たものはいったい何?
そんな思いを必死で拭いながら。



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いくつもの愛 - 2003年05月01日(木)

いつかデイビッドが言ってた。
人は複数の相手を愛せるんだよ、それが問題なんだ。って。

そうかな。頭でなら複数の人を愛せるかもしれないけど、ハートで愛せるのはたったひとりなんじゃない? デイビッドの言ったことを否定したくて、わたしはなんとなくでまかせにそう言ったけど、人が複数の人を愛せるのはほんとのことなのかもしれない。

「頭じゃなくて心臓?」ってデイビッドは茶化して、
「違うよ。こういう形してて赤いヤツ」ってわたしは両手の人差し指と親指でハートの形を作って言った。

そう言いながら、あの人への愛とカダーへの愛を考えてた。

でも、もしもあの人がわたしのそばにいてくれる人間だったなら、わたしのこころとあの人のこころは鍵とロックみたいにカチャッとかかって、誰も入る隙なんかなかったに決まってる。

あの人は天使だから。天使への愛は特別だから。
天使のあの人がわたしを愛してくれてて人間のあの人が彼女を愛してるみたいに、わたしは天使のあの人を愛しててわたしは人間のカダーを愛してる。
わたしはカダーを愛してる?
だったらなんで true love の訪れるのが怖いんだろう。



ひとりでアルジェンティン・タンゴ・クラブに行った。
先週はいろんな人と勝手に踊ってたけど、今日は人が少なくて先生がまた基礎に戻って教えてくれた。姿勢とかバランスの取り方とかそういうの。難しかった。それからパートナーとの気持ちのコミュニケーションって。ダンスってアートなんだってのが初めてわかった。

行く前も行く途中も行ってからも終わってからも、デイビッドに電話したけど繋がらなかった。また心配してる。ナターシャのことも。

ナターシャが愛しい。まるであの娘が中に入ってるんじゃないかって思うくらい、あの娘のように愛しい。こんな不思議なこと今までなかった。ナターシャに会いたくて会いたくてしかたなかったけど、でもそれはデイビッドに会いたいことの言い訳みたいな気もちょっとしてる。



複数の相手を愛せるって言うデイビッドの複数の相手は、みんな人間なんだろうか。
こころで愛してる人はその中のたったひとりで、その人だけが人間で、あとはやっぱり天使だったり、妖精だったりベイビーだったりレイディーだったりラブリーだったりスウィーティーだったり。そういうことなんじゃないの? なんて。

それともデイビッドは、みんな愛してて誰も愛してないのかもしれない。
誰も愛したことないのかもしれない。こころがフルフル震えて苦しいほどには。


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