天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

なんで好きなんだろ - 2003年02月27日(木)

地下鉄を降りて外に出てから電話する。
約束の時間は20分も過ぎてた。
「今14th ストリートを六番街に向かって歩いてるとこ。もうそこにいるの?」
「いるよ。ビール飲んでる。ハンバーガーも注文した。おなか空きすぎて待てなかったから」。
それから道順を丁寧に教えてくれて、「走ってる?」って言う。
「走れないよ、あたしもおなか空きすぎて」って笑った。

交差点で信号待ってると、向こうの角のそのカフェの窓際の席からこっちを見てる人がいて、遠目だからわかんなかったけど、その人だろうなって思った。地下鉄に乗ってるときに気がついた。あんまり顔を覚えてなかったことに。だから、カフェに着いたらどうやって見つけようかと思ってた。

窓際で微笑んでるその人に手を振ってお店に入ると、その人は立ち上がって、それからテーブルに辿り着いたわたしに握手した。


わたしったら、最低。大笑い。
あの街の人じゃなかった。
ニューヨーク生まれのニューヨーク育ちだった。あのパーティにいたのは、あの街から来た友だちを通してそのソサイエティを知ったからだって。

ほんとにいいかげん。何が「あの街の人らしくてよさそうな人」だ。ほんと、人見る目ないじゃん。そんなことを人を判断する基準にしていいわけないか。「日本人だから」って言われるのが自分は嫌いなくせして。でもやっぱりちょっとだけがっかりした。

わたしはメニューに載ってない「今日のおすすめ」の中からチキンのお料理を注文して、先に運ばれて来たその人のハンバーガーを半分こしたあと、チキンのお料理もシェアした。チキンはとってもおいしかった。それから、ウエイターのおにいさんがまた「今日のおすすめ」のデザートを口頭で並べてくれたけど、今度はメニューに載ってる「あったかいバナナのタルト」をわたしが選んで、また半分こした。タルトっていうよりサクサクのちょっと厚めのパイ皮のシェルにつぶしたバナナが詰めてあって、それもおいしかった。

わたしたちのテーブルについたウエイターのおにいさんをわたしは絶対ミドルイースタンだって思って、その人は違うって言って確かめたら、やっぱりミドルイースタンだった。そして、カダーの国の人だった。

ときどきやっぱりコーニーで、それに「お席にご案内」係りのおねえさんをからかったりして、そういうのが好きじゃなかったけど、おしゃべりも一緒に食べるのも楽しかった。だけど、なんでかわかんないけど、楽しみ切れなかった。わたしはミドルイースタンのそのウエイターにしょっちゅう目をやってて、なんかすごくカダーに会いたくなってた。

一緒に地下鉄の駅まで歩いて帰るとき、その人は全然背も高くなくなかった。5フィート11インチありそうだった。なんでこのあいだは背が高くないって思ったんだろ。それに、ちっともグッドルッキングじゃなくもなかった。シャープなハンサムじゃないけど、キュートでチャーミングかもしれないと思った。誰かに似てるなって思いながら思い出せなかった。今でも思い出せない。そう言えばチキンの付け合わせに出てきた野菜の名前を思い出せなかったけど、今思い出した。リークだ。あの街でよくお料理に使ってた。

「楽しかったよ、ありがとう」ってその人は言ってくれたけど、なんとなくなんとなく、ダメな気がした。その人がじゃなくて、わたしが。面接を受けに行って、面接は上手く行ったのに終わった直後に「あーダメだろうな」ってなんとなく直感でわかるみたいな、そんな感じだった。なんかよけいなおしゃべりいっぱいしたような気がする。


地下鉄降りて、うちまで帰る道、カダーと会ったときのこととかカダーと話したこととか、そんなことばっか思い出してた。わたしはなんでカダーが好きなんだろ。この前ジェニーにまた聞かれた。「なんで好きなの?」って。理由を聞いてるんじゃなくて、咎めてるみたいに。「答えられないよ」って言ったり、「5フィート11インチだから」ってはぐらかしたりしてた。なんで好きなんだろ。なんで好きなんだろ。理由はわかってるけど、でもなんでだろ。

帰ってから、カダーの声が聞きたくなった。今日デートした人のこともウエイターのおにいさんのことも聞いて欲しくなった。もう夜中の1時で、かけられなくてよかった。



「ちょうどよかった。今新曲出来たとこ。聴く? 聴いてよ」ってあの人が言った。
すごく久しぶりだった、出来たての曲聴かせてもらえたの。スタッフがまわりにいるみたいで、誰かに「ちょっと聴いてもらっていい?」って聞いてた。「来年のグラミー賞の『楽曲賞』だね」って言った。

飛んで行きたい。
あの人の曲をそばで聴いていたい。
あの人がこんなに好きなのに。なんでだろ。


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ホールドバック - 2003年02月26日(水)

カダーはわたしの名前を呼んでから、なんか言った。
モゴモゴ言うから聞こえなくて聞き返したら、
「ん? いいよ。今度話すよ、このことは」って言う。
「何? 今話してよ。気になるじゃん」。

カダーはわたしにお金を借りなきゃいけないかもしれないって言った。
車の修理代は誰かにいくらか借りたらしい。だけど家賃が払えないって。

驚かなかった。
ただ、ああそうかって、ちょっと思った。
このあいだから電話をくれたり優しかったり。
だけどそんなことに気づいてないふりしてあげられる。
それに、言い出しにくかったんだろうなってわかる。
「ちゃんと返してくれるならいいよ」って言った。
カダーはわたしがこんなにギリギリの生活って知らないんだろうな。
余裕たっぷりの生活とは思ってないだろうけど。
でも少なくとも、カダーよりは持ってる。

お金なんか、ほんとにあとからどうにかなる。
だから、今はどうにもならないカダーに貸してあげたっていい。
そんなことはないとは思うけど、
たとえ失うことになってしまったとしても
それは失うべくして失うだけ。
そして代わりに手に入れるべき正しいものが見つかる。
そう教えてもらったばっかりじゃん。


今日ジェニーに話してみた。
またバカって言われるかなって思いながら、聞いて欲しかった。
「貸してあげなよ、貸してあげられる範囲なら。家賃くらいなら」って言ってくれた。

ジェニーは知ってる。
お金がなくておんなじように翌月の家賃も払えるかどうかわかんなかったときに、
わたしがどんなに怖がってたか。
「貸してあげるから、払えそうになかったらあたしに言いなよ」って言ってくれてた。
だからジェニーはわかってる。
カダーの怖い気持ちも、わたしの助けてあげたい気持ちも。

なんか心強くなった。って、それもヘンだけど。


「1パーセントつけて返すよ」なんて笑うから、
「たったそれだけなら、考えとくことにするよ」って言ったけど
ちゃんと貸してあげるって安心させてあげればよかったかな。




「きみのスケジュールは? 金曜日のランチはどうですか?」
って返事のメールが来た。
金曜日はお休みだから、わざわざランチのためだけに出掛けるのはやだなって思って、
明日仕事が終わってから晩ごはん食べに行くことにした。

身長は5フィート11インチどころか、5フィート6インチくらいしかなさそうで、髪が薄くて、グッドルッキングからはほど遠い。そう言ったらジェニーは驚いてた。ふたりでいつも、どのドクターがカッコイイとかキュートとか5フィート11以上はあるとか、そういうことばっか言ってるから。でも感じるものがなければ、誘われたって行かないでしょ?

ほのぼのとしてて、面白くて楽しくて、動物が大好きで犬を飼っててその子のこと話すとでれっとなって、なんといってもあの街の出身で、
こんな人とデートするならあの人も許してくれそうな、
こんな人と友だちになったらあの人も一緒に友だちになれそうな、
そういう人。

「グッドルッキングじゃないから、ちゃんとホールドバック出来そうだよ」って言ったら、「うん、うん」ってジェニーにすごい納得されちゃった。




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きみを抱きたい - 2003年02月24日(月)

土曜日の夜に出掛けたことを話した。初めて見た不思議なスモークのことも話した。やっぱりそれはアラビックのスモークだって言ってた。

「誰と行ったの?」
「友だち」
「男? 女?」
「なんでそんなこと聞くの?」
「ただ聞いてるだけ。男? 女の子?」
「両方」。

「男」って言えばいいのに、そんな嘘言えなかった。

「どういう友だち?」
「仕事で一緒の友だち」
「誰?」
「あなたは知らないよ。フランチェスカって名前で病院のソーシャルワーカーの子。一緒のフロアで仕事してるの。イタリア系のかわいい子だよ。すごくいい子なの」。

「両方」って言ったのに「男」のほうのことは何も言わなかったから、嘘ってバレたかもしれない。

「紹介してよ」
「なんでよ。ガールフレンドがいるくせに、なんで別の女の子紹介して欲しいのよ」
「ガールフレンドなんかいないよ」
「いるでしょ?」
「いないって」
「いるじゃん」
「誰が言ったの?」
「あなたが言った」
「もうずっと前だよ。今はいないよ」
「ずっと前っていつ?」
「ずっと前。ねえ、紹介してよ」
「いつかね」
「意地が悪いな」。
意地悪はどっちだよ。

「もっと話してよ。きみの話が聞きたい。ほかにどんなことあった?」。
「ほかには?」。

きみが話すのを聞くのが好きって言って、いつもわたしにおしゃべりさせたあの頃みたいだった。わたしはたくさんたくさん話した。それからカダーが言った。「きみを抱きたい」。「きみと寝たい」かな。どっちがお行儀いいんだろ。とにかくお行儀いい言い方だった。いつかみたいに「ファックしたい」じゃなくて。

「抱きたいだけ?」
「いけない?」
「そんなこと、恋人でもない女の子に言うのは残酷だよ」
「そうかな」
「抱きたいって思われるのはわたしは嬉しいけど、ほかのことは何も一緒にしたくないならわたしは嬉しくない」。

カダーがなんて言ったのか、覚えてない。
「でも平気だよ、もう。心配しないで。泣いたりしないから」。
そう言って笑った。

「きみが僕を大嫌いなのは知ってるよ」
このあいだは、きみは僕のことを大嫌いになんかなれないって自信たっぷりだったくせに。
「大嫌いじゃないよ」
「そう?」
「大嫌いなんかじゃないよ。たとえ好きじゃなかったとしても、あなたを大嫌いなんかじゃ絶対ない」。

「大嫌いだよ」って言えばいいのに、そんな嘘もう言いたくなかった。

「今したい」ってカダーが言った。
「ほかに誰も相手がいないから?」って笑った。
ちょっとのあいだはぐらかしてたけど、電話でくらい別にいいやって思った。
電話でヤルのとほんとにスルのと、どう違うのかよくわかんない気もしたけど。

一緒にイッた。
「一緒にイッたね。素敵」って、めちゃくちゃ明るく笑った。
ほんとに悲しくも虚しくもなかった。ただ、ちょっと素敵って思った以外、なんともなかった。




この間あの街の人たちのパーティで会って、地下鉄の駅まで一緒に帰った人からメールが来た。
「お会いできてよかったです。楽しかったね、トイザラスとか。どうしてますか?」
って。

わたしも帰り道のトイザラス、楽しかった。だからそのまま返事を送った。
「元気ですか? わたしもお会いできてよかったです」。
それから、「Hope we can get together again soon」って。

パーティのことって取ってくれても、ふたりでって取ってくれても、どっちでもいいと思った。






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アニーの教会 - 2003年02月23日(日)

朝の3半に帰って来て、10時半にアニーのオフィスのアニーの教会に向かった。
ずいぶん前からおいでって言われてて、やっと今日行けた。初めて行くサウス・ブロンクス。きっちり道に迷う。30分も遅れちゃって、そろっと扉を開けたら、もうびっくりした。

「シスターアクト2」の世界。
ゴスペル・クワイアのすごさに圧倒された。

わたしは宗教は信じてないけど、別れた夫がクリスチャンだったから、教会に行くことに全然抵抗はなかった。あの街に行ってからはクリスマス・ミサのほかは殆ど行かなかったけど。牧師さんのお話を聞くのが好きだった。だけどわかんないことがいっぱいで、でもしーんと静かなサービスのあいだはもちろん何も聞けなくて、帰り道でやっと、その日に読んだ聖書と牧師さんのお話のわかんなかった部分の意味を夫に聞いてた。

教会っていつも静かで厳かで、神聖さってそういうことだと思ってた。

なのにアニーの教会は、いきなり賑やかでプロみたいに上手なゴスペル・クワイアに驚かされた上に、牧師さんのお話もすごい迫力だった。とてもフレンドリーでインタラクティヴで、お話の間じゅう、来てる人たちの至る所から「エイメン」の声がしてた。

アニーは2階のキッチンでお昼ごはんの用意をしてて、「ひとりでそこにいなさいってアニーから伝言ですよ」って、白いスーツを着た、なんだろ、お世話係みたいな人のひとりに言われた。なんだか心細くてアニーに早く会いたかったけど、しかたなく一番後ろの席にぽつんと緊張して座ってた。白いスーツの女の人はとても優しくしてくれた。聖書を貸してくれて、ときどき様子を見てはにっこり笑ってくれた。


失くしたものは失くすべくして失った。だけど代わりに見つかるべくして見つかるものがちゃんとあって、それを見つけるチャンスを神さまが与えてくれてる。だから失くしたものに執着するのはやめなさい。手に入れるべき正しいものを見つけなきゃいけない。神さまの「ロスト・アンド・ファウンドの箱」に探しに行きなさい。そこで見つけた失くしたものを取り戻すのではなくて、ほんとに手に入れるべきものを見つけるために。そういうお話だった。

神さまの「ロスト・アンド・ファウンドの箱」は、どうやって探せばいいんだろ。わたしのわからないことって、そういうこと。別れた夫がいないから聞けない。バカバカしすぎるってわかってるから他の人には聞けない。

いつだったか、「ジーザスによって分け与えられた一切れのパンとグラス一杯のワインで、そこにいた空腹の人たちはみんなおなかいっぱいになりました」ってヤツを、「なるワケないじゃん。パンが増えたの? だから宗教って信じられないんだ」って言って、「そういうことじゃなくて、概念なんだよ」ってカダーに真面目に言われたっけ。


牧師さんはアニーのお兄さんだった。お話の一番最後に「後ろに座ってる子は初めてだね」って言って、わたしに立ち上がるように促した。いろいろ聞かれて、バカみたいにまた緊張した。白いスーツの女の人が牧師さんに向かって「あなたの妹のお友だちですよ」って言ったら、牧師さんは今度はわたしを教壇のところまで来るように言った。それから「きみはアニーの友だちなの? よく来てくれたね。アニーの友だちってことは、ここにいる人たちみんなの友だちだよ。今日はスピリチュアルになれましたか?」って握手してくれた。みんなが拍手して、「God bless you!」って声をかけてくれる。

子どもみたいだなって、恥ずかしかった。誰もみんな正装してるのに、わたしったらジーンズ履いてってて、それも恥ずかしかった。あの街の教会は、クリスマス・ミサ以外の普通のときはみんな普段着だったのに。緊張と恥ずかしいのばっかで、正直言ってスピリチュアルどころじゃなかった。だけどあのゴスペルには感動した。キーボードとパーカッションを演奏する人までいて、今まで行ったことある教会とまるで違った。


やっと2階に上がれて、キッチンでまだお料理してるアニーに会える。アニーの汚れたエプロンの胸に飛びついた。両手もお料理で汚れてるから抱き締めてもらえなかったけど、「来てくれて嬉しいよ」って喜んでくれた。それからわたしにトロピカルフルーツカクテルの大きな缶詰を開けるのを手伝わせながら、「アンタ、前に呼ばれて怖かった?」って笑った。全部聞こえてたんだ。当たり前か。「怖かったよう」って、また抱きついた。

みんなとごはんを食べてるあいだに緊張がとけてった。みんなあったかく迎えてくれて、あったかく送り出してくれた。「また来てくれるでしょ?」って言われて「はい」って笑って答えたけど、毎週は行かないと思う。でも、いつでも会いにいけるあったかい人たちと、いつでもそこにあるあったかい場所を見つけたと思った。



今日は年に一度の、うちで絶対テレビを観る日。
グラミー賞の発表。
オンエアと同時に録画する。あの人にビデオを送るため。

ノーラ・ジョーンズが8つも賞を取った。
ノーラ・ジョーンズは好きだし、「Donユt know why」はほんとに素敵な歌だと思う。インディア・アリーとダーティー・ヴェガスも嬉しかった。モーリスが死んじゃったビージーズが予想通り出てきて泣けちゃった。でも今年はちょっとつまんなかったかも。出演アーティストたちのパフォーマンスがイマイチだったな。

早くあの人に話してあげたい。



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not a big deal - 2003年02月22日(土)

今日もまたお昼まで寝てた。
目が覚めたのは、携帯が鳴ったから。ID 確かめる目も虚ろで、誰からかわかんないまま電話を取ったら。

カダーだった。

「何してた?」
「うわ。寝てたー。今何時? え? もう1時? オーマイガーッシュ」
カダーは笑う。「オーマイガーッシュ」って一緒になって言いながら。

外で雨の音が聞こえた。
「雨降ってるの?」
「うん、どしゃ降りだよ」。
そしてカダーはまた聞く。
「Howユs your adventure going?」。
アドベンチャーっての、自分でも気に入ってるのかな。
なんにもないよって言ったら、「先週は何してたの?」って聞く。
殆ど毎日電話で話してた頃はいつも聞いてくれてた。「今日は何してたの?」って。
いつからかわたしのことなんかまるで興味が無くなったみたいにそういうこと聞いてくれなくなってたのに。

ああ、そうだ、って思い出して、木曜日にあの街の人たちのパーティに行って来たことを話す。
いろんな人に会って来たの、楽しかった、って言ったら「Thatユs good! Good for you!」って嬉しそうに言ってくれた。知らない人たちの集まりに出掛けて行くわたしなんてカダーには多分初めてだし、わたしのソーシャルライフなんかカダーはまるで知らない。だから、話せたのが自分でも嬉しかった。わたしにだってそういうことはあるんだよ。いつもソーシャルライフが忙しいあなたに置いてきぼりにされてたけど。って。

先週も今週も週末に電話をくれるなんてどうしたのかなってやっぱりよくわかんないけど、今日もカダーは優しくて嬉しかった。でも会おうかとか遊びにおいでとかそういうのはなくて、夜になっても何も予定がなかったらまたかけてくるのかもしれないって思った。何もプランが見つかんなかったときのためのバックアップ。それでも会いたいって言ってくれるなら、会いに行こうってまた思ってた。このまま優しいカダーなら。


少ししてからフランチェスカから電話がかかる。
今日も友だちと飲みに出掛けるって言ってたのに、ひどい雨のせいで友だちはキャンセルしてきたって。「どうしよう? どうしたらいいかわかんない」ってフランチェスカは言う。ジョンにふられてから週末は毎週出掛けてた。空白になった週末を必死で塗りつぶすみたいに。どしゃ降りの中出掛けるのはわたしもやだなってちょっと思ったけど、そういうときのひとりの週末がどんなに淋しいかわたしには分かる。それに、もうそんなことはしたくないのにまたカダーの電話を待ちそうな自分もヤだった。

ふたりの家の中間にある病院で待ち合わせして、フランチェスカの車でシティに行くことにした。ジョンとよく行ってたお店に行きたいってフランチェスカが言った。ずっと「ジョンがね」「ジョンはね」って、フランチェスカはジョンのことばかり話してた。一緒に過ごした楽しかったときのことを話すと楽になれるのも、分かる。

アパーイーストでごはんを食べて、うんと下ってイーストビレッジの南の端っこにあるバーに行く。
フランチェスカはその辺りに住んでる友だちのジョシーを呼んだ。仲のいい男友だちだって言ってた。フランチェスカは弟みたいにからかってお兄ちゃんみたいに甘えてた。わたしのマジェッドとおんなじって思った。ジョンにふられたときも、毎日電話して泣きついたって言ってた。

スパニッシュの優しそうな人だった。LA の出身らしくて、だからかどうかわかんないけど、チャラチャラしたニューヨーカー風ではなかった。すごくお似合いだと思ったけど、フランチェスカがひとりのときにはジョシーにガールフレンドがいて、ジョシーがひとりになったときにはフランチェスカにボーイフレンドがいて、今はジェシーに新しいガールフレンドがいる。それにジョシーは大好きな友だちで、そういうのがいいの、ってフランチェスカは言った。

フランチェスカとわたしって、ほんとに似てる。そんなこと人に言ったら「どこが」って非難されそうだけど。


バーには、壺のようなランプのような容器から繋がってる綺麗なチューブを吸って煙りを吐く、アラビックのスモークがあった。カダーが話してくれたヤツだってすぐわかった。

携帯は鳴らなかった。
来週の週末また電話をくれたら、話そうと思った。

カダーの電話のこと話したら、「あなたのとこに戻って来るんじゃない?」ってフランチェスカは言った。

わたしはもう、よけいなことは望まないし自分の心配もしない。
すべては神さまの手の中にある。
わたしは神さまを信じて、それを受け入れるだけ。
泣いたって、大したことじゃない。

ルームメイトが言ってた「大したことじゃない」のほんとの意味が、今頃やっと分かってきた。




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ニューヨークの男たち - 2003年02月21日(金)

あの街の人たちはやっぱり違うなあって思った。
お行儀がよくて落ち着いてて、ソフィスティケイトっていってもいい。
ここの人に比べたら。
だから最初の1時間くらいはたいくつだった。
スモールトークってたいくつでめんどくさくって嫌い。
おまけに空きっ腹にワイン飲んだからものすっごく眠たくなってきちゃって、
ウィンドシルにひとりお行儀悪く座って、たいくつなスモールトーク繰り返してたいくつだなあって思ってた。

そのうちみんなが酔い始めておしゃべりが楽しくなってくる。
素敵な夫婦と知り合った。
旦那さんがあの街の出身で、奥さんはイタリア人。すごい美人でスタイルが良くて、プロのダンサーって聞いて納得した。だけど全然気取ってなくて人なつっこくておしゃべりで可愛くて。きりっとしてるのに柔らかで、きっと時々とんでもなく間が抜けてるんだろうなって感じがした。

結婚してても恋人同士でも、素敵なカップルだなって思うのはいつも女の人が素敵なとき。そして男の人がそういう彼女をものすごく愛してるってのがわかるとき。愛してるのをベタベタ示されると嘘っぽいって思っちゃうけど。男は女といるときには周りにイイ男に見えないほうがいいって、なんとなくそう思う。ふにゃっとしてるくらいなのがいい。

で、その旦那さんは、あの街の人らしくとても紳士なおじさんだったけど、あとからやって来た奥さんを「紹介するよ」って言ったときからふにゃっとなった。こんな素敵な女の人を射止めたんだから、この人も素敵なんだろうなあって思った。あの街の出身の人だしね。だってほんとに違うんだから。

お開きになってから、知り合った別のカップルとその友だちが食べに行こうって誘ってくれたけど、「明日仕事だから」って断った。彼らも素敵なカップルだった。友だちもあの街の人らしい素敵な人だった。

タイムズスクエアまで、ジョークばっか言ってるピエロみたいな男の人と一緒に帰る。途中の新しいトイザラスでちょっと遊んだりした。バーの前で「ここにも寄ってく?」って言われたけど「明日仕事だから」ってこれも断った。ジャックや Dr. スターラーみたいに殆どコーニーなジョークばっかで、ちょっとウンザリしながらもジャックや Dr. スターラーに返すみたいにジョーク返しておしゃべりしてたけど、でもやっぱりジャックや Dr. スターラーとは違う。思い込みかなあ。でもやっぱり違うと思う。

みんなもう長いことここに住んでるのに、ちゃんとまだあの街の人らしいのが嬉しかった。


車を置いてきた病院に地下鉄で戻って、そこから車で帰ったら12時過ぎてた。
留守電が入ってる。
「まだ帰ってないってことは、何かいいことあったのかなーっ。邪魔しちゃいけないから携帯にかけることは控えました。Hope youユre having fu~n. See you tomorro~w. バ〜イ」って。ジェニー。

「じゃあ行ってくるねー。明日おんなじ洋服着てきたらごめんねー」って病院出るとき言ってきた。みんなに「いい男見つけて来なよ」ってハッパかけられたから。


だから、今日仕事に行ったらジェニーもフィロミーナもウルサイウルサイ。まさかほんとにうちに帰らないとは思ってなかったと思うけど、なんにもあるわけないって。あの街の人たちはね、ここの男たちみたいにお行儀悪くないんだから。

ニューヨークの男たちは女の子を簡単につまみ食いしてはとっかえひっかえするのが得意なんだから気をつけなきゃ、ってハンサムドクターにふられたときにクラークのエドが言ってた。このあいだ、「あたしもそれ、昔からずっと聞かされてる」ってここで育ったジェニーも言ってた。

ここで暮らしてるってだけで、そういうことが簡単に出来ちゃうっていうの?
つまんない街。つまんない男たち。
あの街から来た人は、そういうバカにいつまでも染まらないでいて欲しいなって思う。


今日はジェニーは Dr. アスティアニとデート。
ペイジャーに秘密のコード作って病院の中で連絡取り合ってる。ジェニーったらガラにもなくナーバスになって、かわいい。Dr. アスティアニはそういう人じゃありませんように。





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少しずつがいい - 2003年02月19日(水)

仕事から帰って来たとき、昨日はうちのちょうど前にぽっかりスポットが空いててラッキーだったのに、今日はどこにも空いてるところが見つからない。ぐるぐるぐるぐる回って、1ブロック半向こうのおうちの前に、やっと雪をくり抜いたみたいな場所を見つけた。停めるのに苦労した。停めるのにも苦労したけど、車から降りるのにも苦労した。雪で出来た壁と車との隙間からなんとか這い出た。車もちっちゃくてよかったけど、わたしもちっちゃくてよかった。

大家さんの奥さんのシャーミンが「スポット見つかった?」って聞いてくれる。
見つかってなんとか停めたけど明日の朝出られるかどうかわかんないって言ったら、「入ったんだから出られるわよ」って笑う。そうかな。入ったけど出られないってこと、よくあるじゃんって思う。

もう雪はやんで気温も上がってきてるのに、おうちの中が寒い。ヒーターはがんがんに熱いのに、寒い。おうちの回りが雪で覆われてるから? 寒くて熱いお風呂に入った。もう体も洗って、髪も洗って乾かして、明日の朝シャワーしなくていいようにしようと思ったのに、あわあわだらけになって栓を抜いてシャワーを出したら熱いお湯が出なくなってた。

髪も洗えずに、あわあわのままの体をバスタオルで拭う。
明日の朝、やっぱりシャワーしなくちゃいけなくなった。
ちょっと早く起きてちゃんと髪を乾かしてから出掛けなくちゃ、車のとこまで歩く間にまた髪がパリパリになりそう。それがイヤで今週はちゃんとブロードライして仕事に行ってる。今までみたいに自然乾燥で毛先ピンピンはねた髪じゃないから、なんかきちんと見える自分の髪が嬉しいけど、朝のブロードライがもうめんどくさくなってる。
せめて明日一日は頑張んなきゃ。


明日は仕事のあとに、ちょっとした「social function」に参加する。
あの街の大学の卒業生のパーティ。
今までも何度かメールで案内が来てたけど、行ったことなかった。
なんとなく、なんとなく、なつかしいけど怖かった。

まるで反対側にうんと離れたあの街の、あの大学を卒業した人たちのうちの一体何人がこの街に今暮らしてるんだろ。毎年一万人以上が卒業してて、その中のほんのほんの一握りの人たちが今ここに住んでて、その人たちがみんな集まったとしても、その中にわたしの知ってる人なんかいるはずがない。多分一度だって見たことすらないかもしれない人たちだけど、でも、あの街に暮らしてあの大学に通ってた人たちってだけで、会うのが怖かった。

ずっとあの街に帰りたかったから。帰りたいけど帰っちゃだめだって思ってたから。
あの街がおなじようになつかしい人たちに出会ったら、もっと帰りたくなってしまいそうだったから。

初めて行きたいって思ったのは、これは神さまの合図かもしれない。なんてまたちょっと思ってる。

こんなに雪が大変だって、この街が前よりはずっと好きだし、もっと好きになりたい。
相変わらずあんまり冴えない生き方だけど、このままここで少しずつ幸せになってけばいい。
カダーのこともカダーのルームメイトのこともマジェッドのことも、なんだかめちゃくちゃだけど、みんなわたしにとっては、ヘンでもちょっと素敵な存在で、だから別な、とびっきりドラマティックな新しい出会いなんか待ってない。

少しだけ新しいことが見つかればいいなって、ただそう思うだけ。


フランチェスカは来週休暇を取って、LA の友だちんとこに遊びに行く。
またそのあとも休暇取るんだ、休暇取りまくって、もういろんなとこ行くんだ、って、すっかり明るくて元気になってる。3分の1くらいはカラ元気なのかもしれないけど、それでもやっぱり強いよ、フランチェスカ。

「 LA でばったり出会ったら、どうしてるのか聞いてくるね。あなたのことも元気でやってるって話してくるね」って笑ってた。ハンサムドクターのこと。「うん。電話番号聞いといてよ」ってわたしも笑う。ほんとにばったり出会ってくれたらいいな。そんなことあるわけないけどさ。

かわいいな。フランチェスカ。


わたしはいいんだ。ほんとに、少しずつで。
少しずつがいい。
少しずつじゃなくちゃ、息切れしちゃうから。わたしは。


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幸せなんだろうな - 2003年02月18日(火)

そんな簡単に行くわけなかった。
雪はゆうべも降り続いたらしくて、大家さんのフランクがきれいにしてくれたはずの車は、また完全に雪に埋もれてしまってた。地下鉄で行こうかとも思ったけど、取りあえず戻って2階の大家さんのおうちのドアを叩く。「なんだ。雪道運転するのが怖いの?」ってフランクは笑う。「そうじゃなくて、車が出せないよ。またすごい積もってるの。もう地下鉄で行くしかない?」。そう言ったけど、駅までの道を、あんな雪の上どうやって歩けばいいのかわからなかった。

フランクはパジャマの上にガウンをはおった格好のままで、ガレージから大きなショベルを持って来る。それからすっごい手際良さで雪かきして、車も道の真ん中まで出してくれたけど、あんな寒い中あんな格好で汗いっぱいかいて、風邪引いちゃったかもしれない。ごめんなさい。

雪の少ない大きな道路を走ればよかったのに、いつもの近道を行ったからそれがまた大変だった。ハンドルに必死でつかまって、関係ない左足にさえ力が入る。交差する道路の右側からトラックがやって来て、わたしの向かう方向にはストップサインがあるのに止まらない。止まらない。止まらない。あーあーあーあーってまっ青になってたら、トラックが気づいて止まってくれた。ドライバーのおじさんが「先に行きな」って手で合図してくれたけど、言われなくたって止まらないから行くしかなかった。怖かった。

携帯が鳴る。ID が「restricted」になってたから、病院からだってわかった。病院の電話はどの番号も ID が出ないことになってる。勤務時間がわたしより早いジェニーからだった。「今どこ?」「途中。運転してる」「平気?」「なんとか。怖いよお」「慌てずにおいで。気をつけて運転するんだよ」。

昨日、「明日どうやって仕事行こう?」なんて電話したから、ジェニーったら心配してくれた。

病院に着いたら、もう一日が終わったみたいにくたびれてた。ジェニーなんか1時間かかって自分で雪かきしたって。わたしは雪かきすら自分でしてないのに。


バレンタインズ・デーの前日に、ジェニーは Dr. アスティアニにランチデートに誘われた。それから今日、「なんでバレンタインズ・デーの日に電話くれなかったの? 待ってたのに」って言われたって。ジェニーは Dr. アスティアニのこと、ランチデートのとき以来気になってる。 Dr. アスティアニって、おとどしのクリスマスパーティで会ってからときどきわたしをデートに誘ってくれてた。だからジェニーはそれを気にしてたけど、「あたしにはもう興味ないよ、もうずっと前から」って言った。結局一度もデートしてないし、わたしはしてもいいなってちょっと思ってたけど実際一度だって電話もくれたことない。あれはただ、そんなつもりはなかったのに多分わたしが思わせぶりみたいなことしちゃっただけだから。

「クリスチャンなんだって」って、ジェニーったら嬉しそうに言ってた。でもママは反対するだろうなって。信仰が同じでもカルチャーが違うから。ジェニー自身は信仰さえ同じなら、どこの人だって自分は構わなくて、だけど結婚ってことになると絶対両親は同じカルチャーじゃなきゃ許してくれないらしい。

だからカルチャーの違う人を今まで考えられなかったジェニーがそれでも気になってるってことは、よっぽど感じるものがあったんだと思う。

ああ、マジェッド。それ。理屈じゃなくて、それなんだって。
どんなにマジェッドがいい人で、それをどんなにジェニーが知ったって、それでどんなにジェニーがもっとマジェッドを好きになったって、ジェニーはマジェッドを愛せない。

カダーがわたしに「きみを愛せない」って言った理由もそういうこと。
「愛っていうのは、何もかも受け入れられることなんだ」ってあの時カダーは言ってた。

カダーのそれはもういいんだけど、わたしはもういいんだけど、
ねえ、マジェッド。「move on」しようよ。あなたがいつもわたしにそう言ったんだよ。



運転してるあの人が言った。
今日は車の中だから、誰もいないから、いくらでも大好きが言えるよ、って。
今日はいくらでもキスもしてあげられるよ、って。
大きなライブが決まって、それが嬉しかったせいかな。
片手で運転しながら携帯握ってるあの人の笑顔が、いつもみたいにわたしの頭の右上に見える。あの人の仕事の成功はいつだっていつだってわたしも嬉しい。

はじめから、絶対に、絶対にどうにもならないってわかってた。
だから何もかも受け入れられるのかもしれない。
何もかも受け入れて、無条件で愛せるのかもしれない。
形のあるものも目に見えるものも、何も望めないってわかってるから。

そんな幸せ。切ないね。
だけど幸せなんだろうな。
わたし、幸せなんだろうな。あの人とのこと。



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タクシーの中でキスして - 2003年02月17日(月)

すごいよ、雪。
窓から乗り出して手を伸ばしたら、雪に届く。
カダーは「1メートルは積もるらしいよ」って言ってたけど、
どれくらい積もってるんだろ。
わかんない。70センチは積もってる?

素敵素敵。

明日どうやって仕事に行こうって思ってたけど、
大家さんのフランクが車と車の回りの雪かきをしてくれた。
雪かきしてお小遣い稼ぐ近所の子どもたちが、今日は誰も来なかったからって。

プレジデント・デーの休日。
雪がしんしん降るのを見ながら
一日ずっとうちの中にいた。

アイスクリームにラム酒をたくさんかけて、
ホットチョコレートにもラム酒をたくさん入れて、
うちの中でふわふわふわふわしてた。

こんなふわふわ、
雪の日に似合うね。
ホットチョコレートにラム酒も似合った。


あの人はタクシーで駅まで行って、
そこから今日突然入ったオーディションの仕事に急ぐ。
「明日はたくさん話せるから」って昨日言ったくせに、
タクシー待つ間に少し話せただけ。
嫌い嫌いって言ったら
「嫌いか。嫌いか。ほんとに嫌いか」って。
そんなこと言われたら会いたくなる。

電話越しにいっぱいキスしてくれた。
「タクシーの中でキスして」って言ったら
だめって言われた。

キスしてキスしてキスして。

雪がこんなに積もったから
特別に会いたいよ。

あの人の好きな雪。


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Everyday is so wonderful - 2003年02月16日(日)

今日も朝の8時半に電話が鳴る。ジャック。昨日のディムサムの埋め合わせを今日するって。
「まだおなかいっぱい。あたし今朝4時半に帰って来たの」「今朝? 4時半? え? 土曜日の朝?」。
わたしも寝ぼけてるけどジャックも相当寝ぼけてる。
「だから、今から4時間前にうちに帰って来たの。ディムサムじゃなくて晩ごはんにしようよ」「じゃあタイレストランにしよう。今からまだ寝るだろ? 夕方起きておなかすいたら電話して」。

夕方、シャワーを浴びて出掛ける用意してたら、カダーが電話をくれた。
「昨日ごめんね。電話取れなくて」「なんで取れなかったの?」「ただ気がつかなかったの」。ほんとにそうで、取らなかったわけじゃないのに、カダーは「そう」ってなんとなく気にしてるふうだった。かけ直さなかったのには理由があったけど。

「今日はこれからどうするの?」って聞く。
「晩ごはん食べに行くの」
「何時に出掛けるの?」
「もうそろそろ」
「そっか。で、誰? ・・・誰と行くの?」
「同僚」
「・・・そう。楽しんでおいで」。

うちにおいでって言いたかったのかな。行くよって言いたかったのかな。誰とごはん食べに行くのかなんで気にするの? わかんないけど、なんだか元気がなくて「大丈夫?」って聞いた。「大丈夫だよ」って、やっぱり元気がない。「ごはん食べたあとで電話しようか?」って言ったら「じゃあして」ってカダーは言った。


車に乗ったら雪が降り出した。ジャックんちに着いた頃にはものすごく吹雪いてた。
家の前から電話したら、今大変なことになってるからちょっとうちに入ってよ、って言う。裏の道もジャックんちの駐車場も、この間の雪がまだカチカチに凍ってた。すべって転びそうになりながら、「ほんとにもう。大変なことったってどうせ大したことないんだから」って思いながら雪まみれになって裏口から入る。

3階までの階段を登りながら、「大変って何? どうしたの?」って聞いたら、いつものパニック顔で「悪夢」って。ジャックはすぐにパニックになる。

ジップディスクラックが壊れて修理してたらよけいに壊して、ホールウェイの床のタイルが一枚壊れたから新しいタイルをはめようとしてそれを削ってたらそこら中埃だらけになって、掃除してたら地下の電球を蛍光の電球に変えることを思いついて変えたら明るくなって、だからコンピューターの横のランプも蛍光の電球に変えようとしたらソケットが上手く合わなくて、うだうだうだうだ・・・。ほんっと大したことじゃない。

「大雪だよ。早くごはん食べに行こうよ。おなかすいた」ってせかす。
ジャックを乗っけて目的のタイレストランに着いて、ごはんを食べながらからかった。
「なんであなたって何でもないことを全部大変にしては、そうやって人生をややこしくするのよ」。「シングルでいることが問題なんだよ」。それは違うと思うけどな。「フィアンセはいつ来るの?」。ジャックは遠い国にフィアンセがいる。もう3年も婚約したままで、法的な理由で彼女はまだここに来られない。「ちょっと考えてるんだ。僕がこんなふうににエキセントリックで、それを知ってる友だちは僕をハンドル出来るけど・・・」「あたしもそれを聞こうとしたの。彼女はあなたのことよく知ってるのって」「知らない」。 

「Everyday is so wonderful~♪」。
歌ったら、ジャックが言った。「僕にはとてもそうじゃないよ」。
あの歌はね、違うの。毎日は素晴らしいから明日には大丈夫。今日はこんなでも。って。


ジャックをうちまで送って、帰り道でショルダーに車を停めてカダーに電話した。
ショルダーにはもう雪はかなり積もっててちょっと怖かったけど。
「食事はどうだった?」って聞いてくれる。「タイ・フードに行ったの。おいしかったよ」って答える。ぽりぽり音がして「何か食べてるの?」って聞いたら、にんじん囓ってるって。「ウィスキー飲みながら」。うちにもウィスキーあるんだよって言おうとしてやめた。笑って話して楽しかった。

「すごい雪だよ。帰ったほうがいいよね?」
「うん。明日も一日雪だって。1メートルは積もるってさ」
「そんなに降るんだ」
「気をつけて運転しなよ。それから、帰ったらあったかくするんだよ、ね」。

カダーはとっても優しかった。
おいでって言ってくれたら行こうと思って、赤いニットのタンクとカーディガンのお気に入りのアンサンブルを着てってた。よく似た色の口紅つけて、髪も綺麗にブロードライした。ジャックのためじゃなくて。

でもいい。カダーは優しかった。それに、1メートルも雪が積もったら、帰りの運転が怖い。

切るときに「ありがとう」って言ってくれた。
どうしたんだろ。


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安心 - 2003年02月15日(土)

「二日酔い〜」って、朝8時半にジャックから電話。
そういうワケで、ジャックとのディムサムはキャンセル。
1時間遅らせて、ジェニーとふたりでチャイナタウンよりチャイニーズな町のディムサムに出掛ける。雪は降らなかったけど外はキンキン寒くて、アイススケートもパス。ジェニーが新しいリネンを買いたいって言うから IKEA に行くことにした。食後のコーヒーをスターバックスで飲みながら、マジェッドに電話する。買い物が終わってから、取りあえずマジェッドんちに一緒に行くことになった。

お掃除しなくていいよって言ったのに、バキュームしたてってすぐわかるくらいお部屋は綺麗だった。キッチンのシンクに山積みになった食器を除いて。ジェニーが来るのにお掃除しないわけがない。

あんなにたくさんディムサム食べたのに、IKEA でかわいい物たくさん見つけて、「結婚したらキッチンにこういうカウンターつけたいなあ」「あたしはもう一生こういうキッチンのあるおうちには住めないだろうなあ」とか言いながら3時間くらい歩き回って、おなかがすいた。

しばらくおしゃべりしてから近くのターキッシュ・レストランにマジェッドの車で行く。あの界隈が好きだ。カダーのルームメイトはたいくつって言うけど、カダーは好きだって言ってた。「ここが恋しい?」「恋しいよ。来たらほっとする。あなたはここが好き?」「好きだよ」って。

いつのまにかちょっと詳しくなった地中海料理。ターキッシュ・コーヒーとターキッシュ・ディライトでひとりだけデザートまで楽しんで、携帯をチェックしたら missed call が入ってた。「カダーだ」ってふたりに見せる。携帯鳴ったこと気がつかなかった。「メッセージも一件入ってるじゃん」ってジェニーに言われて聞いてみたら、あんまり遅いから電話してきたマジェッドのメッセージだった。「今気づいたの?」ってマジェッドが笑う。ジェニーがマジェッドに「カダーはガールフレンドがいるの?」って聞いてた。メッセージ聞いてたからマジェッドの返事を聞きそびれちゃった。

「プールに行く?」って、どうしてもプールがしたいらしいマジェッドが言ったけど、ジェニーはプール・バーはスモーキーだからイヤだって言った。マジェッドが行きたいそこは全然そういうんじゃなくて、音楽もいいし踊れるし、素敵なとこなんだって一生懸命言ってたけど、「ふたりで行って来なよ」ってジェニーは言う。わたしはちょっと行ってみたかったけど、ジェニーが行かないなら行くわけにいかない。

カダーにかけ直さなかった。
「アンタ、カダーに来て欲しいの? 欲しくないんでしょ?」ってジェニーが言った。
「カダーが来たいって言うならいいよ」って答えたら、「どうしてアンタはいつもいつも自分にそういう仕打ちをするわけ?」ってジェニーが怒る。そして、「ほんとにいつだっていつだって相手のことばっか考えるんだから。ちょっとはあたしみたいにセルフィッシュになってよ。ね、そう思わない?」って最後はマジェッドに向かって言う。「アンタみたいになんかなりたくないよ」ってまぜっかえして笑わせた。「セルフィッシュにならなくていいけどさ、カシコクならなきゃ」ってマジェッドに言われちゃった。

違うんだ。別にカダーのこと考えてそう言ったわけじゃない。カダーがわたしに会いたいなら嬉しいからわたしも会いたいし、カダーがわたしに会いたくないなら悲しいからわたしも会いたくないだけ。


マジェッドのアパートに戻って、それからジェニーは帰省してる高校時代の友だちに会うために帰ってった。マジェッドが駐車場までジェニーを送ってく。「あたしはどうしようかな」って言ったらマジェッドが「いなよ」って言うから、「じゃあしばらく戻って来なくていいよ。ここに男呼んでいい?」って、ジェニーにバイしてふたりを送り出した。ひとりで待ってるあいだに思いついて、キッチンに山積みになった食器を洗う。汚れた食器が山積みになってる理由は分かってる。右手が自由にならないで、食器洗いが簡単に出来るはずがない。ディッシュウォッシャーがあるんだから使いなよって言ったけど、それだって最初に手ですすぎ洗いしなくちゃ綺麗には取れない。

戻って来たマジェッドに聞く。「ジェニーと話したの?」。
「僕のことをもっと知って欲しいって言ったけど、『あたしたちの間に発展するもの何もはない』って言われた」ってマジェッドは言った。


HBO で「ハリーポッター」をやってた。「Harry Potter and the Sorcerer's Stone」。
全部観てから、HBO2 でやってた「Baby Boy」を観る。
ハリーポッターはわくわくのどきどきで楽しかったけど、Baby Boy は観るのにもっと力が入った。マジェッドと何もしゃべらずに、お手洗いも我慢して没頭した。

暴力的でスラングとダーティーランゲージだらけの映画。でもそれさえ体にすんなり溶け込むくらいにのめり込む。経済的にも社会的にも精神的にも、全てのことにインセキュアなブラックピープルの日常。子どものように無意識に安心を求めてる彼らと彼女たち。それがテーマかどうかわからないけど、わたしにはひしひしと伝わった。

カウチに隣り合わせに座りながら、何も話さなくても、隣りに誰かがいることにほっとしてた。
マジェッドの居心地良さは変わらない。一緒にいると自分がセキュアだと思う。多分わたしが求めているのも、そういうセキュアな精神状態だと思う。愛じゃなくて、決して愛に限らず、全てのことに。映画の中の彼らと違うとこは、わたしは意識して求めてるっていうこと。無意識に求めていたことに気がついているってこと。


映画が終わったら朝の3時過ぎになってた。「哀しいね」って言ったら、マジェッドは「全ての黒人がみんなおんなじではないだろうけどね」って言った。そう。そして多分「社会的」を除けば、似たような哀しみはどこにでもある。いいよって言ったけど、マジェッドは車のとこまで送ってくれた。氷のような冷たい空気の中で、ぎゅうっと両肩を覆うようにハグしてくれた。マジェッドの革のジャケットが冷たかったけど、甘えるみたいに抱きついた。大好きな友だち。居心地のいい安心。


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平気 - 2003年02月13日(木)

仕事から帰って来てすぐに電話する。朝かけてってあの人が言ったから。
「おはよ〜」ってヨレヨレの声で言うから「ハッピーバレンタインズ・デ〜!」って元気いっぱい言ったら、「酔った。気持ち悪い。チョコレートちょうだいー」なんて返って来た。ゆうべ一晩飲んだらしい。

昨日リカーショップでおもしろかったこととか、お酒買ったこととか話して、飲めもしやしないくせにって笑われて、男のために買ったんだろって言われちゃって、僕もそっちのリカーショップに行っておもしろい酒見つけたいなあって言うから「早くおいでよ」ってまたそこに辿りつく。一緒に行くお店のリストが増えるばっか。楽器やさん、CD やさん、おもちゃやさん、古着屋さん、革やさん、アクセサリーやさん、靴やさん、ハンバーガーやさん、あとなんだっけ。全部あの人の好きなもの。

飲めもしやしないくせにって、覚えてくれてる。会った最初の日の夜、「飲みに行く?」ってあの人が聞いて「飲んだらすぐ寝ちゃうよ、あたし」」って言ったら「じゃあヤメ。寝られたら困る」ってあの人が言った。朝まで一緒にいる約束だったから。

会える日待っても会った日思い出しても、もう悲しくない。泣かない。

あの人何度も「吐きそう」って言ってた。バレンタインズ・デーなのに「吐きそう」って言われてサイテー。そう言ったら、「好きだから許してー」って言う。

「ちゃんと言って」「「好きだよ」「も一回言って」「ほんとに好きだよ」。嬉しくて名前を呼んで言う。「大好きよ」。「僕も好きだよ」。あの人も名前を呼んでくれる。「大好きじゃないの?」「大好きだって」。

ああ幸せ。ちょっと酔いしれてたのに、突然「ヤバイ。吐いてくる」って、びっくりした。シャボン玉ぱちんって壊れちゃった。ほんとにそんなに吐きそうだったんだ。「大丈夫? 早く吐きに行って」。慌ててそう言って切る。ほんとにロマンティックから遠い人。でもいいか。たくさん話せた。よくないのか。あの人吐きそうなの我慢してたんだ。だけど切る前にちゃんとキスしてくれた。「喉まで来てる」って言いながら。

「明日はあたしのバレンタインデーだから、あなたから電話してね」って言ったけど、わかんない。今日はバレンタインのイベントが朝まであるって言ってたから。でもバレンタインズ・デーが二日続けてあるみたいで嬉しい。そんなの、わたしとあの人だけ。



今度の日曜日の日帰りスキーもキャンセルになっちゃった。バスのチケットが売り切れだって。誰も深い雪道運転したくないから、バスで行くことになってた。

スキーに行かないならジェニーは日曜日は教会に行きたい。だから土曜日にジャックとまたディムサムに行ったあと、このあいだ行かなかったアイススケートに行くことにする。マジェッドに電話した。スキーの代わりに誘った。週末は大雪だって言う。「雪ん中セントラル・パークでアイススケート?」ってマジェッドは言う。「そんなに降るの?」「1フィートは積もるらしいよ」「じゃあなんかオプション考えといてよ」「プールは? プールするならカダー連れてこうかな。イヤ?」「・・・。いいよ。カダーがいいっていうなら」「聞いてみるよ」「うん。あたしね、もうぜんっぜん平気になったんだ、カダーのこと」。

ちょっと嘘。
明日のバレンタインズ・デーの夜、「アイツらと出掛けるよ、多分」ってマジェッドは言った。
アイツらって、カダーとルームメイトのこと。
カダー、バレンタインいないんだ、ってほっとしてちょっと泣きそうになった。



「チョコレートちょうだいー」
「あげない。チョコレートは彼女がくれるでしょ?」
「会わないよ。今日はずっと仕事だもん」。
今日じゃなくても、くれるでしょ? いいんだ。平気。前よりずっと平気。
結婚の日が来るまでは、取りあえず平気。

「ラッキーマン」、もう半分以上読んだって言ってた。
わたしはまだ半分もいってない。頑張って追いつかなきゃ。


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お酒 - 2003年02月12日(水)

今日もお休み。
リンカーンズ・バースデーの休日。
夕方まで寝てた。最低。
あの人のリクエストの「8時半頃もう一回かけてみて」に応えて、朝6時半までそのまま起きてたのがいけない。それにしても寝過ぎ。

少し暗くなり始めた頃に慌てて起き出したのは、お兄ちゃんチビが「ごはん〜ごはん〜」ってみゃあみゃあ鳴くから。チビたちにごはんをやって、コーヒーを沸かして、シャワーを浴びる。一生懸命ブロードライしたらなかなか上手く出来て、もったいないから出掛けることにした。

前に住んでたところに、あてもなく車を走らせる。
友だちが来たときにビールとワイン買いに一回だけ一緒に入ったことのあるリカーショップの前に車を停めて、お店の中に入ってみた。あったあった。カナディアン・クラブ。それからブラック・ヴェルヴェットを探す。そんなふうに何かを探してリカーショップに入ったことがなかったから、なんかわくわくした。買うつもりはなかったけど、ブラック・ヴェルヴェットはなかった。お店の人に聞いたら「前は置いてたんだけどね」って言って、「これが似てるよ」って別のを教えてくれた。カナディアン・ミストって名前だった。

お酒のことなんかわかんないから、いろいろ聞いてみる。おもしろいくらい、いろいろ教えてくれる。「これは?」って聞いたジャマイカンのダーク・ラム。瓶が素敵だった。ダーク・ラムならこれがおいしいって教えてくれたのは、プエリトリカンの、もっと素敵な丸い瓶のヤツ。でも高かった。「僕が好きなのはこれだけどね」って取って見せてくれたのは、ダークでもなさそうな色のラムだった。「マーティニークのだよ」って言うから「マーティニークってどこ?」って聞いた。それもカリビアンだった。ラムってカリビアンのお酒なの? そんなことも知らない。それはよくお菓子に使ってたラムとおんなじ色で、ドライフルーツたっぷり入れたフルーツケーキが作りたくなった。

日本のお酒のところを見てみたら、月桂冠の小さな瓶と「月桂冠」って真ん中に縦に書いたネイビーブルーの徳利と、おんなじ色のお猪口がふたつ入った箱があって、「Kokyo Sake Set」って書いてあるのが可笑しかった。なんで普通にしないんだろ、月桂冠。「Kokyo」なんてローマ字で書いたって誰も意味わかんないじゃん。

梅酒を探したけど、なかった。前に住んでた街には、白い陶器にピンクの梅の絵が描いてある丸みのある背の低いかわいい瓶の梅酒があって、友だちんちのクリスマスパーティにもってったら「シェリーみたいでおいしい」ってみんなが喜んでくれた。

お店の人にそれも聞いてみたら、梅の実が入った大きな瓶のなら「前は置いてたんだけどね」だって。そればっか。でもそんなかわいくないの、いらない。

おもしろかった。リカーショップっておもしろいなあって初めて思った。
カナディアン・ミストとセイント・ジェイムスってマーティニークのラム、買っちゃった。
まっ白のコットンのパジャマがずっと欲しかったけど、それを諦めればいいやって思った。

ラムを買ったから、お菓子を作ろう。アイスクリームにかけるのもいいな。
誰か飲みに来てくれないかな。今度の土曜日ジャックが遊びに来るって行ってるから、一緒に飲もうかな。危ないからジェニーを一緒に誘うしかないな。
カダーは来てくれるはずないし、ルームメイトはうどん食べに来ないのかな。このあいだ、まだ「食べたい」って言ってたけど。マジェッドももうダメだしなあ・・・。

「お酒って、瓶開けてから長いこと置いとくとダメなの?」ってお店の人に聞いてみる。「全然平気だよ」って言った。

あの人と一緒に飲もう。全然平気ならいつになったっていい。
その頃にはもうちょっとコレクション増えていそう。お酒選ぶのが楽しいって覚えちゃったから。「コレクション」するものじゃないのか。でもあの人お酒好きだから。


うちに帰ったら留守電が入ってた。「帰って来たら電話して。バイバイ」って。
すぐにかけたけど、あの人取らなかった。いつかけてくれたのかもわからない。

さっきかけたらやっと出てくれて、これからまたすぐ仕事だから話せないって言われちゃった。「なんで携帯にかけてくれなかったの?」って言ったけど、携帯だと高くつくと思ってる。こっちの携帯はおんなじなのに。いつもそう言うのに、携帯にかけてくれたことない。だから、おんなじ値段って言ってるのに。

また拗ねちゃった。「キライ」「俺は好きだからね」「キライキライキライ」。笑い出してあの人がまた言う。「俺は好きだよ」。

あの人最近ときどき自分のこと「俺」って言う。
「僕」ってのが好きだったけど、「俺」もたまにはいいじゃんって思う。
あの人が使う言葉がみんな好き。

「いってらっしゃい」も言わずに、「キ・ラ・イー」って切った。
ごめんね。大好きだよ。

日本は明日、バレンタインズ・デーだね。
あの人とお酒飲みたいな。
なんかね、考えただけで酔ってきちゃうんだけど。


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アドベンチャー - 2003年02月11日(火)

日曜日の仕事の分のお休み。

カダーの車のことが気になってて、お昼に電話した。車は修理したって。お金もなんとかしたって。「なんとかってどうしたの?」って聞いたけど、「きみは心配なくていいよ」って言われちゃった。誰かに借りたのかな。それとも悪いことしたのかな。カダーならあり得る。でもよかった。犯罪じゃなかったらいいや。


突然思い立って、コンピューターのメインテナンスをする。
長いことやってないからやり方忘れて困った。

ジップディスクドライブが動かなくて、動かないのにディスク入れて出なくなっちゃった。焦って電話帳でアップルのテクニカルサポートサービスの番号調べて電話する。シリアルナンバーを聞かれたまま探して答えたら、保障期限が切れてるから49ドルかかるかもしれませんって言われた。「本体じゃなくてジップディスクドライブのこと聞きたいだけなんだけど。それでも49ドルかかるんですか?」って聞いたら、「かもしれないってだけです」なんて曖昧なこと言う。「じゃあいいです。お金払うのヤだから」って言った。そしたら「ちょっと待ってください」って言われて待ってたら、そのままテクニシャンに繋げられちゃった。

パワーケーブルをプラグインしてないだけだった。そんなこと今までしてたっけ? 「250以上のじゃなければ別に電源入れなきゃだめなんですよ」って言われた。わたしのは100。だった。それも知らなかった。言われた通りドライブの側面を探したら、ケーブル繋げるとこがあった。「パワーケーブル繋いで電源入れたら、動きますからね」だって。慌ててケーブル探したら、クローゼットの棚の「使ってないケーブル入れ」の袋の中に、あった。「zip」って書いてあるヤツ。「そんなことしたことない」とか言って、恥ずかしい。うそばっか。

49ドル請求来るのかな。来ないよね。来るのかな。まさかね。

メインテナンスかけて、ランドリーに行く。待ってる間に修理に出してた靴を取りに行く。乾燥機に移して、ドラッグストアにトイレのクリーナーとたばこを買いに行く。帰って来てお掃除をする。キッチンとバスルームの床も洗う。

メインテナンス終了。ハードディスクのフリースペースも綺麗になくなった。気持ちいい。


今週の週末マジェッドたちとスキーに行くことになってた。どうなってるのか聞いてよってジェニーに言われてたから、電話した。サムが都合悪くなったからキャンセルって言う。残念だけど、ジェニーの友だちの日帰りスキーに便乗するバックアップ・プランがあったから、ジェニーとそっちに決めた。マジェッドに「一緒に来る?」って言ってみたら「いいの?」だって。かわいい。かわいいから、もうふたりで遊んでくれないことちょっと許してあげる。


今日電話したときカダーが聞いてくれたこと思い出した。「Whatユs new in your adventure?」。
今気がついた。なんて素敵な言い方。別に深い意味なく言ったんだろうけど。
毎日がわたしのアドベンチャー。生きてることがアドベンチャー。そんなふうに思うのもいい。

起きたときはなんとなく、また胸の痛みが戻った気がしてた。
でも今は平気。
あの人の声を聞いて、今日の終わりを素敵にする。


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どうしてもカシコクなれない - 2003年02月09日(日)

フランチェスカがふられちゃった。
わたしがハンサムドクターとデートしてた頃にフランチェスカもボーイフレンドが出来て、
わたしがドクターにふられた頃にフランチェスカもまたふられた。
わたしがカダーと出会ったあとにフランチェスカは B3 のドクターとつき合い始めてて、
カダーがわたしと会ってくれなくなった頃に B3 のドクターもフランチェスカと会うのをやめた。

ふたりしてなんでこんなにおんなじ運命なんだろって思ってたけど、それからフランチェスカは別のドクターに誘われて、あんまりタイプじゃないって言ってたくせにだんだん好きになってった。「あたし、ジョンのこと多分今愛してる」って毎日のようにデートしてたのに、突然「きみと僕は生まれた世界も信仰も違うから」ってジョンが言った。だけどそれから3週間くらいでよりを戻して、クリスマスもニューイヤーズ・イヴもふたりで過ごして幸せそうだった。フランチェスカが病気になったときはうちまで行って両親にも会ってたし、アップステイトのジョンのおじさんちにふたりで泊まりに行ったりもしてた。ほんとに幸せそうだった。ほんとに、ほんとに幸せそうで、わたしはフランチェスカのために嬉しかった。すごく嬉しかった。なのに。

またフランチェスカは突然言われた。「きみのことが大好きだけど、僕はきみを愛してない。愛せない」。

おんなじ言葉。まるで「未練を残させながら女と切る方法」のマニュアル本がトレンドになってて、そこに書かれた通りのセリフを言ってるみたいに。

先週の週末じゅうフランチェスカは泣き通したって言ってた。「仕事に来ることが嬉しいって初めて思った」って、月曜日に辛そうに笑ってた。「もう会わないの? 一緒に出掛けたりもしないの? 友だちでもないの?」。そう聞いたら「もうこれ以上傷つきたくない」ってフランチェスカは言った。

わたしは出来なかった。今でも出来ない。まだ友だちになれるって信じてて、困ったときには助けてあげたいとか苦しいときには支えてあげたいとか、バカなこと思ってる。電話したくて出来ないのが辛くて、でも電話したらしたでやっぱり辛い。うちにいるといつもいつも同じこと考えてて、そこから抜け出せない。仕事だけが気を紛らせてくれる。一緒なのに、一緒だったのに、でも「もういいんだ」って言い切るフランチェスカはわたしよりずっと強くて賢い。


昨日わたしはマジェッドに電話した。ちょっと前に、アパートのビルの郵便受けの上に前の住所に送られたわたし宛のメールを見つけたから取ってある、ってマジェッドが電話をくれてた。昨日仕事が終わってから、取りに行こうと思って病院の駐車場から電話した。マジェッドは「ジェニーを誘ってプールしに行こうよ」って言った。ジェニーは帰ったあとだったから、マジェッドに言われた通りにうちに帰って電話して聞いてみたけど、ジェニーは「行きたくない」って言った。

「アンタ行っておいでよ。行きたいでしょ?」
「マジェッドはあたしとはもう遊んでくれないもん。ふたりっきりじゃ」
「ほんとにそうならひどいヤツ。でもあたし行かないよ。アンタは行きたいなら、マジェッドに行きたいそぶり見せないで上手く連れてってもらいなよ」。
出来ないんだってば、そういうこと。

「ジェニー行きたくないってさ」って言ったら、マジェッドは淋しそうに「そうか」って言った。すごく可哀相になったから、「仕事で疲れてるだけだよ」って言ってあげた。「きみもうちにいるの?」ってマジェッドは聞いた。「うん、あたしも疲れた。明日も仕事だしね」って答えた。

ちゃんと上手く出来たか報告しなってジェニーが言ってたから、そのまま「報告」したら、「よくやった!  Good girl!」って誉められちゃった。でも、マジェッドが「メールだけ取りにおいで」って言ってくれなかったのがちょっと淋しかった。自分から「メールだけ取りに行くよ」って、そう言ったらまた勘違いされそうで言えなかったのも淋しかった。どうやったら誤解を解けるんだろ。


予定通りにヨガを始めた。
えらい。ちゃんとやった。

牛の顔のポーズとねじりのポーズと猫のポーズとお月さまのポーズ。
初めにちゃんと瞑想もした。
気持ちよかった。

それからラッキーマンも読み始めた。
マイケル・J・フォックスが、最初に PD のシンプトンを経験したところから始まる。ある朝左手の小指が突然痙攣して止まらない。
マジェッドの恐怖が重なった。
違う病気だけど、似た病気。
「診断されてからの10年、人生で最高の年月だった。僕は自分をラッキーマンだと思える」。

全部読んだらマジェッドに貸してあげたい。読んで欲しい。
大きなお世話なんだろうか、それも。勘違いされちゃうんだろか、また。

わたしはどうしてもどうしてもカシコクなれない。


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明日から - 2003年02月07日(金)

雪。
こんなに積もるなんて知らなかった。
知ってたら、昨日カーウォッシュに行かなかったのに。

いつものようににぎりぎりに起きたから、いつもと同じに髪を乾かす時間もなくて、
パンプスを袋に放り込んで手に持ってぺちゃんこブーツを慌てて履いて、
雪がまだ降り続く中、濡れた髪のまま車のウィンドシールドに積もった雪を落とす。
ルーフの雪は無視。
埋もれたタイヤのまわりをなんとか足と手でかき散らす。30分かかった。
でも歩道側に積もった雪のせいで、運転席側のドアが開かない。まっ白になって助手席側から乗り込んだら、車の中もまっ白になった。
濡れたままだった髪がパリパリに凍ってた。
タイヤが雪に取られて出られなかったらどうしようって心配したけど、
ギリギリギリギリ音を立てながらちゃんと車は脱出してくれた。

30分遅刻。こういうときにも「ハンディ」はくれない。
だけど今日はこっそりオフィスに忍び込んで、見つかんなかった。


難しい難しい患者さんがいて、処方を決めるだけで担当のドクターと2時間くらい話し合う。話し合ってるうちに自分の主張がふとアヤシクなって、チーフにペイジして確かめたりもした。障害のある機能の鑑定結果のリポートを読んでも、なんでなんで? なんでそういうことになるの? って疑問ばっかり。担当ドクターも「全然わかんない。こんなの初めて」って頭を抱えてる。もうひと種類血液検査をオーダーしてくれるようにドクターにお願いして、取りあえず新しい処方を決めた。いいドクターでよかった。こういう難しいケースで「きみの方が専門なんだから、任せるよ」って言われると不安になる。

午前中は殆どその患者さんにかかりっきりで、午後からは新しいインターンを教える割り当てが入ってて、1時間オーバータイム。だけど頑張ったから少しだけ気持ちいい。金曜日だっていうだけで頭は自動的に週末仕様に切り替わりそうになる。今週末は仕事なのに。


Palm PDA を無理矢理持って帰らされる。入ってる専門のメディカルソフトをひとりずつ2日間試用することになってる。忙しい週末に慣れないこんなもの使ったら、返って時間がかかっちゃう。自分で電卓でチマチマ計算したり検査数値判断する方がおもしろいのになあって思う。ひとりひとつずつくれるって言うなら話は別だけど。

帰ったら、このあいだ注文した「ラッキーマン」と Reflexology の本が届いてた。インターネットで買うと定価より安い上に税金もかからない。上手く買えば送料もタダになる。でもそういうの覚えてしまったらちょっとやだなって、自分でやっときながら思ってしまう。本は本屋さんで選ぶのがいい。選んだのをそのまま抱えて持って帰るのがいい。


あの人はもう買ったのかな、ラッキーマン。
明日から読もう。今度電話するときあの人に話そう。「読んでるよ」って。


昔やってたヨガを、今日からまた始めようと昨日思ってた。
ほんとは昨日から始めようと思ったけど、今日に延ばした。
でも今、明日からにしようって思ってる。そんなんばっか。


これからあの街のナースの彼女に電話する。
それから今日はもう寝よう。

今日はちょっと疲れすぎちゃった。


昨日と今日の、ちょっとだけ悲しかったことは、ここにも書かずに忘れることにする。
明日から、また少しだけ新しくなってみる。


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いつも進行形 - 2003年02月06日(木)

カーウォッシュに行った。
靴を修理に持ってった。

土曜日に出勤の分の代休。
しなくちゃ行けなかったことのふたつはやった。

そのままふらふらと運転して、アウトレットのデパートに行ってみる。
山のように洋服抱えて試着室にこもって、薄いブルーの総シャーリングのタンクトップ一枚だけ買っちゃった。また気温が下がって雪が降ってるっていうのに。新しいパジャマが欲しいと思ってたのに、気に入ったローラ・アシュレーのがちょっと高くてやめた。

うちに帰って、どっと疲れて眠ってしまう。
別れた夫の夢を見た。
楽しかったあの頃の再現フィルムだった。
目が覚めたら夫の悲しそうな顔と辛そうな顔と淋しい顔が次から次からフラッシュした。
あの頃に戻りたいって、ちょっとだけ思ってしまった。絶対思っちゃいけないことなのに。夢にあの娘は出て来なかった。だからだろうか。あの娘に会いたいと思うけど、「あの娘のいた時間」に戻りたいとは思わない。あの娘が出て来なかったから、戻りたいなんて思ったんだろうか。

昨日、前に住んでた街の友だちから「7月に結婚します」ってメールが届いた。

それから、あの街で知り合った日本人の女の子からもメールが来てた。

彼女は日本で長いことナースをやってて、あの街には英語を勉強しに来てたと思う。
なんで知り合ったのか忘れちゃったけど、わたしが働いてた病院のボランティアを紹介してあげたりした。わたしはナースじゃないけどおんなじ医療関係の職業だったから、こっちの医療システムのこととか仕事のこととかよく聞かれて仲良くなった。

疾患の名前とか症状の表し方とか体のシステムとか、そういうのの英語を覚えたいって言うから、教えてあげたりもしてた。彼女はわたしの仕事にいつも驚いてて、それは日本にはない職業でドクターの仕事だからなんだけど、ドクターだってそんなに知らないって「尊敬」してくれてた。こっちでは専門が細分化されてるってだけなんだけど。だからっていうわけじゃない。わたしだって死ぬほど頑張って勉強したのに、別にたいして何もしないで「いいなあ」なんて妬む日本人の語学留学生とはつき合いたくなかったけど、彼女は頑張りやさんだから応援してた。わたしがここに来る少し前に、ビザが切れて日本に帰ってった。

その彼女があの街に戻って、こっちのナースの資格を目指してる。
何も改善されない日本の医療に嫌気がさして、ここでナースをしたいって言ってた。
経験が長いし、スキル的には全く問題なしだけど、英語がまだまだ問題ならしい。
「いつまでたってもちゃんと話せない。挫けそうで悲しくて悔しくて、とうとう今日爆発してしまいました。声が聞きたい。話したい。会いたいです」って、メールに書いてた。

頑張る人はみんな好き。
苦しいのは痛いほど分かるけど、頑張ってればちゃんと報われる。
進行形でいることが大事なんだよ。

メールを返す代わりに電話をしようと思ってたのに、かけなかった。

結婚が決まったケンディにも「おめでとう」のメールを送らなかった。


カダーの生き方が好きって、突然思った。
あの人とカダーの生き方は違う。全然違う。
だけど、一番根底にあるものは一緒。
いつもいつも進行形。

別れた夫はどうしてるんだろ。
悲しい顔して生きないで欲しい。
病気に負けずに生きてて欲しい。
立ち止まるほどに歩みがスローダウンしたとしても、いつも前に歩いていて欲しい。


夢を見たのは、ケンディのメールのせいか、日本人のナースの彼女のメールのせいか、あの街のあの頃の風景が蘇ったからだと思う。


明日は、ナースの彼女に電話しよう。


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ただ助けてあげたいだけ - 2003年02月03日(月)

昨日、ニーラムのおうちから帰る途中でカダーに電話しちゃった。
近くだったし、なんかお酒飲んで気持ちよくって、かけちゃった。
カダーは電話を取らなかった。

でも全然平気だった。真夜中の高速はガラガラに空いてて、空いてるのと酔ってるのとで「気持ちいいー」ってビュンビュン飛ばしてたら20分でうちに着いた。

2時頃に携帯が鳴る。
「電話してくれた?」
「したよ。取ってくれなかったじゃん」
「うん」
「誰かといたの?」
「いや、そういうわけじゃなくて。今帰って来たから」
もうどっちだって、何だっていいんだけどさ。

カダーの車、とうとうトランスミッションがイカレちゃったらしい。
修理屋さんに見積もり出してもらったら、修理代が買った値段より高くかかるって。
もう捨てちゃって違う車買いなよって言ったけど、別の中古車買うお金もない。
カダーはお金がない。こんなにここにいるつもりはなかったのに自分の国に帰れなくなって、お金が底をついてもここにいるしかなくなった。大学院の授業料は法外に高くて、でも学校を続けてなきゃここにはいられない。外国人だからスチューデントローンも借りられない。仕事はしてるけど家賃と授業料と生活費を払って余裕が出来るほどじゃない。

アメリカはなんだって出来る国、自由な国、って人はよく言うけど、違う。
違法なことをしない限り、誰ひとり頼る家族も親戚もいないお金のない外国人が、自分の力でたったひとりで生きるのは大変だ。何も自由にならない。カダーは、どうにもならなくなったら自分の国に帰ればいいって、そういうわけにすらいかない。

そのうえ、こんな大都会でだってシティに住んでいなけりゃ車は必需品なのに、いろんな制約を抱えながら人よりまだ自由になれないカダーから車を取っちゃったら、ほんとに自由のかけらもなくなってしまう。大げさじゃなくて。


「お金貸してあげるよ」って言っちゃった。
わたしのインターン生活もカダーと似たようなものだった。仕事始めてからだってずっと。
今のわたしに人にお金を貸すほど余裕が出来たわけじゃない。だけど、カダーの不安とか怖さがわかるから、なんとか助けてあげたいと思った。少しならなんとかなる。仕事がなくなる心配も今はしなくていいし。お金なんか、あとからなんとかなる。

カダーは当然「いいよ。心配するなよ」って言った。
友だちからお金を借りるなんて一番したくないって知ってる。
「あたしのこと、家族のふりしてよ。そしたら少しは気兼ねせずに借りられるじゃない?」
「家族なら返さないよ」ってカダーは笑った。
知ってる。絶対「yes」って言わない。
だけどどうするの? なんとかなるの?

「分かってるよ、あたしからお金借りるなんてことしたくないって。でも、もしもなんにも方法が見つからなくて、どうしようもなかったら最後の手段にして」。


今日ジェニーに話しちゃった。それから「あたし貸してあげるって言っちゃったよ」って言った。
あまりにもお人好しすぎるって呆れられた。「アンタ、どこに人に貸すお金があるのよ? 自分がホームレスになるじゃん」って。
うん。でもカダーは自分から貸してって言わないよ。

だから。
だから、貸してあげるかもしれないけど。わたしから。
わかんないけど。カダーはちゃんと別な方法見つけるかもしれないけど。

危ないのかな。
また危ないことやっちゃいそうなのかな。
間違った選択だと思わないんだけど、違うの?
ただ助けてあげたいだけ。

わたしのことならなんとかなるって、なんかそう自信持って思うんだけど、
それって神さまのオーケーサインじゃないの?


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ブラック・ベルベット - 2003年02月02日(日)

昨日もおとといも細かい雨が降ってたけど、今日はものすごくいいお天気だった。
今日ならアイススケート日和なのにって思った。

チビたちの缶詰ごはんが少なくなってきたから、前のアパートの近所に買いに行く。
行く前にニーラムに電話してみる。2週間インターンしに来てたニーラムが、わたしの前のアパートの近くに住んでることを思い出した。「遊びに行っていい?」って聞いたら「おいでおいで」って言ってくれた。

週に一度は車を飛ばして行きたくなる場所。
なんにもいいことなんかないって泣いてばっかりいたのに、今はすべてがなつかしい。

ニーラムのおうちには、ラブラドールとシェパードのミックスの犬がいた。
犬は犬の好きな人間を一目でわかる。スーティはいきなりわたしに飛びついて、人間の子どもみたいに立ってわたしの腰に抱きついて離れない。しゃがんで「Hi、スーティー」って抱き締めてあげる。音を立てながら顔じゅうぺろぺろぺろぺろ舐められて、ハアハアハアハア息を荒げながら肩やら頭に飛びつかれる。

また図々しく晩ごはんをごちそうになった。でも、14歳の男の子と11歳の女の子のいるおうちで「ここんちの子」になりすませるほど図々しくはなかった。わたしの中のフィードバック・システムはそこまで狂ってないらしい。その代わり、スーティのお姉さんになりすましてた。

晩ごはんの前に、ニーラムのだんなさんがお酒をすすめる。
カボードに並んだ瓶の中に、カナディアン・クラブを見つけた。飲めないくせに、これがいいなんて言う。「カナディアン・クラブが好きなら、こっちを試してごらん」って、ニーラムのだんなさんは素敵な筒に入った瓶を取り出す。やっぱりカナダのだった。瓶が気に入った。名前が気に入った。水の混ざったウィスキーはその匂いだけで気持ち悪くなるから、氷を入れてもらわずに少しずつ少しずつ舐めるみたいに飲む。香りが気に入った。飲めないくせに、これおいしいーなんて言ってる。

そしてまた「バカ」がわたしを触発した。
これあげたい。バレンタインズ・デーをちょっとはずして持ってこうかな。
ハーブティーにどぼどぼ入れてもらって一緒に飲みたい。
今度はコーヒーがいいかな。
ブラック・ベルベットなんて、素敵な名前じゃん。


帰ってからあの人に電話する。
女の子が仕事場に突然現れてぼうっと立ってることはここ何日かなくなったけど、夜中にひっきりなしに電話をかけてくるのは続いてるらしい。「ねえ、治るのかな、そういうの。もう自分がノイローゼになりそうなのはちょっと治まったけどさ。疲れたよ。寝る時間がない」。電話の内容がわけわかんなくても、相手にしてあげなきゃいけないんだろうなとわたしも思う。「抱っこしてあげたい」って思わず言った。「休み取って行きたいよ、ほんとに」。それから「嘘ってまたきみは言うんだろうけどさ」って言い足した。

「ううん。言わないよ。あたし、もう信じてるの。絶対来てくれるって」
「うん、行くよ」
「ねえ、あなたが来てくれたらね」
「何?」
「・・・。いろんなとこ連れてってあげるねって言おうと思ったけど、まだいろいろは知らないんだった」
「勉強しといてよ」
「うん。まだ時間いっぱいあるもんね」。意地悪で言ったんじゃない。会いたいけど待てる。

「大丈夫だよ。あなたが一生懸命その人のためにしてあげてるんだから。だから大丈夫。えらいよ。普通出来ないよ」
「えらかないよ」
「でも、ほんとに大丈夫だから。あたしお祈りしてるから」
「ありがと」
「信じてないでしょ。神さまがちゃんと導いてくれてるんだよ、正しい方向に。神さまがそうあたしに言ってくれたの。もうすぐ全部大丈夫になるって」
「うん」
「信じてないでしょ」
「うん。なんでわかった?」
「そんなの誰も信じないじゃん。でもいいよ。あなたは大丈夫ってだけ信じてて」
「うん、わかった」
「楽しいことだけ考えて、ね?」。それから「あたし今日いい子でしょ?」って自分で言ってゲラゲラ笑った。
「悪い子に戻らないでよ」
「さあ、わかんない。たまにしかいい子になれないもん。昔はもっといい子だったのにね」
「昔はもっといい子だったよな」。あの人が今度はゲラゲラ笑った。

ずっと困らせてばっかの悪い子だったじゃん、昔から。
でもね、ブラック・ベルベットなんかじゃとうてい語れない。あなたへの想いは。



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似た人 - 2003年02月01日(土)

お昼過ぎにジェニーから電話がかかってくる。
「Whatユs up?」「今起きたとこ」「あたしもー」。

窓の外を見たら空は思いっきりグルーミーで、アイススケートはパスにした。

昨日、ジェニーの従兄弟と思ってた人をうちまで車で送ってあげた。
従兄弟じゃなくて、ジェニーのママの友だちの息子だった。どっちでもいいんだけど。

「ジェフリーはどうだった?」ってジェニーが聞く。どうって、別にどうもない。
いい人だと思ったし、話してて楽しいよ。それだけ。電話番号聞かれたけど、教えなかった。アイススケートのことならジェニーに電話してって言った。

「アンタひどい」
「なんでよ?」
「だってジェフリーはアンタに電話したかったんだよ」。

そんなこと言って、マジェッドに電話番号もメールアドレスも家の住所も聞かれるままに教えて、困っちゃってるのは自分じゃん。第一ジェフリーは、ほんとにアイススケートのプランのために番号聞いただけかもしれないじゃん。

「ジェフリーは楽しいよ。趣味が多いし、アウトドアはなんでも来いだし、一緒に出掛けるには最高だよ。お金持ってるしさ。深刻に考えないでハングアウトすればいいじゃん」「あのね、あたしデートに誘われたわけじゃないの」。ジェニーはそれで突然自分が言ったことを笑う。「 そうだっけ。女はいつも先のことを想定して準備するからさ。男は今日言った約束を明日には忘れるのにね」。

ほんとにそのとおりだ。
いいことも悪いことも、勝手に先回りして先回りして考えて、楽しみに待ってたり心配したり。男はそのときのことしか頭にないのに。自分のこと以外は。


アイススケートが没になったから、何しようか困る。
マジェッドに電話して「踊りに行こうよー」って誘ってみたら、ゆうべ遅くまで遊んだから今夜は何もしたくないって言われちゃった。あれから絶対避けてる。ジェニーとくっついて欲しくないとか、マジェッドのこと好きだとか、わたしの言ったこと絶対そんなふうに取ってる。悲しくなって、ジェニーに電話した。

「マジェッド、まるでカダーじゃん。おんなじ人種じゃん。なんで突然そんなに冷たく出来るんだよ、友だちなのに。もうマジェッド誘うのちょっとの間やめな。そしたら向こうからまた誘ってくれるよ」「オーケー・・・」「アンタね、いつも『オーケー』って言って、ちっともオーケーじゃないじゃんか」。

ああ、これもほんとにそのとおり。


そのままうちにいるのはヤだから、髪を切りに行くことにした。夏から切ってない。
前に住んでたところで通ってた美容院に電話したら、今日はフランクはもう予約が詰まってるって言われた。夏に行った近くの美容院は気に入らなかったから、その近くで最近見つけたところに行ってみようかなって思う。予約しないで行ってみた。

初めて行く美容院はすごく不安で緊張する。
おしゃれな店構えで、お店の人はグリークっぽく見えてたけど、ひとりだけいた女の子を一目でターキッシュだってわかった。ターキッシュの女の子は世界で一番きれいで魅力的だと思う。女の子が髪を洗ってくれて、スタイリストのお兄さんが髪を切ってくれるオジサンの反対側に立って、わたしの希望をスタイリストのお兄さんが髪を触りながらアドバイスしてくれて、それを髪を切ってくれるオジサンに伝える。オジサンは英語があんまり上手くないみたい。ブロークンに近い英語でわたしに話して、お兄さんとは違う言葉でしゃべってた。

ふたりを観察してて、グリークじゃなさそうだなって思ったけど、言葉がターキッシュかどうかわかんなかった。ミドルイースタンには間違いないって思った。だけどカダーの国の言葉じゃなかった。

ブロードライするのにまた違う男の人がやって来た。
カダーにちょっと似てた。目はカダーのほうがずっと綺麗で、鼻の形はまるで違ったけど、くちびるがよく似てた。でもさすがに髪型がめちゃくちゃ素敵だった。カダーもこういうのにしたらいいのになって思った。

「どこの国の出身なの?」って思い切って聞いたら「ターキー」って言った。
「やっぱりね。ミドルイースタンだと思った」「アクセントで?」「ううん」「顔?」「そう」。「へえ」って言ってその人は自分の顔を撫でて笑った。

カットが上手なせいかブロードライが上手なせいか、すっごい素敵な髪になった。
誰にも見せられないなんてもったいないと思った。明日の朝髪を洗えば、自分でこんなにはブロードライ出来っこない。

「素敵でしょ? あなたに似た人がしてくれたの」って、見せに行ければいいのに。

ジェニーに言ったら叱られるに決まってるけど、わたしはまだほんとの友だちになれる日を信じてる。


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