天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

神さまの話 - 2002年11月30日(土)

ゆうべは朝の5時まで起きてて、目が覚めたらお昼の2時だった。
ディーナに昨日会えなかったから今日会えるかなと思って電話したけど、いなかった。
それからカダーに電話してみた。会いたいと思ったわけじゃなかった。
カダーはうちにいて電話を取ってくれて、「これから来る?」って言った。

お財布を昨日病院に忘れて帰ったことに気がついて、取りに寄る。
病院の周辺の道がすごく混んでて、カダーのところに着いたのは約束の時間より1時間あとだった。

カダーは夜にシティに行くって言ってた。
たくさん時間はなかったけど、それでもよかった。
カダーはやっぱりわたしを抱いて、ついてたテレビをなんとなく一緒に見ながらオレンジを食べて、カダーはオレンジの皮の剥き方をわたしに教えて、わたしがやって見せたオレンジの切り方をカダーは嫌いだって言った。シアツ・マッサージをしてよって言うからしてあげたら、カダーは「今日は手抜きしてるだろ」って怒って、わたしは「ホントだ。手抜きしてる」って思いながら笑った。ずっと前に日本の食料品のお店でカダーにあげようと買ったサヤエンドウのチップスを持ってってて、カダーはそれをおいしくないって言いながら食べる。おいしくなけりゃ食べなくていいよってわたしが怒って取り上げたら「腹が減ってるから食べる」ってカダーは取り返す。

恋人みたいでもなんでもなくて、ロマンティックでもなんでもなくて、でもわたしが信じてる「友だち」に近づいたと思えたわけでもなくて、戻ったわけでもないみたいで、なんだかよくわからなかったけどただそうやって胸に痛みを感じないで過ごしてた。

カダーには相変わらずたくさん電話がかかって来た。そのうちのいくつかは女の子で、その中のひとりはきっと特別な女の子なんだろうなってわかった。わたしによく言ってたみたいに、「心配するなよ、ちゃんとあとでかけるから」って優しい声で言ってたから。それが少しだけ淋しかったけど、淋しくない、淋しいはずない、って自分に言い聞かせてた。


「神さまを信じてる?」って聞いたら「神さまは信じてるよ」ってカダーは言った。
クリスチャンだけど敬虔なクリスチャンってわけじゃなくて教会には行かない不真面目な信者って前に言ってた。

「もし人が間違ったことを選んじゃったら、神さまはどうやってそれを教えてくれるの?」
「さあ。僕は間違ったことしたことないからね」
「もし人が悪いことしたら、神さまはどうするの? 修正してくれるの?」
「僕は彼とは友だちだから。許してくれるだろうなあ。でも悪いことしたことないからな」。
全然お話にならない。それからジョーク言い合って笑いながら神さまのことをいろいろ話して、カダーが聞いた。

「きみは神さまを信じてるの?」
「あたし、人の心とか感情とか向かう方向とかそういうのを全て支配してる大きな力を信じてるって前に言ったでしょ? 神さまは信じてなかった。でも『それが神さまなんだよ』って教えてくれた人がいて、それからそれを神さまだと思って信じることに決めたの」
「誰が教えてくれたの?」
「あなたの知らない人よ。あたし、宗教は信じない。あれは人が創ったものでしょ? だから宗教を巡って人がいがみ合ったり、戦争まで起こしたりするじゃない? そんなのおかしいよ。どんな宗教を信じてたって、神さまはただひとつ存在するだけのはずなのに。違う? あたしは宗教じゃなくて、神さまっていうそのたったひとつの力を信じてるの」。

わたしが「神さま」なんて言い出すから半分からかってるみたいだったカダーが、ものすごく真剣な顔して聞いてくれた。

そしてわたしはカダーに話した。
「あなたは笑うかもしれないけど」。きっと笑わないと思ってそう言った。
わたしの信じてた大きな大きな力を神さまと呼ぶことにしてから、毎日お祈りしてること。そしたら、いつもいつも心の底にあった痛みが消えたこと。わたしが幸せになれる正しい方向があって、そこに向かうように神さまが導いてくれてると信じてること。ときどきまだ痛みが戻って来るけど前と比べたらそれはなんでもないってこと。

「笑わないよ。信じられるよ。いつからお祈りしてるの?」
「最近。2週間くらい前からかな」。

カダーはほんとに全然笑ったりしないで、わたしの目をじっと見つめてた。

「あなたのこともお祈りしてるんだよ。あなたのことは前からお祈りしてた。でもね、それは自分の勝手なお祈りのしかたで、多分間違ってた。今はね、神さまが導いてくれると信じてお祈りしてるの」。

カダーは肩にわたしを抱き寄せて、それからきつく抱き締めてくれた。
一番話したいことはほかにあった。でもそれはまだ話せなかった。いつかまたここに来られて、そのときに話せる。そう思った。そう信じられた。


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何かが確かに違ってきてる - 2002年11月28日(木)

仕事が終わってから、ジェニーがおうちに招待してくれる。
ジェニーんちは最近引っ越した。はじめて行った新しいおうちは、大きくてかわいいオレンジの煉瓦のおうちだった。親戚の人たちがサンクスギビングのディナーに集まる。おじいちゃんが膵臓癌って診断されて、ここんとこ親戚中がテンスな状態だってジェニーは言ってた。そんなとこに招待してもらって平気なのかなって心配だったけど、ジェニーのママは「ほんとに久しぶりだね。来てくれて嬉しい」って、変わらない笑顔で抱き締めて迎えてくれた。

大勢の食事の用意をお手伝いする。ナイフを手にしたわたしを、ジェニーのお父さんが心配そうに見てる。「あたしのこと、15くらいの女の子だと思ってるでしょ。それより10は年取ってて、お料理の経験は豊富なんだから」って、日本人の包丁さばきを披露してあげる。それ聞いてたジェニーの従兄弟は、ほんとにわたしが25だと思ってる。やった。

トントントントントンってナイフを素早く滑らせながら、人参の細切り。この「トントントントントン」は日本人の文化の誇りなんだよ。絶対ここじゃあ驚異と尊敬のまなざしを勝ち取れる。それだけで「お料理上手」のタイトルがもらえてしまう。

わたしはまたジェニーんちの娘になりすまして、たくさんお料理してたくさん食べてたくさんくつろいだ。

「また来てね。いつでも来て。ほんとにいつでも来てくれていいのよ」ってジェニーのママがまた抱き締めてほっぺたにキスして送り出してくれる。いつもと違うふうに嬉しかった。うちに帰ったのは夜中の1時。


あの人に約束の電話をかける。
ゆうべ夜中に電話をくれたときは「まだ普通に話が出来ない」って沈んでた。
今日は昨日より少しだけ元気になってた。そしてたくさん話をした。

「会いに行くよ」って言ってくれた。
会いに行ったらそこでしばらく過ごして、それからいつも仕事で行くとこに一緒に行こうよ、って言ってくれた。春に自分で始めた新しい仕事は順調だけど大変で、でも上手く行ってるからもう少し頑張れば時間に余裕が出来るからって言ってくれた。「また嘘だって言うんだろ。絶対行くから。だって僕は行きたいんだから。絶対会えるから。会いに行くから」って言ってくれた。「会えるよ」って何度も言ってくれた。

「今度電話するときまでに、もうちょっと元気になっとくよ」って言ってた。

自分で命を絶った人はどうして天国に行けないっていうんだろ。
わたしはどんな人もみんな天国に行くって信じてる。
天国は、どんな人も幸せになれるとこ。
この世でどんなことをしようとも。
だけどそれは言わなかった。わかんないけどなんとなく、あの人をよけいに悲しませるような気がしたから。


携帯のバッテリーが切れてることに、仕事が終わってから気がついた。
充電したら、メッセージがふたつ入ってた。

ひとつはカダーのルームメイト。
「I wish you happy thanksgiving, and hope you are okay」って。

もうひとつはディーナ。
やっぱり「I wish you happy thanksgiving」って。それから「これ聞いたら電話してね」って。バッテリー切れてたから聞けなかったしかけられなかった。


明日、会いに行く。
ドアを開けて、階段をのぼって、
わたしはもうどんなことも受け入れられる。

何かが少しずつ変わってる。
わたしの中で変わってるのか、わたしのまわりで変わってるのか、それはまだよくわからないけど。
でも、何かが確かに違ってきてる。


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for tomorrow - 2002年11月27日(水)

Dr. チェンがお昼に誘ってくれて、ヴィエトナミーズ・レストランに行った。
日本の話いっぱい聞かせてくれて、笑った笑った。
おなか抱えて笑った。
見かけがまるで日本人の日本語話せない外国人が体験しそうなこと、全部そのままやって来たって感じ。

京都のお寺で、ふたつ離れた石を片方からもうひとつまで目をつぶって歩いて真っ直ぐ辿り着けなかったら「現在の恋は長く続かない」ってのをやってみたら、全然まっすぐに辿り着けなかったって。「現在の恋って奥さんじゃないの?」ってからかったら、ムキになって「Of course. I love her」だって。
それってどこのお寺なのかな。

帰り際にレズが「Have a good holiday」って言ってから、「あ、ごめん。きみ仕事だったんだ」って言った。いいんだよ、仕事ある方が。「Happy Thanksgiving!」って笑ってお返しあげた。


2階がバタバタしてる。
明日のサンクスギビングから週末にかけて、大家さん夫婦は娘のところに行く。
デイジーも連れてっちゃう。
デイジー、グルーミングに連れてってもらって毛を少しカットされて、ピンクのリボンつけてもらってた。「見て見て見て見て」ってわたしの回りを走り回る。
淋しいな。デイジーまでいなくなっちゃうと。

淋しいな。また淋しい病だよ。
いっぺんには変われないんだ、やっぱり。


風が氷みたいに冷たい。27°Fだって。氷点下になっちゃってる。
教えてあげようと思って電話したけど、あの人の携帯留守電になってた。
大丈夫かな。元気ないまんまだろな。

カダーはどうしてるかな。
電話しないけど・・・



How are you doing?

I just wanted to say
Happy Thanksgiving
to you,
the special person that I care for so much.

Keep your home warm and comfortable,
keep yourself warm and happy,
and get ready for the festive season
that has just come around
to bring you great spirits.


Always thinking of you
and praying for you.



わたしにも、Happy Thanksgiving。
明日のために。


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誰にも言えないけど - 2002年11月26日(火)

誰にも言えない。
誰にも話せない。

わたしは正気。
でも人はわたしを気が狂ってると思うだろうから。
だから誰にも話せない。

神さまをあんなに信じてるジェニーもフィロミーナもローデスも、
絶対わたしをバカって言う。
フィロミーナなんか、
「アンタ、クルック」って真面目な顔して言うと思う。


昨日上手く行かなかったのは、
間違ったものを選ぼうとしてたから。

それでゆうべはまたあの痛みが戻って来て、
わたしはカダーに電話した。
取ってくれなかった。
何回もかけた。
何回目からか、取ってからすぐ切られた。
それでもかけた。
助けて欲しかった。

助けて助けて助けてって思いながら眠った。
何も信じられなくなってた。
全部バラバラに崩れ落ちてく気がした。


いつかカダーには話そう。
一番信じなさそうな顔してて、カダーは絶対信じてくれる。
わたしにはわかる。

あの人も信じてくれる。
だって、あの人がくれた天使の力だもの。
いつかいつか、どんなに遠い日でも、いつかいつか、会えたときに話そう。
「知ってたよ、あの日のこと」。
天使はそう言って笑うと思う。今日のこと。


わたし、違うわたしになれた。



証明してみせる。
そして、天使の力、カダーにも分けてあげる。
カダーに幸せになって欲しい。
幸せになって欲しいよ、カダー。


それから
幸せになって欲しい人たちみんなに分けてあげる。
大丈夫だよ。みんな上手く行くから。
信じてて。
誰にも何も話せないけど。




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挫けそう - 2002年11月25日(月)

ゆうべ、あの人が電話をくれた。6日ぶりだった。
でも楽しい電話じゃなかった。
お母さんの仲のいいお友だちが亡くなって、これからお葬式に行ってくるって。
大好きなおばさんだったらしい。亡くなった理由は、病気でも事故でもなかった。
場所が少し遠いとこで、泊まらなきゃなんないから帰って来たら電話するって言ってた。
泣きそうな声してた。
車で行くのか電車で行くのか聞かなかったけど、気をつけてね、気をつけてね、気をつけるんだよ、って何度も言って切った。


今日は仕事を休む。
大事なことがあって、シティに行く。
でも、大事なことは上手く行かなかった。

やっぱり間違ってるのかもしれない。


くたびれて、帰って眠る。
あの人が夢に出てきた。
お葬式はなぜかこの街であった。
終わってから、わたしの住んでるところに会いに来てくれた。
昨日まで会ってたみたいな会い方だった。
街の中で人の目を気にして照れながら、キスしてくれた。
優しい優しい優しいキスだった。
あのとき、喫茶店でキョロキョロ辺りを見回したあとで、突然テーブル越しにそっとくれたキスとおんなじだった。今だに感触を覚えてるなんて。
抱き締めてあげたいと思ったのに、上手く抱き締められなかった。
ただ抱きついたみたいになっちゃった。

「駅まで送るね」って言って車に乗ったけど、
駐車場の出口がなくて、ぐるぐるぐるぐる同じとこ回って焦ってた。
駅に行けないまま目が覚めた。
目が覚めてから、なんで空港まで送ってあげるって言わなかったんだろって後悔してた。どっちみち出口が見つかんなかったのに。


あの人に会いたい。
挫けそう。


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ドアを開けるのはわたし - 2002年11月23日(土)

雨は降らなかった。陽差しが強くて、ものすごくあったかそうな窓の外。
外に出たら、顔中に冷たい風が突き刺さった。
急いで車に乗る。そして、走る。

車の中で、「Hot in Herre」が流れる。カダーと一緒によく聴いた。
カダーったら、「Hot in, so hot in, so hot in heerre~♪」って、相変わらずキーはずして歌ってた。ワラリルビラ・ア・ア・アンダリルビラ。なんでこんなのキーはずれるんだろ。

車を降りて、歩く。
長いマフラーをぐるぐる巻きにしても寒い。
ジーンズを通して風が足にも冷たい。

ドアはロックされていて、わたしはベルを鳴らした。


帰って来たら、突然睡魔に襲われる。
ズブズブと音を立てて眠りに落ちて行く。
目が覚めたら、窓の外はもう暗かった。
5時。3時間は眠った。
りんごをひとつ食べて、アーモンドティーを飲んで、また眠る。

携帯の音で目が覚める。
10時過ぎ。一体どれだけ眠るんだろって驚いた。
カダーのルームメイトだった。
ちょっと躊躇ったけど、取った。
一週間ぶりかな。

「ずっと電話ないからどうしてるのかと思ってた」ってルームメイトが言った。
「ごめんね。かけたかったんだけど、ちょっとかけないでいようと思ったの。あなた忙しいし、カダーといるときには電話取れないって言ってたから」。
「かけたかったんだけど」は嘘。かけなかった理由は半分しか言ってない。

「大丈夫なの?」って相変わらず聞いてくれて、「大丈夫だよ」って前とは違う気持ちで答える。
「よかった。時間が最良の薬だからね」ってルームメイトは言う。

時間も癒してはくれるけど、最良の薬とは思わない。
時間が癒してくれる傷は、いつまでもいつまでも痕が残るから。それを見てなつかしいとさえ思えるようになったとしても、それはなくならない傷痕。そして、痒みほどの程度だったとしても、痕が疼くこともある。時間は癒してくれても完全には治してくれない。だから、時間だけに頼って痛みをこらえながらただ待つのは嫌だ。

「違うよ。時間は最良の薬じゃない。最良の薬はね・・・」
「何?」
「Belief」
「どういう belief ?」
「あたしは大丈夫になれる。全てのことが大丈夫になる。あたしは大丈夫。そういうこと」。

「Cool!」ってルームメイトが言った。
まあいいや。今はまだ何も話せないから。
いつか全部話してあげる。カダーにも。

「あたしさ、こんなに苦しむと思わなかった。すぐ平気になれるって思ってた。まだ頑張ってる途中だよ。すごい努力してる。ほんとに一生懸命なの。でもね、もうすぐだから」。
それだけ言った。

ほんとに、なんでカダーのことがこんなにも大きいんだろう。
そのせいで自分で治す方法を見つけたけど。
ううん、自分だけの力じゃない。それに、傷を治すだけじゃない。カダーのことだけでもない。
すべての痛みを取り除く。いつもいつもこころの底にあった痛み。



「元に戻らなくていいんだよ。僕が違うきみにしてあげる」。

いつかのあの人の言葉。あれから一年以上経ってる。
天使の力が回りまわって、やっとここに辿り着いたのかもしれない。
わたしは違うわたしになる。

明日も扉を開ける。ドアを開けるのはわたし。
わたしは間違ってない。
もう怖くない。


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プラシーボー効果 - 2002年11月22日(金)

Dr. チェンが帰って来た。今日フロアで一緒になった。
お互いに忙しくてあんまり話せなかったけど、大阪すごく楽しかったって言ってくれた。日本にいる大阪に住んでた友だちに助けてもらって一生懸命作ったわたしのスケジュール、そのまま行動したよって。そだ。「天王寺動物園界隈」もちゃんと組み込んだんだよ、ありがとねメール。英語が全然通じないから困ったって言ってたけど、日本に長いこと住んでるアメリカ人と会って助けてもらったらしい。「そういう人たくさんいるから見つけたらいいよ」って言ったら「日本でアメリカ人となんか話したくない」って言ってたくせに。「おもしろかったー」ってすっごい興奮してた。アンゼンチタイのコンサートはどうだったんだろ。

退院する患者さんのレコードに、ドクターが診断名をひとつ記入し忘れてる。それが飛んでたら、わたしの処方のオーダー依頼とに食い違いが出来る。またマズイことになると思って、ドクターにペイジする前にケースマネジャーに相談する。ケースマネジャーがドクターを呼び出してくれた。いつも偉そうにツンツンしてる女のドクター。「ごめんなさい」って謝ってくれて、びっくりした。

レズと一緒に患者さんを診る。レズはほんとに患者さん思いのドクターだ。患者さんを見る目が違う。患者さんに触れる触れ方も違う。話し方も違う。アテンディング・ドクター級の熱意とあったかさ。絶対すごいアテンディングになるよ。レズと一緒に患者さん診るの好き。こんな人好きになれたらいいのにって思う。

エンドースコーピーをしてもらった Dr. ライリーがわたしのフロアに来た。「あれから大丈夫?」って聞いてくれる。あれからもまだ時々胃が痛くなるけど、お薬を飲むと治まる。薬が効かない人もいるからきみはラッキーだってドクターが言う。「効くと思い込んでるから、あたし。プラシーボー効果かも」って言ったら「う〜ん。それでも効くならいいじゃない?」だって。Dr.ライリーって、コロンビア大学の医学部をナンバーワンで卒業したらしい。だからジョークが返せないのか?


明日は大雨ってフィロミーナが言った。
いやだなあって思わなかった。
週末。考えても痛くない。

これもプラシーボー効果かな。
「それでも効くならいいじゃない?」か。

でもわたし、感じてる。自分の信じてることが足の先からじわじわと、からだ中に染み渡って来るのを。

明日、わたしはもっと感じられる。明日、わたしはもっと大丈夫。


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決断 - 2002年11月21日(木)

3日前からふた晩、ヒーターが効かなくて、朝の5時頃にやっとボイラーの音が聞こえてくるまでベッドの中で寒さに震えて眠れなかった。昨日は仕事に行ってからも、暑すぎるはずの病院でわたしひとり寒いって言ってた。帰って来て大家さんに話す。フランクはわたしを極度の寒がりだと思ってるから、話半分にしか聞かないだろうと思って、2倍に誇張して訴えた。

「病気になるのはいやだから」って言ったら「病気になったら僕がマッサージしてあげるよ」ってまたスケベなこと言われた。でも直してくれて、っていうより、温度の設定上げてくれて、ゆうべはものすごくあったかかった。あったかすぎて、朝起きたら素っ裸になってた。なのに今夜はまたあまり効いてない。

ビルのアパートだったらコントローラーがアパートひとつずつについてて、好き勝手に温度調節出来る。ヒーター代は普通どこでも家賃に込みだから、思いっきり温度上げて冬じゅうおうちの中をぽかぽかにして過ごすのが唯一の贅沢なのに。

デイジーはかわいくて大好きだけど、シャーミンはいい人だけど戸締まりにやかまし過ぎて、フランクはスケベだし、時々ビルのアパートの方がやっぱりいいやって思ってしまう。

多分、助けられてることは思ってるよりたくさんある。お洋服のお直しとか、週末に晩ごはんお裾分けしてくれるとか、そういうこと以外にもいっぱい。口やかましいのとスケベなのを除けばふたりともとってもあったかくていい人で、わたしのこといつも気にかけてくれてるのがわかる。ホリデーシーズンが近づいても今までみたいなひどい孤独感がないのも、フランクとシャーミンのおかげだと思うし。

わかんないけど。わかんないけど。もっと近づいたらやっぱり淋しいのかもしれないけど。サンクスギビングは来週だ。

でも、ここ数日うちに帰って来ても痛くない。うちの中が痛くない。


カダーの電話も、もうあんなふうに待ってない。勉強頑張ってるかなって思ってるだけ。カダーのルームメイトにもあれから電話してない。

あの人の声も、月曜日から聞いてない。
朝早くもお昼も夜もあの人は今忙しくて、唯一電話くれる時間が出来る夕方遅くはわたしの明け方で、それでも話せるのはほんの少しで、なのにわたしが寝ないで待ってたりするから「ちゃんと時間が合うときにゆっくり電話出来るようにするからさ、それが出来るまでちょっと待ってて。だからきみは夜中じゅう起きたりしないでちゃんと寝なさい」ってあの人は言った。

声聞きたいなあって思うけど、泣きそうになるほど淋しくない。

どうしたんだろ。


わたし、もしかしたらものすごいことするかもしれない。
また間違うもしれない。
今度こそ、大きな大きな、取り返しのつかないものすごい大間違いかもしれない。
とうとうほんとに狂っちゃったのかもしれない。
でも、やってしまいそう。


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落ちこぼれ天使 - 2002年11月19日(火)

ゆうべ。夜中の2時頃だった。

あの人以外にそんな時間に電話をかけてくるのは、いつまでたっても時差が計算出来ない母しかいない。11時頃に父がかけてきて、30分前にはあの人からかかって来たばっかりだった。

電話を取ったら、無言だった。
ずっと無言だったけど、カダーだと思った。絶対カダーだと思った。
間をあけて何回か「Hello?」って言ったあとに名前を呼びそうになった。もう一度「Hello?」って言ってから黙ってたら、切れた。

20分くらいして、また電話が鳴る。

カダーは今度は返事した。それから、
「寝てた?」って聞いた。
「まだ起きてたよ。」
「明日仕事じゃないの?」。
「仕事だよ」って笑った。
「仕事なのか」ってカダーは言った。
「今日はお休みだったけどね。週末働いたから」
「今日休みだったのか」ってカダーは言った。

なんとなくわかった。わかったけどわかってないふりした。

「あなたもまだ起きてたの?」って聞いたら、
「寝ようと思ったんだけど、寝られなくなった」って言った。

ほらね、って思った。でも悲しくもなかったしイヤだとも思わなかったし、電話くれたからそれだけで嬉しいなんても思わなくて、ただものすごく優しい気持ちがした。もしかしたらわたしも天使なんじゃないかって思うくらい、優しい気持ちになってた。だから全然平気だった。



「あたしのことが恋しくなったの?」って笑って聞いたら「No」って言われた。
「なんでそんな意地悪なのよ?」
「それが事実だから」。

「別に恋しくないけどさ、今度会いに行くよ」
「何のために?」
「ヤリに」。

それでも悲しくも淋しくも痛くもなかった。
なんでそんなに優しい気持ちになれるのかわからなかったけど、天使を通り越して女神さまなんじゃないかってくらい、優しい気持ちだった。


日曜日の夜、突然どうしてもどうしてもあることを聞いて欲しくなって電話して、カダーは電話を取ってくれて前みたいにちゃんと「元気?」って優しい声で言ってくれて、でも「今ちょっと忙しいからあとでかけ直すよ」って言ったままかけて来なかった。何度おんなじバカやってるんだろってちょっとだけ痛くなったけど、いつもみたいに信じて、こころを落ち着かせながら信じて信じて信じてるうちに平気になって、信じながら眠れた。

「昨日はごめん。かけ直せなくて。今忙しいんだ」
「勉強?」
「そう。今週ミッドタームがふたつあるし来週はペーパーの期限だし」。

今大学は試験の時期だ。ジェニーもカダーも仕事しながらマスター取っててほんとに偉いと思う。それも両方フルタイムで。

「あなたに聞いて欲しいことがあったの。でも今度会えるんならそのときに話すよ」
「今話してくれないの?」
「話さない。だってどうせ意地悪言うもん」。
「サンキュ」ってカダーは笑った。もう意地悪じゃなかった。


「おやすみ」って前みたいに言ってくれた。それから「ありがと」って言った。
「そんなことに『ありがと』なんて言わないでよ。悲しくなるじゃん」って笑って言ったら、「そう?」ってカダーもまた笑った。

「おやすみ。勉強頑張んなよ。あなたはちゃんと出来るよ、試験」
「どうかな」
「うん、出来る出来る。じゃね」
「うん、おやすみ」。


会えるのが嬉しいわけでもない。だって、セックスだけしたがるヤツ。
でも会いたい。抱かれたいんじゃなくて。
来週じゃなくて再来週じゃなくて、その次でもなくていい。
ちゃんと、意識のうんと奥底で無意識にすっかり信じられるようになってからがいい。

そしたら多分、「セックスしたいだけ」って言われたりしても、そんなこと言ってたってほんとは違うんだよ、前に戻るんじゃなくて前よりずっと素敵な友だちになれるんだから、って今日よりもっと優しい気持ちになれて、それから今度こそもう絶対に泣かない。いっぱい笑って、わたしの笑顔が好きってまた言わせてみせる。


女神だなんてまさかとんでもないから、ちょっとオツムの弱い落ちこぼれ天使ってことにしとこ。
使命を与えられたわけでもないのにどうしようもない悪魔を勝手に救いたがろうとする落ちこぼれ天使。
オツム、だいぶ弱いかな。


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何も変わらないけど - 2002年11月18日(月)

今日はお休み。
タイヤを買いに行った。
つもりが、買わずに済んだ。
バーストしたと思ってたタイヤはなんともなってなかったらしい。
ホィールの一番外側のリムが一部分ぐにゃっと内側に凹んでて、ホィールが凹むほど強烈に道路の穴ボコに打ちつけたんだから絶対タイヤも破れてると思った。タイヤは見るも無惨にべろんべろんになってたし。「凹んだとこから空気が漏れただけで、タイヤはなんともなかったよ」って言われた。修理代に10ドルと少しかかっただけ。よかった。


ランドリーしに行ったら、靴下かたっぽ失くしちゃった。
使った洗濯機の中にもドライヤーの中にも見つからなかった。
たかが靴下でも失くすなんてやだ。
と思ってたら、うちのバスルームのハンパーの底にまるまって落ちてた。よかった。


黒いロングのコートが大きすぎて困ってた。
去年の冬にフィロミーナがくれたやつ。
フィロミーナって、なんか安くなってていい物見つけたら自分のためじゃなくて人のために取りあえず買っておくって人。それで、機会があるたびに誰かにプレゼントするらしい。「お金は使うためにあるんだよ」って、自分のためには贅沢なんかしないのに。

貧乏なわたしに「アンタはひとりでまだまだ厳しい生活してるからね。あったかくなるようにこれあげる。誰にも内緒だよ」って、くれた。カルヴァン・クラインの素敵なコート。すごく嬉しかったけど、子どもが大人用の毛布被って歩いてるみたいで、着られなかった。

大家さんのフランクはテイラーで、サイズを直してくれるって言った。
この前もドレスをひとつ直してくれたけど、サイズ計るときに何回か故意に胸触られちゃってぞおーっとした。痴漢に触られるより100倍くらい気持ち悪かった。気づいてないふりしたけど。
今日またそんなことがあったら、「シャーミンには黙っとくから、もうしないで」って鬼の顔して言おうと思ってたけど、今日は触られなかった。よかった。


半年くらい連絡のない父のことが少しだけ心配になる。
引っ越したことも言ってないけど、古い方のメールアドレスもまだ使えるのにメールも来ない。ゆうべ「元気ですか? 心配してます。わたしは元気でやってます」って引っ越ししたことと新しい住所と電話番号を書いて送ったら、今朝返事が来てた。なんかわけのわかんない内容がダラダラ書かれてて、どうでもよかった。親戚内でなんかあったらしいけど、そんなことほんとにどうでもいい。

「まだまだ NY で頑張るつもりですか」とも書いてあった。日本の医療ではまだ確立されてないわたしの職業を、「最近日本の医大でもその概念を授業に取り入れているようです。将来はアメリカナイズされるでしょう」って、「帰って来い、面倒見てくれ」をまたほのめかしてる。日本はわたしの帰るとこじゃない。帰れないんだって。何度言ってもわからない父。でも、これもどうでもいい。

メールの内容はどうでもよかったけど、取りあえず元気でいることわかって、よかった。これもよかったことに入れよう。



何も変わらない。
もう、カダーのルームメイトに頼るのも少しやめてみようって思ってる。多分あまりいいことじゃない。そんな気がする。

何も変わらないけど、やなことが減った。思い込みだけかもしれないけど。
でも、「よかった」って思えることが少しずつあったら、それでいい。今は。



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Everything's gonna be alright - 2002年11月17日(日)

あの人が言った。
わたしからの電話専用の着信メロディーを変えてから、寝てるときにかかってくると音楽が気持ちよくって起きられないって。

「あれ眠たくなるような曲かなあ」
「眠たくなるよぉ」。

わたしにはとってもパワフルな曲に思えるんだけど。


不思議だった。
カダーと会えなくなったとき、声も聞けなくなったとき、ひとりで夜の公園歩きながら一生懸命自分に言い聞かせて歌ってた。

Everythingユs gonna be alright
Everythingユs gonna be okay
Everythingユs gonna be alright                  


あの人、いつ変えたんだろ。

わかんないけど。ただの偶然かもしれないけど。
また通じた?
それとも、天使はどこかで見てたのかな。わたしのこころがティッシュまるめるみたいに、ヨレヨレのくしゃくしゃにちっちゃく固まってくところ。原因が何かってとこまで見つかってなけりゃいい。

「変えたんだよ」ってあなたが口ずさんだ「Everythingユs gonna be alright~♪」、
ペパーミントの音がしたよ。


大丈夫。一生懸命になって言い聞かせなくても、今はちゃんと思える。


神さまはあんまり信じてないけど、世の中のすべてのことをコントロールしてるとてつもない大きな大きな力をわたしはずっと信じてる。それがなんなのかはわからないけど、人がそれを神さまって呼ぶのなら、わたしも神さまって呼んでもいい。人が創った宗教なんかじゃなくて。助けて欲しいときだけ呼ぶ名前でもなくて。



仕事の帰りに車のタイヤがパンクした。
大雨の中、AAA のおじさんがスペアタイヤに付け替えてくれた。AAA に入っててほんとによかった。元取るどころか、会員費の何十倍もお世話になってる。新しいタイヤにまた余計なお金がかかっちゃうけど。

でも、「やなことばっか」って、今日は落ち込まなかった。
なんでもないこと。ちっぽけなこと。大丈夫大丈夫。そう思えた。AAA のおじさんにありがとうをたくさん言った。いつもより多分たくさん。

うちに帰ってから嬉しいことがあったのに、そのあと悲しくなることがあった。
また少し痛かったけど、でも平気になれた。信じかた、前よりもうちょっとわかってきたみたい。


忘れないうちに、
Thanks, God, for giving me this opportunity.



もう少ししたら、あの人の「Everythingユs gonna be alrght」鳴らしてみようかな。
歌ってって言おうかな。




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サイキックパワー - 2002年11月16日(土)

つかまったのは、前とおんなじとこだった。
角を曲がったところでおんなじ白い紙を差し出されてた。だけど違う女の子だった。
それだけで信用できなかったから、パスしようと思ったのに、つきまとわれる。

「あたしはサイキックパワーを信じてるけど、あなたが本物かどうかなんかわかんない」とか「どうせそういう組織でしょ? ついこの間もおんなじこと言われておんなじ紙もらったのよ、違う人に」とか「だから。あたしは何にも知りたくないの。あなたに何にも話したくないし」とか「ビジネスじゃなけりゃ、なんで誰にでもそうやって声かけまくるわけ?」とか、言っても否定されるに決まってるようなこと言ってきっちり否定されて、とにかくドラッグストアで買うものがあったから、それを買いに行かせてよ、ってお店に飛び込んだ。それから巻こうと思ったけど、ドラッグストアの出口はひとつしかなくて巻けるはずもなく、出口で待ってた彼女に「Are you ready?」って言われて観念してついてった。

ドラッグストアの中で、でもホントはもう行っちゃえって思ってた。母と父のことと、妹のことと、あの娘のことを言い当てられたから。

ダークネスの話をされてから、「Make a wish」って言われた。「何について?」って聞いたら「何でもいい。望んでることひとつ」って女の子は言った。

目をつぶるわけでもなく、ぼんやりと「I wanna get him back to me」って3回心でつぶやいてた。それが正直な気持ちなんだって、自分でもびっくりした。そしたら彼女はそれから突然、カダーのことを話し始めた。なんであの人のことを思わなかったんだろって考えたけど、あの人とこのまま想い合えることはもうとっくに信じてる。望みなんかない。でも、もしあの人のことを思ったとしても女の子はおんなじことを言ったんじゃないかってくらい、カダーの話はなんとなくあの人にも当てはまるような気もした。

「ダークネスからあたしは抜け出せるの?」「そう」「どうやって?」「それを私が助けてあげるの。大丈夫。抜け出せるから。あなたは抜け出さなきゃいけない。幸せになる方法を見つけなきゃいけない。私のことを信じられるなら、明日ここに電話して」。

電話番号を受け取って、「わかんない。悪いけど、まだ信じてないから」ってそう言った。

帰り道で思ってた。
ダークネスが嘘であろうと、女の子が偽物であろうと、それは幸せになれることを信じなさいってことなんだって。サイキックパワーを信じるのでもなくて、女の子を信じるのでもなくて、幸せを信じるってことなんだって。それは、自分ひとりで信じるのを挫けそうになったときに、手助けしてくれるものなんだって。神さまを本当に信じてる人がいつも心穏やかなように。

いつだっけ。アニーが言ってた。「毎晩、『神さま、わたしを救ってください』ってそれだけお祈りして眠るんだよ。そしたら絶対幸せになれるから」。幸せになれることを、アニーは「神さまに助けてもらって」信じるんだ。多分それと同じこと。



カダーはシティからの帰りの車から電話をかけてくれた。
優しくなかった。意地悪いっぱい言われた。「怒ってるの?」って聞いたら「きみが誰と何しようと構わない」って言った。「そうじゃなくて、今怒ってるの?」って聞いたら「怒ってない」って言った。途中で切れたから切られたのかと思ったら、すぐかけ直してくれた。

「あの日言ってくれたことは本当のことじゃないの?」
「何言ったか覚えてない」
「あたしのことを本当に好きだって気がついたって」
「わからない」。

それからもずっとなんだか冷たかったけど、話をしたくないわけじゃなくて話したいんだってわかった。それでも今度いつ話せるのかも、また会えるのかも、わかんなかったけど、電話を切ってももう痛くなかった。


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ダークネス - 2002年11月15日(金)

わたしはダークネスを背負って生まれたらしい。
父が母を精神的に虐待し続けてたなかで生まれたわたしは、母の苦しみを生と一緒に母からもらったらしい。だから、ずっと苦しいことばっかならしい。

ほんとは諦めたいのに、色んなことを諦めないでいつもいつも無理して頑張って来たのは、わたしの強さと旺盛な自立心のおかげだけど、頑張って頑張って苦しいばっかなのはダークネスがその強さを負の力に変えているかららしい。

ダークネスは一日一日濃くなってて、一生懸命前に進もう進もうとするのは、自分が後ろに引き戻されてるせいらしい。

幸せになれる光がちゃんと注いでるのに、ダークネスがわたしを覆って光をブロックしてるらしい。
人を助けてばかりいるけど、人が自分を助けてくれようとするときにダークネスが邪魔をするらしい。
いつも顔は笑っているのにいつも心の底は痛くて、それもその暗い暗いダークネスのせいらしい。


最近男の人と関係が終わったのも、そのダークネスがブロックしてたかららしい。

一年ほどまえにもやっぱり同じようなことがあって、それもその人の想いをわたしのダークネスがいつも遮ってたかららしい。

ダークネスを抱えてるから、本当の愛をくれるはずの人は遠ざかってしまうらしい。
相手じゃなくて、わたしのダークネスが壁を作っているらしい。
わたしが手を伸ばしても、ダークネスが相手の愛を追っ払ってしまうらしい。

ダークネスは日毎に暗さを増して、わたしの人生はこれからどんどん幸せから遠のいて行くらしい。



カッコイイじゃん、わたし。
ダークネスを抱えた女。
便利じゃん、わたし。
なんでもダークネスのせいにしときゃいいんじゃん。


うちに帰って、バカバカしいかなと思いながら、言われたままにお風呂に入る。
ティースプーン一杯の塩をお湯に入れて、それ以外は何も入れないこと。
そして30分、ゆっくり浸かること。

言われた通りにしなかったらなんか悪いことが起こりそうな、そんな感じがしただけ。

蛇口から出る熱いお湯はなぜか途中でぬるくなってしまって、大きなバスタブに溜まったお湯がだんだん冷えてきた。寒かった。それでも「30分」をバカみたいに守って、これで風邪引いたら笑い話もいいとこって、そういうこと思ってた。

お湯から出てバスタオルに体をくるんで、バスルームのヒーターに寄っかかってるうちにホカホカして来た。風邪引かずに済んだ。


カダーのルームメイトに電話する。
カダーのことじゃなくて、携帯電話のリベイトのこと聞きたくて。
でも「カダーは元気にしてる?」ってまた聞いた。
「電話してみなよ」って言う。このあいだは「待ってろ」って言ってたくせに。
ダークネスの話しようかとちょっと思ったけど、バカにされそうでやめた。

そしてカダーに電話した。なんかルームメイトに許可を得たような気分がして。

取ってくれなくったって、取ってくれて何言われたって、ダークネスのせいにすればいいじゃんって思った。

カダーは電話を取ってくれた。今シティにいるからあとでかけてって言われた。
「あとっていつ?」って聞いたら「明日にでも」って言った。


夜中の1時半に携帯が鳴る。
カダーの ID だった。


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masochism - 2002年11月13日(水)

朝目が覚めたら10時半だった。
目覚まし止めたの覚えてる。ベッドの横の時計を止めたあと、10分後に鳴ったはずのドレッサーの上の時計をベッドから抜け出して止めて、またベッドに戻って寝てしまった。

チーフに電話する。「今起きました」。「『今起きました?』」「はい、今起きました」。

怒られなかった。怒られなかったけど、着いたら別のことでミーティングされた。メディカルレコードにわたしの不適切な記述があったって。変更お願いしたのにドクターは処方変えてくれてなくて、それをドキュメントした。処方に変更がないまま患者さんは退院。もしも退院後の患者さんに何かあったとき、入院中のドクターの処方が問題になる。わたしが指摘したから。ケースマネージャーにリポートされた。書類にサインして、HR のレコードにファイルされる。落ち込んだ。腑に落ちないけど、病院をプロテクトすることが第一だから。「ここはシティホスピタルだから、そういうの特に気をつけなくちゃいけないんだよ」って、アニーに言われた。

なんだか鬱々してたけど、同僚のみんなに話してるうちにちょっと気分が晴れた。
「人に話したら楽になれる法則」、こういうときにも役立つんだ。カダーのことは誰にも、もうジェニーにも言わないけど。

遅れて行った上にミーティングがあったから、時間が押して大変だった。フィロミーナにヘルプ求めて、わたしの患者さん3人診てもらう。助かった。

やなことがあってもどんなに忙しくても、病院にいられる間はいい。
そういうときほど患者さんに優しくなれて、診なくていい患者さんにまで声をかける。
不安な表情が笑顔に変わる瞬間探しながら、わたしはそこに自分のちっちゃい幸せを求めてるだけかもしれない。患者さん利用してる? でも、患者さんの笑顔はうそじゃない。うそじゃないから幸せもらえる。ちっちゃくったって。


それでも、くたびれてくたびれて仕事を終えたあとは、早くうちに帰りたいと思う。

やっと雨があがった。
ヒーターを気持ち悪いくらい高温にして、窓を全開して運転するのがいい。
顔の左半分に極端に冷たい風が吹き付けて、体の右半分はボヨボヨになるほど暑くて。

早くうちに帰りたかったのに、うちが近づくと遠ざかりたくなる。うちの中は痛い。


お庭の楓の真っ赤な葉っぱが、半分だけになった。
その後ろのポプラの木にも、いつのまにか黄色い葉っぱは一枚も残ってない。
雨が一気に落としたんだろか。気がつかないなんて。



あのアパートから見える黄金色した大きな木も、もう裸になった?
教えて。教えてよ。
まだなら「見においで」って言ってよ。
絵みたいなフレームの中でキラキラ舞い落ちる葉っぱ、見せてよ。
今日病院でちょっとだけやなことあったんだよ。聞いてよ。
ハーブティにカナディアン・クラブどぼどぼ入れたの飲ませてよ。
暖炉の前でまた踊って笑わせてあげるから。
それから一緒に踊ろうよ。



傷口にレモンを搾って注いでる。
そういうのがほんとは好きなんじゃないの?
痛いのが好きで、痛いのが気持ちよくって、もっともっと痛くなりたくて、
痛いのに酔ってるんじゃないの、わたし?


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ごめんなさい - 2002年11月10日(日)

マジェッドが晩ごはんに誘ってくれた。
ちょっとおしゃれして、マジェッドのアパートに向かう。わたしが前に住んでた場所。

3時頃に着いて、オレンジジュース飲みながら、つけてあった HBO に夢中になる。「テレビ見ないんじゃなかったの?」って言われた。ひとりじゃつまんないからうちじゃあ映画観ない。映画じゃなくてもテレビ自体つけない。でも、誰かと一緒に観るって楽しい。テレビで観る映画って、「今どうなったの?」「うそ、なんで?」とか言って、次のセリフ当てっこしたりして、おしゃべりしながら観るのがいい。マジェッドとはときどき、っていうより、しょっちゅう映画から脱線して全然別のこと話してたけど。「全然別のこと」はカダーのこと。なんにも知らないマジェッドが「カダーと会ってるの?」って聞いてきた。

一体いくつ映画観たっけ。4本は観た。おもしろかった。気がついたら10時半になってて、それからやっとごはんを食べに行った。時間が遅いから近所の開いてるとこ行って、おしゃれした意味あんまりなかった。

気がついたのは、カダーのルームメイトが電話をくれたから。
なぜかシティのどこにもないっていうルームメイトのお気に入りブランドのジーンズを売ってるお店を、昨日うちの近くで見つけた。嬉しくなって電話したのにルームメイトは電話を取らなかった。「いいこと教えてあげるよー」ってメッセージ残したけどかけ直してもくれなくて、カダーのルームメイトまで消えちゃうのかなって昨日思ってた。

「カダーと一緒にいるときは電話取れないから」って言われた。昨日はずっと一緒だったからって。今カダーがどっか出掛けたからかけたって。ジーンズのお店のこと、喜んでた。今度連れてってって言ってた。なんでもいい。いつでもいい。未定でも、出掛ける予定が出来ると嬉しい。


カダーはきっときみに電話するよって、マジェッドもルームメイトも言う。
だから待つ。うん、悲しいのはわたしのせい。
カダーにそうさせたのもわたし。
呼び出されて会いに行って、また痛くなったのも自分が悪い。
痛くなる自分が悪い。痛くなるのが悪い。

あれはほんとに、なんでもないこと。
自分でもそういうふうに思うのが不思議だけど。そんなこと信じられないかもしれないけど。
大好きな友だちのほっぺたにキスするのとおんなじくらいなこと。上手く言えないけど。
人はそうは思わないだろうから、誰にも言ったりしない。
でも、カダーにとってもなんでもないことだと思ってた。
なんでもないことだったから、ルームメイトだってカダーに話して、話すこともわたしは知ってた。

カダーとルームメイトはあれからもちゃんと仲良くやってる。
あの夜カダーと会ってからそれが心配だったから、安心してる。
わたしのことはもうふたりで話さないって言ってたけど、ルームメイトは相変わらずわたしを助けてくれてて、わたしがそれにしがみついてるのは間接的でもいいからカダーがどうしてるか知っていたいから。




ごめん。怒らせて、ごめんなさい。
それから、ちゃんと教えてくれてありがと。


「また悲しくなっちゃったのはカダーのせいじゃなくて
 カダーにそうさせた自分に原因があるんじゃないの?」・・・が正しい。

貴女の肩を掴んで揺さぶって「なんでよ。バカじゃん!」って言うような
そんな感じだよ。もしそばに居れたら。


ほんとにごめん。
カダーのことなんかどうでもいいにしても、わたしのしたことそんなに怒らせちゃって、ごめん。
何にも知らないくせにそんなこと言われる筋合いないなんて、これっぽちも思ってない。思うわけない。


「望むんじゃないよ」ってルームメイトが言った。
「望んじゃいけないの?」って聞いたら、「望むんじゃなくて、信じるんだよ」って。
だからまた初めから信じる。カダーといつか、痛みなしに友だちになれること。
呼び出されて会いに行ったことももう後悔しないし、カダーのせいでもない。
痛いのはわたしが悪いから、少しずつ自分で治してく。

イライラするよね。じれったいよね。呆れるよね。
謝って欲しいわけじゃないってわかってるけど、
ほんとにごめんなさい。



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天使の衣装 - 2002年11月09日(土)

銀行にお金をおろしに行く。
靴屋さんのショウケースに並んだブーツを眺めてたら、目の前に紙切れを差し出された。
ずっと声かけてたらしい。気がつかなかった。

あなたに近づいたらものすごい揺れを感じたの。
心配だから、いらっしゃい。
あなたは自分の将来のことを知らなくちゃいけない。
幸せになる糸口を探さなくちゃいけない。

白い紙切れにはサイキックって文字が書かれてた。

「ありがとう」ってだけ言って、紙切れを4つに折り畳んでポケットにしまった。
興味ないふりして靴屋さんのショウケースをそのまま覗く。
もういいかなって振り返ったら、サイキックのおねえさんは反対の方向を見てた。
別のターゲット探してる。
グレイのロングスカートがかわいかった。


ちょっと心が揺れたじゃん。
だって自分のことがわからない。
なんでいつもいつもこんなに痛いのかわからない。

サイキックって、信じてる。
いなくなった猫の行方を聞きに行ったことがある。
全部言い当てられた。
ついでにあの娘のことまで言い当てられて、泣いた。
だから行かない。でも、

カダーの将来を知りたいと思った。
何思ってるんだろ。


ベッドのシーツを剥がして、ランドリーに行く。
下のシーツも上のシーツも剥がして、ピローケースもみんな剥がして、ベッドカバーも一緒にランドリーバッグに詰めた。
洗濯してももうまっ白じゃないシーツでベッドメイクしながら、新しいシーツを買いたいって思った。ブルーのシーツ。なんとなく。
蒼い蒼いシーツの間に挟まれて眠りたい。


電話が鳴る。
カダーと思った。この前も、携帯じゃなくてうちの電話にかけてきたから。
別れた夫だった。別に自分のことを何か話すわけでもなく、わたしから聞いても「まあまあ」とか答えるだけで、「元気ないじゃない?」って言っても「そんなことない」って言うだけで、「仕事どう?」とか「何か変わったことあった?」とかわたしのこと聞くけど、いろいろ話してみても関心なさそうで、何の電話かよくわかんなかった。奨学金の返済が大変だから半分助けてくれたら嬉しいなって言ったら、プツッて切れた。


また電話が鳴って、カダーだと思った。
あの人だった。
明るい声。曲が上手く行ったみたい。なんか新しい計画があって明日実行しに行くとかってはしゃいでて、よくわかんないけど嬉しい。
「明日も電話するね」って、無邪気に駆け回る天使が言う。


なんでわたしはカダーの幸せを考えるんだろう。
あの人は本物の天使で、カダーのルームメイトもルームメイトの友だちも天使の衣装を着せたらわりと似合いそうだけど、カダーだけは絶対似合いそうにない。
だからかもしれない。



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ちゃんと教えて - 2002年11月08日(金)

すごい夢見た。
あの人のお母さんがあの人とわたしを前に言う。
「あなたたちのことはとっくに知ってたわよ。歳がうんと離れてることなんか、なんでもないじゃない。遠い遠いとこに離れて暮らして会えずにいても、ふたりがこんなに愛し合って来たことを私は誇りに思ってる。結婚しなさい。ね、それが幸せだから」って。それからわたしに向かって、「あなたがうんと年上なこと、私は素敵だと思うわよ」って言った。

そしたら突然、あの人の親戚って人たちがウヨウヨ出てきてわたしを取り巻いて、「これあたしの一番お気に入りの洋服だから、あなたにあげる」とか、「あなたのためにおいしいケーキを焼いたから食べに来て」とか、「こんな素敵なお姉さんが出来て嬉しい」とか、肩を抱いてくれたりとか腕を絡めてきたりとか、お祭りみたいに騒いでお祝いしてくれる。

みんなおんなじような民族衣装みたいの着てて、外なのにみんな裸足だった。

あの人があの笑顔でずっとずっと幸せそうに笑ってて、「これでもう誰にも内緒にしなくていいね」って、「一番会わせたかった人にきみを会わせたい」ってわたしの手を引っ張って、おじいちゃんのおうちの玄関を開けた。あの人、ほんとに幸せそうだった。白いシャツ着てた。民族衣装じゃなかった。

夢を眺めてるわたしがもうひとり夢の中にいて、「これがわたしが望んでること。これを信じよう。これを信じよう」って思ってた。

途中で何度も目が覚めてその度に、早く戻らなきゃ、夢に戻らなきゃ、ってもがいてた。


ちゃんと目が覚めてから、やっとびっくりした。
結婚とか親戚とか家族とか。やめてよ、一番避けたいものなのに。忘れたいのに。もう絶対要らないのに。
夢って潜在意識が見せるものなんだっけ?
そうだとしたら、こんな自分をわたしは嫌いになる。



日本の友だちからメールが来る。「電話番号変わった?」って。
急いでこっちからかけて、2時間も話した。
人の失恋話を茶化しながら笑って聞くヤツ。わたしも思いっきり笑いっぱなしだったけど。
お正月に奥さんの田舎に帰るから、「おまえも来る?」って言った。
わたしの全然知らないとこ。「寒いぞー。めちゃくちゃ寒いけどな」って。
父にも母にも妹にも、あの人にも言わずに、こそっと行ってみようかな日本。ってちょっと思った。



また悲しくなっちゃったのは。
また痛みに耐えなくちゃならなくなっちゃったのは。
カダーのせいだけじゃなくない?


何度も何度も読んでるけど、意味がわかんないよ。
自分が悪いってこと?
またあの人のことが悲しいってこと?
頭悪いから、遠回しな表現はわかんないんだってば。
ちゃんと教えてください。


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無くなれ - 2002年11月06日(水)

せっかく抜け出せかけてたのに。

電話するって言ったカダーは電話をかけて来ないで、
わたしは性懲りもなく待ってる底なしのバカバカ大まぬけ。

せっかく、せっかく、もう少しで全部平気になれそうだったのに。



あの人に聞いてみた。
「あたしさあ、彼が出来たんだけどまたふられちゃったの。それでふられた2週間後に電話がかかって来てさ、『やっぱりきみが好きだってことがわかった』って言われたの。それってどういうの?」。

「体だよ、体」って言われた。
「やっぱり?」
「知らないけどさ。・・・ほんとのこと? 嘘だろ? そんなの。バカなこと言ってないで」。

あの人ったら信じてない。
信じてくれないほうがいいんだけど。


そっか。やっぱり抱きたかっただけだよね。


昨日電話でルームメイトに言ったのに。
「嫉妬したんだよ。それでセックスしたかっただけだよ。それだけだと思う」って。
昨日はほんとにそう思ってた。
「大丈夫?」って聞かれて「大丈夫だよ」って元気に答えた。
「Stay cool」って言われて、「うん、平気」って言ったのに。


行くんじゃなかった。
会いに行かなきゃよかった。



あの人、彼女にずっと会ってないって言ってた。
20日くらい前に一緒にコーヒー飲んだだけって。
「前いつヤッたかなんか覚えてない」って。
わたしが聞いたんだけど。

「あなたみたいな人が彼だったら、あたし浮気するよ。彼女淋しいよ、浮気してるかもよ」って意地悪言ったら、
「そう? そうかもな」って平気そうに言った。
自信あるんだ、そんなことないって。


あなたみたいな人が彼なら、わたし淋しいかもしれないけど、
あなたが彼だったら。
あなたが彼だったら。










わたしの愛、ひとつぶ残らず全部全部全部あげる。
全部全部全部あげたい。
今あげたい。
カダーの分なんか無くなれ。
無くなれ。
無くなれ。
今すぐ無くなれ。



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あなたが好き - 2002年11月05日(火)

ガールフレンドがいるのにこんなことしたらダメじゃんって言ったら、ガールフレンドなんかいないってカダーが言った。ガールフレンドなんかじゃなくてただ一緒に出掛けるだけだって。あれから誰とも寝たりしてない。きみが恋しかった。恋しかった。

じゃあなんで、わたしを捨てたの?

悪かった。だけどそれにはいろんな事情があった。
簡単に説明出来ることじゃない。

あなたはわたしに何も説明してくれない。わかんないよ。なんで?
あなたはわたしを捨てたんだよ。
わたし、悲しかった。でもあなたが自分のために選んだことならいいって思った。
だから一生懸命悲しいのから抜け出そうとした。

ほんとに悪かったって思ってる。きみを傷つけた。悲しませた。

あなたは知らない。わたしがどんなに淋しくて悲しかったかなんて。

悲しいからあんなことしたの?

違う。そうじゃない。

それが聞きたかった。それが聞きたかったんだよ。

あなたのルームメイトはわたしを助けてくれてるの。あなたのルームメイトがずっと助けてくれてて、頑張って頑張って、やっと抜け出せそうになとこまで来たの。あなたは彼に言ったんでしょ? 時間が癒してくれるからって。もうわたしとは前みたいに会ってくれるつもりはなかったんでしょ?
なのになんで? なんで? なんで今わたしを抱くの?

だから、気がついたんだ。きみのことがほんとに好きだって。
きみにいて欲しいよ。きみにずっといて欲しいよ。

だけど愛してくれるわけじゃない。
わたし、わたしを愛してくれる人を見つけるの。あなたがそうしろって言ったんだよ。

きみは僕がまだ好き?

好きだよ。そう言ったじゃない。

抱き締めて。抱き締めて。キスして。何も言わないで。喋らないで。


カダーの胸が好きだと思った。おなかも肩も大好きだと思った。
腕も、首筋も、耳も。
指もくちびるもほほも、みんな。
「あなたが好き。あなたが好き。あなたが好き」。

ほんの一瞬だけ、取り戻せるのかもしれないって思った。


だけどもうあの痛い場所には戻りたくない。
友だちになりたい。
友だちがいい。
いつか叶うように祈りながら眠るときに毎晩信じてきた、痛みのない優しくてあったかい日が欲しい。

愛してくれることを望んでるのかもしれない。
だけど愛せないなら、痛いからもういい。


カダーは眠って、わたしはしばらく寝顔を見てた。
コートを着て靴を履いて、カダーの寝顔にキスをした。
「電話するよ」って、少しだけ目を開けてカダーが言った。



そうっとカダーのベッドルームのドアを開けたら、リビングルームにルームメイトが座ってた。

わたしはびっくりして、ルームメイトは心配そうな顔してた。「大丈夫?」って聞くから、隣りに座って少しだけ話した。
多分大丈夫。でも混乱してる。あなたがカダーに話したことは間違ってないよ。それでよかった。内緒になんか出来ないってわかってるし、わたしたちは何も悪いことをしてない。わたしは大丈夫。ちょっと混乱してるだけ。

「We had a good time」って片目をつぶるから、にっこり笑ってほっぺにキスした。


まだわからなかった。わからないまま、運転してた。
友だちになれる日を信じて、運転してた。


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小さな出来事 - 2002年11月04日(月)

それはほんとにゲームみたいだった。
まるでゲームの中の出来事だった。
それから、かけっこにも似てたし、お姫様ごっごにも似てた。
負けたふりして勝って、勝ったふりして負けて、結局負けても勝ってもないけど自分のために満足して相手のためにも満足して、「楽しかったね」って笑い合うようなゲームだった。
飲めないくせに強いお酒を飲んで、飲んでるときはおいしくて幸せだけどあとで気持ち悪くなるような、そんなのよりずっと健康的だった。楽しかった。楽しくて、なんでもない小さな出来事だった。


目が覚めたらお昼をとっくに過ぎてて、それからもずっとベッドの中で笑いながら3人でおしゃべりしてた。

3時頃になってやっと「朝ごはん食べに行こう」ってルームメイトとルームメイトの友だちが言って、わたしはルームメイトのお部屋で洋服を着る。「たばこ吸っていい?」って聞いて、リビングルームの窓辺でたばこを吸った。少し開けた窓から冷たい空気に向かって煙りを吐き出しながら、色づいた葉っぱを眺めてた。「大丈夫?」って、またカダーのことを考えてると思ったのか、ルームメイトがそばに来て聞いた。「綺麗だよ。ねえ、セントラルパークの葉っぱが見たい」「今日はダメだよ」「うん、今日じゃなくて」。今年も「オータム・イン・ニューヨークごっこ」は出来ないなあって、やっぱり少しカダーのことを考えてた。あのときジンクスだってもう諦めてたくせに。


グリークのごはんを食べてアパートに戻った。それからわたしはうちに帰ることにした。ルームメイトにハグして、ありがとうを言った。「See you soon, right?」って言うから「ほんと?」って聞いたら「1年後」って笑う。「No。そんなこと言わないで」。やめてよ、カダーみたいな意地悪は、って思った。それからルームメイトの友だちに大きく腕を広げる。コートごと力いっぱい抱き締めてくれて、友だちは「今度来るときまた会おうね」って言った。「うん、絶対会おうね。試験頑張ってね。それから明日、運転に気をつけてボストンに帰るんだよ」。



夜の11時半ごろ、電話で目が覚める。
「Hello?」って何度も言ってて、声が遠くてあの人だと思った。「もしもし?」って日本語で言ってみたけど「Hello」が返って来て、やっと誰だかわかった。「カダー?」。

「なんでそんなことしたの?」って、悲しそうにカダーが言った。

カダーが電話してきたことに少しだけ驚いたのと、カダーが悲しそうだったのが少しだけ悲しかった以外、わたしは動揺してなかった。ただ、カダーは誤解してて、それがいやだった。「あなたに何か悪いことしてやろうと思ったわけじゃない。あなたを苦しめようなんて思ってない。思ったことない」。そう言ったけど、「嘘だ」ってカダーは言った。

「会いたいから来て」ってカダーが言う。「聞きたいことがあるから」って。
「今から? だってあたし明日仕事だし、今からは行けないよ」
「来て。お願いだから」
「聞きたいことって何?」
「来てくれよ、頼むから」
「・・・。わかった、行く」。

ルームメイトには自分が呼んだんじゃないってことにしてくれってカダーは言った。
半分だけカダーの意図がわかった。あと半分はわけがわからなかった。
行って起こりうることを運転しながらいろいろ想像してはみたけど、カダーを悲しませないで済むならなんだっていいやって思ってた。


カダーはわたしを抱いた。
キスして。抱き締めて。きみを抱きたい。そう言った。
あいつから話を聞いたとき、自分がきみをまだどんなに好きかって気がついた。
きみを離したくないって気がついた。カダーは何度もそう言った。



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3人で眠る - 2002年11月03日(日)

昨日の朝、メイリーンがうちに来た。12月に国家試験受けるから、勉強を手伝ってあげる約束だった。お部屋を綺麗にして、お昼にカラマリとシュリンプでリングィーネのパスタ料理を作った。誰かにごはんを作ってあげるって、嬉しい。

メイリーンをうちまで車で送ってから、前に住んでたとこまで行く。シティから離れるとたばこが安いのと、チビたちのカリカリごはんをいつも買ってたお店で買いたいから。ガソリンもここより安いからついでに入れようと思った。途中でカダーのルームメイトが電話をくれる。メイリーンが来る前に電話したけどまだ眠ってて、「あとでかけ直す」って言ってくれてた。「今そっちのほうに行ってるんだよ。買い物があるから」って言ったら、「終わったらおいでよ」って言った。ボストンの友だちが来てるから、一緒に晩ごはん食べに行こうって。

カウチに座って煎れてくれたコーヒーを飲んでると、「ここに来させて悲しい思いさせた?」ってルームメイトが聞いた。そんなことなかった。今でも居心地のいい大好きなアパート。「カダーはどこに行ったの?」って聞いたら、友だちのとこだって言った。わたしが携帯電話を買った、携帯電話やさんの友だちの名前だった。

ルームメイトのリクエストに応えて、シアツ・マッサージをしてあげる。カウチにうつ伏せになったルームメイトのお尻に座って、つぼを順番にゆっくり押す。カダーがこれが大好きで、カダーにしてあげたあとにいつもルームメイトにもしてあげてた。

カダーの幸せなんか考えなくていいんだよってルームメイトが言った。自分の幸せ考えなって。電話で話せなかったことを会えたら話せた。マッサージしながら背中に向かって話せた。まだときどき涙声になっちゃって、「泣いてるの?」ってうつ伏せのルームメイトが聞く。「泣くなって言わないで。あたしほかの誰の前でも泣かない。一度だけ仕事場でみんなの前で泣いちゃったけど、それからはちゃんと明るくしてる。あなただけなんだよ、泣けるのは。だから泣いてもいいって言って」。

「泣いていいよ」ってルームメイトが言った。だけどやっぱり我慢した。思いっきり泣けない。でも思いっきり泣かなくていい。ときどき泣きそうになって我慢してるときに、「泣くな」って言わないでくれたらいい。もう少しで全部平気になれるから。


ルームメイトの友だちは2週間に一度仕事でシティに来る。その度にカダーとルームメイトのところに泊まって遊ぶらしいけど、今度の火曜日にはボストンで昇格試験があるからって、ルームメイトのお部屋で勉強してた。

「おなかすいたー」って出て来たルームメイトの友だちと3人でごはんを食べに行って、それからシティのバーに連れてってくれた。ルームメイトの友だちの友だちの友だちって人のバースデーパーティがあるからって。貸し切りのバーは人でいっぱいで、誰が誕生日の主人公かなんかわかんない。ルームメイトの友だちも、知らないって笑ってた。

知らないいろんな人とおしゃべりして、ルームメイトとルームメイトの友だちがずっと順番にそばにいてくれたし、ルームメイトの友だちと体を重ねて踊ったりして楽しかった。ルームメイトの友だちにルームメイトとどうやって知り合ったのか聞かれて、カダーのことを答えた。「知らなかったよ。カダーは難しいヤツだからなあ」って言ってた。

ルームメイトの友だちが飲んでたロングアイランド・アイスティーがおいしくて、半分コしながら何杯も飲んでたら、酔った。めちゃくちゃ気持ちが悪くなった。そのあと数人で行ったルームメイトの友だちの友だち夫婦のアパートでは、おしゃべりにも参加出来なくてカウチにひとりでぐったりしてた。帰るときに「ごめんなさい。失礼だよね」ってみんなに謝って立ち上がったら、ころんじゃった。ルームメイトがおんぶしてくれて、ルームメイトの友だちがパースを持ってくれて、車のとこまで行く。「平気平気。きみは大丈夫」って、おんぶしながらずっと言ってくれてた。でも死にそうだった。後ろの座席にどうにか乗り込んで「隣りに座ってよ」ってルームメイトに言ったけど、「ひとりで横になってなさい。僕はコイツが居眠りしないように助手席で起こしてなきゃなんないから」って言われた。


アパートに着いて、車を降りて立てずにしゃがんでたら、ルームメイトの友だちがしゃがんだままの格好のわたしを抱き上げて、カウチまで運んでくれた。ルームメイトが靴を脱がせてくれた。「コートも脱ぎなよ」って言われたけど、「寒いからやだ」って言って、まるまったまま震えてた。ルームメイトの友だちがシャツの下に手を入れて裸の背中をずっとさすってくれてた。あったかくて気持ちよかった。ふたりのおしゃべりを聞きながら、だんだん元気になっていった。もう朝の5時だった。

「気持ちいいー」ってクッションに抱きつきながら、「カダーはどこにいるの?」って聞いた。ドアが開いてるカダーのベッドルームは空っぽのまんまだった。「今日は帰ってこないよ。泊まってくるって言ってた」ってルームメイトが言った。その友だちの家にって言ったけど、多分違うと思った。


パジャマを貸してくれて、「どこに寝る?」ってルームメイトの友だちが聞いた。「どこがあるの?」って聞いたら、「カダーのベッドルームかリビングルームか僕のベッドルーム」ってルームメイトが答えた。カダーのベッドでなんか寝られるわけない。「ひとりにしないで」って言った。

ルームメイトの友だちはベッドの横でスリーピングバッグに寝て、ルームメイトが枕をふたつ自分のベッドに並べた。ルームメイトの友だちが「こっちにおいでよ。抱っこしたげるよ」って言って、わたしは笑った。「僕だけひとりで淋しー」って言うから、「じゃあここにおいでよ」って言ったら「行くー」って這い上がってきた。ルームメイトのベッドにわたしがまん中になって3人でぎゅうぎゅう詰めになる。笑った。「これクイーンサイズ?」って聞いたら「フルサイズ」ってルームメイトが答えて、「ほんとに今フルだ」ってルームメイトの友だちが言って、また笑った。

「嬉しー。男ふたりに挟まれて眠るなんて、生まれて初めて」って笑ったら、「きみの人生の幸せ指数を1から10で答えてごらん?」ってルームメイトの友だちが聞いた。「人生のことはわかんないけど、今は10」って答えた。

ルームメイトとルームメイトの友だちが両側からいっぺんに抱き締めてくれて、そのまま眠った。
ぽかぽかあったかかった。


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