天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

明日何着てこうか - 2002年10月31日(木)

「子供たちが trick or treat に来たときは、キャンディあげたあとの戸締まり忘れないでちょうだいね」って、朝出掛けるときに大家さんの奥さんに100回くらい言われる。お昼休みにキャンディ買おうと思ってたけど、もうそういうのがめんどうになってやめた。帰り道、いろんなカッコした子供たちたくさん見て、笑えた。うちに帰ってすぐ、ベッドに潜る。起きてからも、ピンポンが鳴っても息潜めてよって思ってたけど、誰も来なかった。ビルのアパートだと安全が確保されてるから、おんなじビルに住んでる子供たちが9時になっても10時になってもピンポン鳴らしに来てたけど、おうちだとそんな時間にはもう誰も来ないんだ。

お隣でパーティしてる。サルサをガンガンかけて。だからわたしも負けじとケチャップソングをかける。ちょっとだけひとりで踊ってみたけど、つまんなくてやめた。

ベッドルーム中にエアフレッシュナーを振りまいて、チビたちをリビングルームに出してドアを閉めて、それから窓を開けて体を乗り出してたばこを吸う。そうするとお部屋に匂いが残らないし、チビたちが開けた窓から飛び出す心配もない。最近そうやってまた窓辺で時々たばこ吸っちゃう。ここに引っ越してから、うちの中では吸わないことに決めてたのに。

木の枝をおおう葉っぱのすき間から、星がひとつ覗いてた。
明日も晴れみたい。寒いかな。何着てこうか。

昨日、水色のフィッシュネットのタイツを履いてったら、オフィスでもフロアでも「かわいいね、その『魚取り網』タイツ」ってみんなに言われた。「『男取り網』タイツだよ。これで男を掴まえるの、ティラ〜ン」って、スカートの裾をまくり上げるとウケた。今日はバーガンディ色のストライプのタイツにしたら、誰も何も言ってくれなかった。二日続けて派手すぎた。かな。

ケチャップ止めて、Daniel Bedingfield をかける。最近の一番お気に入り。
I wanna know if youユre busy.
I wanna know if youユre doing anything tonight.
I wanna know if you missed me.
聴いては自分にオーバーラップしてたっけ。
今はそうでもない。答えを知ってるから。でも、大丈夫。大丈夫。大丈夫って決めたから。


ヒーターのサーモスタットが上手く効かなくて、ずっと朝になっても温度が下がったまんまで寒かった。大家さんが直してくれて、今は朝があったかすぎる。あったかすぎて起きられないくらい。それで最近仕事に行くのがギリギリになってる。

先週の日曜日から冬時間になって、あの人との時差が1時間離れた。電話の時間が中途半端になって、起きて待ってればいいのか寝て待ってればいいのか決められない。今日も起きて待ってるんだろうな。それでそのあとちょっとだけ眠って、朝があったかすぎて起きられないんだろうな。今のうちに何着てくか決めとかないと、また焦るよ。


去年の日記を読んで、バカって思う。
今年はも少しだけカシコイかもしれない。


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コートに付け衿 - 2002年10月30日(水)

「じゃあね。おやすみ。僕は勉強に戻らないといけないから」。
カダーがそう言って、わたしもおやすみを言ってから、ルームメイトに代わってくれるように頼んだ。
「なんで?」
「少しだけ、話したいの」。
この次声を聞けるのはずっとずっと先なんだろうなって思いながら、電話の向こうでカダーがルームメイトを呼んでる声を聞いてた。

「90パーセントくらいになった?」ってルームメイトが聞く。
「うん。90パーセントになった。」

まだ友だちって言ってくれた、って言った。
カダーのこと、友だちとしてなんかよりうんとそれ以上に好きだけど、そのうちいつか「友だちとして好き」だけが残る。たくさん理由のある「好き」だけが残るときが来る。

「あなたのそういう自信のあるとこが好きだよ」。昨日そう言ったら、「それだけ?」ってカダーが聞いた。「たくさん理由があって好き。そう言ったでしょ?」「でも教えたくないってきみは言った」「じゃあひとつずつ順番に教えてあげる。一生かかるよ」。「そんなに待てないよ」って笑われた。一生かけたい。一生かけて友だちがいい。

来週まで忙しいから、そのあと時間が出来たらどっか連れ出してあげるよ、ってルームメイトが言った。あとの10パーセントはルームメイトがカバーしてくれる。そういうことにしよう。自分の力でなんか、何も出来ない。出来ることは「信じる」ことだけ。


昨日と今日、あの人はハロウィーンのイベントで忙しい。電話の時間もない。
送ってあげたこうもりがめちゃくちゃ大きくて、それはいいけど顔が「ブッサイク」って言われた。
「写真撮って送るよ」って笑ってた。約束の CD と一緒に。
あの人の写真も送ってくれるって言った。
今度こそ今度こそ、届きますように。
写真見たい。どんなになってるのかな。
それから、早く曲聴きたい。聴きたい。

日本は寒いですか?
ここはとっても寒くなったよ。
これからコートに付け衿をつける。
外れたボタンそのままにして、まだファーの衿、付けてなかったからね。


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優しい涙 - 2002年10月29日(火)

100パーセント平気になったらカダーのルームメイトに電話しようと思ってた。
でもかけちゃった。「何パーセントになった?」って聞くから、「まだ80パーセント」って答えた。

仕事してると平気なんだよ。この仕事大好きだし、大変でも楽しいし、一緒に仕事してる人たちも好きだし、患者さんたちも好きだし。一生懸命だから忘れられる。だけどね、うちに帰ってくるとダメなんだ。なんかね、すごい喪失感でいっぱいになっちゃうの。

きみは何でも持ってるじゃない。かわいい猫たちがいて、好きな仕事をしてて、いい仕事仲間がいて。

ルームメイトがそんなこと言うから、泣いてしまった。

「なんで泣くの?」「あなたが泣かした」「なんか悪いこと言った? 何言った?」

そうじゃなくて。そうじゃなくて。だって大好きなものを失ったんだもん。もっと大きなものを失ったんだもん。

そうだよ。そうだけど、そんなのは大したことじゃないって言っただろ? きみが思ってるほど大きなものじゃない。

ごめん。泣いてごめんね。でも、そんなふうにまだ思えないよ。


ルームメイトは相変わらず正しくて、だけど聞きたい言葉はそういうんじゃなくて、ほんとに言いたいこともそういうんじゃなくて、だけど何を聞きたいのか何を話したいのかよくわからないままだった。それでも電話を切りたくなくて、ただルームメイトの言葉を聞いては、痛みがなくなり切れないまま悲しかった。涙がひりひりした。

「ちょっと待って。きみと話したいってヤツがいるから」。突然ルームメイトが言った。カダーのことに決まってる。何も言えずに待ってた。


「Hello?」。
なつかしい声が聞こえた。こころが震えた。
「Hello」
「元気?」
「元気だよ」
「大丈夫?」
「・・・。うん、大丈夫。」
ルームメイトがわたしと話してるって分かったから、ってカダーは言った。カダーの声がこんなに優しいなんて、思ったことなかった。優しい声だと、ほんとに思った。ルームメイトとちっとも似てなかった。

「あなたの声って、優しいんだ。今まで気がつかなかった。ねえ、自信持っていいよ、声が素敵って。」
「そんなはずないよ」
「ううん。優しい声だよ。あたしも今まで知らなかった」。
カダーは笑った。

あなたと殆ど毎日話すことが普通で、いつも声を聞いてたじゃない? あなたの声が素敵だなんて思ったことなかった。それがあんなふうに突然声聞けなくなって、わたし、淋しかった。淋しかった。あなたが恋しかった。声が聞きたかった。ほんとに声が聞きたかった。今また聞けて、そしたら気づいたの。あなたの声がこんなに素敵だったなんて。

あいつに言われた。僕がきみのこころをめちゃくちゃにしたって。

「そうよ。」
「ほんとに?」
「知らなかったの? 知ってるでしょ?」
「・・・知ってる。」
「でも心配しないで。あたし、大丈夫だから。それとも心配なんかしてない?」
「心配してるよ。心配だったよ、ずっと。」
「ほんと? でも大丈夫だから。大丈夫になれるから。」

「新しいガールフレンドはいい子?」
「・・・。まあまあね。」
「あなたは彼女に優しい? いい人?」
「わからない。どう思う?」
「優しいよ。だってあなたはあたしにとっても優しかったもん。前はね。」
またカダーが笑う。「優しくしてあげてよ」ってわたしも笑う。

笑いながら、たくさん話した。
涙もいっぱいこぼれた。「泣くなよ」ってカダーが言う。「泣いてないよ」って答える。
それでも話したいことの、ほんの少ししか話せなかったけど、そして話しながら何度も声がつまったけど、今までとは違う涙だった。

「あたし、まだあなたの友だち?」
「もちろんだよ。」
「またいつかあなたに会える?」
「うん、心配するなよ。会えるから。」
「ほんと? ・・・まだあたしのこと好き?」
「うん、もちろん。」
「そう言って。」
「好きだよ。きみはいい子だよ。素敵な子だよ。」

よかった。カダーの「好き」の意味は、おんなじ。わかってる。初めから「愛してる」の意味じゃない。わたしだけが違う「好き」になってた。だからあんなに痛かったけど、今はカダーの「好き」を、こんなに穏やかに受け止められる。

たくさん泣いて、だけどたくさん話して、ルームメイトに溶かしてもらえなかったちっちゃくて固い痛みのかけらたちが溶けていく。

カダーがあったかい涙をくれたから。あったかくて、優しい涙を流せたから。
わたし、失わなかった。あんな日々は失ったけど、カダーをまるごと失ったわけじゃない。
そばにいてもらえなくてもいい。そこに、そのままいてくれるだけでいい。



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「友だちでいたい症候群」 - 2002年10月28日(月)

ハンサムドクターからメールが来た。

「元気? LAの生活、ものすごく忙しいよ。好きだけどね。きみ○○に住んでるんだよね、今。どう? 今オーバーナイト中。で、ちょっと忙しいから。またね」。 

小文字ばっかで、省略綴りだらけの、「5秒で打ちました」ふうなメールだった。

可笑しかった。嬉しかった。嬉しくてジェニーに話そうかと思ったけど、きっとまた怒るからやめた。

ちょうど一年。やだ。なんでなんでも記念日作っちゃうんだろ、わたし。
でも記念日。あんなに泣いたのに、もう平気。一年経ってやっと平気になった記念日。また友だちになれる? ずっと友だちでいられる?


オーダー、ちゃんと変更してくれてるかなってコンピューターのデータを見たら、先週のまんまだった。ペイジする。
「Dr. ザーナガー?」。
やっと覚えた名字でわざと呼ぶ。
「Hi! Howユs it going? 」
じゃないでしょ?
「オーダー変更してないじゃん、32-1の患者さん。」
「え? してなかった?」
「してません。」
「ごめんー。今からそっちに行くよ。B5 だろ? まだそこにいる?」。

処方をもう一度伝えて、「今すぐ変更してね」って笑う。「あ、もうひとつ追加したい。いい?」。レズがメモを取りながら言った。「来週の日曜日、きみの住んでる辺りに行くからさ、会おうよ」。
嬉しい。日曜日の予定が出来た。


昨日、カダーのルームメイトに電話した。
「平気になったよ、80パーセントくらい」って。
「今日は声が明るいね。嬉しいよ、それ聞いて」って言ってくれた。
「来週には100パーセント平気になれそう。」
「じゃあもう僕は必要ないね。」
「必要だよ。」
「なんで?」
ずっと友だちって言ったじゃん。


わたし、「友だちでいたい症候群」なの、今。


今日も信じて眠ろう。
教えてもらったとおりに、やってみよう。

ねえ、Selena の CD 買ったらついてきたオマケの CD、いいよ。
「Music to relax inspire & uplift you」っていうの。
あなたのアパートに似合うよ。あのキッチンの森にも似合うよ。
貸してあげるから、聴いて。とっても気持ちが落ち着くから。

そんな日のこと信じて眠ろう。


違うの?
そういうの、だめなの?




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信じてみる - 2002年10月27日(日)

信じてみる。

わたしは幸せになる。

目を閉じてたくさん深呼吸をして、気持ちを集中させた。
わたしが今見たいものは何?
何? 何?

カダーの笑顔が見えた。
それは明日とか来週とか、そういう近い日じゃなくて、
もう少し先の、ある日。

あのアパートで、カダーとカダーのルームメイトがいて、わたしがいて、
笑いながらおしゃべりしてる。
カダーの笑顔。
カダーは笑顔じゃなくっちゃ、やっぱりだめだ。
「Iユm so sorry」「Iユm very sorry about this」。
最後に電話で話したとき、繰り返してた。
そんなカダーはだめだから。

幸せに笑うカダーと、わたし。
もうわたしを悲しませなくていいカダーがいて、
もう胸がキリキリ痛くないわたしがいる。

あの日々を取り戻すんじゃなくて、
今度こそ、友だち。
ほんとにほんとの、友だち。
わたしはカダーを支えられる友だちになりたい。それが、今わたしの欲しいもの。

カダーはわたしから消える。
ずっと胸のどこかでそう思ってたから、その通りになったんだね。
消えちゃったものは戻らない。
だけど、もう悲しまないわたしを見せてあげたい。
カダーのこれから先の幸せを、心から信じてるわたしを見せてあげたい。
わたしのことを悲しませたっていう傷を、カダーから取り除いてあげたい。

そんなある日がもう少しで来ることを、わたし信じてみる。
心の奥でその日を想い続けてみる。


ゆうべはわからなかった。
ずっと先の幸せばかり、見ようとしてた。
でもね、気がついたの。
今一番見たいものを考えてみたら、それだった。
そしたら穏やかな気持ちになれた。突然柔らかい光に包まれたみたいに。

信じてみる。信じる。
きっとそんなある日が来る。
今はその日を信じる。

少しずつ、ひとつずつ、信じてみよう。
幸せを。


ねえ、あの人をずっと失わずにいられてるのは、信じてるからだったんだね。
わたしの愛もあの人の想いも、お互いがかけがえのない存在ってことも、消えないってことを。
「きみが大事。この想いは絶対に変わらない」。
ずっとそう言い続けてくれる人。
永遠はやっっぱりあるんだよね。信じてる限り。


カダーもいつかのあの日に言った。
「If you believe it, itユs possible」。
なんかのジョークで3人で笑ってたときで、カダーはそう言ってから自分で笑った。
「名言だろ。引用してくれていいよ、そのあとに『カダー』ってつけるなら」って。
「信じていればそれは可能。カダー」。なんにでもそれを使ってふざけたっけ。

「心配しすぎないで、カダー。全てのことがいい方向に向かうから。あたし、あなたのためにそれを信じる。知ってる? こういう名言があるの。『信じていればそれは可能。カダー』」。
苦しいことをわたしに吐き出してたカダーに、わたしはEカードにそう書いて送った。
今、わたし自分にその言葉をあげる。


信じることはマジックなんだ。
そうなんだよね?

信じてみるよ。
心のうんとうんと奥底で、意識しないでも、いつも信じていられるほどに。
あの人への愛ほどに。

少しずつ、ひとつずつ。


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It's okay to cry. - 2002年10月25日(金)

誰かそう言って。
そう言って。

大丈夫だよって笑って見せるから。
ほんとに平気だから。
少し淋しいだけだから。

泣いてもいいよって言って。
そう言ってよ。言ってください。
そしたら笑えるから。
笑うから。
泣かないから。

だけど意に反して、万が一、もしももしもまた涙が溢れたとき、
いいんだよね、泣いてもいいんだよね、って思いたいから。
泣いてもいいんだってさ、だから泣きな、って、
この弱虫でどうしようもないバカに言ってやりたいから。

そのときは泣いたこと言わないから。
もう黙ってるから。

だからそう言ってください。
誰か、言ってください。


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もう誰も - 2002年10月24日(木)

カダーのルームメイトが電話をくれた。
「約束だから、電話したよ」って。
それから、「もう大丈夫?」って。

大丈夫だった。昨日は。
なのに今日は大丈夫じゃなかった。

だからそう聞かれて、声がつまった。
「泣かないって約束したのはきみだろ?」って言われた。

話したいことを話しなよって言うけど、何も上手く話せなかった。
仕事の帰りに車の中から電話をくれて、うちに着いたところでわたしが何時まで起きてるか聞いて、またあとでかけるよって言った。

12時頃にまたかけてくれた。

ルームメイトの話し方は、ときどきカダーに似てる。
一緒に住んでると似てくるのかな。
初めて電話で声を聞いたときに、カダーとそっくりだって思ったけど。

だから悲しいとか辛いとか、そんなふうには思わなかった。
ただ、似てるのに、カダーに話すときみたいに話せなかった。
いつも普通におしゃべりしてたのに、なんでだろ。
電話だからかな。顔が見えないから、似てるとこが強調されちゃうんだ。

「聞いてるから話しなよ、話したいこと全部。」
「心理カウンセリングみたいだね。カウンセラーは上手く聞き出さなきゃだめなんだよ」って笑った。

話したいことも聞きたいこともたくさんある。
だけど、みんな喉から出る手前のところで止まってしまった。

「カダーはうちにいるの?」
「いない。どこにいるか知らない。」
「あたしわかるよ。」

カダーの名前を口にしたら、また涙声になる。
聞いたってしょうがないことなのに、一番知りたいことはカダーがどうしてるかってこと。

わかんない。
たくさんたくさん知りたいことも話したいこともあるけど、多分それはルームメイトにじゃなくてカダーにだ。だけどそんなこともうしないほうがいいに決まってるし、したくても出来ない。

「きみは楽天家だろ? 悲しい考え方するなんてきみらしくない」。
「先のことを考えなよ。過去に戻るのは嫌いだって言ってたじゃないか」。
「新しい生活を始めなきゃいけないんだよ。ちゃんと上手く行くから。今より幸せになれるから」。

みんな正しい。だけど違う。なんでそんな正しいことばっかり言うの?
わかってて出来ないときがあるんだよ。だから悲しいんじゃん。

「あたし、大丈夫だよ。心配しないで。だけどときどき誰かに話したくなるから、助けてくれる? また電話してくれる?」

なんだか矛盾したこと言った。


わたしね、ドクターのときみたいに打ちひしがれてるわけじゃないんだ。
カダーにカダーの人生をいつもハッピーに生きてて欲しいんだ。
だから、カダーが自分の幸せのために選んだことを応援したいの。
カッコつけてるんじゃなくて、なんでかわかんないけどカダーのことはそう思う。
ううん。なんでかわかってる。
ただね、ただ今は淋しいだけだから、淋しさを紛らせて欲しいだけ。

カダーのルームメイトがわたしを支えてくれるのが嬉しい。とても嬉しい。だけど、
カウンセリングの真似ごとはいいんだよ。
ね、だから今度どっか遊びに行こうよ。
それがいい。そういうのがいい。そういう支えがいい。

「ずっと友だちでいてね」。
また言っちゃった。

わたしだって、わたしだって、もう誰も失いたくない。
今はそれだけ。


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ぬくもり - 2002年10月23日(水)

夜がすっかり明けてしまった。
あの人に電話した。絶対電話に出られない仕事の時間って分かってたけど、ただ番号を押したかった。明るい声が聞こえた。「届いたよ」って。この間送ってあげたヤツ。早かった。もう着いた。間に合ったね、ハロウィーンのイベントに。「出てくれないと思ってた」「うん。ほんとは出られないとこなんだけどさ、ありがとうって言いたかったから」。仕事中だからいつもみたいにはしゃいでない。でも嬉しいのが伝わったよ。


目が真っ赤に充血して、ぐりんと黒いクマが出来てて、めちゃくちゃ冴えない顔して仕事に行った。お昼休みに、ジェニーが学校のリサーチ・ペーパーに選んだトピックのことを話すのをみんなで聞いてたら、突然、ほんとに突然、何の前触れもなくボロボロボロボロ涙がこぼれた。

「どうしたの?」ってみんなが驚く。「またフロアで誰かドクターと口論したんでしょ」ってジェニーが言う。「胃が痛いの?」ってドリーンが子どもに言うみたいに聞く。フィロミーナが目をまんまるくしてじーっとわたしを見る。「何でもない。何でもないから、聞かないで。ジェニー、早く続き話してよ」。必死で笑おうとしてるのに、「ねえ・・・どうしたのよ?」ってジェニーはわたしの顔を覗き込んだ。

もうね、またこんなバカなこと言えないよ。お願いだから、今は知らん顔してて、って思いながら、両手で涙を拭ってはこらえてたらヒックヒックが止まらなくなった。

「誰だよ、アンタのハートをまたブレイクしたドクターは」ってジェニーが茶化してくれたから、「ドクターじゃないよ」ってやっと声に出せて、「平気だから。ごめん」ってやっと笑えた。


うちに帰るのがやだなあって思ってたら、ちょうどうまい具合に車のエンジンがかからなくて、駐車場から AAA を呼ぶ。待ってるあいだに、クラスから帰る途中のジェニーが電話をくれた。普通に笑っておしゃべりした。AAA が来てバッテリーをジャンプインしてもらって、うちに帰ってエンジン止めて、もう一度かけてみたらまたかからなかった。うちからまた AAA を呼ぶ。待ってるあいだにまたジェニーが電話をくれた。

「大丈夫?」って聞く。ちゃんと分かってたよ、心配してくれてるの。
少し黙ったあと、「カダーなんだ」って言った。
「女の子が出来たって言われたの。」
「・・・。」
「それで、もうあたしと会わないって。」
「アンタ、カダーにそういう感情持ってなかったでしょ?」
「I donユt know. Maybe」って答えて誤魔化した。
「No って答えてよ、 No って。ほんとに I donユt know. Maybe って思ってるにしても、No って答えるの!」
笑ったけど、鼻の奥がつんとした。

カダーはアンタが好きになる人じゃないよってジェニーは言った。だから、もういいじゃん。もういいから、忘れちゃいな? ああ、でもアンタの性格なんだよね、それ。なんて言ったらいいんだろ、「あんなヤツ」って思えないとこ。なんて言ったらいいんだろ。なんて言ったらいいんだろ。

わかるよ、ジェニーの言いたいこと。ドクターのときだって、いつまでも「でもいい人だったんだよ」って言ってて、呆れられてた。スパッと断ち切れないんだよ。

だけど、たぶん今度は大丈夫。たぶん。

この次のときはね、余計な分まで好きなっちゃいけないよ。ね、友だちのところで止まってなよ。友だちの状態が一番素敵じゃん。それ以上距離が縮むとね、悲しみと痛みがおまけについてきて、シンドイことが増えるんだから。ね、この次誰かと仲良くなったら、好きになりすぎちゃいけないからね。

でもね、ジェニー。悲しみと痛みがくっついて来ても、他にはないぬくもりがあるんだよ。わたし、あったかいのがいい。ゆらゆらゆらゆらあったかい、あのぬくもりが大好きなんだもん。幸せなんだもん。要るんだもん。・・・また失っちゃった。


「急に気温が下がったから、バッテリーがやられたんだよ。ジャンプインしても、もう無駄だよ」。AAA のお兄さんに言われた。お店はもう閉まってる時間だし、困ってたら、自分ちに持ってるバッテリーを40ドルで譲ってつけてあげるって言ってくれた。信用していいのかどうかわかんないけど、40ドルは安いからそうしてもらった。


今日はほんとに寒い。
でも、カダーのことは大丈夫だから。たぶん、たぶん、大丈夫だから。


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きっと大したことじゃないから - 2002年10月22日(火)

あの人がハロウィーンのことを「ハロウィン」って言う。
「ハロウィンって言っちゃだめー。ほかの人がみーんなハロウィンって言っても、あなただけはハロウィーンって言って。だってもうすぐアメリカ人になるんでしょ?」。

日本語になってるんだからムキになることないんだけど、ほかの外来語はどう日本語で言われていようといいんだけど、ハロウィーンだけはだめなんだ、ハロウィーンって言ってくれなきゃ。郷ひろみを思い出すから。まだ日本にいたうんと昔、テレビで郷ひろみがなんかエラそうにハロウィーンのこと説明してた。「ハロウィン」「ハロウィン」って言って。それがヤだったの。意味もなく気分悪かった。それだけなんだけど。

楽しかったね、ゆうべの電話。ニルバーナのリマスター CD が29日に出るんだよって言ったら、あの人の眠たい声が一気に元気になった。久しぶりに音楽の話、いっぱいした。わたし、ニルバーナはどっちでもいいんだけど、最近いい音楽がたくさん出てるから、あの人に全部聴かせてあげたい。ねえ、聴かせてあげたい。一緒に聴きたい。

もうすぐハロウィーンだよ。フェスティブ・シーズンの始まりが来る。去年もそうだった。おんなじ頃だった。ジャック・O・ランタンに笑われてる気分。・・・そうでもないかな。ハッピーな笑顔に助けられるかな。




やっとカダーに繋がった電話を切って、カダーのルームメイトに電話した。
もうミッドナイトを過ぎてたけど、誰かに救って欲しかった。
ルームメイトは優しかった。多分精一杯優しい言葉をくれた。そして、多分それはほんとのことだ。大したことじゃないんだ、きっと。泣いて眠れない夜を明かして、泣きはらした目で仕事に行って、ここから抜け出せないまま悲しみに暮れて日々を過ごすなんて、「それがきみの欲しいこと?」。そんなものは欲しくない。大したことじゃない。大したことじゃない。きっときっときっと。そんなに悲しむ必要なんかないことだ。きっと。きっときっときっと。

ほんとはまだ悲しくて仕方なかったけど、どうしようもなく支えが欲しかったけど、そんなにルームメイトを邪魔するわけにもいかなかった。「ちょっとはラクになった?」って聞かれて、「うん」って答えた。「あなたはずっと友だちでいてくれる?」「ずっと友だちだよ。いつでも電話しておいで」「あなたもかけてくれる?」「かけるよ」。それだけで、少しだけ落ち着けた。


「考えないようにしなさい」って言われた。「カダーは新しいことが欲しかっただけだよ。そうやって苦しい人生を試行錯誤してるんだよ。だからカダーを責められない」。
そう、誰もカダーを責めることなんか出来ない。カダーを責めちゃいけない。責めてなんかいない。ただ、悲しくて淋しくて、今はまだ受け入れられないだけ。

起こったことも何も責められない。起こったから起こっただけ。起こったことは受け入れなきゃ、悲しみから抜け出せない。そういつも思ってるはずでしょ?


ねえ、わたしずっと痛みを抱えてたよね。「愛せない」って言われたときから。「愛せる人を見つける」って言われたあのときから。それでも一緒にいられて楽しかったけど、ずっと痛かったよね。だからもう、この痛みから自分を解放してあげられるよね。もう、あんなに胃が痛くなったりもしないよね。

明日になったらそう思える?

もう夜が明けてしまうけど。


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冬が来るね - 2002年10月21日(月)

憧れの Dr. ラビトーの夢を見た。
日本にいる男ともだちとわたしの妹と、4人でビル内全部食べ放題ってとこでごはんを食べてた。全部日本の料理だった。Dr. チェンの宿題のせいらしい。わたしはみんなと別行動して、ひとりで食べまくってた。何故か B5 の意地悪ナースのローダが現れて、「このお寿司がおいしいよ」ってサバのお寿司を勧めてくれた。優しいじゃんって思った。どっかの階でやっと Dr. ラビトーと一緒になったら、突然キスされた。ぶちゅ、って、気持ち悪いキスだった。「生まれて初めてキスしたよ」って Dr. ラビトーが言った。目が覚めて、大笑いした。明日ジェニーに話してあげよって思った。

時計を見たら、8時だった。あの人が、夕方の6時に起こしてって言ってたのに、目覚ましの AM と PM をまた間違えて、朝の5時に起きて電話してあげられなかった。


ゆうべあれから、カダーのルームメイトに電話した。近くの保険やさんまで行くから、車のライセンス・プレートを付け替えるの手伝ってって。カダーにお願いしたかったけど、あれから電話くれなかったし、かけても繋がらなかったから。ルームメイトに会ったら、カダーにも会えるかなってちょっと計算した。

ルームメイトはカダーがコースを取ってる大学で仕事をしてる。4時に終わるからそこに来てって言われた。

一回だけカダーを送って行ったときにカダーを降ろしたブックストアの前から、電話する。そこしか知らなかった。「正面玄関まで戻って左に曲がったら駐車場があるから、そこで待ってる」ってルームメイトが言った。

きれいな女の人と一緒だった。ガールフレンドかなって思ったけど、恋人はいないって言ってたし、わかんない。ライセンス・プレートを付け替えてくれてる間に、「カダーはどうしてる?」って聞いたら、「今日は一回も会ってないよ」って言った。ルームメイトなのに。ゆうべカダーはうちに帰らなかったのかなって思った。でも、聞かなかった。

保険やさんに行ったあとで買ったりんごを、お礼にルームメイトと女の人にあげようとしたら、ふたりともりんごは好きじゃないからって受け取らなかった。

ルームメイトの手が汚れちゃって、「ごめんね」って両手で拭ってあげたら、「平気平気」って両腕を広げてくれた。「ありがとう」ってハグした。「どういたしまして」ってほっぺたをすり寄せてくれた。ルームメイトのほっぺたは、あったかくて気持ちよかった。

ぽかぽか陽が照ってるのに、風が冷たい。葉っぱが寒そうに色づき始めて、ハロウィーンのオレンジ色が、ルームメイトのほっぺたみたいにあったかい。

隣りにある、わたしがインターンしながら通った大学に、ジェニーのジャーナル・リサーチの続きをしに行く。欲しいアーティクルが載ってるジャーナルが殆どない。あの街で通ったあのドデカイ大学の図書館なら、どんなジャーナルだって揃ってたのに。


駐車場でカダーに電話しようと思ったら、missed calls にカダーの ID が入ってる。音量マックスにした上にバイブレートにもしてたのに、全然意味無し。かけ直したら、今大学のジムにいるって言った。「今来たばかりだから、何時に終わるかわからない」って言われた。すぐ隣りの大学にいるのに、会えない。「あとで電話するよ」って言うから、「絶対かけてね」って言ったけど、わかんない。わかんないよ。昨日だってかけてくれなかったじゃん。

わたしね、思ったんだ。
カダーのルームメイトが「今日は一回も会ってない」って言ったのが、なんとなく、それ以上カダーのことを聞くなって言ってるみたいで、ほっぺたをくっつけてハグしてくれたのが、なんだか慰められてるみたいだって。

やっぱりそういうことなのかもしれない。


あんなにあったかかったのは、あの頃が夏だったせい?


もう冬が来るね。
冬が来るんだ、ね。



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きっとまた当たる - 2002年10月20日(日)

昨日は、また Dr. チェンがお昼に誘ってくれた。
病院のすぐ近くにあるシティで一番おいしいっていう上海料理のお店。
ジェニーも誘ったけど、時間が合わなくてジェニーは来られなかった。
オフィスに戻ったら、ヴィクトリアが「あたしも気をつけなきゃ、旦那に浮気されちゃう」なんて言う。そんなんじゃないじゃん。Dr. チェンはすごい美人の奥さんがいて、メロメロに愛してるんだから。

ヴィクトリアはときどき旦那さんのぐちこぼしてる。口を開くと喧嘩になるって言うし。だけど最近妊娠した。愛し合ってるからでしょう? 違うの?


今日も仕事。
めちゃくちゃ忙しかった。
新規の入院患者さんがものすごかった。ふらふらになった。
ゆうべ、ジェニーの課題を手伝って明け方までジャーナルのサーチしてたから、よけい。
帰って来てすぐにベッドに飛び込んで、3時間も眠ってしまった。


10時半まで待ったけど、カダーは今日も電話をくれない。
今日の試験どうだった? って聞くのを口実にかけてみた。
車の運転中だったみたい。
殆ど話さないうちに、電話が切れた。かけ直したけど、繋がらなかった。
もう一度かけたら、留守電になってた。
あとでかけてくれるのかなって思って待ってるけど、まだかかって来ない。

3日声聞かなかっただけなのに、もう何ヶ月も話してないみたいな気がする。
3日話してないだけで、カダーがうんと遠くに行ったみたいな気がする。

こころが繋がってないせいだよね。


だからね、Dr. チェンは大丈夫なんだよ、ヴィクトリア。
奥さんもドクターだから忙しくて、だから時間が合わないことも普通で、
だけど愛し合ってるから平気なんだよ、お互いにひとりの時間をどう過ごしたってさ。別に何も悪いことしてないんだしさ、Dr. チェンはいつも奥さんのことのろけてるよ。


明日はお休み。
前に住んでたとこの車の保険やさんに、お金を払いに行く。
前のアパートのセキュリティ・ディポージットがこのあいだ返って来たから、その分で一年分まとめて払えるから。
それから、ジェニーの課題のお手伝いの続きをしなきゃ。
久しぶりのジャーナル・リサーチが、楽しい。

うそ。楽しくない。不安。

またなんか悪い予感がしてる。


お願いだから、何も起こりませんように。
知らないあいだに、何も起こってませんように。

胸がきりきりする。痛い痛い痛い。
怖い怖い怖い。
きっとまた当たる。


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2という単位 - 2002年10月18日(金)

お休みの金曜日。
夕方、あの人に送るものを箱に詰めて、郵便局に持ってく。
送料77ドル。なんかあんまり意味ないけど、あの人が喜ぶならまあいいか、ってことにする。

そのあと病院に、Dr. チェンの宿題をドロップオフしに行った。
渡されたガイドブックにマークを付けただけだけど、ちゃんと別におすすめスケジュールを作って、あとからあげることになってる。宿題はまだ終わらない。

ロビーからペイジして「どこにいるの?」って聞いたら、もう終わるからそこに行くよって言う。降りてきた Dr. チェンにガイドブックを見せて、説明する。駐車場に向かって一緒に歩いて、それから Dr. チェンが「お茶でも飲みに行く?」って聞いた。わたしの車で、うちの近くの通りに並ぶバーのひとつに行った。お酒もコーヒーも飲めて、カウチのあるすごくくつろげるとこだった。メニューがちょっと怪しげだったけど、それもおもしろかった。カダーを連れて来てあげたいなって思った。


Dr. チェンはおしゃべりでおしゃべりでおしゃべりで、おしゃべりが大好きで、なんか話がどんどん哲学っぽくなってって、人生について語られてしまった。

生きることの一番根底にあるのは、2という単位なんだってさ。
むかーし、父が似たようなこと言ってたっけ。人はひとりでは生きていけない。誰かと一緒に生きてくことを決めて、家族が出来て、家族が増えて、家族が離れて行って、そして最後に残るのは、またふたりで生きるってことなんだって。そんなこと言ってた父も、最後にふたりが残ったあとに離婚して、ひとりになっちゃった。

「休みの日は何してるの?」って質問は、一番困る。
お休みの日だけじゃなくて、仕事からうちに帰った時点で、わたしは自分の時間をひとりでどう扱えばいいのかわかんない。

10年も結婚してたあとでひとりになるってのが、どういうものなのか想像が出来ないって Dr. チェンは言った。

ああ、そういうことなのか、って、妙に納得した。
うちに帰れば自動的にすることがあって、自動的に誰かと一緒に時間を過ごすことになってて、2という単位が当たり前だった10年間。あの娘がいなくなって、それから戻った2の単位はあまりにも残酷だったけど、それでも1じゃなくて2だったから救われてたような気がする。

1の淋しさは、2の単位で生きることを知ったときから始まるんだ。


なんて、またどうしようもないこと考えるからさ、もういいよ、って思うのに、Dr. チェンったら極めつけの台詞。

「『Donユt worry. Itユs all right』。誰かが微笑んでそう言って手を差し伸べてくれたらね、心が溶けるから、そしたら差し出された手を掴まえるんだよ。そういう人が必要なんだよ、きみは」だって。


だからね。だからね。だからね。
どこにそういう人がいるの?

第一ね、なんでそんな、人のこころを見透かしたようなこと言うわけ?

違うな。見透かしてるわけじゃない。
わたしの心を溶かしてくれる人は遠い遠いとこにいて、わたしその手を掴まえたり出来ないだけなんだから。

近くにいて手を差し伸べてくれたはずの人は、わたしが掴もうとしたらその手を引っ込めちゃったんだから。


地下鉄の駅はすぐそこだったのに、車に乗っけてってあげて、Dr. チェンはバイバイって帰ってった。ひとりの時間を潰せたから、感謝。ありがと、Dr. チェン。


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出来ない - 2002年10月17日(木)

明け方の電話越しにあの人の声が優しい。
「眠たい? 眠たそー」。
突然の声が耳の奥に心地よく響いて、わたしはまどろみの中でふわふわ揺れる。
「明日電話するって言ったけどね、今かけたくなった」。

わたしね、明日電話くれるときに魔法をくれると思ってた。
でもまだ怒ってるかなってちょっと怖かった。

思ってもいなかった方法で
ちゃんと元通りにしてくれたね。

大きいなあって思う。
あんなにたくさん意地悪言ったのわたしなのに、
「ごめんなさい」って言うまえに
全部なかったことにしてくれる。

ありがとう。
ごめんね。
ありがとう。
ほんとに、大きいね、あなたって。



「終わった終わったー」って10分遅れでフロアを降りようとしたら、ナースステーションにいたレズが「帰るの?」って聞いた。
「うん」
「僕ももう終わるから、ごはん食べに行く?」
「いいよ。これからオフィスに行くから、あと7分くらいかかるけど」
「じゃあ10分後にロビーで待ってるよ」。

ロビーに行ったらレズがもういて、「友だちも来るって言うから、紹介するよ」って言った。
友だちは Dr. ニコルスだった。今日も B5 で一緒に仕事して、とっつきにくいドクターだなあって思ってた。いきなりジョークで笑わされる。イメージ180度転換。
レズがわたしの車に乗って、Dr. ニコルスの車のあとをついて行く。
おしゃべりに夢中になって、わたしったら Dr. ニコルスの車を見失った。レズがうろ覚えの道をナビゲートしてくれて、グリーンのバーナーをわたしが見つけた。
ブラジリアン・レストランだった。

珍しくて、おもしろかったしおいしかった。
おなかの皮がよじれるほど、ジョークばっかり言い合って笑って、楽しかった。
まじめに医学の話してても、全部ジョークに転んじゃう。Dr.ニコルス、コメディアンみたい。真面目で気難しいドクターだと思ってたのに。
レズはわたしの隣りに座って、自分のお皿のお肉をわたしに分けてくれたり、デザートをふたりでシェアしたり、だけど帰るときは、おんなじ方向の Dr. ニコルスの車に乗ってった。そういうのが嬉しかった。友だちだよね、こういうの。


昨日の夜も今日も、カダーに電話してないし、かかっても来ない。
試験の勉強してるのかな。
ほかの子と会ってるのかな。

ちょっと忘れてみようかなって気もするけど、

出来ない。
カダーのバカ。


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吐きそうなくらい - 2002年10月16日(水)

朝、また強烈な胃痛に襲われる。
ウルトラサウンドもエンドスコーピーも血液検査も、「異常なし」って結果だったのに。
ポリープがいくつかあるけど、そんなのなんでもないって言われたし。
このあいだは、処方してもらったお薬を飲んだら数分で痛みは止まったのに、今朝はお薬がすぐに効かなかった。ベッドにうつ伏せになって痛みがおさまるのを待った。2時間ほどしてやっと止まって、シャワーを浴びる。ボスに電話したら休んでいいって言ってくれたけど、うちにいると気が滅入りそうで、仕事に出掛けた。

今日も雨。

仕事に行ってよかった。
待ってくれてる患者さんがいるっていいな。
ナースたちもドクターたちも、元気を分けてくれる。
レズに会った。ものすごく忙しそうで、「見てよ、これ。知らない間にこんなものが入ってるんだ」って笑いながら、白衣の両方のポケットから大小のシリンジを手品みたいにいっぱい出す。「大丈夫? サイコのコンサルトしてもらったら?」って、わたしも笑う。

B4 で、神経科の Dr. カーターにも会った。
マジェッドのことちょっと詳しく聞いてみたら、やっぱり MS みたいだ。
一生注射を打ち続けなきゃいけない。それで進行をちゃんと防げるんだろか。


夕方、スーパーバイザーのミス・スーパーとやり合っちゃった。
やり合ってるの見てたアニーがわたしにわざと聞く。
「ミス・スーパー、好き?」。
「大っ嫌い!」って答えたら、「その言葉使うなって言ったでしょ」って怒る。何よ、言わせたんじゃん。「だって、大っ嫌いだから大っ嫌いって言ってんの! だあーいっキライ!」。
隣りにいた男のスタッフがゲラゲラ笑う。説教しながら、「これ持って帰りな」って、アニーは今日あったパーティの残りのティラミスとブレッドプディングを、スタイロフォームの容器に入れてくれる。アニー、大好き。だーいスキ。

帰り際に、カダーに電話した。
今日試験だって言ってたから、頑張れって言いたかった。
「もうクラスが始まるんだよ」って、なんかちょっとご機嫌ナナメ。
「ごめん。テスト頑張ってって言おうと思ったの。じゃね」。
「うん」。そっけない返事。邪魔したみたい。電話するんじゃなかった。


9時前、ジェニーが電話をくれる。
「だーれだ?」
「ジェニー」
「ノー。フィロミーナだよ〜。『ちゃんと食べたんだろうね?』」
フィロミーナの口調を真似してジェニーが言う。
「『Listen!』って最初に言わなきゃダメじゃん」って笑った。
「Listen!」。ジェニーがフィロミーナみたいにひっくり返った大声で言ったとたん、ジェニーの携帯が突然切れた。
それから、「なになに? 何が起こったの?」って、すぐかけ直して来た。
また胃が痛くなって遅れて行ったから、心配してくれてた。「休めばよかったのに。大丈夫?」って。
「うちにいるとさ、よけいなことばっか考えちゃうからさ」
「よけいなことって?」
「あたしのこのみじめったらしい人生と将来への不安について」。
笑いながら言ったけど、ジェニーは「何言ってんの?」って真面目に返事した。
1時間くらいおしゃべりして、切るときに、「しょうもないこと考えちゃだめだからね」ってジェニーが言った。



あの人と喧嘩しちゃったんだ、ゆうべ。
・・・じゃないな、明け方かな。
大事な人なのに、いや〜なこと言って怒らせちゃった。
あの人、ものすごく冷ややかに怒ってた。


大好きな人と、一緒にいられるって、いいね。
自分のことだけ想ってもらってるって、いいね。
お互いだけを想い合えて愛し合えて、一緒の時間を過ごせるって、いいよね。
先のことなんかわかんないって思ったって、いつか終わりが来るって不安になったって、
別にいいんだよ。だって、「今」は満ち足りてるでしょ?
それって、当たり前のことで、ものすごく幸せなことなんだよ。早く気づきなよ。


ううん。そんなのが原因じゃないんだけどね。
ただ、もっとバカげてていや〜なこと言っちゃっただけ。たくさんたくさん。吐きそうなくらい。

明日一日頑張ったらお休みだ。
明日の夜電話くれるとき、わたし素直になれるかな。
明日、ちゃんと電話くれるかな。


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あったかいお部屋に - 2002年10月14日(月)

あったかい。
あったかい。

今日、アパートにヒーターが入った。

窓を少し開けなきゃ暑いくらいにあったかい。

外は寒くて、
近所のお家はハロウィーンの飾り付けでいっぱい。
赤いフリースのジャケットを着て、ハロウィーン・デコレーションの探索に出掛ける。
大きなフランス窓一面を埋め尽くしたちっちゃいパンプキンたち。
角を曲がったところのアパートのそれが、一番素敵だった。

うちに帰ったら、ほかほかあったかい。
嬉しいなあ、あったかいおうち。

夕方、大家さんのフランクにお願いして、近所の COSTCO に連れてってもらう。
あの人に頼まれてたもの買いに。
卸屋さんだからめちゃくちゃ安かった。送料が高そうだけど。

ポーチュギース・バンとピタブレッドの大きな袋と、
大きな大きなサーモンをおろしたヤツとカレイの10枚入りパックと、
ブラックフォレスト・ハム2ポンド入りのパックと、
ケロッグのスペシャルKレッドベリー入り2箱と、
アボカド5個入りのバッグも、カートに入れる。

スイスチーズの大きなかたまりを手に取ってたら、フランクに止められた。
「パーティーでもするの?」って。
止めてくれてよかった。

だって、サーモンとカレイは半分カダーとルームメイトにあげようと思ったの。
大きなピタブレッドの袋も半分。
ふたりともお魚大好きだし、ピタブレッドはカダーの常食だし。
「スペシャルKレッドベリーズ」はわたしが好きだから、1箱自分で食べて、1箱あげようと思ったの。
ポーチュギース・バンでサンドイッチも作ってあげようと思ったんだ。

バッカだね、わたしって。


ゆうべイースト・ビレッジに行ったってカダーに言ったら、カダーもダウンタウンに行ったって言った。それで、「なんで電話してくれなかったんだよ」って怒る。誘ってくれたらよかったのに、だって。自分だって行ったんじゃん、友だちと。カダーなんか誘ってくれたことないじゃん、シティに出掛けるとき。そう言ったら、「おまえなんか嫌いだ」って、わけわかんない。「あたしも嫌い」「僕も嫌い」って会話が終わって、電話切ることになってしまった。


Dr. チェンの宿題をする。ああ、わかんない。大阪。
知ってるお店とか場所とか選んで、そこに丸くて赤いスティッカーを貼ってみて、あとで剥がせるのかなと思ってちょっと剥がしてみたら、ハゲちゃった、ドクターの本。


夜中の12時半頃、カダーに電話した。
「まだ起きてた?」って聞いたら、「どうしたの?」って驚いてた。
「別になにもない。さっきあたし、『嫌い』って言ったから。好きだよ」
「何かあったのかと思ったよ。僕は嫌い」
「嫌いって言わないでー」
「泣くなよ。好きだから。これで寝られる?」
「へへへ。うん」
「何やってんだよ。寝なきゃだめじゃん。明日仕事だろ?」
「うん。・・・。」
「何? What do you want?」
「a kiss」
「え?」
「だって、what do you want? って聞くから答えたの。I want a kiss」。
笑ったあと、ンン〜マッのキスをくれる。
「これでハッピー?」
「うん、ハッピー。いつ会える?」
「今週は学校でふたつ試験があるからね、水曜日と日曜日に。だから来週。わかった?」
「・・・わかった」。

ほんとかな。ほんとに会えるのかな。
来週って遠い。

でも、お部屋があったかいから、いっか。
あったかいと幸せだよね。

あったかくなったお部屋に、また来て欲しいな。


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ジャパニーズ・ナイト - 2002年10月13日(日)

連れてってくれるはずだったお寿司やさんは、日曜日はお休みだった。
Dr. チェンはくやしがって、「でもおいしい日本料理の店はこの辺りにたくさんあるから」って、ジェニーとわたしを引っ張りまわす。わたし別に日本料理にこだわらないのになあって思ってたけど、 Dr. チェンは日本料理にまで「味にうるさい」そうで、日本人のわたしを驚かせたいって一生懸命だった。次に目指したお蕎麦やさんは外まで人が並んでる。「yakiniku」の看板を見つけて、「あーっ。ジャパニーズ BBQ だ」ってわたしはお店に走り寄る。なつかしい、なつかしい。「ここにしよ」って言ったけど、そこも1時間半待ちだった。

結局、違うお寿司やさんに行く。
わたしったら、この街に来てから一度だって日本のレストランに行ってない。前の街でも、知り合いのお寿司やさんに年に一度行くか行かないかだった。とてもおいしいお寿司やさんだったけど。

「ニューヨークのお寿司なんて、絶対信用出来ない」なんて言ってたら、おいしかった。ほんとにおいしかったよ。びっくりしたよ。

Dr. チェンは得意げに、「ここのスシも悪くないけどね、ここがそんなにおいしいって言うなら、最初に行く予定だったとこできみは死ぬよ」って言った。

わたし、この街に来てから、日本のものから故意に遠ざかって来てた。
もう帰れない日本に固執するのが悲しかったから。
カダーが地中海料理に執着してて、オリーブやナントカってソースにこだわってて、お母さんの手作りのお料理を恋しがって、そういうのを聞かされると、そんなふうにわたしも自分の国の食べ物を素直に好きって言えたらいいのにって思ってた。昨日も MoMA の帰りに行ったレストランでそう思った。カダーなんてわたしよりもっと自分の国に帰れない人なのに、なんでわたしにはそれが出来ないんだろう。それは今でもわからない。

だけど今日、思った。
カダーとカダーのルームメイトを、この界隈に連れて来てあげようって。
カダーがいつも自分の国の料理を誇らしげに話すみたいに、わたしも自慢しようって。
お寿司は嫌いだって言ってたし、お蕎麦の味なんかわかんないだろうし、やっぱ焼き肉かな。焼き肉がいいよね。コリアン BBQ とは違うんだよって、教えてあげよ。・・・いつのことになるか、わかんないけど。


Dr. チェンは、日本の食料品のスーパーマーケットにそのあと連れてってくれる。「きみが自分が持って生まれたカルチャーと、よりを戻すために」だって。

さやえんどうのスナックとルックチョコレートを手に取った。それから、「チョコレートパイ」っていう箱入りのお菓子を見つけて、「ああー思い出した。あのね、こういうのでマシュマロがサンドイッチになったのがあって、ふたつ入りのちっちゃい箱があるの。大好きだったんだー。なんて名前だっけ? あれぇ、ないのかなあ」って、わかるわけない Dr. チェンとジェニーに向かって言いながら探してたら、日本人の店員さんがエンゼルパイを指さしてくれた。買っちゃった。

そのあと行った日本のバーは、シックで素敵だった。アルコールの種類が少なくてつまんなかったけど、「トラディショナル・ジャパニーズ・オードブル」ってのを注文したらおせんべの盛り合わせだったのにも笑っちゃったけど、クリームチーズがまん中に入ったロール型のおせんべがおいしかった。日本人の男の人ふたりがアコースティック・ギターでジャズを演奏してて、それもよかった。

結局、「大阪でどこに行ったらいいか」って話は殆どしないで、わたしは Dr. チェンに日本語の大阪のガイドブックを手渡されて、うちで選んでくるようにって宿題にされちゃった。

楽しかった。「あたし、今日のこの夜をあたしの『ジャパニーズ・ナイト』って名付けることにした」って言ったら、ふたりが拍手した。「アンタはもっと日本人になっていいよ」ってジェニーが言って、「日本を好きになりなよ」って Dr. チェンが言った。


明日あの人が電話をくれるとき、エンゼルパイ送ってって頼んでみようかな。
天使が送ってくれるエンゼルパイなんて、ちょっといいアイデアじゃない?


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MoMA - 2002年10月12日(土)

お昼前、カダーのルームメイトが電話をくれる。
今日これから MoMA に行くから、一緒に行かないかって。「きみもアートが好きだろ?」って。シティにある美術館が3年越しで改装する間、MoMA はうちのわりと近くに引っ越して来てる。

やったやったやった。
マジェッドが電話をくれることになってるけど、かかってきたらマジェッドも呼んじゃえ。
カダーの車でカダーとルームメイトが迎えに来てくれて、あんまりよくわからない場所をちょっと迷いながら走る。向こうから行くとわかるのに、こっちから行くとわからない。わたしって、そういう方向音痴。カダーは呆れる。「自分ちの近所だろ?」って。わたしのナビゲートが悪いせいで、シティへの橋を渡ってしまう。ルームメイトはアパータウンの博物館に変更しようって言ったけど、カダーは MoMA に行きたいって言った。「あたしも絵がいい。戻ろう戻ろう」。わたしはいつだってカダーの味方だよ、カダー。

車を停めて、雨の中、傘をささずに走る。「なんで傘持ってないのさ」って、自分も持って来なかったくせにカダーが言う。だってこれがあの街のやり方なんだよ、ってわたしはウォータープルーフの TAIGA のジャケットのフードを被って、雨に向かって両手を広げる。今日は雨でも素敵。重たい雨が、カダーと一緒だから、あの街の雨みたいに軽くなった。

信号を待ってるあいだに、ふと後ろを振り返ったらふたりがいない。「え?」ってきょろきょろしてたら、高架のコンクリートの柱の影から、順番におどけた顔を出して笑う。そして駆け出す。

キャッキャはしゃぎながら、びしょびしょに濡れて、美術館に入る。


久しぶりに絵をたくさん観て、満たされた。絵を観る人の顔はみんな素敵だ。心が満たされて、溢れた分が優しい微笑みになる。カダーもルームメイトも、優しい顔してた。ルームメイトはおしゃべりになって、カダーは寡黙になって、わたしはカダーが好きって言った絵がみんな好きだった。いつかのレストランで、テーブルにはめ込まれたタイルの絵を「どれが一番好き?」って聞いたときも、選んだのが一緒だった。

常設じゃないギャラリーで、写真展をやってた。似ていた。撮りたいオブジェクトも空間の取り方もトリミングの仕方も、感覚が、別れた夫が撮る写真に似てた。写真への思い入れが似ていた。あの頃の幸せへなつかしさでいっぱいになって、いつまでも動けずにいた。それは名もない写真家の、わたしの今住んでる辺りのずっとずっと昔の頃の写真で、家族とごく親しい友人だけに見せてたっていうコレクションだった。いつまでも見ていて、気がついたら離れたところでカダーとルームメイトがおしゃべりしながらわたしを待っててくれてた。

「きみの住んでる辺りの昔の風景、気に入った?」ってルームメイトは聞いたけど、「そうじゃなくて、写真が気に入ったんだよ」ってカダーはわたしの代わりに答えた。

特設の売店でその写真集を見つけて、迷わずに買った。ウィリアム・ワーグマンが作った、新しい MoMA の宣伝用の写真集も見つけて、それも買った。

「別れただんなに送ってあげるの。絶対気に入ってくれる。喜んでくれる。これはおまけだけど、アノヒト、ワーグマンも好きなんだ」。そう言ったわたしの顔を見て、カダーはあったかく笑ってくれた。


わたしのアパートに寄って、約束の大きなテーブルをルームメイトが持って帰ることになった。50ドルで売ってあげる約束だった。「もうちょっと安くしてよ」ってルームメイトが言う。「あたし考えたの。あなたからお金は貰わない。それで、もう要らなくなったときにあたしに返して? それでどう?」。大好きだったテーブル。思い出がいっぱいのテーブル。カダーのルームメイトが使ってくれるなら嬉しい。そのあと誰か知らない人のところに行って、いつのまにかどこに行ったかわからなくなってしまうのは嫌だ。「ありがと」ってルームメイトは言った。「大事に使うよ。使うたびにきみのことを考えるよ」。カウチの上に立って、おんなじくらいの背の高さからぎゅうってハグしてあげた。

「じゃあそのあとは僕に使わせてよ」ってカダーが言う。そうなったらいい。そうなったらいいな。


ルームメイトがお手洗いに行ってるあいだに、カダーのおなかに抱きつく。「あたしの大好きなおなかちゃん」。「好きなのはおなかだけ?」「全部好き」。ふざけていっぱいキスして、カダーはわたしのシャツの下から手を入れる。それだけでもう、からだの芯がジーンととろけ出す。なのに、「ねえ、今度いつ会えるの?」って聞いても「わからない」って答えられちゃう。


テーブルを車に積んだふたりに順番にハグした。運転席に座ったカダーにキスした。「僕にはキスしてくれないの?」って言うルームメイトのほっぺにキスした。雨の中、ふたりを見送って、手を振る。行っちゃった、カダーの車。カダー。
ほんとに、この次いつ会えるの?


携帯の「missed calls」に、マジェッドの ID が入ってた。
いつかけてくれたんだろ。ずっとオンにしてたのに。
でもちょっと素敵な、たいくつじゃない土曜日になったよ、マジェッド。


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カダーなんか - 2002年10月11日(金)

マジェッドが、友だちが今日来てくれて注射を打ってくれたから明日の予定をキャンセルして欲しいって電話してきた。昨日やおとといと違って、安心した声だった。

朝早くマジェッドをピックアップして病院に連れてく予定だったから、「これできみは早起きする必要がなくなったね」って、それから「お昼頃に電話するよ。どっか行く?」って言ってくれた。

カダーが相手にしてくれないからつまんないっての、マジェッドは知ってる。


雨が降って寒いのに、アパートはヒーターがまだ入ってない。
寒くてバスタブに熱いお湯を溜めてお風呂に入った。
お風呂から出てからチャイニーズ・スープを作ってたら、カダーが電話をくれた。
まだ少し辛そうな声で、鼻をときどき啜ってた。

「昨日きみに電話しなかったからね」
「よくなったの?」
「うん、もう殆ど大丈夫だよ」
「明日はおうちにいるの?」
「出掛けると思う」。

「出掛けたりして平気? 気をつけなきゃだめだよ」。

そう言ったけど、ほんとは違うこと考えてた。
つまんない。やっぱり会ってくれないんだ。

わたし明日マジェッドと出掛けるんだ、って言おうと思ったけど、言わなかった。
また余計なこと考えることになっちゃいそうだから。
前のアパートを引っ越す少し前に、マジェッドがチビたちを見たいってやって来た。「あなたの友だちが来たんだよ。猫が見たいって言うから入れてあげたの」って言ったら、「ほんとにそれだけ?」ってカダーは妬いてた。
今なら妬いてもくれないんだろうな。

「I miss you」って言ったら、「Okay. また電話するから」って言われた。
「I miss you too」も、もう言ってくれない。


またマジェッドから電話がかかる。
明日ニュージャージーの従兄弟のところに急に行かなきゃいけなくなったって。
携帯のコネクションが悪いのか、途中で切れた。

ああ、明日はまたひとりぼっちの、たいくつな土曜日だ。

がっかりしてたらメールが来る。
「3時か4時頃には帰って来るから、その頃電話するよ」って。
それから、「きみの携帯のヴォイスメールのグリーティング、いいね。きみの猫?」って。

「You have reached the voice mail of...」のおねえさんの声のあとに続けて自分の名前を吹き込むところに、みゃお〜って猫の鳴き真似して入れたから。わたしって、猫の声上手に出せるんだから。マジェッドったらチビたちのうちのどっちかだと信じてる。

カダーは「バカげてる」って言ったけど。「僕は好きじゃない」って言ったけど。
「あなた猫好きじゃないもんね」って言ったら、「そうじゃない、コンセプトが好きじゃない」って、わけわかんないこと言ったけど。


マジェッドみたいな人、好きになったらよかったな。
カダーのルームメイトは犬が大好きだっけ。
ああそう言えば、Dr. ナントカのレズは、わたしと同じに犬も猫も大好きなんだ。


カダーなんか、カダーなんか、
チビたちがベッドに上がってくるの嫌がるし犬も好きじゃないって言ってたし、
ちっとも会ってくれないし愛してくれないし「僕は誰にも愛されなくて構わない」なんて言うし、
別れた恋人と友だちだしほかの女の子と寝るし、

嫌いだ。
嫌いになりたい。

ダメ。友だちでいたい。
ダメ。友だちはイヤ。

だめ。カダーがいい。


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間違いでありますように - 2002年10月10日(木)

昨日マジェッドから電話があった。
夏に突然右手が動かなくなって、マジェッドは週に一度注射を打ってる。
自分で足に打つインジェクションだけど、手が不自由だから自分では出来なくて、ナースの友だちに打ってもらってる。今週はその友だちの都合がつかなくて、誰か打ってくれる人がいないかって聞いてきた。

カダーからマジェッドの手のことは聞いてたけど、週に一度セルフ・インジェクションしてるなんて知らなかった。ちょっとドキッとした。

今日ナースのミスター・ヘップバーンに頼んでみたら、マジェッドの責任の元でならやっていいって言ってくれた。ミスター・ヘップバーンは土曜日出勤だから、連れておいでって。

今日、返事の電話をしたときにちょっとコワゴワ診断名を聞いたら、マジェッドは「MS」って答えた。
予想的中。


間違いでありますように。
間違いでありますように。
間違いでありますように。

怖くてカダーには言えない。
カダーの大事な友だちがそんな病気だなんて、怖くて言えない。
それがどういう病気かなんて、言えない。


カダーはゆうべ体調が悪くて、「元気になったら電話するよ」って言った。
今日はかかって来なかった。


ドキドキが止まらない。
出来るだけのことをしてあげよう。
神経科のベテラン Dr. カーターに、明日もし会ったら聞いてみよう。
ちゃんと診てあげてくれないだろうか。
出来るだけのことしてあげるよ、マジェッド。
だけど、間違いでありますように。
どうかどうかどうか。


久しぶりにチャイニーズ・ドクターの Dr. チェンに会った。
11月に日本に行くらしい。大学のときのバンド仲間と、京都であるアンゼンチタイのコンサートに。2月のぶんに行けなくなって落ち込んでたの知ってるから、ハイパーなのが理解出来る。可笑しい。

大阪に2日泊まるから、おもしろいとこ教えてよって言われた。
わかるわけないよ、もう日本のことなんか。
2年前に行ったとき、大阪はちょっとだけ歩いて通った。通っただけ。

お礼に今度の日曜日に、ジェニーと一緒にビレッジのおいしいお寿司やさんに連れてってくれるって言う。そのとき大阪のどこ行ったらいいか、教えてくれって。お寿司やさんに釣られてオーケーしちゃったけど、どうしよう。わかんないって。誰か教えてください。

「アンタとふたりっきりで行くの、怖れてるじゃん」ってジェニーに笑われた。

ジェニーと一緒にしっかりお寿司ご馳走してもらっちゃうけど、

困ったし、


マジェッドの病気のことが頭から離れないよ。


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泣いた日たち - 2002年10月08日(火)

あの人のことを想って泣いた。
あの人の彼女のこと考えて泣いた。
あの人にやってくる結婚が苦しくて泣いた。

電話を待って泣いた。
声を聞いて泣いた。
切るのが淋しくて泣いた。

会いに来て欲しくて泣いた。
会いに来てくれなくて泣いた。
会いたくて会いたくて泣いた。

たくさん泣いた。
泣いてばかりだった。

今、泣いた日たちが少しだけ遠くに見える。


会いたいけど会いたいけど会いたいけど、
そう思っても、
あの、心臓をぎりぎり絞られるような痛みがない。


もしももう一度会えたら、
それがわたしがこの世で生きる最後の日になってもいい。

今、泣かないでそう思えるよ。



不思議だね。

新しい電話番号教えずにいようと思ったことも、
声を聞かずにずっと我慢してたことも、
少しずつ離れなくちゃと思ってたことも、

天使が翼で、埃をはたくみたいに、サラサラはたいて散らした。

埃だったんだ、そんなのみんな。

天使ったら笑ってる。


不思議だね。

ね、天使。


明日も電話するよ。
あさっても電話するよ。

泣いた日たちが、天使の後ろで手を振ってるみたいだよ。


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その人になりたい - 2002年10月06日(日)

カダーのルームメイトは恋人がいない。「誰か紹介してやってよ」ってカダーが言う。「あたしは?」「あいつとデートしたいのか?」「聞いてみてよ」。カダーがルームメイトに聞く。「ヤーって言ってるよ。きみがいいときいつでもってさ。いつがいいのさ」「あなたが忙しいとき」。カダーったら笑ってる。

カダーのルームメイトは愛情の深い人って気がする。恋人に愛をいっぱい注いで、愛を大切に育もうとする人。ひとりの人を愛し抜く人。きっとそうだ。あんな人を愛したらいつも幸せと安心に満たされてるんだろうなって思う。

ここに来るとき、5年間恋人だった人と別れて来たって言ってた。遠い国に離れて暮らしながらその人を縛ることは残酷だと思ったからって。そばにいられる相手と巡り会って幸せになって欲しかったからって。そしてここに来てから最初の一年、毎晩毎晩彼女の夢を見て苦しんだって言った。淋しくて恋しくて気が狂いそうだったって言った。今でも愛してると思うって言った。

カダーも愛情の深い人だと思う。愛なんか要らないってうそぶいてるけど、本当に愛せる人に巡り会ったら、カダーだってきっとその人を大切にする。愛を大切にする。とても大事にする。そして、いつかカダーが見つけるその人に、わたしは嫉妬してる。わたし、その人になりたい。

その人になりたい。



電話してきて、「僕の声わかる?」なんて言う。
「何言ってるの?」って言ったら、「昨日電話しなかったから忘れてないかと思ってさ」なんて言う。
そんなこと言うから愛しさが募って、「会いたいよ」なんて甘えてしまう。
こういうときにクールを装えたら、カダーに同じ言葉を先に言わせられるのかもしれない。そう思ってみるけど、出来ないからしかたない。

「アンタってばどうしてそう簡単に恋に落ちるのさ。ほんっとバカなんだから」。
先週、アニーが彼と上手く行ってるのかって聞いてきたとき、呆れて言われた。
「ボーイフレンドじゃないよ、そう言われた」って答えて、理由を言ったから。
「ちょっとは学習しなよ。簡単にプシーをあげるんじゃないって言ったでしょ」。
だから、そういう言葉を大きな声で言わないでよアニー。
それにそんなのが原因なんかじゃないよ。ティーンズじゃあるまいし。
「簡単に抱かれるから自分ばっかりのめり込んじゃって、だから逃げてかれるんだよ」。
アニーはそう言うけど・・・。

わたし、簡単に恋に落ちたの?
恋に落ちるのに、大した理由なんかいらない。
理由よりも、それはもっと肌で感じるものだと思う。
だけど、好きになるのには理由がある。
理由をひとつ見つけるたびに、わたしはカダーを好きになってく。
そして、どんどん見つけてく。

「あたしあなたのこと、たくさん理由があって好きだよ」。このあいだカダーにそう言った。愛してるって言えないけど、「好き」なら愛を込めて言える。カダーも好きだって言ってくれるから。

「どんな理由?」ってカダーは聞いたけど、それはわたしの秘密。
「ベッドの中でいいから?」「そうでもないよ」「じゃあベッドの中でちょっといいのと、このハンサムな顔」。別にハンサムじゃないとは言わないけどさ。あのハンサムドクターのせいで、ちょっとやそっとのハンサムじゃハンサムと思わなくなったんだから。
「心があったかいから?」。あったかい心を持ってる人だと思うよ。だけどわたしには、ときどき氷みたいに冷たいじゃん。
「きみを幸せな気分にしてあげることを言えるから」。でしょ? 喜ばせようと思って言うんでしょ? 乗せられて喜んでるわたしもわたしだけど。まんまと幸せな気分になってるけど。

違うんだ。そういうんじゃないの。

「いつか教えてあげるよ。あなたのことを好きじゃなくなったときに。『あたしがあなたを好きだった理由はね』って」。
そう言ったら、「Itユs not nice」ってちょっと悲しそうな顔見せた。
だから慌てて言った。「そんな時、来ないよ」って。

そんな時、来ないよ。愛は消えても理由は消えない。だから好きは消えない。
「こういうとこが好き」とか「こういうときのこの人が好き」とか、そういうのもあるけどさ、もっともっと深い理由がある。

こんなこと思ってるってことが、「恋に落ちてる」ってことなのかな。
でもやっぱり違うと思うよ。


あの人への愛は、あの娘への愛とおなじに、それ以上に深い愛はないけど、
あの娘への愛が消えないように、あの人への愛は消えないけど、

それでもわたし、ずっとカダーのそばにいたい。
カダーがいつか愛するその人になりたい。


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優しくしてて - 2002年10月04日(金)

昨日、エンドスコーピーを受けに行った。
前の晩に急に怖くなって、カダーに電話した。
「眠らされるんだよ。そのまま起きなかったらどうしよう?」。
そう言ったら、「バカ言うなよ。そんなことあるわけないって」って真面目に答えてた。
「でももしなんかあったら助けてくれる?」
「もちろん。そばにいてあげるよ」
「ほんと?」
「うん、精神的にね」。
そう言ってカダーはカラカラ笑った。
せっかく優しい言葉くれたと思ったら。

カリカリ音がするから「なんか食べてる?」って聞いたら、「シュリンプのクラッカー」って言った。マジェッドが来てて3人で飲んでるって。
「どういうの? 細長いやつ?」「うん、フレンチフライの短いみたいな形」「で、ちょっと捻れてるでしょ?」「うん」「それ、日本のお菓子だよ。あたしが子どものときからあった」「韓国のって書いてるよ」「知ってる、韓国製の。でもオリジナルは日本のなんだから」「ふうん。コリアンもチャイニーズもジャパニーズも僕にはおんなじだよ。・・・だと思ってたよ。きみに出会うまではね」「あたしに会うまでは?」「そう。きみは違う。きみは特別だよ。きみは someone special」。

「すってき〜」って大声で言ったら、カダーは大笑いした。「深く考えるなよ。きみが明日の検査怖がってるから、ハッピーにしてあげただけ」だって。「それだけ?」「それだけ」。
せっかく素敵な言葉くれたと思ったら。

「心配するなよ。大丈夫だから。僕が今夜祈っててやるよ。でもね、もしも悪い結果が出たとしてもね、それは destiny だからね」
「Destiny?  起こるときには起こる、だよね? わかってる。受け入れるよ、もし何かあっても」
「そう、受け入れなきゃいけないんだよ」。

It happens when it happens. It happens cuz itユs supposed to.
日曜日に、海の公園でカダーのルームメイトにそう言った。
それが運命ってことなのかな。運命なんて言葉はわからないけど、起こるときには起こる。起こることになってるから起こる。「きみはかしこい子だよ」ってカダーは言ったけど、わたしはいつだってそう思ってる。カダーもそうやって受け入れて来たんだ。

切るときにキスをくれた。2回もくれた。
枕の下に手を置いて、何も考えずに眠るんだよって。おまじないかな。
「安心しておやすみ。優しい夢見るんだよ」。
もう、そのあとに意地悪はなかった。


眠らされてるのに喉を通るときにすごい痛みを感じて、わたしは何か言ったと思う。Dr. ライリーが何か答えたのが聞こえた。でも何て言ったのかはわからない。2時間で麻酔は切れるはずなのに、3時間経っても4時間経ってもまどろみの中で、リカバリー・ルームでベッドから椅子に移されて座ったまま、わたしはずっと眠りと目覚めを繰り返してた。車で帰れないから乗って来ちゃいけないって言われてたのに、平気だと思って乗って来てた。誰かうちまで連れて帰ってくれる人が迎えに来てサインしてくれないと帰せないって言われた。しょうがないから仕事中のジェニーにペイジして、サインオフしに来てもらった。ジェニーは仕事中なのに自分の車でうちまで送ってくれた。

病院にいるあいだオフにしてた携帯を玄関のところでチェックしたら、メッセージがふたつ入ってた。
「心配だよ。うちに帰ったら電話して」って、ほんとに心配そうな声だった。お昼までには終わるって言ってたのに、いつまでも麻酔が切れないせいで帰れなかったから。

すぐに電話する。まだ眠たくて目眩がして、「大丈夫だよ。メッセージありがとうね」って、それだけ言って眠った。カダーは優しかった。とてもとてもとても。


あの人に今朝電話した。レコーディングの缶詰から帰ってきたら一番に電話くれるっていったくせに、昨日かかって来なかった。「留守電入れたんだよ。きみの朝の4時頃。なんでいないのかなあって思った。曲聴かせてあげようと思ってたのに」って言った。電話なんか鳴らなかったし、留守電にメッセージも入ってない。嘘かな。でもあの人のそんな嘘くらい許せる。

あの人の声があったかい。
楽しくて優しくて幸せな時間。
あの人の夢を見た。あの人がここに来て、一緒にシティを歩いてた。買い物をしてた。
夢の中でものすごく楽しかった。目が覚めてからも幸せだった。


明日はカダーは誰と過ごすんだろ。どこに行くんだろ。
優しくしてて。意地悪しないで。

いつから逆さになっちゃったの?
わたし、カダーがくれる痛みをあの人に消してもらってる。
一番好きなのはあの人なのに。



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at the bottom of my heart - 2002年10月03日(木)

帰って来たカダーは、わたしの顔を見て少しだけ笑って Hi って言った。「大丈夫?」って聞いたわたしを抱き締めて、料理してるお鍋を覗き込んで「何作ってるの?」って聞いた。そしてルームメイトと何やら笑いながら話して、「少し寝るよ」ってわたしに言ってベッドルームに入って行った。

「昨日あなたがカダーに『ファック・ユー』って罵ったこと、カダー気にしてるんだよ。その子のことよりあなたのことの方、気にしてた」。公園でわたしがそう言ったから、ルームメイトは多分、とてもさりげなく賢く暖かい、男が男にするやり方で、カダーを安心させたんだと思う。ルームメイトはそういう人だった。男になら「I love you」が言えるのにって言ったカダーの気持ちが分かる。カダーは、女の子に言うととんでもないことになるって言ってた。


ごはんを食べて、わたしがカダーのために買ったハーブティをカダーが飲みたいって言った。わたしがパッケージを開けて、カダーがわたしの分も入れてくれた。ルームメイトもあとから自分で入れた。ハーブティはクリスマスの匂いがした。シナモン、ナツメグ、グローブ、バニラ。カダーはウィスキーをカップにたくさん落とした。「ちょっとちょうだい」ってわたしはカダーのカップを啜った。口の中がふんわり熱くなって、喉を通った熱くてパンジェントな液体が、胃を刺激するのが気持ちよかった。「もっとちょうだい」。そう言ってもう一口啜ったあと、「ああ〜」って叫んでカウチから体をはみ出して倒れた。「おい、ふたくちだぜ」ってルームメイトが笑って、「だってあたし、おととい病院のパーティでアップルサイダー4オンス飲んだだけでふにゃふにゃになったんだよ〜」って言ったら、カダーがケラケラ笑った。

カダーが起こしてくれて、カダーのカップに残ってたのを全部飲んで、それからわたしは靴を脱いで暖炉の前で、かかってた音楽に合わせて踊った。
くるくるくるくる踊った。ふたりがゲラゲラ笑いながら見てた。わたしは酔ってるふりをした。「酔った酔った酔った酔ったー」って言いながら、くるくる踊り続けた。
それからハードウッドの床に座り込んで、「あたしストリップダンスしたくなった」ってふざけた。

カダーはランプを消して、暖炉の上のウォールランプを落として、床のスリーピングランプをつけた。「ほら、セクシーなライティングにしてやったよ」「だめだめ。スポットライトがなくちゃあ」。酔ってるふりしながら、ふたりが笑うのを見てるのが嬉しかった。

カダーがカダーの国の CD をかけて、腰を振って踊り出した。
サビのところをカダーは眉間にしわを寄せて目をつぶって一緒に歌った。
いつもみたいにキーがはずれてなかった。わたしは床に座ったまま、そんなカダーを見てた。ルームメイトがそんなわたしを見てた。目が合ったら、ルームメイトはわたしに微笑んで片目をつぶった。

カダーがお手洗いに立って、その間にルームメイトが言った。「幸せそうだね」。「幸せだよ」ってわたしは答えた。そのときはほんとにそうだった。カダーが笑ってるのが幸せだった。

それから3人でまたバカみたいなおしゃべりをいっぱいして、「もう一杯お茶を飲んだら帰るね」って言ったのに、お茶を飲んだらカダーが「もう帰るには遅すぎるよ」って言った。

食事とハーブティのカップの後片づけをわたしがして、カダーがベッドルームに行った。ルームメイトが声に出さずに目配せして「行きな」って首をカダーのほうに振った。ジーンズのままカダーのベッドに潜り込んだら、「ジーンズ履いたまま寝るの?」ってカダーが言った。「あたし帰らなきゃ」って言ったけど、「だめだよ」ってもう半分眠ってるカダーがわたしを抱き寄せた。


ジーンズを脱いだ。カダーにキスをした。たくさんした。カダーは「疲れてる」って言った。それでもキスをし続けた。「やりたかったらあいつのとこに行きなよ」って言われた。ルームメイトのこと。無視してキスをし続けた。「眠りたいからだめだって」ってカダーは言った。「じゃあ手伝って」。わたしはカダーに乳首を触ってもらって、自分でした。わかんないけどそんな気分だった。酔ったふりしてたんじゃなくて、酔ってたのかもしれない。幸せと切なさのごちゃ混ぜに。「ねえ、イクとこ見てて」。ずっと見ててくれた。わたしもカダーの目を見ながら、イッた。カダーはわたしの肩を抱いてた右手で、わたしの口を塞いだ。

目が覚めたら5時だった。ベッドを抜け出して、「帰るね」って寝ているカダーに言った。ドアを閉める前に「バイ」って言ったら、カダーは頭を反らせてわたしを見て、ベッドから笑って手を振った。

まだ真っ暗な中を帰った。
チビたちが待ってた。ふた晩も置いてきぼりにしちゃった。
留守電のランプがついてたけど、メッセージは入ってなかった。
あの人かなって思った。あの人の声がとてもとてもとても恋しくなった。

淋しいときも悲しいときも幸せなときも嬉しいときも、こころの底にいつも痛みがある。


「I always have a pain at the bottom of my heart」。
お昼休みに、胸を押さえてふざけた声で、お芝居口調で言ってみたら、ジェニーとフィロミーナが大笑いした。


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全てのことは理由があって起こる - 2002年10月02日(水)

カダーの大きな寝返りで目が覚めた。うめき声を上げて震えたから、驚いて額に手を当てたら熱かった。「寒いの?」って聞いたら「寒い」って震える声で言った。首も熱かった。カダーは「吐き気がする」って言った。時計を見たら7時だった。24時間開いてるドラッグストアにお薬と熱冷ましのハーブティを買いに行こうとしたら、カダーが止めた。ここにいてって言った。

期限のペーパーは出来てるはずもなく、今日はクラス休んだほうがいいって言ったけど、カダーは聞かなかった。ほかに何もないからコーヒーを飲むってカダーが言って、煎れてあげた。カダーが持ってたお薬の中からフルー用のお薬を見つけてそれを飲ませた。「きみはここにいなよ」って言って、送ってあげるって言ったのも聞かないで、カダーは自分で車を運転して学校に行った。心配だから学校に着いたら電話してって言ったのに、電話はかかってこなかった。カダーらしかった。

ひとりでぼんやりリビングルームに座ってたら、カダーのルームメイトが起きてきた。
コーヒーを煎れてくれて、一緒にお部屋の掃除をして、わたしは何も聞かずにいたけどルームメイトが夕べのことを話し出した。その女の子が自分の胸で泣いたこと。先週もおなじことがあったこと。幸せじゃない涙は誰でも嫌いだって言った。わたしは平気を装って、でも胸が痛かった。泣かせてるのはカダーだ。先週もおなじことがあったんだ。

ルームメイトは、カダーが好きな、海の公園にわたしを連れてってくれた。

前に住んでたアパートからほんの半マイルのとこなのに、わたしは行ったことがなかった。名前だけは知ってたけど、そんな公園だなんて思ってもいなかった。カダーが言ってたとおりの、ほんとに素敵な公園だった。連れてってあげるって言ってくれたのに、叶わないでいたビーチのある公園。

海は蒼く蒼くキラキラ光って、何隻ものボートがいろんな色の帆を光に揺らめかせて、海岸沿いに遊歩道があって、その後ろの小高い丘は小さな実のなる背の高い木で覆われてて、ビーチに続く芝生にはカナディアン・ギースの群がいた。
あの、カナディアン・ギースがいた。
あの、なつかしいカナディアン・ギースがいた。

あの街みたいだった。あの街のビーチとおんなじだった。
心臓の鼓動が激しくなった。倒れるかと思った。
両腕を広げてバランスを保って、何度も深呼吸して、「あたし、泣きそう」って言ったら「泣くなよ」ってルームメイトが言った。

ルームメイトはわたしとカダーのことを聞いた。「ガールフレンドじゃないの。愛してないって言われた」って言った。「きみは愛してるの?」って聞かれた。「わかんない。愛さないようにしてる」って答えた。愛してるって思わないようにしてるって言ったほうが正解だったかもしれない。

カダーのルームメイトとたくさん話して、わたしは初めて、カダーがどうして前のガールフレンドを友だちとして失いたくないのかがわかった。カダーは何もかも失った人だ。それは知ってた。自分の国に帰れない。帰れなくなった。個人的な理由ではなくて、政治的な理由で。それはわたしが日本に帰れない理由とは全く違った。カダーも、あの9月11日の出来事の犠牲者のひとりだった。知ってたのに、分かってなかった。何もかも一から築かなきゃいけなくなったこの国で、巡り会って、楽しい時間を過ごしたその女の子の存在をゼロにしてしまうなんて、何かをまた失ってしまうなんて、たとえステディな関係を自分から絶ったとしても、それ以上にもう「失う」ことはカダーには怖れでしかないんだ。

カダーがあんなに友だちを大切にする理由もわかった。
自由でいたい気持ちもわかった。何もかも失いながら、カダーにはあまりにもたくさんの束縛がある。


全てのことは、理由があって起こる。
そして、起こるときには起こる。
だから受け入れるしかない。


夕方にはカダーは帰って来る。
「いてやりなよ」ってルームメイトは言った。「きみだって心配なんだろ?」。
わたしはカダーが元気になるためにおいしいものを作ってあげたかった。うんと遅いブランチを一緒に食べてから、ルームメイトとスーパーマーケットに買い物に行った。カダーの好きなシーフードで、あったかいリゾットを作ることに決めた。


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寝顔 - 2002年10月01日(火)

「今あいつが電話して来たよ。『女の子が外であなたのこと待ってるわよ』ってさ」。
わたしをアパートに入れて、リビングルームのカウチに座らせて、自分も隣りに座って、心配そうに顔を覗いてるわたしに困ったような可笑しいような微笑みを漏らしてから、カダーが言った。前のガールフレンドのことだった。

それからカダーは話し始めた。その子が自分のルームメイトと一緒に、ワインのボトルを持って突然やって来たこと。カダーがペーパーを書かなくちゃいけないからって自分のベッドルームに閉じこもって勉強を始めたこと。リビングルームでしばらくカダーのルームメイトと過ごしてる間に彼女は泣き出しちゃったこと。でもカダーはほんとにペーパーを仕上げなきゃいけなかったし泣かれるのが嫌で相手に出来ないで放っておいたこと。たまりかねたカダーのルームメイトがなんで自分が巻き込まれなくちゃいけないんだみたいなことを言って、それでますます彼女は泣いたこと。カダーがワインを一口飲みにリビングルームに行ったら、彼女はやけくそみたいにワインをがぶがぶ飲み出したこと。カダーはそれがものすごく嫌だったこと。そこへわたしから電話がかかって来たこと。女の子からの電話って察して彼女はバスルームに入って泣き続けたこと。

バカだなと思った。バカだけど、わたしはその子の気持ちが自分のことみたいにわかった。
もう別れたはずなのにまだ友だちで、でも「友だち」を彼女は受け入れられなくて、まだ愛してるから会いたくて、会ってもう前みたいじゃないってわかったらそれが辛くて、だけど我慢して友だちのふりして、一生懸命我慢してるからちっちゃいことで我慢の糸が切れちゃって、泣くと嫌がられるってわかってるのに泣いて。
バカだと思ったのは、わたしはカダーの新しいガールフレンドなんかじゃないのにってこと。わたしだっておんなじ「友だちでいようって言われ組」なのにってこと。だけど彼女にそんなことわかるはずがない。カダーがそう言ったって信じるはずがない。


彼女はいつもカダーに愛をねだってばかりいた、って言った。カダーに愛して欲しがってばかりいて、カダーはだから彼女が愛して欲しがってたようには愛せなかった。

「愛してないって言ったの?」
「言わない。僕は愛してるとか愛してないとか、言わない。」
「あたしには言ったよ、愛してないって。」
「きみは大人だから。ちゃんと意味を理解してくれる人だから。」
違うよ。そんなこと心で理解出来るほど、わたしは大人じゃない。頭で理解出来るくらいには大人だけど。
「ごめん。きみのこと愛してなくて。愛せなくて」ってカダーが言った。
「ごめんだなんて思わなくていいよ。あたしだって愛してないもん。」
「だから?」
「だから、おあいこ。」
カダーがちっちゃく笑った。

カダーは誰のものにもなりたくない。自由でいたい。それで別れて、だけど彼女を完全には失いたくない。だから会う。そうやって彼女を傷つけてる。このあいだ「寝た」って言ったのは、やっぱりその子のことだった。求められたらヤッちゃうのはしょうがない。求められたんじゃなくて自分からヤリたくなったのかもしれないし、それもしょうがない。寝たあとめちゃくちゃ後悔したって言った。もう絶対抱きたくないって言った。彼女はよりを戻したがってるけどそれは出来ないって言った。それでも友だちとして失いたくないって言った。

一番バカはカダーだと思った。

全部取っておこうとしたら何もかも失うこともあるんだよ。
何かを失わなきゃいけないときもあるんだよ。
それに、あなたがそうやって彼女と友だちでいようとすることは、彼女を傷つけ続けることになるんだよ。

まるで自分のことだって思いながらそんなことをカダーにたくさん言った。いつかわたしにそうするカダーのために、自分に言い聞かせてるみたいだった。

カダーはわたしにたくさん言い返して、それで、なぜだかわたしはだんだんカダーが愛おしくなっていった。「I like you」って言ったら、カダーは背中を向けて「I donユt like you」って子どもみたいに言った。

「I like you」
「I donユt like you」
「I like you」
「I donユt like you」
「I like you」
「...I like you」。

それからカダーはいろんなことをわたしにたくさんたくさん話した。
自分のこと。ここに来てからのこと。仕事のこと。ルームメイトのこと。わたしのこと。
いろんなこと。いろんなこと。いろんなこと。
今までわたしに話したことなかったことを、全部吐き出してるみたいだった。
こんなにたくさんふたりで話したことなんかなかった。
ときどきジョーク言い合っては笑いながら、それでもカダーはこころの中に溜まってる葛藤とか不安とか心配とかそういういろんな重たいものをひとつずつ吐き出してた。
わたしはそれをひとつずつ手のひらに受け止めて、おしゃべりに紛らせてこっそり後ろ手で握りつぶしてた。二度とカダーの中に戻らなければいいって思いながら。

もう朝の4時になってた。
カダーはわたしの手を取って、ぎゅっと握って、「きみはあったかいよ。あったかくて、心が広い」、そう言って、そしてそのままわたしの手を離さないで眠った。
少しだけまだ疲れた顔した、泣いたあとの子どものみたいな寝顔だった。




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