天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

あなたの道に - 2002年04月30日(火)

もしも結婚のためならね、僕は会社を辞めたりしないよ、生活の安定のために。そうだろ? 会社で作る曲はさ、僕の作りたい曲と方向性が違うし、すごく勉強にはなったけどもうこれ以上いてもしょうがないなと思った。わがままかもしれないけど、やりたいことをやれる機会が出来た今しかないって思ったんだ。保障なんかどこにもないよ。生活なんか不安定極まりなくなるよ。それでもね、知ってるだろ? 僕には自分の音楽が一番大事だって。妥協なんか出来ない。僕は欲しいものは手に入れなきゃ気が済まないし、やりたいことを絶対にやりたいんだ。わがまま? わがままかな?

「知ってるよ。わかってるよ。そういうとこが好き。」
「え?」
「あたし、あなたのそういうところが好きよ。」
「照れるじゃん。」
「ちょっと危ないけどね。」
「危ないよなあ、ほんと。子どもなんだよ、欲しいものがあったら駄々こねて欲しがってさ、やりたいことがあればすぐに行動に移すってさ。成長してないんだ、全然。」
「危ないよ。危なっかしい。でもそういうとこ、ほんとに好きだよ。それ聞いて安心した。あなたがほんとにやりたいことなんだったら。」

昨日見つけたの。あなたが探してるとこ。ここにもいくつかあるんだけどね、それよりもコネティカットにたくさんあるの。コネティカットならここから車で2、3時間で行けちゃうよ。夕べずっとインターネットで調べてたんだ。でもね、ふと思ったの。あなたが結婚のためにその仕事するんならいやだなって。それが心配になったの。

ー あの人は笑った。

なんで笑うの? あたし、きっとそうだと思って、一生懸命やってる自分がバカにさえ思えたんだよ。

だって、違うって。心配しなくていいって。僕自身がほんとにやりたいことだよ。だから頑張ろうと思ってる。コネティカット、行ってみてもいいね、行けるなら。あとさ、隣りに座って一緒にインターネットもっと調べて、これがいいとかこれはダメとかふたりで一緒に決めようよ。

ー 来るの? ほんとに来るの? 「隣りに座って」? 「ふたりで一緒に」? 

「あたしのこと利用してないって言って。」
「してないよ。」
「だってこのあいだそう言ったじゃん。」
「きみがそんなこと言うからさ。僕は利用してないよ。きみに手伝って欲しいだけ。だから手伝って。ってそれが利用してるっていうことか。でも手伝え〜。僕のために手伝え〜。」
「今後のあなたのあたしに対する態度による。」
「ハイ、わかりました。」


その仕事が少しだけ音楽から離れてるから、これからする結婚の、生活の基盤を作るためなのかなって思い始めて苦しくなってた。それなら絶対に関わりたくない。だから聞いた。こわごわ聞いた。「結婚するからその仕事するの?」。

だけど、もうわかった。いくら音楽の会社でも、納得の出来ない曲を作って納得出来ない気持ちでいるより、音楽から少し離れてても、好きでやりたいことを楽しんでやれる環境が別にあれば、精神的なゆとりが出来る。それがいい曲作ることに繋がる。子どもみたいなあの人がいつも無邪気に話してくれる子どもみたいな「好きなこと」。そうだったよね。大好きなことだよね。それをちゃっかりもうひとつの仕事にしちゃって、しっかり音楽の環境に繋げて、音楽仲間と友だち引っ張って、難しいことひとつずつきちんとクリアしながら、ちゃんと大人なあの人がそこにいる。

がむしゃらで無鉄砲で、どん欲で精力的で、自分に正直で誠実で、自分の夢を信じて自信があって、いつでも一生懸命でいつもいつも前向きで進行形で。

子どもみたいに無邪気なくせに、ものすごく冷静で妙に大人で。

危なっかしいけど、ハラハラするけど、全力で120パーセント生きてるその生き方が好き。

決して立ち止まらないで夢を追い続ける、その生き方が好きだよ。

信じてみようかな。
あなたがここに来て、隣りに座ってふたりで一緒にあなたの夢を追いかける日。
素敵だよね。ほんとに出来るなら。あなたのためにふたりで出来ることがある。
遠いところから見つめてるだけだった、あなたが走り続けるその道のどこかに、
わたしの足跡が確かに残る。
その道は、わたしの知らないもうひとつの道と、いつかもうすぐ交わってしまうけど。


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背中 - 2002年04月28日(日)

あの人が痩せてて可愛いって言った背中を
鏡に映してみる。

可愛い?
2年経ってもまだ可愛い?


あの人は相変わらず新しい仕事のことに夢中で、
わたしはうんうんって聞きながら、
あの人が嬉しそうに言うジョークを
笑いながらジョークで返して、

そしてあの人は無邪気にここに来るときのことを話す。

「ほんとに来られるの?」なんてもう怖くて聞けない。

だめ。会えると思っちゃだめ。
2ヶ月先のことなんかわからない。
ダメになったときに、またあんな悲しい思いを繰り返す。
だからだめ。まだ会えると思っちゃいけない。


会いたいけど。会いたいけど。
あのときみたいに
背中にキスして欲しいけど。
あのときみたいに

後ろから抱きしめて欲しいけど。


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一大事 - 2002年04月26日(金)

いつだっけ。
火曜日だっけ。
約束の日じゃないのに電話をくれて、
「どうしたの?」って聞いたら「一大事!」ってあの人が言った。
「なあに?」
「イケルかもしれない。」
「イケルって?」
「そっちにイケル。」
「イケル? 行ける? ・・・なんで?」

あの人、前から辞めようかって悩んでた、雇われて曲作ってる方の会社、辞めることに決めたらしい。フリーで契約してるプロダクションで自分の作りたい曲作ることに専念したくて。それで、音楽仲間たちとなんか新しいこと始めるらしくて、その仕事でここに来るんだって。今度はひとりで行くから、きみんちに泊めてもらっていろいろ手伝って欲しいんだ、って。

「あたし、もしかして利用されるの?」
「うん。」
「うんって言うか。」
「だって僕は英語出来ないし、そっちにきみが住んでるんだし。ね、手伝ってよ。」
「嬉しいんだかなんだかわかんないー。」
「ほんとだな。僕だってきみに会いに行くためだけに行きたいよ。だけどさ、今回は利用させてもらうしかない。」
「ひっどー。」

そんなこと笑いながら話して、時間ないから詳しいこと今度話すよ、って言われて切った。

切ってから、また流れちゃうよどうせ、とか、あの電話夢だったんだきっと、とか、一生懸命思ってた。思うようにしてた。

今日の電話、あの人は新しい仕事のことまたいろいろ聞かせてくれた。
「ほんとに来られるの?」
「行く行く。絶対行く。」
「いつ?」
「きみがそのアパート引っ越す前に行く。」


ほんとかな。
来るのかな。来られるのかな。
会えるのかな。ほんとに会えるのかな。
会えるの?
ほんとに会えるの?
わたし、会えるって思って待ってていいの?
いいの?

会えたらどうしよう。
会えなかったらどうしよう。

どうしよう。
どうしよう。

会える? 会える? 会える?
どうしよう。


どうしよう?




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赤ちゃんが欲しい - 2002年04月23日(火)

CCU のナースステーションにいたら、ポカッと後ろから頭を殴られた。
「だれー?」って椅子ごとくるっと振り返ると、精神分析医のドクターが笑ってた。
すっごい久しぶり。
わたしが休暇から帰って来たあと、もう B5 には現れなかったから。
精神分析医なのに CCU もカバーするんだ。へえ。って思ってたら、
「ここもカバーしてるの?」って、先に聞かれた。
「ジェニーのフロア、カバーしてるだけ。ジェニーってのは同僚で、今日はお休みだから・・・」って、最後まで言わないうちにドクターは患者さんの病室に消えた。失礼なヤツ。ひとりで笑っちゃった。

休暇の前まで毎日顔合わせてて、センスのないジョークとか言うから疲れるなあって思ったり、「明日から休暇なんだよ」って話したときも、「写真いっぱい撮ってきて見せてよ」って言うからめんどくさいなあって思ったりしてたのに、今日は久しぶりに顔見て嬉しかった。


嬉しかったのは、なんかむしゃくしゃしてたから。
むしゃくしゃしてたのは、今日アニーのオフィスの女の子が「妊娠した」って嬉しそうにみんなに話しに来たから。

最近、妊娠したり赤ちゃんが産まれた話が多い。
ドリーンはふたりめが欲しくて、生理が来るたびがっかりしてるし。

こういう話はもうずっと周りになかったし、克服出来てるかなって思ってたのに。

わたしは赤ちゃんはもう産んじゃいけない。産めない体になったわけじゃなくて。そう言われたわけでもないけど、医学的にも生物学的にも危険因子がいっぱいだってわかってる。それを認めるのは辛かった。でも、もう克服したかなって思ってた。

「おめでとう。よかったねー」なんて思いっきり笑顔で言うけど、ほんとに心から祝福出来るんだけど、そのあとなんでだか挫折感みたいのがザーッと体中を走る。それで落ち込んでしまう。そしてむしゃくしゃする。

マタニティーの病棟で産まれたての赤ちゃん見るのは全然平気なのに。お母さんやお父さんに連れられ病院に来るちっちゃい子どもたちも可愛くて仕方ないのに。ドリーンのおちびちゃんのメグだって大好きなのに。小児科の ICU は辛いけど、そういうのとは全然別な、なんか敗北感とか挫折感とか喪失感とか、そんな。なんだろうこの気持ち。わかんない。


わたし、赤ちゃん欲しい。
あの人の赤ちゃんが欲しい。チープなソープオペラにさえ出て来そうにない台詞だけど。
危ない日にあの人レイプして妊娠して、危険因子なんか追っ払ってしっかり健康に産んで、こっそりひとりでここで育てたいって、そんなジョークみたいなこと、今でも時々かなり本気で夢見たりする。本気で夢見たりするけど、それはちゃんと夢の夢の夢の夢ってことにしてる。

だけど赤ちゃん欲しい。
あの娘がいるときから思ってた。赤ちゃんアダプトしたいって。
世の中には親がいない子どもたちがいっぱいいる。だからアダプトの制度もちゃんと確立されてて、幸せになってる子はたくさんいる。「あたし、養女なんだよ」とか「姉はお母さんから産まれた子なんだけど、あたしはアダプトされた子なの」っていう友だちもいるし、アダプトした夫婦も知ってる。Dr. ハナハンはずっと独身で、50を過ぎてからぼうやをアダプトした。ときどき病院にくっついてくる9歳になるぼうやは、歳取ったお母さんのことをいつも、「マミーが大好き」って言ってる。わたしの知ってる限りでは、みんな普通に幸せだ。普通に幸せで当たり前だと思う。

決して簡単なことじゃない。前に住んでたとこの友だち夫婦は、申し込んで10年待ったけどだめで、あきらめちゃった。その頃は真剣に考えてなかったけど、いつからか真剣に考えるようになった。あの娘が死んでから、離婚してから、もっと真剣に考えるようになった。独身でもアダプト出来ることもわかったし、あとは生活の保障がなくちゃいけないんだけど。今のわたしには申し込む資格もない。だけど将来赤ちゃんをアダプト出来るように、頑張って生活の基盤しっかり確立しなきゃって思ってる。

家族が必要な子どもたちがいっぱいいる。子どもを産めないって認められなかったら、こんなに真剣にアダプトを考えることもなかったと思ってた。だから、ちゃんと認められてるんだと思ってた。


認めて克服なんか出来てなかったのかもしれない。

ただ、こんなギリギリの生活してて、将来の安定なんかどこにも見えなくて、赤ちゃんアダプト出来るなんて、わたしにそんなときが来るんだろうかって、

今日また妊娠の話を聞いて、そんな現実を突きつけられたせいかもしれない。

それともほんとはそんなことじゃなくて、
またあの人のすぐ先の将来が、重なっちゃったのかもしれない。

もっとバカだけど、夢の夢の夢の夢さえも、あきらめられずにいるのかもしれない。


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明日は晴れるよ - 2002年04月22日(月)

頑張ってなんて言いたくないから言わないよ。
だって、いっつも頑張ってるんだもん。
たまには凹んじゃっていいじゃん。

いつもいつもなんか頑張れないよ。
頑張っても上手く行かなくて
泣きたくなるときだってあるよ。

いつもいつもいい子でなんかいられないし、
いつもいつも強い人間なんかじゃいられないよ。 

たまーに何もかも投げ出したくなるから、
ほかの毎日を輝いていられるんだよ。

ちゃんと輝いてるよ。
羨ましいくらい。

だからね、いいのいいの。
いろんなこといっぱい抱えながら
いつでもしっかりきちんと物事考えてて
一生懸命生きてる人なんだから、
たまにはいいんだってば。

大雨が降っても嵐が来ても、
立ち向かったりしなくていいんだよ。
こっそりどこかにひとりで隠れて
雨に紛れて泣いちゃえばいいんだって。

わかってるか。わかってるよね、そんなの。

わたし、男になってそばにいて抱きしめてあげること出来ないけどさ、
男に変装したってこんなに遠くからじゃ今すぐ飛んで行けないけどさ、

っていうか、たとえ出来てもそんなの嬉しくもなんともないだろうからさ、

明日がいい日でありますようにって
ここから思いっきり祈ってる。

うんと遠くから送る力だから効果的なこともあるんだよ。
って、勝手に思ってるけど、コレほんとだよ。多分ね。

だから明日はいい日になるよ。
あ、時差があるから明日には間に合わないかもしれない。
でもあさってにはさ、
きっといい日になってるからね。




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「僕も会いたい」 - 2002年04月21日(日)

まだ胃がおかしい。
ずっとシクシク痛くて、お行儀悪いけど酸っぱいゲップが止まらない。
色気もなにもあったもんじゃない。
12時間も吐き続けたんだもの、しょうがないか。

日本でコレで入院してたときは、いつも4日間 IV 繋がれてた。
退院したらすっかり治ってたけど、顔中にブツブツが出来て嫌だった。
薬きついんだろうか、日本の方が。モルヒネも使ってたし。
でも4日も入院しなきゃ治らなかったってのは、何のせいだろ。

このあいだあの街で入院した病院は、IV の処方こっそり見たけどモルヒネ使ってなかった。

あの街に住んでたときも時々出かかった。
「苦しい。押して。背中押して」って叫んだら、夫が飛んできて、おさまるまで何時間でも背中押してくれた。それで入院免れて来た。

こっちに来てひとりになってから、ずっと別の意味で胃が痛くて、よく胃痙攣の発作が出ないなって思ってたけど、ひとりでいることで無意識にコントロール出来てたのかもしれない。あの前の晩リサんちに泊まって、リサのパパとママがあんまりあったかくて気が緩んじゃったんだろうな。リサのママから昨日カードが届いた。「あれからもう大丈夫?」って。

例の3000ドルは、3ヶ月待ってくれることになった。
そのあいだにこっちの保険会社と交渉する。うまく行くといいけどなあ。全額カバー出来ないにしても。3ヶ月後にだって、3000ドルなんて余分なお金が出来るとは思えない。


今日は寒かった。
今日はお休みだったのに、昨日忘れたコンピューター入力をしに、少しだけ行かなくちゃいけなかった。昨日退院してるはずの患者さんの名前がまだあって、担当じゃないドクターが変なオーダーしてる。気になったけど、オフだから患者さん診に行くわけにいかなかった。

車にヒーター入れて走った。
帰りに久しぶりにタワーレコードに行った。
3000ドル、3ヶ月待ってもらえることになったから、先のことは考えないことにして CD 買っちゃった。

「日本も寒いんだよ、今」ってあの人が言った。

ずっと胃が痛くて、チキンヌードルスープばっかり食べてた。
クロワッサンが食べたくなって、今日病院の近くのベーカリーで買って帰って食べたら、もっと痛くなっちゃった。

「胃が痛いよー。胃が痛いよー」って言いながら、こっそり紛らせて「会いたいよー」って言ったら、「僕も会いたい」ってあの人が言った。
「『会いたい』ってきみが言うたび辛くなる」ってずっと前に怒るみたいに言われてから、もう言わないことにしてた。だから、今日言っちゃったあと、ちょっとドキッとしてたのに。

「会いたいって言っても、もう怒らないの?」って聞いたら、「怒らないよ」って言った。「じゃあ、また会いたい会いたいって言っちゃうよ?」って聞いたら、「いいよ」って言った。

嬉しくなって、今日買った CD のこととか、最近好きな音楽のこととか、あの人が「もうそろそろ出掛けなきゃいけない」って言ってるのに、胃が痛いことも忘れて話し続けてた。

わたし、会いたいって言いたかったのかもしれない。会いたいって聞きたかったのかもしれない。

ね、こんな日にとても似合ってるよ。
five for fighting のアコースティックな音楽が。


今日気がついた。
ちょうど一年経った。あの人の結婚が苦しくて書き始めたこの日記。
あの人はまだ結婚してなくて、何も変わってない。
苦しくて辛くて淋しくて悲しいこと。会えないこと。
そして変わってなかった。
会いたいって思ってくれてること。



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一人芝居 - 2002年04月20日(土)

「ねえ、アパートシェアするの、どうする? したいってまだ思ってる?」。
昨日ジェニーにそう聞いたら、「実はね、」ってジェニーは答えた。

どうしようかなって思ってるんだ。うち引っ越すじゃん。だから親から離れるのにちょうど都合がいいと思ってたけど、娘たちのことも含めて新しい家の内装とか考えてる親見てたら、新しい家に住まないでいきなりうち出るなんて、悪くて言えないなあって思い始めたの。それにさ、アンタずっと一人暮らしに慣れてるから、あたしと暮らすのメンドウかもよ。あたしたちすっごい気が合うし、アンタのこと大好きだけどさ、一緒に生活したらせっかくのこのいい関係ダメにしちゃうかもしれないし。そんなのやだし。

意外な返事だった。せっかく決心しかけてたのに、なんだか振られたみたいな気分になった。だけどジェニーらしいや。どうでもいいことは深刻に考えないで、こういうことはちゃんと真剣に考えて決める。気遣いのあるフォローもして。

でもさ、近くに越してくるでしょ? そしたら「ごはん作ってー」ってしょっちゅう甘えに行くよ。いい?

わたしの食生活がメチャクチャなの知ってて、そんなことも言ってくれる。

実際、仕事も一緒で私生活も一緒だなんてどうかなって、そこがちょっと心配だったし、ジェニーの言うことが正解かもしれない。
中島みゆきみたいなうじうじから抜け出せるのはいいけど、泣きたいときに思いっきり泣けない。そしたらもっと中島みゆきになっちゃう。


2日続いた季節はずれの真夏日が終わったら、突然サンダーストームに襲われた。仕事を終えたいつもならまだ明るい夕方、みるみるうちに外が暗くなって、空が異様な緑色に染まった。と思ったら、ものすごい風と豪雨。雷が鳴る。稲光が走る。病院の立体駐車場が、屋根があるとは思えないほど、水浸しになってた。

帰りの高速が怖かった。バリバリ雷が鳴る中を稲妻が光るたびに、体がすくむ。隣りを抜けるトラックが洪水になった道路を泳ぐみたいに走るから、わたしの車のウィンドシールドに、バケツをひっくり返したように水がバシャーン、バシャーンと打ちつけられる。その度に思わず目を閉じて、その度にタイヤが横滑りする。

それでもみんなぶっ飛ばしてる。ハンドルを握る手に力が入って、そのうち豪雨も雷もバケツの水も、快感になってくる。そしてなぜだか、あの人のことが急に愛おしくなった。


ごめんね。悲しい思いさせてごめんね。男と暮らすなんて思わせたりして、ごめんね。そっちの方がよっぽど中島みゆきだよね。

早くうちに着いて欲しかった。
駐車場からずぶぬれになりながらアパートに駆け込んで、ずぶぬれのまま電話をかけた。
仕事に行く途中のあの人の声が、「よかったー。昨日電話したのに繋がらなかった。公衆電話からかけたからかなあ」って言った。

そんなことどうでもよくて、「うそだよ。引っ越しても誰とも暮らさないよ。ずっと待ってるから。会えるの待ってるから。来てくれるの待ってるから。ひとりで暮らして待ってるから」って、そう言いたかったのに、あの人はものすごく嬉しそうな声で、「今度時間合うとき聴かせてあげるよ、新しい曲。今まで何度も言ったけどさ、今回のはほんとにすごいから。いや、今まで何度もそう言ったけどさ、今回のはほんとに今までとは違うんだって。もう、ひと皮剥けたって感じ」って言った。「皮剥けたって感じ」って笑いながらもう一回言った。

「やっと皮剥けたの?」って、わたしも笑った。
「そう、やっとオトナになった」って、あの人がまた笑った。

ああ、もうだめだ。この声聞いたら、もうだめだ。
いい曲が出来たときの、わたしの一番好きな声。
わたしが男と暮らすと勝手に思い込んだことも「悲しい」なんて言ったこともきっともう忘れてて、ただ音楽の仕事に夢中で、そのためなら何日も寝ないでも平気で、音楽創るのが大事で、何より大事で、

そんな、わたしの一番大好きなあの人がそこにいた。

駅にすぐに着いちゃって、もっと新しい曲のこと聞いていたかったわたしはまた取り残される。

「嫌い。もっと話して欲しいのに。」
「きみの日曜日の朝、電話するよ。あー電車来た。今日は乗り遅れられないからさ。ね?」
「嫌い嫌い嫌いー。もうほんとに嫌いだからね。」
「エー? 僕は好きだよ。日曜日ね。ね。行ってくるよ。行ってくるからね。」
「バカ。嫌い。ほんとに嫌いになるんだからね。」

あの人は相変わらずキスしてくれて、わたしは相変わらずキスしないで拗ねてみせて、
何事もなかったように電話は切れて、
何事もなかったように、わたしの一人芝居が終わった。


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ルームメイト - 2002年04月19日(金)

「7月に引っ越したらほかの人と一緒に暮らすの。だからもう来られないよ。」
「誰? 誰と? だんな?」
「違うよ。」
別れたじゃん、もう。
「ドクター?」
「ううん。」
ドクターもとっくに終わったじゃん。
「じゃあ誰? 病院の人?」
「うん。」
「・・・。」
「あたしが誰かと暮らしたら悲しい?」
「悲しいよ。そんなこと初めて聞いた。ショックだよ・・・。」
「言ったじゃない。」
「引っ越すってのは聞いたけど、誰かと暮らすなんか聞いてない。」
「決めちゃったの。あなたが来てくれないから。」

あの人にそんなこと言ったのは、もう4日前のこと。相変わらずあの人は時間がなくて、すぐに電話を切らなくちゃいけなくて、「もっとちゃんと話聞きたいから、電話するよ。3日以内にはかけるから。ちゃんと話してくれる? くれるよね?」ってあの人は淋しそうに言った。


嘘じゃなかった。親元離れたいジェニーが、一緒に住もうよって言った。
それも悪くないかなって思い始めてた。
ツーベッドルームのアパート借りたら高いけど、シェアするなら今より家賃が浮くし、ジェニーとなら上手くやってけそうだし。

それに、もう会えないなら、あきらめるのに理由が必要だと思った。
理由を作って、あの人が来てくれることをあきらめたい。
いつのことだかわかんないまま、ただただ会いに来てくれる日待ち続けてぐじゃぐじゃなばっかの、まるで中島みゆきみたいなこんな生活から脱出したい。しなきゃ。

わたしは誰かと暮らした方がいいのかもしれない。精神衛生上きちんと生きるために。
毎日お料理して一緒に食べる相手がいて、バカなおしゃべりも深刻な話も出来る相手がいて、テレビもビデオも見て、お休みに一緒に出掛けたり友だち呼んでパーティしたりして、そんなごく普通にちゃんとした生活。男と暮らすのとは違う意味の共同生活。ジェニーがシェアを言い出した少し後から、考え始めてた。そうすればもう、あの人がいつでも来られるように準備してるような哀しいひとり暮らしを断てる。

それまで絶対住むとこを友だちとシェアするなんて考えられなかった。だから、「7月までに恋人が見つかんなかったらね」って、そのときはちょっとジョークにして返事を濁した。「えー? あたしはセカンド・プライオリティなんだ!」ってジェニーは口を尖らせたけど、わたしよりうんと若いけどちゃんとマチュアで、不思議なくらい気が許せるあのジェニーとなら、出来そうだなって最近思えて来てた。お互いに自分のプライベートな時間を一番大事にしながら、お互いのプライバシーを尊重し合いながら。


男と暮らすふりしたのは、いつものただのバカな意地悪。
バカな意地悪だけど、ずっと男と暮らすふりしてやろうって思った。

会いに来てくれないからだよ。会いに来てくれなかった罰なんだから。

昨日で3日が過ぎたけど、まだ電話はない。
電話がかかって来たら言おうって決めてた。
「あなただって、もうすぐ結婚するじゃない。あたし、あなたが結婚する前に、誰かと一緒に暮らし始めたかったの」。

男だなんて、わたしひとことも言ってない。
あなたが勝手に思い込んだんだからね。

今日までそう思ってた。
今日までそう思ってのに。






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夏の風 - 2002年04月18日(木)

暑かった。
気温は96°F まで上がることになってたらしい。
実際に何度だったのかわかんないけど、
96°F って、摂氏で言えば 36°C だ。

いきなり夏服着るのを躊躇して、薄い七分袖のシャツ着てったけど
ドリーンはサマードレスを着て来てた。
街を歩く人たちはタンクとショーツなんて格好だった。

もわっとする熱気が去年の夏まで気持ち悪かったのに、
なんだかそれが心地よかった。

高速の周りの景色が変わる。
枝だけだった木が突然緑いっぱいになってる。
先週時間を1時間進めたから、
帰り道はまだうんと明るい。

うちに帰って、冬の間窓に貼ってた防寒の透明シールをばりばり剥がした。

今日も暑い。
今日の気温は何度あるんだろう。
駐車場の桜の木も突然緑色に覆われてる。
ほんとにマジックみたいに突然だ。
白い花は緑に紛れてもう見えない。
ふさふさ揺れる葉っぱのすき間から、
白い小さな破片が風にこぼれて散る。

まさかこの気温のまま夏になってしまったりしないとは思うけど、
ここは季節がいつもこんなふうに突然変わる。
それも好きじゃなかったのに、
こういうのもおもしろくていいじゃん、なんて今思ってる。

大変なのはチビたちだ。
窓辺で生暖かい風を受けながら、もうぐったりしてる。


日本もこんなに暑いんだろうか。
そんなことないかな。
でも風が似てるような気がする。
昔むかし、最初の結婚から逃げてひとりでアパートに暮らし始めたとき、
窓からこんな風が入って来てた。
あれはどの季節だったんだっけ。
春の終わり? 夏の初め? 夏の真ん中?
アパートに、2番目の夫がモネを持って尋ねて来てくれるようになった。
モネって今でもあるのかな。
ライムのソーダだっけ? レモンのソーダだっけ?


さっき、このアパートのリースの更新手続きの手紙が届いた。
今度は「更新しません」のところにマルをつける。
もう少しでここを出て行く。
あの人を待ち続けて待ち続けて2年が過ぎる頃。

あの人に見て欲しかった。
この大きな窓も、頑張っておしゃれにレイアウトしたお部屋も。
このキッチンで一緒にお料理したかった。
このテーブルで一緒にコーヒー飲みたかった。
この大きな窓の窓辺に立って、一緒にたばこを吸いながらおしゃべりしたかった。

何も思い出残せなかったこのアパートに
待ち続けた痛みだけが残って、
生暖かい風はそれをかき消せない。

そして、このどうしようもないやるせなさを、あの人は知らない。
それが一番悲しい。

今日はお休み。
シャワーを浴びて、夏のドレス着て出掛けてみよう。
少しだけなつかしくて、暖かくて優しいこの風に、もっと吹かれてみよう。


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カシコクなれ - 2002年04月16日(火)

目が覚めたら10時13分だった。
「え?」って口を開けたまま30秒くらいフリーズしたけど、ごくんと生唾呑んで素早く解凍して、
言い訳も考えずにチーフに電話した。

「今起きました」なんて言えるはずがない。
途中まで行ったけど胃がキョーレツに痛くなって
引き返して来たことにした。
少し休んだら大丈夫になったから、これから行きます。
12時くらいには着きます。

「正直モノはバカを見る」を懲りずに繰り返してるくせに、
こんなカシコイ不正直モノにもなれるんだって、なんか嬉しくなった。
旅行中に胃をやられて入院したこと話しててよかった。

髪が濡れてるとマズイかなあって思いながら、急いでシャワーを済ませて化粧してアパートを出たら、ものすごく気温が高かった。おかげで、窓全開で運転してる間に髪は殆ど乾いた。

渋滞があんまり酷くて45分遅刻したことがあってから、ルートを変えて遠回りな高速使ってるけど、
この時間帯なら大丈夫と踏んで近い方の高速に乗ったら、
あちこちで工事しててやっぱり凄い渋滞で、12時に間に合わなかった。

45分の遅刻が渋滞のせいだってこと信じてくれずにビービー叱ったくせに、
今日のチーフは妙に優しかった。
あのときビービー叱られながらガーガー言い返したのがわたしの勝利だったのか、
嘘を完全に信じて心配してくれたのか、
どうせ来やしないって思ってたのに来てくれたから、穴が空くフロアのカバレージの心配しなくて済んで安心したのか、
理由がどうであれ、なんか嬉しかった。
ズルガシコイことだって出来ちゃう自分が嬉しかった。


遅刻のせいで時間が短くなって大変だったのに、
患者さんが心臓発作起こしてもっと大変になった。
Dr. ゴパールの処置は完ぺきだった。
わたしなんかオロオロしちゃって全く手が止まってたのに。
インターンとはとても思えない落ち着きと対応で、
いつもジェニーと「かっこいいよね」「素敵だよね」って言ってたけど、
本気で好きになりそうなくらい今日は尊敬した。感動した。

そのあと、いつもみたいに「今日、外暑い?」とか突然とっぴょうしもないこと聞いてきたりする。
「暑いよ。春が飛んじゃったみたいだよ」って、いつもみたいじゃなくどきどきしながら答えながら、デートしてるとこ空想してた。
でもわたしの年齢知ったらデートなんかに誘ってくれないだろうな、だけどもし年齢聞かれたら今度はちゃんと答えよう、なんて考えて、忘れかけてた痛みにまたちょっと胸が疼いた。疼いた胸がバカな空想をかき消した。

探し物は探すと見つからない。
期待したいことは期待すると訪れない。
手を伸ばしたいものには手を伸ばすと届かない。
会いたい人には待ってると会えなくなる。
そういうモンだからね、人生は。
ちょっとはカシコクなったじゃん。


インサービスの講義もあった。
国家試験にパスして以来、ずっと勉強なんかしてなかった。
大好きな経管栄養治療の講義で、胸がワクワクした。
久しぶりの刺激だった。
もっと勉強したい、もっと専門的になりたいって思った。

3000ドルの病院代の話をしたら、
イージーゴーイングなドリーンは、「ここの保険が効くって。交渉しなよ。なんでそんな金額アンタが払わなきゃいけないのよ。保険効くに決まってんじゃん」って言う。そうか、って思った。
お調子もののケースマネージャーのミスター・ラザーがおんなじこと言ったときは、あんまり納得出来なかったけど。
アニーのオフィスの名前を知らない男のスタッフは、「払う必要ないよ。ほっときな。ここじゃあそれが常識だよ」って言った。
それを聞いてたアニーは、「やめなよ。この子はそういう子じゃないんだよ」って言った。

踏み倒しかあ。
やっぱり出来ないよ、わたしには。
それにさ、「必ず払います」って書類にサインしたんだよ。
一緒にいてくれたリサも証人のサインさせられたんだよ。

空港にピックアップに来てくれたジェイおじさんも、「そんなもの払うのはバカだよ。誰も払ったりしないよ。ここはそういうとこだよ」って言ってた。

あのね、ここの街の人のそういうところはやっぱり嫌いなの。
それってカシコイんでもズルガシコイんでもなくて、ただズルイだけじゃん。


明日はもっと暑くなるらしい。
90 °F って、真夏の気温だ。
またあの季節が来る。
あの人と出会ったあの季節。

だめ。カシコクなれ。もっとカシコクなれ。


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もう一度だけ - 2002年04月15日(月)

「ほら、マミーがお迎えに来てくれたよ。よかったねー」。
そう言いながらアニマル・インのお兄さんが、ふたりをケイジに入れて連れて来てくれた。いつもおしゃべりなお兄ちゃんチビは、いつもにも増しておしゃべりになる。楽天家で、うちじゃあいつもケアフリーを決め込んでる妹チビまで、心細げな顔してミャーミャーおしゃべりする。ずっとこんな顔してたんだろうな、ここで。そう思った。

家まで帰る車の中で、ずうっとミャーミャーミャーミャーおしゃべりし通し。「どこ行ってたの?」「なんで僕たち置いてったの?」「なんですぐに来てくれなかったの?」「ねえ、どこ行ってたの?」「なんで置いてきぼりにしたの?」「ねえ、なんで?」「なんで?」。かわいい詰問責めに罪悪感を覚えながら、ちょっと可笑しくなって笑う。そしたらまた責められる。「なんで笑うの?」「何が可笑しいの?」「心配したのに」「寂しかったのに」。ミャーミャーミャーミャーミャー。ね、言ったじゃない。お友だちの結婚式に行って来るからねって。一週間経ったらちゃんと迎えに来るからねって。いい子にして待ってるんだよって。「聞いてないよ、そんなの」「聞いてない」。ミャーミャーミャーミャーミャー。

うちに着いたらケイジの扉を開けて、ひとりずつ思いっきり抱っこしてやる。ごはんをやったら、ものすごい勢いで食べ出した。ちゃんとごはんも食べてなかったのかもしれない。気になって仕方なかったけど、仕事に出掛けなきゃいけなかった。

仕事から戻ると、またミャーミャーミャーミャーふたりしてまとわりついて離れない。甘えん坊のお兄ちゃんは、いつまでもいつまでもくっつき回る。バスルームの中までついてくる。妹チビはそのうち安心したのか、バスケットのベッドですやすや眠ってる。時々大伸びなんかして。ほらほら、そうやってもうすっかり平気を装ってるけど、知ってるんだよ。向こうから電話したらお兄さんが言ってたんだから。「妹チビちゃんはものすごくシャイだね。ずっとお兄ちゃんの後ろに隠れてるよ」って。そういうの何て言うんだっけ? 内弁慶? 

妹チビは強がりで、なのにいざって時に臆病で、それで、いつもは臆病なくせになんかあったら絶対盾になって守ってくれるホントは強いお兄ちゃんが大好きで、そんな時にはお兄ちゃんにくっついて甘えて。


「あたしに似てるんだよ」って笑って言ったら、「そうなん?」って真面目な声で、強がりなわたしを知らないあの人は聞いてた。もうずうっと前。そうなんだよ。だからわたしだって、子どもみたいにふざけてばっかだけどホントはとっても強いあなたに守って欲しい。欲しかった。もう一度だけ、あのときみたいに。もう一度だけ、くっついて甘えたかった。

ほんとに、もう一度だけでよかった。


お兄ちゃんチビを抱き上げて、とびきり上等のキスをしてやったら、愛おしさが溢れて溢れて止まらない。
「大好きだよ。ずっと離さないからね。どこにもやったりしないよ。ずっと一緒だよ。淋しい思いさせて、ごめんね」。

動物は裏切らない。約束破ったりしない。100パーセント嘘のない愛をくれる。
わたしもチビたちを裏切らない。約束破ったりしない。100パーセントピュアな愛をあげる。


「会いに行くよ。チビたちにも会いたいもん。」
あの人のいつかの言葉が、うんと遠くのほうに消えてった。

わかってるよ。あなたの愛にだって嘘はない。
ただね、ほんとに、
ただ、どうしても、
もう一度だけ、
もう一度だけ、会いたかった。






「20000ヒット踏みました」ってメールくれた貴男、ありがとうね。
幸せな気分になった、なんて、そんなこと言ってくれたら嬉しくて涙が出るよ。
うん、ちゃんとその気持ち、伝わったよ。
そうそう、よく計算したら3000ドルは36万じゃなくて39万でした。
考えても解決しません。っていうか、考えたくない。
どうしよう??


-

ただいま、NY - 2002年04月14日(日)

帰って来た。
こんな真夜中に帰って来て、もうふらふら。

結婚式はボニーらしくてとっても素敵で
あの人の結婚式が重なっちゃって泣きそうになったりもしたけど
幸せそうなボニーとケンを見て
友だちいっぱいに会えて
あの街はあったかかった。
雨が降ってばっかりだったけど
それもあの街らしいし
街じゅうにお花が咲き乱れてたし
ちょっとまだ肌寒くても
変わりなくあったかい街だった。

わたしったら、でも入院しちゃって

行く前の慌ただしさと
なんだか心配事いっぱい抱えたまんまだったから
多分ストレスのせいだと思うけど
持病の急性胃炎発病しちゃって

もうあの街の住人じゃないから保険が効かなくて
ER の費用と一晩の入院費プラス、ドクター費、
全部で3000ドル請求されてしまった。
3000ドル・・・。
日本円に換算して36万円・・・。

もちろん払えないから待ってもらってるけど、
どっからもそんなお金出てきやしないよ。

帰って来たら
駐車場に桜の花がぽこぽこ咲いてた。
窓の下に白い水仙がぽんぽん咲いてた。

わたしね、それ見て思ったよ。
この街好きかもしれない。

前の街に帰って入院なんかして
法外な医療費請求されたからじゃなくて。

あの街は素敵だけど、
海が綺麗で空気が澄んでて人がきちんとしていておしゃれで活気があって
あったかくてニートでクールで
相変わらず素敵だけど、
大好きだけど、

一週間過ごしてる間にわたし、思った。
「わたしにとってここはもう過去の街なんだ」って。

何度でも帰りたい場所。
だけど多分もう戻っちゃいけないところ。
暮らすために戻ったら、後戻りすることになる。
わたしは前に進まなきゃ。

わかんないけどね、
まだどうなるかわかんないんだけどね、
戻らなきゃなんないかもしれないんだけどね、

でも今日帰って来て、
ランディングする飛行機からJFK空港の灯り見て、
わたし、この街が自分の居場所だって思った。
ここでまだまだ暮らしたいって思った。
ちゃんと好きになれるかもしれないって思った。

取りあえず今日は寝る。
明日朝早くチビたちお迎えに行って、
それから仕事だもん。

早くチビたちに会いたい。

病院の費用は明日考えよう。
とにかく寝なきゃ。

頭がくらくらしてるのになんだか目が冴えて、
眠れそうにないけど
とにかく寝るよ。
ただいま、NY。
おやすみ。


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緊張する - 2002年04月05日(金)

朝からドキドキ状態で仕事に行って、
ほっとしてふにゃふにゃになって喜んで帰って来たと思ったら、
メールを見てすっかり落ち込んだゆうべ。

もうなんの気力もなくなって、
放心状態でベッドに転がったら、そのまま朝が来た。
化粧したまま。洋服着たまま。コンタクト入れたまま。

起きたら喉が痛かった。
頭ががんがんしてる。
風邪ひいちゃったみたい。
仕事中にはなんか胸焼けがするし。

「『精神的』はいってるよ、それ」
って、ドリーンとジェニーに言われた。

「 Have a safe trip! 」ってお許しが出たんだから、
喜ばなくちゃね。
喜んであの街に行って来よう。
あとのことはあとで考えよ。

今やっとタックスリターンの書類、出来た。
明日まだ、車のインスペクションに行かなきゃいけない。
まだなんにも荷物も詰めてないし。

あの人がさっき電話くれた。
これからまた仕事だから、明日また電話するって。
「明日もう行っちゃうんだよ」って言ったら、「何時に行くの? いつ帰って来るの? 明日いつでもいいから、ちょっとでもいいから、時間あったら電話かけて」って、なんだか焦って言う。
「行くのは夕方だけど、それまでいろんなとこ行かなくちゃいけないからわかんない」なんて意地悪言っちゃった。
「じゃあ、こっちからかけてみる。いなくてもいいよ」って、なんかかわいいよ。

大丈夫だよ。向こうからだってかけられるんだから。
でもあの人のこと忘れて・・・じゃなくて、ちょっとだけ考えないで、
一週間過ごしてみるのもいいかな、なんて少し思ったりして。

だめだね、きっと。
こっそりうち抜け出して公衆電話からかけてたあの頃、思い出すだろうな。
ブロックバスターの角の公衆電話。
公園のトイレの横の公衆電話。
リカーショップの入り口の公衆電話。

ああ、わたし、帰るんだ。あの街に帰るんだ。

嬉しいかな。
嬉しいよね。
でもなんか緊張する。


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土壇場のラッキーガール? - 2002年04月04日(木)

1時間早く病院に行って、HR のディレクターに電話をかけ続ける。
セクレタリーの人にディレクターは出勤の予定になってるか聞いても、「なってるんですけど、まだ来てないんですよ」って言う。結局自分の仕事を始める時間が過ぎて、フロアからかけた何度目かの電話が繋がった。

でも、病院のメールサービスに預けて帰ったから、いつ送られたのかはわからないって言う。弁護士事務所に電話して届いたかどうか聞こうと思っても、担当の弁護士さんはいないし、ボスの方はミーティング中だし。お昼過ぎになって、やっと弁護士さんと話が出来た。

届いたらしい。
ああ、よかった。
ひやひやだったじゃん。
そのままふにゃ〜っと座り込みそうになった。

わたしって、ほんとに土壇場のラッキーガールだって思った。
みんなによかったよかったって言ってもらいながら、ほっとしてうちに帰った。

うちに帰ったら弁護士さんからメールが来てた。


「残念なことに、サインが必要な2枚の書類のうちの1枚にサインがされていませんでした。
ディレクターにもあなたにも連絡がつかず、取りあえずそのまま政府に送りました。
監査官が気がつかなければいいんですけど、最悪の場合は送り返されて来ることです。
でもファイルされたことは確かなので、旅行に行って来て下さい。
Have a safe trip!」


監査官が気がつかなければ? 気がつくって。
送り返されて来たりしたら、もう5月の終わりまでに間に合わなくなる。
「Have a safe trip!」
って・・・。


もう力が抜けて、涙も出やしない。




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I'm panicking! - 2002年04月03日(水)

大変なことになってる。
書類が弁護士事務所に届いてないってメールが来た。

病院の HR のディレクターに、昨日のうちに絶対送り返してくれるようにあんなに念を押したのに。おまけにディレクターは今日はオフで、連絡がつかない。送ってくれたのか、送ってくれたとしたら何時に送ってくれたのか、それともまだ手元にあるのか、わからない。明日中に届かなければ金曜日のうちに書類は政府にファイルされず、わたしはあの街に帰ることが出来ない。

「明日の朝一番に HR に電話して確かめます。昨日の5時以降に FedEx で送っているなら、明日にはそちらに届くはずです。もしディレクターの手元にまだあるのなら、わたしが HR に取りに行って、その足で何とかそちらに直接持って行きます。念のため、そちらからも電話で確認を取ってください」。

そうメールで返事を送ったけど、もう胸がドキドキしっぱなしで落ち着かない。
HR はもうひとつの方の病院にある。そこに取りに行ってから弁護士事務所に届けに行くとなると、仕事を2時間は抜けなくちゃならない。あの意地悪チーフが何て言うか。でもそんなこと言ってられない。あの街に行けなくなるだけじゃない。6月以降仕事を一時的にしろ辞めなくちゃいけなくなるかもしれない。ダメって言われても行くしかない。

タックスの申告も終わってない。
国税の方は出来たけど、州税と市税がまだ残ってる。
わかんないとこがあって、もうとっくに提出したドリーンに電話したら、延々2時間半もしゃべってしまった。こんなときに何やってんだか。

モーニングコールをかけたら、相変わらず忙しいあの人は自分で起きてもう仕事に行ってて、「今外だけど、会社の人と一緒だから」って言われた。聞いて欲しかった弁護士さんのこと、なんにも話せなかった。

「大変なことになってるのよ」。会社の人と一緒だっていってるのにわたしは言う。「何? 何? 例のあれ? ああー聞いてあげたいけど、どうしよう? あとでこっちから電話するよ、ね」。慌ただしげだったけど、あの人はそう言ってくれた。でもかかって来ない。ああ、ドリーンと電話してるあいだにかかって来てたのかもしれない。バカ、わたし。話したってどうにもなんないし、あの人も聞いたってどうしようもないけど、あの人はこんなとき、いつでもわたしを落ち着かせてくれるのに。どっから思いつくのか、全然予想もつかないこと言って、ちゃんと落ち着かせてくれるのに。

寝よう。今日はもう寝よう。明日1時間早く行かなきゃ。
そう思ってたのに、コーヒー2杯も飲んじゃった。
洗濯もしなきゃいけなかったんだ。
アイロンもかけようと思ってたんだ。
ほんとに何してんだろ。
何にもしてないよ。何にも出来てない。

イライラ落ち着かないのに、たばこは1本の半分しか残ってない。
さっき最後の1本吸ってて、半分明日の朝に残しとこうって消したヤツ。
イライラ落ち着かないくせに、明日何着て行こう、とか考えてる。
どうなってんの? この頭。

「もうすぐだねー。気をつけておいでよ。みんな待ってるからねー」なんてリサからもメールが来てるけど、返事が書けない。行けなくなったかもしれないんだよー。

寝よう。寝よう。もう寝よう。
でも寝られそうにないよ。
誰か時計を一日巻き戻して。


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おめでとうなんか言えない - 2002年04月02日(火)

書類が政府にファイルされるまでここを離れてはいけないって弁護士さんに言われた。
知らなかった。焦った。あと3日しかない。
病院にサインしてもらう書類は、昨日弁護士さんがオーバーナイトのFedExで送ったって言う。
病院が今日中にサインして弁護士さんに送り返してくれなきゃ、土曜日の出発までに間に合わない。
あの街に行けない。HRに急いで電話して、届いていることを確認したあと、今日中に絶対に送り返してもらうようにお願いする。でもまだ不安。

ほかにもわたしの知らなかったことがあって、慌てて大学院にまた別の書類にサインをもらいに行った。今日がイースターの週末の分の代休でよかった。

税金の申告もしなきゃいけない。
雇われ人でも自分でコレをする。日本みたいに、会社がやってくれない。
帰ってくる日が締め切りの日だから、行く前に出してしまわなきゃいけない。
忘れてたわけじゃないけど、放っていた。
いつもなんでもぎりぎりまで放っていて、土壇場になって焦ってる。
郵便局に申請用紙をもらいに行って、まだ放ってる。

それより、ボニーの結婚のお祝いを買わなくちゃいけなかった。
これもぎりぎりまで放ってた。


理由があった。
結婚の贈り物を見に行くのは辛かった。
いつまでも放っておくわけにいかないから、やっと今日探しに行った。

どんなお部屋で暮らすんだろう。どんなカーテンがかかってて、どんなベッドでふたりで目を覚まして、どんなカップでふたりでコーヒーを飲んで、どんなキッチンで一緒にお料理して、どんなテーブルでどんな食器で食べてどんなおしゃべりをして、どんなバスルームでどんな歯ブラシが並んでてどんなタオルを使ってどんなバスローブを着て、どんなどんなどんな・・・。

どこを歩いても、何を見ても、浮かんでくるのはボニーとケンじゃない。


「 Things Remembered 」で見つけたシルバーの写真立て。
好きな言葉を彫ってくれる。
気の利いた素敵な言葉を彫りたかったけど、単語が多いと値段が高くなるから、
ふたりの名前と結婚する日の日付だけを彫ってもらうことにして、その分豪華なフレームを選んだ。

名前と日付と「 Two Hearts, One Love 」って彫ってあるケーキカット用のナイフのサンプルが置いてあって、すごく素敵だったけど、ものすごく高くてあきらめた。それにナイフなんて、空港の荷物チェックで絶対ピーッて鳴る。シルバーの写真立ても多分ピーッだと思うけど、写真立てだって分かったら問題ない。

ダイヤのリングとマリッジバンドを絡めたデザインが、弓状になった上部に浮き彫りに施されたシンプルなピクチャーフレーム。ダイヤに見立てた部分にはクリスタルが填められてる。フレームに収まる幸せなボニーとケンの笑顔が見える。次の瞬間、ケンの顔があの人の顔に変わる。彼女の顔なんか知らない。あの人の幸せそうな笑顔だけで、もうじゅうぶん辛くなった。

結婚するときにはちゃんとおめでとうって言ってあげよう。贈り物をしてあげよう。
そんなこと決めてたいつかの自分がバカだと思った。
出来るはずない。絶対、出来ない。絶対に絶対に出来ない。


泣きそうなこころを抱えて、ずるずるずるずるからだを引っ張って、
カードを探しに行く。
自分はどんな顔してるんだろう。
こんな顔をして、ウェディングのカードを選ぶ人がいるだろうか。
少なくともわたしは今まで、ウェディングのカードを選ぶときはどんな人のためでも心が躍った。これはボニーへのカードなのに。それなのに。

And the two shall become one.
Mark 10:8 ってその下にちっちゃく記されてるから、聖書の引用だって分かった。
フレームに見せかけたデザインが、写真立てのプレゼントにぴったり合う。
カードの方は、シルバーじゃなくて、薄い色のゴールドだった。そこも気に入った。
中を開くと、Itユs that simple.  Itユs that beautiful.  って言葉が続く。
飾り立てたお祝いの言葉より、なんて素敵と思った。


ふたつがひとつになる。そう、結婚はそれほどシンプルで、美しいこと。
ボニーはもうすぐそれを知る。やっとボニーのために、微笑んだ。


あの人はまだ知らないでいて。
でもいつかもうすぐ、あの人も知る日がやってくる。
そんな幸せそうな顔、見せないで。
おめでとうなんか言えない。贈り物も探せない。



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