21世紀猫の手日記
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2024年06月29日(土) |
これからは、何をやってもご栄転。 |
業務上の話で、患者さんをよそに送って、ここを閉鎖します。 という話はされている。
しかし、なんでそうなったかとか、そうならんようになんかしたかとか、そんな話は噂というか、非公式伝聞ばかりで、ちゃんとした説明はなかった。
多分、役員報酬さげるとかそんなことはないのだ。面談で苦情を言った人はいるかもしれないが、マジで説明が無かった。経営する方は何にも責められず、いきなりの個人攻撃が来るのだ。そんなこと言われてもなぁって感じだ。
うん、マニュアル上私は多分雑対応なんだろうと思う。地元じゃないし、家族もいないしローンもないし。
どのみち、私の雇用継続は無いのだ。そんなに雇えないし。せいぜいあと2,3人でも多すぎるくらいだ。
ただ、もしかすると、閉鎖する話はもっと前……去年の初夏くらいにはあったのかもしれない。ちょっと何かがあったのだ。唐突に事務の人に妙なことを聞かれたな。
なんか、生まれ変わったらというか、病院の経営やりたいなと思いました。正直、この件は都会でやったら大騒ぎで、夕方のローカルニュースで3回くらい特集されてもいいネタだ。地域が困る、患者さんも困る、職員も納得いくというか基本何の説明もなしだし。
そして、切られる方は羊の群れみたいなもんですな。粘ったり交渉した人もいるのかもしれないが、細かい情報はないし。あっさり言うことをきいてますな。それでいいのか?って感じがするくらい。粘ってもそんなに金は出す気はないでしょうし、枠もほぼ無い。じゃぁ、仕事探す方が早いんでしょうけど。市内で斡旋するったって、そんなにないですしね。
いやーーー、自分は羊の群れに入ってた巨大ドブネズミだったんだなとおもいました。
それじゃあまりにもセルフイメージが悪いか。(苦笑)
じゃぁ、羊の中の鳳凰、((笑))
もう飛び立つしかないwww
まぁ、事務員も切られるときは切られるんだろうけど……。働いている人って立場が不利だなと思った。こういうので多分他の人より色々思うのは、子供のころから赤旗をちらちら読んでいたからだろう。
ちなみに、やめたぜという話を一番先にしたのは、バイク屋のおっちゃん。自賠責の話のついでに、どうしたと聞かれました。多分、町のうわさが駆け巡っていたんでしょうね。wそりゃそうだ、こんな田舎じゃ、大惨事ですよ。家建てたり、子供の進学とか人生設計が。そんなに職の枠もないでしょうし。
爆笑しつつ、そんな残れるような技量はないですから、やめましたと言った。いやなんかもう、居づらくて無理ですわ。(ヾノ・∀・`)ムリムリ、残れませんよー。と言ってしまった。
おっちゃんも、何故か爆笑である。ZAZAじゃ無理と思われていたのだろう。あまり良い環境ではないという話はしている。叫ぶ主任がいるとかな。愚痴もちょっと言った。以前にやめた人をガチで何人か知っているらしい。内情も多少は漏れ聞いているようだ。
地元民の伝聞で、「あそこねぇーー、なんかよくないみたいで、みんなやめちゃうんだよねーー」と教えてくれた。そか。やっぱりそうなのか……。なんかわかる。 まぁ、たしかに病棟はトゲのある人じゃないと続かないわな。覚えるのに10年かかる病棟ってなんじゃ。ちゃんと教えるマニュアルとか、やるきがないんだろw。そんなに覚えなくてよかったなw。無駄だった。
ちょっとのあいだは、こっちにいてあちこちツーリングしますといったら、笑っていた。話してちょっと元気が出た。レースも見たいしね。そーしたらいいよ!みたいな感じで。楽しんだらいいやね。ここ住まないのか?都会に帰るのかともいわれました。そうよねぇ。もうちょっと違うなんかだったらいいのかも。
ビル時代は、グーグルマップでこっちの道をぐりぐり見ていた。ある意味、夢がかなっているのだ。行きたい場所も沢山ある。ユーチューブも、旅系を見ている。今日が曇りで残念だ。晴れてたら、海沿いをずっと走っていたい。
2024年06月27日(木) |
実はいろいろ聞かれた2月、茶番の布石 |
実は療養病棟で、いろいろ聞かれていて、 ……これは、たぶん…どう答えても、やめさせる時の布石にするんだろうなぁーと思ったので、結構適当に答えておいた。面倒だったのでウソ800だ。
案の定、それを使ってきた。○○だから、というのもやめさせる理由になった。
そんなわけないだろ(苦笑)と思った。アホだから、言われたことをそのまま記録して使ってきたのだ。ちょっとー。
うーん、そういうのを何にも言わず聞いてきた主任なんかは、目が何か怖くてこれ正直に答えたらあとあとヤバイ感じがしたのだ。何故それを聞くとか、理由は一切ないですし。それはあたりだったようだ。
療養は何かを教えてくれるんじゃなくて、単純にあらさがしというか、弱みを握るために送られたようだ。やめた先輩のほうが正しかった。
こちらが何を言っても、自主的にやめてもらう理由にする気満々だったのだ。
正直、あの時ヤバイ気配を察していてよかったと思う。真剣に答えていたら、普通にダメージを受けて、必要以上に落ち込んだり、もうダメかもって仕事できなくなると思う。(苦笑)
ここの偉い人たちは若い人にも、そういうことを言ったりしたのだろうか? 彼らの業務上仕方ないとはいえ、言われたら傷つくだろうなと思う。やめさせるってそういうことだよなーと思う。うん、病院とか病棟自体は嫌になってて良かったと思う。
ある意味、嫌になっていたからこそ傷つかない、……嫌な気持ちも神様のお導きというか、自分を守る知恵が働いたからこそなのか。ちゃんとやろうとか、学びたいとか真剣に思っているからといって、全てが良い結果や良い感情を持つ(達成感を得るとか、知識技術がつくとか、自信がつくとか、自分を好きになるとか)ようになるとは限らない。残念ながら。
コイツ教えないと、と、そういう風に接してくれたスタッフもいたけど、(ありがたいI上さん)師長とか主任とかはそういう風にくるめておいて実は違っていた。こりゃもう、まっすぐなI上さんとかは知らなくていい世界なんだろうなと思った。……そういうパターンもあるんだな。あんまり知りたくなかったが。
つぶれる会社も、傾く会社も沢山ある。その数以上に、こういう思いや、理不尽だったりがあふれるのだろうと思う。こういうって、平たく言えば、会社つぶれるからやめさせるのに、理由は「お前の能力不足」になることね。能力ある人も沢山やめさせてるし。マニュアルがあるんだろうね。
私は、まだちょっとうっすい真綿にくるまれた言い回しですが、こういうことで傷つく人って沢山いるのだろうと思う。そういう人達が、あまりダメージをうけず、早く回復することができるようになるのを祈るばかりだ。
ここの年寄たちは、好きだけどね。とてもありがとうって思う。
2024年06月25日(火) |
ちゅ!変わっててゴメン♪気になっちゃうよね、ざ・ま・あ |
すいませんねぇ、空気が読めなくて。
ひらたくゆうと、閉所するところに在籍しているわけですからねぇ。
正直2月のあの仕打ちは何?とか思っていたんですけど、退職を勧められました。
まぁねぇ……。
なんか、ちょっと、点滴詰めるの遅かったら、ハイーーーできませんねー。 させませんよーあなたしなくていいですよー。
……あからさまにそんな感じのことが多数ありまして、いいわけするなら、かつて私も早く詰められたこともありましたよ。毎日10本以上詰めてた頃は。
でも、今は、月2,3回あるかどうか。できねぇよ!!!そんな。
これは、あなたできませんね、能力ないですね、やめてくださいの布石じゃないのかなとは思ったんですよ。
普段やらないことを要求されたり、初めてやることとかで、そんな言われ方をされても対応できませんし、それを教えてくださいっていっても、なんか邪慳な扱いされて……。意地悪でしたね。偉い人が。
で、能力無いから雇えませんみたいな感じですね。
そういう人がいると、秩序が乱れるんだそうです。 乱してやるよざぶざぶと……と、思ったけど、そこまでのこともしていない。
むしろ、移動して最初から何の説明もなかった時点で、察してやめなければならなかったようです。すまないね、気がつかなくて。他の人にはいろいろと説明があるのを見て、おやぁ?とは思っていたw。これは???ともおもった、やっぱりでした。
まぁ、しかたがありません。正直、私、残れるほど才能も能力も無い。そして、この街にいないと死んじゃうという理由もないですので、田舎を満喫してから、都会に帰ろうとおもいます。
最低限度はできなくはないんですよ。
採血もとれない、点滴もできない、詰めることができない、バイタルもとれない、処置(軟膏塗布、目薬点眼とか)全くできないって言われたら困るよなぁ。かつていたところでは、OKだったんだが。そこはスルーなのさ。
……、人手が無いときは、何が何でもやらせていた。というか、他の人に見てもらってOKだしてもらいましたよ。 つぶれるときは、解雇したいので、全てがダメになるようですな。
私の弱点は慣れていないことですから。
私にも悪いところもあると思うんです。沢山。
しかし、今回は会社の言うこと全部鵜呑みにしたら、ダメだな。最初から理由つけてやめさせたいんだもん。
ちなみに私の年よりの評判はw、……あなた、ほんとの婦長さんなんでしょ?といわれました。だって、いいひとだものって。
……ありがとよ((笑))×100
ここの師長より、いい人なことはたしかだよ。ハハハ。
……私、一番できの悪い人なのよって訂正しておきました。
先にいる人について、何かを教わるが全くゼロな時点でホントに察するべきでした。そうだよなぁ、やめさせたい人には何も教えないよなーー。普通誰かつくものな。
いやーーーー、いい人もいたけど、とーたるでは意地悪が勝ちましたね。
2024年06月18日(火) |
最近ちょっと起きてられるように…… |
移動してから、仕事がきついんじゃないのか?と思う。例によって不平不満だ。
ずっと入浴介助なので、手袋をしていて爪がふやかされているのか、すぐひび割れるというかむしれてとれてしまう。予想外の短いところで横にはがれてしまったりする。爪は強いほうなのに……。やっかいだ。
2カ月ほど、夕食を食べるか食べないかで倒れるように眠ってしまい、夜中に目が覚めてやっとシャワー、もしくは1時くらいまで頑張って起きてるとかの2択だった。なかなか起きていられないので、土日にやることが山積してしまい、しかも消化できないのでイライラが募っていた。
なんで12時間も仕事にかかっているんだ?通勤時間!!もう、仕事なんて6時間でいいじゃん。激怒ですよ。そんなことわかってるでしょというかもしれないが、12時間でご飯食べて風呂入ってなんかして睡眠とって、ストレス解消?無理だろ、アホだろ。日本爆発しろです。
じゃなければ、週休3日にならないと、多分私の精神的な健康は維持できない。日本が週休3日で、きちんと生活できる国になるのなら、爆弾でも馬糞でもどこにでも投げてやると思うのだった。
次どうするかが無いのでやめるにやめられない。解雇されるか、栄転するか。 これからは、左遷とは言わないことにした。栄転栄転また栄転。 今後は栄転しかないのだ。
少しイライラが収まる。
やめても栄転と言い張ることにする。
湿原は普通に地平線が見えた。広いのだ。山側から入って、開けたほうへと木道は続く。 木道にある展望台が前から気になっていた。予想よりしょぼかった。
地図を見て気になったところへ行くツアーをほぼ毎週やっている。
……、実は気分的に限界なのかスピリチュアル的な何かなのか、特定の神社だと号泣するということがあった。
こちらの地域は、漁村だと一集落に一つは神社がある。色々な神様がいるので、なんともいえない。竜神様だったり、いろいろ。
地図で見て気になっていた、某毘沙門天稲荷へ行った。海を見下ろすちょっと高いところにあった。たまたま、フェス中だったのか、赤いのぼりがあった。
拝むどころか、鳥居をくぐった瞬間号泣した。涙が止まらない。 感情は、神様仏様ご先祖様お父さんお母さん、ありがとうごめんなさい。私は人を導くことはできませんでした。そんな感じ。 (あとで、導きたかったのか?めんどうだな、それは絶対無理よと思った:苦笑)
と、そんな感じで5分か10分くらい泣いて、スッキリしてお礼を言って帰ってきた。賽銭を入れるにも箱も無いんだ。
で、不思議だったので他の神社にも行ってみた。涙は出ない。一か月ほどして、また行ってみた。
……やはり、ありがとう、ごめんなさい号泣をした。人をなんとかというのは出てはこなかった。でも、鳥居をくぐった瞬間号泣だった。フェスは終わったのか、赤いのぼりはなかった。合わせた手のひらが不思議に温かい。
なんかわからんが、悪いものに取りつかれてたのが取れたような感じがした。
うーん、ここは本当に神様がいるのかもしれない。
で、なんかお礼とか今後の抱負を述べて帰ってきた。お願いは特にしない。こうしたいのでかんばりますみたいな。言わされた感はある。なかなか、お宮に向かって話す習慣は無い。神社で話しかけるは、人生初かもしれない。
神社で号泣の今後の活かし方をcopilotに聞いてみた。……、困ったんだ。
毘沙門天のスピリチュアルな意味:
毘沙門天は、勝利や成功、学問の神様として知られています。この神様は、邪気や悪霊を退け、人々を守る力を持っています1。
また、毘沙門天は、自己律し、他人を思いやることの大切さを教えてくれます。この神社に参拝することで、自分自身を律し、他人を思いやる心を持つことができるでしょう。
号泣する意味合い:
毘沙門天稲荷神社で号泣することは、感謝の気持ちや謝罪の意を表す場合があります。人々は心の重荷を解放し、感情を共有する場として号泣することがあります。
この神社は商業や産業の神として信仰されており、人々は自身の願い事や感謝の気持ちを神に伝えるために訪れることが多いです。
生かし方:
毘沙門天稲荷神社での号泣体験を通じて、自分の感情や心の中にあるものを浄化し、心の平和を求めることができます。
今後の人生においては、感謝の気持ちを大切にし、他人を思いやる心を持ち続けることで、毘沙門天の力を最大限に引き出すことができるでしょう。
毘沙門天稲荷神社は、人々にとって特別な場所であり、スピリチュアルな成長や癒しを求める場として大切にされています2。
……つまり、浄化の反対で、心が荒れていたと。まぁ、基本的に今よりはすごくつらい状態でした。人を思いやる、感謝が足りないので、改めたらーみたいな。そんな感じか。わかった。
2024年06月14日(金) |
映画館貸し切りの刑、にはならなかった。 |
フェリオサを見てきた。開始直前まで、映画館で独りぼっちで怖かった。 お客が来て安心した。多分140人は入るところで、3人だった。なんだろね。 人、来て!この街から、映画館を消すわけにはいかないと思った。ここがなくなったら終わりだ。文明の衰退だ。
人がいなさ過ぎてコワイというのは、あまり感じたことが無かった。しかし、この田舎に来てからは良く思う。バイクを手に入れて、走るようになってからは、更にだ。集落に人がいないとか、対向車が来ないとか、抜いていく車もいないとなるとちょっと怖いのだ。
今日、ヨル11時過ぎにダラダラ街の中を走ってきた。1時間ぐらい。普通の服にゴアテックス上下だと寒かった。……中綿か、フリースがいる感じ。中心街とかイオンの周りとかw行ったんだけど、あまり走っている車もいない。
爆音のバイクとかもいないのは、多分寒いからだろう。ただ、コンビニの前で自転車でたむろっている若者?はいた。うーん……。
で、走っている時に唐突に「全部自分のせいじゃないか」と思った。
自分のせいというのは、納得した。受け入れた。衝撃だが、自分仕事続いても10年…?この法人なんて、向こうの希望だが3年で4か所変わってることになる。同時に3年で嫌になっている。 自分のせいだな。
だからといって、何かが楽にもならず……(苦笑)……センシティブなのは特に変わらず。もう、何か自分を直すとかあきらめたほうがいいのかな。良く変わることはないのかな。もうずっとだな、この課題。うんざりだ。
つきつめると、生病老死、神羅万象あらゆるものが楽しくて美しくて尊いとも思うけど、同時に辛くて苦しくて悲しく感じる。ワクワクするけど急転直下でつまんないみたいな……。
しかもそれ上手く言葉で説明できないし。アンビバレンツに近いけど、ちょっとそれとも違うみたいな。キラキラだけど、トゲトゲみたいな。で、トゲが勝つ。
少しでも希望の持てる方向に行くしかないんだろうな。同じところにいられないんだもの。ちょっとは治っているんだろうけど(笑顔対応とか)。人が多いところが嫌だったり、いないのも嫌だったりwするしなぁ。3週間くらい朝起きてからイライラしていたけど、なくなった。
仕事は3月に比べればだいぶ居づらくはなくなったけど……。やっぱり長居はできないんだろうなと思う。
3月に妙な引き留めにあい、やめなかったのはよかったんじゃないか。
おかげで2月のころの自分の反省ができた。もうしない、怒らない。笑顔対応。やめてたら、また何かトラウマが増えて思い出したくないのに思い出して怒ったり泣いたりする羽目になったかもしれない。今は一番つらい時よりは楽だ。うん、なんとかなるなんとかなる絶対何とかなる。なんとかするというかあんまり自力に頼らないほうがいいのかな。
ここは、先輩だな。
あきらめつつ開き直る。
2024年06月04日(火) |
洞窟じゃない、手掘りのトンネルでした |
自分が見たところを、画像検索して、中へ入った人のサイトへたどり着いた。 本当はじぶんが入りたいのだが、一人だとちょっといろいろ、高さとか海とか危険な感じがしたので、今のところは断念している。
江戸時代くらいからある、手掘りの隧道でした。
ああ、トーチカかなとも思ったんだけど……。
入口の高さが2mくらいあるのだけど、昔はそこの高さまで陸地があったらしい。妙に高くなっているのは、波に削られて、砂浜が相当下がったらしい。
江戸時代とは言っているけれど、それ以前のかなり前かもしれないので何とも言えない。田舎バカにできませんな。すごいなぁ。見物しがいがある。
2日の日に、パーソナルトレーニングへ行ってきた。ほんとは週2が良かったけれど、あいていないので週1になった。
とりあえず、姿勢をよくする感じのことをやってきた。肩甲骨周りと、骨盤矯正的な感じのを。それから、筋肉ねぇ、大腿の内側とかお尻とか意外と衰えていた。若い人と動きの切れがちがうんだけど、思ったより自分の筋肉がなかった。衝撃だ。
V字型になって、腸骨の上に30kgぐらいのバーベルを乗せて上下するという謎の運動をした。大転子部周りが筋肉痛になりました。
3kgぐらいのダンベルを持って、なんか肩甲骨周りの運動をしました。 背中はなんかわかりませんが、姿勢はすぐに治りました。 猫背は改善されました。……でもこれ、1っ週間くらいしたら、戻っちゃうんじゃないの?って気もするが……
次の日、朝、起きたらフラフラしない。寝起きなんだけどバランス悪くてグラグラせずに、ぶれずに歩ける。なんかすごいな。寝てるときも、背中が、布団にきちんとついていた。いつもは浮いた感じがするのに。
重いものを持って運動するって、めちゃめちゃ効果あるんですな。 iya^--^……もっと早くやっておけばよかった。 いろいろやってみないと、人生開けないなと思った。
やりたいと思ったときに、やりたいことやったほうがいいなと思った。 パーソナルトレーニングジムは、4年前くらいに行きたかった。都会にいたとき、近所にジムを見つけて値段も確認していた。そーしたら田舎にいくことになったのだ。
体を鍛えに行くのはもっと前にやってみたかったんだけど、そこまで自分にお金をかけられなかった。……いろんな意味で。うん、かけるべきでしたね。
お金かけずに自力でなんとか、というのも手ですが、やっぱりプロは違うのである。やってみたほうがいい、筋肉痛と引き換えに、腰痛とか膝痛いとかなおるかもしれない。
で、おばちゃんは、月曜日からギクシャクした動きをしているので、若い人に気を使われてしまったのだ。いいんだ、君たち、働きすぎて腰を痛めたんじゃないんだ。そっとしてあげてくれ。私の代わりにやらなくていいのだ。
zaza9013
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