Silent Song
DiaryINDEXpastwill


2003年01月30日(木) 星になったピヨちゃんへ

  「星になったピヨちゃんへ」

今まで良く頑張ったね。

すごく繊細でビクビクしてて、
なんだか自分に重ねあわせて
かわいそうに感じたときもあった。

でも、そんじょそこらのオカメとは
飛びぬけて可愛い、クリクリの瞳、
あどけない容姿で

今まで飼ったインコたちの中でも
とても個性的なインコだった。

ピヨちゃんはお母さんにだけ
懐い慕ってたけど、
お母さんはすごく泣いてたよ・・。

今までペットが亡くなっても
あんな風に涙を流すお母さん、
見たことなかった・・・。

ピヨちゃんのこと、
ものすごく大好きだったんだよね。

ピヨちゃん、本当、お疲れ様。

最後はとても辛かったね。
しんどかったね・・・。

ピヨちゃんは
最高に良い子だったよ。

ピヨちゃんは
ずっと私の思い出に残っていくよ。

・・絶対忘れないからね。


↑エンピツ投票ボタン
My追加

2003年01月27日(月) 「愛着」



---------------------------------------
私、センセイのことがスキだった。

センセイは私のことは
沢山いるうちのたった一人の
カンジャだったけど

私はセンセイに
自分の苦しさ受け止めてもらえて
すごく嬉しかった。

優しくして貰えて、
嬉しかった。

人生に希望が見出せず
死ぬことばかり考えていたワタシ・・

待合室で本を読んでたら
「どんな本読んでるの?みせて」って、
長い待ち時間の苦痛を紛らわすため
ウォークマンを聴いてたら
「どんな音楽を聴いてるの?」って
診察とは全然関係ないこととか
興味もってくれたりして

気にかけてくれて・・・嬉しかった。

「辛い気持ちをノートに吐き出してるんですが」
って診察時、もっていったら、
「全部は読めないけど…」って言って、
私の診察時間の限り、読んでくれた。

苦しくてどうにもやり場が無くて
体を何度も何度も傷つけてたあの頃。
診察時は必ず
「どこを切ったの。見せてごらん」って
言われて見せたっけ・・・。
一番酷い胸につけた十字(クロス)の傷の跡は、
今もまだ胸に残ってる。

市販の安定剤を何十箱も買い置きして、
金庫の中にいつでも死ねるように保存しておいた。
その金庫の鍵をいつも肌身離さず、首にぶらさげていた私。
先生は「その鍵を預かるよ」って言ったけど
私は預けなかった。

・・・・・。

あ、でも先生が
「死のうと思ったら、いつでもここ(医院)に電話しなさい」って
言ってくれたのに、首を吊ろうと思った夜、
勇気を振り絞って電話したら、
冷たい留守電が応答した・・・・。
あれは結構ショックだったなぁ・・・。
「いつでも」って言ってたのに・・・。
「ウソツキだなぁ」って思ったよ。

・・・・・・・。

私はセンセイのことがスキだった。
それを言葉で例えたら
多分「愛着」っていう言葉に
ピッタリ当てはまると思う。

心理学用語でいえば
それは「転移」という
患者やクライエントが心を開いた
お医者さんやカウンセラーに抱く
自然な感情なんだってね。
(私は当時、心理学専攻の学生だったから
その知識も本を読んで知っていたけど..)

いつの間にか、ワタシは・・
センセイの他の患者さんに対して
嫉妬するようになった。

・・でも、

センセイにとってワタシは
沢山いるうちの「患者」の一人に
過ぎないんだ・・・。
それを実感するとすごく心が痛くて・・。

センセイと一分一秒でも長く
お話していたくて、
診察が楽しみで楽しみで・・・。
だから、診察時間が短い日は
とても悲しかった。

慕う気持ちは愛着はどんどん自分の中で
強くなっていった。

センセイはお医者さんで他人なのに、
センセイに甘えたい、特別に気にかけて貰いたいと
そう思うようになっていった。

でも現実はそれは無理なこともちゃんと
頭で知っていた。

だからワタシの心の中、
その気持ちをセンセイにぶつけられないで、
素直に伝えられず、
拗ねるような態度で何も言わないことで
表現するようになった。

・・・辛くなった。

センセイのこと特別な感情を感じるから
センセイが自分のこと患者としか思って
くれないことが辛くなった。

診察の後、
帰りの電車で涙が溢れるようになった。

その感情が耐え切れなかった。

・・・私はセンセイの元へ
通うのをやめた。

「永遠にもうこの場所にはもう足を
踏み入れることはないだろう」
って心に決めて。

本当に(この世にも)”さよなら”
するつもりで・・・。

----------------------------------------

・・とかいってたら、7年経った今、
私はまだなんだかんだいって生きていて、
あの頃とは別の件で困りに困って、
結局、足を踏み入れてるんだから
なんだか笑っちゃうなぁ・・。
あの時の決意が・・。

でも、先生はもう
大人になった私に、
あの頃のように親身には
接してくれなくて、
今もまだ愛着が残ってるから、
正直、心が痛いよ。

・・先生はそんなこと知らないだろうけどね。

でも今は、お薬を貰うことが一番先決。
どんなに昔を思い出して心が切なくても
お薬を貰いに通うのだ。
自分の精神ために、お薬を貰いにいくためだけに・・。

    ・・・・・今は昔の
          過去の思い出。


↑エンピツ投票ボタン
My追加

2003年01月26日(日) ワタシをワスレナイデ


ワタシをワスレないで

いつか

この世の闇と光が

溶け合って

大きく世界を包む赤い太陽が

その地平線に沈む刻(とき)がきても

・・・ワタシのことを覚えていてね

・・・ワタシのことを忘れないでね


↑エンピツ投票ボタン
My追加

2003年01月24日(金) 慟哭

抑圧していた感情が
心の嘆きともに湧き上がり

喉のすぐ下までこみ上げ、
グルグルと胸の中に渦巻く

声をあげて
泣きたい

大声をあげて
泣きたい

・・・・

自分の中にこんな大きな
感情が抑えられていたのだと

”知っては”いたものの、仕方なく
”気づかないふり”をしていたことを
思い知る

・・・人間だもの。
人間は感情をもった生き物。
生きた”ココロ”があるもの。


↑エンピツ投票ボタン
My追加

2003年01月23日(木) 私は”生かされて”きた。



私は”生きてきた”んではなく、
”生かされて”きたんだなぁと強く思った。

自分ひとりの力では努力だけでは
どうにもならないことって
この世の中に沢山、ある。

生まれ出でた環境も、
めぐり合いの「縁」も
出会いも・・・

自分が死を選びたいくらい
辛く、悲しく、孤独な
辛い闇に
絶望に
陥ったとき

何かに、どこかに
助けを求めたときに
得られる援助も・・・

そういう場所や存在に出会えるかは
運が大きく影響する

過去の自分は
そういう意味で、恵まれていたし、
「生かされて」たんだなぁって思う。

私自身も頑張ったかもしれないけど、
決して、それだけじゃなかった。

そういう場所に環境に、
めぐりあえなければ
救われないことって
実際あることを
傷は癒されず、腐っていくことを
私の<ココロ>は今
痛いほど、知っている。

そういうのって
すごく重要で、大きい。
悲しいくらい・・「おおきい」。

・・・・。

「私はまだ生きる。」

もう少し頑張ってもがいてみて

それでもダメだったら・・

運命が、社会が
私を”生かさない”というならば・・
もう希望に縋るのに疲れ果ててしまったら・・

その時はこの世と「さよなら」しよう。


------------------------
・・とりあえず
今は大丈夫だけど。




↑エンピツ投票ボタン
My追加

2003年01月22日(水) クスリ




お薬が
安心をくれる

お薬を飲むことで
自分を癒してあげてるんだ
そんな気持ちがして
とても、嬉しい・・・

今まで

「気の持ちようでなんとかしないと・・」とか
「自分の場合,内面の深い悩みや葛藤が原因だから
その根本が解決しない限り、薬なんて効かないと
思うから・・」とか
意思でなんとかしようと
ココロに無理をさせてきた。

でも
余計プレッシャーがかかって
焦るばかり

良くはならなかった・・・

自分の気持ちや意思とは
違う次元で
不安になる
怖くて辛くなる・・

とても神経が細く、
気が小さくなってしまっていて
臆病になってしまっていて

些細なことで
ドキドキする

意識を集中しようとすると
不安に気持ちをとられる

以前の自分なら
難なくできたことが、
普通の健康な人が
なんでもないことが、
ココロが脅えてしまって
辛くてしんどくなってしまって、
できない・・。

その度に
「なんで?なんで!?」って
すごく悔しくて悔しくて・・・
すごく悲しくて、悲しくて・・・

いつになったら
こんな状態から良くなるんだろうって
将来のことを考えると途方に暮れて

・・・・。

体も病気になったら
お薬で癒すように

風邪で辛い時、
たとえ風邪薬で風邪の原因の根本の
ウイルスは殺すことはできなくても・・
辛い症状をやわらげてくれるように・・

私もお薬を飲んで
いいんだよね・・・?

お薬で癒してあげても
いいんだよね?


↑エンピツ投票ボタン
My追加

2003年01月21日(火) 孤独


サミシイ・・・・

こんな苦しみを抱えてるのは
この世で自分一人のように
感じてしまう・・・

病名とか、わかんない
自分って病気なのかもわかんない・・

だから
同じように気持ちを分かち合う
そういうこともできない・・

本当に孤独で・・
淋しくて
胸が痛い・・

自分と全く同じ人間は存在しないけど

でもきっと・・・
この広い大きな空の下には

自分と同じ
理不尽な心の辛さを抱え
迷いながら、
不安と孤独と一人ぼっちで戦ってる人

どこかにいるんだよね・・・

この空の下どこかにいる
自分と同じように
例えようのない心の苦しみと
一人ぼっちで戦ってる人

一人じゃないんだよね?

この空の下
私は一人ぼっちで孤立してるけど・・
・・人生辛いけど、なんとか生きてるよ。


↑エンピツ投票ボタン
My追加

2003年01月20日(月) 「春」を感じて目が覚めた



目覚めた時
「春」を感じた。

暖かくて穏やかな空気。
春の気配がする。

まどろみながら
昔の春を思い出した。

穏やかな日々
でもささやかな楽しみを
追いかけた日々。

春は好きな季節。
心がなぜか安心する。

あの頃のような環境に
戻りたい。

・・過去の自分と全く同じ
過去の自分の環境には
戻れないことも、知ってるけど。


↑エンピツ投票ボタン
My追加

2003年01月18日(土) 〜戻れない場所〜



過去の自分が
どれほど恵まれていたのか
思い知る。

あの頃は
親身に支えてもらえることが
自然なことだと思ってた。

難なく
心のケアや
メンタルの問題で
援助を得られていた。

カウンセラーは皆
親切で優しかった。

苦しかった
しんどかった
地獄だった
孤独だった・・・

・・・でも、反面
     恵まれていた。

助けられていた。

・・・・・・・。

・・・・・・。

もう大人になってしまった私は

あの頃と同じ場所には戻れない。
同じように手は差し伸べられない。

とても悲しい。
苦しいのは同じなのに・・。
藁をも縋りたいくらい助けを求める気持ちは
心のケアを必要とする気持ちは
同じなのに・・・。


   今はひとり


ひとりでやっていくしかない。
たとえ心が壊れても。
たとえ命をなくしても。

もう今の自分は
あの場所には戻れない。

いくら懐かしさを感じても
ただ同じだけ
心から悲しみの涙が流れるだけ。


↑エンピツ投票ボタン
My追加

2003年01月14日(火) 声は届かない

私の声は届かない

私の声が
届かぬ声だというならば

   ・
   
   ・

もう声を出すことは
やめにしましょう


↑エンピツ投票ボタン
My追加

2003年01月13日(月) - 保留 -

焦らずにいこう。

判断がつかないとき
迷って定まらないときは
まだ選択をする、その「時期」じゃない。

誰かに言われたからとか
本で読んだからとか、
人の意見では、多分貫き通せない。

自分の気持ちが実感として選ぶことでないと
決断はできない。

だから、今はそのことはそのままに
もう深く思い悩むのはやめて

自分の首を自ら絞めて
結果、遠回りになってしまう
悪循環をやめて、

自分自身のことだけを
見ていこう。

いくら足掻いたって
「縁」だけは
自分の意思ではどうにもならない。

縁は多分、
そのときがきたら、自然と手に入るもの。

それまでは
自分のペースを守って

焦らず、「自分で作れる幸せ」を
築いていきたい。

この先私に、
「縁」はあるかもしれないし
めぐりあわないかもしれないけど、

なかったらなかったで
自分という世界が別の面で
充実されるということも知ってるから。


↑エンピツ投票ボタン
My追加

2003年01月11日(土) 恋愛って幸せ?

世間一般や社会では
「恋愛や、結婚=幸せ」というイメージが
すごくあるけど・・
自分にはたまに疑問を感じる。

確かに恋人がいる人は幸せだろう。
でもそれは
「恋愛してるからゆえに感じる幸せ」
ともいえるように思えて。

恋愛は自分の意思で選択してするものではないけど
(自分の意思で人を好きになるわけじゃないから)

別に誰かに恋愛してなければないで、
そういう想いが発生しない状態なら状態で、
返って、恋愛で消耗しないで、
恋愛感情に振り回されない自分のペースを
過ごしていける。

恋愛相手を想ったり、恋に浮かれてる時間の代わりに、
自分の時間として、趣味に費やしたり、
将来のことや自分自身について向き合ったり、
そういう時間が手に入る。
自分の世界が充実する。
友人関係も広がる。

恋愛してなければしてない状態も、
それはそれでまた、違う次元での幸せのように
思えるんだよね・・・・。
(少なくとも自分の過去を振り返ると・・)

なんか・・そう考えると、
憧れや、(失恋しない)片思い状態が
一番楽しいように思える。
人間関係としての恋愛は、満たすものも大きい分、
デメリットも大きい。

恋愛でしか満たせないもの、
恋愛してる時しか得られない幸せや喜びもあるけど、
反面、恋愛で犠牲になるものも大きい。
そんな気がして。(あくまで自分は)

大きい分、諸刃の剣にもなるし、
場合によっては「恋なんてしなければ良かった」って
耐え難い地獄に叩き落されることだってある。

だから私は今の恋愛心(純粋に恋愛かどうか微妙だが)
が無くなる日がきたらもう当分恋愛はいらないと思う。
(いらないと思っても、好きになっちゃったら
仕方がないけど・・)

淋しいかもしれないけど、
そういう大きなものに
自分のペースや感情を振り回されないで
いられる状態って、
返って「幸せ」だと思うから。

できることなら
あの頃の自分に戻りたいような・・
・・・戻りたくないような

・・・なんか複雑な気持ち。。

たとえ関係自体を断ったとしても
想いや気持ちや思い出は自分の中に残ったままだから
いくら頑張っても
気持ちや想いを消すことってできないから
”なかったこと”にはできないから、
昔の自分に戻ることなんて実際は不可能なんだけど・・。

消しゴムみたいに
気持ちや想いも消せたらいいのに。
自分の意思のままに。
自由に。


↑エンピツ投票ボタン
My追加

2003年01月08日(水) 一人の「回避性人格障害者」のある日の心の叫び

「回避性人格障害」の説明をみていると
心が痛く、悲しく、ブルーになった。
自分がみごとにそれなだけに・・・。

なんでこんなに生きるのが大変なの?
なんでこれからもずっと辛い思いするのに
苦労するのに、生きていかないといけないの?

考えると死にたくなっちゃう。鬱だ。。

客観的にみたら、確かに事実だけど、
本人の立場になってみたら、本当に辛いんだぞ。。
本当に、本当に困難なんだよ。
所詮そういう説明は、客観的な立場の人が書いてるよね。
医者にしろ研究者にしろそう。
文章にして説明したら、すごくアッサリ書けるよね。
すごく簡単に分析できちゃうよね。

でも本人の主観が置き去りにされてる感じがするよ・・。
所詮、当人の立場には、気持ちにはたってない。

どうしたら社会復帰するかとか、
どう接したら立ち直るとか、そればっか。
「普通」にどうしたらなれるか、って。

一体何が正しいんだろうって考えちゃった。

なんで”治さない”といけないの?
なんで人の何十倍も苦労して辛い思いをしながら、
「普通の型」に普通の人と同じ振りして
無理矢理、自分を当てはめて生きなきゃいけないの?

どうしたって、自分は自分で、
自分は他の人とは違うのに・・・・。

どうしていつも
同じ基準で比べられないといけないの?
同じ基準を要求されるの?

そんな苦痛の生き方しか許されないの?
いいや、私はどんなこと言われようと、
人から言われようと
自分の生き方見つけてやる。

たとえ他人からどんなに性格がひね曲がってるとか
弱いとか、口ばっかとか、未熟、寂しいヤツと批判されようとも
(事実、客観的にみたら普通の人からしたら自分はその通りだと思う。)
私は必死で生き抜いてるんだ!
大きな大きな障害を背負って、本当に傷つきながら
頑張ってるんだ。

たとえ人並みに幸せになれなくても、
たとえ普通の生き方はできなくても、
たとえずっと寂しくても、孤独でも、

マニュアルはひとつなわけ?
自分の個性にあわせたマニュアルを
私自身が選んじゃいけないの?

確かに私は性格にすごいハンディキャップを
負ってるかもしれない。
(でも人格障害って言い方って響き最悪・・)
所詮私は普通の人みたく他の人みたく
強くはなれない、裕福にも絶対なれない。
人脈にも恵まれない。

でも、だったらだったで
身近な幸せを味わってやるんだ。
普通の人が当たり前として感じることを忘れてしまってる幸せを
思いっきり味わうんだ。

私は私のやり方でやったる!!

人間ってマニュアルで型別できるものなのかなぁ・・?
皆それぞれ育った家庭環境も、味わった経験も
性格の細かいところも、今とりまく環境も
みんな、みんな違っていて、
自分と同じ人間なんて世界のどこにもいなくて、
皆それぞれ違うのに。
人の気持ちだってそう・・・。
分類したり、型にはめたり
マニュアルにすること自体おかしくないのかな?
そういうものって本来、型にはめられるような
ものじゃないと思うのに。

この世に神はいない。
精神世界においては別だけど、この(人間)世界には
天使も悪魔も存在しない。
ただいるのは「人間」だけだ。

医者も評論家も英雄も裁判官も教師も親も
どんなえらそうなこと述べたって
皆「人間」なんだ。
神さまじゃないのだから、人を裁いたり
善悪を決めたりはできない。
何が「正しくて」何が「間違ってる」か
真実の答えを出せる人なんてどこにもいない。
どんな偉い人でも過ちをおかし・・・
そうして人間の歴史は、試行錯誤を繰り返し
今にいたってる。

・・・・・・・・・。

ああ、私はやっぱり
「いい人」「優しい人」になるのは
無理っぽいなぁ・・(苦笑)土台がねぇ・・


↑エンピツ投票ボタン
My追加

2003年01月07日(火) 人間不信の傷

自分の日記を読み返すにつれて
自分の中にある
人間不信の闇(傷)が
とても大きいことに気がついた。

過去の日記をみてると
人に自分の辛い心を理解してもらいたいのに
誰にも理解されない経験を繰り返すことで
心から血が流れ、シオシオに打ちひしがれ
孤独と絶望とこの世への恨みと悲しみに
叫んでる痛々しい自分がそこにはあった。

数年前の私は
人と仲良くなるのが嬉しかった。
人に心を開けることが喜びだった。
だから社会にも人にも希望を持てた。

でも今の自分の心は
とても硬く閉ざされてる。

人を信じられないから
どうせ自分の辛さは理解されない
傷つくだけ・・・

事実そうだった。

だから、
人に心を開くことで余計傷つくだけ。
社会にも人生にも
精神科の医者にもカウンセラーにさえも
希望も意欲ももてない…。

そういう状態に陥った。

他の人間は敵でしかないから、
味方はいないから、

だから、
唯一自分を理解しれる存在
唯一の味方との世界に
どんどん依存していった。

過去の日記を読んでると
私の心の問題は「依存」だけの問題じゃなく
「人間不信」がとても大きく絡んでる
んだなと感じた。

今もトラウマとして
強く強く心に傷を残してる。

だから不安になる。

たとえ人に批判されなくても
人に悪いこと言われなくても

「きっと心の中では良く思ってないのに」
って思い込む自分の心。
脅えてる心。

自分の妄想が
余計自分の首を絞めてる。

でも
例えていえば、

アルコール依存の人に対して
「アルコール依存の人は意思が弱いだけだ」
とか
「その人の性格が悪い」とか、
そういう正論や一般論のイメージだけで
見たり、言うような人には
到底、そういう依存症(アディクション)で
苦しむ人の
本当の心の真実はカラクリは見えないよ。

何にも理解してない!

…でも私もこういう問題で苦しむまでは
そういう見方しかできなかった。
知らなかったから。

でも自分がそういう立場になったら
全然自分が想像してたのとは全然違った。

本当に苦しい。
本当に自分自身の力では
立ち向かえない苦しみ。葛藤。

心の問題って
そんな正論が通用するほど
甘いものじゃないよ!
そんな簡単なものじゃない!


私は今回の心の問題で苦しむとき
一番苦しかったのは
辛かったのは
一番戦わないといけないのは

何よりも

  「世の中の人の無理解だった」


↑エンピツ投票ボタン
My追加

2003年01月02日(木) 「あんたの為に世界があるんだよ」

年末にテレビを流してたら
ドラマの「ショムニ」の総集編をやっていた。
私自身はショムニは余り見てなかったの
だけど、その総集編の名台詞の中で
一つ心に残った台詞があった。

【仕事や男のためにあんたがいるんじゃなくて、
あんたのために仕事や男がいるんだよ!】


いい発想の転換だなぁと胸に響いた。
これってこういう風にもいえるんじゃないかなって。

「世界を中心に自分が回ってる」んじゃなくて、
「自分を中心に世界が回ってるんだ。」

単なる自己中心な人間がいいって言ってる
んじゃなくって、
確かに現実は自分が死んでも
この世も社会も回っていくよ、

でも自分が死んだら、
少なくとも自分の今、
見ている聞いてる感じてる世界は、世の中は
終わるのだ。

だから例え現実は
「世界は誰のためにあるわけでもない」けど、
自分自身にとっては
「世界は自分のためにある」と言っても
過言じゃないし、
それもまた紛れもない事実だと思うんだな。

それぞれの人、一人一人、
それぞれ自分のために世界も他人も存在する
だから自分は精一杯、
自分の人生を自分のために生きていいんだ。
そんな風に思って生きててもいいと思える台詞。


  自分だけの人生のシナリオを。



↑エンピツ投票ボタン
My追加

静花 |HomePage