| 2002年12月31日(火) |
大掃除は終わらず、、 |
午前中から、トイレ掃除に1時間半、買い出しに出て1時間半、 各務原の父母宅におせち料理などをもらいに出て1時間半、 帰ってから、玄関に飾りをつけて、留守中に妻がしていた餅つきの後始末をして、 5時過ぎにここに落ち着いたら、ググッと疲れが重たく寄せてきた。 ま、夜中にゲームに熱中して、寝不足のせいもあるのだが。。。
台所の床磨きもまだだし、この部屋も散らかり放題なままである。 ま、よしとしよう。冬休み中にできればそれでいいのである。 正月はのんびりしなければいけない、というわけではない。 元旦から働いている人たちもいるではないか。 小さいころからの生活習慣みたいなもんで、多少心に引っかかるものはあるけれど、 だいたい、27日まで、あんな第イヴェントを抱えていながら、 何ヶ月も放ったらかしだった各部屋を全部掃除するなんて無理な話である。 妻も26日まで出勤だったし。。。 去年は、、? あ!去年は、ケーブルの工事のために早めに部屋の掃除を終えてたんだ。 その前の2、3年は、散らかったまま年越してたような気がする。
今年は、野球とサッカーのおもしろい年だった。 「利家とまつ」49回を日曜の夜に欠かさず見たのが画期的だった。 他にも「恋のチカラ」「天才柳沢教授の生活」「真夜中の雨」を毎週欠かさず見た。 DVDやビデオでまとめて見た「GTO」と「ごくせん」が刺激的だった。 映画館で見た映画は、「ロード・オブ・ザ・リング」と「エピソード2」だけか。。。 コバケンの2回のコンサートに行って感動したけど、どちらも最後がいまいちだった。
6月と11月のS氏のさぼりにブチブチ切れて、仕事のペースが大いに狂った。 朝の読書の徹底のために、時間割を思い切って変えてもらって時間確保した結果、 1年生はかなりうまく行きかけているが、2年生は3クラスしか落ち着いてない。 「総合」の時間の話が出るたびに、イライラし通しだった。 何かにつけ、現場の実践を軽視して、机上の空論を絶対視する教育政策に、 怒りながらもぶつけようがない現状に、イライラすることが多かった。 これはまだまだこれからも長く煩い続けることだろう。
社会に目を向けることが少なかった。新聞を読み忘れることが多かった。 この機会に大いに反省しておこう。
きょう起きたのは昼を過ぎた1時である。 それから、夕方までガスレンジと換気扇付近の油汚れと格闘した。 ・・・・。
・・・・。
・・・えー、、、なぜ起きたのがそんなに遅いかと言うと、、、、実は、、、 先日買ったプレ2についていた「ラチェットとクランク」というゲームに ハマってしまったからで、昨夜は、気がついたら朝の6時になっていた。 朝6時過ぎに寝たわけだが、まさか昼過ぎに起きるとは夢にも思わなかった。 起きてからはよく働いたけれど、夕食後、部屋の片づけをしながら、 結局は誘惑に勝てなくなって、ゲームに入って行ってしまった。
年末年始に夢中になったゲームとして思い出深いのは、スーファミ時代の、 「スーパーマリオワールド」と「ガイア幻想記」である。 それらも今回のも、主キャラを動作させて敵を倒しながら先に進む、 いわゆるアクション・ゲームである。 「スーパーマリオワールド」の時は、どうしてもクリアできないところを 寝ながらかんがえていて、この手で行こう、なんて思いつくと、 夜中に起きてゲームに挑戦したりしていたし、 「ガイア幻想記」の時には、大掃除も放ったらかしで年末年始を過ごしていた。 後者の場合は、どうしても進む方法がわからなくてまる1日の試行錯誤が あったにもかかわらず、数日で全部をクリアしてしまったほどである。
今回の「ラチェット」も、そういう意味では「あぶない」ゲームである。 こうしてゲームを楽しんでいると、ゲーム作者たちに敬服する。 「よくここまで考えるもんだ」とひたすら感服してしまうのである。 思いがけない趣向が次々に現れる。 こんなのムリだよぉ、どうしようもないよぉ、、、と投げ出したくなることもあるが、 ちょっと工夫してみると、案外簡単に先に進めてしまう。 そうすると、次はどんな感じになるのかな、どんな趣向が待ってるのかな、と、 容易にはやめられなくなってしまうのである。 そうして、どうしたらこれを攻略できるかと、さんざん頭を使わせられる。 これほど優秀な問題解決学習は、なかなか体験できないのではないかと思う。
きょうの大仕事は年賀状作りだった。 数年前まで、プリントごっこでペッタンペッタンやっていたころに比べれば、 今は、レイアウトと設定さえちゃんとすれば、プリンターが勝手に印刷してくれるので、 すごく楽になったはずである。 けれども、億劫な仕事であることは間違いない。 ひとつは、ハガキ大にデザインするという作業も年1回のことで、 慣れていない、特殊な作業だからだ。 もうひとつは、年賀状自体の存在理由を疑っているためだろう。
アンサンブル・コンテストを12月の26日とか27日に開くようになり、 その運営を引き受けるようになってからのここ10年間ほどは、 どうしても、その仕事が終わってしまわないと年賀状に取りかかれなくなった。 だから、毎年28、29、30日あたりにあわてて作って投函するのである。 絶対に元旦には届かない年賀状を作っているのである。 アンコンの準備は、一般の教員としてかかえている仕事に加えて抱え込んでいる 膨大な量の仕事だから、確かに年賀状にまで手が回らない、とは言える。
けれども、それだけの時間がまったくないのかというと、そうでもないのである。 1日30分でも年賀状に余暇を使えば、とっくに終わっているはずである。 そうすれば、今ごろはもっと気楽に大掃除に精出していられるはずである。 そうわかっていてもそうしないのは、やはり億劫なためである。 日本の悪習のひとつだとさえ思えてしまう。
年賀状を、もう出さないことにしようと思ったことはたびたびある。 けれども、正月に自分のところに届いたものに返事を出さない勇気はないのだ。 正月に返事を出すためにあくせくするくらいなら、先に出しておこうということになる。 考えてみたら、こうして年に1度くらい、消息を伝え合うというのも、 なかなかいい風習ではないか、、、これもまた、正直な思いである。 そうは思っても、やはり、時間に追われていると、 何でこんなことにあくせくし、心を煩わせられなきゃいけないのかと思う。 同じ思いの人も少なからずいるんじゃないかな、と思うけれども、 相手が送ることによって自分も送る、というだけでなく、 自分も用心のために送ることによって、みんなも送らざるをえなくなる、、、 こんな悪循環の中で、年末年始を過ごしているわけなのだろう。
そんな風に、批判的な思いも抱きながら、これもまた、 自分と人との関係を見つめ直すひとつのいい機会かな、という思いも否定できない。 なかなか決定しきれぬ難問かもしれない。
昨日のアンコンの後始末と、アンコンの準備で後延ばしにせざるをえなかった 仕事を片づけるために、出校した。 明日からは年末年始の休業に入るので、やるべきことが終わらなければ帰れない、 いわば、デスマッチ的な1日である。 身辺の片づけまではできなかったけれど、 とりあえず他人を困らせないだけの仕事は終えることができたようだ。
帰り道に、プレステ2を買って帰った。わが家の2台目である。 家族の、私以外の3人が、私専用のプレ2を買うべきだと奨励してくれたので、 (でないと、年末年始の数日間にせよ私に占領されるので、みんな困るのである) 年末年始の気晴らしに買って帰ったのである。 これで、自室でゲームもしやすくなったし、今まで、自室でDVDを見るときは、 いちいちノートPCを出していたのが、その手間もなくなるし、 ますます遊びやすくなったので、実に困ったものである。 ま、そうは言いながらも、要するに喜んでいるのであるが。。。
| 2002年12月26日(木) |
アンサンブルコンテスト終わる |
今年最後の大イヴェントが終わった。あぁ、終わった、無事に終わった。。。
朝6時に起きて、7時ごろ家を出る。 こういう日は、前夜に寝るあたりから起きて出かけて着くまでが、 最初の緊迫した時間帯となる。 ここ2、3週間かけて、作ったり作り直したりしたこの日のための道具を、とにかく会館が開く時間までに運ばなければ、何も始まらない。 例えばこういうものである。
・タイムテーブル ・プログラム ・審査員の採点&講評用紙(参加チーム別) ・賞状(賞以外の部分は書き込み済みのもの) ・各種貼り紙 ・アナウンス原稿など ・それらを種別にまとめたさまざまな封筒 ・不便がないだけの文房具
その他にも細々したものがあるが、もしもこういうものを運べなかったら どういうことになるか、それを想像するとぞっとするのである。 夢はめったに見ないのだけど、そういう類の悪夢は見たらなかなか忘れない。
しかも今回は、昨年より参加チームが20も増えて、64チーム、 朝10時に始めても(朝の準備がたいへんである)、演奏だけで終わるのが5時、 それから審査結果を出して、表彰の終わるのが6時ごろ、、、時間との闘いである。 毎年、こういうイヴェントを仕切るのはさまざまなストレスの中に置かれるが、 どこかに不備があったりするとたちまちパニックに陥るので、 何日も前から頭の中でシミュレーションをくり返して必要なものを整備してきたのである。
大会はスムーズに進行し、ほぼ計画通りに終わった。 終わった後、片づけや報告書類を作りながら、ジワジワと解放感が訪れる。 3週間に及ぶ長い緊張が次第に解かれていくあの感触は格別である。
生徒会主任をやっていたときは、3日間の学校祭が終わる体育祭の閉会式が済んだ瞬間、 終わった、、、終わった、、、と、そればっかり呟きながら、 約3カ月の重荷から解き放たれる感触に、全身がクラクラ倒れそうであった。 行事がどうとかいうよりも、重荷から解放された喜びで涙が出てきたほどだった。 それは、あの立場に立たないと味わえない醍醐味なのかもしれない。 それほど大きなものではないにしても、そうした醍醐味を、 相変わらず年に2、3度味わわせてもらっている。 幸福なのか不幸なのかわからないけれど、幸福なのだろうと思うことにしている。
昼過ぎまで迷っていたけれど、やはり行ってみようか、と出かけることにした。 先週の木曜日ごろだったか、たまたま職員室で担当の先生とすれ違ったとき、 すぐそばに貼ってあったコバケンの第九のチラシを指さして、 これの招待状は来てないの? と聞いてみたら、ありますよ、という返事。 誰ももらい手がなくて、その先生の引き出しの奧に埋もれていたのを貰ったのだった。
行きたいな、という気持ちもあって貰ったのだけれど、マーラーならともかく、 「第九」程度で名古屋まで出かけるのもなぁ、という気持ちも否定できない。 30年余の間に10回以上「第九」の演奏会に行っているけれども、 感動するどころか、イライラすることの方が多かったからでもある。 何にイライラするかというと、第1〜3楽章をいい加減な演奏にしてしまうからである。 合唱部分さえ聞けばいいんだろ、という意図が見え見えで、 そういうのは、ベートーヴェンに対する冒涜なのである。
コバケンはそんな精神で演奏するはずがない、と信じて出かけたのだ。 彼だったらどういう演奏をしてくれるのだろうかという興味でしかなかった。 ところが、実際に聞かせてくれた演奏は、予想をはるかに凌いでいた。 思いがけぬ名演奏だった、、、ただし、歌さえ入らなければ、、である。
招待状と引き換えにもらえた指定券はS席だけれど、2階の一番後ろの中央である。 音がバンバンぶつかって来るような距離ではない。 しかも会場は、音響的には実に物足りなさを感じさせる名古屋市民会館である。 それでも、第1楽章と第3楽章では、しばしば感極まってうるうるしてしまった。 実に精魂傾けて振っているという演奏で、中・高時代、カラヤンやベームの録音に 涙して聴いていたあの緊張感が体中に甦ってくるような感じだった。 こんなことは、生演奏の第九に接して初めてのことである。
第3楽章の表情もすばらしかった。この楽章に満足できるなんて夢のようである。 第1楽章も、実に入念な演奏だったが、特にその楽章のコーダは、 今まで聴いた第九の演奏の中でも極めつけの驚くべき効果を出していた。 第4楽章の、コントラバスとチェロによるレシタティーボもよく語っていたけれど、 最近CDで聴く演奏からすれば、これは常識的範囲かもしれない。 しかし、とにかくこの第4楽章の管弦楽部分までは5万円払ってもいい演奏だった。 それをただで聴かせてもらえるなんて。。。
残念なのは、歌の方である。 まず、ソリストが、ソプラノ以外は、まあまあの線にまでも達していない。 特に、テノール独唱はひどすぎた。 合唱は、事前の練習とコバケンの要求との間にギャップが大きすぎたのではないだろうか。 声を張り上げすぎて、荒くはなるわ、音程はまちまちになるわで、 実に悲壮な歓喜の合唱になってしまい、寒気の合唱に成り下がってしまった。 合唱指揮者(いわばヴォイストレーナー)たちは一体何してたんだ? である。 第4楽章前半で帰っちゃえばよかったな、と思わずにいられなかった。
けれども、コバケンの求めている音楽は、 合唱の伴奏をしているオケの演奏を聴けばわかるのである。 彼はすばらしい指揮者である。 茶目っ気もある上に、曲に対する真摯な思いも伝わってくる。 もう名フィルでの任期が終わってしまうのが、返す返すも残念である。
昨日の夕方遅くにCD屋から「ロード・オブ・ザ・リング」のDVD入荷の 連絡が入ったので、きょう学校の帰りに店に寄った。 (昨日もきょうも、アンコン準備に休日の職員室を使わせてもらったのである) それをもらう前に、店内を物色していたら、な、な、なんと、 「木枯らし紋次郎」10枚組BOXを見つけたのである!! 長い間望んでいたこととはいえ、不意のことに、ちょっとためらった。 両方で4万数千円もの出費になる、財布にはそれだけは入っていない、、、 けれども、カードを使えることを確認したので、手に入れた。 今ためらっても、結局は欲しくなるわけだから。。。
本当はその時、「ごくせん」を注文しようかどうか迷っていたのだった。 けれども、やっぱり最終回まで見た上で決めようと思って、保留に決めた直後に、 紋次郎の箱を見つけたのである。 「ごくせん」の第4巻は、CD屋からの帰路、ほんのちょっと迂回するレンタル屋で、 3度目の正直で見つけて借りた。 見るものがいっぱいになってしまった。 けれども、さっきやむにやまれず1話だけ見てしまったのは、 期限付きのごくせんではなく、いつでも見られることになった紋次郎の方だった。
見て一番驚いたのは、カラーだったっけ、、? ということだった。 わたしの中では、ずっとモノクロ作品という印象があった。 時々ちらちらと思い出す場面が、みなモノクロだからである。 放映されていた年を調べたら、1972年前半、、、これは中3〜高1のころか。。。 なかなか微妙である、わが家のテレビはいつからカラーだったのだろうか? 高2に上がる直前の春休みに家を建てて引っ越した、 それを機にカラーテレビに買い換えたのか、その前からカラーだったのか。。。
終業式が終わったら、やれやれ、、とほっとしたいものではあるが、 さあ、これからいよいよ本格的にアンサンブルコンテストの準備だ、ということになる。 毎年、夏のコンクールと冬のアンコンの前は、とてつもない重荷を背負うことになる。 何かひとつ段取りを忘れても、当日大混乱に陥る恐れがある。
北さんのカキコに呼び覚まされて、久しぶりに、一昨日から、 「やまとなでしこ」を最終(第11)回から逆向きに見始めた。 今夜もこれから第8話を見てから寝ようと思う。
きょう書けるのはこれだけである。
これは確かに微妙な問題である。 来年度からは、勤務終了時間の5時15分まできっちり勤務せよとのお達しである。 これだけ聞けばあったりまえのことで、何を言うすべもないが、 私自身はこういうお達しに及んでしまう県教委の体質に腹を立てている。
今までは、4時半に帰ろうと思えば帰ることができていた。 それは、一般のサラリーマンなら自由に外出して昼食をとることのできる 昼の休憩約1時間というものが、教員には許されていない、その振り替えである。 また、試験中には、生徒が下校した1時間後からは自由勤務となっていた。 それは、仕事の対象である生徒がいないわけだし、 試験を作るにせよ採点するにせよ、いつどこでやっても同じだからである。 また、私の個人的な見解としては、日ごろから超過勤務が当たり前になっているし、 教材研究・試験問題作りと、休日返上や夜中まで及ぶこともひんぱんなので、 その振り替え、あるいはご褒美という風にもとらえていた。
4時半に帰ろうと思えば帰れるといっても、 毎日のようにそんなことができる教員はごく稀である。 そんな生活が毎年のように続けられるとしたら、 それはよっぽどわがままで怠け者の教師であって、 たいていは勤務時間を超過するか、帰ってから教員の仕事を続けている。 稀には4時半にでも帰れる、試験中には早く帰れる、というのは、 そうした日常に対する、ほんの雀の涙ほどの振り替えに過ぎないのだ。
県教委のお歴々たちは、そういう現場を忘れ去った人たちか、 わがままで怠け者の、いつも真っ先に学校を飛びだして行ってた人たちに違いない。 そうでなければ、こんなお達しを出せるはずがない。 一般市民から(大した数ではないと思うのだけれど)文句の電話が入ると、 ペコペコして謝り、善処を約束しながら、 かつての自分を批判されたような気がしているに違いない。 もしもそうではなくて、私と同じような見方をしているならば、 ほとんどの教員は、職場から離れていても勤務を続けていますので、、、 と弁護してくれるはずである。
県教委は、いつもろくなことをしない。 私は、県教委というのは現場の楯となり、支援する機関であるべきだと思っているが、 支援もしてくれないし、働きにくい環境を作ることばかりに専念している。 世間に対してペコペコすることしか知らない、こびへつらい集団である。 教育界の諸悪の根元なのである。めちゃめちゃ形式主義なやつらである。
勤務時間をそこまで厳密に守れ、と言うなら、 勤務時間以外は一切仕事をしないぞ、という教員が現れても自然である。 決められた勤務時間だけがすべてなんだな、と割り切る教員が現れて当然である。 今までの労を何ら配慮しない、冷たい仕打ちなのだから。
| 2002年12月16日(月) |
ごくせんのやんくみ!! |
・・・なんて題名書くと、知らない人には呪文にしか見えないだろうなー。
今夜「ごくせん」第8、9話を見て、またうるうる状態である。 「やんくみ」とは、仲間由紀恵ちゃんがやっているヒロインの名前が 山口くみ子(山口組?? ちなみにヤンクミの祖父率いる組名は「大江戸一家」)で、 ドラマの中で生徒たちがそれを略して呼んでいる愛称である。
最初の1、2話を見ているうちは、昔からあるような学園ものの、 ちょっと設定の奇抜なドラマ程度に楽しんでいたのだけれど、 以前、テレビ放映期間中に見た第4話あたりからか、そのひとつ前あたりから、 それ以上のものを感じ始めた。 そう、あの第4話を見たとき、経緯はよくわからないながら大きい感銘を受けたのだ。 あの時感じたものを、最近、回を重ねるごとにより強く感じるようになっている。
ドラマは、各回の前半はギャグも多く演技も荒く、しょーもないドラマに見えるけれど、 後半から、脚本が実によく練れていて、ぐっと胸に応える言葉を聞かせてくれる。 ヤンクミの悩みに、時折組長の祖父がさりげなくヒントを与える仕組みもおもしろい。 そこから、由紀ちゃんが、胸の底から振り絞るように訴える大団円がいつも泣かせる。 冴えない不器用でドジだらけの教師が、大団円で豹変する。 そしてその言葉は、とおりいっぺんの教育論の一歩先に進んでいるように思う。 奇抜でも何でもなく、まったく正攻法で。
「トリック」の由紀ちゃんを見ていたとき、とびきり美人ではないけれど、 眼がすごくきれいな女優だと感心していた。 その眼が、このドラマの中でものすごく生きている。 大団円の熱弁や、生徒たちへの思いに、この眼が説得力を与えている。 「トリック」での山田なお子役もすごくおもしろくて、 このドラマにもその雰囲気をそのまま持ち込んでいるのが楽しいのだけれど、 このドラマではかなり存在感を増している。 脇役女優の方が美人なのに、魅力を独り占めしているような感じである。
俳優の使命は、役(登場人物)を生きるということなのだけど、 役柄が俳優を活かすということもまた真実である。 すでに菜々子さまの「やまとなでしこ」の時に感じたことではあるが。。。
昨日書き忘れたけれど、1番発売を望んでいるテレビドラマは「木枯らし紋次郎」である。 あの極めて芸術的だったドラマが、未だに出ないのは不思議な気がする。 「必殺」シリーズは出始めたというのに。。。 ちなみに「必殺」では、中条きよしが三味線屋をやっていたシリーズが好きだったな。 これもなかなかの映像美を感じさせてくれたからである。
北さんが談話室にこんなことを書いていた。
> 高度な知識人であるtenseiさんが、 > これほど通俗的(失礼!)なトレンディドラマに魅了されるという現象は、 > 人一倍「大衆性」を尊重すると自負している私でも、理解の範囲を超えています。 > 実に摩訶不思議!
私はある方面については確かによく知っていることがあるかもしれないけど、 ほとんどの分野についてはあきれるほど無知なので、知識人などではないのだが、 仮に知識人だとしても、感動できるものに対して感動して何が悪い、と思う。 若いころは、音楽にしろ文学にしろ、通俗的なものと一線画すような気持ちを 抱いていたような時期が確かにあったけれど、 いつの間にか、そんな境界などは取っ払ってしまっている。 格調高さを気取っていても、何の感銘も与えてくれないものは、つまらない。 たとえば、ルーセルの交響曲を何度か聴いたのだけれど、ちっともおもしろくない。 宇多田ひかるのいくつかの歌の方がよほど心に響く。 志賀直哉のある短編と赤川次郎のある短編を比較して、 赤川次郎の方がおもしろいぞ、と言って誉めたたえたっていいわけである。 でなければ、知識人とは固定観念と偏見の権化だということになってしまう。 いくつかの映画はテレビドラマなどものともしないほど優れているし、 いくつかのテレビドラマは多くの映画よりも優れている、それでよい。 どっちがよいものであるかなど、最初から決めつけるものではない、 見てからのお楽しみ、というものでしかない。
まつ様がもう最終回を迎える。 まる1年、欠かさず見続けた。画期的なことである。 1月ごろには、毎回見るなんて至難の業と思っていたのだが、やればできるものだ。 1度だけ、放送時間に見られない日があったけれど(市吹の定演の日だ)、 留守録でしっかり見た。 ビデオ録画はその日だけでなく、これも毎回欠かさず録ってある。 ビデオ、25本になるわけである。 市販されるのは総集編だけだろうと思っていたし、 仮に本編が市販されても、高くて買えないだろうと思ったからである。
ところが、先週「スターウォーズ エピ2」のDVDを買ったときの袋の中に、 まつ様の完全版DVDのチラシが入っていた。 エーーッ?!そんなん買えないよぉぉ、と思いながらも見てみると、 第1集(26回分)42000円、第2集(23回分)36000円となっている。 意外と安いなぁ、と思ったら、やっぱり欲しくなった。 美しいお顔は美しい画質で見た方がいいし、何よりも、場所を取らないのがいい。 第1集は1月に、第2集は3月に出るそうである。
ここ10週間ほど、かなりの緊迫感を味わいながら見てきた「真夜中の雨」も、 2月にDVDが出るそうだ。 これを買うかどうかは最終回次第だけれど、今は欲しいと思っている。
ここ10週間ほどたいへん楽しんで見てきたのが、「天才柳沢教授の生活」である。 これがDVDで出るのかどうか、まだ知らないけれども、 同じ幸四郎主演でも、DVDで欲しくて、もう1年以上待ち望んでいるのが、 「王様のレストラン」である。 「柳沢教授」は、大方ビデオに録っておいたから、それだけでいいように思う。
8年ほど前に、レンタルで借りて見た「素顔のままで」というドラマは、 今はもう、レンタルで探しまくっても見つからない。 ずいぶん泣かされた記憶があるのである。 これも、いっそのこと、DVDで出してくれないかなぁ、と思うのである。
最近レンタルで借りているのは「ごくせん」である。 組の親分の孫娘が教師をしているというドラマ。 「GTO」よりももっと過激な設定のドラマというわけである。 テレビでやっていたときには、2回分だけ見た。 続けて見なかったのは、おもしろくないからでなく、次に見るのを忘れたからだ。 これもとにかく一通り見て見ようと思う。
昨日、帰宅途中のあと5分というあたりで、雪が乱れ降ってきた。6時半ごろだった。 その雪は8時過ぎにもまだ降っていたけれど、しばらくするとやんでしまった。 それでもこれが、11月初めに意外と早く始まってしまった今年の冬の、初雪である。 昨夜は、それからまたさらに夜中にも降りそうな気配を見せてはいたが、 今朝起きて外を見てみたら、昨夜とまったく変わらなくて、呆気ない思いをした。 地面にはまったく積もってなくて、車など、物の上にうっすらと積もっている。
大雪だろうが小雪だろうが、厚化粧だろうが薄化粧だろうが、 雪化粧の風景はいつも風情がある。 いとをかし、、、の世界に満ちている。 清少納言は「いふべきにもあらず」ですませてしまったけれども、 雪景色には、何ともいえぬ幻想的な、奥深い味わいがある。 今朝も通勤途中、薄化粧の山々や川原の風景を楽しんだ。 雪の白は単なる白でない、独特のふくらみがあるので、味わい深いのだろう。 あの風情は、絵にも描けないし、写真にも撮れないだろう。
雪景色に囲まれていると、神秘の世界に取り巻かれているような気がするのである。
今年は冬の訪れが早すぎたし、 成熟したエルニーニョが日本列島の南海岸側に影響を与えるだろう、とも聞いている。 この冬、また雪景色が見られるのか、実に不安である。 雪も降らないくせして、きょうのようにただ寒いだけなのは実にけしからんことなのだが。。。
| 2002年12月10日(火) |
アンコン参加数が急増 |
成績処理がわずかな部分を残して終わったと思ったら、 次は、支部事務局としてアンサンブルコンテスト(略してアンコン)の準備である。 きょう、参加申し込みが出そろったと思われるので数えてみたら、 何と、65チームの参加である。・・・えっっ?! 65!??? 去年は43チームだったし、まぁ50を越えることはないだろうと思っていた。 65となると、�|賃里留藾奸�移動時間が5分くらいとしても、 1時間に12チーム、、、つまり演奏部分だけで5時間を超えることになる。 昼食・休憩・入れ換え時間など配慮すると、7時間くらい必要になる上に、 審査結果を出したり、審査発表などやることを思うと、8時間は最低必要である。 借りてある会場は9時から5時まで8時間だけれど、 準備・片づけもその中でするから、実際に使えるのは6時間余りである。 今夜はのんびりしたい気分だったけど、会場の追加申請のための会館との相談や、 今までにないタイムテーブル作りにあくせくしなければならなかった。 こうして、音楽に一生懸命取り組んでくれる高校生が多いのはうれしいことだけど、 私の仕事はますます増えて厄介なものになるのである。 しかし、楽だけど淋しいよりは、うれしいけどつらい方がありがたいではないか。
詳しいことはまた明日書こう。
昨日の日曜に3年生の古典講読の2学期の成績をつけた。 一昨日、1年生の国語の成績を処理しているSクンが学校に来ていたので、 その相談もできていて、その整理された結果が今朝回ってきた。 それらをもとに必要な提出書類を作るために午後それに没頭した。 (もちろん、座りっぱなしで専念できるはずはないのだけど) 夕方の4時を過ぎるころには、目が霞んで困った。 「これ、きょうの何時までに出すんだったっけ〜?」とそばにいたKに尋ねたら、 「それは明日までだよ」と言われた。 忙しい、きちきちの日程という印象が、締め切り日を必要以上に早めていたらしい。 いろいろな提出物を、1日ずつ早く締め切り日にしていたらしい。 必要以上にあくせくしてしまったということになるけれど、 やっかいなことが早く片づくというのはいいことだ。 ためになる誤解というのもあるようだ。
朝、メールを送ろうとしたら、リモートアクセスが起動しなかった。 起動させようとすると、ファインダーごと消えてしまったりするのである。 とりあえず、IEでつないでみたら電話がつながったので、メールは送り、 不思議な現象を解明しようと、画面をじっと見たら、実に不思議な現象。 マックは、トップの画面でハードディスクのフォルダを開いておけば、 中味がアイコンですべて表示されっぱなしなのだが、それを見ると、 いくつかのアプリケーションやフォルダが消えてしまっている。 私はいくつかのフォルダを画面の下の部分にポップアップウインドウにして 開きやすくしているのだが、それも4つほどなくなっている。 再起動して、デスクトップ再構築という作業をしてみたけれど、 ぜんぜん効果なし、びくともしない謎、という感じである。
さて、このまま離れるのはたいへんつらいところだけれど、 学校に行って成績処理の準備作業をしなければならなかったし、歯医者の予約もあった。 昨夜成績処理をしようと思ったら、今年用の枠がまったくなくて驚いたのだ。 よくよく考えたら、1学期はすべて学校の枠を使ってやってしまったので、 今年用の枠を作らずじまいになってしまったのだった。 非常なショックを受け、とにかく今朝は生徒の名簿のファイルだけでも手に入れに、 学校に出かける必要があった。 学校には数人の先生が来て、やはり成績関係の仕事をしていた。 なんと、休日は仕事しないと威張っているはずの橋本さんも現れた。 そして、私が帰るころには、もう全部できたよー、と自慢していた。 私の方は、学校でしかできない作業はし終えて、歯医者に急いだ。
その道々、壊れたPCについて、あれこれ考えてみるが、よくわからない。 消えてしまったというのが、単に表示されないということでないとすれば、 ゴミ箱に移動してしまっているということか、ウィルスのしわざかとも思ったりする。 帰ってから、デスクトップのゴミ箱の中味を見てみたけれど、 そういう大がかりなものは入っていない。 シマンテックのウィルス情報のページに行ってみたけれど、 そういう働きをするウィルスはないようだ。 ノートン・ユーティリティーズを起動して、消されたファイルを検索しても、 今朝から行方不明になっているフォルダやアプリケーションはない。 つまり、単に表示されないわけでもなく、消去されてしまったわけでもない。 それらはまだ存在するのだが、つながりが壊れているのかもしれない、、、
ということで、久々に、ノートン・ユーティリティーズのCDを取り出して、 ディスク・ドクターで修復を試みることにした。 PCをCDで起動してディスク・ドクターをかけるのは1年ぶりくらいかもしれない。 これでうまくいかなかったら、お手上げである。 ハードディスクを初期化して、最初からすべてインストールし直して、 設定し直さなきゃならないことになるだろう。 ところが、ツリー構造の部分で、10回ほど、重度の損傷を指摘され、 こんな激しい修復作業ははじめてだ、最後には再起不能と宣告されるんじゃないか、 とドキドキしながら待っていると、その他については何の問題もなく済んだ。
終わって、改めてPCを起動してみると、やあ、あるある、 今朝から行方不明になっていたフォルダやアプリケーションが復活してるではないか! リモートアクセスもしっかり起動してくれたので、 いつものように使えるようになったわけである。 こんなにうまく行くとは、実のところはあまり信じていなかったのだが、 改めて神さまのようなソフトだという感動に浸ってしまった。
| 2002年12月06日(金) |
私大の学費(つづき) |
とにかく驚いたので、ざっと頭の中で大ざっぱな計算をしてみた。 授業料が年120万円として、10カ月として、月12万円。 月にだいたい20日間として、1日6千円。 1日4講座開講されるとして、実際はそんなに講義を取りはしないけれども、 可能性として許されるものとして、1講座あたり1500円。 実際は1日平均2〜3講座としても、1講座あたり2〜3000円。 う〜ん、、なるほど、、、そうべらぼうなものでもないか。。。 確かに、庶民的な生活感覚で思うと、めちゃめちゃ高いと思うのだけれど、 管楽器のレッスン料だとか、プロの指揮者を雇った時の謝礼費などを思うと、 それほど法外な請求でもないような気がするのである。 それに、何だぃ、あの手抜き編曲の暴利。。。
私の大学時代は、金額としてはこんなではない、 たぶん半分から3分の1ぐらいの金額だったんじゃないかと思うけれど、 収入と比較した場合に、価値的には今よりもぜいたくだったのではないかと思う。 しかも、東京でアパート暮らしをさせてもらっていて、仕送りもあった。 父の、警察官としての安月給のみの生活で、そうさせてもらっていたのである。 ただ、ぜいたくさせてもらっているという意識はあったので、 授業料は、直接振り込んだりはしないようにと頼んだものだった。 私の口座に入れてもらって、私はそれを引き出して、 札束の厚みをかみしめながら事務に納入に行くようにしていた。 親の辛苦をいくらかでもかみしめながら勉強するためだった。 よくわかっていたつもりだったけれど、自分が実際に親として出費する立場になって、 いかにあれが大変なことだったかと、改めて実感することになった。
そうして、ふと、自分がいつも目の前に見ている生徒のことを思ったのである。 授業中眠るか大声で雑談するかしかできない生徒、 年中赤点を取って補充授業か追試でぎりぎり凌いでいる生徒、 つまりは、勉強する気持ちなんて微塵も抱いていない生徒、 アホらしい発言しかできないのにそれをアホらしいと判断できない生徒、 どう話してやっても、とても社会に生きる自覚を育てられない生徒、 いまだに小学生低学年の精神から抜けきれない生徒、、、、 そういう生徒も甘すぎる高校生活を卒業して、大学に入れる時代である。 AO入試というのが行われるようになり、学力試験など受けなくても、 適当にでっちあげたPRをすれば、定員不足で入れてもらえる大学もある。 そうして進学を決めた生徒が何人もいるのである。 底辺の大学は、収入を維持するためになりふりかまわなくなっているのである。 一般入試でも、高校では赤点だらけでも受かってしまう大学があるのだ。 実際彼らと話したり様子を見たりしていても、 何のために高校に通っているのかぜんぜんわからないし、 何のために大学に行くのか、わけがわからない。 彼らは大学に行っても、出席をとらない講義はさぼりまくるし、 出席をとる授業は出て、授業妨害しまくるか、睡眠時間にしてしまうだろう。
もしも私がまた保護者面談をするような立場になったら、 そういう生徒について大学進学希望の話が出た場合には、 大金をどぶに捨てるようなことはやめましょう、ときっぱり言うことになるだろう。
娘が指定校推薦で受験した大学から合格の通知が来た。 こういうのはよほどのことがないと落ちないものなので、 面接がよほどひどいものではなかったらしい、と父はとりあえずホッとして、 それよりも入学手続きをしくじってはならぬと、要項を見て、 学費の表を見て、ひょえーーーーっ、とびっくり仰天してしまった。 長い間3年生の担任をしていなかったので、よく知らなかったのである。 初年度納入金は、入学金を含めて、約140万円である。 4年間で500万円にもなるではないか!!! いや、年間の授業料は100万円超えてるよ、と噂では聞いていたのだけれど、 自分がいよいよ払うのだという気持ちで見て、現実の数字に驚いたのである。
ここから考えたことが2、3あったのだけれど、 時間も遅いし、眠くなってきたので、明日以降に回すことにしよう。
週5日制になって、休日が増えたのはありがたいけれど、 週5日間の日程がますます過密になった。 試験の成績処理期間も、頭がクラクラするほど短期間になってしまった。
きょうは試験最終日で、その最後の最後に3年生の古典のテストが終わった。 明日明後日の2日間でしっかり返し終わって、土・日で成績を出さなきゃいけない。 国語の採点はたいへんなのだけれど、待ってはもらえない。 1年生2クラス分は昨日終えておいたので、 3年生4クラス分を、きょうの11時半ごろから5時近くまで、 昼食をはさみ、時折の雑用に悩まされながら、一心不乱に採点していた。 全部終わったわけではないけれど、明日もう少しやれば終わるところまでにこぎつけた。
途中で、採点している赤ポールペンのインクがかすれ始めて、やがて書けなくなった。 スペアインクに取り替えたのだが、この瞬間に言い知れぬ感慨が心の中に湧くのだ。 古いインク棒は確かに空っぽになり、新しいインク棒は満タン状態である。 取り替えた直後から、またくっきりとした赤色が紙の上に記される。 その時の喜びは、確かに溌剌とした赤色に対する感動でもあるけれど、 もうひとつは、ちゃんと使い切ったという、古いインクに対する満足感でもある。
ボールペンをちゃんと使い切った、と真に実感できる事態を経験したのは、 教員になって、全日制高校で採点するようになってからである。 いや、実はその前にもあった。 受験勉強時代に、裏が白い広告をためておいて、そこにボールペンで書きながら、 英単語だの日本史の重要語句だのを覚えていた。 あのころも、しょっちゅうインクが切れてスペアに取り替えていたものだ。 あのころも、きちんと使い切った感動をそのつど味わっていた。
けれども私は生来だらしない性格なので、それ以外はたいてい使いかけでなくすか、 または、大掃除などするとなくしていたボールペンが何本も見つかり、 貯めておいたボールペンを使おうと思うころにはもう書けなくなっている、という、 そんなていたらくで、使い切るほど使うことは至難の業だったのである。 それだけに、使い切ったときの喜びが大きいのだろう。
4月2日にも書いたが、きょう明日と、その逆の作業をする日にした。 学校帰りに行くのはちょっとめんどうだけど、柳津にタイヤを取りに行って、 各務原のホンダにほとんど引き返すように行って私の車のタイヤを着け換えてもらい、 家に帰ってから、妻の車にタイヤを積んで近所のタイヤ屋で着け換えてもらい、 また私の車にタイヤを積み直して、明日柳津に収納に行くわけである。 非常にめんどうな作業であるが、もしも裏の庭に置かせてもらっていたら、 いつでもできる代わりに、タイヤを運ぶ労が非常に重いものになる。 裏から玄関前へ、かなり長い距離をひとつひとつ中腰で転がして運んでは、 車に積み込むという作業は、腰痛持ちにはなかなかの労苦になる。 その点、今はタイヤを運ぶ距離はほんの2メートルばかりである。 めんどうなのは、平日の9時から5時の間にしかタイヤの出し入れができないので、 それが可能な2日間を見出さなければならないことだけだ。
今年は、あまり雪の降りそうな予感がしないのである。 もともと暖冬になるという長期予報が出ていた。 それにもかかわらず、11月初めから12月半ば並みの寒気に見舞われた。 早くから寒い冬が訪れた。 こういう時は、それほど寒い冬にはならないのではないか、と楽観したのである。 だから、わざわざタイヤを換える必要はないかもしれない、、、 そう思いつつも、やはりたとえ雪の日が1日でも、 その日がたとえばアンサンブルコンテストの日だったらどうする、 パニックになるじゃないか、と思うと換えざるをえなくなるのである。 何がどうであれ、積雪や凍結の上を、普通タイヤで走ってはいけないのである。 スタッドレスやタイヤチェーンでも、決して安全とはいえないほど危険なのである。 ノーマルタイヤで走るなどもってのほかである。 冬用タイヤは任意保険の一種みたいなもんなので、 どうしても車に乗らざるをえないような日はあんまし降ってほしくないな、と 思いつつも、早めに備えておくことになるのである。 このあたりの気候では、9割方無駄になるのだけれど、 冬の間中、心配を和らげてくれる、ありがたい危機緩和保険である。
きょうの朝刊の漫画(ののちゃん)には笑えた。 (ま、書かないだけで、時々笑わせてもらっているんだけれども。今朝だけではない)
1コマ目:「おかあさん、たいへん! おにいちゃんがテスト勉強はじめたよ」 「なんやて! まだ1週間も先やないか」 2コマ目:母が部屋に飛びこみ「まちなはれーー!」 3コマ目:「なんちゅうムチャをするんや! 日曜、月曜、火曜、3日目の 水曜の午後にはみんな忘れてしもてるやないか」 4コマ目:断固として「おかあさんは許しませんよ」
要するに、常識的な親の逆を行くおもしろさである。 しかし、この漫画家の4コマは、とりあえず好きだけど、4コマらしくない。 好きなのは、ののちゃんとこの母がかわいいからである。 4コマの旨味は4コマ目にすとんと落とすところにあるので、 この点で名人芸を続けているのは植田まさしである。 「ののちゃん」のいしいひさいちは、そういう落とし方をすることが稀である。 きょうの作品でも4コマ目は、そこまで言うかぁ!!という徹底・発展形である。
そういえば、昨日のも笑えた。(とごそごそ昨日の新聞を取りだして来る)
1コマ目:「のの子、もうおきなはれ!」「・・ムムム・・」 2コマ目:「いいじゃん、ガッコー休みなんだから。お昼までねかせてよ」 3コマ目:「もうお昼です」母の怒りの顔、巨大になる。 4コマ目:「しかも1時半!!」母の顔部屋いっぱいになり、 のの子は窓の外にはみ出るが、相変わらずふとんにくるまって寝たまま。
う〜ん、、、やっぱり言葉だけで表現できる世界ではないな。。。 ついでに、一昨日のも書いてみよう。
1コマ目:のの「おかあさん、目覚まし時計がこわれて、 オッペケペオッペケペって鳴るよ」 2コマ目:母 「え? スットコドッコイスットコドッコイゆうてるで」 祖母「これはチンチロリンチンチロリンやないか?」 兄 「なに言ってんだ。もう1回鳴らしてみろよ」 3コマ目:時計「パンパカパン パンパカパン」 4コマ目:兄 「なんだ、ハラホロヒレハレじゃないか」 母 「どんな耳してんねん」 祖母「チンチロリンやて」 のの「つまり、どうでもいいってことなんだね」
実にナンセンスなのではあるが、この家族は何ともいえずかわいいところがある。
ちなみに、実は私はどっちかというと植田まさしが「コボちゃん」を連載している 読売新聞をとりたいのだけれど、もうひとつの下心を見抜かれているので反対され続け。。
本当は「愛国心教育」について書きたかったのだけれど、 以前書いた関連する文章がなぜか見つからないので、きょうはやめにしたのである。
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