たりたの日記
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| 2017年10月31日(火) |
パンプキンカービング |
ハロウィンのこの日、小学生のハロウィンクラスが2コマ、翌日の11月1日に残り2コマ。 英語教室の子ども達がおそらくは一番楽しみにしているイベント。私もカボチャの格好をして、気合を入れての2日間。 まずは、パンプキンカービングから。 今年も運よく、近所の野菜の無人直売スタンドに、1個だけ、ハロウィン用と思われる大きなカボチャが置かれていた。昨年はそこに野菜を出しているお宅に伺い、このカボチャを買いたいと言ったところ、売り物ではないのでと下さった。 今年はちょうど野菜スタンドにそこの農家のおじさんがいらしたので、カボチャを分て下さいと言うと、500円で売ってくださった。2年前はたまたま通りかかった路上の花屋さんに大きなカボチャが出ていて、2000円のところ1000円で売ってもらった。 日本ではそんじょそこらにハロウィン用の大きなカボチャなど売っていないから、苦労するのだが、ここ数年、不思議なようにカボチャが手に入り、ほんもののカボチャランタンを作ることができたことはラッキーだった。
夕方ともなれば、くり抜いたかぼちゃの中のろうそくが風にゆらめき、なんともぶきみな雰囲気を醸し出す。そこに、それぞれ変装した子ども達がやってきて、あの、アメリカでの懐かしいハロウィンの夜の気分が訪れる。あちこちの家にキャンディーをもらい歩くわけにはいかないが、我が家のいくつかの部屋を家にみたてて、トリックオアトリートごっこをする。そして、近所の生徒の家には夜道を少しだけ歩いてトリックオアトリートをさせていただく。
最近はハロウィン用の紙コップやナプキン、お菓子を詰める袋やコスチュームまでダイソーで手に入る。その品数の多さやデザインの可愛らしさはアメリカの雑貨屋よりも充実しているような気がする。それにしても、どこでお菓子を配ったり、もらったりするのだろうといつも不思議に思う。ここまでハロウィンが日本の文化に溶け込んでいるのなら、もう英語教室でやることもないかと思いつつも、今年もまた行ったのである。 ああ、疲れた… でも楽しかった。
| 2017年10月30日(月) |
文学ゼミ「 楢山節考」 |
ほぼ一年振りに高田馬場での文学ゼミへ。 今月の課題図書は深沢七郎著「楢山節考」。参加者は主催者の正津先生を含め12名。昨日書いた日記と同様、1年も顔を出していなかったというのに、ずっとこうしていっしょに読書会を続けてきたような気持ちになる。2004年の9月からずっと。 ここのところはあまり参加できなくなったが、それでも課題図書は毎月読んできた。一人では決して読まないだろうと思うような本も課題ともなれば、熟読し、作者や作品の背景なども一通り調べてみようという気になる。
今回のー「楢山節考」もそうだった。ずいぶん前に今村昌平監督、坂本スミ子、緒形拳主演の映画を観たが、そのテーマの重さと暗さだけが記憶に残っていて、 「楢山節考」の文字を見るだけでも、関わりたくないと思うような文学作品だった。ところが今回読んでみると映画で受けた感じとはまったく違った印象を受けた。主人公 おりんには明るく力強いものを感じたし、重いテーマであるには違いないものの、読み終えて気持ちが重く沈むこともなく、かえって励まされるような、エネルギーをもらえたような読後感だった。 ゼミでは毎回のように様々な感想や意見が出て、その人なりの受け止め方を聴くことは楽しかった。私は感想のようなものを手帳にメモ書きにしていたので、それを見ながらこんなことを話した。
予想に反して、この小説に明るく力強いものを感じ、おりんには大いに励まされたのだが、それがどこから来ているのか考えてみた。
まず、話しの構成がきっちりしていて分かりやすい。 人物描写がはっきりしていて、大雑把で多少誇張して書いていることで、話しが現実的になり過ぎず、昔話を聴いているような効果をもたらしている。たとえシリアスな内容が語られ、また暗示されているにしても、それを架空の世界のお話に閉じ込めることで、安心してその世界に入っていけるという昔話の効果だ。取り分け、この小説はいくつもの村人達が歌う歌を軸に話しが進んでいく。浄瑠璃のような歌物語の仕立てに作られている小説。
この小説の登場人物、一人一人を観ていく時、作者がそれぞれの人物を一定の距離を置いたところから眺め、公平にまた冷徹に描写していると感じる。 その表現は神話や昔話に見られるようなアーキタイプ(原型)を示しており、それ故の骨太さ、力強さがそこに生まれてくるのだろうし、潜在意識に働きかけられるので、どの人物も自分自身であるという感覚が起こる。センチメンタリズムの入る余地はなく、感情移入もある意味拒まれるのであるが、自らの潜在意識に結びつき、作品との関わりも深いものになる。
後は、深沢七郎と交流のあった浜野茂則氏の著書、「伝記小説 深沢七郎」や「深沢七郎論」で得た深沢七郎と母親との関係や、この「楢山節考」が書かれた背景などについても話した。この「伝記小説 深沢七郎」や論文は著作の私の家の近くでギャラリーカフェを経営されている浜野氏から直接お借りし、実際にお話も伺うことができた。幸い、Amazonで古本が手に入ったので購入し、ゼミのメンバーへの貸し出し用とした。
読書会のメンバーの一人、数ヶ月前に大きな癌の手術をしたばかりのSさんは、残り少なくなった人生をどう生きるか、老人の生き方を考えさせられたと、私がおりんに抱いたのと同じような感想を語られた。死に直面した彼や、私のような者は おりんの死への向かい方に共感を覚えるのだ。「終活ハイ」 とでも言うような一種の高揚感をおりんと共有しているのだろう。
山の神様に喜ばれるような死を死にたいという願いはおりんにいそいそと死出の準備をさせ、 家族に残す食料を整えさせる。 この世の不自由さから放たれ、神の懐へ立ち返りたいという願いは冬の楢山に参るという死への恐怖を平安へと変える。そうしたおりんの姿はひとつの人間の原型であり、どの人の内にも存在するひとつの自分の姿であるに違いない。
| 2017年10月29日(日) |
かつての職場の同僚たちと |
昨日からの雨は翌朝になっても止んではいないが、体調は良くなっている。出かけられる! 予定通り、夫と共に四谷へ。この日の予定は10時からのミサに出た後、私はかつての職場の同僚達7人と四谷駅近くのレストランで会うことになっている。
3年間勤めた都内の区役所での仕事を退職してから7年経つので、7年振りの顔合わせという事になる。公立小学校で高学年を対象に英語教育(外国語活動)が導入された2009年度に、その区の教育委員会でその外国語活動をサポートする要員としてアドバイザーの募集があった。今は26名のアドバイザーがその職に就いていて、当時のアドバイザーの2人はスーパーバイザーとして活躍しているが、当初は8人でのスタートだった。大学や大学院を卒業したばかりの若いワーカーの中で52歳の私は当然最年長。一人8校を担当し、自転車やバスで担当校を訪問して授業をサポートし、役所へ戻り、翌日の準備をし、日誌を書くという仕事は予想以上の重労働で体力勝負だった。よく、この年齢の私が採用されたものだと思うが、あの時はジムに通いダンスをしていた頃で、体力テストでは18歳と出ていたので、その事を履歴書にも書いたせいだろうと思う。
学校現場も手探り状態なら、集められた我々も手探り状態。過去の資料やマニュアルがあるわけでもなく、自分で授業を進められるのならこれまでの経験をそのまま活かす事もできるが、学級担任の授業のサポートや学校の英語教育の環境作りといった事は新しいチャレンジだった。小学校の現場での指導経験もない若い方々にとってはさらに大変な日々だったのではないかと思う。
その日その日の仕事をこなすのが精一杯だったので、当時の事はもう記憶から消えているような感じがしていたのだが、かつての仲間達の顔を見て、あの当時のように、担当校の事や仕事の思い出話をしていると、あの時と今が何の隔たりもなく繋がるような不思議な感覚が起こった。記憶は、次々と呼び戻される。
それぞれが個性豊かな人たちであったが、その個性はそのままで、この喋り方!この笑い!この感覚!と記憶は一度に呼び戻され、呼び戻された記憶には新たな解釈や理解も加わり、あの時期、この仲間達の存在がどれほど大切で必要だったかが、当時よりもよく分かるのだった。朝、夕の短い時間や作業日という役所内での仕事の合間を縫っての会話であり、やり取りではあったが、そのやり取りが楽しく、励みになっていたのだったことが分かる。
若いアドバイザー達と私では親子の年の差があったものの、年齢や経験での上下関係などなく、それぞれが対等であった事も気持ちの良い関係だった。私は自分の年齢をすっかり忘れ、若い人達と同じ気分で仕事に向かっていたのかもしれない。
とにかく不思議な3年間だった。そして不思議な事にその気分は今も私の中で生きていた。別な言葉で言えば、長い間会っていなくても、この先もあまり会う機会はなくとも、彼女達の存在が私の中で生きている。そして生き続けるのだろう。他の人達との関係もまたこうした不思議の中にあるのだろう。感謝!
| 2017年10月28日(土) |
ティーエスワン2週間目終了 |
10月13日から服用を始めたTS-1(ティーエスワン)、ようやく1クールの2週間が過ぎ、1週間のお休みの期間となる。 ここでこの2週間の経過を経過をざっと書いておこう。
最初の3日間は副作用はなく、普通に生活。4日目あたりから胃に不快感が出てきて食欲がなくなり、食事の量が半分くらい。2週目に入ってからは下痢や腹痛が起こり、口内炎ができるので、これは副作用で粘膜がやられたせい。色素沈着、涙目といった、副作用のリストにあったものも同時に起こる。
とは言っても熱が出ることもなく一日中寝込むこともなく、前のゲムシタビン&シスプラチン治療よりは楽だ。で、薬を飲まずに済むこの1週間を楽しみにしていて、今日は聖グレゴリオの家でのコンサートに行くことさえ考えていたのだが、予想に反して、朝から腹痛と下痢。力が抜けてただただ眠りたいという例のモード。きっと副作用の出納めということなんだろう。
明日はきっと元気になる! 大事な出かける用があるのだから治らなきゃ困ると1日寝ることにした。
(11月1日に記す)
| 2017年10月26日(木) |
英語教室 中2クラス最後の日 |
この日、 たんぽぽ英語教室に小学校4年生の頃からずっと通ってきた中2の4人の最後のクラスと、クラスおさめのパーティをした。 このクラスは今年度は英検準2級の準備クラスとしてスタートしたので、今回の英検を持って10月で終了することにしたのだが、そこには私の体力的な限界がもあった。水曜日の4時から8時までの3コマのクラスがだんだんきびしくなってきたのだ。そこで、木曜日のこのクラスをクローズして、そこに水曜日の中1クラスを持ってくることにした次第。 今日は10日後に控えている英検の面接試験の仕上げの練習をし、「チャンツで英文法」のテキストのまとめをし、これからの英語学習法についての話をし、わたしの英語の本のコレクションの中から彼らの読みたいものを1冊づつ選んでもらった。今の英語力では分からない言葉やフレーズが多くて楽しめないかもしれないが、洋書を手元に置き、少しづつ読めるようになっていくという体験も大切だと思う。彼らは学校の朝読書の時にこの紙の色が変わった年季の入ったペーパーバックを持って行って読むのだそうだ。
パーティーは7月の時の英検3級クラスの時と同様、宅配のピザと、自家製バジルソースのねじねじパスタとサラダとお菓子。今回もバジルのパスタが人気だった。 生徒達にはこの5年間の10枚ほどの写真を入れた小さなアルバムをプレゼント、 夫にパーティーの様子を撮って印刷してもらい、それも最後のページに入れて。
昨晩、彼らに小4の頃のあどけない表情が年ごとに変化していく写真を取り出してはプリントアウトしながら、何と大きな贈り物をいただいたのだろうと改めて感謝に思った。わたし自身、そんなに長いこと続けた習いごとがなく、何にしろ3年間が限界という性格なので、よく、飽きずに5年間も通ってくれたという感謝。そして、何にしろ情熱が冷めやすい私がこの英語教室を20年続けてこれたことにもまた感謝。
クラスの後、それぞれのお母さん方がいらして下さって、花束やフラワーアレンジメント、お菓子やお茶などの贈り物を下さる。保護者の方々の理解や協力があってこその5年間、このことにも感謝。
5年間、毎週顔を合わせていた彼らともうこのようにして会うこともなくなると思うと寂しいが、彼らと過ごした時間は消えないし、彼らは他の生徒と同様、心の中にはいつも住んでいるのだからと、テーブルの上の色鮮やかな花たちは慰めの言葉をかけてくれる。
およそ1ヶ月振りに、四谷のイグナチオ教会のミサへ。 電車に乗るのも久々なので、夫が心配してグリーン車の切符を買ってくれる。電車の中でお腹の具合が急に悪くなる事がしばしばあるので、有難い。贅沢なことだけれど。
イグナチオ教会の礼拝堂は、あの広い空間が人で一杯に埋まり、子どもの頃から、20人に満たないような少人数の礼拝に馴染んできた身としては、いつも、外国の教会にでも来ているような気持ちになる。周りにいる人たちも見知らぬ人、司式をする神父は話した事もない人。けれど、だからそれゆえに、向かっているのは、人ではなく神、交わりはこの世とのそれではなく、天上との交わり、そんな気がする。
読まれる聖書は若い頃から馴染んできた言葉で、自分の一部になっている。 今日読まれた詩篇、何度も読んできた箇所ではあるが、新しい恵みをそこから受ける。
詩編23 神はわたしを緑のまきばに伏させ、 いこいの水辺に伴われる。 神はわたしを生き返らせ、 いつくしみによって正しい道にみちびかれる。 あなたははむかう者の前で、 わたしのために会食を整え、 わたしの頭に油を注ぎ、 わたしの杯を満たされる。 神の恵みといつくしみに 生涯伴われ、 わたしはとこしえに 神の家に生きる。
この日はとても寒かった。 何か暖かいもの食べて帰ろうかと夫 ここのところ食欲がなくなっていたのに、ふと美味しいラーメンが食べたいと思った。 都内の美味しいラーメン屋の事をよく知っている夫のおすすめは御茶ノ水駅前の博多天神。そういえば一度一緒に来たことがある。 実際美味しかった! 豚骨のスープはコクがあるけれど、油っぽさがなく、滋養がある感じ。 それにしても、ラーメンが美味しく食べられるなんて。 食べ物が美味しいという事の幸せも、それが当たり前の事であれば、これほどの喜びにはならないだろう。 抗がん剤、TS-1を開始して3日目、今のところ大きな問題はない。
| 2017年10月14日(土) |
林の中のギャラリーカフェへ。 |
久しぶりに ギャラリーカフェ「寧」へ。 このカフェのオーナーの著作「伝記小説深沢七郎」をお借りしに。 いつもの林を歩いていくと、森の中に広がっている、白いオブジェ! 庭の植え込みから顔をのぞかている愉快なシーサー達!
マロンケーキとコーヒーをいただきながら、オーナーから「楢山節考」の事や作者の深沢七郎の興味深いお話しを伺う。
お茶の後は、母屋で開かれている 「woodworks季の木」の即売展示会へ。 前々から気になっていた「箱椅子」を2つ注文。木製の手回しオルガンのお話しなど、こちらも興味深かった。
お借りした本は面白くて、一気に読了。次回の文学ゼミで仲間と分かち合いたいところ。
< Face book の投稿より>
3月23日から開始し、9月の末まで半年に渡って続けられた点滴による抗がん治療(ゲムシタビン シスプラチン療法)だったが、半年ぶりのCT検査の結果、この治療の効果が見られないということで中止となる。それに代わるものとして、飲み薬のTS-1(ティーエスワン)の服用による治療がこの日から始まった。
3月のはじめ、肝臓の右葉側の門脈の一部に転移したと見られる癌が、この半月の間に右葉側の門脈全体に広がり、そのため肝臓の血流が悪くなり、肝臓の右葉に萎縮がみられるということ。左葉側の門脈はまだ健康な状態なので、肝臓右葉の萎縮を補うべく、肝臓左葉部が肥大しているという説明を受ける。幸い、今のところ、癌の肝臓や膵臓や肺などへの転移はないようだ。この事は大いにほっとした。
胆管癌の再発の場合の標準治療は今のところ、先の点滴による治療の他は、新たに始めるTS-1(ティーエスワン)しかないので、何とか、この薬が癌の進行をここで食い止めてほしいところ。
夏のベトナムへの滞在中は、このTS-1を持たされたものの、下痢などの副作用があり、途中で服用を止めてしまった経緯がある。あの時は初めての副作用でくじけてしまったのだが、その後の点滴治療での副作用はそれ以上だったので、今にして思えばTS-1の副作用それほどでもなかった。 後はこの治療を身体がどこまで受け入れられるか、あるいは、効果を発揮する事ができるかどうかで、治療の期間も決まってくるのだろう。 この治療も効果がないとなれば、後は自己治癒力に頼む事になるのだが、やれる事をやるだけやった後ならすっきりするように思う。人間の身体は不思議で、決してデーター通りにはいかないし、治る見込みのない末期がんを克服した人がいることも確か。治療のすべがなくなってもそれで終わりという訳でもないだろう。 それより、何より、すべての始まりも終わりも神が定めたもので、それは時にかなって美しいのだから。
そんな気持ちが医師に伝わるのか、 「再発の場合、完治は望めません。治療は延命に過ぎないことを受け入れて下さい。」と、言われた。充分受け入れているつもりでいるのだが、きっと私に希望を持っているような顔つきや態度が見られるので、医師はその事をかえって不安に思ったのかも知れない。 私の「希望」はそういうところにあるのではないのだが、それはなかなか人には伝わらないものかも知れないな。
| 2017年10月09日(月) |
二泊三日の教会音楽講習会へ |
10月7日の午後から10月9日の午前まで、聖グレゴリオの家の第38回教会音楽講習会に参加した。 その前に思わぬ体調不良があったので、参加できるかどうか当日まで不安があったものの、途中で帰ることも、講習の最中に休みを取る事もなく、始めから終わりまで参加し、多くを学ぶ事ができた事に、まず心から感謝。きっと多くの方が祈りで支えてくださっているのだ。
今回のテーマは「みことばに近づくグレゴリオ聖歌」〜セミオロジー(古楽譜記譜法解読解釈)による表現を求めて〜 と、私的にはこの上なく魅力的なテーマだった。学ぶ楽譜は講習会の最終日に用いられるミサ曲。3日間の講義は以下の通り。
�.潺議名鑛犬硫鮴發伐里な� ��入祭唱・拝領唱 ��寝る前の祈り 練習 �ぞ些�唱 �ゥ▲譽襯箴� �ε砧藕峙� ��奉納唱/グレゴリオ聖歌の指揮の基本形 �┸欧訌阿竜Г� ��ミサの練習 ��ミサのまとめ
この他に、2晩とも、修道院で日々行われている聖務日課の晩課(Vesperae)と寝る前の祈り(Completorium)に参加し、最終日は学んだ事を持ってラテン語によるミサの中で歌うというプログラムだった。
ひとつひとつの講義が、ラテン語の言葉のもつ意味やニュアンスをどう表現するのかという学びの時で、そのテーマの通り、いかにみことばに近づくかという学びだった。 <聖なる言葉なのであるから、そこに自我を入れない、自分の感情を入れない>ということは簡単なようでなかなか難しい。いかに自我を超えるかという訓練にもつながる。 また、<ミサは天の礼拝の一部を地上で行うこと>というお話にも深い示唆をいただく。ミサ、礼拝はこの世にありながら永遠の中に身を置くことなのだ。この地に在りながら、同時に魂のふるさとである場所に在り、命の源である神と、またすべての人々と一つになる、そのようなできごとなのだと改めて確認したことだった。そうではない礼拝に違和感を覚え、自分の求める礼拝はどんなものだろうと長い間探し、心に問うてきた、そんな過ぎ来し方もまた見えてくるのであった。
グレゴリオ聖歌によるミサは3年前よりしばしば出てきたが、晩課と寝る前の祈りは初めての体験だった。以前からこの祈りのグレゴリオ聖歌を聴きたい、歌いたいと思っていたことが叶えられた時でもあった。
寝る前の祈りの一部。Responsorium Brevehaは、グレゴリオ聖歌入門講座で教えていただいていたので、ちょうど胆管がんの手術を待つ1週間、そして手術後から退院まで、毎晩歌っては、慰められ、励まされてきて、すでに自分の一部になっている。今回学んだ前半の部分のTe lucis ante terminum も言葉、旋律ともに深く、美しく、これらの寝る前の祈りをぜひとも自分の祈りとして歌えるようになりたいと新しい希望と願いが沸き起こってきた。
日々の祈り、聖務日課は朝の祈りに始まり、寝る前の祈りに終わるが、そのひとつひとつがイエス・キリストの復活に始まり、十字架の死に終わると講座の中で聴いたことは印象深かった。眠りに入る時、イエスと死を共にするということ。ある意味日々、死に自分を明け渡すという意識。そして朝、再び与えられた命を感謝するということ。そのように祈りの中で一日一日を行きたいものだと思う。
これまで歌ってきた寝る前の祈りの一部、Responsorium Brevehaの意味はこういうもの。 さて、今夜もこの祈りの歌で一日を閉じるとしよう。
父よ、あなたにゆだねます。 父よ、わたしをゆだねます。 わたしを救われた いつくしみ深い神。 父よわたしをつだねます。 栄光は父と子と聖霊に。 父よ。あなたにゆだねます。 父よ、わたしをゆだねます。
起きている時も、眠っている時も、 神よ、わたしを救い、守ってください。 キリストのうちにいつも目ざめ、 平和のうちにいこうことができるように。
神よ、今こそあなたは おことばのとおり、 しもべを安らかに行かせてくださる。 あなたが万民の前に備えられた救い。 諸国を照らす光 あなたの民イスラエルの栄光。 栄光は父と子と聖霊に。 初めのように今もいつも 世々に。アーメン。
夢をたくさん見た細切れの眠りから目覚め、それでもようやくトンネルから抜け出せたという感覚がある。 今日は、ベッドから離れ、外へも出る事ができるだろう。
今回のトンネルは、月曜日の夜中からの発熱と嘔吐、激しい下痢に始まり、翌日まで続いた。これまでは、熱は夕方までには下がってきたので英語教室はお休みする事もなかったが、さすがに火曜日は午後になっても起き上がれず、ヘロヘロな状態でキャンセルの連絡をしたのだった。夫も仕事を休んでくれた。ほぼ寝て過ごしたが、次回の文学ゼミの課題図書、深沢七郎の「楢山節考」は読むことができた。映画も印象的で忘れられないものだったが、原作には、もっと突き放したような明るさや強さがあり、壮絶なテーマをこのような筆致で書く深沢氏に興味を覚えた。深沢氏は晩年、ここからすぐの菖蒲町で牧場を営んでいたという事。作品についても作者についてもこの1ヶ月、深めでいきたいと思った。
1時間起きの水様便という激しさもこれまでになかったことで、もしかすると、抗がん剤の副作用ではなく、免疫力が低下しているところに持ってきての何らかの感染なのかもしれないと思ったが、昨日は胃痛や身体のだるさはあるものの、熱も下がり、友人が作って持って来てくれた鶏鍋や焼き芋を食べる事もでき、クラスも3クラスをこなす事ができ、回復は早かったと言えるだろう。
それにしても何と激変する体調だろう。金曜日は次男一家と楽しく過ごし、土曜日は、東久留米まで行き、グレゴリオ聖歌の2時間の講義を集中して受ける事ができた。日曜日と月曜日は1時間ほどの早朝ウォーキングもしたほどで、今回は調子がいいねと夫と話していたのだから。 しかし、今回のような激しい副作用もまた起こりうる事が分かった。そして回復するという事も。 今週は今日の夜の中2クラス、1コマ、明日はCTスキャンの検査。 明後日から月曜日にかけて、2泊3日のグレゴリオ聖歌の音楽講習会、東久留米にて。無事参加が叶いますように。
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