PPS:今日は取材後、ミャンマーのサイクロン被害者を助けてる難民の会の講演会に行こうと、時間つぶししていたが、途中で疲れてしまい帰ってきちゃった。。。。体力も気力もない私。豚インフルも上陸したし、大人しくしてよう。でも明日も渋谷で取材なんで、マスクして行って、サァアアと帰ってくるんだ。。。
PS:
ここに行くと(グーグルマップなんですが)世界豚インフルエンザ感染地図が見れます。これを見て気合を入れなおすオレ。。。。おびえる子。アジアはしかしいないのは、単に分からないだけなのか? 隠してるのか?
昨日はあれから↓師匠とメールなぞして、今も日本でだけカーペンターズが人気あるのは、永島達治さんのご尽力があったから、と師匠は思い出に浸っていた。。。。そうそう、永島達治さんて知ってますかぁ???
知らないよね、普通。。。。
その人は日本の音楽業界の偉い人だった。プロモーターのキョードートーキョーの会長さんでさ。すごいダンディなオジさま。。。。もう亡くなりましたわ。
そうそう、ビートルズを日本に呼んだ人。それで有名!
そしてカーペンターズも日本に呼んで育てた人だ。
このオジさまがああああ。和田には思い出があるんだ。。。
あれは和田が師匠んところで働き始めてまだ1年も経ってない頃。。。。師匠がまたいつもの気まぐれで(って、ひどいこと言ってますね)チャリティショーだのチャリティバザーだのやる、と言い出して、いろんな品物を集めていたのです。和田は東京中のいろんな音楽プロダクションを廻って、行商人のようにして「おねえげええだ。なんか宣材くだされ〜〜。Tシャツでも、かまわないですだあああ」とか言って、ええ、今同様に哀れな感じでね。ほどこしをうけに廻っていたです。でも背中には師匠という虎の衣を着ていたのは当然です。哀れな顔してエラソーという。。。。ええ。えええ。
んで、それを聞きつけた永島さんは、自らでかい。。。あれはキャデラックとかいうのだったんだろうか? いや、ベンツか? とにかくそんな大きな、真っ白い車に乗って、当時の師匠の四谷の家にブウウウウンと自らやってきて、ピンポ〜〜ンと自らチャイムを。
「ハ〜〜イ」とオレが出て行くと。。。。。。ああっ。真っ白いスーツ上下をこのうえなく、このうえなく、まるでイタリア映画のマルチェロ・マストロヤンニかっ!ってくらいに着こなした日本人のオジイさまが!!! ぐあわああああああああああああああ! オレ、悶え〜〜〜〜〜! ジジイマニアには鼻血〜〜〜〜〜〜〜〜!
そして「れい子さんのバザーに使えそうなものがさ、家にいろいろあったからさ、持ってきたよ」と、笑顔っ! ジジイの笑顔っ! マルチェロなジジイの笑顔っ! たまらんっ!
で、大慌てで「あ、ありがとうございますっ」と、スッ転びそうな勢いでサンダルを突っかけて、車に近寄り、荷物を下ろそうとすると、マルチェロなジイさまは、どっから見ても小汚い、ちびまる子ちゃんカットをした(←当時の髪型)小僧っ子のオレに
「ダメだよ、女の子は重いものを持っちゃ。僕がやるから。ニコッ〜〜〜〜〜〜!←笑顔」
って。。。。。。前も書いたかもしれませんが、この話(なにせ永遠にしつこく覚えてるからさ。この一瞬の邂逅)。
そしてサクサクと荷物を次々に下ろして玄関先に並べると「よかったら使ってね。たいしたものじゃないけど。ニコッ〜〜〜〜←笑顔」と、言うと風のように去って行かれたのです。
後に残るは、ヨダレを垂らしたオレ。。。。。呆然とするオレ。20歳でした。何も知らない田舎の子供でした。田舎の子供に、日本1のダンディーなマルチェロ・ジイは、永遠に消えない印象を残したのでした。
しかし。どうしようもないオレ。ふと、その荷を整理してると、前から欲しかった銀色の小皿がたくさん。。。。事務所のオバちゃんに「これ、いいな」と言うと、1つくらい記念にもらえ、とか言うので、もらいました(爆)。爆! 爆!
ご、ごめんなさいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!
でもって、それ、引越しでどっか消えた〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
ひいいいいいいいいいいいいいいいいいい。ごめんなさいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。オレ。オレ。オレ。
ごめんなさいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。マルチェロ・ジイの善意を踏みにじるオレ。。。。。。。この業界で成功できないワケはここにあったかもしれんな。うん。。。。って。納得してんなあああああああああああああああああああ! 今ここで謝罪。ごめんなさい、永島さん〜〜〜〜〜。オレはよくイタリア映画とかに出てくる、貧乏で、汚くて、鼻水垂らしてるスリの子、だと思ってくださいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!