sasakiの日記
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2013年05月28日(火) あまりいじりすぎても

引越しをしてから、本を買うのをやめようと決心した。
それでも本屋には行く。
行けば癖でつい何冊か手に取り、レジについ行きそうになる。それを堪えてもとにあったところに戻す。そんなことを何度か繰り返すと、まあ、いいやになり、ただ世の中でどんな本が流行ってるのかを知るためだけに行くようになるかもしれない。なるかもしれない段階で、まだ、そう簡単に買う衝動は抑えられない。
相変わらずいろんな本が売られていて、ランクがついた平積みのコーナーがあり、雑誌があり、新刊書の山。みんな思い思いに本を買って家に運び込む。
ついこの間、ものを捨てる事を一心不乱にやった身としてはまた、家の中にものが入って行くことに言い知れぬ恐怖みたいのがあって、一種のトラウマとして残っている。
ものを捨てて何が一番しみじみと良かったと思えるかといえば、掃除がものすごくシンプルになったこと。掃除機がまっすぐに走る。物をよけなくてもいい。
世の中は平面で出来てる事を実感する。
何を大げさなと思うかもしれないけど、点と点からまっすぐに直線につながる掃除機というのは、掃除する側の態度にも問題あるんだけど、いつもいつもパリッと掃除するわけでもないんで。
でね、本を読んでも別に賢くはならないというのを最近思い知った。
長い事、人は本を読むと利口になる、知識が身につく、教養が豊かになる、バカなことを言わない、品性が上がる、いろんないいことが身につくと思ったけど、もうこの年じゃそんなものいらん。
もっと本能に忠実に生きる時があってもいいんじゃないかと、今更思う。
本は若さをスポイルするんじゃないかと今は懐疑的になっている。
これ以上若さを削り取られつのは辛いし堪忍ならん。
うん、文章が最早ジジイだ。
何かが言いたくて書いてるわけじゃないのについ、収拾がつくことを言ってしまう。
つまらん。

何だっけ?今日のタイトル?
「あまりいじりすぎても」だった。
そこまでたどり着かないうちにエネルギーが切れた。
火曜日、5月28日。吉。血圧上122。

おわり


2013年05月25日(土) 猫は幸せなんだろうか?

松が背中に62番背負って6年くらい経つか?
動物管理センターのケージの中にゴタゴタの縫いぐるみ状態で、踏ん反り返っていた時からうちに来る事が決まっていた。
沢山の子猫の中で取り乱しも怯えもせず、本当に周りの猫を敷物みたいにして悠然としていた時から早中年になっている。
今だってほとんど変わっていない。
猫だからふんぞり帰りはしないけど、偉そうに周りを睥睨している毎日。
スポ太郎の時も気になっていて、時々本人に聞くんだけど、生憎返事をする気配はない。「あのね?お前は幸せなのか?毎日、こんな狭い所に不自由に飼われて。何処か遠くに行って、木の下や草むらで日向ぼっこして生きて行きたいんじゃないかあ?」
あんまり気の毒で時々ケージにいれて散歩に連れて行くんだけど、それ程有り難がってるふしもない。ふんふん言って周りの匂いを嗅いでいる、こちも真似してふんふん匂いを嗅ぐけれど、それ程珍しい香りがするわけでもない。松には通りの匂いは相当刺激的みたいだ。
幸、不幸なんて考えたこともないだろうし、そういう概念が世の中にあるということだって学校行かないから知らない。
来た時は手のひらに乗る大きさで、今は手のひら四つでも足りないくらい。
今もそばにいてふんふん言ってる。
このところ、日記を書いているとそばに寄って来て様子を見ている。
来月はスポ太郎の死んだ月。
随分写真をとったけど、松の写真は2,30枚くらいかなあ。
猫の可愛らしさに慣れた。2代目の悲哀かも。
浮かれ騒いで一代目、猫の時間、人の時間の二代目。流石に三代目は来ないだろう。

陣内、この間スーパーマーケットで若林に会ったよ。
高校以来だから本当にすごく昔だよ。
中学の頃、ビートルズ、ストーンズ、ハーマンズハーミッツ、ディブクラークファイブ、アニマルズ、ビーチボーイズ、スウィンギングブルージーンズ、ヤングラスカルズ、マンフレッドマン、トレメローズ、シャンティーズ、ペトラ・クラーク、シャドーズ、クリフ・リチャード、ヴェンチャーズ、アストロノーツ、ジョニー・シンバル、ロネッツ、ボビー・ソロ、ジリオラ・チンクエッティ、レ・プレィヤーズ、シルビー・バルタン、ロイ・オービソン、フォー・シーズンスとか、とか、シングルが出る度みんなで集まってレコードを回した頃の若林に会ったよ。
元気そうでね、嬉しかったよ。
スーパーマーケットというのが泣けるぜ。
何はともあれ、この世代、元気な奴はものすごく元気だから。
今、プレスリーの30枚組の13枚目かな、聴いてる。こういうセット物というのもすごいね。聞かなければ行けないもの、読まなければいけないもの、知らなければいけないもの、とりあえずぽっかりと空いているもの、いたもののピースがふさがって行く感じは結構楽しく、腑に落ちる感一杯だ。

ある日突然月のわきに地球が出現。もうひとつの地球。
多分同じ人がそこに住んでいて、もう一人の自分もそこに暮らしている。
おおよそ同じように暮らしているんだけど、何かのきっかけで別の人生が。
こっちの主人公は18歳の女の子で、ある日幸せな家族を交通事故で死なせてしまう。
彼女は刑務所に入り、刑期を終えて出てくるんだけど、罪の意識に苛まれ、社会復帰が出来ない、何とか償おうとその妻と子供を失い、立ち上がれない大学教授をやめた男に近づく・・・
「アナザープラネット」古典的なエンディングなんだけど、グインとした感じがすごく良かった。SFの短編小説みたいな懐かしいグイン感。グインとする。

来週の今日は旭川、アーリータイムス。
この時間ではもう終わってるか?もう、土曜日の6月1日でライブも終わってる。
忙しいったらありゃしない。

おい、松、ふんふん、うるさい。。
電気スタンドで炙られて、コンビニのフライみたいになっている。
上機嫌かも?

おわり









2013年05月17日(金) 古い本と新しい歌

シェリー・ケイポンは私の心を読んだとみえる。
「ショールをかけておいた方が効果的だぜ」と言った。
私は鳥籠をショールで覆った。
私の頭の中は目まぐるしく回転していた。もう一度、鳥かごに顔を寄せて、私は囁いた。
「ノーマン・メイラー!」
「アルファベットもろくに知らんやつ」と、ショールのしたから声が言った。
「ガートルード・スタイン」と私は言った。
「睾丸(きんたま)の上がりっぱなしが悩みのたね」
「これはまた」
私は息を弾ませて一歩下がった。ショールに覆われた鳥籠を見つめた。シェリー・ケイポンに目くばせした。
「わかってるのか、ケイポン、お前さん大変なものを手に入れたんだぞ」
「ドル箱だよ、ライムンド君、!」とシェリーは雄鶏がときを作るような声で言った。
「ドル箱以上だ、造幣局だ!」と私は訂正してやった。
「無尽蔵の脅迫(かつあげ)のチャンス!」
「殺しのたね!」と私は付け足した。
「まあ考えてみろよ!」シェリーは鼻息も荒く言った。「この鳥を黙らせるために、メイラーの本の出版社だけでもどれだけ払うと思う!」
私は鳥籠に向かって言った。
「F・スコット・フィッツジェラルド」
返事がない。
「スコッティといってみろよ」とシェリー。
「ああ」と鳥籠のなかから声が言った。「左ジャブはいいが、あとが続かない。いい選手だがーーー」
「フォークナー」と私は言った。
「打率はまあまあ、但しシングルヒッター」
「スタインベック!」
「シーズンの終わりに最下位になった」
「エズラ・パウンド」
「1942年にマイナーリーグにトレードされた」
「そのカクテルを・・・一杯・・・頼む」誰かがグラスを私の手に持たせた。私は一息に飲み、うなずいた。そして目を閉じ、世界が一回転するのを感じてから、再び目をあけて、シェリー・ケイポンを、この古典的かつ超時代的な悪党を見つめた。

大学時代に少しだけかじって、後味だけが残っていてずっととっておいたブラッドベリ。去年死んじゃって、いつか読み返そうと思い思い今日昨今。
これが古くて品があって、自由に書いてあって、今やなかなか得難い本。
これは捨てなかった本。
SFのジャンルに入れられていて気の毒な気がするけど、どこでもいいよ、というおおらかなものが横溢していて目下ブーム開催中。
写したものは「親爺さんの知り合いの鸚鵡」なんかオールドアメリカンで。

伊達のライブは僕個人としてはベスト3に入れておいた。
こういうことがあるからライブはやめられない。
コンディションも良かったんだけど。東京からひっぱてきたものが続いた感じなのかもね。万歳。
次は旭川6月1日、アーリータイムス、ロケットと一緒。
言える時に言っておこう、ぜっこうちょう!

アレンジがもうニ曲上がってきた。
相当いいところに行きそうじゃ。
ジャケットのベーシックなイラストもそろそろ、上がってくるというし着々と進んでる。あっちこちで色々頑張ってくれている祭り実施中。
これを打ってるテーブルの上に松がいて、僕の左手を両手で掻き抱いて寝ている。
可愛いなあ。動きにくいけど。

札幌は桜満開宣言。うちのベランダから見える謎の木は、どうも違う。桜じゃないみたいだ。桜の木が風に揺れる春というのを夢見てたが誤報。残念。
一体あれは何だ?

おわり


2013年05月13日(月) 元気です。

そろそろ、書かないと消息不明者になってしまいそうなので登場。
イェ。
休みでもないのに休んでいると、このままずっと休みっぱなしになり、とうとう死んだか?にさえなりかねん。毎日、ベランダの芽吹き始めた木の芽を毎日観察してるとこれでもまあいいか?になってきて世間のことをあんまり考えなくなる。
新しい家のベランダに見える木々達は桜か?と思っていたらどうも違う。梅かと思ったら梅でもない。何だかよくわからんけど、札幌は開花宣言今日してあっちこちで桜が開いている。桜の気は普通わかるべ?と言われそうだけど、これが親身になってみるとそう簡単なことではない。
まあ、さけばわかる。
いろんな人に桜の花がベランダに咲くから見においでと言ったけど、何だかよくわからないから見にこなくていいから、の通知しないといけない。面倒臭い木だな〜。

さっき、カンジから電話きて明日よろしくのことだった。
日記も書いてないからもしかしたら死んでるんじゃないかと思って確認の電話でしたということだった。知り合いはお前だけじゃ何から大丈夫だと言っておいた。
体調は万全。東京のライブの本番なと久しぶりに飲んだら眠れなくなって一日起きている状態になったけど、今は復調してるから心配ないぜ。
東京は半年だったけど、みんな元気そうで何よりも嬉しかったです。
何年経っても僕らは変わらない。
本当にずっと昔からこうやって歌を唄って、聴いてもらって私は結構年ももらって、げんきももらって、なにがしかのお返しが出来ていれば嬉しい。
木谷にも二部助けてもらって、本人が「変わって行く自分が見せられれば何よりです」と木綿のハンカチみたいなことを言ってたけど、変わっていく様を見るのはこっちとしても非常にハッピーじゃ。
2013年5月10日の段階でまだまだ溢れている。いろんな物。説明が面倒臭いから、溢れてるでいいかも。

明日は伊達のカンジーでやります。気楽においそれとは誘えないですが、それでもという人はぜひお待ちしております。
何時だ?今。9;08かあ。
疲れたから寝よう。
僕は今日も元気だ。明日だって全然問題ないはずで、
明後日だって多分イェイなはずです。

それにしても、目の前の木には一体なのが咲くんだろう?
相対的にまだ木の本体が大きくなく、子犬なのか子猫なのかよくわからん状態なのだ。子犬と子猫の区別もつかないのかお前は?という突っ込みが聞こえてくるけど、そういうもんだ世の中は。開きお治るのかお前は?
ああ、うるさい、うるさい。

結論。
今日も私は元気です。

おわり


sasaki