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2017年06月29日(木) 6月末の妄言

気が付くともう6月が終わろうとしている。

どこかの古典舞台役者の元放送女流朗読担当勤務だった妻が病で倒れたことを世界の終りのごとく取り上げていたと思ったら、今度は卓上ゲーム少年の連勝記録に血眼になるマスコミ。
「人の不幸」の次は、卓上ゲーム少年の昼ご飯が「国家の一大事」だそうである。
去勢された宦官みたいな痩せ細男子アナウンサーが、胡散臭さに輪をかける。
両方、関心もないから見ようとも思わないのにも拘わらず、耳に入ってくる。
もっと国民に伝えるべき事柄があるはずなのに、相変わらずだから、ますます、新聞、テレビを観なくなる。
それでもまったく無視出来ぬからいくつか反応してみることにした。

少し前、ニュースで「週休3日制」のことをやっていた。
一週間に3日休むのだという。
一方で、小学校の夏休みを短縮して「10日間」だけにする自治体があるとか。
「休暇」という概念の感覚がよくわからない。
「週休3日」も「夏休み10日」も、誰が渇望していたのか知らない。
少なくともそんな世論が沸騰していたなんてことは聞いたことがない。
ニュースでは週休3日にしないと、若い社員が会社に残らないとか、夏休みを10日にしないと教師が過労で苦しむとか理由を流しているが、俄かには信じがたい。
誰の、何のために、そういう休日の取り方を決めるのが、胡散臭さだけが残る。
いっそ、「月月火水木金金」を標榜するほうが、信用できる。
少なくとも、胡散臭さはない。
自分が子供の頃は、休みは日曜日だけだった。
それでも、過酷だとは感じなかった。
一方、夏休みは40日が当たり前でそれを短縮するなんで狂気だとさえ思う。
夏休みが10日になれば良くも悪くも「夏休みの思い出」というものが、存在しなくなる。
普段の授業時間が短縮されたところで、学校に通うことには変わらない。
机上の空論で、夏休みを子供から奪って、教師に楽させるという発想自体、何か間違っている。
「休み」という概念が狂い始めた。
たとえ、週休7日になったとしても、恐らく意味不明な理由付けで週休10日になるのではないか?
誰も望んではいないのに。
そして「週休10日」になったとて「幸せ」になれる人は現れない。

どこかの国会議員が、秘書に暴言を吐いて、そのパワハラ記事が週刊誌に載ったり、暴言音声がテレビから流れ出ていた。
正直、どうでもよいのだが、しかし、ある意味、国会議員と秘書との関係はあんなものだという話も聞く。
程度の差はあっても、議員なるものは格下の人を人間扱いしない。
そんな人格に問題がある者が、選挙や国会質疑のときだけ「聖人君子」を装う。
何かに似ていると思ったら、高校野球だ。
「さわやか」とか言っておきながら、実態は暴力、いじめ、パワハラ、狂気の巣窟。
「清き一票を」なんて街頭で頭を下げていながら秘書に暴言を吐く候補者と、「さわやか甲子園」に出るために学徒を「野球人形」として泥まみれにさせて制裁を加えている部活指導者と妙にシンクロする。
あのパワハラ議員もいっそ、記者会見でこう言えばよいのだ。
「東大卒以外は人間の屑だ!愚民共、私に投票せよ!逆らうとあの秘書のように酷い目にあわせてやるから覚悟しな!私には議席が必要なんだ!政策なんてどうでもよい!国がどうなろうと知ったことか!お前らが路頭に迷おうと、中国が攻め込んできたとしても知ったことか!国会議員であればアメリカに亡命できる特権があるんだ!生き残りたいんだ!だから私に投票せよ!解ったか愚民!」
今、真っ盛りの都議会選で、もしこんな街宣をしていたら、その人に投票してもよい。
なぜなら少なくとも嘘は言っていない。
やはり「正直者」が議員になるべきである。

テレビを見ていたら「空襲警報もどき」のお知らせが時々流れる。
なんだこれは?
アラードが出たら、地面に伏せろとか、家の中に入れとか?たぶん朝鮮半島北側のミサイル弾着に備えよという趣旨なのだろう。
しかし、己の領空に敵性国の弾頭なり、爆撃機に侵入された時点で、もう戦争には負けている。
かつての大戦中、防空意識云々を叫んでみても、B29に侵入されたら為すすべもなく焼け野原にされたのを忘れたのか?
国家安全保障の立場に鑑みれば、まず目標とされないこと。そして同等以上の報復手段を持つことが必須。
それがない国は独立国とは言えない。
それを他国に依存している時点で終りだ。
だから日本は独立国ではないし、いずれまた「勝てない戦争」に引きずり込まれて、酷い目に合うのだろう。
これも建前と本音を使い分けて、既得権に縋りつく守旧的な偽政者たちの「賜物」。
そしてそれを選んだ国民自身から出た錆だ。
もはや選挙制度自体が硬直して、未だに1950年代の価値観で動いているのは滑稽ですらある。
そして、それを是正しようとする者もいない。
この国も終わりが近い。

少し前だったか、朝日新聞夕刊の「オトナの保健室」というコラムに、個々の男女間情事を日本文化全体の悪癖と決め付けてすべての日本男性の基本的人権までを抑圧すべしと促す趣旨の記事が目に留まった。
これを書いている「活動家」のことは知らないし、関心もない。
どんな主張をしようとその人間の自由だし、世迷言だろうが何だろうが人の勝手だ。
だが、新聞はネットのような「トイレの落書き」、「パチンコ屋のチラシの裏」ではなかろう。
いつの世も偽政者は「世迷言」や「妄言」を、さも価値のある「正論」として担ぎ上げて、世論を扇動する「道具」として利用する。
この「活動家」もそんな類の一つだ。
科学的根拠もなく、情緒的、恣意的な「妄言」をさも「真実」として世に放ち、態々外国人記者の前で会見させたりする機会を設けるなどということ自体が、それを証明している。
これらは、日本女性の人権や自由を守るためではない。
日本文化、国家の基本的基盤を崩して、国外勢力の権益確保のための「文化、経済侵略」の一環に他ならない。
己が非難している「性ビジネス」の胴元が、日本人から国外勢力に変わるだけ。
搾取される方法が巧妙になるだけで事態は変わりはしないのだ。
「活動家」本人がこれを自覚しているか否かは知らない。
だが、己が怪しげな勢力に担がれていることぐらいは、知っておいたほうがよい。
利用価値がなくなった途端、ゴミのように捨てられるだろうから。

以前もブログに記した事があるが、旧大戦中に戦争日記を記していた徳川夢声が終戦前後に何回も延べている噂話。
「進駐軍がやってきたら、日本男子は皆、睾丸にレントゲンを当てられて種無し去勢される」と。
物理的には、そのようなあからさまな行為はなかったかもしれないが、こんな記事が全国紙に平然と載る現実を鑑みると精神的には戦後70年以上経った今も、営々「日本男子去勢化工作」が続いている事実を実感する。
ただでさえ、超少子高齢化、生涯未婚率が急騰しているのにも拘らず、男女間交流を「犯罪化」して、出会いを阻み、人口減少に拍車をかける記事を掲載しているのだ。
これで誰が得をするかを考えれば、その背後に「誰」がいるか容易に想像できる。
どんな些細なことですら、事の真偽に拘わらず、男子が女子にアプローチすると「犯罪者」として強制収容所行きを目指しているのは明らか。
最近、痴漢容疑者が必死になって線路上を逃げるのも頷ける。








絶望皇太子