1日雑記

2006年07月31日(月)


また、お金を使ってしまった。

今週だけで
2万円くらい。
(+5000くらい)
そして宝くじを買うのを忘れたよ。
まぁ、そんなお金も無いのだけど。
……いや、あるのか。

ひと月に使っている額を考えると怖い。
逆に言えば、使わなければプロジェクター買えるかもしれないし
液晶ディスプレイ買えるかもしれないし
メモリー増やせるかもしれないし
HDDの容量が100GBを超えるかもしれないし
除湿機が買えるかもしれない。
……っていうか、買える。

でも、そう思っても使うのやめられそうに無い。
なんか根本的に違うんだよ。
まとめてドカっっていうよりもチョコチョコ発散したい。
まぁ、精神安定剤みたいなものですな。
すくいようが無いけど。

色々言い訳は考えられるけど
……うん、10月くらいからはちゃんとするから。



2006年07月30日(日)

人間は暗闇を恐れる。

と、これが正しい事は私は感覚的に理解している。
このことを具体的なイメージとして頭で考えた時
浮かんでくるのは暗闇で1人居る人間だ。

が、しかし、今日何気なく考え事をしていると
このイメージ、あまり正しいとは思えなくなってきた。

視覚的な暗闇というのは
実はあんまり怖くない。
というより、広くない。

どこまで続くか分からない暗闇というのはやっぱり怖い。
が、結局有限である。


情報のことが頭をよぎった。
歴史と言っても良いのだが。
ありとあらゆるものに、歴史がある。
私の知らない歴史である。
人が居れば、そこに居る理由がある。
私の知らない理由である。
建物、政治、服、何にしてもそれに伴う技術があるし
それを私は良く知らない。

情報という空間を考えた場合
知らない部分は未開の地。
見えない場所である。
私の知っている情報はごく僅か。
四半世紀を生きてなお、あらゆる情報のうち
ほんの一部分しか知らない。

これはまったくの暗闇状態である。

時間がもうあまり無く、知らないことが多すぎる。
人間の寿命じゃ知ることに限界があるので
……というより、私が生きる時間よりも
同じ時間でもっと多くの情報が生み出されているので
知らないことのほうがたくさん出てくるわけだ。

怖い、と思ったのはそういうとき。



2006年07月29日(土)

最近、休みになるたびに一気にお金を使う習慣が出来た。
ストレス発散という意味合いもある。
大体、平均で1万〜2万くらい使っているんじゃなかろうか。
毎週。

そんなだから、何を買ったのか、曖昧になることがある。
先日は文庫をまとめて10冊くらい買ってきたのだが
どうにも、何巻まで買ったのか記憶が定かじゃない。
確か、6冊買ったと思ったのに5冊しか家にない。
レシートは丸めて捨てた。
仕方ないので一冊今日、追加。

DVDを買った。
適当に。
……既に持っていた。
2,3000円が無駄に。

流石にまずいんじゃないかな、と思うものの
こういうことでもしないと
仕事のテンションが下がるばかり。
週末に買い物をするから……という気持ちで
一週間がもっているようなもの。

どうしたものでしょうかね。



2006年07月27日(木)

新入社員。
そして研修生。
多分、まだ本採用という形ではない。

さて。
寝坊して遅刻した。

いやー、参りました。
基本的に寝過ごして遅刻って
大切な用事の時には一度も無かったと思うんですけど。
学校のころを含めて。

見事に遅刻しました。

なんというか、流石に落ち込みましたわ。
ちょっとつらい。
……まぁ、遅刻して平気な顔しているよりはいいのかな。

あまり怒られなかったのがもっとつらいよ。



2006年07月24日(月)

紙と鉛筆を手にとって――

1)数字を書いてください
2)文字を書いてください

さて。

まぁ、実際に書く必要なんて全然ないのだけれど。
報告書を毎日書かなきゃならないのでとりあえずかいているわけです。

ふと、数字書いたんですよ。
まっすぐじゃなくて、少し文字が斜めになってます。
"/"こういう向きに。
ワードとかでも斜体にする時はこういう方向に文字が斜めに。

箇条書きだったんで、数字の次には文字が来る。
んで、書こうと思ってふと違和感が。
書き易い文字の向きを考えてみると
"\"方向なんです。
少なくとも私の場合。
これが万人に共通かどうかはしりませんが……
数字は"/"、文字は"\"。
ある意味器用だなぁと。

まぁ、ノートをひっくり返してみると
"\"だったり"/"だったりでたらめではあるのですが……
こういうところで文字が安定してかけないのかもしれませんね。



2006年07月19日(水)

酔っ払いなのか、電車の中で立ち小便するという
とんでもない光景を目撃した。
ちなみにその直後そばの床で大の字で仰向けに寝てました。
私鉄の話なんで分からん人いると思うけど小田急線でした。

まぁ、あまり見ないだけで(見たくも無いが)
もしかしたらそういうことって
時々あるのかなぁ?

そういうイメージが頭に残ったせいか
後日電車に乗ったときに気分が悪くなりました。
それだけが原因じゃないかもしれないけれど
多分それも一因。

あーいうのは誰に言えば良いのか良く分からず
目的の駅に着いたので放置してしまったのだが
その後で浴衣姿の小さい子供たちが
電車に乗っているのを見て、罪悪感が。

あーいう子達に見せないためには
駅員に言うなり、車掌に言うなりするべきだったかなぁ……。

幸い、浴衣姿の子供たちは別の方向の電車に乗ったので
そういう光景を見ないですんだのだが
お祭りみたいな感じだったから、当然
そういう人がいる車両に載る可能性もあるわけで。

親がそれを防いでくれればいいのだけど
駅員に言えば処理もできたはずなんだよね……
駅員にすりゃいい迷惑だろうけど。

次があったら、どうにかしたいと思います。
無いことを願うけれど。



2006年07月18日(火)


ところで、バイ菌ってなんだろ?

バイ菌。
菌、なのだろうけれど、バイ菌ってあるのかな?
なんとなく、悪い菌の総称のようなイメージがあるんだけど。
バイ菌って菌は存在するのか否か。

存在したらそれでいいんだけど
存在しなかった場合、悪い菌の総称である場合
バイの字が気になりますな。
バイってなんだろ?

バイバイキ〜ンのバイバイとはちゃうだろうし。
検索して調べてもいいのだけど
それは野暮かなぁ。



2006年07月12日(水)


表現手段は時として表現手段でなくなることがある……

と、言ってみたのだがさて?

例えば絵画を描く画家の人。
絵というのは表現手段の1つだと思っている。
実際、1つの絵の解釈がいくつもに分かれる。
それはそれとして、個人で解釈して
何かを得られればそれで良いと思う。

例えば歌を歌う歌手の人。
作曲する作曲家でもいいけど。
多分、表現手段の1つなのだろう。
それに感動する人もいるだろうし
それから何かを感じ取る人もいるんじゃなかろうか。

ところで、彼らにも生活があります。
現代社会でまったくお金と無縁に生きることはできません。

ここで1つの疑問点。
表現したいことって、そんなに頻繁に本当にあるでしょうか?

私の場合、日記を書くのにも
話を書くのにもネタに困ることって結構あります。
続ければ続けるほどに。

半ば義務感のように書き上げることも。

が、これは趣味というか、そういうものなので
正直やめてしまっても問題ないんですよね。
楽しいのでやめませんけど。

しかし、生活がかかっている場合と言うのはどうなのでしょうか?

継続して主張(表現したいこと)を『作り上げて』
いかなければならないのではないでしょうかね?
と、そんなことを考えると
純粋な芸術ってなんだろうなぁと思ったりもします。

まぁ、逆の考え方もあるんでしょうけど。
仕事という形の中で何かを伝えようとする、とかね。



2006年07月10日(月)

なれないと、どうにもノートパソコンは使いづらい。
キーの配置が微妙に違うのも困りもの。

ノートが使いづらいというか、
キーボードの部分が使いづらいのだけれど。

そういえば最近ウィンドウズXPの画面がちょっと気になる。
メインで使っていたパソコンは
慣れの問題もあって、ウィンドウズ2000に似た画面にしている。
けれど、新しい方の2台は初期のまま使っている。

結構、私の周りだと
クラシックタイプの画面で使っている人って多いんですよ。
特にコンピュータに詳しいと自称している人に多い。

主な理由は、今までと似ている方が使い勝手がいいから。

まぁ、私もそうだったわけです。
ペイント系のソフトにしても、慣れているからという理由で
古い奴をいまだに使っているし。

……さて。

でも、このところ少し考え方が変わってきたわけです。
新しいものには新しいだけの理由がある。
現在の画面配置というのは、開発側が使いやすいくという
思いがあって開発されたものです。
……まぁ、この辺で変なプライドがあると
こんな画面使いづらいとか反発してしまうわけですが。

ワードでもエクセルでもそうなんですが
想定された使い方をする分には、
そんなに使い勝手が悪くないんじゃないかと思うんですよ。

作り手の気持ちになって使えば
(考え方がおかしいけど)
そんなに悪いものじゃないかもしれない。
そういう考えで、最近はあるものをそのまま受け入れています。

……そういうのは、作り手として頑張ろうと
考え始めたからなんですけどね。
なるべく多数のユーザーに支持してもらえるものを作りたいですね。



2006年07月09日(日)

技術者……といえば聞こえは良いが
それは本当に良いのだろうか?

ふと考える。

だた、考えずに作業を繰り返していても
そのうち体が感覚を覚える。
難しい作業と言われていても、体が覚えてしまえばこなせる様に。
出来ない人から見れば、それはすごい技術であるのだけれど……。

やっていれば誰にでも出来るようになる。
そういう事を人に誇れるだろうか?
そんな風に考える。

まぁ、口先だけでやらない人も多いという事も考えられるのだが
技術者というと仕事を続けた結果
そう呼ばれることが多い。
働きつづけるというのは、結構多くの人がやっている事である。

自らの意思で何かをはじめ、継続しようと思い
継続できる人と言うのはすごいと思う。
仕事というのは、生活のためにどうしても強制力のあるもの。

何が言いたいのかと言うと、難しいのだが
仕事で得た技術を誇るというのは
なんというか、その人の功績……能力、結果とは
ちょっと違う気がするわけなのだ。

人に誇れるものってなんか違う気がする。
誇れる技術者になりたいものだ。



2006年07月06日(木)

この、すっとこどっこい!

と、思わず叫びたくなったのですが
理由は特にありません。
これって侮蔑の言葉なんでしょうか?
そもそも意味がわからないってすごいですよね。



2006年07月05日(水)

ようやくネットに復帰することになりました。
や、長かった……。

と、いっても家では接続することができていたし
接続できなければできないで意外とどうにかなっていたので
接続すると時間とお金が飛んでいくので
接続できなくても良かったのではないかと
ちょっとだけ思う今日この頃。

お金が飛んでいくといえば
社会人になったくせにぜんぜんお金がたまりません。
7月末まで5000円で生活予定なんですけど
……たぶん無理ですよねぇ。
来月自動車保険の支払いとかでお金が飛んでいくから
なるべくなら節約したいんですけどね。

とりあえず倒れない程度に食事はしっかりといたしましょう。


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