想
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東京だと渋谷、しかもレイトショウでしかやってないけど、それでも出来るだけ多くの人に観てもらいたいと思った。
『緑玉紳士』
本編を観る前でも後でもいいから、この映画の世界観をぜひ知ってほしい。
監督(兼 脚本、兼 編集、兼 キャラクターデザイン)の頭の中にこの世界がまるごと存在すると考えただけでなんだかどきどきする。
ちなみに僕の前の席にフランス語をしゃべる子ども3人とその母親らしき人が座っていて、微笑ましかった。
会話の内容はさっぱりだったが。
もしかして、僕は何か大きな問題を抱えているんじゃないだろうか。
そして、それに気づいていないのは僕だけなんじゃないだろうか。
・・・睡眠不足が続いているせいか、頭がおかしい。ほんと、どうかしている。
***
「明日にも死ぬかもしれない」なんて思いながら何千日も生きているのだから、意外と長く生きるんじゃないだろうか。
***
今日は、先輩とほとんどサシで食事。いろいろな話を聴く。
とても興味深い人生を送っている人だと思う。
もうすぐ結婚。
ちょっと事情を知っているだけでは全然納得がいかないことでも、
よく聴いてみれば意外と納得のいく話だった、なんてこともある。
当人たちにとってそれがいちばん幸せな形なら、まわりがどう思ってもそれがいいのだと思う。
断りきれなかった自分にかなりうんざりしたけれど、結果的にとても良かった。
学生のときから友達だったはずの女の子を嫌いになった。大嫌いになった。
もしかしたら、そのきっかけは、第三者から見たら些細なことかもしれない。
だけど、あたしにはそれが許せなかった。
恐ろしいほどの怒りが湧いてきて、ふつう友達には抱かないような感情を抱いた。
敢えて言葉にするなら、決定的な拒絶のようなもの。
彼女自身は、自分が肯定的な変化を遂げたと思っているかもしれない、
その変化によって、あたしは彼女のことが苦手になった。嫌いになった。
独特の純粋さを持った人で、その点においては尊敬さえしていた。
けれど、その純粋さも、感性も、結局は自分に害がないからこそ認められるものだったのだと思う。
そういう風に考えていくと、彼女に非があるとは言えないかもしれない。
単に、変化を受け入れられなかったあたしのキャパシティの問題だとも言える。
だから、彼女への嫌悪感はきっとあたし自身への嫌悪感でもあり、こんなふうに自分を嫌悪させる彼女がもっと憎たらしくなっていく。
……なんだか見たことあるような構図。早く抜け出したい。
必要以上に気を遣うのをやめることと、無神経な振る舞いをすることとの間には、結構大きな差があるんじゃない?と言いたい。
で、人の振り見てようやくわが身を省みる。日頃、それはもう無神経に生きている自分がいる。
人目に不満をさらす前に自分を正さなきゃいけないのは百も承知なんだけど、そこまで人間ができていないから、
えーい、謝っちゃえ。ごめんなさい。
***
たとえば高校時代からの友人達に対してなら、こんなことはないのかもしれない。
なんて、ついついフォローを入れてみたりして。
特に変わったことは何もない。
ということにしておこう。
8耐。
一般発売開始1分でチケットを入手。これでどの辺りの席が取れたのか。
今年は公共の交通機関を利用する予定。
映画。
隙間の時間で『ベルンの奇蹟』を観た。考えていたよりずっと良かった。サッカーがわからなくても十分楽しめる。
映画館には相変わらずちょくちょく通っているが、4月はDVDもよく観た。
仕事。
本業は春の繁忙期を切り抜け、うだうだとやっている。
副業は週5が週4になったと思ったらまた週5に逆戻りな上に休日返上。なにがなんだか。
其他。
6月は内視鏡検査の予定が入っている。趣味で。