カフェの住人...

 

 

第六話 〜若旦那〜 - 2003年07月26日(土)

ここの近くに、呉服屋さんがある。

誰から見ても、優しそうなそこの若旦那が現れたのは

ここが住家になる前だった。

私がペンキ塗りや掃除をしていると、まだどんな所になるのかも

知らないのに、イベントの話を持ってきてくれたのが始まりだ。



初めは、こちらもそんな話に乗って大丈夫なのかと一瞬思った気がする。

けれど、最初に言った通り‘優しそう’な人だったのだ。

細い身体なのだが、十数名の社員を抱え

毎月毎月、嗜好を凝らしたイベントでお客様を楽しませているという。

もちろんファンも多いはずだった。



オープンの日も、着物姿の女性を沢山連れて来てくれたのを覚えている。

例の一ヵ月後のイベントも、手際の悪いというのに

たくさんの方を紹介してくれたおかげで、私には貴重な体験となった。

今現在も、ちゃんと顔を出してくれている。


着物なんて、この人が現れなかったら

数年、いや数十年先までお近づきになることなんて無かったかもしれない。

様々な着物の由来、種類、作家さんや

もうとにかく着物に関する話題は尽きない。

そんな事から、改めて日本人の伝統を思わされる。

日本にしかない美しい‘わび・さび’の世界。

なんだか急に 「もっと日本らしさを残していかなければ」

などと考える様になった。


今までは‘着物’商売の人はお高くとまっているか、あるいは

自分には関係ない世界、といったイメージだったが、

そうでないこの若旦那の人柄で

敷居はぐっと低くなった。



私も去年は ‘インドネシアの布’ で創った簡単キモノを購入。

リーズナブルで、今巷で売られている小物と組み合わせると

なんだか不思議な世界。

だけれど、日本人心を揺さぶるものはある。

古きに囚われず、より身近なものとして提案してくれる事に

私は本当に嬉しく思う。


さぁ、今年もみんなで浴衣でも着よう。

あそこの着物屋さんに行けば、きっと楽しいよ。















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第五話 〜あたたかい香り〜 - 2003年07月20日(日)


つるつると彼女の手が、私の腕の上ですべっていく。

そして、しゅるりとその手が私の指先から抜けると

私の中の重たかったものも一緒に流れ出す。


ほのかな香り

やわらかい手

あたたかな声


そんな毛布の様なものに全身が包まれ、私に安らぎが訪れる。



彼女はアロマセラピスト。

100%ピュアな植物のオイルと、とっても仲良しだ。

いつもの色んな小瓶が入ったポーチを取り出せば


「この人には、この香りのものと

 元気になれる、こんなものをいれようかしら」


そう言いながら、いつの間にやら

受け手の ‘気持ちよくなれる魔法のオイル’ を作っている。

そして、そのオイルでやさしく私達の肌をトリートメントしてくれる。

そのとき、彼女自身のぬくもりも合い重なり

肌を通り抜け、まるで体の奥の方まで染み込んでいく感じがするのだ。



彼女がここに一番初めに来た時、

他の住人達がそれを受けると

「なんだか不思議な感じだったよ」

と、口々に言った。

ただのアロママッサージなんじゃないの?

なんて私も初めは思っていた。

ところが、そうではなかった。



それからは言うまでも無く、

彼女はここの住人。



もちろん相性もあるだろう。

そんなもの必要ない人だっているだろう。

けれど、その彼女の人柄はオイルに負けないくらい

ふんわりと私達を包んでくれる。


毛布って、なんだか小さい頃大好きだったと思いませんか?

あったかい子供の味方。

寂しい時や、泣いちゃった時

毛布を引きずり出してきては、涙でくしょくしょにしたっけ。


なんだか

そんな感じの人なんです。


私は子供の様に包まります。

時にはいい香りのする毛布に包まれてみるのもいいものですよ・・・













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第四話 〜二人で一人〜 - 2003年07月16日(水)



二人はいつも一緒だ。

大きくて、亡き父の後のものを背負う、しっかり者の彼。

小さくて勤勉で、医療に関わる仕事をしている彼女。



もうここの初めの頃からの住人。

この二人はとても独特な会話をし、ユーモアで溢れているので

私もついつい一緒になって、ふざけてしまったりもする。

他の人から見ても、本当に仲のいいカップル。



しかしそんな彼らでも、ほんの数回だが別々で来る時期があった。

そして互いに

「私達は付き合ってる訳ではないよ」

そんな事を言っていた。

そう、まるで自分達に言い聞かせるように・・・



初めは純粋な恋で始まった二人。

数年が経ち、年齢的にも‘結婚’を意識し始めてからなのだろうか

関係を変えた。

「一緒にはなれない、きっと無理だ・・・」

という現実を受け入れようとして。

多分周囲のの反対にでもあったのだろう。

他にも色々あったのかもしれない。

『無理なんて事はないはずだよ』

まさか私がそんな言葉を投げかけられる筈もなく、

笑っている彼らを見ていた。



それでもお互い親友でいいと言い、良き理解者となってみたり、

別の恋を探そうと強がり、もがいていたり・・・

時には無理やり嫌いになろうとさえしていた。



「最近ちょっと気になる人がいるのよ」

「色々新しい出会いにチャレンジしようかと思ってさ」



そんな言葉を、それぞれから聞くと

なんだかこちらまで切ない気持ちになった。

強く見えた彼の弱さ。

か弱く見えた彼女の強さ。

どちらも心に正直でない言葉からきたもの。



ところが、そんな彼らに恋どころではないほどの

けたたましい環境、状況が訪れた。

身内のこと、仕事のこと、両者に降りかかる状況は続き、

どんどん笑顔は消えていく。

また私は、見ているだけしかできなかった。

なんとか二人で元気に見せようと笑顔を作ってはいるものの

ある時、ほんのちょっとの言葉を掛けると

ほろほろと彼女は涙を流し始めた。

けれど、傍にいた彼はそこで彼女を抱きしめることが出来なかった。

した事は、代わりに抱きしめた私から

彼女を沈んだ目で奪うように連れて帰っていったという事だった。



それから間もなくして、その状況は落ち着き始めた。

そして、その二人に起こった事は



 『自分にとって、何が・誰が大事なのか?』



という事を知らしめる出来事でもあったのだった。

そう、二人はようやく気が付いたのだ。



 『私にはこの人しかいない』  と。



大きな嵐は去り、穏やかな日々が戻り

本人達は渦中の事などすっかり忘れているみたいに見える。





最近、やっとゴールインするという報告を受けた。

大きく、確実となった愛は

周りの凍てついたものを溶かし始めているのだろう。



始めの頃となんら変わらない雰囲気の二人。

そう、笑いながらいつも一緒にいる。

変わったのは目には見えないもの。

その大きさを改めて知る。

きっと彼らはずっと一緒に笑っていることだろう。



私はそんな二人を心から祝福したいと思う。



おめでとう・・・



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第三話 〜名も無きべーシスト〜 - 2003年07月07日(月)

初めてのライブで見かけた彼がその時、

まさかここの住人になるとは、露ほどにも思わなかった。

時折ふらりと訪れ、静かにお茶をすする。


今日はそんな彼から一枚のCDを買った。

女性の歌声のその奥で彼のベースが聴こえる。

それには歌だけではなく、とっても素敵な物語も詰まっていた。


本業は家や店舗の内外装をする仕事なので、

どちらかと言うと、不器用な感じの職人さんだ。

けれど、ベースを持つ時は天才とも言うべきほどの音と技術を

それはそれは心地よさそうに操る。


そんな彼がたまに、音楽系ネットの掲示板に書き込みをしていたそうだ。

その中で会話をした、ある女性が気になりライブに行くことにした。

ピアノ弾き語りだけの小さなライブ。

そして、その彼女も彼のライブに来た。

それから少しの間があり、急にある日

彼女からの連絡。

「自分のCDを作りたいの。ベースを弾いてもらえないかしら?」

ギャラなんかもないけれど、ご飯やお酒でもてなしてもらえただけで

なんだか嬉しかったと彼は語る。


初めは、ほんの2〜3曲だったはずが、

もう1曲2曲と増え、いつの間にか

全12曲のうち、7曲も手がけていた。

ちなみに、彼女のご主人はプロのミキサーだったらしく

アルバムの出来もレベルの高いものに仕上がっていたそうだ。


彼は何故自分がお願いされたのかも聞かない。

ただただ、あったかい人の歌と一緒にベースを弾きたかったんだろう。

ただそれだけでいいみたいだ。


高校生の時、なんとなしにベースを選び、手に持った瞬間

指が勝手に動き始めてから10年近くが経つ。

初めて本格的に自分の音が入ったCDが出来た。

たまたま気になった歌い手さんと、

お互い一度演奏を聞いただけで

こうして形になった奇跡の様な話。

純粋なベースを愛する彼の心が創った物語。



「こんな名も無きべーシストにやらせてもらえるなんて」

と、常に謙虚である姿は本当にいとおしい。


ベースと共に生きている彼はいつまでも、こうあり続けるだろう。

















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第二話 〜天使が来た日〜 - 2003年07月05日(土)




それはまだ、このカフェに数えるまでもないほどの人しか来ない日が続く

夏も始まりかけた季節。

その時以来、もう来る事がない住人がいる。



ちらほらとした噂を聞いたという、関西から研修で来ていた営業マンの男の子だ。

この知らない土地で過ごす一週間の間、彼は住人と化していた。



人なつっこい性格らしく、来て早々私の名前を聞くなり

‘ちゃん’付けで呼ぶほどで、じゃれる様に話しかけてきた。

そして、いつ仕事をしているのかと思うほど長い時間ここで過ごし

さらには研修で各地から集まった仲間を毎日引き連れてくる。

いつの間にか数日後には席がスーツを着た人達で

にぎわっているほどだった。



なんだかすっかりペースに巻かれてはいたものの、

誰もいない毎日の時間に、少し落ち込み気味だった私は

恋にも似た気持ちで、彼が来るのを待ちわびる様になっていた。



おちゃらけばかりではあったが、

真面目な話も出てくる様になると

「本当は絵を描いたり、それに関わる仕事がしたい・・・」

などと言い出したり、

飼い始めた犬が留守中に死んでしまい、泣いてしまった事を

夜中にメールでよこしたりなどもした。

お調子者の裏側を垣間見せるもう一つの顔。

そして翌日には何でもない顔をしてやって来るのだった。



そんな日々が続き、一週間後・・・

TOPの成績で研修を終わらせ、

そして、笑いながら

「また来るよ」と言い残すと、

ここを去っていった。



なんだったのだろう。

また静かな時間が戻ってくる中で、その幾日間を思い出す。

私への励ましや、切ない話、笑顔、色んな想いをたくさん置いていった彼。

しばらくは、夏の暑い日差しが切なかったのを覚えている。



ずいぶんと経った頃、ほんの短いメールがきた。

やはり、なんらその頃と変わらない感じで。

それからも本当に忘れた頃を見計らって

時々メールは届く。

けれど、こちらからいくらメールをしても返事はくる事はなかった。



私は思う。

あれは天使だったのではないかと・・・

元気の無かった私へ神様からのプレゼント。

だとしたら、結構素敵な思い出ではないだろうか・・・





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