Makkie!の日記
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眠れぬ一夜を過ごし、朝になった。 今日は今日で、免停の件で警察庁に出頭しなければならない日だった。 幸い、午前中は仕事に行かなくても良い。 髪でコブを隠したが、目の上がボクサーのように蒼く腫れている。 こんな日に警察出頭なんて、僕はとことんツイテナイ。
案外アッサリと警察での用事は済んだ。非常に事務的な応対で助かった。 何人も僕と同じ境遇の人間が集まっていた。警察職員も日課をこなしていた。 とても早口なので、これまでに何度も何度も同じ台詞を語ってきたのがわかる。 感情がこもってなくて、非常によろしい。この分で講習も済むといいのになぁ。。。
さて、このお岩さんを隠すにはどうしたら良いか考えた。 先ず思いついたのが眼鏡! 市内のホーマックや眼鏡屋をドライブがてら検索、店に入っては伊達眼鏡をかけてみた。 ホーマックのような店なら眼鏡もかけ易いが、一般的な眼鏡屋さんは客が一人もおらず、店員だけが じっとこちらを3人がかりで見つめる。眼鏡屋さんって、どおしてあんなに空気悪いんだろうか。。。 僕は視力がとても良いので眼鏡は必要ないので解らないが、そんなに需要があるのだろうか、と、 いつも思う。2万円の眼鏡が一日どれだけ売れれば、利益がでるのだろうか? 不思議な世界である。 遺伝的に、僕は老眼が早いと思う。もう、そろそろと、言っても良いかもしれない時期だ(真剣泣) しかし老眼鏡は安くて助かるなぁ。ダイソーでも売ってたくらいだ!
結局眼鏡は良いものが無く、他の方法を考える事した。 他の方法とは・・・・・さんざん考えたあぐね、何故かダイソーに行く(笑) ダイソーは人生のヒントをくれる場所だ。何か迷い事があったら僕はダイソーに行くことにしている。 そんな訳で100円ショップ店内を徘徊していると誠に良いものを発見した!
「化粧品コーナー」
・・・そう、「ふぁんでーしょん」を思いついたのだ! この何やら肌色の粉で隠してしまえば良いに違いない!そう思った僕だが、当然、化粧などというものは やったことが無い!マッタクもって無いのであった! 仕方なく、女性の店員を呼び、状況を説明し、選んでもらうことにした。
が、その女性店員ったら、僕がこんなに恥ずかしそうに聞いているのに対し、嘲笑しながら「ワカラナイ」とぬかしやがる! 「あ、そうですか、すんません」と答えたが、顔から炎が噴出しそうであった。おまえら化粧しろよ!(←逆ギレ) 結局、他の客が僕を見ていない瞬間を見計らい、素早くふぁんでーしょんを買い物カゴに入れ、他の商品の下に隠した。
出来るだけ平静を装いながらレジを通り、職場のトイレの個室でとっても慣れない手つきで作業。 しかーし、塗った部分だけ白くなっている。これを補正するには顔全体に散布しなければならず、それはヤバイので 諦めた。嗚呼、忙しい!!!!
そして仕事の時間になった。 僕はできるだけ髪の毛で誤魔化し、俯き加減で職員と顔を合わせないように心がけた。
・・・・・・空しい、誰も気がついてくれない。
おれってそもそもお岩さんの様な顔つきだったのか? 気がつかれてイチイチ嘘の説明をしなければならないのもウザイが、誰か気がついてくれても いいんぢゃないかい?寂しいよ、あまりにも・・・・みんな・・・・・。
とてつもない衝撃が一瞬にして身を襲う。 その間、景色がスローモーションになった。 めりめりという音と共に視界の右側からボンネットが盛り上がる。 身体をシートに貼り付けようとしたが、宙を舞う。 「ベルト忘れてた」そう思った次の瞬間、 宙に舞った体が叩きつけられる。頭に鈍痛が走る。
「ヤバイ、生きたい!大丈夫、きっと助かる!」そう思いつづけながら、 車の回転が納まるまでじっと耐えた。目は開き、その様子を他人事のように観ていた。
・・・ほんの1,2秒のことだったかもしれない。 しかし、僕には10分程もあったかのように記憶されている。
友人の車の助手席に乗った、今日、深夜のことである。 コーナーリングに失敗した、そのロータリーのエンジンを覆うボディーは フロントオーバーハングがない無残な状態になっていた。 何かの液体が路面に散らばる。車内からは様々な警告音が鳴り響いている。
近くを通っていた所謂ヤンキーな若者が駆けつけてきた。 衝撃音がしたので来たというが、僕には金属の塑性変形の音しか記憶にない。 てんぱる友人と呆然とする僕を、その経験豊富な若者3人は優しく、そして機敏に 事故処理をする。単独なので警察に言う必要はないと若者は言う。
・・・・おいおい、俺の立場は?
気がつくと、額半分が膨れ上がる。流血はしてないようだが、内部での出血が激しいらしく、 立ってるのがやっとなくらい痛い。動くと気を失いそうなくらいだったが、友人を心配させては いけないと思い、平然を装う。
寒い、とても寒い夜だった。若者が僕のロードスターのある所まで送ってくれた。 ロードスターでRX7を牽引したが、バンパーとタイヤが擦れて、モウモウと煙をたてながら移動した。 僕は落ち着くまで、友人宅ですごした。
家に帰ったがヒドイ痛みでなかなか眠れない。 氷で冷やし、横になった。頭を打ってることもあり、寝たら起きることができないんじゃないかと思うと、 余計に眠れない。結局、眠れぬまま朝を迎えた。 (つづく)
2001年10月24日(水) |
いろいろあった(東京2日目) |
0時をとっくにまわり、日付は変わっていた。
ホテルに戻ると僕の部屋では宴会が始まっていた。とは言っても、用意されていたのはツインの部屋。 他院所の後輩と一緒の部屋なのだが、その後輩と一緒に飲んでた青年A(後輩)は僕のベットで酒を飲んでいた。 僕はまだ酒を飲んでなかったので、酒を貰い、3人で一緒に飲んだ。 暫く会話をしていると、何となく「ホモ」の話題となり、青年Aが「その気はありますか?」と聞いてきた。
勿論全くそんなことは無いので、大きく首を横に振り「無い!」と答えると、青年Aは、一寸悲しい顔をした。
そう、青年Aはそのスジの人間だったのだ! そうと判った瞬間、僕は身の危険を感じ、青年Aに自分の部屋に戻るように促した。 同室の後輩は僕の意思を読み取り、「もう眠い」と、身の危険も顧みず、寝る体制にはいった。
その後もなんだかんだと1時間も青年Aは僕らの部屋に残った。その間、いい加減疲れて眠たかったが、 寝るわけにもいかない。青年Aにも悪気はないようなので、青年Aの気持ちを傷つけることなく納まりをつけて いただき、帰ってもらった。部屋から青年Aが出たあと、厳重に部屋の施錠を行い、就寝した。
幸い、朝に肛門が痛いなどの症状はなかった。 日中、公務をこなし、帰るじかんとなりました。
東京モノレール乗り場の浜松までタクシーを使うことにした。4人づつタクシーに乗り込む。 前の席に座ったオバチャンはお話好きな人間、早速、タクシードライバーと会話。 二人とも意気投合し、会話に花が咲く。僕は眠たかったのでウトウトしていると、 タクシードライバーが道を間違えたと言う。会話に夢中になっていたものと思われる。
タクシーの運転手は何度も謝り、飛行機に乗り遅れては困る、お金は要らないからと言い、 高速道路を使って飛行場まで送ってくれた。恐らく1万円はしている料金を要らないと言うのだ! あまりにも気の毒。オバチャンの会話好きのせいで、、、、。
流石に無料では良心が痛むので、4人で2千円づつだしあって無理矢理支払ってきた。 タクシーで観光までできて2000円で済むなんて、感激です。
でもオバチャン、しゃべり過ぎだよ!反省しな!
毎日糞多忙な中、とある労組行事で東京に行く。
東京は何度か来てるが、何度来ても良い。 東京モノレールから見る景色は、いつも血沸肉踊。 モノレールギリギリに掠めるビル群、複雑に入り組んだ道路を眼下に眺め、 工場で作業する労働者や、大井競馬場の宿舎を観る。 内心、ワクワクして子供のようにはしゃぎたいオノボリさん気分だが、ぐっと抑える。
氏にたいくらいに憧れた花の都大東京。と長渕剛も歌っているが、 僕の住む街室蘭とは規模が違いすぎる。札幌とも違う。 比較になりえないのだよ。 こんなこと言ったらなんだが、各駅にいるホームレスさえも憧れる。
公務が終わったのは10時、ホテルに入り、暫くしてから秋葉へ向かったのは0時をまわっていた。 が、電車はまだ走ってる。流石は東京。 流石の秋葉も店は閉まっており、松屋などのジャンクフード店だけが営業していた。 早速、松屋で牛めしを食う。北海道に松屋はまだなく、じっくり味わいながら食した。 また東京に来なければ、二度と松屋では牛めしは食えない。 吉野家よりもツユが甘く、一寸しつこい感じだったが、それは吉野家の味に慣れすぎている為だろう。 味噌汁は吉野家より良かった。具が多いし、手作り感が多かった。
そんなこんなで新橋駅に戻り、ホテルまで歩いた。30分程かかるが、東京の景色は深夜でも飽きることがなく、 楽しかった。靴ズレがひどかったがなんとか耐えた
北海道ではこの時期、カエデを観る会「観楓会」が行われる。 今日は当直明けだというのに、患者さん57人と観楓会に行った。
隣の市の有名観光スポットを巡る。 僕的には、有名観光スポットなどは微塵の興味もないのだが、 これは半分仕事だ。患者さんに気を使いながら、患者さんに楽しんでいただきましょう。
さて、前回のおはしこ以来、休みらしい休みが無かったので、温泉もあることだしと、 自分に言い聞かせ、半分以上面倒臭い感をもちながら「お供」したのであった。 患者さんの平均年齢は数十歳。要するに、滅多に遠出しない方達ばかりなのである。 観光名所で作られたような景色を眺めて、温泉に浸かって、飯食って、歌うたって という、僕にとってはやろうと思ったらいつでもできる様な会でも、 御高齢者にはナカナカ難しいものと思われ、満足いただけた事と思う。
僕が高齢者になっても、何処にでも行ける自由が欲しいですね。 定年後、子供も独り立ちしてて、まだ若い妻とロードスターで仲むつまじく旅をするというのが 小生の夢であります。
でも、カップラーメンの汁をゴクゴク飲むのが好きなので多分無理だな・・・・。 インシュリンとセパミットを携帯してロードスターに乗るのは格好悪いでぇ〜す!
2001年10月08日(月) |
小煩い近所のオバサン |
今日は日当直。正直言って、嬉しい。
仕事が嬉しいというのには、勿論訳がある。 この職場と御縁の深い町会議員さんとの観楓会がある。 町内の御高齢者が参加するのでありまして、ジェネレーションギャップ溢れる会話を 強要させられるのである。 それはまだ良いのである。 僕は、この町会議員さんが苦手なのである。 ハッキリ言って「小煩い近所のオバサン」なのである。 自分で何でも仕切りたがる。基本的には良い人物なのだろうが、 近くにいるだけで疲れてしまうのである。
僕が親元を離れたのは、細かいことをゴチャゴチャ言われるのが人二倍嫌いだからである。 上司の煩さは仕事だから気にならない。(一寸は気にしろよ>自分) 兎に角、他人からあーしろこーしろ的なお節介頂くのは気に入らない。 但し、若い女性のお節介は歓迎。ね(笑)。
今日、お仕事でもなかったら参加させられていただろう。 マッタリとした気持ちで日当直ができた。
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