出せるもの - 2003年05月09日(金) この春、思いがけず採用された職場は遠かった。 特に金曜日の勤務先は、中距離列車でかなり北上した市の最寄の駅から徒歩30分という道のりである。 しかし、木枯らしが身にしみる冬でもなく、カンカン照りの日差しに汗を流す夏でもなく、季節は春、風薫る5月だ。 見知らぬ町の、行き交う人もあまりない道を、青い空や街路樹の緑を眺めながらゆっくりと歩いて行くのは楽しかった。 と、そこで、ある標語の看板が目にとまった。 この手の看板にありがちなケースだが、赤いペンキで書いた最重要語句が、黒いペンキより先に退色してしまい、まるで試験問題かクイズのようになっている。 そして私は(たぶん、ほとんどの人がそうだろうと思うが)、何の得にもならないのに、空白に当てはまる語句を一生懸命考えてしまうのだ。 こわいとき○○○○○が出せるぼく! ・・・何が出せるんだろう? いや、むしろ、何が出せればいいのだろう? 私は考えた。 ずーっと考えながら歩いていった。 標語の常として5・7・5で作られていることはたぶん間違いない。 すると問題の消えた赤文字は7文字でなければならない。 指折り数えながら、いくつか例文を考える(ぶつぶつ声に出しているかも)。 こわいとき すかさず刃物が 出せるぼく! ・・・これはちょっとアブナイ。 こわいとき あっさり財布が 出せるぼく! ・・・これはちょっとヘタレだ。 こわいとき くるりとお尻が 出せるぼく! ・・・あまりに恐いとパニックになるから、あり得ないとはいえないけれど、一般的じゃないな。 こわいとき ぺろりと舌が 出せるぼく! ・・・まあ、お尻よりは出しやすいけど、出せばいいってもんじゃないよなぁ。 うーむ。 そうこうするうちに、道沿いの風景はすっかり田園に変わっていた。 田植えが終わったばかりの田圃、前の週には白い花が咲いていた梨畑、そして青々とした麦の穂を揺らして風が渡っていく。 畑の横の小さな児童公園からは幼い子どもたちの歓声が聞こえてくる。 ん? を! その公園の入り口に解答を見つけた。 考えながら歩くこと20分、出勤前に正解を知ることができてほっとした。 私の性格だと、授業中にかたっぱしから生徒をつかまえてこう聞きそうだ。 「ねぇ、ねぇ、こわいときに出せるといいものって何だと思う?」 ・・・・・・・・・・・・ 現実では、こういうバカ話をするのを憚られるような、凄惨な事件が起きています。 こわいときに何が出せるか、というより、子どもたちにこわい思いをさせるようなことが起こらないでほしいと心から願ってやみません。 ...
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