under one umbrella

2018年09月27日(木)






暗くなった駐車場を、自分の車に急いでいた。
今日は娘からオムライスと頼まれていたのに、家にお米がなくて、
フィットネスクラブの帰りにクラブの隣のスーパーで買おうとしたら、臨時休業だった。
急いで別のスーパーに向かわねばならない。
時刻はもう19時近くで、これから買物して帰宅してから炊飯するかと思うと、
足がどんどん早くなった。
21時には寝かしつけたいのに。



自分の車まであと2台、というところで、
目の前から車が1台やってきた。
私の目の前で曲がり、駐車し始めた。
最初はライトの光で見えなかったドライバーの顔が見えた。
寺島に見えた。



えっ、と思ったけれど、追いかけてじろじろ見るわけにもいかない。
自分の車に乗りながら、1週間前に友達とした会話を思い出してみる。
「いつも実家の前を通るけど、住んでいる様子はない。噂も聞かない。
実家にはもう住んでいないのではないか」
私たちも32才。
勤務地などの関係だとしても、実家に住んでいたら少し奇妙に思われる年代である。


車のドアを閉めてから、数台先に止まったその車を盗み見てみる。
降りようとしているドライバーの顔は見えない。
そのとき、後部座席のドアが開き、二人の子どもが飛び出して走っていった。
後姿から察するに、4、5才。小学生ではない。


ドライバーが降りて、顔と姿が少し見えたが、
寺島かどうかの判別はつかない。似ている気はする。
彼はこちらを見ることはなく、子どもたちと同じ方向に歩いて行った。
私は彼の車の目の前を通ったけれど、特に気は引かなかったようだ。
脚の筋肉を観察してみる。
鍛えられている筋肉であることはわかったが、昔の記憶とは違うような気もした。




私の息子は今年で10才。
娘は7才。
彼と断絶して7年ほどの計算になる。
5才の子どもがいても、何の不思議もない。
当時彼が乗っていた車とは違うが、家族が増えれば車も変わるだろう。



彼の現在を見かけたかもしれないことは、私に何の動揺ももたらさなかった。
私はセンチメンタルに浸ることなく車にエンジンをかけ、
1分後にはスーパーへの道を走っていた。
走りながら、何も感じない今なら会えるのに、と考え、
彼が私の特別であることを、受け入れた。





振り返ってみて初めてわかるのだが、
彼と過ごした私の17才から20才くらいは、
彼も私も、お互いのことというより自分のことと家庭のことで精一杯で、
そこで傷ついた心を癒し合う関係であった。
いいことよりも喧嘩だとか浮気だとかが多かったと思うけれど、
逆にその恋に現実逃避することで、
家庭だとか、親だとか、将来だとかの問題で潰れることを避けていた。
私たちは、別れることが決まっている恋人たちだったのだ。



しかし、同じ時期を友達として過ごした人が、今も特別な友達であるように、
恋人だったから別れただけで、彼は私の特別な人だ。
彼にとってそうであるかは知らないし、どうでもいいことだ。
ずっと解けなかったパズルが解けた気分だった。

初めて、彼との関係が、友達だったらよかった、と思った。
それなら、今でも会えた。
恋人としては好きじゃない。愛してもいない。
でも、友達としてなら。

心にずっとひっかかっていた棘は、きっとこれだった。
未練かと思っていたけど、違う。
友達として関係しているべきだった。
そう思うと、あのころの関係の何もかもに説明がつく気がする。
恋人を失ったんじゃなくて、かけがえのない友達を失ってた。
あの、辛かったころを、支えてくれたのに。







自宅に着くと、上の娘が出迎えてくれた。
「あのね、パパがね、コンビニでアイス買ってくれて、お兄ちゃんにはポテトチップスで…」
うんうん、と聞きながらお米をセットした。
私の姿を見て、いちばん末の娘が奇声をあげた。
お米とついでに買ってしまったみたらし団子を見せると「きゃはははぁ」と笑顔になった。


「遅くなってごめんねー」と夫に声をかけると、
「ドアを修理したよー」と返ってきた。
数日前から、閉めようとするたびにギギギと音を立て、不安を煽っていたドアは、
ちょうつがいのねじが緩んでいたのだそうだ。


少し肌寒くもなったのだから風呂は休むか、と思ったけれど、
新しく買ったシャンプーを試したくて、入った。
末の娘をお風呂に呼んだけれど、うっかりシャワーを出しっぱなしにしていたため、
シャワーの嫌いな彼女はUターンし、戻ってきてはくれなかった。




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