その胸に抱かれたら、あたしは気が狂うだろう。 狂って、何も見えなくなるのだろう。 あの温かい手を、いとも簡単に離してしまうのだろう。
テーブルの向こうの寺島を見ながら、そう思った。
抱かれた記憶は遠くて、 あたし達はまだ10代だ。 思い出すだけ馬鹿らしい、とは思うようになった。
思い出しても、胸の痛みはない。
寺島は、他愛ない話をしている。 特に決まっているわけではないけど、 1週間に1度は、必ず会いに来る。
ユミちゃんの話は、出なくなった。 ペアリングも、あたしの前ではしない。
あたしだって、誠さんの話はしないけれど。
会っているメリットは勿論、 意味なんてない。 あたしはそう思う。
体も許さなければ、 現在の恋人の話も許さない、 そんな元恋人に会いにくる意味なんかない。
それでも寺島はやってくる。 まとまった時間がなければ、 犬の散歩の途中に寄って来る。
「こいつがお前に会いたいって」
変なこじつけで。
「マリちゃんてば、俺にツンツンするんだから」
あたしはあなたに、どんな顔をすればいいんだろう? まだ答えが見つからないの。
「こないださぁ、教え子が面白かったんだよ、…」
あたしの笑顔を探さないで。 そんなあなたを見るのは、辛い。
誠さんなら簡単に叶えられることを、 あなたが出来ないのを見るのが、辛い。
あたしの視線ばかりが、 あなたの唇を捉えている。
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