NORI-☆
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プラス思考
私の実家は、私鉄の最寄駅から徒歩15分強のところにある。 独身時代はずっと駅までは自転車で行き来していた。 駅近くの有料駐輪場の年間パスを親が買ってくれていたため 駐輪場所の確保等にエネルギーを使わなくて済んだことも、 自転車通勤(通学)の利便性を増強した一因かもしれないが、 とにかく、当時の自分にとって、「駅まで歩く」というのは まったく問題外、最悪の非常事態だった。 さて、そんな私も家を離れてしまえば 駅までの道のりを自転車に頼るわけにはいかない。 徒歩15分の道のりを歩くわけだが、 これが意外と苦にならない。 たまのことなので、歩きながら懐かしい町の風景を楽しんだり、 空き地がつぶれて家が建ったり、お店が入れ替わったりという 変化を発見して驚いたり面白がったりしているうちに、 1km弱の道のりはあっという間に過ぎていくのだった。 しかし、子供を連れてとなると、やはり1kmの距離は長い! …そこで利用することになるのが、バスである。 駅前から実家近くまで停留所が4つ。 5分程度の短い乗車時間に、210円の運賃はもったいなさすぎ、 と自転車族の頃は思っていたが、 子供連れでそれに付随する大荷物で移動する身には バス便の存在がまったくありがたい。 さらに言えば、子供たちは乗り物が大好きなので、 どんな短い時間でも、乗るものの種類が増えることは大歓迎なのである。 そんなわけで、今日もサトシを連れて実家に行くとき、 バス亭に近い(実家とは逆方向の)改札を出て、 まっすぐ駅前のバス停に向かった。 ところで、このバスは日中約12分間隔で、 3分間隔の電車に乗りなれている身にはかなり待ち時間が長い。 特に私たちが実家を訪問することの多い土曜の午後には 下り路線が渋滞で遅れがちなので、 下手すると30分以上待たされたりすることもある。 駅前商店街を抜けてバス通りに出たところで、 目の前をバスが通り過ぎてしまったときの 虚脱感というか落胆は、事情を知る経験者にしかわかるまい。 30分あれば、サトシと一緒でも歩いて着いている時間である。 しかし「Kバスに乗る!」という気分でバス停まで来ているサトシには 途中で見切りをつけて歩きに切り替える、ということは不可能なのだ。 で、今日。 この落胆を味わわずに済むよう、バス通りに出るまではちょっと急ぐ。 そして通りに沿って20メートルほど先にあるバス停までは、 ちらちらと振り返ってバスの影を確かめながら歩くのが常である。 ところが、今日はこの通りに出て20メートル先のバス亭を見た瞬間、 ママは早くもがっくりきてしまったのだった。 誰も並んでないっ! どの時間帯もかなりの乗客が利用するこのバス停に、 待っている客がまったくいないということは、 直前にバスが行ってしまったことに他ならない。 ということは、このあと次のバスまで、最短で12分、 最長で30分…いや今日も混んでるから40分?50分?? しかも真夏日の午後2時、炎天下である。 「サト〜誰も待ってないよぉ〜(TT)」 急に歩調を緩めながら、ママは悲しい声を出す。 「たった今、バス行っちゃったみたいだね…あ〜あ!」 息子に八つ当たりする筋合いはまったくないのだけれど、 非常に不機嫌な声を出してしまう。 ところがサトシ、そんなママの声とはまったく無関係に、 とっても嬉しそうな声をあげる。 「やったね!ママ、ラッキーじゃんっ!(^^)」 「…ラッキー?どうしてよ〜? (…またママの言うこと聞いてなくて適当に返事してる?(--#))」 「だって、誰も並んでないから、 バスが来たとき一番で乗れるよっ!」 炎天下のアスファルトの上を、ふと爽やかな風が吹きぬけた気分。 そっか…そうだね… ママはばぁばの家に着くことだけを目的にしているから、 バスにすぐ乗れないことが嫌なだけなんだね。 サトにとってはバスに乗ることも一つの目的だから、 待つ時間が気にならないどころか、楽しみのうちなんだね。 待ってる間、今日はどんな型式のバスに乗れるかなとか どの席に座れるかなとか、自分でブザーを押してみようかなとか、 いろいろ考えてわくわくしてるんだね。 時間を気にしていらいらしながら移動することの多いママが、 乗り物博士に教えられることは、ほんとうにたくさんあるのだった。
2001年06月30日(土)
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三人暮らし
今日から6日間、パパがアメリカ出張で家を空ける。 折悪く、昨日ヨシキが保育園で熱を出して早退、 周辺で流行している熱が長引く夏風邪らしく、 昨日薬をもらって飲んだものの、熱は今朝も9度近い。 それでも朝7:30にパパが家を出るときには 子供たちは元気いっぱいで、 大きなスーツケースに二人してまつわりついて、 大玉転がしよろしくゴロゴロと押しながら マンションの玄関までお見送りに出たものである。 単身子供たちの朝食と朝の支度とザリガニの世話と 自分の身支度を整えて慌しく登園&出勤、 の修羅場を覚悟していたママだったが、 ヨシキが保育園をお休みせざるを得なくなり、 結局祖父母に家でのお留守番とヨシキの世話を頼むことになり、 形勢は一気に「楽」の方向へ傾いた。 前夜から頼んであったので、8時過ぎにはじぃじが到着、 ママにかまってもらえなくて機嫌が悪くなり始めていたヨシキを 全面的にフォローしてくれ、大助かりである。 じゃあ、サトと一緒にでかけるか…と身支度を進めていると、 そこへばぁばが到着、「ヨシくん、大丈夫〜?」と声がかかると、 ヨシキすかさずじぃじからばぁばへ飛び移り、 手があいたじぃじが、「どれ、サトを送っていこうか?」と立ち上がる。 ええっ?いいの?(^^;) というわけで、サトシはじぃじとともに楽しく先に家を出、 ヨシキはばぁばとご機嫌で「いないいないばぁ!」を見ている。 なんか急に手持ち無沙汰になってしまったママは、 拍子抜けした気分で身支度を終え、 ヨシキの薬や食事、着替えなどのことをばぁばに伝え、 かえって普段より早いくらいの時間に家を出たのであった。 実は、パパがいなくて淋しいので、今日の夜から日曜まで、 子供たちと実家にお泊りに行く計画にもともとなっていたのである。 …つまり、ママは今日の朝さえクリアすれば、 とりあえず週末は楽できる予定だったのだが、 それがヨシキの風邪で計画が繰り上がりスタートになった感じ。 心配ごとはヨシキの熱だけになったので、 パパの留守を預かるママの肩の荷は一気に軽くなった。 お昼過ぎにヨシキだけ先に実家に移動し、 夕方じぃじが保育園から早めにサトシを連れて帰り、 ママの退社時間には二人はすっかりじじばばの元でくつろいでいた。 会社を出る前にママが電話を入れると、 ヨシキも熱はあるものの食欲もあり元気に遊んでいるとのこと、 すっかり安心して、ママはまた一つ自分のためにポイントを使う決意をした。 会社帰りに自宅近くの美容院を予約し、 ここぞとばかりに髪を短くしてさっぱりし、 コンビニでジャンクなエスニック弁当とデザートを購入し、 家に帰ると読みかけの文庫本を片手にお食事。 その後、おもむろにずっと積み上げっぱなしになっていた クリーニング済みの冬物衣料の片付けをはじめたのである。 結局はじめて見ると、衣替え作業はかなり大変だということがわかり、 実家に再び電話を入れ、今日は行かないからよろしく、と連絡をする。 さて、夜は長いぞ!とばかりに片付け、掃除に精を出す。 BGM代わりにテレビをつけて、ゴールデンタイムのドラマを目の端でみながら、 冬服をたたんで箱にしまい、防虫剤を入れ、夏服を引き出しに移す。 途中意を決してザリガニの水替え作業に取り組み、 案外簡単にできたことに満足したり、 ちょっと休憩して買っておいたデザートを食べたり。。。 子供がいると思い通りに時間を使って何かをすることは難しいけれど、 在宅時間がそもそもとても短いワーキングママにとってはなおさらだ。 たとえ家事とはいえ、思う存分取り組めるということが これほど快感だとは!!! (溜めないで普段からマメにこなしとけよっていう批判は、この際ナシ。。。(^^;)) 自分としてはかなり「やった!」という満足感と心地よい疲労感を伴って、 日付が変わって約2時間後に床についた。 。。。。なんか、スカスカ。。。。 3つ並べて布団を敷くスペースに、ぽつんと一枚置かれた布団の なんと頼りないことか。 縦横無尽に転がってくる子供たちの圧迫のない眠りは、 かなりのびのびとして気楽なものだけど、 やっぱり4人暮らしの家に一人で眠るというのは、 とても淋しいことなのだと気がついた。 明日はなるべく早く実家に行って、子供たちに会おう! その日最後に頭に浮かんだ思いは、なかなかママらしく立派な思考だった。 ちなみに、この日は父方の祖母のお誕生日で、 子供たちはママの示唆により、実家からばぁばにお祝い電話をかけたらしい。 その電話で、パパの出発を報告したサトシ、 ばぁばにこんな感想を漏らしたという報告が、消息筋から伝わっている。 「今日から三人ぐらしだからさぁ…サト、いろいろたいへんなのよ。。。」
2001年06月22日(金)
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「31」……ある推理の帰結
サトシの音楽教室の日のこと。 エレベーターに、同じクラスの男の子とそのお母さんが 乗り合わせてきた。 「こんにちわぁ」と親同士挨拶を交わすが、 まだ子供たち同士は照れて挨拶ができない。 後から乗り込んできたその男の子は、 口元に照れ笑いを浮かべながら こちらにくるりと背を向けてしまった。 あらあら…と微笑ましく見やったその背中に、 思わずはっとした。 野球のユニフォームを模しているらしい 襟が黄色と黒に縁どられたTシャツの背中に、 「31」という番号がプリントしてあったのだ。 (阪神の31って、今誰だっけ?私たちの世代なら……) と思いながらもう一度よく見ると、 31の上に「KAKEFU」というローマ字が見えた。 「やっぱり掛布なのか…」 と納得しかけて、え、そうかぁ?と首をひねる。 掛布が現役引退してからいったい何年経つ? 「NAGASHIMA 3」ならともかく、 今でも子供向けに製造しているとも思えない。 11階でエレベーターの扉が開き、 子供たちが教室に向かって駆け出すのを見送りながら、 ぼんやり考えている。 別にたいしたことではないんだけど(^^;) 教室に入り、二人の男の子は最近ほぼ定位置になっている それぞれのエレクトーンの椅子に早速よじ登った。 二人の定位置は通路を挟んで背中合わせなので、 再び「KAKEFU 31」のバックプリントがこちらを向く。 ちょっと失礼かな、と思いながら、しげしげと観察すると、 けっこう背番号の黒が色あせて白っぽく、 生地の表面も毛羽立っている感じである。 なるほど! あれはパパのお下がりなんだ! 熱狂的なトラキチのパパが少年時代愛用していた 憧れの掛布ユニフォームシャツ、 小さくなって着られなくなっても捨てるにしのびず、 ずっと大切にとっておいたに違いない。 そして、時代はめぐり、息子があの頃のパパのサイズに成長すると、 パパは押し入れの奥から1枚のTシャツを引っ張り出してくる。 「いいか、大切に着るんだぞ」 パパの宝物を譲り受ける、というのは 息子にとってきっとすごく誇らしいことなんだろうなぁ。 たとえ「掛布ってあの“どんでんねん”のはげおじさん?(^^;)」 と思ったとしても、やっぱり嬉しかったんだろうなぁ。 先週付き添ってきたその子の若いパパの顔を 思い浮かべながら、 なんだか勝手に胸を温かくしてしまった。
2001年06月16日(土)
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荷物さえなければね……(^^;)
降ったり止んだり、降られたりやり過ごしたり、 梅雨空のご機嫌をはかるのはなかなか難しい。 自転車通園の我が家の場合、 雨なら雨で、朝からはっきり降っていてくれれば、 それなりの重装備、つまり ヨシキはベビーカーに乗ってレインカバーをつけ、 サトシはレインコートを着て傘をさし、 徒歩で保育園に向かうからいいのだが、 朝降っていなくて、「夜半から雨」 というような予報のときが一番辛い。 朝は降ってないのだから、自転車で行きたい。 そのほうが絶対速いし便利だから。 しかし、「夜」の予報が早まって夕方、 ちょうど帰り時間に降り始めたりされると困るのだ。 ぽつぽつ降り始めなら、自転車で強行突破! という手ももちろん大アリなのだけれど、 ごまかせないくらいしっかり降られるともうお手上げだ。 自分のバッグと二人の子供の大きなトートバッグ、 3つのけっこうかさばるバッグを肩にかけて ヨシキを抱っこして傘をさす。 こういうときはスタスタ歩いて 最短時間で家まで着きたいところなのだが、 傘をさしたサトシはそうそう速くは歩けない。 そうでなくてものんびり歩きなのに、 新しい傘をくるくる回したり高く持ち上げたり、 水たまりを見つけてはバシャバシャやったりと、 これでもかというくらい余計なことを試みてくれたりする。 カタツムリのような歩みで 大人の足で15分の道のりを30分以上かけて歩く。 10キロのヨシキと3つのバッグを担いだママは もう、家につくころは疲労困憊、ほとんど意識朦朧状態である。 もうほんとに、なんで梅雨なんてあるのっ!! と文句を言いたいところなのだけれど、 これは実は我が家では禁句にしてある。 前にサトシがそう言ったとき、 「でも雨が降らなかったら、 お花も草も虫たちも、カラカラに干からびちゃうでしょ? きっとお花たちは雨が降って喜んでるよ」 と話したことがあるのだ。 自然や生き物に詩的な愛情を注ぐサトシは、 この一言で、雨の意義を理解して、 雨の日の徒歩通園に文句をいわなくなったのだった。 だからママもここで雨についてこぼすわけにはいかない。 「ママ、あじさいも雨が降ってうれしいうれしいって 喜んでるね〜。お花が笑ってるよ!」 サトシが傘の下からニコニコして見上げてくる。 そう、そうだよね。 お花の気持ちになったらいつだって「恵みの雨」だよね。 気を取り直して、元気に歌ってみようか。 ピッチピッチ チャップチャップ ラン ラン ラン♪
2001年06月12日(火)
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箱の中の小さな悩み
前述の通り、私は歌を歌うのがけっこう嫌いじゃない。 だけど、カラオケというやつは苦手である。 多分、年に数回しか行かないので 単純に慣れの問題だとは思うのだけれど、 いつも何を歌ったらいいかわからなくて、 分厚いリストブックをドサッと渡されると 途方にくれてしまうのだった。 今どんな歌が流行っているか知らないし、 流行の歌を聞きかじっていいな、と思っても、 歌手名もタイトルも知らないので選ぶことができない。 といって自分が歌える古めの歌では気が引ける…… で、結局「入れた?」「歌ってくださいね!」という催促に とりあえずリストを繰って「選曲中」のポーズをとって その場をごまかしてやり過ごすことになる。 どうせ上手い人、歌いたい人がどんどん歌うんだから、 無理して入れることはないのである。 そうこうしているうちに新入社員あたりから始まり、 若手のお調子モノが盛り上げ、大御所がおもむろに腰を上げ… とだんだん歌合戦は佳境に入っていく。 選んで歌えといわれると困るけれども、 こうして聞いている分には、それなりに聞き覚えがあったり 自分も好きな曲だったりして、結構楽しめるし、 一緒に口ずさんだりするのもまた楽しかったりする。 また、そうして歌われている曲は、 必ずしも新しい歌ばかりではないということにも気が付く。 (なんだ、こんな古い歌、歌ってもいいのか…) それなら私が歌える歌でも別によかったのか、と思いつつ、 でもやっぱり、ちょっと古い歌、あまりにも定番な歌というやつは 出てくるタイミングと歌う人のキャラクターによって、 ウケるときとしらけるときがある、ということにも気付く。 そのへんを計算し尽くして、あるいは自然に身につけていて、 いろいろなイメージの曲を次々入れては 「おお〜!」「○○さん、意外〜」と 出てくるたびにウケている人もいれば、 反対にまったく我が道を行くで、お気に入りのアーチストの曲を 自分の世界に入って歌ってしまう人もいる。 まあ、別にこんなところでの評価なんかどうでもいいのだけれど、 やはりそういう時、そんなに上手くなくても 気の利いた選曲をして、周りを楽しませてくれる人って ちょっといいな、と思う。 でも、結局そうやって人が選ぶ歌にへえぇ、ふぅん…と 感心しているうちに時間が経っていき、 マイクを握らなくても一緒に口ずさんでいただけで すっかり楽しんで満足している自分に気付く。 …うん、結局、私はそれでもいいのである。 しかし、それでいいのに、それだけで十分なのに、 参加した以上1曲は歌わなくちゃ、と しつこく薦めてくれる人がいたり、 誰でも歌えそうな歌を勝手に入れて マイクを渡してくれたりする人がいるものである。 まあ、そこで頑なに断るのはおとな気ないので、 じゃあ何か一つ歌おうか、と思って考えると、 他の人の選曲志向がわかってしまっているだけに、 かえって選びにくくなっていたりする。 「十八番を一つ作っておけばいいんだよ」と夫は言うが、 その十八番を十八番としている人がいたりするものなのである。 結局、何種類かパターンの違う「十八番」を 用意しておけばいいのよね、とそのときは思うのだが、 年に3回くらいしか行かないカラオケのために 日ごろから心がけておくほどヒマじゃないんだよね… というか、喉元過ぎれば悩み忘れる、なのである。 かくして、小さな箱の中で過ごす1時間ばかりは、 出会いと発見の楽しい時間でもあり、 苦悩と逡巡の困った時間でもあるのだった。 ま、別に何を歌っても、どうせ酔っ払いのこと、 誰も聴いているわけじゃないんだけどね(^^;)
2001年06月07日(木)
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レパートリー
ママという仕事に歌は必須だ。 赤ちゃんに歌って聞かせる子守唄から、 幼児と一緒に歌う童謡や手遊び歌、 「パジャマでおじゃま」とか「はみがき上手かな」 みたいな、しつけを兼ねた日常動作を促す歌… 子供と一緒の毎日は歌とともにあると言っても過言ではない。 ところで、子守唄、というのは 必ずしも既存の「子守唄」である必要はなく、 要するに、子供が歌ってもらって心地よい歌であれば 曲目が何であってもかまわないのである。 もっと言えば、泣き止まない赤ちゃんを抱っこして どうしたらいいの?という気分のときに、 ママが自分自身を励ますために歌う、 あるいは疲れを紛らわすために歌う、 という効果もあるわけだから、 結局ママが好きな歌を歌っていいのである。 下手に伝統的な「○○の子守唄」を歌おうとすると、 歌詞が思い出せなかったりしてストレスになる。 もちろん既存の子守唄は、それなりにメロディがきれいなので 歌えればそれに越したことはないけど。 要はママ本人がラクに楽しく歌える歌で、 歌いかけられる子供が嫌いじゃなければ何でもいいのである。 しかし、この単純な理屈が未経験者にはあまり知られていなくて、 母親になるにあたって、「どうしよう?子守唄なんか知らない〜」 と悩む人がいるというのは、けっこう今様な話である。 というわけで、私の子守唄のラインナップはといえば… 比較的童謡や唱歌の類はたくさん知っている方だし、 「おかあさんといっしょ」のCDから覚えた楽しい歌も たくさん歌える。サトシと一緒に歌うのはそういう歌。 でも…… 実は一番ありがちなのが、懐かしのアニメソングだったりする。 子守唄にはけっこうアニメのエンディングテーマが似合う。 (と勝手に思っている。でも、エンディングには スローテンポできれいなメロディの曲が多いのは事実) 2000年生まれのヨシキを抱いて、 「真っ赤なスカーフ」とか「コスモスに君と」とか「ポプラ通りの家」とか 「青い地球」といった(ってみんなSFアニメだなぁ…) 70年代のアニメソングを歌っているのであった。 そうこうするうちに、だんだんノッてきて、 とても子守唄向きとは言えないオープニングテーマまで レパートリーが広がってしまい、家事をしながら 「おれはグレートマジンガー」とか「ガッチャマンの歌」とかを 大声で歌ってストレス解消したりするようになる。 こうなると、もう本来の「子守唄」としての歌ではなく、 歌うための歌、あるいは懐かしい記憶を手繰るための歌 になってしまい、たとえばカルピス子供劇場の歴代作品の オープニングを次々歌ったり、一連のロボットアニメシリーズの 順番はどうだったっけ?と思い出しながら歌ったりして、 すっかり子供時代にタイムスリップしていたりする。 いろいろ歌っているうちに、 「ああ、こういう気分の時にはこの歌が合うなぁ…」 みたいな“定番“がいくつかできてくるのだが、 この「気分」というやつはけっこうアブナイものがある。 いつだったか、お月さまがとてもきれいな晩、 ヨシキを抱いて外廊下に出た。 「ほら、よしくん、きれいなお月様ねぇ…」 黄色い真ん丸いお月様を眺めているうち、 抱っこの手がなんとなくゆっくりした4拍子をとり始め、 ふと気がつくと、自分の口から低い歌声が流れていた。 「サンドバッグに〜 浮かんで〜消え〜た〜♪」 別に、お月様に誰かの顔がオーバーラップして 「叩け 叩け 叩け!」 という気分になったわけではないのだけれど……(^^;) きっと「おいらにゃ 獣の 血が騒ぐ〜♪」 というフレーズが、月と呼応したに違いない(?)。 妙な連想で子守唄にあるまじき歌を選曲してしまった自分を ちょっと恥じつつも、でも、せっかく歌いだしたんだから…と 小さな声でフルコーラス歌い終えてから家に入った。 ♪明日は どっちだ〜
2001年06月05日(火)
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超変身!
かわいいガラス鉢に居を移したザリガニの三郎、 くるくる変わる環境にかなり警戒しているのか、 あまり動かない。 「ザリガニも、寝るんだな…」 朝、鉢を覗き込んでパパが言った。 「ん?まだ眠ってる?」 「いや、違う、横になってるんだ」 「?」 どれどれ、とサトとママが覗きに行くと、 確かに浅い水の中に横倒しになってじっとしている。 「なんか元気ないなぁ」 とパパが心配そうに鉢をコツコツ叩いても、 今日の三郎はちょっとひげを動かしただけで、 起き上がりもしなければもちろん威嚇ポーズもしない。 「新しい環境だから様子見てるんじゃない? だって、夕べやったエサは全部食べてるし…」 ママはいたって無責任である。 しかし、サトが立ち去ったあとでパパがささやいた。 「部長がさぁ、“ザリガニって、すぐ死ぬんだよな” って言うんだよ。誰に聞いてもそうなんだけどさ」 そうなの? だって、ザリガニってなんかしぶとそうじゃない? 金魚とかに比べると身体だって固いわけだし… ママはむしろ、パパが会社で部長からザリガニ飼育の アドバイスを受けていたことの方が面白かったのだが、 パパはかなり心配だったらしい。 死んでしまったら、サトががっかりするに違いない、と。 さて、その夜のことである。 一応、パパの心配もあったので、 帰ってすぐ、ザリニ鉢の蓋をとって覗いて見る。 横向きから通常モードの腹ばい(?)ポーズで 水の中に静かに沈んでいる。が、確かに動きは少ないみたい。 「生きてるかぁ?」 声をかけると、かすかにひげとハサミが動くので一安心。 やはり朝やったエサはなくなっているので、 そういう意味では元気なんだと思うけど… 「食べないよぉ〜」 自分の夕食が終わって、ザリガニにエサをやりながら、 サトシが不満そうに言う。 人が見てる前では食べない主義らしい。 保育園ファミリーの夜は短い。 帰宅して、大急ぎで夕食を用意して食べる。 食後、ママはお風呂を沸かしたり洗い物をしたり、 日によっては洗濯機を回したり、と家事に追われる。 子供たちにとっては、この時間帯が遊び時間である。 お絵かきをする、電車で遊ぶ、ビデオを見る、 最近では「図鑑を読む」のもサトシの楽しみの一つだ。 その横でヨシキはソファによじ登りクッションを蹴落としたり、 ニイニの遊びに手を出して怒られたり、自分の絵本を開いたりする。 ときに争いが起きても、なるべく二人で解決する(?)に任せて… 30分くらい経って、そろそろ出窓のカーテンを閉めよう とリビングに戻てきたママ、ザリニ鉢を覗いて叫ぶ。 「おおおっっ!!」 「どうしたぁ〜?」 のんびりと顔を上げるサトにママは微笑む。 「サト、来てごらん!ザリガニが2匹になってるよ(^^)」 「ほんと?」 全然信じてない顔で、歩み寄ってくるサトシに、 ママがニヤニヤ笑いながら場所を譲る。 「……ほんとだ…どうして??」 そこには、薄茶色の身体を静かに横向きに沈めている1匹と、 黒っぽい身体で腹ばいでじっとしている1匹……。 脱皮って本当に不思議。 頭から尻尾まではもちろん、足の一本一本、 細長いひげまでちゃーんと、直前の姿そのままに そっくり抜け殻にしてしまうなんて。 一段色が薄いのと、中身がなくて底の砂が透けて見えることを除けば、 本当に、もう一匹増えた、と思ってしまうところだ。 一皮むけた三郎は、まだ足や尻尾が伸びきらない様子で、 水の底にじぃっとしている。 大きさも、まだ抜け殻と同じくらいに見える。 でも、これから大きくなるのね。 …と、心なしか透き通ったように見える新しい足を じわじわと動かして、少し水底を移動した。 (よかった、生きてる…) 脱皮したのは生命の摂理だし、 もちろん三郎本人の成長と努力によるものである。 しかし、なんとなく自分の手柄のような気がして、 ママはパパの遅い帰りを待った。 サトははじめてみる「脱皮」という現象には さほど心を動かされたようでもなかったので、 これは絶対、パパには私の口から伝えなければ、 と固く決心していた。 「ザリガニ、どう?」 という問いに待ちかねたように、 「脱皮したんだよ! みて、みて!!」 と出窓に引っ張っていく。 (パパに見せなきゃと殻を鉢の中に残してあった) しかし、パパの反応は思ったよりつれないものだった。 「…へぇ……何で脱皮なんかするのかな」 (なんだ、その反応は?!) いや、それは確かに、ザリガニが脱皮したからといって、 私が誉めてもらえるとは思わないけど、 でも、「何で脱皮なんかするのかな」はないだろう! もうちょっと感動しないのか! うちにきてわずか3日目で脱皮したんだぞっ!! 「まだちょっと足とかやわらかい感じなんだよ、 尻尾もなんかうまく動かないみたいで…」 ちょっとむっとしながらも、 観察したことを一生懸命話してしまう。 「ほんの30分くらいの間だったんだよ。 ずーっと見てれば脱皮の瞬間を見られたになぁ…」 ……私って、まるでサトみたい(^^;) 説明を聞きながら、 なんか胡乱そうにザリガニを見ていたパパ、 寝る前にもう一度言った。 「なんで脱皮なんかするのかな…」 まだ言ってる! 何なの、その反応は? ザリガニが脱皮したことがそんなに不満なわけ? いよいよむっとして黙っていると、 パパのつぶやきが続いて聞こえてきた。 「せっかく固い殻ができたのに、 なんでまた、わざわざ柔らかい身体になるのかな?」 「へ? 身体が大きくなるためじゃん?」 こちらもなんでいまさらそんな疑問を? と思いつつ答えると、 「……!!そうか!そうなのかぁ」 と急に声が明るくなった。 心底そのことが疑問だったらしい。 パパは科学の人なのである。
2001年06月02日(土)
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新居落成
木曜の晩、パパは約束どおり水槽を買って帰った。 それも、ママ憧れのガラス製の丸い金魚鉢。 そう、あのふちがフリフリになっている、 レトロな金魚鉢である。 去年の夏、サトがお祭りの金魚すくいで 黒い出目金をゲットしたとき、 金魚を飼うならああいう水槽で…と言ったのを、 覚えていてくれたのがちょっと嬉しい。 (ママの実家近くのお祭りだったので、 結局金魚はそのまま実家預りになり、 サトから養育を仰せつかったジジババが 大切に育ててくれているのであった…) 砂利と一緒に買ってきた「ザリガニのえさ」というのが笑える。 前にペットショップで「カブトムシゼリー」というのを見て 大いに笑ったものだけど、いまどきあらゆるペット(?)に 相応のエサが市販されているものらしい。 砂利を敷き、石を置き、ベランダのバケツから水を張る。 「うーん、けっこう狭いかも…」 「この鉢では実は金魚は飼えないと 店の人が言ってた。メダカがせいぜいだって」 でも、ザリガニって金魚より大きくないか?(^^;) 鉢の中に安置されたザリガニを覗き込むと 生意気にも小さなハサミを上げて威嚇してくる。 テレビで見たことがあるポーズだ(笑) 「…威嚇してるよ…(^^;)」 「元気じゃん(^^)」 そうやって敵が身体を大きく見せていると、 けっこう鉢が狭く見えてくる。 「けっこう縁までの高さがないね。大丈夫かな?」 「砂利が多いんじゃないの?」 「いや、鉢の断面積が一番広いところまで わざわざ底上げしたんだよ」 「…そうか、じゃあしょうがないね」 「うーむ、飛ぶかもしれんなぁ」 「えっっ!? やめてよ〜」 ママのあからさまな不安と不快の表情に、 パパはうーんと考え込んて、 結局、出窓に飾っていたガラスのフォトフレームを 金魚鉢の上にかぶせて間に合わせの蓋にした。 一応、縁がフリル状になっているので、 適度な空気窓(?)が開いている状態になる。 「…ま、この隙間から出てこないとは言えないけどな」 「うそーーー」 でも、とりあえず凹面状の壁は上れないだろうし、 斜めに飛んで狭い隙間から出てくるほどの根性は ないだろうと踏んで、ママも納得。 でも、心のどこかで 「布でシャワーキャップみたいなものを作って かぶせればいいかな…」などと考えてはいる。 …でも、それじゃ憧れのフリル縁が台無しだ(TT) ともあれ、これでザリガニ君の新居が定まった。 「サト、自分のご飯が終わったら、 ザリガニにもご飯あげてね?」 「わかってるって!」 両親が大騒ぎしてザリガニの引越しをしている間、 澄まして餃子をぱくついていたサトシ、 余裕たっぷりの返答である。 「水も毎日替えないとだめなんだよ?」 「まかせとけって!」 ……ま、水替えは俺の仕事なんだろうな… とパパの苦笑が語っている。 うん、それは頼むわ…とママも密かに思う。 しかし、サトシが無関心かというと 決してそんなことはない。 ジジババのお迎えで先に帰宅していたサトシ、 ママが帰宅したとき、得意満面でこう宣言した。 「ザリガニは“さぶろう”っていうんだよ!」 ちなみに、ジジババの家に預けて(?)いる金魚は 名前を「赤太郎」という。 (黒の出目金はすぐ死んでしまったので、 今いるのはすでに2代目の赤い金魚なのである) 「太郎」の次がなぜ「三郎」なのか ちょっと謎なのではあるが、 まあ、木曜はポケモンの日なので、 「小次郎」を飛ばして「三郎」と来たのかもしれない。 それにしても、男名前でいいのか? ザリガニの雌雄は、ハサミの大小で見分けるらしいが、 いかんせん比較の対象がないので、 きゃつのハサミが大きいのか小さいのか、 我が家の素人たちには判断できないのであった(^^;)
2001年06月01日(金)
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