ぽあろの音楽旅日記
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2001年02月28日(水) 第37回 ショスタコーヴィチ 交響曲第5番

 大オーケストラがドカンドカンドカン、を好む僕としては(笑)、こういう曲は願ったりかなったり、となりそうなところです。でもそうはならないのが音楽の深いところですね。確かに、迫力的にはドカンドカンドカンです(笑)。僕にとってのこの曲の原風景は、終楽章をある男子高校の吹奏楽部が演奏しているのを聴いたところにさかのぼってしまいます。まさに力任せのドカンドカンドカンでした。かっこいいなあ、と思ってしまう僕も僕なんですが(笑)。
 しかし、オケ版を入手して改めて聞いてみると何か違うんです。一言で言えば「難しい」。大体テーマの決まった音楽ばっかり好んで聴いていますから、こういう曲の示すものを僕が見つけられないだけなんでしょうね。通して聴いている中で、得体の知れない「謎」に襲われていく感じです。終楽章まで聴き進めて、その謎は解消されます。といっても答えが見つかったわけでもなく、また何の謎だったかすらわからないまま、ただただ納得してしまう。ショスタコの音楽が「国家主義的」と批判されることがありますが、確かにそういう「有無を言わせぬ説得力」を転用すればなんだってできちゃいそうです。
 時折、無性に聴きたくなるんです。今度はわかるかもしれない、という期待もあって。そういう意味では、ショスタコの魔法なんでしょうね。

☆ムラヴィンスキー指揮 レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
 ショスタコの第一人者、ですよね。この演奏ではじめて僕はこの曲の「謎」にぶち当たり、妙な納得を繰り返すようになります。おそらく晩年の演奏、名盤とされるのはもっと前の演奏だと思います。オケも決して完璧ではないですが、思い入れのある曲なのでしょうか、テンション高いです。
☆ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
 困ったときにはハイティンク、これが僕の信条です(笑)。ハイティンクは「毒」のある作品の「毒」をじっくり中和させていくタイプの指揮者さんですね。この曲ですら、変な消化不良感や謎を残すことなく、いい意味での「ドカンドカンドカン」にしてくれています。ただ、ショスタコファンには物足りないんだろうな。


2001年02月27日(火) 第36回 ピアソラ 「アディオス・ノニーノ」

 タンゴ界の巨人、アストル・ピアソラの代表作です。ピアソラがタンゴの世界にとどまらず、いわゆる「クラシック界」でも高い評価を受けているのは、どちらかと言うと「作曲者」としての側面でしょう。いい作曲家の条件として、その作品が幅広い層に演奏される、ということがあげられると思います。自作自演が一番評価が高いうちはスタンダードではない、といってもいいでしょう。
 その点で、ピアソラはその志を継ぐ後続音楽家に恵まれています。チェロのヨーヨー・マやバイオリンのギドン・クレーメルといったクラシック畑の人もその輪に加わっています。彼らの演奏活動によって、今後ますますピアソラの評価が高まっていくのは間違いないでしょう。
 「アディオス・ノニーノ」は父の死を悼み、別れの曲として作曲したそうです。深い悲しみ、胸をかきむしるような辛さ、そして諦観。人が生きていく上で一番悲しい出来事が「肉親の死」である以上、この曲を聴いて心動かない人はいないはずです。

☆ピアソラ五重奏団
 ピアソラは言うまでもなく、優れたバンドネオン奏者でもありました。ピアソラの曲が世に出る前、レコード会社は彼にタンゴ・スタンダードを録音させ、売り出したそうです(結果は自作曲のほうが大ヒット)。演奏家として認められてた証拠ですね。技術派というより情熱派、聴くものを突き動かす名演奏です。
☆小松亮太(バンドネオン) 他
 日本を代表する若手バンドネオン奏者、小松亮太が、ピアソラと共演してきたメンバーと組んでの録音です。ピアソラと縁の深いメンバー中心とはいえ、要のバンドネオンが変わると演奏の雰囲気が一変します。いわゆるクラシックより、タンゴなどの音楽は演奏の自由度が高いからでしょう。深いテーマに深入りしすぎず、抑揚のきいた演奏です。どちらが良いかは好みの問題かな。


2001年02月26日(月) 第35回 オルフ「カルミナ・ブラーナ」

 オーケストラ・合唱・独唱による、ドイツ中世の世俗音楽の集大成とでも言うんでしょうか。僕はイマイチ曲の詳細にこだわらない傾向があるんです(笑)。
 この曲との出会いは、大学時代の友人の薦めでした。それも、「すごいCD手に入れたから聴きにこいよ」という、妙なお誘いだったのを覚えています。みんなで彼の部屋で聴いた「カルミナ・ブラーナ」はド迫力、そして軽やか、ときに物憂く、まるで「人生いろいろあるさ」と説教されているような感覚。すべてのシーンが生き生きしていて、自分もその世界に引き込まれていく感じでした。
 冒頭と最後に演奏される部分は映画やTVでも有名です。

☆小澤征爾指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 他
 友人が「すごいCD」といった盤です。すごさのあまり、僕も購入しました。他の演奏と比べるとはっきりするのですが、従来の「カルミナ・ブラーナ」の解釈よりかなりテンポも速く、メリハリのある感じです。その点でこの盤は「スタンダード」ではないのかもしれませんが、僕の中で間違いなく「ベスト」ですね。合唱は晋友会合唱団、世界最強(?)のアマチュアコーラスです。これがまたすごい。
☆レヴァイン指揮 シカゴ交響楽団 他
 聞き比べるために借りてきたことがあります。こっちのほうが「正調」なのでしょうね。原曲の原形をとどめてるからでしょうか、聴いていて安心するのは確かです。普段から聴くならこっちかな。でも僕の場合「気分転換」にドカンドカン聴きたいので(笑)、その点では小澤盤です。


2001年02月25日(日) 第34回 ムソルグスキー 組曲「展覧会の絵」

 知名度の点では特に高い曲のひとつといってもいいでしょう。とはいえ、有名なのは冒頭で演奏される「プロムナード」の部分(曲中で何度か繰り返されます)だけで、他の部分を聴いて「あ、展覧会の絵だ」となるのは一部ファンに限られるような気がします。まあ、それは他の曲でもそうなのですが(笑)、この曲に関しては特にその熱の違いが極端ではないかと。
 ひとつの美術館をテーマに、いろいろな作品や、美術館そのものの光景を描いた作品です。有名な「プロムナード」は建物の中を絵を眺めながらゆっくり歩く作曲者そのものの描写といわれているようです。トランペットの響きが、美術館の落ち着いた雰囲気、気高い雰囲気を見事にあらわしていて、編曲者ラヴェルの魔術師ぶりが発揮されています。もとはピアノ曲、ラヴェルがオーケストラ版に仕上げたほうが有名です。
 僕が好きなのは最後の2曲「バーバ・ヤーガの小屋」〜「キエフの大門」です。どんな場面でも気品のある音に、なんとなく音楽家の、美術家へのジェラシーを感じでしまうんですよね。なんとなく。

☆カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 このCDは持っていなくて、知人に借りて聴いただけなのですが、やはりこういう「イージー・リスニング寄り」の作品はカラヤンは聴かせ上手ですね。聴いててわくわくする感じを受けました。
☆デュトワ指揮 モントリオール交響楽団
 ラヴェルのオーケストレーションがかかっている以上、この人の出番です、僕にとっては。ひとつひとつの曲に、鮮やかに色が乗っかってるんです。最近デュトワ離れしつつある僕ですが、離れている理由である「キレイキレイ」さが、この曲ではむしろ必要不可欠なものになるんですね。
☆アシュケナージ(ピアノ)
 ピアノ版を試しに、と思って買ってみたんですが、いやいやピアノ版いいですよ。オケ版が、「各美術作品の額縁の中で踊っている」感じだとすれば、ピアノ版は「あくまでも鑑賞者の眼で」なんです。内面的にも深い曲なんだと感心することしきりでした。


2001年02月24日(土) 第33回 ベートーヴェン交響曲第9番「合唱」

 はっきり書きます。僕が一番好きな曲を一曲だけ、といわれれば、僕はためらうことなくこの「第九」を挙げます。ま、10曲挙げろといわれれば10曲挙げますし、100曲といわれれば100曲挙げますけど(笑)。一番はこれです。
 好き、というより、もはや「信仰」かもしれません。人に薦めたがります(笑)。たいていの人は「年末っぽい」というとんでもない理由で逃げていきますが、それも仕方ないでしょうね。それくらい日本では年末の曲として定着しています。
 なぜ好きなのか。理由はいくらでもあります。音楽的などーのこーのもありますが、一番の理由は「究極の現世肯定」にあります。僕は音楽を聴いてハッピーになりたい人種です。無論そうでない気分のときもありますし、そういうときのための好きな曲もあります(チャイコフスキーの「悲愴」とか)。「第九」や、以前書いた「巨人」(マーラー)といった、最後に輝ける未来を感じさせる曲が好きです。
 何枚かCDも持っています。一回でお話しきれないので、今回はまず2枚。

☆フルトヴェングラー指揮 バイロイト祝祭管弦楽団 他
 バイロイト音楽祭は第二次大戦で中断を余儀なくされましたが、平和な世を迎え、復活します。その記念すべき一回目の音楽祭でのライブ録音です。当然音はモノラル、音質も決していいとはいえないものです。でもたいていのCDショップでこの録音は並んでいます。名演奏中の名演奏。至高かつ究極の第九。演奏技術ならこの上を行くものはいくらでもあります。でも理屈抜きに「しびれる」演奏です。
☆シノーポリ指揮 ドレスデン・シュターツカペレ 他
 気が付くと、僕が持っている第九のCDは、フルトヴェングラー盤のような歴史的演奏や、いずれお話するブリュッヘン盤のような古楽器編成の演奏などで、「今の普通の第九」がありませんでした(笑)。そこで入手したのがこの盤なのですが、さすがに音はよく、演奏も確か。独唱者一人一人も好演しています。でも何か僕にはものたりない。みなぎる力を感じないんです。それがいいという向きが多いんでしょうけど。


2001年02月23日(金) 第32回 ラヴェル バレエ「ダフニスとクロエ」

 音楽を聴く愉しみに、「現実とはなれた世界に浸ることができる」ということがあるような気がします。もちろん、現実世界に根ざした音楽、歌もたくさんあり、それらには「共感」という愉しみがあるのですが、幻想・神秘といったものに最も近づける、ということも音楽の重要な愉しみだと思います。
 で、この曲。ストーリーはあまり覚えてないんですが、イメージは古代エーゲ海、あるいは地中海。「音の魔術師」ラヴェルが、幻想と神秘の世界にいざなってくれます。バレエとしての全曲版と、作曲者自身がチョイスした2つの組曲があります。「第二組曲」に収められている「夜明け」〜「無言劇」〜「全員の踊り」が特に有名です。圧巻は「夜明け」でしょう。神秘的な海の夜明け、水面にきらめき始める光のひとつひとつをもらすことなく取り込んだ、そんなイメージの中へ吸い込まれていくのはとても心地よいです。

☆ミュンシュ指揮 パリ管弦楽団(第二組曲)
 カップリングの「ボレロ」目当てでした(笑)。でも気がつくと、こっちばかり聴いていた記憶があります。メリハリのある、正調「ダフニスとクロエ」ですね。極端に感傷的になることなく、淡々と進められる「無言劇」の部分が好きです。
☆デュトワ指揮 モントリオール交響楽団(全曲版)
 デュトワ盤としては、第二組曲も持っています。もちろん「ボレロ」目当てでした(笑)。でも演奏は全曲版のほうが圧倒的にいいです。「夜明け」には神がかり的な美しさを感じますし、全体を通してフルートのソロが素晴らしい。透き通っているんです。「全員の踊り」は合唱も含め、ぎりぎりのところまで「いっちゃって」ます。


2001年02月22日(木) 第31回 加藤登紀子のうた

 加藤登紀子、ご存知でしょうか。有名なところでは「知床旅情」「百万本のバラ」を歌った歌手です。流行歌手というよりは「実力派」ですね。
 この人の歌は大好きです。一番の理由は「声に意思を感じる」点です。ただ歌ってるのではなく、何かを訴えたくて叫んでるのでもなく、自分が自分であるために声を出している、と感じるんです。僕がその「意思」を感じる歌手は彼女と、美空ひばりの二人だけです。
 幅広く音楽活動をしている彼女ですが、僕の好きな曲もその幅広さを象徴しているかもしれません。

☆「さくらんぼの実る頃」
 宮崎駿の映画「紅の豚」で彼女はヒロインの声を演じました。映画の中でヒロインは歌手としてこの歌を歌います。フランス語の曲で、いわゆるシャンソンなのでしょう。アルバムでは彼女による日本語訳詞も入っています。恋の甘さ、せつなさをしっとり歌っています。
☆「時には昔の話を」
 これも「紅の豚」で、エンディングで歌われています。もともと彼女が作っていた歌だそうですが、見事に映画にマッチしています。古き良き昔、というのはいつから見ても誰から見ても同じ色なんですね。
☆「美しき20歳」
 彼女の娘さんが20歳になったときにプレゼントした曲だそうです。「だれのものでもない 二度とこない季節」というフレーズに、20歳という時代を美しく生きた自信を感じます。


2001年02月21日(水) 第30回 僕の大好きなマエストロ その1

 まあ、こういう「その1」ってつくシリーズが何本かできてくると、いよいよネタ切れかなって感もありますが(笑)。

 好きな指揮者の話を。これまでに紹介したCDでもかなり「偏り」があるのはミエミエなのですが、そういった指揮者さんを穿り出してみようかと。といっても、経歴を語ったり、その識者の音楽世界を語るなんて大それたことはできません。例によって、僕の直感を書いていきます。ですから、ファンの方や、指揮者について深く知りたい方は読まないほうが(笑)。

◎◎レナード・バーンスタイン◎◎

 映画「レナードの朝」は無関係(笑)、関係あるのは「ウエストサイド・ストーリー」のほうですね。指揮者として、また作曲家として現代アメリカを代表する音楽人です。録音が非常に多く、レパートリーが広いというか、なんでもかんでもやっちゃうというか。演奏もオーソドックスにまとめるものから、テンポが極端なもの、果てはブッコワレ(これ、誉めコトバです)まで。評価の分かれるタイプの指揮者サンですね。その人がどの演奏を聞いたかで評価が正反対になっちゃうと思います。当たり外れが大きいということですね(笑)。

僕のお薦め、つまり「あたり」のほう。
☆マーラー 交響曲第1番「巨人」 アムステルダム・コンセルトヘボウ管
☆ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界」 イスラエル・フィル
☆チャイコフスキー 幻想序曲「ロミオとジュリエット」 ニューヨーク・フィル
☆シベリウス 交響曲第2番 ニューヨーク・フィル
☆ガーシュウィン 「ラプソディー・イン・ブルー」 コロンビア響

ちなみに「はずれ」(笑)
☆ストラヴィンスキー バレエ「春の祭典」 イスラエル・フィル

やはり、ブッコワレた曲を、ブッコワレた指揮でやるとまずいようです(笑)


2001年02月20日(火) 第29回 アストル・ピアソラ〜タンゴの魔術師

 ピアソラのタンゴについてです。昨日(2月19日)、NHKの「青春のポップス」にバンドネオン(タンゴ・アコーディオンとでもいいましょうか)奏者の小松亮太と彼のバンドが出演していました。ビートルズ・ナンバーのタンゴアレンジ(!)と、ピアソラの曲を一曲ずつ。久々に耳にするバンドネオンの切ない響きに家族全員うっとりしました。
 で、昨晩・今日とピアソラのCDを聴いたのですが(ここらへん単純です)、やっぱりいいものはいいですね。タンゴ好きの母はピアソラのタンゴを「お上品なタンゴ」と呼びます。確かに、僕の中でも普通タンゴというと「場末の酒場」のイメージが強く、またそこにこそタンゴの魅力があると思うのですが、ピアソラのそれは、酒場を一歩抜け出した印象があります。

☆「現実との三分間」 ピアソラ六重奏団
 ピアソラのラストアルバム「現実との57分間」に収録されている演奏です。TVでこの曲の演奏を見たのがピアソラとの出会いでした。タンゴは哲学、という考えを起こさせる曲です。でもそれは難しい、ということではなくて、精神的に深い、といったところだと思います。
☆「リベルタンゴ」 ピアソラ五重奏団
 「ピアソラ・ライブ・イン・ウイーン」に収録されているものを持っています。日本でのピアソラ人気を支える一曲でしょう。有名どころではチェロのヨーヨー・マが録音していました。でも僕としては、リベルタンゴはチェロではなくバイオリンだと思います。


2001年02月19日(月) 第28回 レスピーギ 交響詩「ローマの祭」

 レスピーギのローマ三部作のひとつです。ローマ帝国時代から今に至るまで、ローマを彩る4つの祭をモチーフに、楽章ごとに表情の違うローマを見せています。
 今回は第4楽章「主顕祭」に絞っての聴き比べをしてみました。猥雑ささえ伴うこの楽章を、どのように描いているか・・・。

☆トスカニーニ指揮 NBC交響楽団
☆デュトワ指揮 モントリオール交響楽団
☆オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団
☆ガッティ指揮 ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団
☆マゼール指揮 ピッツバーグ交響楽団

 この曲が、歴史の縦糸を持っている以上、第4楽章だけ聴くのはナンセンスかもしれません。第1〜3楽章の描き方との対比の上に成り立つからです。また、第3楽章と第4楽章は「つながって」います。ま、それは今回は置いといて。5つの演奏となると、全曲聴くのも大変なので。

 ポイントを絞りました。まずはその「出だし」。第3楽章が静かに静かに「去って」いく上に木管の「けたたましい」(と言うほうがいいでしょう)音をいかに乗っけていくか。畳み掛けるようにトランペット、ホルンと重なっていく、そこの描き方。
 トスカニーニ盤がテンポは一番速いです。聴かせようというより、「さあ祭だ付いてこいっ」って感じのテンポ。対してデュトワ盤、ガッティ盤は地に足の着いている印象、オーマンディ盤はきらびやかな中に落ち着きさえ持っている感じです。
 この部分での「一押し」はマゼール盤。一緒に聴き比べしてもらった妻(クラシックには疎い)が「一番嫌」といっただけのことはあります(笑)。そう、ぶっこわれてるんです。いい意味で。全曲とおして管楽器が全面に出ている印象のマゼール盤ですが、この部分では突出しています。祭の「俗っぽさ」が最大限出ている印象です。

 次のポイントはフィナーレの部分、最後のファンファーレ(?)へのテンポの持続(あるいは弛緩)に関してです。管を押すか、打楽器を際立たせるか、ここもかなり解釈に差が見られる部分です。
 かつて僕のナンバー1だったデュトワ盤は、極端に走ることなく、全パートが完璧に近い「いい音」を鳴らしていて心地よい感じ、今となっては物足りない感もあります。ガッティ盤は打楽器を強めに、テンポよくまとめた印象。オーマンディ盤はここでもキラキラしていて、でも無理がない。マゼール盤は、意外とぶっ壊れてなく(笑)、しっかり聴かせる感じです。
 そしてトスカニーニ盤。第4楽章の出だしから、この最後の部分まで、見事に走りぬけた(笑)イメージです。テンポが落ちない。最後はもう、揃ってすらいない(笑)。フルトヴェングラーの「伝説の第九」と同じです(笑)。祭で言うなら「よっしゃ、二次会行くぞ、朝まで飲むぞ」でしょうか(笑)。終わりを提示しない終わり方、それが似合う曲ですから、これが一番かな。

 トータルすると、初めて聞く人にはオーマンディ盤、あるいはデュトワ盤。この曲を知ってる人にお薦めはガッティ盤です。極めたければ(笑)、トスカニーニ盤。僕はしばらくマゼール盤を聴くことにします(笑)


2001年02月18日(日) 第27回 R・シュトラウス アルプス交響曲

 交響曲、といっても、単一楽章からなる交響詩的作品です。R・シュトラウスは他にも「ツァラトゥストラはかく語りき」や「英雄の生涯」「ドン・ファン」など交響詩の大作を多く手がけています。(ワルツのJ・シュトラウスとは別人です)
 アルプスの山への登山の一日を描いている曲で、朝の出発から泉のせせらぎ、山頂に登りついたときには感動的な光景を描き、さらに嵐の場面では「風音」「雷音」を表現するのに専用の楽器までつくり、下山、一日を思い起こす夜と続いていきます。
 壮大なスケールと細かな描写、新しい楽器まで登場させ、やりたいことはやり尽くした、という感じを受けます。ひとつの映画、といってもいいかも。

☆アシュケナージ指揮 クリーブランド管弦楽団
 CDの解説書に、おまけとして「アルプスの写真集」が入っていたので買いました(笑)。清冽な印象の演奏です。クリーブランド管は技術が高いといわれますが、この演奏でも「巧さ」を存分に発揮しています。
☆カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 バイトの初給料で買ったのを覚えています(カラヤンの「R・シュトラウス 交響詩全集」)。高校時代、友人から「やっぱりカラヤンだよ」と薦められていた盤で、友人の推薦はまさに正しかったです。威風堂々、正面きってアルプスを描ききっています。


2001年02月17日(土) 第26回 イベール「寄港地」

 どうも「海」の曲に弱いんです。幼い頃、海に浮かぶ島にすんだことがあるからなのか、少年期を海辺の町で過ごしたからなのか、それとも単に好きなだけなのか。今住んでいる街が海に程遠いせいもあるかもしれません。
 この曲は、タイトルにあるように「港」「航海」をテーマにした曲です。3楽章からなっていて、それぞれ違った個性の「海」を示しています。港町独特の雰囲気がいいです。全曲とおして、美しい海のきらめきと、そこに生きる人の息づかいが華やかに描かれています。

☆プレヴィン指揮 ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団
 すいません、オケはうる覚えです。フランス音楽のオムニバス盤でした。なんともまあ、このプレヴィンという人は多芸ですね。ジャズ・ピアノから始まって、こういうフランス音楽もこなすし、ドイツ・クラシックの王道も走るし。この曲の演奏は瑞々しさを感じさせてくれます。オケの音質にも寄るのかな。
☆ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団
 45年前の演奏がかなりきれいな音質で聞けるというのは幸せなことです。去年購入したCDですが、昨今のクラシックCDの相場からするとめちゃ高かったです(3500円)。でもそれだけの価値はある!華麗なサウンド、海の波のきらめきまで見えるようです。


2001年02月16日(金) 第25回 ハチャトゥリアン バレエ「ガイーヌ」より剣の舞

 ポピュラー・クラシックのひとつ、といってもいいのでしょう。「ガイーヌ」というバレエそのものは知名度は低いですが、「剣の舞」は聴いたことがない人はいないくらいに広く知られています。シロフォン(木琴)の音色がすぐ浮かぶ人も多いでしょうね。
 吹奏楽でも演奏されることがあります。もっとも、吹奏楽で人気が高いのは同じ「ガイーヌ」のなかでも「レスギンカ」という曲のようです。「剣の舞」は演奏が大変、なのかもしれません。

☆ハチャトゥリアン指揮 ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
 作曲者自身の指揮です。ここまで有名な曲になると、演奏法だの解釈だのって次元でないのかもしれません。この演奏が際立っていいとか良くないとかではなく、とにかく「剣の舞」だと(笑)。
☆天久保ホットブラザーズ
 なんじゃコリャ、とお思いの方もいらっしゃるでしょう。僕が所属していた某大学落語研究会の音楽ユニットです。4人構成で、クラシックを「どなり」ます(笑)。各メンバーの紹介もしたいのですが、僕を除いてそれぞれ社会的に地位もあるようなので控えます(笑)。その十八番がこの曲で、聴衆は3秒固まった後、爆笑します(笑)。再演が望まれますが、平均年齢が30歳に乗った今、むずかしいでしょうね(笑)。ま、こんな音楽の遊び方もあるということで。


2001年02月15日(木) 第24回 チャイコフスキー 弦楽セレナーデ

 「大編成のオーケストラでどっかんどっかんどっかん」が好みの僕にしては珍しく(笑)、管楽器の出番のない曲です。タイトルでわかるように、弦楽器だけで構成されています。第一楽章の序奏で奏でられる、切なさと美しさが同居する旋律は、最近では「オー人事、オー人事」のCMで使われていますね。この曲のファンとしては悲しい限りです(笑)。
 全体を通して、優美さに満ち溢れています。でも先ほど述べたような「切なさ」や「憂い」というものがちらちらのぞいてくる。それも美しい形であらわれるんですね。第四楽章、最後のコーダで、冒頭の旋律が繰り返されます。ただ、最初と違い、どこか余裕が生まれているんです。そこが一番の聴きどころでしょうか。

☆ アントルモン指揮 ウイーン室内管弦楽団
 アントルモンはピアニストとしてのほうが有名でしょうか。以前に彼のピアノでの、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番のCD(指揮はバーンスタイン様)を買ったこともあり、妙な親しみからこのCDを入手しました。演奏は感情の起伏を抑え目にした、上品な感じです。とても気に入っています。
☆岩城宏之指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢
 日本初のプロ室内管(でよかったはず)、オーケストラ・アンサンブル金沢のデビュー盤だそうです。カップリングのモーツアルトの交響曲第四十番もすばらしいですが、弦楽セレナーデの演奏は突出していると思います。アントルモン盤に比べ、「軽やかさ」が前面に出ている印象です。


2001年02月14日(水) 第23回 ホルスト 組曲「惑星」

 吹奏楽でもよく取り上げられる曲です。イギリスの作曲家ホルストの代表作、ですね。作曲当時はまだ冥王星が発見されておらず、曲は順に火星、金星、水星、木星、土星、天王星、海王星の7曲からなります。「海王星」では女声合唱も入り、その神秘性をぐっと増しています。
 特に人気があるのは「火星」「木星」でしょうか。前者は戦争をイメージさせる荒々しさ、後者はその軽やかさと雄大さの奇妙な同居が僕は気に入っています。吹奏楽での全曲演奏のCDも持っていますが、やはり弦があってこその曲ですね。

☆カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 第1回で、最初に自分で買ったクラシックテープがこのコンビの「運命」だったことを書きました。「惑星」のこの演奏は、僕が最初に買ったCDです。そう考えると何だかんだ言ってミーハーですね(笑)。カラヤンの演奏は20枚近く持ってますから。嫌いだとかつまんねえだとか言いながら(笑)。で、「惑星」。悔しいけど一番のスタンダード演奏だと思います。はい。
☆メータ指揮 ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団
 残念ながらこのCDは持っていないんです。図書館で借りて聴いたのですが、特に「火星」の演奏の鮮烈さはいまだに覚えています。力任せにぐいぐいと持ってかれちゃうような感覚でした。その後、同じメータ指揮の、ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏のCDを買ったのですが、さしたる印象の無いまま、引越しのドサクサでなくしてしまいました(笑)。今度買いなおすときは、古いけどロス・フィル版で。


2001年02月13日(火) 第22回 ベートーベン 交響曲第7番

 数ある交響曲の中でも、クラシック好きの中で際立って評価の高い一曲でしょう。もっとも、一般的な知名度では、同じベートーベンなら第5番「運命」第6番「田園」や、第3番「英雄」、そしていわゆる「第九」といった曲の方が断然高いでしょう。でもこの曲は、スケールの大きさでこそ前四者に譲りますが、曲の完成度が高いというか、「付け入る隙がない」というか。
 特に人気なのが「至高のアダージョ」といわれる第2楽章。いわゆる標題音楽ではないですから、この曲を聴いて得るイメージは人それぞれでしょう。僕の場合は「深い沈黙」というイメージがついています。悲しいのではなく、寂しいのではなく、ただただ黙っていたい、そんな感覚を感じます。
 むろん、他の楽章もすばらしいです。時折引っ張り出しては、しばらく聞き込んでしまいます。

☆C・クライバー指揮 ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
 僕はこの曲に関してはいろいろな演奏を聞き比べていません。他にもすばらしい演奏はたくさんあるのでしょうが、このクライバー盤を聞いてしまうと、なかなか他のに手が出せない。すべての楽章の、すべての部分で僕を惹きつけてはなしません。とりわけすばらしいと思うのは、第3楽章でしょうか。ところで、今でこそこの盤は、以前に書いた「運命」とカップリングされていますが、僕が入手した当時は単独盤でした。「第7番」だけでCDになってるのって、珍しいんですよね。短いから。買うときに「ぼったくられるのかなあ」と思ったことを追記しておきます(笑)。
☆ハイティンク指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 クライバー盤をあれだけ誉めた以上、ハイティンク盤に触れるのも申し訳ないのですが(笑)。ただ、最初に「第7番」を聴いたのはこっちです。曲のジャンルにもよりますが、初めてCDを買う曲に関して、僕がハイティンクに寄せる「信頼」はかなり高いんです。ハズレがない、とでもいいましょうか。奇をてらった解釈も少ないようですから、入門には最適だと思います。そして、これが彼の魅力なのでしょうが、必ず後で戻ってくるんですね、ここに。今はこの盤はお蔵入り状態ですが、きっとまた引っ張り出すんだと思います。


2001年02月10日(土) 第21回 僕のカラオケ十八番 息切れるまで!

 徐々にカラオケネタのペースが増えてきてる気もしますが(笑)。
 今回は「息の切れる」2曲を。

☆「旅人よ」 爆風スランプ
 猿岩石がユーラシア大陸横断ヒッチハイクをしたときの、応援ソングです。あの頃は輝いていましたね、猿岩石。今もがんばってるんですよね、猿岩石。明日(2/11)には筑波西武に営業にくるようです(笑)。
 そんなことはおいておいて(笑)、この曲。それにしてもヴォーカルのサンプラザ中野の声量、音域を越えたところでの音域には頭が下がります。声の届かないところを歌わせたらサザン桑田と双璧ではないでしょうか。「強い風に今立ち向かっていく 遥か彼方を目指した旅人よ いつか再び君に出会うまでは どうかどうか笑顔を絶やさぬまま」という歌詞、がんばれと紋切り型で応援するのではなく、笑顔で、と言うところが泣かせます。
 残念ながら、僕はこのさびにたどりつく前に、声が持たないんですね(笑)。

☆「さよならなんていえないよ」 小沢健二
 オザケン、最近ご無沙汰です。この人の歌い方は爆風スランプとは対極と言ってもいいでしょうね、やる気あんのかコイツ、って感じで(笑)。でもいざ歌ってみると息が切れるんです。何でかな、と考えてみると答えは簡単、息継ぎする間が少ないんです(笑)。

ま、こういうネタがでてくるってことは、そろそろカラオケ行きたいな、ってことで。
これを見たつくば在住の人は声かけてくださいね(笑)。


2001年02月09日(金) 第20回 リムスキー・コルサコフ 交響組曲「シェヘラザード」

 僕が生演奏でオーケストラを聴いたことは数えるほどしかないのですが、初めて聴いたのがこの曲です。当時すんでいた山口県岩国市にやってきた、広島交響楽団の演奏でした。その頃、すでに何枚か、海外の一流オケのCDを持っていただけに「所詮、日本の地方オケ」くらいの感覚でいったのですが、これがすばらしかった。やはり「生演奏」の強みでしょうか。もちろん、広響の演奏自体が良かったことも付け加えておきます。
 この曲は4楽章からなっていて、タイトルの「シェヘラザード」は「アラビアン・ナイト」の語り部として出てくる聡明な女性の名前です。各楽章には「アラビアン・ナイト」のエピソードがちりばめられています。エキゾチックで、色彩豊かな「音絵巻」です。

☆デュトワ指揮 モントリオール交響楽団
 これまでにも数多く登場している「デュトワ様」ですが(笑)、出会いはこの一枚です。まさに「音絵巻」と呼ぶにふさわしい、めくるめく世界を出しています。この曲では、デュトワ盤以前にカラヤンの演奏を持っていましたが、こうも曲の雰囲気は変わるものなのか、と驚いた覚えがあります。
☆コンドラシン指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
 「様」までつけて崇拝するようになっていたデュトワ盤から、僕を引き剥がした一枚です(笑)。音に丸みがあるとでも言えばいいでしょうか。とても優しいんですね。コンセルトヘボウ管の特長とも言われているようです。よく、丸みのある音のオケに限ってハーモニーやアンサンブルがイマイチだったりするのですが、このオケについてはそれが当てはまらない。名人芸ともいえる演奏です。コンドラシンの歌わせ方に「渋味」を感じました。 


2001年02月08日(木) 第19回 マーラー 交響曲第1番「巨人」

 マーラーにはかなり前から興味があり、クラシックに詳しい知人にお薦めを聞くと「巨人」がいい、と言われました。そのため、僕がマーラーを聞くようになるまでにはかなりの回り道を強いられたのです。なにせ「阪神」ファンですから(笑)←事実。
 大学生になってから、「巨人」のとりこになりました。この曲を入り口にして、マーラーの世界へどっぷりはまる予定だったのですが、そうはなりませんでした。CDだけなら、第2番、第5番、第6番と入手しているのですが、どうもマーラーの「毒性」についていけないというか。その点、「巨人」は若さと希望にあふれている(その裏にある「若さの憂い」もまたいいんです)感じがします。

☆ハイティンク指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 最初に「巨人」を聞いた一枚です。これを最初に聴いてよかったと思っています。とても骨太の、しっかりとした演奏ですが、爽やかさも感じます。ハイティンクは「マーラーの『毒』に立ち向かうのではなく、じっくりと付き合うことが大切」と言うようなことを語っていました。じっくりと付き合った結果を、このCDで体現しています。
☆バーンスタイン指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
 最初に「スタンダード」を聴くと、バーンスタイン様の演奏を聞きたくなるんですよね(笑)。指揮棒を大上段に振りかざす姿が目に浮かぶ(笑)、熱演です。その熱演に完全に応えきってしまう、オケの実力に驚嘆。ヘッドフォンをつけて、自分の世界に入りたいときにお薦めの一枚(笑)。


2001年02月07日(水) 第18回 ストラヴィンスキー バレエ音楽「火の鳥」

 吹奏楽でも演奏されることのある曲です。序奏と終曲の部分が、かつて「アメリカ横断ウルトラクイズ」のルート紹介のBGMに使われてたの、ごぞんじですか?全曲版だと45分ほど、作曲者自身が何度か組んだ組曲版だと25分くらいでしょうか。ストーリーの強いバレエなので、全曲版でこそ楽しめると思います。「カスチェイの魔の踊り」はその凶悪さにしびれます。吹奏楽で好んで使われるのもこの部分です。ためしに演奏したことがありますが、演奏していて悪者の気分になれる曲でした(笑)。

☆サロネン指揮 NHK交響楽団
 TV(「N響アワー」)で放送されたライブ演奏です。CD化はされていないはず。N響の演奏には、正直言って魅力を感じていませんでした。クラシックに目覚めた当時の僕にとっては、日本のオケ、というだけでだめだったんですね。ミーハーだったということでしょうか。でもサロネンと組んだこの演奏は、その頃すでに「火の鳥マニア」と化していた僕を激しく揺さぶりました。当時新進気鋭のサロネンのパワーでしょうか。画面に大写しになる「男前」サロネンの表情にぐいぐい惹かれた記憶があります。残念ながらビデオは引越しのときに処分してしまい、もうあの演奏にお目にかかれません。
☆アンセルメ指揮 ニュー・フィルハーモニー管弦楽団
 CD案内などで「ローソクの残りかす」なんて酷評されてたこともある一枚。大指揮者アンセルメの最後の録音のはずです。他の大指揮者もそうですが、晩年になると表現が老練するかわりに、緻密さが失われがちになるようです。そこを指した批評なんでしょうが。。。はっきりいって、とってもいい演奏なんです!聴いていてうっとりとできる、そんな「火の鳥」をカラヤンができたでしょうか?デュトワにできるでしょうか?僕がこれまでに触れた「火の鳥」CDのなかではダントツで一番です。


2001年02月06日(火) 第17回 熱情と優しさと ビゼー 歌劇「アルルの女」組曲

 ビゼーといえば「カルメン」が非常に有名ですが、負けず劣らず名高い作品がこの「アルルの女」です。どちらの作品もラテン系の情熱に支えられた作品で、オペラとしても、また切り取った組曲としても聴き応え十分です。
 特に僕がすきなのは、「第一組曲」の「鐘(カリヨン)」の重なり合う響き、「第二組曲」の「ファランドール」の熱狂。また、単独でよく演奏される「第二組曲」の「メヌエット」には暖かい優しさがあふれています。

☆デュトワ指揮 モントリオール交響楽団
 やはりこういう音楽をこの人が手にすると、俄然さえてきます。指揮棒の上で音楽が踊ってる、という感じです。聴く人の中には「もっとケレン味を」って思う人もいるかもしれませんね。
☆藤本博途指揮 岩国高等学校吹奏楽部
 すいません、また自分たちの演奏です(笑)。しかも、この演奏は入手困難です(1度だけ自費で出したCDにも入っていません)。「メヌエット」と「ファランドール」を演奏したのですが、メヌエットのフルートソロ、すばらしいですよ。また、ファランドールの「踊りっぷり」はアマチュアの域を超えている!と勝手に思っています。音はともかくね(笑)。


2001年02月05日(月) 第16回 ドヴォルザーク スラブ舞曲集より 第10番

 ドヴォルザークと同じスロヴァキア出身の画家、アルフォンス・ミュシャの版画の展示会で、僕は運命的な出会いをしました。彼が書いた「秋(1900)」という作品とです。スラブの花嫁を描いた作品だという説明を受けました。おだやかな優しさに満ちた瞳、収穫の静かな喜び。じっと眺めているうちに、頭の中でこの曲が響いたのです。そのときは、ドヴォルザークとミュシャが同郷だとも知りませんでした。
 結局、「清水の舞台から飛び降りて」その版画を購入しました。今、玄関に飾ってあります。この曲を流して、ぼんやり眺めるのは僕の幸せのひとつです。おだやかに、静かに。

☆コシュラー指揮 スロバキア・フィルハーモニー管弦楽団
 スラブ舞曲集の全曲盤です。何だかんだ言って、全曲そろっているというのはいいことですね。曲ごとにさまざまな表情を見せ、全体として統一感が残っている演奏です。特に「第10番」に関しては、居間のコンポでかけていたときに家族が「これいいね」と口をそろえた名演奏です。
☆ケルテス指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
 以前紹介した、ケルテスの「新世界」に魅了されて、続いて購入したのがドヴォルザークの交響曲第8番(ロンドン交響楽団)。カップリングでこのイスラエル・フィルとの演奏が抜粋で入っていました。当時は華やかな「第9番」のほうがお気に入りだったのですが、「絵」の一件以来「第10番」のとりこに。いずれにせよ、スラブ舞曲とめぐり合わせてくれたのは、このケルテス盤です。


2001年02月04日(日) 第15回 僕のカラオケ十八番◆.ラオケで語る!

 では今回も、カラオケネタで。

☆「走れコータロー」ソルティ・シュガー
 歌う、というより喋るのが目的の曲ですね。2番と3番の間の間奏時に、競馬実況が入ります。かつての僕は、この曲でその日のカラオケの調子を測っていました(笑)。ただ、歌の部分のキーが僕には若干高めなようで、この曲が終わると喉がつぶれかかってしまうことが多いです。それじゃ調子を測った意味がないですね(笑)。僕のカラオケネタの中では一番頻繁にやっていて、少なくとも100回は歌っています(笑)。
☆「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」ダウンタウン・ブギウギ・バンド
 「…アンタ、あのこのなんなのさ」でおなじみ(?)、ほとんど全編語りの曲です。これを普通にやったんでは面白くないんですね。面白くない、というのに気づいたのは初めて歌ったとき、1番を歌い終わった直後です(笑)。そこで、その場で即興で、2番から歌詞(台詞)を変えたんです。これが大受けで、それ以来もちネタです。台詞は「○○さんの物真似」で、いかにもその人が言い出しそうなことを並べます。○○、にはその場にふさわしい人(そこのみんなが知っている人)になります。それ以上はここではいえません(笑)。

 この路線では、現在「MOTOR MAN」のシリーズに着手しています(笑)。


2001年02月03日(土) 第14回 チャイコフスキー 交響曲第4番

 この曲も出会いのきっかけは吹奏楽でした。終楽章を中2のコンクールで演奏したのですが、まあはっきりいって吹奏楽向きな曲ではありません(笑)。音の感じとしてはむしろやりやすい部類だと思いますが、重厚さを出せない。この曲は「チャイコフスキーの『運命』交響曲」ともいわれる、いわゆる「重い」曲なんです。
 全体的に暗いイメージがあります。フィナーレの開放感も、ベートーベンの「運命」と比べると、どこか抑えられた印象です。そんな部分に惹かれるのか、意外とファンの多い曲でもあります。

☆カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 このコンビで数回録音されていますが、僕がすきなのは1970年代の演奏です。最近のCD市場は「デジタル至上主義」とでも言うのか、同じ演奏家でデジタル録音がある場合はそちらを優先的に「売り」に出してるようです。今入手しやすいこのコンビの演奏はカラヤン晩年の録音で、正直言って「枯れて」ます。曲の「らしさ」を感じたければ古い演奏のほうがいいようです。
☆バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
 バーンスタイン様の場合も同様なんでしょうね。僕が持っているのは晩年の録音なので、こちらもまた「枯れて」いる、かと思いきや、むしろ「狂い咲き」している感じです(笑)。オケも、バーンスタインとのコンビが長いとあって、よくついていってます。
☆デュトワ指揮 モントリオール交響楽団
 デュトワ信者になった頃に購入した一枚。良くも悪くもスマート、という感じでしょうか。このコンビ特有の色彩感が出にくい曲なのかも知れません。カップリングで入っていた曲がすばらしかった(笑)。これはまた別の機会に。


2001年02月02日(金) 第13回 涙を流したクラシック◆.譽好圈璽 交響詩「ローマの松」

 昨日に続いて、僕が泣いたクラシック。前回の「新世界より」は、曲自体が「なきなーさーーいーーーーー」(「花」より)的な曲だったのですが、今回はちょっと違います。
 曲はレスピーギの交響詩「ローマの松」です。ローマ三部作、というタイトルを耳にしたことがある方もいらっしゃるかもしれません。イタリアの作曲家、レスピーギが書いた「ローマの松」「ローマの噴水」「ローマの祭」の3つの交響詩です。それぞれ、とても色彩感豊かな曲で、僕には甲乙つけがたい名曲です。
 以前に「吹奏楽」の項でお話しましたが、高校時代に「ローマの祭」を演奏したことがあります。その際に参考資料としてCDを聞いたのが三部作との出会いです。その頃は当然のように「祭」ばかり聞き、後の二作は駄作だ!というくらいに思っていました(笑)。
 その後、大学の図書館の視聴覚室で僕は「松」で涙を流すことになるのです。

☆トスカニーニ指揮 NBC交響楽団
 このCDが僕を泣かせた張本人です。トスカニーニは20世紀を代表する大指揮者の一人で、モノラル録音時代の指揮者です。通常、モノラル録音はその後のステレオ録音、あるいは現在のデジタル録音にくらべ、音質はかなり劣ってしまいます。また、マスターテープの劣化も手伝い、「歴史的演奏」の中には聴くに堪えないような骨董品的な音になってしまってるものもあります。そんな中、この演奏は、多少の音質劣化をはね返して余りあるほどの、いや、最近のステレオやらデジタルやらをすらひれ伏させてしまうほどのすばらしい色彩を放っています。感動して泣いたのではなく、圧倒されて涙が出たのです。
☆デュトワ指揮 モントリオール交響楽団
 そうなってしまうと、高校時代に聴いたこのCDが逆にかわいそうになってきます(笑)。デジタル時代のローマ三部作ではこれが一番ではないか、と思っていました。デュトワ信者でなくなった今となっては、「かっこよすぎる」「きれいすぎる」と言う印象があります。でも、これらの曲を知る上ではやはり模範的な演奏なのではないでしょうか。
☆ガッティ指揮 ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団
 デジタル時代の一番、をデュトワから奪った一枚です(笑)。デュトワ盤と比べると、「下手なのかな?」と思ってしまう部分があるのは否めません。でもイタリアの曲にふさわしい、ゆとりというか遊びというか。(落語で言うところの「フラ」ではないかと思っています)その辺がトスカニーニ盤に通じる部分があって、ぐいぐい引き込まれました。


2001年02月01日(木) 第12回 涙を流したクラシック .疋凜ルザーク 交響曲第9番

 クラシック音楽を聴いて、涙を流したことはありますか?もちろん、あくびの涙はだめですよ(笑)。僕は今のところ、2回ほどあります。今日はそのうちの一回目のほうをご紹介します。
 曲はドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より」です。第2楽章の主題が「家路」という曲で広く知られています。また、第4楽章の冒頭はTVCMなどでもよく使われていますね。クラシックの中でも特に有名な曲のひとつといっていいでしょう。
 スロバキアの作曲家、ドヴォルザークが請われて新天地アメリカへ赴いた、そのアメリカでの作品だということです。全体的に「郷愁」を感じてしまうのはそのためでしょうね。
僕が涙を流したのは、その部分にあるのだと思います。

☆ケルテス指揮 ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
 ケルテスのデビュー盤、僕にとっても「新世界」をはじめて聴いた盤であり、例の「涙を流した」のはこのCDです。何がどう、という理屈抜きに感動できる演奏です。残念ながらケルテスは水難事故で早逝してしまいました。
☆バーンスタイン指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
 僕の「神様」、バーンスタイン様の名演のひとつです。こうしてみると、僕はいろんな指揮者の信者になっていますが(笑)。彼の凄さは、自分の音楽を徹底することだと思います。この曲の演奏も、良くも悪くも極端。テンポもボリュームもものすごい幅を持たせています。「演歌調だ」と批判する向きもありますが、いいじゃないですか、演歌で。
☆サヴァリッシュ指揮 フィラデルフィア管弦楽団
 ヨーロッパの音楽シーン(そして日本ではNHK交響楽団との多数の共演)で安定した評価を得ていた名匠・サヴァリッシュが「請われてアメリカヘ赴いた」、最初の録音です。そこにドヴォルザークとの共通点を指摘する批評家の方もいらっしゃいますが、そんなこと抜きに、名指揮者と名オーケストラの初顔あわせのぶつかり合いの凄み、それがこのCDの魅力です。見事なまでに融合していて、暖かみのある演奏になっています。


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