引越,魚しん,Sさん送別会ドタキャン,慰謝料交渉妥結

9:00の予定だが8:30にビッグ引越センターが来る。まだ荷造りが完了していない。焦る。
9:00過ぎO君が手伝いに来てくれた。

10:45、全ての荷物を積み終える。帰ろうとするO君。
彼は「出」だけ手伝えば良いと思っていたらしく
「引越手伝いっていうのは『入』までが常識でしょう。一人では無理だよ」
と言ったら驚きの表情。

ISDNのTAを彼の新居に置いて来ると言うので
「何時に戻るの?昨日みたいに何時間も後になると困るよ。私の新居の方にすぐ来て」
と言って住所・行き方を書いているうちに行ってしまう。

引越を手伝うと言ってくれた人は他にもいたが、O君がいるからと断った。
ちゃんと来てくれるのだろうか、と不安になる。

新居に着いて間もなくO君登場。住所をろくすっぽ聞かないで、かなり迷ったらしい。

とりあえず全ての荷物が入って、O君とお昼。近所の「魚しん」。
お昼はカード使えず。それぞれ千円位しか所持金がなく、コンビニにお金を下ろしに行く。

2人で揃えた家具・家電のほとんどを私が引き取った。狭い部屋に入れるのに四苦八苦。
家具屋の倉庫状態。洋服ダンスが高すぎて和室に入らず、玄関開けたらすぐクローゼット。

椎名町の家の出窓に合わせて、作ったばかりのベッド台は粗大ゴミか。勿体無い。
3万で作ったすのこベッドを、O君に1万で売ってくれないかと言われて断った。

O君も太古八から引き払って新居に移るため夕方はそちらへ。私は一人で作業続行。
実は今日はずっと前から飲み会の予定が入っていた。
荷物の整理は後回しにして行きたいが、無理そう。

19:00過ぎに太田君が戻ってきて、20:00過ぎに何とか収まりがついた頃、
飲み会の主役、辞めた会社の元先輩Sさんから「来いよ」と電話。

O君に「お疲れ様」をしなくちゃいけないし、慰謝料交渉のリミットなので涙を飲んで断る。
楽しみにしていたのに残念、申し訳ない。

暫くしてまたSさんから電話。
「お前、『す』がつく名前の人と付き合ってるの?」
「須佐美君ですか?付き合ってないですよ」
「今、須佐美君といるの?」
「違います。今O君といるんです」
「あ、そうなの。わかった。じゃ」

海外天は宴会が入って賑わっている。O君にお礼を言って乾杯。
「O君がいなかったら大変なことになってたよ」

「金の話だけど」とO君が切り出す。

私と付き合っているという噂らしい須佐美君が元妻に払った慰謝料金額を言ったら
「俺はそんなに払えない、俺はそれほどの価値ない」
とのことだったが、もちろん私もそんなの期待していない。

彼はやたらお金がないと訴えるが、私はいくら欲しいと言ったこともない。
「踊りの発表会をやめれば百万円は払えるよ」とO君。
この踊りの発表会はもともと私が、出ることを強く奨めた。
だから私が発表会をやめて金を払えと言うわけがないとわかっていて、そういうことを言う。
情けない。本当に悲しい。

私が「金額が足りない」と言っているわけでもないのに、
彼が肺炎になったときの私の看病が行き届かなかったことを再び持ち出したり。

「二人でずっとパートナーとしてやっていこうという約束を反故にした
お詫びの気持ちを表現して欲しいだけだよ」
「そんな約束は新聞と同じだ」
「新聞?」
「朝日新聞の購読契約と同じ」
これには切れた。客は私たち2人だけになった店で大泣き、猛抗議。O君は発言撤回、謝罪。

何で慰謝料を払う側にさらに傷つけられなくちゃいけないのか、メチャクチャな話だ。
Sさんたちと楽しく飲んでいるはずの時間に。飲み会を断ったことを激しく後悔した。

そして分割で払うと言うので「一括で欲しい」と言ったら
「絶対イヤだ。それなら徹底的に闘おうぜ、裁判しよう」。
あほか。そんなことしたらあんたの言う金額で済むかよ。

「一括払いにしたらそれっきりって事にしたいんだろう」と言うので
「違うよ。これで一切のわだかまりがなくなるの。恨み言も言わない」。
私は早くすっきりしたい。毎月きちんと支払われるか悶々とするのが嫌なだけ。
しかし無い袖は振れない、私は追剥ぎではない。

金額、支払方法が決まったので「一筆書いて」と言って和紙と筆ペンを出す。
するとO君は立ち上がって飲み終わった紹興酒のビンを掴んで、
「血判を押すよ」と言って去り、人差し指から血を流して戻って来た。

血判というより、ただ血がついただけ、みたいな和紙を泣きながらふぅーふぅーと乾かし、
店の前で別れたのが22:00過ぎ。涙声でSさんに電話入れるも留守電。泣きながら帰る。

新居は明治通り沿いの交差点近くで、夜も車の騒音が予想以上。
明日もいろいろやらなければならないことがある。暑さもあって眠れない。
2001年07月31日(火)

引越荷造り,ダイエットクイズ結果発表

12:00過ぎにO君から「もうすぐ行くよ」と電話。13:00近くになっても来ない。

エイブルで正式契約。鍵をもらって新居へ。
23日に見たときは前の住人が出たばかりで汚れていたが、すっかりきれいになっていた。

O君に採寸を手伝って欲しかったのだが、連絡がないので一人で。
どうやらほんの数センチの違いで洋服ダンスが予定の場所に置けそうにない。困った。

15:00にやっとO君から電話、「少し前に着いて掃除してるよ」。
おいおい。留守電にメッセージ入れても要領得ない、納豆会社と一緒だ。

浄水器の取り外し、移動・取り付けで再び新居へ。戻って荷造り再開。

O君と近所のラーメン屋「中川」でラーメンを食べ、24:00一通り終わってビール。
慰謝料について聞くも「まだ考え中」。

疲れて、不安になったところで宮崎学選挙ダイエット体重予想クイズの結果発表。
なんと0.1kg違いで賞品ゲット。希望の著書にサインを入れてくれるらしい。
ピタリ賞はぶかぶかになったスーツ、との事だったので最も近いところで外したのは大正解!

宮崎さんのおかげで少し元気になった。
これからも宮崎さんの遊び(タタカイ)について行こうと決意を新たにした夜。
2001年07月30日(月)

参院選投票,引越準備はかどらず

掃除・洗濯の後、突破者Tシャツを着て投票。
帰宅後荷造りをするつもりだったが、やる気が起きない。

選挙速報番組が始まって、自民強しでますます脱力。
みんなほんとにそれでいいわけ?痛み?超OK!ってなもんか。

家で一人ビール。眠い。
2001年07月29日(日)

TBS放映予告,池袋,早稲田,小日向,高田馬場,新宿駅南口,センチュリーハイアット,檸檬屋

先日取材を受けたTBSの番組は、
デジタル放送「BS-i」の選挙特番「検証・参議院選挙2001」。
オンエアは30日6:00〜9:00、番組中盤ごろの10分程度のコーナー、
題して「作家・宮崎学 突破者のデジタル選挙論」とのこと。

本日街宣は早稲田に15:20集合、との情報。
不在者投票を済ませておこうと池袋に行ったら戦車がいた。
早速ビラ撒き。今日も涼しい。ビラを受け取ってくれる人は少ないが、
「もう投票してきましたよ!」と声を掛けてくれる人も。

早稲田大学生門前。宮崎さんの出身校(中退だけど)なので反応良い。
警備員が来て「今、試験中ですから音を小さくして下さい」と注意される。放送打ち切り。

宮崎さん登場。個人情報保護法案を作成した官僚、
内閣官房 個人情報保護担当室室長 藤井照夫氏の官舎、文京区小日向へ向かう。
閑静な住宅街。

「文京区の皆さん、私は参議院選比例区に立候補した宮崎学、本人です。
私は藤井さんの作られた法案個人情報保護法と断固として闘います」

運動員たちはどこが藤井氏の家?と辺りを探す。
なんと戦車の停まっている路地の、戦車のすぐ横1階、開いている窓の部屋が藤井宅。
演説はほんの短い間だったが、終えた宮崎さんは
「これがやりたくて立候補したようなもんだ」。
右翼みたい。わはははは。藤井ちゃん、びっくり?

高田馬場。他候補とかち合い、話し合いで時間調整。
電脳キツネ目組関西総本部の面々も合流。

新宿駅南口、新党自由と希望の白川勝彦代表の支持者たちが詰め掛けている。
ビラ撒きの合間にちょっとさぼってパンを買い食い。

高島屋のデッキの方に行くと新宿の街全体が唸りを上げている。
新宿東口・西口・南口にいる全ての選挙カーが最大音量で街宣。
混ざり合って反響してサイレンのようにも聞こえる。これが選挙戦最終日か。

電脳キツネ目組の掲示板への私の書き込みをめぐって、トラブル発生。配慮不足を反省。
人に迷惑をかけておいてなんだけど、選挙運動・選挙報道のルールってすごく変だ。
そこに風穴を開けようと言う宮崎学を、だからこそ応援する。

センチュリーハイアットで白川勝彦主催のご苦労さんパーティー。
みんな腹ぺこで臨むもお茶缶のみ。さっきこっそりパンを食べておいて正解。

22:30近くに漸く檸檬屋でビール、枝豆、刺身など。みんなで暑かった選挙戦を振り返る。
宮崎さんの体重予想クイズに参加。賞品はサイン本とぶかぶかになった青山のスーツ?
2001年07月28日(土)

クラタニさんじゃない,宮崎学命

朝7:00過ぎ、「クラタニさんですか」と電話。
「違います」「え?」「違います」「クラタニさんですか?」「違います!」
またすぐ電話が鳴る。もう出ない。

起きて留守電メッセージを聞くと
「クラタニさんですか、納豆の件で電話しました。また電話します」
昨日の夜聞いた食品会社のメッセージと同じ声。
納豆のクレーム電話はしたけど、私はクラタニじゃない。

40g入り2個で140円の無農薬納豆は私にとって高級品。しっかりしてほしい。

宮崎学氏参議院選挙戦も終盤。いよいよ東京の陣。
光が丘、西荻、そばや「春日」でお昼、中野、中野新橋、新宿。
京都に比べると涼しいもの。快適。

シルクの長い紐のついたブラジャーにジーンズの私を見て、
「腹に汗疹が出来てるじゃないか、汚ねえな」「そんな格好しても全く色気がねえな」
とタヌキ目の男Mさん。

宮崎さんの体重は下げ止まったようだが、日に焼けて精悍な笑顔。

ウグイス嬢に挑戦。「キツネ目の男、宮崎学です。この顔にピンと着たらすぐ一票!」
頼りなかったのか「新党自由と希望」の女性候補者にマイクを取り上げられてしまう。

合間に宮崎さんとお話。
「桜井は落ち着いたか」
「いえ、引越もあって落ち着かないです」
「別れたのか。さっぱりしたか」
「はい。今は宮崎学命ですが、選挙が終わったら寂しくなると思います」
「なんか書いてるのか」
「いえ、今は宮崎学一筋ですから」
「書いてないって事じゃないか」
「でも企画はあるんです」
宮崎さんはこうしてご自身が大変な時にも、人の事を気に掛けてくれる。本当に優しい人だ。
私も頑張ろうっと。

電脳キツネ目組の人たち5人で歌舞伎町の焼き鳥屋。お腹ぺこぺこ、バクバク食べる。
2001年07月27日(金)

納豆クレーム,関真喜子展,写楽

目白の田中屋で買った納豆パックの封が開いていた。
昨日は田中屋は休みだったのか、食品会社も留守電対応で連絡無し。
どちらも水曜休みなのか?返金してもらって「食品会社の対応は疑問」と話す。

大家のAさんに電話。
敷金はクリーニング代を差し引いて返金すると言うので見積をもらうことにする。
4〜4.5万円て相場?

匿名希望Aさんに誘われて「関真喜子展」、下北沢の「ギャラリークラフトスペース」。
Aさんとは入れ違いで会えず。
数年後に再開発を控えている下北沢の街並みの水彩画。和紙に描いた裸婦、赤が印象的。

敷金から引かれるクリーニング代を少なくするために、
新宿TOKYU HANDSでメンテナンス用品を買う。
帰りに通りがかった高島屋でセール中のコールハーンのサンダルを発見。
前に見て欲しいと思っていた。高いので買わなかった。
サンダルは何年も前から探していた。なかなか良いサンダルがなかった。
これは素敵、いかしてる。3割引なので買ってしまった。

辞めた会社のNさん、私より先に辞めたMさん、後に辞めたSさんと新宿「写楽」。
もう一人先に辞めたSさんも仕事を終えて来る。近況報告。

「サンダル見て。かわいいでしょう。素敵でしょう」と自慢。金額を聞かれたて答えると
「たっかーい、ばかじゃないの」とSさん。
「いいんです、一生履くんだから。歩けなくなるまで履く」
2001年07月26日(木)

引越準備,映画「ロマンスX」,檸檬屋,WMと電話

ビッグ引越センターと、O君からダンボールが届く。
「窓のポスター、いいね」とO君。
通りに面している窓から外に向けて宮崎学ポスターを掲出してみた。
2階なので文章は読めないが、宮崎学という文字は見えるだろう。

NTTのISDNはADSLに変えようかと思ったが、辞めた会社の情報システム部Iさんが
「半年位待った方がいいよ」とアドバイスをくれたので、そのまま移転。
浄水器の会社に電話。取り外しと取り付け工事依頼。なんだかんだとお金がかかる。

暫く映画を見ていない。レディスデーだと気付いたので「ロマンスX」というフランス映画。
くらーい、いやーな話だった。

男が構ってくれないから浮気して、
男が「子供が欲しい」って言うから生殖行為をして、
それでも男は構ってくれない。
そして男をガス爆発で殺してしまう。
「男の名前を子供につけるわ。それで私の罪を許して欲しい」、FIN。

変なの!でも殺さないまでもこういうセックスレスカップルって多いんだろうか。
こじゃれた生活だけど、満たされない毎日。
他人から見れば「あほか」と思うようなことに耽ることでしか、バランスが取れない女。
ますますメロウな気分にさせられた。

住枝さん全裸事件後初めての檸檬屋。
全裸になった事、目覚めたときの事、何も覚えていないらしい。
今日は客私一人。23時過ぎ、アルバイトのSちゃんと帰る。お腹を壊して途中下車。

WMと電話。
NYから日本に来る友人にお薦めの寿司屋を教えて欲しいとのこと。世話焼きさんだなあ。

「WM」とは誰か、について絶対誰にも口外しないで欲しいと言われる。
「私は口が軽いのに、随分なことを強要するね」「そうだよ」
これが「WM道」なのだ。よくわからないけど極めると決めたからにはやる。
意味あるのか?考えない。楽しければOK!

電話の途中でコードレス受話器の充電が切れる。
ADSLにするより新しい電話機を買うべきか?
どなたか不要のファックス電話譲ってくれませんか。
2001年07月25日(水)

ハローワーク,TBS取材,休屋,メロウな気分

二日酔い。はっと気付けば今日は失業認定日。
暑さもあってフラフラしながらハローワーク。
帰りに池袋駅前でO君とすれ違う。汗ダラダラの笑顔で「部屋、決まったんだ。良かった」。

TBSのKさんとカメラマンが部屋に来て、PCに向かう姿を撮る。
大急ぎで帰ってきたので暑い。私も汗ダラダラ。

O君から電話。「この週末はフジロック(野外コンサート)があるから
HP掲示板で不在者投票を呼びかけたらいいんじゃないか」。なるほど。

徹夜明けのKさんとカメラマンと休屋。ビールが美味しい。
「19日の日記の『なあんだ』ってどういう意味?」とKさん。
「素敵な人だなあと思ったらお子さんがいると言うから」
「そう。彼もお子さん一人」
カメラマンは元アメフト選手で背が高くてさわやか系。なあんだ×2。
まあ、宮崎さんの選挙応援によって得られた出会いということで、楽しかった。

帰って転居に伴う各種手続きの電話、洗濯。夕方、近所の工事も終わると静かになる。
一人になって「この部屋での生活もあと一週間か」と思ったらどっと落ち込んできた。

新しい部屋、大丈夫だろうか。騒音、鳩、防犯、不安だ。
「何でこの部屋を出なくちゃならないんだ」と、考えてもしょうがないことはわかっているが。

寝よう。眠ろう。冷房嫌いだが、今日の暑さには耐えられずつけっ放し。
2001年07月24日(火)

部屋決定,太古八

近所の不動産屋ルーブルハウジングで紹介された要町5分、8階の物件をもう一回、
母と一緒に内見。眺望はいいが狭い。
「窓が1方向にしかないのは息が詰まるわね。私はダメだわ、こういうの」と母。

冷し中華が食べたいという母と要町交差点の「花園飯店」(だっけな?)。
「この暑いのに引越なんて」と言う母を付き合わせるのは悪いが、
スポンサーには許可を得ないと。

エイブル池袋東口店の紹介、池袋15分、明治通り沿い4階の物件。
前の入居者が昨日引越。長く住んでいたらしいので汚れているが、
きれいにリフォームしてくれるらしい。

道路側ではないが、音は気になる。排気ガスもすごいんだろうなあ。
4階なので眺望も良くない。窓を開けるとすぐ壁、とかではないが。

何より気になるのはバルコニーの手すりの上に張られたピアノ線。
向かいのビルの窓枠には剣山のような物体がずらりと並んでいる。
エレベータ内に「鳩の糞は掃除して下さい」との張り紙。

「鳩が来るんですか?」眉間にしわが寄る。
私は鳩が大嫌い。犬猫も嫌いだが鳩、カラスはもっと嫌い。ゴキブリと同じ。
「最近は来ないわよ」と大家さん。
ホントか?絶対に?嫌だよ、鳩の鳴き声が目覚まし代わりは。

「いいじゃない、ここにしなさいよ」と母。2件見ただけで面倒くさがっている。
暑いから何でもいいから早くしてという感じ。

もう時間もないし、大家さんもいい人そうだし、DKも広いし、バルコニーも2つあるし、
大満足のお気に入り物件ではないが、ここに決めよう。

エイブルに戻って手続き。契約書をもらう。住民票を取りに区役所。
契約書が何箇所も間違っているのに気付く。もう一度エイブル。大丈夫か?

母と太古八。賀茂茄子炭焼き、魚そうめん、岩がきフライ、ふっこ刺身他どれも美味しい。

O君は太古八の従業員部屋を間もなく出るので「寂しいでしょう?」と聞くと
「いや、またいろんなのが来るから」と羽賀さん。
母が「O君はお坊ちゃんよね?」と羽賀さんに聞いても、友達を悪くは言わない。

「彼女(O君の浮気相手)は『羽賀さんはものすごく危険な男』って言ってましたよ」
「そうかい?ははは」
当たっているかも。

母は帰って一人で飲む。寝不足でふうっと眠ってしまう。
板前の男の子たちが呆れて見ている。羽賀さんは何も言わないで他の女性客とお話。

歩いて帰る。危険なのは私の方か。
2001年07月23日(月)

マエストロ・デ・タボーラ,選挙葉書,Mにスカパー

広尾ガーデンヒルズ近くのTの部屋の眺望は緑が多くて良い。
道路に面したマンションの7階だが道路側ではないので快適。
私も早くお気に入りの部屋にめぐり会いたい。

Tと広尾駅近くのイタリアン「マエストロ・デ・タボーラ」。
トマトとアスパラガスのスパゲティ。

六本木で宮崎学ポスターと葉書をピックアップ。数名が黙々と作業中。私も頑張ろうっと。

TBSのKさんに紹介してもらった千駄木の不動産屋。適当な物件はなかった。
やはり山手線内側は高い。

目白auショップ。先日バージョンアップ修理をしたら、
今度はアドレス帳の登録が正確に出来ない。ソニーはだめだ。

家に帰ると、O君の部屋に綿ぼこりが残されているだけ。広い。

選挙葉書印刷150人分。このうち何人が宮崎学に投票してくれるだろう。
ところが今日六本木でピックアップした50枚は
既に他の推薦人のメッセージが印刷してあるものだった。失敗。

宮崎学直筆メッセージ入り選挙葉書が欲しい人、住所・名前を書いてメール下さい。

Mが彼と一緒にスカパーのセットを取りに来る。
O君はそのままにして行ったので取り外しに手間取る。
Mは準備万端で作業用具を次々取り出す。感心。

一人になったらまた泣くかと思ったが、暑い中歩き回って疲れた。とにかく眠い。
2001年07月22日(日)

O君引越,M、Tと胡同四合坊,ミリバール,Tんち泊

昨夜も前の家の工事、地下水吸い上げ騒音で眠れず。
朝6時に老人たちが「うるさいねえ」と話し合っていた。

友人WMに電話。壁の作品取り外しについて相談するつもりがO君の話など。

WMは「ちゅらさん」はつまらない、と言っていたのに
今ではテレビガイドであらすじを追っているらしい。
「2週間分のあらすじを見ても、どうしてそういう展開になるのかわからないから
教えてくれる?」って、だけど彼女はテレビでちゅらさんを見られないのだ。
ちゅらさんより面白い「WMさん」である。

いよいよO君が引越して行く。「O君のいない家」が「O君の出て行った家」になる。
残される身は辛い。泣きながらメール、日記を書く。

午後、O君が来た。食器やタオル、カーテンを分ける。
O君の新居は近いので引越屋が来る前に何度も往復して荷物を運ぶ。
引越屋は2時〜5時に来る予定が、6時まで来なかった。

出掛ける準備をしてたら大泣き。涙で化粧が出来ない。
引越屋を待っているO君に訴える。
「私は悲しい。O君の出てった部屋に残されて、私の行き先はまだ決まっていない。
私が先に出て行きたかった。悔しい。」
O君も涙で「ごめん」。
すっぴんで出掛ける。バスの中でも涙。

ロンドン時代の友人M,Tと広尾の北京ダックの店「胡同四合坊」。
O君は「あそこは不味いよ」と言っていたが、3人とも満足。
スープはちょっとしょっぱかった。

O君、WM、部屋探しについて。Tが「女が部屋を借りるとき」という本を貸してくれる。
不動産屋の仲介手数料は家賃の半額まで、という法律があるとは知らなかった。
エイブルの「手数料半額キャンペーン」は当たり前の事をしているだけ、ってことだ。

Mは帰ってTとミリバール。
マスターの清野さんに宮崎学ポスターを貼ってくれるように頼む。
「主張をよく知らない」と言われたのでチラシを見せる。

初めは3連休の中日だから空いてるのかな、と思っていたが終電終了後あっという間に満席。

一人になるのは辛いのでTの家に泊めてもらう事にした。渋谷から南麻布5丁目まで歩く。
2001年07月21日(土)

O君荷造り,休屋,池袋不動産屋,夢民

数ヶ月前から家の周りは工事ラッシュ。
前の家は地下を深く掘って、地下水を吸い上げている。
その音が絶え間なく「ゴゴゴゴゴ」とうるさい。夜中鳴り止まずよく眠れなかった。

11:00過ぎ、O君が引越の荷造りに来る。ダンボール20個はすぐ一杯に。
「手伝おうか」と言ったら「いいよ悪いから」。

お昼、2人で休屋。宮崎学選挙戦について。O君も人に話すなど応援活動をしているらしい。

夕方、O君が行って良かったという池袋の不動産屋。
「失業中」より「フリーライター」と言った方が良いというアドバイスを受けて、
そう答えたが審査の厳しさは変わらなさそう。
「収入を証明できる通帳や書類が必要かもしれません」とのこと。んなもの無い。

とりあえず、そういったうるさい条件のない物件を2つ見に行く。
エイブルで仮押さえした池袋の物件のすぐ近くと、要町1分の2K。ピンと来ない。

TBSのKさんが千駄木の不動産屋を紹介してくれた。
いっそのこと上野文化圏に移ってみるか。

O君はお手伝いをしてくれた会社の後輩S君と晩御飯。
私は一人で、最近池袋にできたとO君が教えてくれた、カレー屋「夢民」。
ビールではなくアサヒの発泡酒が置いてある。店で発泡酒を飲むのは初めて。

家に帰ると荷造りはほぼ終了した様子。
積み上げられたダンボールを見ていると出て行っちゃうんだなあと悲しくて泣けてきた。

これから一週間(で済めば良いけど)一人残されたこの部屋で暮らすのはたまらなく辛い。
しかもまだ行き先が決まっていない不安の中で。深夜も続く工事の騒音を聞きながら。

参った。私が先に出て行きたかった。悔しい。
2001年07月20日(金)

ポスター貼り,TBS取材,Fちゃん、須佐美君らとA-sign Bar

17日TBSの取材を受けた後、宮崎学ポスター貼りの様子も撮らせて欲しいとのことで
Kさんと東長崎駅周辺。4箇所9枚。雀荘に貼るといいのでは、と思いついたが見つからず。

ポスターを貼らせてくれる人、家というのは政治信条、思想からというよりも「いい人」。
多くは、頼まれたら断れないタイプだということがわかった。

Kさんと東長崎駅前の喫茶店。ツナプレスサンド、シナモンティーをご馳走になる。
宮崎さん、部屋探しについてなど。Kさんは私と同じ年でお子さん2人。なあんだ。

Fちゃんと西麻布A-sign Bar。沖縄料理、泡盛を揃えるかっこいいバー。
Fちゃんの石垣恋物語を聞く。
さて、これから佳境というところで須佐美君が会社の後輩を連れて登場。

後輩のM君は入社2年目。司法書士資格をもつ真面目な好青年。
私たち3人がぎゃははと盛り上がっているのを戸惑いつつ笑いながら見ていた。
須佐美君の高校時代の恋物語も聞いて、M君に私が書いた小説「やらぬ仲」の話をする。

14日、須佐美君から「(沖縄旅行)お帰り」という電話があった。
須佐美君もFちゃんの恋話が聞きたいのかと思ったので、今日彼も誘った。
ところが、須佐美君は私の部屋探しが難航しているのを見かねて
手伝おうと電話をくれたのだった。優しい。これが須佐美君のもてる秘訣だ。
しかし「じゃあ、3連休付き合ってよ」と言うと動揺していた。

Fちゃんが「で、須佐美君は真理ちゃんの事どう思ってるの?」と聞く。
「真理ちゃんはトイレに行ってて」と言われて席を立つ。

「僕らはこの辺で失礼するよ」と帰りたがる須佐美君を、Fちゃんと私が無理矢理引き止める。
結局須佐美君は西麻布から椎名町で私を降ろし、M君の寮がある柏経由で自由が丘。
遅くまで悪かった。

須佐美君の車は、襲われたBMWのオープンカーから黒いポルシェのオープンカーに。
「金はあるんだ」が口癖?の須佐美君に参考までに離婚の慰謝料金額を教えてもらう。
M君からも「遠慮して後悔しないようにした方がいいですよ」とアドバイス。なるほど。
2001年07月19日(木)

ジャーナリズム実践講座,魚がし日本一

ジャーナリズム実践講座、第3回「フリーランスという生きかた」。
講師は西村健氏(元労働省キャリア・作家)。

30分以上遅刻。既に質問タイム。話は個人情報保護法。

この法律が通っても個人情報を保護することは出来ない。
公をチェックすることから、民をコントロールすることに目的が変わってしまったから。

Q:国民総背番号制、盗聴法、個人情報保護法で官僚が目指すものは何か?
A:彼らはこれからどうなるか不安。自信が無い。
 彼らの武器は法律のみだから自由を奪う法律をどんどん作って支配力を強めたいのでは。

大きな反対の声が上がらないのは、「個人情報保護」という言葉に騙されているのと
管理されたい人が多いから。

車や携帯の位置情報は「便利でいいじゃん」と言うが、動きを全部握られるということ。
役所と業界の利害が一致するから技術はどんどん進む。
行く行くは人体にチップを埋め込むか?

宮台さんも言っていたが、法律を作る側の意図をよく読みこまないとやりたい放題やられる。
「個人情報保護」という聞こえのいい言葉の背後には必ず大きな利権がある。

2次会「魚がし日本一」にUさんが駆けつける。
Uさんは私立女子校の先生なので学期末で忙しい。
望月百合子という女性運動家が卒業した学校は少子化で経営が大変らしい。

「前回講座の後すぐに望月百合子さんがお亡くなりになりましたね」「そうなのよ」
私はUさんの話を聞くまで望月百合子という人を知らなかった。新聞記事を見せてもらう。
竹久夢二のモデルでもあったらしい。長生きしたんだなあ。
2001年07月18日(水)

O君引越見積,休屋,O君新居,池袋8分物件,檸檬屋で見たモノ

O君の引越見積。彼はレコード、CD、本が大量だが私の半額。
2人で買った家具はほとんど私がもらう。私が持ってきた食器・布団は分けることにした。

どなたかスカパーのセット欲しい人います?あげます。
先日作ったばかりの出窓に合わせたベッドは?棚として使えます。

O君と2人で近所の壁に宮崎学ポスターを貼る。
近所の蕎麦「休屋」でお昼。ビール、生酒、焼味噌、板わさ、鮎甘露煮、せいろ。
こうしていると何も変わっていないような気がする。

O君の部屋を見せてもらう。新築分譲タイプで、下駄箱の取っ手さえ違う。きれい。
部屋は狭いが窓が大きくて部屋より広いバルコニー。
周りは3階建てが多いところの4階なので開放的。

私は20件見たが、まだ決められない。帰ると近所の不動産屋から電話。
「インターネットで良さそうなのがあったので見に行きましょう」
池袋8分で広いが、予算をはるかに超えている。一応見に行く。古い。
ここなら昨日見た要町の物件の方がいい。

近所の不動産屋とはもうすっかりお馴染み状態。
「なんかもう『他で決めました』とはとても言えないですね。店の前通れないですよ」
「私も同じ人を4回内見にご案内したのは初めてです」
私だってとっとと決めたいのだけれど。

「個人情報保護法反対トークセッション朝までやる会」で檸檬屋。
出演は宮崎学、白川勝彦、宮台真司。
TBSが取材に来ていて「宮崎さんの魅力は?」とインタビューされる。「笑顔です」

開始前に白いマスクをした若者が宮崎さんの前に現われる。
ゴム手袋をして小さな紙袋を下げている。
何者?「これ息子」と宮崎さん。言い終わって口を大きく開ける。なんと歯の治療が始まる。
「往診もするので慣れてるから大丈夫」って、客のいる飲み屋でやるか?

宮崎さんの歯槽膿漏の治療を隣で見ながらビールを飲む。
注射を何箇所にも打たれて痛そう。血も出てる。
「うがいして」と言われてウーロン茶をブクブクごっくん。うわわ。
薬を飲んで「うん、ちょっと痺れるな」で終わり。歯科医の息子さんは帰る。
「ありがとな、今度マージャンで負けてやるよ」と宮崎さん。

トークのテーマは選挙戦序盤を闘って、インターネット選挙、個人情報保護法案について。
最後は住枝さんが乱入、檸檬屋は初めての白川さんと宮台さんは
宮崎さんに「この店の店主です」と言われて驚いていた。
宮崎さんの制止も効かなくなってお開き。

私は宮台真司ファンでもあるので少しお話して、駅までお見送り。
ずーっと前に宮崎さんの出版パーティーで会った事を思い出してくれた。 

住枝さんは大荒れ状態。私にも「お腹出てるな」とか
「もの書きなんか無理だ、お嫁さんになれ」、「お前はバカだ」と散々。
外は雨なのに「オイ、もうみんな帰れ!俺は眠いぞ」

最後は逗子のMさんという男性とバイトのSちゃんと4人でソファに寝る。
私は冷房が苦手なので弱めにしておいたら、明るくなる頃に住枝さんが
「暑い暑い」と言って脱ぎだす。
まさかの全裸。冷房を強くすれば着るかな?と思ったがまっぱだかでぐっすりお休みの様子。

Sちゃんは慣れているのか?笑っていた。若い女性を残していくのも心配だったが
この状況に耐えられず、片付けもせず逃げ出す。
なるべく見ないようにしていたが、とんでもないモノを目にしてしまった。

私の今日の格好(胸の部分に切れ目の入ったノースリーブ)を見て
「そういう肌を露出するようなのはやめろ、恥ずかしい」と言った住枝さんは
自らの身体を使って「過剰な露出は迷惑だ」と教えてくれたのか?

しかしホントいろんなものが見られて、宮崎さんの応援は面白い。
2001年07月17日(火)

引越見積,プリティグッド物件,選挙ポスター貼り,稽古屋

行き先も決まっていないのに引越見積。荷造りも一人でやるのか。大変そう。

近所の不動産屋、予算アップして2件内見。
池袋42.94屐9いが全ての窓の向こうは壁。ひどい圧迫感。

もう1件は要町5分。大通りの大きなマンション。外観きれい。
8階道路ではない側。眺望◎。「私ならここに決めます」と不動産屋さん。
DKが狭いのが気になる。家具が入れば、エイブルの物件より安いし、こちらにしようか。

今日も朝昼食抜き。
フラフラになりながら駅前のクリーニング店に宮崎学選挙ポスターを貼らせてもらう。
他の政党と並んでると、ほんとセンス抜群!

キツネ目の男の手配写真の顔が割れて笑顔の宮崎さんが飛び出して爆発してる。
コピーは「キツネ目の男の『毒』をもって、腐敗官僚政治の『毒』を制す。」かっこええ。

皆様!貼る場所ご提案下さい。或いはお送りいたしますので適当な場所に貼って下さい。
メールお待ちしています。

駅前のおでん「稽古屋」、やっと本日一食目。
ポスター裏に両面テープを貼る作業をしながら一人で串焼き、エビスビール。

PCで要町の物件に家具が入るかシュミレーション。細かい家具も入れるとぎゅうぎゅうかな。
眠いので途中で止める。
2001年07月16日(月)

園部町役場,れいん房,京都拘置所前,伏見大手筋商店街,帰京

JR嵯峨野線で園部。京都から特急で30分ほど。何も無いところ。
ビジネスホテルの2、3軒って、嘘。食べるところなんて皆無。
良かった、一人で園部に泊まらないで。偉い目にあうところだった。

何故園部町?それは自民党のピグモン(声が甲高くて恫喝好き)野中広務の出身地だから。
昨日は小泉に殴り込みをかけ、今日は野中の弟が町長?だとかの園部町役場で演説会。

ところが、町役場には人っ子一人いないのであった。今日は日曜日。
不在者投票の選管職員数名のみ。とりあえず気勢をあげて吼える。「逃げたな!」

ショッピングセンターらしきところで演説中ポスティング。今日も暑い暑い暑い。

お昼は園部町のファミリーレストラン「れいん房」。1ヶ月煮込むというビーフシチュー。

京都拘置所前。通行人はほぼ皆無。
スピーカーを建物に向けて「拘置所内の皆さん!」と演説。

こんなところで演説をする候補者が他にいるだろうか。
「今の司法制度の不備を訴え、警察・検察・裁判所の怠慢・不祥事・犯罪を暴き、
ヤクザの冤罪事件のために闘える国会議員は宮崎学しかいないでしょう!」
建物の上のカメラが戦車を捕らえる。Vサイン。
「マンションに住んでいても、拘置所に住んでいても、比例代表は宮崎学!」
Tさんの演説はわかりやすくて面白い。

伏見大手筋商店街。やっと人の多いところ。
通りがかりの浴衣姿のカップルが「おお、本人や」と熱心に演説を聞いている。
宮崎さんの知り合いらしい。

16:00過ぎ、メニュー終了。京都駅まで送ってもらう。
帰りの新幹線は選挙運動用のチケットを使わせてもらう。
JRの職員が要領を得ずマニュアルをひっくり返して、10分以上待たされる。

3日間、疲れた。しかし宮崎さんは明日は名古屋、明後日は東京。
こんな大変な選挙に何回も勝っている政治家はやはりモンスター、人間じゃない。
2001年07月15日(日)

伏見稲荷,宮崎vs小泉,祇園祭,串乃濱源,京都東急ホテル

京都は暑い。伏見稲荷で朝食、コンビニお握り。

伏見稲荷駅前で街頭演説。宮崎さんの関西第一声。ここは宮崎さんの地元。
ビラのポスティングがてら「戦後最大のアウトロー作家宮崎学の故郷を訪ねるツアー」。

ファミリーレストラン「FRIENDLY」。
「駅はすぐそこです」と言われて炎天下を15分ほど歩く。
金太郎のような服を着ていたので肩、背中が焼ける。暑い。

京都市役所に着くと夥しい人波が押し寄せている。
自民党野中広務の演説に日の丸の小旗を振る人々。
野中の甲高い声に「土井たか子じゃない?」と言う人も。

いよいよ小泉純一郎登場で人垣も暑さもピーク。そこへ我らが宮崎学の戦車登場。
ボリュームを最高に上げて
「小泉さん、貴方はなぜ総裁選で戦った橋本派の人間の応援をしているのですか。
貴方の言う改革とは、その程度。嘘です。バブルです。今すぐ京都から出て行きなさい」。
やれやれー!もっと言ったれー!

ポスターの証紙貼りの作業をするために炎天下で車を待つ。
ぎゅうぎゅう詰の車の中で証紙貼り。
集合場所の京都ブライトンホテルに向かうも渋滞と道の不案内でひどく時間がかかる。

京都ブライトンホテルにたどり着く。「明日はどうする?」と聞かれて、迷う。
サウナ2泊はきつい。
「妖怪になりなさい」と言った男性が、ネットで空きホテルを調べておいてくれた。
が、既に満室。
宮崎さんの「泊まっていったらいいよ」の一声でもう一日の滞在が決まる。

電話をしてるとMさんが「彼氏?」と聞くので「別れました」。
「あら、新しい男は?」「新しい男は宮崎学。7月はそのつもりです。マナブちゃん命」

ライターの男性のポルシェで京都駅まで送ってもらう。渋滞。
スピードを上げないとクーラーが効かないらしい。

「祇園祭なので京都のホテルはきっと一杯、明日の集合場所の園部に泊まるのもいいかも」
と言われる。「夕飯食べるところあります?」「そりゃあるやろ」

京都駅の観光案内所。なんと京都東急ホテルが5,000円。
行ってみるとツインのシングルユース。祇園祭にも歩いて行ける場所。
なんてラッキー、宮崎さんに感謝。

シャワーを浴びて一人で祇園祭。
静かな小道から入っていくと提灯で飾られた山鉾が見えた。
四条通はものすごい人でぐちょぐちょに混んでいる。浴衣で地面に座り込む若者たち。
一人で祭りを見るのは寂しいものだ。

夕飯を食べる店を探したが既に22:00近く。ホテルの近くに戻って「串乃濱源」。
串焼き、日本酒。

カウンターの中の男の人が「祇園祭で来たの?」「いえ、選挙運動です」
「大仁田厚が来てたよ」「宮崎学って知ってます?」「知らないなあ」
お店のオーナーは宮崎という姓らしい。宮崎さんの話。結構興味を持って聞いてくれた。

昨日のサウナで水虫をもらってしまったようだ。ウナコーワを塗る。
今日のホテルは快適。そういえばO君と初めて旅行したのは京都・大阪・神戸だった。
楽しかったなあ。思い出し泣き。
2001年07月14日(土)

関西突破塾,天満橋くねんぼ,京都カフェ・ド・グルニエ,レディースサウナ

今回の関西突破塾は特別編でゲストは無し。宮崎学さんが参院選立候補について語る。
20:00開始に30分以上遅刻。既に質問タイム。
一人の参加者が宮崎さんに論戦を挑んでいた。

Q:勝つつもりがないのはダメじゃないか?
A:勝ちたいと思ってやる。負けるとわかっていても、やらなしゃあないという状況。
 私は負けてばかり。それでもやらなければならない。負け方というのもある。

Q:企業のトップが「儲からなくてもいい」と言ってるようでは社員の志気は下がる。
A:企業は金儲けたらいい。私は会社をいくつも潰した。金儲けのためにやるのではない。

Q:選挙は戦争ですよね。トップが「負ける」と言ってたらモチベーションはどうなる?
A:選挙は戦争じゃない。戦争は人が死ぬ。選挙で死ぬことはない。

10分程で「それでは宮崎さんはこれでお帰りです」って終わってしまった。

2次会はくねんぼ。宿泊代節約のために泊めてくれる人を探すが難しい。
京都のレディースサウナを紹介してもらう。

名刺と一緒に一万円札をくれた人がいてびっくり。返す。
「君は妖怪になりなさい」とわけのわからないことを言う人が地下鉄のパスカードをくれた。
これは有り難く頂戴する。

京都の京童(きょうわらわ)さんが帰る道すがらサウナの場所を教えてくれると言う。
もう一杯飲みましょうと誘う。
「京都の『檸檬屋』に行きますか?東京の檸檬屋より汚いですが」
「いや、昨日行ったんで」ということで小さなバー「カフェ・ド・グルニエ」。

京童さんは大手予備校講師。お店の女の子やお客さんと話す。
誘っておいてご馳走になる。「計算まこちゃん」じゃなくて「集り真理」?

レディースサウナ「ルーマプラザ」。混んでいたが、なんとか休憩椅子を確保。寒い。
2001年07月13日(金)

不動産屋2軒,エイブル,水着,檸檬屋

参院選公示。宮崎学氏応援に駆けつけたいが、部屋探しは差し迫った問題。

近所の不動産屋。4件内見。
1件目西池袋。期待していなかったが意外ときれい。洗濯機置き場がない。
2件目池袋。図面ではDK8畳となっているが、絶対嘘。
3件目東池袋。「とても良い大家さん」の意味はわからず。きれい。
バルコニーの洗濯機置き場にエアコンの室外機が取り付けてある。首都高に近くうるさい。
4件目目白。オンボロアパート。和室の真中にごきぶりの死骸。暑さもあって倒れそう。

駅前の不動産屋。失業中だと審査が厳しい。
親を契約者にして他に保証人を置いて入居者は私、という形にしろと言われる。
そういう怪しい人物でもOKなのは難あり物件。

朝昼食抜きでエイブル池袋東口店。板橋の物件はまだ入居者がいるので外観を見に行く。
建物は美しいが、レンガなどの建材が敷地を埋めている。

池袋の物件も外観のみ。大通りに面した大きなマンションの4階。
きれいで安全そうだけどかなりの予算オーバー。
大塚のガン研の医者が何人か住んでいるらしい。普通、つまらない。

でもそう我がままを言ってられる状態でもないので、とりあえず押さえる。
内見してからの契約になるので、他も探せる。
感激の物件に出会うべくあと少し頑張って探そう。

って事で少し落ち着いたので、やっとご飯。大戸屋に初めて入る。禁煙席がないのはダメ。
あまりの空腹に慌てて味噌汁を飲んだら口の中を火傷。

宮崎さんの選挙お手伝いに行く前に水着を購入。
FILAのセパレーツ赤、水玉をやっと見つけた。子供っぽくてかわいい。

やっとお手伝いに行けると思ったら、今日の作業は終了との事なので檸檬屋に行く。
選挙というと現われる人など。私はよくわからないが。

部屋探しで困っていると話すと、住枝さんの知り合いに聞いておいてくれると言う。
谷中、根津あたりの古いお家なんてのもいいなあ。

終電で帰ろうとしたら住枝さんが「片付けていけ、俺はもうヤダ」と言うのでお手伝い。
なんで宮崎さんじゃなくて檸檬屋?と思いつつ洗い物をしていると
「お前はそんなことするな。それは明日でいいんだよ」。

タクシーで帰る。檸檬屋の近くに住むっていうのはチト怖いかも。
2001年07月12日(木)

不動産屋2軒,M社しのづかさん

駅前の不動産屋、椎名町駅そばの物件。狭い。
もう一件は大家さんがスリッパを持って来てくれて部屋を説明してくれる。とてもきれい。
洗濯機置き場には目隠しの扉もついている。でも狭い。
変形のダイニングテーブル、茶棚が入らない。

もう一つの駅前不動産屋。
どこの不動産屋もそうだが失業中と言うともものすごく警戒される。
一軒家の2階部分の一件。昨日見た一軒家の2階と値段はそう変わらないのに、
ものすごく古くて汚い。また気分が悪くなる。

M社のしのづかさんと池袋の和風ダイニング。丸山健二「まだ見ぬ書き手へ」を貸してくれる。
しのづかさんの企画、ノンフィクション本の相談、ヘアサロン「PEPI'S」のベゴニアさんの話、
沖縄、部屋探し、しのづかさんの子供の学童保育の話など。楽しい。

「『職業は社交家』と言うライターがいるけど、桜井さんもそうだね」
「失業中の社交家」だよなあ。とほほ。

2軒目のバーで飲んだ泡盛が寝不足の身体に効いた。電車乗り過ごし。
2001年07月11日(水)

部屋探し難航,Fちゃんノックアウト,日記訂正

駅近くの不動産屋に紹介された池袋の奇妙な間取りの部屋。
部屋は12畳なのにお風呂は超ミニ。押入れは正方形で2畳分ぐらいある。
洗面台が膝上ぐらいの高さ。変なの。

エイブルは定休日。鍵渡しコーナーの人が週刊CHINTAI最新号をくれる。
重いのをずっと持ち歩いていたが、よく見ると対象は4ページぐらい。

映画「突破者太陽傳」の高橋玄監督がHPで大絶賛した不動産屋
「白王商事」スーパー課長の伊集院さんを訪ねる。下落合1Fサンクスのマンション。広い。

落合南長崎方面の不動産屋2軒。
O君がほぼ決めたというマンションは新築の分譲賃貸で広ーいバルコニーつき、
外観も豪華でとってもきれい。
私が見ているところは汚いオンボロばっかり。くそお。同じマンションにしちゃおうか?

西池袋プール近くの1件、古い。内装工事の途中。塗料の臭いもあって気持ち悪くなる。

今の家の近くの1件、一軒家の2階部分97,000円。かなりの予算オーバーだが、
さすがにきれい。内装もいいものを使っている。ここも新築の臭いがきつい。

なかなかいいところがないが、こうなったら納得いくまで探す。
今の家もかなりの件数を見て決めた。
母が一時住んでいた目白の一軒家の離れもそうだったが、
見た瞬間に「これだ!」と感じるもの。きっとそういうところがあるに違いない。頑張るぞ。

帰って旅行中の日記、メール返信。

なんとFちゃんは私と別れた後、台風も吹き飛ばす勢いのドラマチックな展開があったらしく、
羨ましさに倒れそう。大興奮、悶々。

弁護士Mから指摘あり。

6月22日の日記:
「でもMによれば、たとえ盗まれたお金でも「返せ!」と言って「ちょっとまって下さい」
と言うのを「今すぐ返せ」って言ったら恐喝になるらしい。びっくり。」
を訂正。

>恐喝のところ、「今返せ」と言っただけじゃなりません。
>相手を畏怖させるような態度(怒鳴ったり、軽く小突いたり、壁を叩いたり、とかかな)
>で請求したときです。
>気をつけてね。

はい。ありがとうございました。
2001年07月10日(火)

部屋探し,白川勝彦パーティー,今井亮一さん

近所の不動産屋から電話。4件ほど紹介されるが、見る気にならない。
1件「とても良い大家さん」というのがあって、それはどういう意味?

駅近くの不動産屋。1件、ちょっと変わった部屋。明日内見。

宮崎学氏が出る「新党・自由と希望」の代表白川勝彦氏のパーティー、全日空ホテル。
いわゆる政治家のパーティーは初めて。楽しいものではないが、私は宮崎さん盛り上げ隊。
それにしても頑張ろうコールとか万歳とか「男にして下さい」とか、嫌い。

会場で漫画「交通被告人前へ!」の原作者今井亮一さんに会う。
下駄。不思議とジャケットにも合う。

宮崎さんとは会釈だけ。今井さんと赤坂のカフェ。ワインをご馳走になる。
宮崎学の魅力について。

ノンフィクション本についても相談。
雑誌に連載してその後本にするというのもあり、と言われる。
しかし連載を持つって大変なことだろう。とにかく原稿を書かなければ。

引き続きルームメイト募集中。女性かゲイに限定した方がいいのかな?
2001年07月09日(月)

O君,auショップ,部屋探し,ルームメイト募集

昨夜は少し肌寒いぐらいだったけど、朝になったら暑くて目が覚める。
Fちゃんはカーテン閉めてても日に焼けるって言ってたけど本当か。
ベッドは毎日朝日がサンサンおはようさん状態。

日記を溜めてしまうと追いつくのが大変。次の旅では手書きで書くか、PC持っていくか。
そういえば去年の日記っていうのもあった。いつまで書いたんだっけ?

O君と近所で会う。喫茶店を探して目白まで歩く。慰謝料については納得してくれた。
金額・支払方法については決めかねているようなのでもう少し待つ。
家具備品分与の詳細は別途相談。

O君は既に新居にあたりがあるらしい。宮崎学、沖縄旅行、ノンフィクション本についてなど。
「宮崎学の選挙応援より、自分の本のほうが大事だろ」とO君。
うーん、でも今一番やりたいのは宮崎さんを応援することだ。面白いんだもん。

O君と別れてauショップ。電池パックを交換しても電池が持たないので、バージョンアップ。
今度は大丈夫か?

私も部屋探しで目白商事。1件内見、1件外観のみ。「目白」は高い。
条件は8万、家具が大きいので30峩瓩は欲しいところ。となるとかなりのオンボロ。

近所の不動産屋。1件目、窓が開かない閉まらない。2件目、きれいだが狭い。
3件目、広いが暗くて汚くて気分が悪くなる。

今の部屋を誰かとシェアするってのはどうかな。非喫煙者、きれい好きな人求む。
個室は和室6畳です。家賃は15万なので半額から応相談。
興味ある方はメールにてお問い合わせ下さい。
2001年07月08日(日)

帰京,O君偉い,オゴウチ家

ぬーがやは素泊まり4,000円じゃなくて朝食付き4,000円と表示しても良いのでは。
それとも今日はお客さん私だけだから?
だけどベーコンも目玉焼きも食べられない私。スミマセン。

ちゅらさんは昨日まで「私と同じセンチメンタルジャーニーね」と思っていたら、
えりぃは初恋成就か。フン。

食卓に沖縄地方紙。巨大な見出しで「暴行米兵逮捕」。
旅の初めから終わりまでずっとこの事件がトップニュースだった。

ホテル日航アリビラまで送ってもらって空港バス。
来た時は暗くて見えなかった「象のオリ」(=楚部通信所)。すごい近く。
前にニュースで象のオリの中で知花さんが三線を弾いてみんなが踊るのを見た。
次回は知花さんともゆっくり飲みたい。

空港でソーキそば。石垣空港の八重山そばの方が美味しかった。麺が違う。
ANA082便で羽田14:10着の予定が少し遅れる。

O君には西表への船と残波岬からメールを送ったが反応なし。
留守電も入れたのになあと思っていたら、家への入口で電話が来た。
「どうだった?」「良かったよ」

部屋に入ると生ゴミ堆肥の容器が洗ってあった。偉いぞO君。
ちゃんと埋めに行ってくれたんだ。
この暑さであの重さ、しかも長期熟成できっとものすごい臭いだったはず。有り難い。

オゴウチ君から電話。オゴウチ君は行く前にも「家においでよ」と心配して電話をくれた。
疲れていたけど出かける。

旅の土産は買わない主義。しかしオゴウチ君はいろいろもらったりお世話になっている。
「そんなのいいよ」と言ってくれるけど、西武で買ったワインを持参。

オゴウチ君特製冬瓜チキンカレー。石垣空港のシーフードカレーとは違う。美味しい。
バナナアイスクリーム、ポテトコロッケ、サツマイモコロッケ。料理好きの男、いいなあ。

オゴウチ君の娘Cちゃんは間もなく2歳。
歌もおしゃべりも出来るようになって、私の事もちゃんと覚えている。かわいい。
忘れていたけど今夜は七夕。Cちゃんは何をお願いしたのかな?
2001年07月07日(土)

残波岬,残波ビーチ,かむろ花

「ごく簡単な」と言われていた朝食。
チーズトーストだったので申し訳ないがただのパンに変えてもらう。

昨夜私よりも遅くに着いたという女性が一人。
少し喋るもちゅらさんが始まったので無言で見入る。女性は全く興味ない様子。
終わってから「毎日見てるの?」と知花さん。「はい、夢中です。あー面白かった」

車で送ってもらって残波ビーチ。残波岬まで歩く。
Fちゃんが「絶景ポイントだから見た方がいいよ。自殺の名所なんだって」と教えてくれた。
確かに素晴らしい眺め。きれい過ぎて死ぬ気にはなれない。人もまばら。
オンボロバスの移動アイスクリーム屋が大音量でラジオを流していて興ざめ。

ビーチに戻る。ここでも音楽が流れてて、イマイチ。
囲いの中にプラスティックの島が浮かべてある。
修学旅行の?子供たちが入れ替わりやってきて海でも浜でも大騒ぎ。

これが今回最後の海。私はやはり西表島のヌードビーチと月が浜ビーチが良かった。

お昼は炎天下で牛丼、ビール。木陰で昼寝。周りを隠れんぼの子供たちが走り回る。

夕方水着に上着を羽織ってタオルを腰に巻き、残波ロイヤルホテルから路線バスで帰る。

知花さんが教えてくれた、ムーンビーチホテルでシェフをしてた人が始めた「かむろ花」。
宿の近くなので歩いて。私が今日一番初めの客。間もなくいっぱい。
知花さんも何人かで来るが入れず。大繁盛。

ご主人が他の宴会客に出すローストポークを少し分けてくれた。美味しい!
海月(ウミヅキと読んで大恥)酢の物、島魚お造り、赤尾煮付け、どれもウマイ。
泡盛は「残波」の白ラベル。カウンター席の地元の人が黒ラベルを飲ませてくれる。

隣の席の銀髪男性は定年後茅ヶ崎から家族で移り住んだらしい。
読谷村は実はそういう人が結構いて、きれいな家も多い。
娘さんが米軍基地内のアメリカンスクールで日本語教師をしているとか。
日本語教師の経験を持つFちゃんも、そういうのはどう?

カウンターの地元の人とも友達になって盛り上がる。お会計3,100円。絶対また来よう。
緑さんと一緒に。

しかしベッドが腰が沈むほど柔らかいのは困った。
2001年07月06日(金)

ヴィラフサキリゾート,Yさん,読谷村「何我舎(ぬ〜がや)」

Fちゃんは今日から定宿のヴィラフサキリゾートへ。
オーシャンヴューが素晴らしい底地ビーチのホテルとは違って、コテージタイプ。

「毎年お見えになってるF様ですね。シャンパンをどうぞ」とのことで、
よくあるウエルカムドリンクかと思ったらボトルだそう。
「ホテルマン、かわいいね」とFちゃん。背が高くてかっこいい。

お昼は石垣牛を食べたかった。ステーキはなくて石垣牛サンドイッチ1,000円。
レシートを見ると1,200円取られていた。アブナイアブナイ。てーげーだからなあ。

台風の影響でマリンメニューは中止なのでFちゃんも一緒に街中へ。
将来は石垣定住希望のFちゃんだから、Yさんに会っておくといいかなと思ってお店へ。
お客さんがいないので、結局Fちゃんのバスの時間までおしゃべり。
お仕事モードのYさんを見るのは初めて。きれいで若々しい、やっぱり素敵な人だ。

バスターミナルまでFちゃんを見送る。Fちゃんには石垣滞在ですごくお世話になった。
一人旅を邪魔しちゃったけど、私は寂しくなくて良かった。
Fちゃんは毎回一人旅らしいので今回はいつもと少し違って、それもまた一興だよね。

街中のおしゃれな?お土産屋を覗いて空港へ。
読谷村に着くのは遅くなりそうだから、カウンターでシーフードカレー。
湯煎タイプでチト寂しい。

ANK440便は那覇20:20着のはずが20分遅れ。
那覇バスターミナルへの空港バスは待ってくれず、タクシー。
読谷村行きバスも終了してたらどうしようと不安だったが、23:00頃まであった。

昨日まで読谷村がどこにあるのかもよく把握していなかった。
米軍による強姦事件のあった北谷、嘉手納基地のある嘉手納を抜けて路線バスの旅。

22:30頃「高志保入口」という停留所で民宿「何我舎(ぬーがや)」の迎えを待つ。
ご主人の知花昌一さんが車の中から手を振って現われる。
基地問題のTV番組で見た時とは違う笑顔。

「この宿はどうして知ったの」
「那覇のにんじん食堂の大道寺ちはるさんに紹介していただきました。
大道寺さんとは会ったことなくて、今回は時間が合わなくて
にんじん食堂にも行かれないので残念です」
「ああ、にんじん食堂ね。そうかそうか」

ぬーがやは1泊簡単な朝食付き4,000円。
反戦・基地問題で闘う知花昌一さんの宿と聞いていたので、
「なんかすごいかも」と勝手に想像して少し不安だった。
それでも来てみたのは、「車椅子OK」らしいので緑さんとの沖縄旅行の下見が目的だから。

ところが、意外なことにぬーがやはとてもかわいい部屋。
漆喰壁にドライフラワーがセンスよく飾り付けられてて、ベッドサイドのランプも素敵。
ポプリが専用の器に入れて置いてある。トイレもお風呂も緑さん超OK仕様!

「平和」とか「基地問題を考えよう」とか張り紙いっぱいあったりして?との想像も大外れ。
部屋には宮沢賢治「銀河鉄道の夜」他の絵本とか、
トイレには和紙に「相田みつお」と押し花、の世界であった。

しばらく知花さんの三線の音が聞こえていた。
憩いの間に行ってみようかなと思ったが、部屋を出ると灯りが消えていた。

寝る。むむ、ベッドが柔らか過ぎるなあ。
2001年07月05日(木)

台風接近,モラモラ,川平湾,クラブメッドカビラ

台風接近でホテル前のビーチも、膝下の深さなのに遊泳禁止。
ハブクラゲがネットを越えて入ってきてしまうらしい。時折雨模様。
ビーチのデッキで寝ていても強風で砂が痛い。

今日こそは見逃せないちゅらさん。えりぃの告白シーン。

ランチはホテルのレストラン「モラモラ」。
八重山そば(味噌野菜)は麺鉢に山盛り、更にお握りが2個付いて1,000円。食べきれない。
天気も悪いのでずっと座っていた。

売店で、西表島パインアップル館で少し話した男性二人組Iさん、Tさんに再会。
彼らは底地ビーチを見に来たと言う。ドライブでもという話になり、4人で川平湾。
石垣随一の景勝地とのことで、美しい。
さんご礁、黒真珠養殖のため台風でなくても遊泳禁止らしい。

近くの店で3人はかき氷やアイスクリームを頼む中、私は一人泡盛。
玉の露43度8年古酒。美味しい。

彼らは「案山子」という民宿に戻って夕食。私たちは再び「モラモラ」。ミーバイのポワレ。

IさんからFちゃんに電話。「飲みましょう」ってことでクラブメッドカビラのバー。
クラブメッドに行くのは初めて。ここは宿泊者以外でも入れるらしい。
トランポリンや空中ブランコの設備もあって、バーではリンボーダンスイベントに長い列。
終わるとバンド演奏。ライトアップされたプールの脇で飲む。

置いてある泡盛も琉球ガラスのきれいな瓶で、ちょっと違う。新里酒造「琉球」35度8年古酒。
一番美味しく感じた。

ホテルの部屋に戻って夕食で残ったワインをFちゃんと飲む。
2001年07月04日(水)

寝坊、台風、石垣島Yさん、Fちゃんと底地ビーチ

パインアップル館はパイナップルの出荷で大忙し、作業の音で目を覚ます。
随分朝早くから働いているんだなあ、と思ったが
彼らが早いのではなくて私が寝坊したのだった。
ちゅらさんを見逃し、朝食は一人きり。港までの車にも乗り遅れる。

女将さんが送ってくれた。「パイナップル持ってく?」と言われたが重いので遠慮する。
「台風が来てるんですよ」とのこと。往きとは違って船も揺れた。
女の子が「キャー、怖いよう!」と絶叫しつづける。結構楽しそう。

石垣島に着いて、Yさんに電話。
Yさんとは昨年入院した時同室だった。石垣市役所近くで美容院をやっている。
お店の前に出て待っていてくれた。
「あら?一人なの?彼と一緒なのかと思ったわ」と言われる。

お休みのお店で暫く喋る。Yさんは術後の経過が思わしくない。
手術で縫った糸が体内で溶けずにお腹を刺して痛み、次々に飛び出してくるというのだ。
レントゲンには映らないのでどこに何本残っているのかわからないらしい。
「まだ1本あると思うよ。痛いもん」
そのたび東京の病院に通院しなければならない。
美容師はシャンプーなど力もいるので1日2、3人が限度。大変そうだ。

ホテル日航八重山で飲茶ランチ。初枝りっちゃんも息子を連れて来ていた。

Yさんの夫は2ヶ月ほど大阪にいて、間もなく戻るらしい。
初め病院で見かけたときは息子さんかと思うほど若々しい格好の男性で、
実はYさんより11歳年上というので更にびっくり。

Yさんが36歳の時に突然石垣島に現われた男性と3日で結婚を決め、以来13年仲良し夫婦。
美容院を休んでキャンピングカーでヨーロッパ旅行2年間。羨ましい。

「Yさんは素敵な人ですけど、旦那さんも相当もてるでしょう?
47歳まで独身でいたのにYさんと3日で結婚を決めたのは何で?」と聞いてみた。

「それはね、私は美容師で男に頼ろうとか結婚したいとか考えていなかったから。
旦那は大病していつ死ぬかわからないから、一人で生きていけない女ではダメだった。
幸運ももちろんあったけど、私が一人で美容院をずっとやってたのが偉いって言ってるよ」

うーん、「髪結いの亭主」というよりは、やっぱり「ショコラ」だ。
美味しいチョコレートが、Yさんにとっては美容師という仕事だった。いい話だ。
私も頑張ろうっと。Yさんの旦那さんにもまた会いたいので絶対また来る。

大学ゼミの同期Fちゃんが石垣空港に着くのでバスで空港。
台風とともに来るっていうのがちょっぴり残念。

Fちゃんの滞在する、底地ビーチ近くにあるホテル。
Fちゃんは明日のシュノーケリングが中止になってしまったので一刻も早く海へ。
ホテル前のビーチ、囲いの中は膝下の深さしかない。子供用プールみたい。

晩御飯は水着のままプールサイドのサンセットビアガーデン。途中雨。
ステ−ジでは沖縄民謡ショー。盛り上がりに欠けるが、この人数・天候ではしょうがない。

Fちゃんと恋愛話で夜が更ける。
2001年07月03日(火)

宇奈利崎、月が浜ビーチ,星砂の浜,草木染め「ぷーら」,居酒屋「がじゅ丸」

パインアップル館の先のビーチ宇奈利崎。誰もいない。
その先の廃業したゴルフ場。前来た時は子供たちがゴルフ遊びをしていたが、誰もいない。
廃墟になった黒真珠展示館。断崖絶壁にあり「危険!近寄るな!」と看板。
海の美しさと対照的。

月が浜ビーチ。500m続く砂浜に3人。泳いでいる人はいない。
なんで?ハブクラゲが出るから?
観光客を連れた地元の人らしき男性が来たので「泳いじゃいけないんですか」と聞く。
「そんなことないよ。波がある砂浜は透明度が低いから人気がないだけ」
そうなの?私はザブーンと波が打ち寄せる砂浜、好きだけどなあ。
一人きりで泳ぐ。気持ちいい。
砕ける波に身体をぶつけてみたり、仰向けに浮いて揺られてみたり。
キャーキャーいう声も聞こえず波の音だけ。なんて贅沢だろう。

月が浜ビーチには結構ちゃんとした建物があるのに営業していない。
誰もいないから?営業していないから誰もいないのか?

お昼は星の砂ビーチレストラン。こちらはファミリー、カップルなどで賑わっている。
グルクンという島魚のから揚げ定食。通常どおり、出てくるのが遅い。
「トーフチャンプル、30分以上待ってるんですけど」と隣の席の人。沖縄タイムさあ。

潮の満ち引きで、昨日の夕方とは海の景色が違う。
昼の海水は熱すぎる。さんご礁の海岸は歩き難い。
とういわけで「だあれもいない海♪」の月が浜に戻る。

浜の端の方で犬2匹と人一人が泳いでいたが、
犬が走ってきても3分ぐらいはかかるだろう距離。
夕方まで海と木陰の往復を繰り返す。一人きり。不思議と寂しくはない。

シャワーの後草木染めの店「ぷーら」に行くも「CLOSED」。
庭に回ると染物の釜に火がついていた。きっと人がいるのだろうと裏に行くとシャワーの音。
暫く待つと店のカーテンが開く。
「染めの作業してたら汗だくになっちゃってシャワー浴びてたの。
そういうときに限ってお客さんが来るのよね」って、沖縄感覚さあ。

マングローブ染めのパンツは面白いが、8,000円。
寝間着もパッキングし忘れたので安いものを買おうと思っていたのだが、
いい物を見ると欲しくなる。
染めている本人が売っているので、話を聞くうちにますます欲しくなった。

夕食後近くの居酒屋「がじゅ丸」。偶然「ぷーら」の女性も友達と来ていた。
混んでいる。凍った枝豆。ま、涼しくていいけど。

「待たせてゴメンネ、今チャンプルー作ってあげるから」とお店の女性。
みんながビッキーと呼んでいる。

隣の席のおじさんは若者に働くことの何たるかを説教中。終わると話し掛けてきた。
「一人?センチメンタルジャーニーかい」
若者は北海道から来てキャンプ生活しながらおじさんの建設会社で働いているらしい。23歳。
「3人で飲みに行くか」
西表の男の人は本当に気軽に誘うなあ。
「ちゃんと帰り送ってくれますか?真っ暗なところで『じゃ』とか言われたら困りますから」
やっぱり心配。ビッキーさんに「大丈夫ですかねえ」と聞いたら
「この人は悪い人じゃないよ。でも私なら行かない。内地の女の人は軽すぎる」。
そうだよね、「やっぱりもう少しこのお店で飲んで帰ります」と断る。

23歳の男の子はすごくかわいかったので少し残念だけど、
ビッキーさんの話はずっと面白かった。
西表にきた経緯、住んで働いてみてわかった事、これからの計画。
強くて優しい人なのだろう。同じ年。お互い頑張ろう!

満月の夜道は明るい。店から宿までは街灯もあるので無事帰る。
2001年07月02日(月)

西表島,唐変木,ヌードビーチ,初枝

汗びっしょり、よく眠れず。
新金一旅館の朝食は\530で美味しいらしいが、7時前に出発なのでありつけず。

ANK431便で石垣島、8:55。空港で八重山そば。去年O君と来た時は2人で食べた。

西表島への船上でO君にメール。
最高に晴れてて海もきれい。涙。やっぱり一人は結構辛い。
ジェットコースター並だった冬場と違って、船はあまり揺れない。

去年O君と泊まった民宿パインアップル館。食堂の外観が巨大なパイナップル。
ご主人はパイナップル農場を持つ。今は収穫最盛期らしい。

バイクを借りて月が浜近くの「唐変木」でオリオンビール、トーフチャンプルー。
相変わらず混んでて、出てくるのが遅い。お詫びにと言って黒糖飴をくれる。
ヤモリが2匹、「キキキ」と鳴く。

少し眠ってしまった。「眠いですか?」と向かいの席の男性に聞かれる。
私の隣に座っている女性と海に行くけど一緒にどうですか、と誘われた。
ちょっと不安だったけど女性も一緒だし、昼間だし、面白そうなので着替えに宿に戻る。

車で宿まで迎に来てくれる。
後部座席には大きなクーラーボックス。なんと発泡酒片手に運転!
大丈夫か?車は坂道をどんどん登り、農道脇の茂みの前で停まる。
ビーチサンダルで草木をかきわけ、倒木の下を潜り抜け、滑りながら進む。
ヌードビーチという(ホントか?)小さな浜。もちろん誰もいない。きれい。

島の男はシュノーケル道具と一緒に当然のように抱えてきた大きなクーラーボックスから
発泡酒を取り出して飲む。
「ここは島の人でもほとんど知らないはず。誰もいないから女の人が裸で泳いでたんだ。
それでヌードビーチって言うの。地図には載ってないよ」
島の子供の秘密の遊び場だったのか。

競泳用ゴーグルの私に男性がシュノーケル3点セットを貸してくれるが、
サイズが合わないし、やったことがないのでせっかくだがすぐに返す。
競泳用でも魚は見えた。

男性に背中の汗疹を指摘されてしまう。昨日の寝汗のせい。とほほ。

茂みを登って車に戻る。濡れた足が滑ってしんどい。
Aさん、Yさん2人はトローリングに、私は一人で星砂の浜ビーチへ。海水が温泉並の温かさ。
魚は平気なのが不思議。17時過ぎまで海。
伊豆辺りだと3時過ぎには涼しくなるものだが、全く寒くない。

夕食後男性から電話「初枝で待ってます」。ろれつが回ってない。
女将に車で送ってもらって「初枝」。満席。

昨年偶然、大学時代のバイトの同僚りっちゃんに初枝で再会。
りっちゃんは西表の海人(うみんちゅ=漁師)と結婚して初枝の女将さん、
子供は5歳!とのことで驚いたのなんの。

りっちゃんの子供、かわいい男の子は来年小学生。
去年来た時は生まれてなかった1歳にならない女の子も睫が私より長く
ほっぺもぷにゅぷにゅで愛くるしい。

前回はゆっくり話せなかったので、結婚の経緯や今の生活などについて聞く。
いろいろ大変だけどお店も繁盛して、幸せそう。

名前忘れた島魚の塩焼き、採れたてサザエのつぼ焼き。美味しい。

帰りはYさんが運転するのかと思ったら、Aさんが運転席に。こんなに酔っ払っているのに?
「まあいいや。どうせ男に振られたし、西表で死ぬならそれも良い人生だ」と言うと
見送りのりっちゃんが「そんな事言わないでよ」。
なんて言いながらもカチッとシートベルト。
ふらーりふらーりとドライブ、対向車3台。無事宿に到着。

部屋のバスルームにヤモリ。夜中鳴き声止まず。また眠れない。
2001年07月01日(日)

抱茎亭日乗 / エムサク

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