夜ごとに軽くなりゆく灯油缶
前に住んでいたアパートほどではないにせよ、やはり夜は寒い。 不思議なくらい暖かい居間は炬燵さえあれば十分だが、 北向きの寝室では小ぶりの灯油ストーブが活躍する。 故郷にいた頃も、今と同じようなストーブを使っていた。 円筒型のストーブは、全面が暖かいのでお気に入りだった。 灯油を継ぎ足す作業も好きだった。 じわじわとポンプを通して灯油が流れていく感覚。 灯油缶の灯油がからになる頃、春がやってくる。
ストーブは暖房だけの働きではなかった。 天板でもちを焼いたり、芋を焼いたり。 ひと冬に一度くらい、上に鍋をのせて、小豆を煮てくれた。 ゆっくり、じっくり煮られた小豆の甘味が好きだった。 親戚がやってきて、みんなでストーブを丸く囲んで。 なんだかとっても暖かいときをすごせたものだ。
ストーブの鍋煮詰まれる心浮く
星たちを閉じ込めている冬の闇
なぜだか、気が重い。 夕食ものどをとおらず。 家族が気遣っているのが伝わってくる。 それがなお心に重い。
精一杯の明るさを振りまいて、寝室に入る。 窓から見えるのは、高層ビルの灯り。 星が、閉じ込められた夜。 僕はどこへ、閉じ込められてしまったのか。
毛布に包まれて。 家族の温もりに包まれて。 不意に、柔らかな眠気が訪れる。 しばしこの快さに身を委ねる。
星凍る沈んで安き夜もある
思い出の海辺の塀に並び居しリポビタンDのビン語る君
眠れない夜。 妻も眠れないのか、二人で思い出話に花を咲かせる。 初めての二人の旅行。 大洗の海が青かったこと、そして 塀に並んでいた、謎のリポビタンDの空き瓶の列。 宿で初めてビリヤードに挑戦した。 1年後の夏も、ペンションでビリヤードをやったっけ。 たくさんの思い出。 そして、残る謎。 そんな謎が楽しくて嬉しくて、眠気に流されていく二人。
あの海へあの思い出へあの謎へあの時のまままた二人行かん
平凡な町を出て 平凡な田畑を抜け
君と二人 車は走る
曲がりくねった道 先の見えない林
木々の切れ目から 景色が一気に広がっていく
君と二人 歓声をあげる
そこには海 ただひたすらに海
青く蒼く 海 海 海
2年前の夏 あの蒼さを 忘れない
冬の海を見たい 何も浮かんでなくていい 浜辺に人はいなくていい 犬が一匹いればいい
冬の海を見たい 空は晴れてなくていい BGMもなくていい 波が騒いでいればいい
記憶の海はいつも春
冬の海を見たい 携帯電話もなくていい 隣に君がいなくていい 目の前に海があればいい
記憶の海に君がいる
波騒ぐ我一人ここ立ち尽くす君のいた海君いなくとも海
風邪癒えて一人炬燵も悪くなし
妻の愛もあって、と書くと惚気になってしまうが、 風邪の具合がだいぶいい。 大事をとって、少し遅めに起きて居間へ出る。 妻も母も仕事に出かけていて、 一人、冬の朝の炬燵にもぐりこむ。
風邪という些細なものであっても、 人は病を得ると孤独を感じるものかもしれない。 幸い、今回は家で一人きりになることがなかった。 風邪が早く去って行ってくれたのも、家族のおかげかも。
一人で炬燵に暖められ、 蜜柑の山を眺めつつ、 好きな音で部屋を満たす。 そういえばそんな時間を過ごすのは久しぶりだった。
束の間の独り身なら良し冬の朝
蜜柑の灯今宵は風邪の子でいたい
寝室に、薄明かりをつけて。 妻が用意してくれた蜜柑。 風邪の身体に、ほのかな甘さとやさしい酸味が広がる。 子供の頃、風邪をひくと 母が炬燵の上にたっぷりと蜜柑を盛ってくれたものだ。 安心する色、穏やかな味。 すうっと眠りにつけたのは、風邪薬のおかげではない。
風邪の子になりて見る夢蜜柑色
ビルの陰融け残る雪午後三時
冬になり、春が待ち遠しいなと感じる頃になると、 きまって何かを書きたくなる。 俳句、短歌、詩、短編、随筆、日記・・・ 言葉を操る喜び、それ以上に 言葉に自分を探られる快感。 うまくいえないがきっとそのような類の何かが 自分の冷えた身体をほぐしてくれるのだろう。
先週末の雪が、水曜日になっても残っていた。 会社のあるビルの陰。 踏みしめてみると、あの雪の夜と変わらぬ感触。 でもそこには感動はなく。 変われずにいることへの寂しさが漂うように思えた。
夕刻、懐かしい人が訪ねてきた。 昔とちっとも変わらないね、と嬉しそうに言う。 言われてふと、あの雪を思い出す。 思えばあの午後三時、太陽も雲も人も ぼんやりしてしまうあの刻に、 きっぱりと白いままで。
成長はしたい。でも変わらない部分を持っていたい、 それも、きっぱりと。
残雪に我が体重の痕のこし
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