ケイケイの映画日記
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私にとって、近くて遠い国である北朝鮮。北朝鮮系の在日を描く作品も数多く観てきましたが、ようやく納得できる作品に巡り会えました。珠玉の青春映画です。監督は孫明雅。
朝鮮学校に通い、部活で朝鮮舞踊に打ち込む14歳の在日のソヒ(恒那)。、日本の中学校との交流会で出会った日本人の未来(梨里花)とBTSの話題で意気投合し仲良くなります。以来、ソヒたちはBTSのライブチケット代を稼ぐために、家にある不用品をフリーマーケットサイトで売る。朝鮮学校の校長を務める父サンジュ(井浦新)がもっていた北朝鮮のCDが高く売れ、ソヒはサンジュが北朝鮮から授与された勲章も売ってしまいます。
私は今は帰化して日本人ですが、6年前までは生まれも育ちも日本の在日韓国人でした。韓国系の私からしたら、北朝鮮系の人たちは不思議だらけ。日本に住んでいて、北朝鮮の歪な体制や、ミサイルの蛮行など知っているのに、何故一心に「祖国」を崇めるのか。それを指摘するソヒに、父サンジュは「片方だけ鵜呑みにするな」と答えます。
でもそれこそ、朝鮮学校の教えは、一方的なんじゃないのかな?自宅に遊びにきた未来を父に紹介する時、ソヒは咄嗟に「在日なの」と言います。父がソヒと日本人が仲良くなることを嫌がるからです。でもここは日本。それは偏狭ではないですか?その事もソヒは疑問に思っている。
私は二世でソヒは四世。実に二世代を経て、ようやく同じような思いを抱いています。どうして同じ在日で、このような差が起こるのか?そこには、民族教育が介在しているからでしょう。しかし朝鮮学校は入学者不足で衰退の一途。うちの近所でも、小学校や中学校が、だいぶ以前に閉校になっています。
韓国食材を扱う店の店主(ソウジ・アライ)は言います。「日本で暮らす自分に、誇りを持つため」。言いたいことは解る。でもバックボーンがかの国です。何を誇りにするのでしょうか?その誇りでは日本では生きていけないから、衰退しているのじゃないの?
因みに私は、韓国を祖国だとも、在日で有る事に誇りを持った事はありません。ただ日本に生まれた在日韓国人である、それだけでした。学校は幼稚園から短大まで日本の学校だし、韓国人で有る事は、家庭の中で自然に理解しただけで、私の中で相反するものではなかったです。私は在日の自分が嫌いではなかった。北朝鮮の悪口を言い、親に反抗しながら、民族舞踊を一生懸命練習するソヒに、私は容易に自分を重ねられました。ソヒもまた、北朝鮮系の在日である自分を、嫌いではない。環境に抗いながら、自分の血は受け入れているのです。
ソヒと未来はお互いに交流しているうちに、未来は自覚しなかった差別、ソヒは自分に流れる血への実感を、それぞれ体感します。少女二人の素直な友情の育みは、清々しい。そして政治色は極力排し、ソヒの祖母(白川和子)との交流を挿入し、誰もが共感し易い、温かな作りであることが、一番の勝因だと思います。
勲章を売ったのは、ソヒにしたら、朝鮮民謡のCDが売れたのと同じ感覚でした。悪い事をしたとは思い、未来と共に、レプリカを作ろうとします。しかし、未来の祖父(きたろう)に、レプリカは本物の勲章とは全く別物であって、思いの籠らないものなのだと一喝されます。ソヒたちがレプリカを父への贖罪にしようとしているのを観て、同じように思っていた私は、祖父ちゃん、良くぞ言ってくれたと感激です。この想いに、日本人も在日もないのですよね。
洗濯機が壊れても、ソヒの家で買い換える余裕がない。「いつまでコインランドリーを使うの?」とソヒに聞かれ、「知らないわよ!」と投げやりに答える母(市川実和子)。例え校長でも、朝鮮学校ではローンは通らないのかしら?北朝鮮系にだけ拘っているソヒの家は、経済的に困窮しています。勲章のお金を、母に差し出すソヒ。
勲章の件がバレての夫婦の会話がもう愉快でね。 「お前が売らせたのか!」→「そんな訳ないでしょう!」 「外で仕事して、何を覚えた!」→「お金が無くて仕事させたのは誰よ!」 覚えがある会話ですよ。これは夫なら言うのか、在日の夫だけが言うのか? あんたが甲斐性がないから、仕方なく仕事を始めて、世間を知って、妻は成長したんだよ。「お前、変わったな」は、私も言われました。子供を育てるのに、いつまでも夢を見てはいられない。どうして解らないんだろ。極めつけは、 「俺がみんな悪いのか」→「そうよ、みんなあんたが悪いのよ!」良く言った!まるで自分を見ているようだわ(笑)。
でもソヒの父は、妻から罵倒されても逆上はせず、テーブルはひっくり返さない。そして意固地になった自分を反省して、妻に謝ると言う。ここは三世だわね。いや気質かな?横暴だったうちの夫世代では、考えられません。良し良し。北朝鮮系も変わってきているのね。
様々な葛藤を抱えて、それを一つずつ乗り越えて来たソヒ。その成長の集大成のような、朝鮮舞踊が愛らしく美しい。私はわざとらしい北朝鮮の子供たちの笑顔が苦手なのですが、作り笑顔ではなく、何かを会得したような豊かな笑顔を見せながら踊るソヒは、眩しかったです。
タイトルは「勲章」ではなく「トロフィー」です。ラストの光景は、過去の想いにしがみつくのではなく、今の自分たちの境涯を、輝かしいものにしようという、監督の想いが込められているのではないでしょうか?北朝鮮の教えを守るという壮大なものではなく、子が親に感謝し、親は子を慈しむ。オンマの言う、足元から築き上げるのですね。
日本に暮らす在日は、一昔前は圧倒的に韓国人でした。今では中国・ベトナムに続き、三番目。何故か?私のように、どんどん帰化していくからです。二世世代は、まだ逡巡があり、子供だけ帰化させて、自分たちは韓国人のままの人も多いです。でも私は思う。自分の過去も現在も未来も日本にあるなら、帰化するのは、自然だと思います。劇中、ソヒの叔父(山中崇)は、朝鮮学校の事を「いずれ無くなる存在」と言います。それは、韓国系とて、同じ事です。
ソヒの父が、朝鮮学校に拘るのは、苦労して差別と闘いながら、日本で基礎を築いてきた自分の親を思うからです。その思いは、痛いほど解る。韓国系の人の帰化への逡巡も同じです。しかし、二世(ソヒの祖母も二世)から四世の世代になった今、私たちはどれ程「祖国」の事を知っているのか。親への想いと、日本に同化するのは、また別物だと思います。事実、帰化しても私の暮らしは何ら変わりはありません。変わったのは、参政権を持っただけ(とっても嬉しい!)。私は帰化して良かったと思っています。
日本の人には、韓国と北朝鮮は、未だに同じ国だと思っている人が多くて、私は閉口する事も多かったです。ジョークのつもりで「あんたの国、またミサイル打って。何とかしいや」。いや知らんし(笑)。「私は韓国人で、北朝鮮は別の国やからね」と言いつつ、本当に気分が悪かった。でも自分と同じ感情で生きている若いソヒを観て、そんな事は、もうどうでも良いかなーと思っちゃう。だって北朝鮮系のソヒと、帰化した韓国系日本人の私には、同じ血が流れているのだから。国籍問わず、日本で生きる若い子たちみんな、幸多かれと祈っています。

素晴らしい!昨年から三度目の公開で、やっと観られました。去年観ていたら、絶対ベスト10に入れたろう作品です。監督はライアン・クーグラ―。
1930年代のミシシッピ。黒人の双子の兄弟、スモークとスタック(マイケル・B・ジョーダン二役)は、シカゴから7年ぶりに帰郷。ダンスホールを開業する運びになります。初日から大盛況の店でしたが、まさかの惨劇が起こります。
前半と後半が全然別の展開になるし、あらゆるテーマを詰め込んでいるのに、これが混沌とせず、一本連なっていてピタッと着地するのです。観終わった後、拍手したくなりました。
前半は、スモークとスタックの周辺の町や各人物との関わりに焦点を当てて描いています。これが混沌としなかった一因かな?二人はシカゴでアル・カポネの下で働いていたという。「シカゴはどうだい?差別はなかろう」という問いに、「シカゴも同じさ。同じ悪魔なら、知っている悪魔が良い」という二人。根深い差別を感じます。しかし、湿り気のある熱気にさらされた町からは、声高な差別感より、生きて行く逞しさを感じます。
店での演奏が圧巻。黒人音楽のブルースを基調に、ジャズや民族音楽、現代のDJ や果ては京劇まで出て来て、音楽の坩堝。一見カオス状態に見えるのに、バラバラな主張が見事に調和され、見応えのあるセッションになっています。時間を割いて描いていたこのシーンが一番私は好きでした。この調和は、思えば作品を貫く「差別」に対しての、アンサーだったかと思います。
公開後だいぶ経つので、後半は吸血鬼ものになるとは知っていました。しかし、まさか吸血鬼で差別を描くとは。惨劇を引き起こすレミック(ジャック・オコンネル)は、先住民族の追手を振り切り、最初に襲うのは何とKKKの夫婦者。レミックが奏でる音楽はフォーク調の歌で、黒人とはまた違います。歌の中でレミックは、アイルランドのダブリン出身で、イングランドのリバプールに出て、差別された嘆きを歌います。その彼が、差別者の権化のようなKKKの夫婦を吸血鬼にして、手下にする。ちょっと愉快だな。
そして心ならずも吸血になった黒人たちが、吸血鬼になれば、みんな同じ。差別も何もない、一緒に手を携えようと言う。差別される怨念や哀しみ、苦しみから、解放されたとの描き方は、新鮮でした。でもそれは傷の舐めあいであって、煉獄に身を置く姿では、決して差別を克服したのでは、ありません。それは、本当の意味で落とし前を付けに行く、スモークの姿に現れていました。
スモークには妻であるアニー(ウンミ・モサク)、スタックには黒人とハーフのメアリー(ヘイリー・スタインフェルド)という思い人がいます。スモークとアニーは、子供を亡くしたという哀しい過去があります。それが長年の別居の一因でもあるのでしょう。モサクが素晴らしい。豊満な黒人女性と言うと、厚い母性と共に描かれる事が多いですが、モサクは美しい顔立ちを武器に、存分に情の濃い色香を発散させています。そしてブードゥー教の呪術師でもあり、ミステリアス。オスカー候補も納得でした。
男女の愛だけではなく、中国人のグレースが娘を守りたいがため、破れかぶれで吸血鬼に挑んだ気持ちも、よく解ります。吸血鬼になる事を良しとせず、アニーの願いを叶えたスモークも愛ならば、煉獄に彷徨う事を選んだスタックとメアリーもまた、愛なのでしょう。スタックとスモークには、「この姿で生きて行くには、道連れが必要よ」と言った、「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」の、少女の頃のキルスティン・ダンストの苦しみが、重なりました。
悪魔を呼ぶと言われたサミー(マイルズ・ケイトン)のギター。折角惨劇から逃げきったのに、彼はギターを手放せません。ギターは彼にとっての魂なのでしょう。サミーを守る事で、煉獄を生き抜いてきたスタックとメアリーの姿には、プライドが感じられました。二人の「生き甲斐」だったのかも知れません。
とにかく一から十まで全部好き!絶対劇場が良い作品ですが、配信が始まったら、これももう一度観たいと思います。
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