ケイケイの映画日記
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2024年09月17日(火) 「侍タイムスリッパ―」




何と時代劇の自主映画。奇跡のような傑作でした。前半はカルチャーギャップで大いに笑わせ、後半は普遍的な人の心の機微を、陰影深く描いています。監督は安田淳一(脚本も撮影も編集も!)。

時は幕末。会津藩士の高坂新左衛門(山口馬木也)は、同僚の藩士と二人、長州藩士の山形彦九郎を暗殺せよとの、家老の命が下り、京に来ています。新左衛門と彦九郎の立ち合いの真っ最中、雷が落ちて気絶。目が覚めると、新左衛門は京都の時代劇撮影所に居ました。混乱する彼は、助監督の優子(沙倉ゆうの)や、寺の住職夫妻(福田善晴・紅萬子)の優しさに助けられながら、やがて時代劇の斬られ役を目指します。殺陣師の関本(峰蘭太郎)の門下に入った彼は、メキメキ頭角を現します。そこへある映画の出演打診が舞い込み・・・。

主演の山口馬木也は、「剣客商売」の大治郎役で当時毎週観ておりました。誠実で腕の立つ美剣士ぶりに、先代の渡部篤郎より肩入れして観ていましたので、なんでもっと売れへんのやろか?と少々不満に思っていました。なので今回は彼も目当てでした。

山口馬木也は安定しているけど、いうても自主映画。殺陣はそれなりやろと想像していたら、冒頭でその予想が吹っ飛びます。見応えのある殺陣に、ピカッと雷で二人の形相が映る。セオリー通りの王道の撮り方ですが、「うま〜い」と思わず口にした直後から、現代へ。

前半はシチュエーションコメディ仕様で笑わせながら、新左衛門の愚直で純朴、礼儀正しい好人物であることを映します。初めて食するケーキの美味しさに、「誰もがこのような美味しい物を口にする事が出来るとは、日本は良き国になったのですな」の言葉にハッとします。新左衛門は、初めて目にするテレビに、ドラマの時代劇が映ると、喜怒哀楽全て刺激される勧善懲悪に感激して(←民放の時代劇はほぼこれ)、涙する。何だか大事な事を再認識させてくれます。

大スターの風見恭一郎(冨家ノリマサ)。彼が新左衛門を見染め、自分の映画に出てくれと言う。風見がキーパーソンとなり、ここから物語は、アットホームなコメディから、別の扉を開きます。

時代劇の大スターであった風見が、何故一度は時代劇を捨てたのか?そして、また時代劇に帰ってきたのは、何故なのか?そこには兵士のPTSDのような痛切な葛藤と、かつての恩讐を超えて、「武士の心」を世に残したいとの、深い想いがあります。

対する新左衛門は、役者としても、現代人としても、まだまだひよっこ。風見の深い懐には、まだ飛び込めません。悪い事に撮影中に、自分の知らぬ会津藩の哀しい末路を目にします。荒んでいく彼の心は、自分の故郷を救えなかった、独り自分だけがおめおめ生き残った無念さです。戦争に生き残った人のような、苦しみがあったのでしょう。

ラストの風見と新左衛門の、一対一の立ち回りが出色です。たくさんの悪漢を、バッタバッタ切り倒す大立ち回りの演出は、今でも目にしますが、見応えのある長回しの立ち合いは、久しぶりに観ました。構えたまま二方動かぬ事数分。もう緊張するのなんの。このシーンは、緊張感を倍増する、あるツールがあるのですね。この立ち合いの終わりに、涙ながら新左衛門が感じた事は何か?命を取ったり取られたりする事は、決して死んだ人たちの鎮魂にはならないと、悟った事だと思います。それは、現代に生きて身に着けた、武士の心ならぬ「人の心」ではないですか?

山口馬木也が期待通りの好演です。いつまでも垢抜けない田舎侍ぶりが、素朴に感じて、とても好印象です。剣豪ではあったが、禄高に恵まれなかった下級武士であるとの悲哀も滲ませて、改めてファンになりました。

びっくりしたのが、冨家ノリマサ。えっ、こんな立派な役者さんやったん?今までどこにお隠れに?というくらい、器の大きく聡明な風見の人柄を、飄々と、また熱のこもったお芝居で、見事に表現しています。この人もいっぱい見かけますが、ブレイクしたとは言い難く、これを機にこの人ももっと観たいです。

沙倉ゆうのは、この作品で初めて観ました。30代前半くらいかと思いきや、何と44歳。若く見えてびっくり!年齢よりかなり若い愛らしさですが、それがあざとくなく、劇中「ええ子や」を、誰かれともなく連発される優子役を好演。劇中、助監督役で、助監督って何でもやらされて大変やと思っていましたが、何と今作でもヒロインと助監督兼任だったとか。いやもう、びっくりです。頭が下がります。

この作品は、東映京都撮影所が前面バックアップだったそうです。撮影所が休みの7月〜8月に、格安で貸して貰ったのだとか。他にも東映剣会・床山・衣装・その他諸々、撮影所一丸となって、格安でお手伝いしたのだとか。劇中でも出てきますが、時代劇な衰退の一途。その中で予算かつかつの中、「時代劇、作りたいねん!」の監督の一念に、意気を感じたのでしょうね。たくさんの作り手さんたちの時代劇スピリッツ、というか血潮かな?が、この作品には流れているのだと思います。

全体にノスタルジックは雰囲気なのも、心を和ませます。自主映画にありがちな自己満足や、演出の綻びもなし。笑って泣けて、面白い作品を作ろうの!の、作り手の心が溢れています。自主映画の大ヒットといえば、「カメラを止めるな!」ですが、それ以上のヒットを期待したい作品です。だって安田監督に、また作って欲しいもの。超お勧めします。
 


2024年09月15日(日) 「夏目アラタの結婚」




良かった良かった、すごーく良かった!観ようとは思っていましたが、期待値は高くなかったから、もう感激!猟奇的なミステリーで始まり、それが薄幸の少女の数奇な運命に胸を突かれ、最後は瑞々しいロマンスにまで昇華されるなんて、本当に想定外でした。ラストは思わず感激して涙しました。監督は堤幸彦。

三件のバラバラ殺人の容疑者として逮捕された時、ピエロの化粧を施していたため、品川ピエロと呼ばれる女性、品川真珠(黒島結菜)。現在は留置所に収監中です。児童相談所に勤める夏目新(柳楽優弥)は、自分の担当する少年が事件の被害者で、見つからない頭部を聞き出すため、真珠に面会に行きます。すぐに去ろうとする真珠を捕まえるため、咄嗟の思い付きで「結婚しよう!」と叫んでしまいます。この心にもない一言のため、二人は夫婦となり、やがて事件の全容が明らかになります。

実はだいぶ前に無料公開分を読みました。面白かったので、完結してから読もうと思っていて、そのまま忘れてしまい、先に映画が公開されました。先日全巻読了。いやいや、先に映画にして良かった。コミックの虜になって映画を観たら、絶対文句タラタラになったはず。長尺の原作から大胆に脚色。あれもこれも刈り取って、アラタと真珠二人に終始する脚本は、時間制限のある映画として、私は有りだと思いました。

レクター博士の孫仕様のような真珠。不気味で不潔、不健康。でも可愛い。頭が切れ、瞬時で物事の真偽を見極める目は、非常にクレバー。真珠役が黒島結菜と聞いた時は、こんな清楚な子、マジか?大丈夫か?と思いましたが、出て来た瞬間、真珠でした。真珠の特徴である歯並びの悪さは、マウスガードを使ったとか。怪演に次ぐ怪演が繰り広げられる中、真珠の奥の奥を突き詰めていけば、一人の純粋な少女が現れる。孤独と強さも感じさせ、私は絶品だったと思います。すっかり彼女のファンになりました。

柳楽優弥は、常にセリフ回しの活舌が良くて、歯切れが良いのが、俳優としての長所だと私は思っています。人間的に厚みはあるけど重厚ではなく、軽妙ではあるけど軽薄ではない。彼の持ち味も、元ヤン上がりで、熱血漢の児相職員という役柄にぴったりです。当初は担当の少年のためであったけど、殺人鬼への好奇心もあったはずの感情が、真珠の手の内に自ら嵌りに行き、本来の真珠の姿を見つけ出すまでの様子に、無理がありません。

母親(風間爽子)から保護された8歳の時に、IQ70の境界線知的障害が疑われた真珠。それが今では108。ここに真珠の辛い過去が秘められています。IQが途中に上がる事はある事ですが、40近くは先ずは考えられない。「市子」とは似て非なる内容に、やっぱり私は怒る。お願いだから、母親になったら賢くなってよ。助けてと叫んでよ。子供は母親のペットでも私物でもありません。子育てを生き甲斐にしても、子供は生き甲斐にするな。子供は一つの人格を持った人間です。

法廷場面で、初めてアクリル越しではなく出会う二人。隙を見て駆け出した真珠が、アラタに抱き着く場面では、物凄くキュンキュンしました。こんなの久しぶりです(笑)。その他、獄中結婚の多くの理由、普通では知りえなかった法律、法廷や面会の規則も、多分ほとんどの人が縁がないはず。興味深い雑学として記憶に残ると思います。

原作を読む前だったので、テンポが速く、次々飛び出す意外な展開は、「ここで終わりか?」の思いを裏切り続けます。ずっと目を見張りっぱなしでした。そのテンポの良さに押されてしまい、後から考えたら、不可思議な事、説明不足もありますが、これは雑なんじゃなくて、膨大な原作を、熱気でカバーしたのだと解釈しておきます。

最後は猟奇的な出発から信じられないハッピーエンド。原作とは解釈が真逆ですが、数奇な運命を生きてきた真珠が幸せなら、私は嬉しいです。この想いは原作読了組も同じなようで、映画は別物と認識して、概ね了解しているみたい。

映画を気に入ったら、是非原作もお読みください。独りを除き、膨大な登場人物全てが、悪行はあっても悪人はおらず、それぞれに共感できる内容です。私はラストのページで、「お帰り〜。お風呂沸いてるよ」とにっこり笑う真珠に、映画に続き、泣きました。


2024年09月07日(土) 「ラストマイル」




平日に観ましたが、超満員。先ずは大ヒットおめでとうございます。巨大流通産業の闇に迫る社会派サスペンスで、知らなかった内幕が描かれ、面白く観ました。でもちょっと薄口かな?少し不満もあります。監督は塚原あゆ子。

流通業界の大イベントの一つ、ブラックフライデーの前夜。世界規模の最大手であるショッピングサイトから配送された商品が、爆発します。その後も、そのサイトからの荷物が立て続けに爆発。日本中が騒然となる中、新しくセンター長として赴任した舟渡エレナ(満嶋ひかり)と、チーフマネージャーの梨本孔(岡田将生)は、真相解明に奔走します。

色んなショッピングサイトがありますが、誰がどう見たって、Amazonがモデルでしょう。現場作業に従事する人は、ほとんどが派遣やアルバイト。正社員は一握り。
緻密な作業に時間との闘いの連続で、よく間違えないなと、感心しました。それと私はパソコンに疎く、事件の謎解きの意味が解らない(笑)。自分のトロさを嘆きますが、この辺は合っているのだと思っておきます。

爆破が元で、締め付けられる配送業者。下からはつつかれ、センター長のエレナには、無理難題を押し付けられる局長の八木(阿部サダヲ)。全身から中間管理職のサラリーマンの悲哀が滲みます。奔走しまくり疲弊。最後はやけになってしまう姿は、会社より現場の人たちを慮るからでしょう。好人物なのが解る。

それに対比するように、エレナは孔に「どうして配送業者にギリギリの値段で仕事させるか解る?」と問います。「会社の利益を上げるため」と答える。エレナは「違う違う。安く配送させる事で、結局はお客様が買う商品の値段が下がるのよ。二年もここで働いて、それが解らなかったのは幸せね」と答えます。

後の台詞は、エレナの強烈な皮肉であり本音だと思います。「お客様のため」。会社の利益を上げるという本音を隠して、あなたのためですよ、と言い換える事の連続なのでしょう。だから良心が痛み精神を蝕まれるのですね。自分を保てている孔を、褒めているのでしょう。

しかし、本音を隠し「お客様のため」と思い込みながら仕事をするのは、営業の常套だと思います。唯一そこから外れるのは形のある物を作っている、会社なのでは?それを体現していたのが、勤めていた家電メーカーが倒産し、長年配送の仕事をしている父親の昭(火野正平)の元で、見習いドライバーをする息子の亘(宇野祥平)だと思います。今でも元自社の商品に誇りと自信を持っている。でも誠実に作れば、値段も相応になってくるわけで、売り上げに結びつかなくなったのでしょう。

これは誰が悪いかというと、消費者である私たちだなと思う。企業に踊らされて、安さばかり追求すると、世の中は荒み、それが自分にも跳ね返ることもあるのだと、戒めになりました。

真相に前チーフマネージャーが絡むのは良いです。でも犯人をミスリードする展開は、必要だったかな?辻褄は合いますが、真犯人が唐突に出て来た印象は否めないです。もっと伏線でチラつかせる必要があったと思うし、犯人の心情は回想だけではなく、もっと掘り下げて欲しかったです。

日本支部の統括本部長五十嵐(ディーン・フジオカ)。描き方が薄い。エレナの手柄を自分のものとする姑息な様子が小物然としていてるくらいで、全然印象に残りません。もっと冷酷非道な男である描写が必要なのでは?もしくは出世のため、自分の良心と抗いながら、葛藤する場面。それにこんな大企業の統括本部場なら、すごく優秀な人の筈ですが、それも感じない。これは演出もですが、ディーンの平板な演技にもあると思います。五十嵐の役こそ、この作品の「闇」のはずなので。

魅力が薄いといえば、主役の二人もです。出ずっぱりの割には魅力が足りなかったなぁ。全体的に、主要なキャラの掘り下げが甘い気がしました。

私が印象深かったのは、上記の八木と、昭と亘親子です。職人気質の父親に対して、会社勤めをしていた息子は、きちんと休憩を取り、労働者としての権利を主張します。やり取りが時代の変遷を感じさせ、親子の情もあり、とっても良いのです。こうやって書いていて思うけど、演出以上に感じさせるのは、やっぱり役者の腕なのかしら???

先日離れて暮らす次男がコロナになりました。一人暮らしなもんで、早速スーパーで食品や薬を買って、段ボールに詰めて送らねば!と、思った時、ハタと気づいて、そうだわ、Amazon!その日のうちに次男の食べられそうな物を相談しながら、ポチポチ。次の日のお昼には届いて、あれほどAmazonに感謝した事はありません。

ノンフィクション作家の最相葉月のお父さんは、宅配便のドライバーさんだったとか。昭みたいな形態だったのでしょう。子供の頃車の助手席に乗り、客に荷物を手渡す時、「ご苦労様」と言われる父を観るのが嫌だったとか。理由はその客に雇われているわけじゃないのに、との事。びっくりしました。私もそう言っていたから。そこには感謝の気持ちを込めていたつもりでした。でもそれなら、率直に「ありがとう」で良いではなかろうか?と思い、以来、ドライバーさんたちには、「ありがとうございます」と伝えています。

客が待っている、喜ぶ顔が観たいと言う父に、亘は誰も感謝なんかしていないと言います。いやいや、とっても感謝していますよ!配達料の値上げが、ドライバーさんや配送センターの方々に行き渡るなら、喜んで応じますよ。そう思えたのが、一番収穫の作品です。


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