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2003年04月30日(水) touch me

携帯に電話をしたところ、番号が表示されたらしい。国番号1に始まり、以下きちんと電話番号までも。自宅の固定電話では、わざわざプラス100円でネームディスプレイなど利用しているにも関わらず「表示圏外」としか表示されない。一体これはどういうわけか。携帯はもはやボーダレス。ただ携帯から国際電話となると、痛い。

感触などというのは、いくら忘れまいと強く記憶に残そうとしても、結局は忘れてしまう。覚えているつもりでも、それは事実としての認識にすぎない。


2003年04月21日(月) 安全区域

列車内にSARS患者が現れたと朝、ネットのニュースで確認。それを先に知ったのはトレイシーだった。だからどうなのだという私の無関心な態度をよそに、本日決行するはずのトロント進出は自動的にキャンセルさせられた。リスクの多いことが分かれば可能な限り避け、安全に身を置くのがこちらのやり方なのであろう。というか、むしろ私が普通でないのか。恐るべき楽観主義、恐るべき危機管理能力の欠如。

それでも、一部病院やアパートが閉鎖されたニュースも聞くが、基本的に市内の学校や政府機関、オフィス等は通常通り機能しているわけで、危険区域として完全に隔離されているわけでは決してない。どこに感染者がいるのか、知る由もないのだ。感染の可能性が、高くなるというだけで。

しかしこのままでは身動きがとれない。


2003年04月18日(金) a music

イースター前の金曜日は休日。夕方に、大勢の人たちが集まってディナー。
家でも、朝からその準備で忙しい様子だった。というのは、私は腰痛で寝ていて何もしなかったのだ。パーティのような類はたいてい苦手である故、いっそこの日に遠くへ出かけようかなどと計画していたのも事実でである。それでも、「座っているだけでいいから」(←どういう意味だろう?)という
Tracyの緩い説得もあって、結局同席することになった。そして時間になり続々とゲストがやってくる。Emeliaに一緒にいるように言われ、Emiliaの部屋でスパゲティを少し頂いていた。そこにアンドレアと、Tracyの友人の子供も加わったりして、いつの間にか賑やかに。他に、顔見知りの人や、かの泉の宣教師たちとも言葉を交わしたが、別にどうということはなかった。私が少し部屋に戻っているときにアンドレアが来て、バイオリンを見つける。実はアンドレアもバイオリンを弾くのだと知り、意気投合。その後、全くもって自信がないにもかかわらず、聞きたいといわれるので仕方なく?弾く。オペラ座、吹雪、金婚式、(ヴィヴァルディの)冬、など、限られたレパートリーではあるが続けて弾いてみる。ある程度弾き終えて、振り返ってみるとアンドレアが泣いている。"Hey, you make me cry" , "That's soooooooo beautiful sound!" などと、今までに聞いたこともない、とても自分に向けられているとは思い難いお世辞を頂く。それでも単純に、嬉しいではないか。

今まで、人前で弾かなかったことには、とても自分以外の人間に聞かせるに値する演奏ではないなど、自信がなかったのと、また逆に、いつかヴィルクリヒ先生がイザークにも言っていたけれど、私の演奏は真の芸術を知る者にのみ聞かせるのもだと、自惚れではなく本気で思っていた傾向がある。

今日のように大勢の人たちが集まったところで、ただBGMのみの目的で、あるいはただ物珍しさから、バイオリンを弾くように言われたら当然断るつもりだった。何しろ、Tracyもそうですが、音楽に興味がない、音符が読めない人が多いからです。弾いたとしても理解されないというのに、なぜ労力を使って演奏する価値があるだろうと。

しかし、違った。実際あの後、アンドレアをはじめ部屋の外で聞いていた人たちの間で、表面上はかなり評判になった様子で、ぜひ聞きたいと頼まれる。どういうわけか、弾かなければ、と思った。興味をもってくれるはずがないと思っていたのに、私が弾いているあいだ、少なくとも目の前にいる
人たちは、じっと聞き入ってくれていた。そして、演奏を評価してくれた。ルーマニア出身の某バイオリニストを思い出したとか、そこまで弾けるようになるにはすごく年月を要しただろうとか、ビブラートがすごく美しいとか。聞き手の感受性の問題だ。無知だからとか、理解されないとか関係ない。音楽というのは。知識を通してでない、心を通して存在するものだというのを思い出した。そして作り手、聞き手に必要な寛容性。無知で、不寛容なのは私の方だった。

ただ聞いていた人が感動してくれた。それだけで、こちらが感動するくらいだ。


2003年04月05日(土) 独壇場

15時まで家で過ごす。エリックが迎えにきて、トレイシーの店へ。実は空港の日本雑貨を扱っている店で作務衣を買ったのだが、エリックには丈が少し長かったものの似合っていた。そしてトレイシーだが(女性用は巻きスカートになっていた)、「まあ!日本の衣装よ!素敵!」(←直訳)と、ものすごい感激だった。もう少し暖かくなったら、外に着て行きたいと言う。私としては、これはただ作業着か寝巻として作られたものだということを説明したのだが。ハロウィンの時にも着たいと言っていた。浴衣なら尚良いだろうと思ったが、やはり自分で着られないなら、あっても仕方がない。

夜遅く、偶然スケートの番組を見かけた。ほとんど終盤に差し掛かっており、プルシェンコのエギジビションの途中でした。オレンジと紫という奇抜な配色の衣装で、ぬいぐるみをかかえながら踊ったりしていた。表情からも、余裕そのものであることが窺える。今シーズンは、ライバルらしき選手もおらず、普段どおりやっていれば余裕の優勝は間違いないのだ。


川村 |MAIL