heute
DiaryINDEXpastwill


2001年10月22日(月) 声が小さい

外は雨降ってる。こんな天気だと頭が痛くなってくる。憂鬱。

先週の金曜日に、みきと陰陽師を観にいった。めちゃめちゃに乗り気ってほどでもなかったんだけど、あんなおっきな萬斎目にしてたらもう・・・。フフ。内容的には普通だったけど、普通ってどんなんやって感じなんだけど、良かったと思います。脳裏に焼き付くってほどでもないけど、観たあとも、家に帰ってからも、今も、その余韻がいい具合に残ってるというような。萬斎が良かったです。真田広之は演技上手かった。伊藤英明はなんとなく滑稽な感じもしたけど、まあこれから・・・ってことで。でもいい組合わせだったと思う。最後、2人が笑ってるシーンが印象的だった。

英語ぴんち。この前の水曜日はなかなか楽しかった。休もうという衝動にいつも駆られるんだけど、結局教室に入ってしまうんで。ちゅっか、声が小さい。私は、教室で英語になると極端に声出んくなって。それはやっぱり自信がないからやと思う。先生もうんざりするよ。

火曜日朝、K氏電話。しばらく会ってない彼はサッカー??独語再びやるんかと思った。ちがうかった。

面接試験まであと少し。思えば資料集めることはしたものの、そのあと十分な勉強できなかった。しなきゃいけないとは思っていたんだけど。なぜか。でも、なんとかなる。なんとかする。


2001年10月11日(木) organize

バイト終わってから、学校のPCに来てます。1時間ほどしかいられないんだけど。とにかく情報収集。まだ時間があるとはいえ、ほとんどゼロからのスタートといっていいから、とても苦しい。焦る。あー、でもやっぱりもうちょっとゆっくりやってもいいような気もします。気楽にいこうよ。と思ったりもします。

お昼、野崎さんからのメールは感動した。心強い。勇気づけられた。

物質は、いまだにフラクタルをしている。マンデルブロ集合とかいうあれ。今日は自然界に見られるフラクタル(海岸線とかシダ)を見て、それから。コッホ曲線やシルピンスキーとかいう三角形の作り方なんていうのをやった。フツーだった。

チャイムなりました。


2001年10月10日(水) いつものことだと どこかにあった

怖いです。非常に怖いです。英語の試験なんかよりずっと難しい面接試験。
2週間後です。昨日は野崎さんから面接の極意なるものを教わった。今は、一人で情報収集。

3時間目のあとに、国際課に行って大学について調べていた。偶然、かのウィーン大学の資料もあって、思わず手を止めてしまう。何にしても、行動が遅かったんデスよね。本当に行きたいと思うなら、漠然とあこがれるだけに終わるんじゃなくて、どんな道が、どんな方法があるのか、検討してもよかったんじゃないかって思う。なぜ考えようともしなかったのか、今となってはすごく悔しい。ずっと以前から興味なかったわけじゃないんだから、その時に、必要な情報を集めて、まあドイツ語ももっと熱心にやっていたら、夢に終わることなんてなかったかもしれないのに。なんで、行動しないの??後悔しても仕方ないけど悔しいよ。自分が情けない。

そうはいっても、今は与えられた新しいチャンス。

とりあえず今は、面接でいかに自分の表現したいことを言えるか。準備のための情報集めで、精一杯。本番に弱いと自覚した私に、(克服しないといけないんだけど!)新たな挑戦ってとこ。ふう・・・疲れる。一次試験がゲームだったのなら、二次は何とすればいいの??オーディション??保坂知寿??

C-46というのは良い歌だと思います。

村上ラヂオという本を読んだ。電車の中で、片道だけで読み終えるような、エッセイ集だ。私は音楽の話と、猫山さんが気に入った。作者のプライベートなことはほとんど知らないけど、本当に色んな国に行ってるんだなと思った。

Where am I going to??

どんな道が与えられようとも、私はそこで十分に生きることができます。これから作っていく未来なんて、何通りもあるんだから。

今日、つかず離れずというのが結局一番いいんだと思った。


2001年10月01日(月) 課題曲B

今日ははじめての英語の授業があった。たたき伏せられた。驚愕。無力感に打ちのめされた。珍しく人数多いうえに、デキる人たちいっぱい。

水曜日の英語はあっとほ〜〜〜〜〜むです。楽しいからいいんだけどね。先生も雰囲気も好きだし。もちろん。でももっと訓練しなければならないって思いました。

学校のパソコンでこれを書いている。家のは壊れたまま。もう何日も書いていないものだから、いつ何をして何を思ってとか、細かいこと何も覚えてない。20日に、この夏のメインであった(夏中はこのプレッシャーに潰されていた)選考試験が終わって、その後学校始まって、何だかその間の1週間がやけに長く感じたのだけは覚えてます。

本棚とか整理してたら、昔の楽譜が出てきて、懐かしくなって見ていた。なんか最近の新聞で全国吹奏楽コンクールの記事が載ってて、今まで他の学校のなんて気にしなかったのに、(自分の学校のことにもあんま本気でなかったような)曲目とか見てると私の吹奏楽部の時代を思い出してしまった。1年のときの課題曲が、吹奏楽のためのフューチュリズムとかいうので、それも少数派だった。ほとんどの学校はDの何とかのマーチか、ASのソロから始まるやつやったのに。なんでBなんか選んだのかねー。

私はその年に初めて出場して県大会にまで参加させて頂いたが、自分の吹いてるこんなフルートが曲の一部になってるっていう感覚がまるでなかったですね。あの時は2ndだったし、課題曲は特に金管が主体だった気がする。ドビュッシーも、木管から始まるけど「サビ」はやはりペットかホルンあたりだったような。私は、いてもいなくてもいいんじゃない・・・とさえ思ったけどね。実際どうなのかわからないけど、とりあえず全てのパートで1つの曲が成り立つわけだから、たとえ目立たない存在であっても、それが欠けるとやっぱり完成された曲にはならないのだろうか。当たり前のように聞こえるけど、やっぱり目立つ目立たないのとでは違うから。どうなんか、今でもよく分からないよ。入りたてのフルート吹きなんてすごい下手やったわけだし。

でもまあ、あのころは部活をよく頑張った、よく耐えたって思うよ。確かに多忙ではあったけど、何かのために努力を重ね、そして一つの物事を終えたときに達成感というのが、そこにはあった。目標というのがあったからこそ、やり遂げられたんだと思う。そんな熱心にやってたか〜〜??と今考えると非常に疑わしいことではあるものの、それでも継続だとか忍耐だとか、たとえつらい時があってもそんな重圧に屈することなく、日々練習を続けていたことっ何らかの大きな糧になり得るのかな??

それを思うと、今は私は何をやってるのかって思う。そう、達成感というのを、ここ何年か味わったことがない。何かに向かって頑張ったことがないからだ。

夢・・・もなんか、具体的には・・・


川村 |MAIL